第18話「瞼の裏の青」

 蝉の声が聞こえ始めていた。

 たまに吹く風に、木々が揺れる音が混ざる。きっと外はとても強い日差しが射していて、夏の景色の彩を強くしてるんだ。

 そんなことを、私は部屋に寝そべりながら考えてる。

 寝てるのは、家の和室。畳の匂いが鼻をくすぐって、部屋の中は薄暗い。唯一の光源は、開かれた襖から伸びている陽の光だけ。

 目を閉じても、部屋の中に差し込む日差しは消えない。それが何だか心地よかった。夏の日差しに包まれながら、蝉の声を聞きながら……静かに眠るのは好き。

 ふと、体を撫でる風が吹く。あと、風を切る音。目を開けると、

 「……あぇ?」

 「風邪ひくよ。音羽」

 音羽。そう、私の名前を呼んでくれる声。

 うちわを持って、私のお姉ちゃんが横でかがんでいた。景お姉ちゃん。私よりも長い髪が、地面に吸い寄せられて、カーテンみたいになってる。

 「風邪なんてひかないよ。こんなに暑いんだからさ」

 「ならせめて、お腹は隠しなさい」

 「ひゃ、冷たい」

 お姉ちゃんは仕方なさそうに、私の出てたお腹を隠すように服を引っ張る。少し火照った私の体とは違って、お姉ちゃんの手はクールだった。

 「寝るなら、布団敷いてあげようか?」

 「ううん。大丈夫」

 「もう高校生なんだから、ダラダラ寝ちゃうのはあんまり良くないわ」

 「うん……うん……」

 また目を閉じる私に、お姉ちゃんの仕方なさそうなため息が聞こえた。

 それでもって、またうちわでパタパタ仰いでくれる。涼しくて最高だ。私は嬉しくなって、正座してるお姉ちゃんのお腹に抱きつく。

 「音羽? ……暑い」

 「えへへ。私も」

 でも、暑くてもお姉ちゃんの体温は気持ちよかった。甘い匂いもして、安心する。とはいえ、このままだとお姉ちゃんが暑さで死んじゃうから、体を離す。

 「暑いのは好きだけど、お姉ちゃんに抱き着けないのは嫌だな」

 「そう?」

 「うん。なら、いっそ。脱いじゃおうかなー、なんて」

 大の字に寝そべりながら、私は右手だけTシャツに手をかける。

 そんな私を、お姉ちゃんは何も言わずに見ていた。さっきみたいに咎めたりしない。ただ、黙って、

 「冗談だよ、お姉ちゃん」

 「うん」

 「ごめんね」

 私が呟くと、それ以降答えは返ってこなかった。

 そしてうちわを置いて、お姉ちゃんが立ち上がった。

 「私も、少し暑さにやられたみたい。飲み物取ってくるけど、音羽も何か要る?」

 「ううん、私は大丈夫。もう少ししたら、リビング行くよ」

 寝返りを打って、返事する。顔の見えないお姉ちゃんは、間が空いて、

 「今日、お母さん帰ってこないんだって」

 「そっか」

 目を瞑る。それでまた、夏の空気に身を委ねる。

 「前みたいにエアコン点けとこうよ。それなら、平気でしょ?」

 背中の後ろのお姉ちゃんは、またさっきみたいにため息をついた。

 「風邪、ひかないでね」

 襖が閉まって、また一人ぼっちになる。

 部屋に伸びる一本の日差しはまだまだ長くて、避けるように影に寝そべる私は、頭の中で想像する。

 夏の景色。私の大好きな景色。でも、時々私は、何故か胸の奥が切なくなって、真っすぐ視れない時がある。

 だから思わず、目を瞑ってしまう。大好きなものだとしても、それに触れるのは、いつも目を閉じている時だからかな。

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