第13話「禁忌魔法級」です

 その後の事は、よく覚えていない。

 呆然と座り尽くしていた私を、兵士達が取り囲んでいた。

 それは捕まえる為の包囲ではなく、私を保護する為の行為だった。


 被害状況を確認している兵士達の喧騒に混じって、一際穏やかな声が聞こえてくる。


「キラーグリフォンの死体が三体?」

「うち一体は幼体ですが、二体は成体です」

「ソレイユの魔法……な訳ないか。王妃のレベルすら余裕で超えてるよ」


 姿は兵士達の影で良く見えないが、女性二人が会話しているようだった。


「王国の門柱が内側から破壊されていますので、威力は禁忌魔法級でしょうか」

「んな訳ない……と言いたいとこだけど、それなら納得出来なくもないね」

「冗談です。そんな魔法が使える人が居たら、この世界は――」


 私の意識は一旦そこで途切れる。

 魔法を使った反動なのか、緊張の糸が切れた事による放心か。



 それから。

 私が意識を取り戻したのは、真っ白な天井の下だった。

 ふかふかな布団に包まれて、ベッドの周りはカーテンで仕切られている。


 消毒液のような匂いが想像させたのは、ここは病室か医務室的なところなのだろうということ。


 兵士達が会話していた内容を朧げながらに思い返してみる。


 ソレイユ様は無事だったようだということ。

 北門が魔物の攻撃で、破壊されてしまったようだということ。

 王国司祭様がヅラだったという噂が潜めいているようだということ。


 そして、魔物を退治した魔法が誰が放ったのか不明だということ。


 ソレイユ様が無事だったということ以外は、あまり私には関係もないか。


 あの魔法は、本当に私が放ったものだったのだろうか。

 ひょっとして、夢でも見ていたのではないだろうか。


 だって、私があんな――。駄目だ、思い出すのはやめよう。


 私があんな、呪文を。思い出しただけで恥ずかしすぎる。


 言ったそばから思い出してしまうような、自分を責める。


「あ゛ぁ゛〜〜〜」


 うつ伏せになって枕に顔を押し付けながら、唸り声を出した。


「おや、気が付いたかい?」

「え゛ぇ゛!? 誰かいるんですか!?』


 その女性の声は、ベッドを囲むようにしたカーテンの向こう側から聞こえてきた。


「そりゃ、ここは医務室だもの。医者が居るに決まってるだろう?」


 落ち着いた声色に、懐かしさを感じる。

 幼き頃に風邪をひいてしまった私を介抱する母の声を、その女性の声に重ねていた。


 それはそうとして、私は恥ずかしさを誤魔化すために、枕や布団に顔を埋めて声にならない声を上げることがある。


 その行動を『恥ずかし殺し』と呼んでいる。

 しかし、それを人に聞かれた時の恥ずかしさったら、ない。

 自分の濁点の付いた母音を発生する声を人に聞かれる事はあり得ない事態だった。


 だから私にはこの情景と女性の音声に、ノスタルジックを描く暇など、ありはしない。


「ももも、もう一度、私の気を失わせてください」

「は、何を訳の分からない事を言っているんだい?」

「このままだと、し、死んでしまうかも知れません!」


 私は布団に潜り込んで、思いきり叫んだ。


 いつもなら誰か居ないか確認した上で、『恥ずかし殺し』をするというのに。慣れない場所でやるものではなかった。


 このままでは私は『はずか死』してしまう。


「あーうるせぇなぁ、あたしがぶん殴って一生目覚めないようにしてやろうか」

「え゛ぇ゛!? ここにも人が!?」


 声の発せられた方向に、布団から頭だけ出して素早く顔を向けると、右隣のベッドに緋色の髪を枕から垂らした少女が横たわっている。


 髪で顔がよく見えないが、特徴的な髪色とその口調で声の主が誰なのか判断出来る。


「って、ソ、ソレイユ様、大丈夫、ですか?」

「記憶が飛んでんだけどさ、あんたが逃げた後、あいつらにやられたんだと思う」


 布団の上に晒された左腕には包帯が巻かれており、魔物との交戦の傷を物語っていた。


「王妃が来るまでの時間稼ぎ、何とかなったわ」


 魔物に勝てなかった事実や、強い人へ助けを求める行動を恥と感じる人間も多いだろう。

 ソレイユ様は、それを恥ずかしげもなく淡々と告げる。


「あの状況で意識無くして生きてるなんて、奇跡だよな」


 私はただただ黙って、誰かの面白い話でも語るようなソレイユ様の言葉に耳を傾けていた。

 返す言葉を探していると、ソレイユ様は私の詰まった喉を察したかのように言葉を続ける。


「だから、『死ぬ』とか簡単に言うなよ」


 あっけらかんと語る私より小さな身体のその少女は、私なんかよりもよっぽど生きる為に輝いている。


 聖女候補生という名の重みと覚悟を、私はしっかりと汲み取れただろうか。


「ごめん、なさい」


 謝罪を口にして、私はソレイユ様の包帯が巻かれた腕を見つめた。


 その謝罪は衝動的に口から出た言葉ではなく、普段から命を危険に晒している人への、死という言葉の重みからだったのだと思う。


「次言ったらあたしが殺してやるよ」

「こ、殺すとか簡単に言っちゃ駄目ですよ」

「二人とも、医者の前で死ぬとか殺すとか言うものじゃない」


 冗談みたいなソレイユ様の囁きと、カーテンの向こうから聞こえる女性のもっともな忠告が、なんだか可笑しくて。



「――えへ」



 どうしてそんな声が出てしまったのだろう。


 不意に溢れた照れたような笑いが羞恥心をくすぐって。

 布団で隠した私の頬を、ほんのりと桃色に染めた。


【第一章・完】

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