第6話「冬の間隙」

 パラパラと、雪が小さく降っている。

 雪は昨日の夜から続いていて、今朝から通学路や学校は雪景色に変わっていた。そして、私は再び雪が舞い始めた曇り空を見上げながら、

 「雪だ」

 帰り道、薄く積もった雪をざくざく踏みしめて、私は咲良に言った。

 「ね、言ったでしょ。また雪降るって」

 雨が降るタイミングとか、晴れるタイミングとか。天気が変わる時が分かるのは、私の特別な勘だ。

 それを得意げに誇ると、隣の咲良は呆れたように小さく笑った。

 「彩音、それって、自慢になるの?」

 「なるでしょ。私と一緒にいたら、雨降るタイミング分かって便利だよ」 

 「いきなり雨降る時は、大体傘持ってないから意味ないけどね」

 ぶるっと、咲良が寒そうに腕をさする。この子は昔から寒いのが苦手だ。

 「大丈夫?」

 「平気だよ。彩音は元気だね」

 「私は全然。むしろ走り回りたいぐらい」

 そう答えると、咲良はまたクスリと笑って、「昔みたいに?」って聞いてくる。

 「彩音はよく男の子に混じって、遊んでたよね」

 「んー、男子とはたまにしか遊んでないよ。昔、雪合戦したら相手の子の雪玉がめちゃ痛かったなー。小さい頃はそれが不思議だったけど、いま考えたらふつーに男子の方が握力強いからか」

 凍った雪をザクザク踏みながら、昔話に花を咲かせる。もう一度、咲良を見やれば、また寒そうに手をさすっていた。

 「寒い? マフラー貸そうか?」

 「ん......いや、いいかな...」

 そう言う咲良の顔は、寒さのせいか少し赤まってる。見かねた私は、強引に咲良にマフラーを巻いてやる。

 「苦しい......」

 「変に我慢しなくていいって。咲良、もうすぐ受験でしょ? ここで風邪引いたらマズイって」

 「うん......」

 渋々、頷く咲良はなんだか子供みたいだ。そのまま、頭をぽんぽん撫でてみる。

 そのまま歩き出そうとする私を、咲良が呼び止めた。

 「ねぇ、彩音」

 「うん?」

 「これで、本当にいいのかな」

 その言葉に、私は振り返る。

 最初は何を聞かれたのか分からなくて、

 でも、助けを求めるような咲良の顔に驚いたりして......ふと、この子が言おうとしていることを察してしまった。

 「いいじゃん。咲良がそうしたいんだし。私はなんか嬉しかったなぁ」

 「嬉しい……?」

 「咲良が地元を離れて、進学したいって聞いた時、あの咲良がそんなことを言うんだってなぁって」

 一年前、私は咲良から進学の話を聞いた。

 就職はなさそうだし、地元の大学に行くんだろうなとか思っていた。

 でも、違った。咲良は地元を離れて、行きたい大学があるんだと私に告げた。

 正直、驚いた。私が予想してなかった進路を聞いて、一緒に並んでいたはずの咲良が、別の道を行こうとしているのが、何となく嬉しかった。

 「だから、私は応援してるよ。咲良のこと」

 笑顔でそう返してやる。でも、咲良の表情はなんでか浮かなかった。「もしかして寂しい?」って、顔を覗き込もうとした時、

 「寂しいよ」

 「えっ?」

 「……ごめん、もう行く」

 そのまま、私を追い越して走り出してしまった。

 「あっ……ちょっと、咲良」

 私は追いかけようとする。

 だけど、その足は何故か動かなかった。

 「ぁ……」

 追いつけたとして、なんて声をかければいいのか。

 私は咲良の夢を応援する。でも、それ以上に深入りするのは何となく避けていた。

 咲良は昔から賢いし、きっと立派な夢があって、当たり前のように叶えられる子だと思っていた。

 私とは全然違うんだ。そんなことを無意識に考えてた__だから、彼女の夢について、今まで一度も聞いたことないってのを、今さらながら気づいた。

 私は、咲良の何を知っているのだろうか。

 「……全然、分かってなかったかもなぁ。私」

 その時、雪の勢いが微かに強まった気がした。

 「あぁ、寒い。……マジかぁ、さらに強くなるとか」

 さっき咲良に自慢していた天気予報が、早速外れた。

 結局、分かったフリの知ったかぶり野郎だった。肝心な時の空模様は分からないし、分かっていたとしても、咲良に傘を渡してやれない。

 「……どわっ」

 そして、足元が思いっきり凍っていたのに気づかず、数秒ツルツル滑った挙げ句、思いっきり尻餅をつく。

 痛みより先に思ったのは__私が滑ったことは縁起悪いから、咲良に言うのはやめておこうとか__そんな呑気なことだった。


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