第124話 邪竜の影

 カウントダウンが終わった。つまり、この第3フェーズの戦闘が開始したということになる。


 すると、僕らの眼の前の空間が陽炎のようにゆらりと歪んだかと思うと、そこから黒いモヤのようなものが浮かび上がってくる。


 あれは、さっきの第2フェーズ終了直前にイヴェルスーンの体から吹き出してきたものによく似ている。


 違うとすればその濃さがやや薄く、背景が若干だが透過して見えている状態だ。


 そしてその黒いモヤはやがて何かを象るかのように姿を変えていく。それはまるで――。


「ちっさい、イヴェルスーン……?」


 邪竜イヴェルスーンが一回りか二回りほど小さくなったような黒いドラゴンがその場に現れる。また、その姿は相変わらず半透明であり、実体があるのかどうか定かではない。


「こいつが『邪竜の影』ってわけだな! 成る程!!」


 エクセルが面白いとばかりに声を上げて叫ぶ。影の竜といえばコトノハが契約しているシャドウウォーカーのディストがそのまま当てはまるが、眼の前のそれは影で形作られたイヴェルスーンという感じだ。


 邪竜の影とは、力を失いかけた邪竜から漏れ出たその力の一部なのだろう。先程まで対峙していたイヴェルスーンとは比べようもないが、それでも強力な敵であることは間違いない。


 相性などもあるので一概に比較はできないものの、ギガントゴーレムよりは戦いやすそうだ。


 既に支援スキルに関しては邪竜の影が現れる前にかけ終わっている。この手の準備はカウントダウン中にも出来る仕様なのがありがたい。まぁ、早すぎると出現してからの効果の発動期間が減ってしまうのだけど。


 さっきまでよりも少人数ということもあり、僕の杖を握る力が強くなっていた事をふと自覚する。


「――GUGYAAAAAAA!!!!!!!」


 その時、イヴェルスーンのものよりは短いものの、甲高い声で咆哮を上げる邪竜の影。


 予め装備していた耳栓が消滅する。ウルカからは何度も咆哮をするかもしれないと、複数個貰っていたがそれが功を奏したようだ。


 当然、第1フェーズのときのように気絶スタンや混乱に陥っているプレイヤーは居らず、その咆哮と同時にセインたちが攻撃を開始する。


 イヴェルスーンと同じように、連続で同じ場所を攻撃するとドラゴンブレスを発動するかもしれない為、攻撃する場所はそれぞれずらしながらダメージを与えていく。


 邪竜の影も持ち前の爪や尻尾で攻撃を仕掛けようとするが、その攻撃は回避盾であるセインの動きによって撹乱されてまともに当たらない。仮に大ぶりの尻尾の薙ぎ払いが来ても、アイギスらの盾で防がれる。


 そしてイヴェルスーンと異なり、前衛や後衛のプレイヤー単体に向けて火球のようなブレスを放ってきたのだが、それらに関してもアイギスらが盾で防いだり、またミリィやリィルの放つ『ファイアボール』や『マナボール』で打ち消されるか、軌道がずらされる。


 今のところは、邪竜の影による攻撃でこちらが大きなダメージを受ける様子はない。中々、即興にしては連携がうまくいっているような気がする。


「よっしゃあ、大技行くぜ! 『ワイルドブレイク』!!」


 そんな中、更にダメージを与えようと、エクセルが自身の持つ斧を両手で掲げてアーツの名前を叫ぶと、その斧の刃が青白く光る。


 そしてそのまま力強く斧を振りかぶると、影の体を切り裂くように斧が振り下ろされる。強固な鱗にヒビのようなものが入り、その衝撃がかなりのものであることを示唆させる。


 【斧術】で習得できる『ワイルドブレイク』は破損ブレイク効果持ちのアーツとなり、鱗や甲殻などの特定の破壊可能な部位に関して、破損状態にさせやすくなるという追加効果を持つ。


 隙が多いものの、与えるダメージも高いらしく、【斧術】アーツの中では大技扱いとされているようだ。


 しかしそのアーツが当たった瞬間、邪竜の影の姿が一瞬にして崩れると、黒いモヤのような姿となってエクセルの側から離れていく。


 セインやランスがその黒いモヤを追って、攻撃を与えようとするものの、その攻撃は空を切り、全く邪竜の影にダメージを与えられない。


「くっ! まさかある程度攻撃すると物理攻撃が効かなくなるのか!?」


 セインが不定形となった邪竜の影の姿を見てそう叫ぶ。どうやら、現在の邪竜の影は物理攻撃が無効となっている状態らしい。


 クリスやフィオが弓でそのモヤを狙い矢を放つが、その矢は当たること無く遥か後方の地面に突き刺さることとなる。


「――ミリィ、あのモヤに向かって魔術スキルで攻撃してくれ!」


「……分かった、リュートお兄さん。――『ファイアボール』!」


 物理攻撃が効かないというのなら、魔術攻撃ならどうだろうか?


 ミリィの放った火の玉は、モヤの状態になった邪竜の影に当たると小さな爆発音を発生させる。それにより、少しだけだが邪竜の影にダメージを与えることが出来た。


「……効いた!」


 ミリィが叫ぶ。つまり、あの黒いモヤのような状態の時は物理攻撃は効かないが、魔術のような攻撃はちゃんと効くという事か。


「それなら私達も手を出しちゃいましょうか。まぁ、ミリィちゃんには敵わないけどね」


「わ、私もやります!」


「よっしゃ、アタシもやるぜ!」


 その後、リリッカ、リィル、セーメーも魔術スキルを発動する。リリッカは【白魔術】で覚えたらしい光の球を放つ『ライトボール』、リィルは基本的な【魔術】で覚える『マナボール』、そしてセーメーは【黒魔術】の『アイシクルランス』だ。


 邪竜の影は見た感じからして、闇属性に位置づけられているようであり、意外にもリリッカの放った『ライトボール』のダメージが大きそうな印象だ。


 また、リィルの使った『マナボール』は僕が普通に使うマナボールよりも速く着弾しているので、INTはそれなりに高いのだろう。【灰魔術】でそのものの火力が上がっているのか、僕のものとは比較にならない。まぁ当然だろう。


 セーメーに関してはミリィよりも攻撃を放つまでのラグが大きい。これはおそらく魔術士のジョブ特性かジョブアビリティによる影響の有無ではないかと思う。


「よし。僕らも試してみようか、ルヴィア!」


「うむ、任せよ主殿!」


 僕はルヴィアに向けて『魔力供与』のスキルを発動する。そして、ルヴィアは前に出ると力強く息を吸い込む。


「喰らうがいい! 滅龍吐息――『ドラゴンブレス』!!」


 ルヴィアが黒いモヤの眼の前で勢いよく炎の息を吹き出すと、その炎に飲み込まれた邪竜の影はしばらくその中でもがいている様子だったが、やがてその炎から逃げるかのように実体化する。


 すると、その鱗によってルヴィアの発動したドラゴンブレスは弾き返されていく。まるで第1フェーズでイヴェルスーンのドラゴンブレスを跳ね返したメタルオーのような状態だ。


 効いていない事に気付いたドラゴンブレスの発動を途中で止めると、僕の元へと戻っていく。


「主殿! あやつ、実態があると妾のブレスが効かぬようだぞ」


 その後、ミリィたちの魔術スキルに関しても命中しても効いていないことがわかった。


「実体化してる時は物理攻撃だけが効いて、モヤの時は魔術みたいな非物理攻撃だけが効くみたいだ」


 モンスターによって効きやすい攻撃や効きにくい攻撃があるのは知っていたが、まさかそれが状態と共に変化するとは……流石はレイドボスというべきか。


 とはいえ、それなら対処のしようがある。


 黒いモヤのような時は攻撃を仕掛けてこない様子だったので、再度物理技で実体化状態の邪竜の影を叩いて、早く黒いモヤのような姿にしてもらう。先程がそこまでダメージを追わずに戦えたのだから、今度も問題なく袋叩きを行う。


 今回はスズ先輩とゼットがタイミングを合わせて『ダインスラッシュ』を放ったことで、モヤの姿へと変えさせることに成功した。


 そしてその間にアイギスらに対策について話し合うことにした。


「取り敢えず、さっきみたいに実体化してる時は俺たちが物理攻撃を中心に攻撃をする。そして、黒いモヤになったら魔法職らが攻撃するという感じだな。動きを変えない限りはそれで問題ないだろう」


「まぁ、しっかり形が変わってくれるから、タイミングが分かり易いねぇ」


 前衛でどう攻撃するかを決めると、そこからは素早く対処を始めていく。


 まずもって邪竜の姿の時はセインやフレイを中心に攻撃を与えていく。どうやらこの実体化状態はかなりダメージが与え辛いようで、攻撃してもあまりHPゲージが減る気配はない。


 しかし、それでも叩き続けるとやがてダメージが蓄積することで邪竜の影はモヤのような姿へと変わっていく。


 そのタイミングを狙ってミリィが魔術スキルを発動し、またカイトはメイスを掲げてスキルを発動する。


「くそっ、あんまり慣れてないんだけどな――『セイントアロー』!」


 カイトがスキル名を唱えると、メイスの上部から光の矢が何本か作り出され、その矢がモヤの姿になった邪竜の影に向かって飛んでいく。効果はかなり高く、それらが全部当たると邪竜は再び実体化していた。


 どうやらこのモヤの姿になると魔術スキル系の攻撃しか効かなくなる代わりにそのダメージがかなり通りやすくなっているらしい。故に実体化している時よりも早い時間でモヤの姿の状態は終わってしまう。


「……カイト、このスキルは?」


「これは『神聖魔術』だな。神官系のジョブについてることで【神聖魔術】の傾向アビリティが覚えられるからそれで使えるようになる」


 どうやら特定のジョブでのみ覚えられる傾向アビリティもあるらしく、その最たる例がこの【神聖魔術】らしい。神官系のジョブになると他の条件は特になしで習得可能になるらしく、神官系以外のジョブになるとアビリティ欄にセットできなくなる。


 その効果は神聖魔術というだけあって、光属性に特化した魔術スキルを使用可能になるらしい。


 因みに神官系につくと【法術】という魔術とは別の術系の戦闘技能アビリティが習得可能になるらしい。それらは【神聖魔術】に性質は似ているものの、別系統のものとして扱われるらしい。


 例えば、魔術に耐性があっても法術なら通用するという場合も少なからずあるらしい。現時点でそれに当てはまる敵とはベータテストでしか会っていないらしいが。


「ただ、レイド直前に【魔術】と合わせて覚えたばかりだから、他にはほとんど覚えてないぞ! 【法術】の方もそこまで攻撃手段を覚えなかったし、あんまり期待するなよ! 『ライトヒール』!」


 そう言って前衛の方に向けて回復スキルを発動するカイト。神官はどちらかというと攻撃よりも回復が得意なジョブであり、発動する回復スキルは僕が使う【支援回復術】の回復スキルよりも効果が高い。


 なので今回は回復役はカイトに一任している。僕が全体回復をしてもいいが、回復量が減ってしまうのでいざという時に回復しきれない可能性がある。


「け、けど、こんなに順調で大丈夫なのか? もうそろそろ邪竜の影のHPも半分切るけど……」


 ふと、弓使いのクリスが話しかけてくる。弓は実体化している状態でも特にダメージを与えられない為、あまり攻撃するタイミングがなく、クリスはほとんど後衛で構えているだけの状態となっていた。


 しかも、大弓を使っているフィオの方が彼よりも素のステータスが低いのに武器のお陰で火力が出るという、なんとも言えない状況となっており、それが彼の自信を喪失させるきっかけとなっていた。


「いや多分、そのタイミングで何かしらの行動変化はしてくるだろ。何があるか分からないから、いつでも牽制の矢は撃てるようにしてくれよ」


 不安を抱いていたクリスに対して、警戒を怠らないようにと忠告するカイト。


 僕らが以前戦ったエリアボスのギガントゴーレムもHPが特定地になった段階で行動変化をする敵だった。


 さっきの第2フェーズのイヴェルスーンも時間経過という特殊な例ではあるものの、行動変化をした形になる。


「そ、そうか……。気をつけるよ」


「でもまぁ、いざという時は攻撃よりも回避を優先したほうが良いな。この手の行動変化だと、最初に広範囲攻撃を放ったりする可能性もある」


「な、成る程……流石はベータテスター……」


 そして、クリスが1人身構えている中、邪竜の影のHPゲージはちょうど半分を切ろうとしていた。


 とはいえ、油断は禁物だ。それこそ、何が起きるのか分からないのだから。

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