第20話「すもももももも」です
王妃様の口元から、怒りは伝わってこない。
ただただ不敵に口角を上げていて、何を考えているのか分かる由もなかった。
「ソレイユ様は、誰よりも先に身を挺して私を、守ろうとしてくれました。兵士さん達がただ私を見ているなか、魔物の前に立ちはだかってくれました」
それでも、私の口は言葉を紡ぐ。
口では悪態を吐きつつも、ソレイユ様は私の事を守って、見捨てたりしなかった。
きっとそれは相手が私でなくても、同じ事をしたのだろう。
ただ無謀にも聖女へと志願してしまった『私』という存在があの場に居たからこそ、ソレイユ様は無駄な力を使って、危機に晒されてしまった。
「ソレイユ様は、私に危険を犯すことなく、聖女を諦めさせる為に、力を誇示してくれたんです」
あれは、ソレイユ様なりの優しさなのだと思う。
元より、私自身に聖女になるなんて意思はなかったのに。
そんな私なんかの所為で、ソレイユ様の評価を下げてしまうことなんてあってはならない。
「私が恐怖で動けなくなっている時にも、冗談を交わして、緊張を解してくれました」
私は一心に、脳ではなく心から出て来た言葉を綴る。
横でソレイユ様が「冗談を言ったのはあんただろ」とぼそっと零したように聞こえた。
その発言に対して、私は声の方を向いて冗談のように返事をする。
「勝てないと分かった時点で、私を連れて逃げるのが最善だったとは思いますけど。ソレイユ様の身体強化の魔法なら、容易でしたよね?」
子供がそっぽを向くように顔を背けて、ソレイユ様が舌打ちをした。
私は再び王妃様に顔を戻す。
「ソレイユ様の勇気と魔法で、私は一瞬だけど、変われたはずなんです」
――だから。こんな事を言って、不敬罪で囚われても構わない。
「誰かの前で人をこき下ろすような事を言う王妃様より、ソレイユ様みたいな人の方が、ずっと、ずっと聖女様という立場に相応しいです」
どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。
私にいつも付き纏っていた『羞恥心』という言葉が、その時には欠片も姿を見せず。
「王妃様はソレイユ様の魔力じゃない強さや、誰かを思いやる気持ち、助けたいという気持ちを理解出来ないお方なんでしょうか」
私は自分のケープコートの端をぎゅっと掴んで、胸奥の気持ちを投げた。
そんな時、私の中の聖書が脳裏に浮かぶ。
魔物に対して魔法を放ったあの時のように。
「王妃様の思想や行動がどこまで国民の皆様に届いているか私には分かりませんが、そんなお考えをお持ちの王妃様に聖女へ推薦された、などと皆様に知られたら、そんなの――」
王妃様もソレイユ様も、ただじっと私の言葉を聞いているようだった。
いつもならこんな長い言葉、違えず濁らずに言える自信などない。
二人の視線に肌を焼かれそうになりながら、私は腹部に力を込める。
一生分の勇気をここで使い果たそう。
「羞恥心が隠せないので、聖女を辞退させて頂きます」
王妃様の目元は相変わらず、ベールに覆われている。
王妃様の意思は分からずとも、私の意思がしっかり伝わるよう、王妃様の顔から目線を外さない。
聖書が一人でにページを捲り始め、私の脳内でぺらぺらと紙が靡く音が聞こえ始めた時だった。
「いや、だから聖女じゃなく聖女候補生だろ?」
ソレイユ様から聞こえてきた言葉で、ようやく私は我に帰る。
私の脳内で、ぱたんと聖書が閉じる音がした。
「あっ! そうでしゅ!!」
「あんたなぁ、くだらねぇ冗談はよせ」
ぞっと全身から血の気が引くのを感じる。
続けて限界を超えた堤防が結界するように、私の感情が燃え上がった。
「す、すすすすもみません!! 私ったら、ソレイユ様の事を知ったような口聞いてしまって!! お恥ずかしい!!」
「あたしに謝る前に王妃に謝れよ」
「すもももももも、申し訳ありません! 謝罪いたします! 王妃様!!」
王妃様がふふっと優しい声を上げて、今度こそはっきりと笑った。
「スモモも桃も、美味しいですよね」
私の顔は、スモモや桃なんかよりもっともっと紅く染まった。
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