第125話 スキル封じ
HPがちょうど半分を切った段階で、突如として咆哮を上げる邪竜の影。その咆哮と共に何かが飛び散ったような気がするが、一瞬の出来事で良く確認することが出来なかった。
しかし、その咆哮が鳴り響くと共に周囲の空気が淀んでいき、やがて邪竜の影の実体が残ったままフィールド上がモヤがかかったように暗くなっていく。
その咆哮には特に
ぐんと力が抜けるような不思議な感覚が襲いかかり、奇妙な気だるさを感じる。また、視界も何やらぼやけているような気がする。
慌ててステータスを確認すると、どうやら状態異常として『夜目』『恐怖』『鈍足』『脱力』という項目が追加されているようだ。
『夜目』は夜時間などに発生するものと違い、暗闇などで目が見えにくくなってDEXが低下する状態異常で、『恐怖』はルヴィアの【威嚇】でも生じた動作の遅延と視野狭窄が発生している状態異常、『鈍足』はAGIが大幅に低下する状態異常、『脱力』はSTR・ATK・VITが低下する状態異常となる。
いわゆる、デバフ状態と言うべきなのだろうか。
何より困ったのが、つい先程かけたばかりの支援スキルの効果がこの状態異常の発生とともにかき消されてしまった事である。
「あいつ……デバフをかけてくるのかよ……!」
エクセルが苦々しく呟く。先程まで僕の支援スキルのお陰か、かなり順調に戦えていただけにここで支援スキルを潰されると途端に分が悪くなる。
邪竜の影は攻撃を仕掛けようとするが、それをゼーレンとアイギスが防いでいく。デバフを食らってもある程度動けたセインとスズ先輩が攻撃を与えるも全く効いていない。
その間にカイトが範囲状態異常の回復系スキルである『ゾーンクリア』を使用し、僕は再度支援スキルを発動する。
カイトの『ゾーンクリア』によって『恐怖』の状態異常は解消されたようだが、ステータスを確認していたアイギスたちの表情は曇ったままだ。
「どうかしたの、みんな……?」
「……弟くん。もう一回何か支援スキルを使ってくれないかい?」
ふと後ろに下がってきたフレイに頼まれたので再度、適当な支援スキルを発動するが、その際に僕はスキル効果が発動したことを示すエフェクトが発生していないことに気付く。
「やはりかぁ……」
「まさか、支援スキルが発動してない……?」
「どうやらそうみたいだねぇ……。いやぁ、これは実に面倒だなぁ……」
その後、アイギスたちも自己強化スキルなどを発動させたらしいが、スキルの発動自体は問題なくできるものの効果が反映されないということが明らかになった。また、攻撃系のスキルは発動すらしないらしい。
効果が反映されたのはカイトの使う【神聖魔術】や【法術】、リリッカの使う【白魔術】などといった光属性の系統に該当するようなスキルだけだった。
因みに騎士の使うジョブスキルの一部にも光属性に当てはまるものがあるらしいが、まだアイギスは習得していないらしい。
オマケに『夜目』と『鈍足』と『脱力』は『ゾーンクリア』使用後も消えておらず、ステータスの減少のまま戦わざるをえない状況となっていた。
「どうやら特定のスキル封じをしてくるってわけだな。くそっ、厄介だな……」
先程まで物理と魔術とバランス良く使わせてきた流れから一変して、スキルの制限をかけてくる辺り、かなりの悪意を感じる。
幸いにも邪竜は実体を持ったままで、物理攻撃が効かないという事は無いのだが、これがいつ切り替わるのか分からないというのが現状だ。
「取り敢えず、この状況をどうにかしないと。例の支援スキルはあてに出来ないって事だろう? それなら、あのパーティーの前衛は下がったほうがいいだろ」
そう言ってカイトはゼットとザガンを指差す。確かにこの2人はあまり耐久の面では自信がないと言っていたな。
「そうだね。あの2人には下がってもらって、それから僕もなにか出来ないか考えてみるよ」
「おう。それなら俺が前に出る時に声をかけてくるよ。……この中だとまともにスキルが使えるのは俺くらいだからな」
そう言って前衛側に向かっていくカイト。その後、ゼットらに話しかけて後ろに下がってもらうことになる。案の定、結構ダメージを食らっていた様子だったので、彼らは持ち合わせていた回復アイテムでHPを回復する。
現在、『鈍足』状態でもまともに動くことが出来るセイン、フレイ、リッキーが率先して敵に攻撃を仕掛け、ランス、スズ先輩、エクセル、ユキチは隙を見て攻撃する形を取っている。
アイギスやゼーレンは彼らが避けきれないような攻撃が飛んできた際に『カバームーブ』で庇う形を取っており、出来るだけセインたちが大ダメージを負わないようにしている。
とはいえ、物理系のステータスが軒並み減少しているので、盾で軽く受け流しても受けるダメージは結構高い。そういう場合に、この中で回復スキルを使えるカイトとリリッカが即座に回復する。
クリスとフィオは弓を使って攻撃するものの、『夜目』の影響でDEXが下がっていることから中々命中しない様子だった。
そして支援役の僕や攻撃系の魔術を使用するミリィ、セーメー、リィルはスキルが使えない現状では何も出来ない。
確実に時間だけが進む中、邪竜の影との戦いは暗雲立ち込める状態となっていた。……実際に広がっているのは黒いモヤなのだが。
また、ドラゴンであるルヴィアとアーサーは『夜目』以外の状態異常が発生していなかった為、率先して攻撃を与えているが、それでも大してダメージを与えることは出来ない。
先程の黒いモヤの時の物理無効とまではいかないが、この状態だと物理攻撃が効きにくい状態となっているようだ。
「うーん、どうにかしてスキルが使えるようになれば良いんだけどな……」
「……ホント、この黒いモヤをどうにかできたらいいのに」
ミリィが忌々しそうに周囲のモヤを睨みつける。少なくともスキルが使えないのはこのモヤが発生したからなので、これが原因であることは間違いないだろう。
ついでに言えば、これのせいでかなり暗くなっていることから『夜目』が解消できないのだろう。環境が要因の場合、回復スキルで解消しても再度発生することがあるらしい。
暗闇でも見えやすくする『暗視』の効果を付与する【後方支援】の支援スキルである『ホロウアイズ』を使っていれば、この『夜目』状態も問題なかったのかもしれないが、他の支援スキルの効果が軒並み消えていた事を考えるとその『暗視』の効果も消されていただろう。
「でも、何でこんなにモヤが広がったんでしょうか……? 叫んだ時にあれの鱗が弾け飛んだのが原因ですかね?」
ふとリィルが、咆哮の直後に邪竜の影から鱗が弾け飛んだ事を示唆する。僕には一瞬すぎて良く見えなかったが、どうやらリィルにははっきりと見えていたらしい。
「鱗……? もしかして、それってこれのことか?」
鱗が弾け飛んだという言葉を聞いて、ふと周囲を見回したセーメーが少し離れた場所の地面に突き刺さっていた鱗の一部を発見する。
その鱗からは黒いモヤが常時発生しているようなエフェクトが起きており、どうやらこれがこのモヤを作り出しているのは間違いないようだった。
その鱗に対してゼットが手持ちの大剣を勢いよく叩きつけると、鱗は簡単に砕け散り、そこからモヤは発生しなくなった。
「成る程、これがモヤの発生源か……。となると、このフィールド上に散らばった鱗を全部壊す必要がありそうだな」
「……それなら手分けして探した方がいい、と思う」
ミリィの提案の元、僕とゼットとミリィのグループ、セーメーとリィルとザガンのグループに別れて鱗を探すこととなった。
念の為、ウルカから借りてそのままだった思念伝達のペンダントを使ってアイギスとランスには説明しておく。ウルカには返しそびれたがあの状況では仕方ないだろう。ありがたく使わせてもらう事にした。
鱗の数がどれだけあるかは分からないが、今はアイギス達が率先して邪竜の影を引き付けてくれているので、こちらの方に攻撃が来ることはそう無いだろう。
しかし、なるべく早く全ての鱗を破壊しないと、ギルドによる介入までそこまで時間はない。
このままだと第3フェーズが討伐失敗で終わってしまう。まぁ、それでも楽しむ事的にはいいのだけど、実際問題ウルカになんて言われるのか……。
とにかく今は鱗を探すのに集中しないと。
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