第5話「私達の恋の名前は」

 「恋人同士に見られたい!」

 私の突然の決意表明に、隣の海佳が驚いてこっちを見た。

 「どうしたの、いきなり?」

 放課後の教室。当番だった日誌を書く海佳。

 私は海佳を待っていた。今日は一緒に帰るって……ううん、半年前に約束しなくても、一緒に帰るようになった。

 私達が恋人になってから、それからずっとだ。

 「だって……!」

 思わず前のめりになって、私は思いを吐き出してた。

 「その……私達って、昔から仲良かったし……それに、女の子同士で距離近いのもそんな不思議じゃないじゃん」

 「う……うん」

 「だから、周りからは特別な関係に見られてないんじゃないかな……って」

 この半年間。お互いの距離は近くなったはず。

 一緒にいる時間も長くなったし、時間が無かったら作るようにした。一緒にいる時は、隣に座って甘えてみたり、海佳の髪に自分の髪を絡ませたり、調子に乗って膝に頭を乗せようとすると、流石に頭をはたかれたり。

 「……なんか、落ち着いたらさっきまでのテンションが恥ずかしくなってきた」

 「杏里が言い出したのに……」

 私が恥ずかしさに悶えている間に、海佳はペンを口に当てて考え込んでた。多分、私が考えることと同じことを考えてる……んだと思う。

 「そうかもね。実際、友達からは何も言われないもんね」

 「だから……なんか不安になってこない? ちょっと……上手くはいえないけど」

 「……」

 すると、海佳はペンを置いた。

 そのまま私の目を見ながら……ずいっと顔を寄せる。

 「じゃあ逆に質問。私達が付き合ってるの、友達とか周りの人が知ったらどうするの?」

 「そ、それは……」

 それだと、何か言ってくる友達とかもいるかな。家族とかも……ううん、そんなの私は構わないけど、海佳に迷惑かけるのは嫌だな。

 「困るかも……海佳を傷つけたくない」

 「……それで私の名前出してくるのは、杏里のいいところだけど」

 何故か軽く頬を膨らませつつ、海佳はストンと椅子に座りなおした。私を不思議な眼で見ながら、肩肘をついてもう一度質問してくる。

 「なら……杏里は何が不安なの?」

 今一度、そう言われると上手く言えなかった。かと言って、これ以上この話を続けるのも恥ずかしい。

 多分__私の中で、答えは分かっているのだ。

 「……私、ちゃんと海佳の恋人できてるのかな」

 「恋人できてる?」

 「私は……う、海佳のことが誰よりも好きで、大事にしたい……一番の人だって思ってる。でも、ちゃんと海佳の恋人を出来てるかって言われると不安で……周りからも、ただの友達としか見られてないのかなって……」

 不安の種は、きっとそれだ。

 これが男の子と女の子の話なら、分かりやすかったかもしれない。

 でも、私と海佳は違ってて……それで恋人らしいこと、当たり前のことが出来ないかもしれない。たとえ出来たとしても、それが正しいことなんて確証はなくて。

 私が大切にしている想いは、心の熱は__海佳にとっても大切なものかなんて、考えれば考えるほど不安になってくる。

 こんなこと、他の人には全く分からない、笑われてしまうような些細な悩みかもしれないけど……

 「ふふっ……」

 そんなことを考えてると、先に海佳が笑っていた。

 「よりにもよって、海佳が笑う!?」

 「だってさ」

 クスクスと笑う海佳は、少しだけ顔が赤くなっていた。

 「恋人できてるか不安って言ってるのに、凄い好きアピールしてくるから。そんなこと言われる恋人の気持ちにもなってみたら?」

 「えっ……あっ、うう」

 そう言われて、私も顔が熱くなっていく感覚があった。

 確かにさっき、不安に押されて物凄いこと言ってた気がする。一番の人とか……

 そんなことを考えながら、視線を戻す。すると、海佳と目が合った。

 海佳の瞳はどこか熱っぽくて、見ているだけさらに顔が熱くなっていく。

 「……っ」

 しかも、我慢できないみたいに立ち上がって。

 身体と顔を寄せてくる。普段は落ち着いてるけど、こういう時にぐいぐい来るのが海佳のいいとこ……いや、悪いところかも。

 私の中で、能天気に喜ぶ気持ちと、色々整理できていない混沌とした思考が押し寄せてくる。

 「う、海佳……」

 そして、この状況において、私の体を動かしたのは謎の理性だった。

 「学校じゃ、キス禁止だから!」

 ちょっと前に、海佳と約束したことだった。あくまで清純なお付き合いを守るため……それと海佳の歯止めが効かない可能性があるのも、ちょっとだけ理由にある。

 私のガードに、海佳はきょとんとした後、微かに笑って身を引いた。

 と、見せかけて。そのまま一気に私の体を抱き寄せた。

 「わっ……」

 「大丈夫だよ」

 そして頭の後ろで、優しく言ってくれたのだ。

 「ここには、私達しかいないよ」

 その言葉だけが、誰もいない教室の中で聞こえた。

 「私達の気持ちも、言葉も全部私達だけのものだから。周りがどうかなんて関係ないよ」

 「……」

 私は何も言えずに抱かれるままだ。

 ただ、海佳の気持ちに泣きそうになってて、何か返したくても返せない自分が情けなかった。




 私達が帰る頃、他の子達の姿はなかった。

 帰宅部がひとしきり帰り終わって、部活組が帰宅する前の空白時間。寂しい通学路を私と海佳は手を繋ぎながら歩いていた。

 「もうすっかり寒くなったね」

 「うん……海佳の手、あったかい」

 「そう? ありがとう」

 笑いながら、手を握りかえしてくれた。さっきのことで、何だか顔を見るのが恥ずかしい。でも、少しだけ寂しくもあった。

 (こうしてても、私達は恋人には見られないのかな……)

 せいぜい、仲のいい友達程度なんだろうか。そう考えると、またさっきの不安が押し寄せてくる気がして。

 「えい」

 そんな悪い考えに走りそうになった時、海佳が私の額を指で弾いていた。

 「うえっ!?」

 「悩むの禁止。それに、隣で大事な彼女がいるのに、そんな浮かない顔してる方が恋人失格じゃないかな?」

 その言葉に、何も言い返せない。おまけに私の恥ずかしい独白をいじりなおすような言い方に、身悶えしてしまう。

 「ごめん。……反省します」

 「よろしい。調子に乗ってベタベタ甘えてくる方が、杏里らしいから」

 そう言って手を繋ぎなおす。その感触と、隣にいる海佳の特別さに、体の奥で暖かいものを感じる。

 その暖かさを、海佳も感じてるのかな。

 「海佳」

 「うん?」

 「ありがとう」

 「……どういたしまして」

 今はせめて、一緒に不安を分けようとした恋人に、お礼だけでも言いたかった。




 「……」

 帰りの通学路。杏里の相談に乗った私は、内心思っていることがあった。

 (杏里は周りに恋人に見られてないって言ってたけど……もう友達とかにはバレてるのよね……)

 まぁ、それはそうだと。今までの自分達の行動を振り返る。

 休み時間はいつも一緒だし。何かと距離は近い。特に杏里は疲れている時とか、気が緩んでいる時の甘え方が尋常じゃない。肩とか頭に顔を乗せてくる杏里に、私も普通に受け入れてしまっている。そんな私達を、もはや恋人を通り越して熟年夫婦と呼ぶ子達も多い。

 (だから……杏里の悩みも今更っていうか)

 心の中でため息を吐きつつ、杏里とつないだ手を見やった。

 (……でも)

 さっきの言葉も、想いも。全部嘘じゃないことを私は知っている。

 真剣に悩んでくれていたこと。……しかも私のことについて。それであんな愛の告白まで受けたのだ。そんなの、反則に決まっている。

 「杏里」

 「……?」

 だから、私は強引に杏里にキスしてやったのだ。

 咄嗟の攻撃に逃げられない杏里。バタバタと逃げようとするけど、力は私の方が上だ。簡単には離さない。

 そんな攻防のせいか、思ったよりもキスが長くなってしまった。離れた時はお互い息が乱れてて、おまけに杏里は今にも失神しそうなぐらい動揺していた。

 「う、海佳!? いきなり……うええ!? キスなんて他の人に見られてたら……」

 「いい? 杏里」

 杏里の言葉を封じ込めるように、私はビシッと指をさして言ってやる。

 「ぐだぐだ悩むより、まず行動! 言わなきゃ伝わらないこと、やらなきゃ分からないことだってあるんだから」

 「へっ!? あっ……はい」

 強めの説教モードに杏里は今度シュンとなった。コロコロ変わる表情も面白いし、可愛い。本人は気が気じゃないだろうけど。

 「分かった?」

 「はい……」

 「じゃあ、次やることは?」

 怒られが終了した後、杏里はとりあえず私の腕に抱きついた。

 もう限界っぽいので、それだけ出来たら十分だろう。私は「よろしい」と言って歩き始める。

 それで、私は忘れてないうちにこう言うのだ。

 「杏里、大好きだよ」

 もしかしたら、杏里の言う通り、私達の関係はとても分かりづらいものかもしれないけど。

 だったらお互い分かるまで、確かめ合えばいい。

 私達の恋の名前は、私達で決めたらいいのだから。

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