彼女の為なら

小林ぬこ

第1話 同じ毎日が続くとは限らない


「それで?ワシがお前の望みを叶えると思っているのか」


見つめてくる瞳はまるで氷のように冷たく、まるで畜生を見るような目をしている。


「笑わせてくれるわ。

ワシからすれば何の利益にもならん、むしろ損失だ」


ああ、そうだろうね。

自分でも何してるんだろうって思うよ。


「だが、お主が相応の対価を差し出すというのであれば条件を受け入れよう」


「さあ、どうする?」


きっと、選択肢なんて元からないんだ。



彼女の為なら



「世の中はクソだ。

毎日学校に行かなきゃいけない義務はなんなん だろうか?


必要性なんてありはしないのでは?

あんな陽キャしか評価されない場所なんて辛いだけじゃん。


今日は10分後にお腹痛くなる予定なので休みます」


朝日を遮断するように薄い暗闇に潜り込む。

最近、暖かくなりはじめた季節だとしても布団の中は的した温度を保っている。


活動を始めなきゃいけない時間だとは重々承知しているが、体を動かすことはできない。


まあ、簡単に言えば布団から出たくないだけである。


「また、そんなこと言ってー。

早く動き出さないと遅刻しちゃうよ」


「陽キャのまひろちゃんには陰キャの気持ちなんか分からないんだ。


まひろちゃんとクラス離れた時点で詰み、もう無理、学校いけません」


「布団はぎまーす!」


突然、眩しい光が差し込んでくる。

楽しそうに笑う彼女は春の陽気に当てられ、キラキラと輝いて見える。


「ほらー、準備して!学校いこう」


私を布団から無理やり引きずり出して制服を差し出す。

彼女が着れば可愛い制服だ。

私が着ればもさい制服に変わる、この差は顔面問題ですかね?


行きたくない気持ちからか動きが鈍い私の代わりにテキパキと動くまひろちゃん。


彼女は秋月真紘ちゃん

可愛らしいお顔で少し背は低め

腰まで伸びたふんわりと柔らかそうな髪を靡かせて歩く後ろ姿は背筋が伸び、何故だかカッコよく見える。


そして、高校生活始まって1ヶ月くらいしか経たないのに学校の人気者扱いだ。


学校始まって1ヶ月、友達が1人もできない私とは大違いである。


学校までの道のりをキビキビ歩く彼女とダラダラ歩く私、しかし、歩くスピードはあまり変わらない。


歩く歩幅の違いって奴だ。


「今日のお昼もそっちの教室行くから、ちゃんと待っててね!」


彼女が見上げながら私に言い聞かせるように伝えてくる。


「別に、毎日私とじゃなくてもいいんだよ。

 まひろちゃんは他にも友達いるんだし」


「ダメだよ!

 また1人で隠れながら食べるつもり?

 ご飯は誰かと食べた方が美味しいんだから」


「気にしないから平気なんだけど」


「私が一緒に食べたいの!」


伸びた私の前髪の隙間から見える彼女はキラキラと輝いて眩しい。

この世界は彼女の為にあるなんて思てしまうほど、彼女は輝いて見える。


綺麗な青空、後ろに見える学校、青信号、学校に入っていく他の生徒達、私の前を行くまひろちゃん


私の陰気で脇役にもなれない学校生活が始まる






はずだった。


綺麗な青空、目の前に見えるは銀色のトラック、悲鳴を上げる生徒達、私の目の前から消えたまひろちゃん


視線をずらせば数メートル先で真っ赤になった彼女が横たわっていた。


思考がストップする、誰かが何かを言っているが同じ言語を喋っているのか疑いたくなるほど分からない。


分からない、視界がぼやける。

周りの声が遠くなる




目を開けたら知らない天井だ。

小説や漫画みたいな展開だなと起きたばかりの頭で思いついた。


「紬希、目が覚めたの!!」


母の声が聞こえてきた。

顔を向けると、両親が心配そうにこちらを見ていた。


「おかあ、さん」


「よかった、どこか違和感とかはない?」


「大丈夫、ここは?」


だいぶ寝ていたのか、少し掠れた声が出た。

家ではない天井、見える風景からして病院?


「病院よ、あなた気を失ったのよ」


「病院、なんで気を失って…」


ふと思い出す記憶

血だらけの、私の友人…


「まひろちゃんは?

 まひろちゃんがトラックに…夢?」


私の質問に両親は気まずそうに顔を見合わせた。

そして、気づいたら走り出していた。


看護師さんが私を止めようと声をかける。

しかし、そんなことに構ってはいられない。


スリッパすら履き忘れて裸足で走り抜ける。

そして、ある部屋に辿り着いた。


そっと扉を開けるとベッドが見えた。

ベッドに横たわっている人物は色々なチューブに繋がれている。


呼吸をしているのがかろうじてわかるくらいだ。


ピッピと電子音だけが響く


私の後に入ってきた看護師さん、両親は私に声をかける。

部屋から出そうと手を引っ張ったり肩を抱いてくるが煩わしい。


「まひろちゃん、学校遅れるよ

 早く行こう。」


声をかけるが聞こえるのは電子音と母の泣き声だけだ。


「ね、今日はちゃんと行くから」


返事はない


分かっている

理解している


ただ、理解したくないんだ


「まひろちゃん、目を覚ましてよ」


彼女が交通事故で意識不明の状態なんて、理解したくない。

ただ、それだけだ。

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