第117話 砦を強化したら
その大きさは他のプレイヤーたちが作り出したもののおおよそ3倍程度だろうか? 強化値については『+15』と表示されている。
周りの様子を見てみると、僕以外のプレイヤーはその光の球を見て目を見開いている。まぁ、それは仕方ないだろうな。
そしてポワンと浮かび上がると、砦の中へと吸い込まれていく。これで砦の耐久値と強化値は+50されることとなった。
「ちょっ、ちょっとリュートくん!? なんで、そんな一気に上がってるのよ!?」
とんでもないものを見たという勢いでアイギスが僕に掴みかかって揺すってくるが、そんなに勢いよく揺さぶられてしまうと気持ち悪くなってしまう。
しかし、やはりというかなんというか。ここまで効果が高くなるとは思わなかったが、僕の推測はいい形でハマったようだ。
この砦を強化するアイテム、生産後の出来となる強化値にはDEXやアビリティレベルが作用するのだが、その生産スキルに補正をかける生産技能の数によっても大きく変わるのではないだろうかと考えていた。
僕の場合、【後方支援】が『クイックメイク』に対する生産技能扱いになっていたのだが、今回はその生産対象となったアイテムが『調合』でも『加工』でも『料理』でも生産可能なアイテムだったことで、どうやらそれら3つの生産技能アビリティが『クイックメイク』に対しても補正をかけたという扱いになっていたらしい。
結果として、本来なら重ねて補正をかけることのない生産技能が組み合わさったことで、おそらく4つ分の生産技能による補正がかかったと判断され、それがどういう計算でかけ合わさったのかは分からないものの他のプレイヤーの数倍近い数値になってしまったようだ。
アイギスには僕の仮説をそう説明したものの、確証が得られたわけではない。あくまで仮説だからだ。
しかし、アイギスとしてもその理由は納得できるものだったようで、小さく溜息をついていた。
ナカバヤシさんは「最近の若い子は凄いわねぇ」と微笑んでいた。多分、若さは関係ないです……。
「まぁ、リュートくんの規格外っぷりは今に始まった話じゃないし、それを期待してやらせたってのもあるんだけどね」
「アハハ……。でも、結局はこういう防衛戦が少しやりやすくなる程度の効果しかないからね。今は役に立つけど、実際はそこまでだよ」
基本的にどの生産スキルでも同じアイテムを作ることができる機会なんて、それこそこの防衛戦の砦の強化アイテムを生産するくらいだろうし、かなり限られてくるだろう。
今後このようなレイドイベントや防衛戦が行われるかどうかが定かでない以上、言ってみればこの場限りのただのすごい効果という事になる。
「まぁ、今後砦を強化できるようなイベントでは派生アビリティを多く覚えた生産職がいるだけで大きく難易度が変わるかもしれないって分かっただけでも大発見よ」
アイギスが微笑みながらそう呟く。そうなるとオキナのように戦闘能力があまりなさそうなプレイヤーでも活躍できる場面があるってことなのか。
その後、生産技能を複数習得していたプレイヤーが同じように複数のアビリティをセットしたところ、同じように効果値が上がったことから、どうやら僕の考えた仮説は間違ってはいなかったらしい。
因みにナカバヤシさんは普段は錬金術士としての効果を高めるために【錬金】しかセットしていないらしいが、どうやら他にも【調合】・【加工】・【鍛冶】の生産技能も習得していたらしく、それらをすべてセットしたら、なんと『+18』という数値になっていた。
……流石は本職の生産職。最高齢のベータテスターは伊達じゃなかったようだ。まぁ、聞けば僕よりもDEXが高く、アビリティレベルも【錬金】がかなり高いらしいので、そりゃ向こうの方が高くなるよなと納得した。
僕としては、僕1人だけ規格外扱いされずに済みそうで少しだけホッとしている。
そしてそんなナカバヤシさんの作った光の球が砦に吸収された時、不意にその周りのプレイヤーに向けてインフォメーションが通知される。
――――――――――――――――――
〈INFO〉
強化値が一定数に到達したので、砦レベルが変化します。
――――――――――――――――――
そのインフォメーションを確認した時、砦が暗転したかと思うと、その姿を大きく変化させることになった。
まず、それまで簡単に組まれていただけの砦の外壁が迫り上がり、まるで城壁のような石の壁がそそり立つ。
そしてそれまで物見櫓だった場所もしっかり司令塔みたいな感じに作り変えられる。そこでずっと見張りをしていたランスも、突然自分が立っている場所の形が変化したことに驚いていた。
防壁としては小さな村の砦から小城レベルまで引き上がった感じだろうか。まだいささか頼りないところはあるものの、さっきまでの強風で吹き飛ばされそうな砦の面影は残ってはいなかった。
砦の耐久値の方も、さっきまでの強化で追加された分は別にして元の数値が倍に引き上がっている。
流石にあのブレスには耐えられないだろうが、ちょっとやそっとの攻撃では落ちないレベルには強固な砦へと変貌していた。
「これが砦のレベルアップか……」
「すげぇ……」
「これ、もっと上がるのかな……?」
その様子を見つめていた生産スキル持ちのプレイヤーが思い思いに呟く。強化するための建材の方はまだ幾つか数はある。
今もスズ先輩やルヴィア、アーサーが反対側から運んでいる真っ最中なので、しばらくは尽きない筈だ。
「これが砦のレベルアップね。けど、聞いてた話よりだいぶ早いような……。うん、それは別にいいわね! ――さぁ、みんなでガンガン生産スキルで砦の強化アイテムを作って頂戴!! それじゃあ、私は建材運びに合流するわね!」
そう叫んで建材運びに合流しに向かうアイギス。確かにスズ先輩たちだけだと間に合わないかもしれないな。
「さて。向こうで頑張ってらっしゃるウルカさんたちの為にも、皆さん頑張りましょうねぇ」
アイギスを見送ったあと、この場の責任者になったナカバヤシさんが皆に向かって檄を飛ばす。
忘れてはいけないが、ウルカたちが必死に食い止めてくれているからこうして砦の強化に力を入れることができる。そう考えると残された時間で少しでも砦を強化して、ウルカたちを安心させたい。
「おう、任せろ! 俺だってやれるからな!」
「そうね。レベルが早く上がるならそれに越したことはないわ!」
そんなナカバヤシさんの言葉を聞き、皆やる気を出して生産スキルを使って砦の強化アイテムを作っていく。
しかし、生産スキルを使っての強化アイテム製作なのでMPの消耗が激しい。幾ら時間経過で回復するとはいえ、それを待っていては作れる量も限られてしまう。
幾ら生産スキル持ちとはいえ、そこまで酷使する予定もなかったプレイヤーはマナポーション辺りをそこまで持ち合わせていない様子で、暫く経つとそのなけなしのマナポーションを使うかどうか迷い、生産量が少しずつ落ち始めてきた。
この状況はあまりよろしくはないな……。
そこで僕はそんなプレイヤーたちに1つ、恩を売ることにした。まぁ、買い戻す気はないけど。
「……もし、MPが切れてきたら言ってほしい。僕の作ったポーションを提供するから」
勿論、出すのは例のスライム混合ポーションであるライトイエローマナポーションだ。
ここで出すといざ自分たちが使う際に使えなくなる可能性があるが、ここで出し惜しみをして防衛戦がうまく行かなかったと思うのも気になってしまう。
それに、今後必要な時は『クイックメイク』でスライムポーションと初級マナポーションから作ってしまえばいいので、特に問題ないだろう。材料の分はしっかり残っている訳だし。
もし、これを使って興味が湧いたら『オキナの防具屋』に卸していると伝えれば、良い宣伝になるかもしれない。
そう思っていると、既にMPが切れかけていた『鍛冶』スキルを使っていた男性プレイヤーがその場で手を上げたので、そのプレイヤーにポーションを渡す。
そしてそのプレイヤーはポーションを飲むと、その効果に驚いていた。
「えっ、MPがめちゃくちゃ回復したんだが! 何だこれ!?」
そのプレイヤーがわざとらしくそう告げるものだから他のプレイヤーたちがざわめき出す。本当なのかと疑問を抱いていた様子で、おそらく『鑑定』スキルで確認しようとしているのだろう。
そして調合を使っていた調合士らしき女性プレイヤーがその鑑定結果を見た直後に、血相を変えてこちらに飛んでくる。革鎧を着た褐色肌のスタイルのいい女性だった。
「ねぇ、何このアイテム!? ちょっと、どうやってこのアイテムを――」
慌てて問い詰めようとしてきたその女性に対し、スッと間に入る形で牽制するのはナカバヤシさんだった。
「そこまでですよ、ミファさん。調合士のあなたがこのポーションについて、気になるのは分かりますが生産アイテムのレシピはその人の特権ですよ。……気になるなら、自力で見つけなさい」
どうやらこの2人は知り合いだったらしい。どのような関係なのかは不明だが、同じ生産職だ。何処かしらで縁があってもおかしくはない。
ピシャリという音が聞こえるレベルで厳しく叱りつけるナカバヤシさんに他のプレイヤーはビクリと肩を震わせる。ナカバヤシさん、怒らせると結構怖そうだ。
「あー。ハイハイ。そうでしたね、ナカバヤシさん。でも、イベント後に話するのは別に構わないでしょ? ……あ、あたしミファね! こう見えてもちゃんとベータテスターだから、生産関係で分からないことがあったら何でも聞いて頂戴ね!」
「え? あ、あぁ……よろしく……」
しかし、ナカバヤシさんの牽制も虚しく、そのままの勢いで僕の元までかけてきた調合士の女性、ミファはニコニコ笑顔を浮かべたまま僕の手を掴むと、ブンブンと上下に揺り動かす。
僕はそんな勢い任せの彼女の申し出に、挨拶を返すことしか出来なかった。ナカバヤシさんは頬に手を当てて「仕方ない子ですね……」と呟き、小さく溜息をついていた。
その後、僕らはある程度置いてあった建材が無くなるまでMPを回復しながら砦の強化を行うことになった。
その間に予め作っておいたライトイエローマナポーションはほとんどが無くなってしまったが、強化アイテムの片手間に『クイックメイク』で生産したので取り敢えず残りのフェーズは問題ないだろう。……ないよね?
建材を使い切った時には、既に第2フェーズ開始から1時間半程が経過していた。
その間、イヴェルスーンが近付いていないということは、ウルカたちは着実にその動きを止めていたという事になる。それは凄い。
もし、このまま向こうで倒し切ってしまえば、この砦もここまで強化する必要はなかったか――と思った時だった。
『――リュートさん、アイギスさん、イヴェルスーンが突然羽を広げて飛び上がりました! 多分、こっちに来ると思うので、アイギスさんは砦の防衛担当に加勢に行ってください!! リュートさんはこっちで支援をお願いします!』
ランスからの連絡が入る。どうやら、イヴェルスーンが急遽、砦へと向かって来ているらしい。
やはり、砦での防衛戦は避けられない定めだったようだ。
その場でイヴェルスーンの接近を伝えると、魔法職だったプレイヤーや生産職などの補助メンバーはそれぞれの持ち場へと向かっていく。ナカバヤシさんも防衛の際は魔法職の担当のようだ。
そして、僕はランスが待つ鉄筋入りの強化レンガで構成された監視塔へと向かうのであった。
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