第136話 最後

 炎がバチバチと大地を焦がす音が鳴り響く中、全てが焼き尽くされたと思っていた僕らの眼前に広がっていたのは、死屍累々といった様子のバトルフィールドであった。


 メタルオーの『ミラーシールド』、アテナの『イージスオーラ』により、本来の威力より少ない状態ではあったが、それでもかなりの大ダメージを受けているプレイヤーが多く、特に盾役のプレイヤーはその多くがこの場から姿を消していた。その中にはアイギスの姿も含まれていた。


「おねーちゃん……」


 ミネルヴァは思い立ったかのように何かのスキルを口ずさみ、そのまま眩い光が走ったかと思うと、彼女の目の前にアイギスの姿が現れる。


「アイギス……なんで……」


「うーん。やっぱり、おねーちゃんが居たほうが良いかなって思って」


 ミネルヴァの姿が少しずつ消えかかる。これはどういう事だと思っていると、ミネルヴァが僕らの方に振り向いて説明する。


「『聖女の献身』……このスキルは私が戦闘不能になる代わりに、特定のプレイヤーを蘇生するジョブスキルです。今の私にはこのスキルしか、蘇生手段が無いので……」


 つまり、ミネルヴァは自身を犠牲にしてアイギスを復帰させたということになる。確かにこの時点で使える蘇生スキルだと、そのような条件がついていてもおかしくはないだろう。


「……元々は『聖女の祈り』という聖少女のジョブアーツを使う予定だったのよ。全MPを消費して、フィールド上のプレイヤーに『根性』の効果を与えるという効果ね。まぁ、間に合わなかったんだけどね……」


 そう告げるアイギス。本来、あの場で使う予定だったのはフィールド上の全プレイヤーに『根性』の状態を与えるというジョブアーツだったらしい。


 その『根性』の効果だが、【根性】のアビリティ同様に大ダメージを受けてもHPが残り1の状態で耐えることが出来るというもの。


 発動までに時間がかかるものの、それを全プレイヤーに与えることが出来れば、さっきのような攻撃によって壊滅することはないだろう。


 ただタイミングがかなりシビアなようで、付与できる『根性』の状態も数秒しか持たないらしく、だからこそギリギリまでタイミングを見計らっていたということになる。そして、今回はそれがうまくいかなかった……という形だ。


「最後に皆さんをサポートします。――『エリアヒール』!!」


 エリア全体にHP回復の効果のスキルを発動し、ヨロヨロと倒れそうになるミネルヴァを慌ててアイギスが支える。


 そのお陰で危険な状態だったプレイヤーたちのHPが幾らかマシな辺りまで回復する。


「それじゃあ、おねーちゃん。リュートさん、龍姫様。あとはお願いしますね……」


 そう言い残し、時間経過で戦闘不能状態となったミネルヴァは姿を消す。


 その様子を見ていたアイギスの顔は、鉄の仮面に遮られて見ることはできなかった。




 その後、前線へと復帰していくプレイヤーたちに僕や他の神官プレイヤーたちが回復していく。当然ながら、さっきまでのような作戦など崩壊してしまった現状では存在せず、当たって砕けろと言わんばかりの状況となっていた。


「みんなが繋いでくれたチャンス! 絶対に物にするわよ!!」


「「「「おおおおおお!!!!」」」」


 ウルカの叫びと共に、雄叫びを上げて猛攻撃を仕掛けていくプレイヤーたち。


 しかし、そんなプレイヤーたちを待ち構えていたのは凄まじい勢いで振り放たれたイヴェルスーンの尻尾による一撃。


 先程までとは比にならない程のスピードで尻尾を振りかざしたかと思うと、あっという間に多くのプレイヤーがその尻尾に巻き込まれる形で彼方へと吹き飛ばされていく。


 ただでさえ満身創痍の状態で、盾役のプレイヤーを失った今、そんな攻撃を絶えられるわけもなく、次々と吹き飛ばされていく。


 それを逃れたプレイヤーに対してはドラゴンブレスではなく火球を放ち、更に足踏みをすることで平衡感覚を狂わせてよろけたプレイヤーたちを踏み潰していくイヴェルスーン。


 更には先程までは使ってなかった電撃のようなものを迸らせ、まるで天変地異かのような勢いで攻撃を放っていく。


 あまりに流れるような一連の動作に、後衛の回復職のプレイヤーたちは呆気にとられてしまうが、その油断を見逃さないかのように、火球や電撃による攻撃が後衛のプレイヤーたちへと襲い掛かる。


 先程のドラゴンブレスを耐えたプレイヤーたちも、その猛攻によって一気にダメージを受けていき、次々と死に戻っていく。


 ドラゴンブレスを耐えきったプレイヤーたちが、あっという間に半数以上が減らされる――そんな悪夢みたいな光景を間近で見ることになったウルカの顔は真っ青になっていた。


 これが、強化された最終イベントボスの真の力……だというのだろうか。


 前衛はコトノハやランス、ユートピアたちも攻撃に巻き込まれて死に戻っており、また後衛側においてもミリィやセーメーたちの姿が消えていた。


 回復役の神官プレイヤーもカイトをはじめとしてその大半が居なくなっており、連合パーティーが完全に崩壊してしまう。


「うそ……だろ?」


 頭の中では妙に冷静になっていたが、よく状況を確認することでそのあまりの悲惨さにうまく言葉を出せなくなっていた。


「危ない、主殿――!!」


 その時、僕に向かって振り放たれていた尻尾の存在に気付けず、咄嗟に避けようとしたが誰かに突き放される形で回避に成功する。


 しかし、それにより何かが吹き飛ばされて少し離れた戦闘の跡地にある地面に激突する。


 そして、自分の直ぐ側に居るはずのパートナーが近くに居ないことに気付いた。


「ル、ルヴィア!? まさか、さっきの攻撃で僕を庇って――」


 そう思って慌ててルヴィアを探すと、先程何かが激突した場所で横たわっている彼女の姿を発見する。ステータスを確認したが、何とか生き残っているようだ。


 ただ、そのHPはかなり減っており、かなり危険な状態となっている。


 確か、『闘気外殻』はSPを消費して外殻を作り出すことでダメージを大きく減らす事のできるというアーツだったはずだが、それが発動した状態でここまで削られるレベルということであれば、この状況に陥るのも仕方ないのかもしれない。


「おい、ルヴィア! しっかりしろ!」


「ん……ぐぬぅ……主殿……? どうやら、ちゃんと護れたようだな」


 主である僕を敵の攻撃から守ろうとしてイヴェルスーンの猛攻撃を一身に受けることとなったルヴィア。その献身さに思わず胸の奥から何かが込み上げてくるようで、そして目頭の辺りが熱くなるような感覚が襲い掛かる。


「何を……泣いておるのだ。まだ、終わっとらんぞ……?」


「馬鹿野郎……! 僕は、そこまでして守ってもらいたいわけじゃないんだぞ!」


 戦えない、護られないといけない存在だという事の不甲斐なさに、溢れる何かが止まらない。


 ――これはあくまでゲームだ。ここまで感情的になるのはナンセンスだ。


 だとしても、眼の前で苦しんでいるこの少女は、僕を守ろうとして傷付いたんだ。


 思い出したように『ユアヒール』を発動するが、そんな僕らの眼前には瓦解したプレイヤーたちを押しのけて、イヴェルスーンの姿が現れる。


 奴は、僕の姿を見て、次にルヴィアの姿を見て尻尾を持ち上げる。その目はまるで虫けらを見るかのようだった。


「はあああああ!! リュートたちには触れさせないわ!!」


 そんな時、先程の猛攻撃をくぐり抜けたウルカがイヴェルスーンに向かって攻撃を仕掛けるも、その攻撃はイヴェルスーンの振り上げた尻尾により阻まれ、そしてそのまま彼方へと弾き飛ばされる。


 土煙が立ち込めていたが、その土煙が無くなった時にそこにウルカもセンディアも存在しなかった。


「ウルカ……!」


 とうとうウルカも倒されてしまった。主力となるプレイヤーの多くが倒されてしまった以上、このフェーズの攻略はほぼ不可能と言っても過言ではない。


 傷だらけのルヴィアを前に、僕は何をするべきかを考える。


「リュートくん!」


 油断していたところにアイギスが『カバームーブ』によってガードに入る。何とか耐えているが、次の瞬間には潰されてしまいそうだ。


「今のうちにせめて――」


 せめて一矢報いる。アイギスが残した言葉に殉じる為、今の僕がやるべきこと。それは……。


「うおおおおお!! 『グラビティバースト』! 『エクスプロージョン』!!」


 僕は保管杖に込めていたMPをも使う勢いで【炸裂魔術】のスキル、『グラビティバースト』と『エクスプロージョン』を放つ。どちらも周囲のプレイヤーを巻き込んでしまう規模の技ではあり、この距離だと発動する自分も巻き込まれるであろうが、今となってはそんなのを気にしていられる場合ではない。


「ルヴィアは……僕が……守るんだ……!」


 『グラビティバースト』によって動きを止められたイヴェルスーンに向かっていく『エクスプロージョン』の火球。


「あるじ……どの……ッ!」


 その火球がヒットした瞬間、凄まじい爆風の勢いが襲い掛かり、その刹那に僕の意識は失われることとなる。


『――条件を満たしました。【龍閃姫】ルヴィアの龍覚醒が一時的に開放されます』


 気を失うその瞬間、そんな声が、聞こえたような気がした――。




『龍覚醒――エンシェントコード『リ・ライブ』を発動します』

 

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