第6話「一番目の星」
アイドルなんて、最初は全然興味がなかった。
でも……人の言葉に勇気づけられたのは、有紗の一言が初めてだった。
「またチェックしてるの? 『Seven Notes』……だっけ?」
部室で携帯を見ていた私に、友達の一花が声をかけてきた。
「熱心だねー、唯。ほんと、そんなアイドルハマるとは思わなかった」
そう言う一花に、私は携帯の画面を閉じ、
「一花。ちょっと違う」
「え……?」
「私、有紗単推しだから」
『Seven Notes』とは、七人組の女性アイドルグループだ。
活動期間は短いものの、かなりの知名度と支持を集めてるユニット。最近だとアニメのタイアップもやり始めてて、クラスの子達も結構知ってたりする。
それで、私はその中の一人……有紗のことをずっと推していた。
「単推し?」
「グループの中で一人のことを推すこと。私は『Seven Notes』の中でも有紗だけ好きなんだよ」
「へー。詳しいね、唯」
「……まぁ、私も最近調べて知ったことだけど」
ちなみに、単推しの反対は箱推しらしい。こういうのも、アイドルにハマって知ったことだけど……
「でも、それもなんか失礼じゃない?」
「え?」
「『Seven Notes』は七人で頑張ってるのに、その子一人だけ好きって……なんかグループ否定しているみたいで」
「そ……そんなことない!」
いきなりの暴論に、思わず私は立ち上がった。
「確かに有紗が一番最高だけど……!
ノーツは七人で完成されてるものだから! 曲も、ビジュアルも、七人揃ってこそだし!」
「ごめんごめん。そんな怒らないでよ」
そう言う一花だったけど、楽しそうにカラカラ笑っていた。
「ほんと好きだねえ。唯、いつからそんな好きになったの?」
ヒートアップしていた私は、その質問に軽く息をついた。
(いつからって、そりゃ……)
「疲れた……」
その日、私は疲れ果ててベッドに倒れ込んでいた。
今日は部活__バスケの試合があったのだ。しかも学年対抗で。
私の学年は部員が五人しかいない。だから、試合をする時はいつも補欠のフルメンバーになる。
幸い、一花を含めた四人とは気が合うし、喧嘩も一度も無かった。話をする時は自然と五人で話をするし、近い距離感は心地よかった。
だけど、今日は少し違った。
私が致命的なミスをした。確実に攻め切れるところを、私だけが遅れを取った。
結果、試合は勝てなかった。だけど、私が足を引っ張らなければ、こっちがペースを握れたかもしれなかった。
試合の後、五人はそれぞれ「上級生相手はきついよ」とか、「明らかにこっちの弱いとこばっか突いてきてずるい」とか。口々に言っていた。
負けてしまう理由は、いっぱいあった試合だった。
誰も、私を責めなかった。
「明らかに私のせいじゃん……」
額に手を当て、やり場のない感情は口から零れる。
このまま何もかも忘れて寝てしまおうか。でも、このままだと自己嫌悪で潰れてしまいそうだ。
悪い癖だ。何かあると、すぐ立ち止まって悩み続けてしまう。
ふと__携帯の画面が明るいことに気づいた。ラジオアプリの通知だった。普段は聞かないけど、お婆ちゃんが家に来た時、私の携帯で流してあげたんだっけ。
「……」
私はなんとなくアプリを開いた。
特に意味はないけど、何をする気にもなれなかった。とりあえず番組表を見て、知ってる芸能人の番組を開いた。
電気を消して、ラジオの声だけを聞く。テレビと違って、全部映像で伝わらないからまるで小説を読んでるみたいに想像しながら聞く。
「今夜のゲストは『Seven Notes』の有紗ちゃんでーす」
「はーい。よろしくお願いしまーす!」
途中で知らない女の子の声が聞こえた。どうやらアイドルっぽい。
「有紗ちゃんって、大人っぽいボーカルが魅力だけど、また十六歳なんだよね」
「そうです! 最近高二になりました」
(えっ……すごい。私の一個上じゃん)
そんな年の近い子が、芸能界で活躍しているなんて凄い。
話し方もハキハキしていて、元気一杯だ。私は絶対にできない。聞けば聞くほど、雲の上の人のように思えた。
「でもさ。有紗ちゃんはどの番組でもテンション凄いって言うか……どうやってモチベーションを保ってるの?」
すると、パーソナリティの人が私の疑問と同じことを質問した。私は少しドキリとして、ラジオの声を待った。携帯から聞こえる有紗の声音は全く変わらず、
「だって、その方が楽じゃないですか!」
そんな意外な答えを、はっきりと言った。
「えー!? 楽だから頑張るの?」
「はい! 『死力を尽くして諦める』が自分のモットーなんで!
いつも全力を出してないと、きっと失敗した時、ああしてればとか、こうしてればとか、思うじゃないですか。でも、いつも全力なら失敗しても『自分が頑張ったからしょうがない』って簡単に諦めきれるじゃないですか!」
有紗の声は、迷いは無くて、本気でそう言ってると思わせた。
「えー、なにそれ。めっちゃ前のめりに、後ろ向きじゃん」
「あはは! でも他の六人も頑張ってるし、私も負けないようにしないと」
それで、彼女は言ったのだ。
「だから……このラジオを聞きながら悩んでるあなたも、きっと大丈夫!」
(……!)
それきっと、なんてことない言葉だったはず。
だけど彼女__有紗の言葉は、私の心に深く染みこんだ。
今悩んでいることを。彼女は……その一言で、全部取っ払ってくれた。
「それじゃ、新曲の紹介。してくれるかな?」
その後、流れた曲は初めて聞いた彼女の曲。
元気な彼女に反して、とても綺麗に響く声を、私は夢中で聞き入っていた。
有紗の言葉は、私に向かって言ってくれたように聞こえた。
(思えば……結構恥ずかしい理由だけど)
帰りの電車で、私は思い出しながら少し恥ずかしくなっていた。
言っちゃえば、よくある『アイドルと目が合った』レベルの勘違いだよね。こっちを見てくれた!って勝手にはしゃいでるだけな感じの。
だけど、あの言葉のおかげで私は前に進めた。
今も、彼女の後を追いかけて、毎日を全力で過ごしている。
携帯を開いて、イヤホンを繋げて。
『Seven Notes』の曲が始まる。私は電車の窓から、夕方の空を見上げる。
そして思うのだ。また、明日も頑張ろうって。
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