第116話 砦を強化しよう

 おそらくウルカたちが邪竜と戦っているであろうその時、僕は物見櫓の上で視界の端に見える邪竜とプレイヤーたちの戦闘を何とか確認しようとして、見えずに落胆していた。


 ただ、ランスが【鷹の目】で見ている限りでは、ウルカたちがイヴェルスーンに対してかなり善戦しているようで、この様子ならしばらくは砦にイヴェルスーンが近づくことはなさそうとのことだ。


 別行動を取っていた他のパーティーとも協力を……してるのかどうかはランスにもよく分からないみたいだが、取り敢えずは上手くやっているようだ。


 それなら特に問題はないだろう。そもそも、ここでじっと見ていたところで彼らに対して僕のやれることはない。


 流石に、あの距離では【鷹の目】があったところで支援スキルをかけられるかどうかは微妙なところである。それにしても、結構離れた場所に出現したものだな。移動に結構時間かけてたみたいだし。


 まぁ、その分こちらの方でやるべきことを出来る時間がしっかり取れるので、感謝しないといけない。


『――おまたせ、リュートくん。こっちで建材の方をある程度移動できたから、今から下の砦の入口前まで来てもらえるかしら?』


 その時、ペンダントから声が響く。この声はアイギスか。


「了解。今から向かうよ」


 どうやら今から砦の建設、というか強化を本格的に始めるらしい。どうやら、このために僕を始めとした生産スキル持ちが残されたらしい。細かいことは到着すればわかるだろう。


 僕はランスにその事を伝えてから物見櫓の高台から降り、アイギスがいるであろう砦の前方部へと向かう。


「おぉ、リュートか。どうしたんだ? お前も砦の強化の方に来たのか?」


 その最中にスズ先輩と出くわす。今回は明確な役割分担があるものの、僕らのパーティーの前衛であるスズ先輩には前線で戦うのではなく砦の方に残ってもらうことになった。


 その両手には砦の側に山積みになっていた鋼の建材が担がれており、不用意に近付くとその木材で叩き飛ばされそうだ。なので、すこし距離を離して話しかけている。


「まぁ、そういうとこです」


「そうか。まぁ、リュートならあっという間に砦を強化できそうだしな。どうやるかは知らないけど」


 当初はさっきみたいに前に出てイヴェルスーンと戦うことを望んでいた先輩ではあったが、砦を強化する為の建材を運ぶのに、先輩のSTRが必要になるだろうとアイギスが進言し、渋々残ってもらうことになったのだ。


 近接アタッカーのうち、ATK特化型のステータスにしているプレイヤーは主流だけあってかなり多いのだが、先輩のようにSTR特化型のステータス値にしているプレイヤーはやはりというか、かなり少ない。


 そもそも、STRの数値が基本的に武器やジョブの特性が関わらない限り、攻撃によるダメージに直接関与しないステータス値なので、積極的に上げているプレイヤーはほとんど居ない。そもそも、基本的に初期のSTR値で大半の武器は持てる事が多いらしい。僕は持てなかったけど。


 先輩のように好んで上げているのはかなり珍しい例であると言える。


 今回、砦を強化する建材などを運ぶには一定のSTRを持つ必要があるため、スズ先輩が充てがわれる事となったようだ。後はルヴィアやアーサーも建材の運搬を行っていた。この2体もドラゴンというだけあってSTRはそれなりに持っていたからだ。


「……あら、来たわねリュートくん」


 しばらくスズ先輩と話しながら歩いているとリーシャ村の外側にある砦の前まで辿り着いていた。


 そこには生産スキルを持つプレイヤーが集まっている。その中にはミリィの姿もあった。


 ウルカの指揮に加わったプレイヤーの内、前線にはだいたい30人程が向かったので、砦には40人近くが残っているのだが、そのうちの十数名程がここに集まっている。それだけ生産スキル持ちが居たということになる。


 残りのメンバーは、イヴェルスーンがいつ来てもいいように砦と前線の間や砦近くで待ち構える盾役のプレイヤーと、砦の方で攻撃を放つ予定の魔法職のプレイヤーとなる。彼らの出番はまだ来ないようだ。


「さて、それじゃあ今から砦の耐久値を上げるわ。と言ってもやり方は簡単よ。じゃあ、実演お願いしますナカバヤシさん」


「はいはい、分かってますよ」


 そう言ってアイギスは砦の耐久値を上げる方法を説明する。何故アイギスが説明するのかというと、ベータテスターの大半が前線に出ているため、しっかりと情報を持っているプレイヤーがあまり居らず、なおかつ前に出て説明できるのがアイギスくらいだったという話らしい。


 当然、アイギスは生産技能を習得していない為、生産スキルは持ち合わせていない。その為、実演はウルカたちのパーティーに加入していたナカバヤシさんが行うようだ。


「まず、耐久値を上げるには、砦に建材を運んでから、その建材に対して生産スキルを使用する必要があるわ」


「えぇっと……『錬金』、っと」


 そうアイギスが説明し、実際にナカバヤシさんに実演させる。ナカバヤシさんは近くに置いてあった建材に対して『錬金』のスキルを発動させると、現在は一瞬にして光の球へと変化する。


 その光の球は『砦・強化素材+6』という名前になっており、どうやらこの数値だけ砦が強化されるというものらしい。そして、そのまま光の球は砦の中へと吸い込まれるかのように飛んでいった。


 その際、特に砦への変化はなかったが、おそらくこれで砦が強化されたことになるのだろう。インフォメーションには『砦の耐久値と強化値が+5された』と表示されている。


「……はい。これで完了よ。このように建材に生産スキルを使うことで砦への強化アイテムを作るっていうのがみんなにお願いしたい役割ね。強化値が上がると耐久値が上がるらしいのだけど、どうやらこの強化値がある程度溜まると、砦のレベルが上がるらしいわ」


 ベータテストのときは上がらなかったらしいけどね、とアイギスは最後に小さく呟く。


 ベータテストの時もこのような形で耐久値を上げていたらしく、その時は生産スキル持ちのプレイヤーは今よりもかなり少なく、資材を運搬するメンバーの問題もあって、砦のレベルが上がるほど強化することはできなかったらしい。


 まぁ、元から耐久値が高かったのでなんとかなったらしいのだが。


 因みに一回の強化でどれくらい上がるかはそのプレイヤーの技量DEXや生産技能のアビリティレベルなどに反映されるとのこと。


 ベータテストの時は、それこそ生産技能を取り敢えず覚えてる程度のプレイヤーばかりだったので、何回やっても耐久値が『+1』程度しか上がらなかったらしい。下手すると『0』になって建材が無駄になった……なんてこともあったらしい。


 因みにこれらを説明しているアイギスは、そもそもベータテストの時のレイドイベントである暴竜討伐には不参加だったらしく、それなのに何故ここまで知っているのかが気になるところではあるが、それを聞こうとしたら何だかどんよりした雰囲気になりそうだったのでやめておいた。


 その反応から見るに、発生タイミングが分からずにログインしたときには既に終わっていたとかそういうタイプなのだろうと思う。今回はルヴィアが居たから、はっきりとタイミングが分かったわけだし。


 何はともあれ、早速他のプレイヤーたちは生産スキルを使って建材から砦の耐久値を上げ始める。


 プレイヤーの多くの強化素材の数値は『+2』や『+3』となっており、先程のナカバヤシさんよりは少し劣る感じだ。やはり、ナカバヤシさんはそれなりに高い腕前を持っていたようだ。次に高くてミリィやベータテスターっぽいプレイヤーが『+4』を時々出す感じだろうか。


 この様子だと、もしかするとジョブの補正とかもあるのかもしれないが、ミリィは生産職ではない魔術士なので、あまり関係はなさそうだ。


 それでもベータテストの頃のようにゼロになったプレイヤーが居ないということは、それなりに強化はできそうな気はする。


「……さて、リュートくんはやらないのかしら?」


「ん? あぁ、勿論」


 そんな周りの様子ばかり見ていた僕にアイギスが話しかけてくる。この様子は僕がトンデモな結果を出さないかと期待しているようだ。


 そう上手くはいかないと思いたいのだが……。


 他のプレイヤーには一段落させて、僕だけにスキルを使わせようとするアイギス。どうやら、僕のスキルでどれだけ上がるのかを確認したいようだ。……そうされると周りから見られて集中し辛いんだけどなぁ。


 そして僕は生産スキルを使用しようとして、ふとアビリティ構成を変えるのを忘れていたのを思い出す。せっかく生産スキルを使うんだし、ちゃんとアビリティをセットしておけば効果が強化されるかもしれない。


 そしてプリセットを使って生産用のアビリティ構成に変更する。


「使う生産スキルは……この様子だと特に制限は無さそうだしな。無難に一番アビリティレベルの高い『料理』を使うか? ……いや、試しに【後方支援】の『クイックメイク』を使ってみるか」


 『料理』でもおそらく可能なのだろうが、なんとなく建材を料理するというイメージが浮かばなかったので、やめておくことにした。


 『クイックメイク』を使おうとした理由は、これを生産技能をつけたまま使ったらどうなるんだろうという疑問からだった。


 『クイックメイク』は戦闘中で使う際にアビリティの補正がかからない、というのはあくまでセットしたアビリティに生産しようとしている対象の生産技能がない場合であって、ちゃんとアビリティがあれば補正がかかるようになるらしい。


 その場合、どの生産スキルでも光の球という強化アイテムを生産できるこの状況で、『クイックメイク』はどのような作用をもたらすのだろうか。


 そして僕が『クイックメイク』を使用すると、他のプレイヤーと同じように建材が光の球となったのだが、明らかにその大きさがおかしいことに気付く。

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