第14話「黒い髪の魔法使い」です
そうして危機を脱し、一安心して変な笑いを溢してしまった私は、ふと我に帰る。
私には問題がまだまだ山積みなのだった。
まず、本当に私が魔法を使ったのか問題。
次に、そうだとして、誰かに見られていなかったか問題。
あと、司祭様のカツラ返還方法問題。
そんな事を考えていると、私とソレイユ様のベッドを囲ったカーテンに、医者と名乗った女性の影が歩み寄る。
「私はヴィオラだ。王宮医師兼、魔法の研究者をやらせてもらっているよ」
優しい声で、私にそう語り掛ける。
カーテンに投影された彼女のシルエットは、一見して私より大きい。
「あ、私は、ブラン、と言います」
「うん、聞いたよ。お前さん、やらかしたんだってね?」
「どきっ」と言う音が、私の身体に響き渡る。
やらかした? 私、何かやっちゃいましたっけ?
もしかして、あの魔法を誰かに見られていた――?
「な、ななな、何のことでしょ」
「ヅラを引っぺがしたんだって?」
ヅラ。そんな言葉から連想されるのは、司祭様の事しかない。
そう、私はあの人にカツラを返さなければならないのだ。
「久しぶりに笑わせて貰ったよ。皆気付いてない訳無いのにねぇ」
くくっと笑い声を出してその女性はカーテンの向こうで、ご機嫌に語った。
ベッドから身体を起こして、私は一人呟くように問いを口にする。
「あの、魔物は、どうなったんでしょうか」
私の問いに一拍置いて、カーテンの向こうから語られる。
「頭部と上腕が通常種より発達しており、グリフォン種の中でも知能が高く、捕食の為ではなく道楽に近い感覚で他の魔物や時に人間を襲うことから、キラーグリフォンという名で呼ばれている」
淡々と、図鑑に記されている事柄を読み上げているような速度で語られるその言葉を、私は素直に聞き入っていた。
「それでもあいつらは馬鹿ではない。この王国のように、聖女が結界を張り巡らせているような、いわば危険信号を出している場所にわざわざ近付いたりはしない。それが、最初に現れた幼い個体であってもねぇ」
語り続けながら、カーテンの境目に手を通し、私の前にその女性は姿を現した。
菫の花びらの根元のような、波がかった美しい濃紫の髪を後ろで一つ結びにして、背の高さと線の細さを強調させる白衣を羽織っている。
その女性は一言で言えば大人らしい佇まいと顔立ちだった。
なのにゆったりとした口調が油断を誘って、「何でも話して良いよ」と言われているように感じた。
だからこそ、私は少しだけ警戒心を持ってしまって。
私は掛け布団を持ち上げて口を覆ってしまう。
「幼体を助けに来たツガイの個体の動機については理解出来る。しかし何かに操られたようにこの王国へ寄ってきた幼体については、まだ調べ足りないことがある」
私の無駄な焦りには目もくれず、私とソレイユ様のベッドの間までゆっくりと足を進めた。
(あれ、白衣の袖についている装飾って)
どこかで見たような装飾に一瞬目を奪われたが、私は視線を女性の顔へと戻した。
「ま、その話は別の話か。君の質問についての回答だが、魔物は三匹とも死んでいるよ」
こちらへ近寄りながらこれまた淡々と、ヴィオラ様が語る。
人を襲う魔物とはいえ、私はその事実に素直に喜べないでいた。
「ソレイユがやった幼体についてはソレイユの魔法痕がしっかりと残されている。私が知りたいのはあのツガイの個体を貫いた魔法の事について、だ」
そのツガイの個体に魔法を放ったのは、私かも知れないという疑惑が湧いているかどうか、不安で仕方がなかった。
「ソレイユは気を失っていて、兵士達は全員あの場を離れていた。キラーグリフォンの成体を貫いた、あの常軌を逸した威力の魔法を見る事が出来た人間ってのが居ないんだよ」
その言葉の後に「ある一人を除いては」という一文が含められている事は、流石に私でも分かる。
私は心音が高まるのを、胸に布団を押し付けることで気付かれないようにしていた。
「そんな強力な魔法だとしたらあの魔物は、王妃様が討伐したのではないんですか?」
「あの魔法痕は王妃の扱う魔法のものではないんだよねぇ」
「あの場所には王妃でもなく、ソレイユでもなく、もちろん私達聖女候補生でもない、魔法を使える誰かが居た」
私達聖女候補生。その言葉から繋がったのはこの人――ヴィオラ様も、聖女候補生だということ。
「別の魔法使い、それは――」
答えを示すヴィオラ様の指先が、私を貫くように差し出される。
別の魔法使い。それは、私――。
「それは、君ではないね」
「え」
脳内で留めた言葉とはいえ、自分だと思った事が自分ではないと否定されて顔が熱くなる。
どうしてこれって、こんなに恥ずかしいんだろう。
私は赤く染まりそうな顔を、頬に再び布団を押し付ける事で気付かれないようにしていた。
「現場で、魔力の帯びた髪の毛を発見した。その髪の毛の色は黒だ。その黒い髪の魔法使いの姿を、君はあの時に見たのではないか?」
そう言って取り出した透明な小袋に封入された髪の毛が、私の目に入る。
私じゃ、なかったんだ。だって、私は白色の髪。
もしかしたらというか、きっと、私はあの時に魔法を使ってないのかも知れない。
あの黒い塊を飛ばしたのだって、魔物を目の前にして錯乱した私が、自分がやったなんて妄想を描いていただけなのかも知れない。
――ああ、恥ずかしい。恥ずかしい。
「そ、そうですよね、私じゃないですよね」
私なんかがソレイユ様を。誰かの命を救えたなんて、勘違いをしてしまっているだけなのかも知れない。
――そんな風に思い上がってしまって、恥ずかしい。
「わ、私は、何も」
恥ずかしさを乗り越えて私は何かを成しえた。
誰かを助ける事が出来たのかと、思っていた。
私は「何も、見ていない」と、言いたいのはそれだけだったのだけれど。
「わ、私は、何も、出来ま、せん」
私の頬を伝ったのは、雨。
「あ、あれ? なんで――」
誤魔化す言葉も出て来ない。瞳からぽろ、ぽろ、と。
それは、小雨ながらに大粒な。
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