第3話「発火点」

 彼女が抱きついてきて、たまにキスしてきたのを覚えてる。

 くすぐったいよって、私は笑う。あの時は小学校に上がるか上がらないかの頃。私は友達である彼女にくっつかれるのが嬉しくて、その時は何も思わなかった。

 だけど、いつの日だったか。

 小学校の時。彼女と私は自分の部屋で一緒にゲームをしていた。

 一人で遊んでいる私。それを横で見ている彼女。

 画面を見ていて、彼女が隣でどんな顔をしていたのか知らない。ふと、肩が触れ合って、頭を寄せてくる。いつものスキンシップ。

 だけど、違ったのだ。

 彼女は私の頬にキスをした。その瞬間に、私は飛び退いてしまった。

 「……え」

 なんで驚いたのか、自分でもよく分かっていなかった。

 だけど、今まで彼女がしてきたキスとは何か違っていた。その違和感を、受け止めきれなかった。

 彼女は不思議な顔をしていた。瞳は少しだけ潤んでいて、今まで見たことが無い顔をしていて__ あの後、私達はあくまでいつも通りを続けた。

 高校になった今もそうだ。私は今でも、あの時のキスの意味を知らない。




 「……聞いてる?」

 声がかかる。私は自分がぼうっとしてたことに気づく。

 記憶よりも大人びた彼女が前に座っていた。昔よりも髪は伸びて、笑い方も随分変わってしまった。

 「ごめん。ちょっとぼうっとしてた?」

 「大丈夫? テストが近いからって、無理してない?」

 心配そうにこっちを見る。ふとした表情は、変わってなくて安心する。

 「うん、ありがと。あ……紅茶まだいる?」

 カップが空になってるのを見て、私はそう言うけど、彼女は首を横に振った。

 「いいよ。そろそろ帰ろうと思ってたから」 

 「そっか……うん」 

 部屋に集まって、勉強したりするのも昔から習慣だ。だけども、いつまで経ってもそうは言ってられない。それぞれ部活もあるし、距離は自然と離れていく。

 彼女の言葉に了承しつつも、心の何処かでそう思ってしまう。

 「あのさ……」 

 不意に、彼女は口を開いた。

 今日はこれで終わりと思っていた私は、彼女が何か話したげなことに驚く。テーブルを挟んでお互いの顔を見やる。彼女は少し悩むように、 

 「後輩の男の子にね。告白されたんだ」 

 「告白……?」 

 「その……付き合ってくださいって」 

 告白の意味は、流石に分かっている。でも、そんなことが彼女の口から出てくると思わなかった。

 いや……でも。別に不思議なことじゃないと思う。彼女は美人だし、そんなこともあるだろう。 

 「……付き合うの?」 

 私が質問する。でも、彼女はすぐには答えられない。そもそも、私に相談するために言ったのだろう。私は彼女の気持ちを確かめるように言葉を続ける。

 「どんな子なの?」

 「真面目で、いい子だよ」 

 「じゃあもし、その子が彼氏になったとしたら?」 

 「想像できないよ。そもそも……」 

 彼女は戸惑いながらも言う。その顔は、私の知らない顔。

 「付き合うって、どういうことなのかな」

 難しいことを聞く。私は思い当たることをとりあえず列挙した。

 「手を繋いだり……どこか遊びに行ったり。一緒に特別な時間を過ごす……とかかな。あと……」

 ちらつく過去を見ないふりして、私は言ったのだ。

 「キス、したりとか」

 「……そっか」

 彼女はそう小さく呟いた。

 沈黙が部屋を満たす。私はカップを手に取り、紅茶を啜った。

 冷たい紅茶が、時間を教えてくれる。全て飲み干すと、私は彼女に近づいた。    

 「え……?」 

 「想像できないなら、してみようか」 

 顔を寄せて、私達の距離は縮まっていく。

 相手は理解できないような顔をしていた。私は少しだけ笑っていたのかもしれない。

 「昔、よくしてくれたよね」

 「それ……は」

 彼女は覚えていないのかもしれない。でも、私はずっと覚えている。

 今でも、あの時のキスの意味を知らない。

 だけど__ 

 あの時知った初めての感情を、私は忘れることなんて出来なかった。

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