第2話「発火点」
彼女が抱きついてきて、たまにキスしてきたのを覚えてる。
くすぐったいよって、私は笑う。あの時は小学校に上がるか上がらないかの頃。私は友達である彼女にくっつかれるのが嬉しくて、その時は何も思わなかった。
だけど、いつの日だったか。
小学校の時。彼女と私は自分の部屋で一緒にゲームをしていた。
一人で遊んでいる私。それを横で見ている彼女。
画面を見ていて、彼女が隣でどんな顔をしていたのか知らない。ふと、肩が触れ合って、頭を寄せてくる。いつものスキンシップ。
だけど、違ったのだ。
彼女は私の頬にキスをした。その瞬間に、私は飛び退いてしまった。
「……え」
なんで驚いたのか、自分でもよく分かっていなかった。
だけど、今まで彼女がしてきたキスとは何か違っていた。その違和感を、受け止めきれなかった。
彼女は不思議な顔をしていた。瞳は少しだけ潤んでいて、今まで見たことが無い顔をしていて__ あの後、私達はあくまでいつも通りを続けた。
高校になった今もそうだ。私は今でも、あの時のキスの意味を知らない。
「……聞いてる?」
声がかかる。私は自分がぼうっとしてたことに気づく。
記憶よりも大人びた彼女が前に座っていた。昔よりも髪は伸びて、笑い方も随分変わってしまった。
「ごめん。ちょっとぼうっとしてた?」
「大丈夫? テストが近いからって、無理してない?」
心配そうにこっちを見る。ふとした表情は、変わってなくて安心する。
「うん、ありがと。あ……紅茶まだいる?」
カップが空になってるのを見て、私はそう言うけど、彼女は首を横に振った。
「いいよ。そろそろ帰ろうと思ってたから」
「そっか……うん」
部屋に集まって、勉強したりするのも昔から習慣だ。だけども、いつまで経ってもそうは言ってられない。それぞれ部活もあるし、距離は自然と離れていく。
彼女の言葉に了承しつつも、心の何処かでそう思ってしまう。
「あのさ……」
不意に、彼女は口を開いた。
今日はこれで終わりと思っていた私は、彼女が何か話したげなことに驚く。テーブルを挟んでお互いの顔を見やる。彼女は少し悩むように、
「後輩の男の子にね。告白されたんだ」
「告白……?」
「その……付き合ってくださいって」
告白の意味は、流石に分かっている。でも、そんなことが彼女の口から出てくると思わなかった。
いや……でも。別に不思議なことじゃないと思う。彼女は美人だし、そんなこともあるだろう。
「……付き合うの?」
私が質問する。でも、彼女はすぐには答えられない。そもそも、私に相談するために言ったのだろう。私は彼女の気持ちを確かめるように言葉を続ける。
「どんな子なの?」
「真面目で、いい子だよ」
「じゃあもし、その子が彼氏になったとしたら?」
「想像できないよ。そもそも……」
彼女は戸惑いながらも言う。その顔は、私の知らない顔。
「付き合うって、どういうことなのかな」
難しいことを聞く。私は思い当たることをとりあえず列挙した。
「手を繋いだり……どこか遊びに行ったり。一緒に特別な時間を過ごす……とかかな。あと……」
ちらつく過去を見ないふりして、私は言ったのだ。
「キス、したりとか」
「……そっか」
彼女はそう小さく呟いた。
沈黙が部屋を満たす。私はカップを手に取り、紅茶を啜った。
冷たい紅茶が、時間を教えてくれる。全て飲み干すと、私は彼女に近づいた。
「え……?」
「想像できないなら、してみようか」
顔を寄せて、私達の距離は縮まっていく。
相手は理解できないような顔をしていた。私は少しだけ笑っていたのかもしれない。
「昔、よくしてくれたよね」
「それ……は」
彼女は覚えていないのかもしれない。でも、私はずっと覚えている。
今でも、あの時のキスの意味を知らない。
だけど__
あの時知った初めての感情を、私は忘れることなんて出来なかった。
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