第110話 瓦解

「て、テメーらばっかりズリぃぞ!」


「くそー! 俺たちも攻撃だー!」


 その後、真っ先に挑みかかって薙ぎ払いにより、後方に吹き飛ばされていたプレイヤーたちが前線に復帰し、僕らの様子を見て我先にと攻撃を開始する。


 その行動には他のプレイヤーの都合などを考慮する様子は無く、こちらが攻撃しようとしたところに横から割り込んで攻撃したりする。


 更には自分のパーティーメンバー以外のプレイヤーを突き飛ばしたり、わざと攻撃を当てたりするようなプレイヤーも出てきた為、こちらの連携も崩れ始めていく。


 先程、エクセルというプレイヤーが言っていたが、これは完全に『足を引っ張る』という典型的な例だろう。


 僕が支援スキルを発動しようとした時に、眼の前に割り込まれるのは非常に困る。対象が見えないから使いづらいのだ。


「ちょっと! 攻撃するのはいいけど、こっちの邪魔だけはしないでくれるかしら!」


「うるせぇ! こっちが攻撃しようとしたところに居たのが悪いんだろ! テメェは飛んでるんだから別の所に行けよ!」


 ウルカによる指摘に対しても、そう言って悪びれる様子も無く周りを無視して攻撃を繰り返していくプレイヤーたち。そういうプレイヤーは全体の極めて一部ではあるのだが、それがやはり目立つ。


 おそらく、彼らはこの邪竜討伐における貢献度報酬狙いで我先にと攻撃を繰り出しているのだろう。最初のウルカからの協力自体を突っ撥ねたのも、その事があるのだろう。


 確か、ベータ版ではMVPとかに選ばれると高ランク確定の召喚石が貰えたとかだった筈だ。まぁ、僕はともかくとして、未知の召喚石で低ランクドラゴンを呼び出してしまったプレイヤーにとっては、またとない機会であるのは確かだ。


 序盤はともかく、今後のフィールドではドラゴンの助けは必ず必要になるので、その為に強力なドラゴンの存在は必須――とまではいかないものの、やはり持っておきたいという心理は理解できる。僕もルヴィアを呼び出してなかったら、この機会に是が非でも強力なドラゴンを手に入れたいと思っていたかもしれない。


 とはいえ、こんな風に周りの足を引っ張る形をとってしまうと、そもそもの討伐に失敗しかねないのだが、流石にそこまで考えが回ってないのか、それとも自分達だけでやれるという自信に満ち溢れているのか……。どちらにしても、巻き込まれているこちらにしたら、いい迷惑である。


 まぁ、今のところは彼ら以外のプレイヤーたちでサポートする形で少しずつだが連携できてきているので、何とかなっている状態だ。


 気付けば、最初にウルカに文句を言っていた複数人以外のプレイヤーは自然と連携して戦っていた。成る程、これが『行動で示す』という事なのだろうか。


 そんな中、攻撃が来ないよう後衛の遠距離攻撃班の後ろから俯瞰してバトルフィールドを見ていた僕は、いつの間にかルヴィアが僕の元へと戻ってきていたことに気付く。


「どうしたんだ、ルヴィア? 前衛に居たんじゃないのか?」


「うむ。何やら嫌な気配がして、主殿の側に居らねばと思ってな……」


 ルヴィアがやや不安げにそう呟いていたので、何かしら異変が起きているのかと周囲を見回し、そしてイヴェルスーンの姿を見てみると、そのイヴェルスーンがさっきから足元をチラチラ見ているように視点を移していることに気付いた。


「ん? なんであんなにチラチラ見ているんだ……?」


「もしかしたら、何かを狙っているのかもしれぬぞ主殿」


 先程まで尻尾で吹き飛ばすとしても、特に何かを見つめたりはしていなかったのだが、今はそこに何がいるのかを把握しようとしているように見える。


 これはもしかすると、ルヴィアの言う通り何かを狙って大技が何かを使おうとしているのかもしれない。


 僕は大声でウルカにその事を伝えようとするが、流石に聞こえないだろう。向こうはイヴェルスーンとの戦闘と、先程のプレイヤーらによる足の引っ張り合いへの対処で気付いてなさそうだ。


 パーティーメンバーに対して戦闘中でも通信する機能自体は戦闘メニューにある。ただ、今回のイベントではどうもその機能は使えないようになっているらしい。まぁ、それ以前に別のパーティーなので使いようがないのだが。


 一応、通信するための専用のアイテム自体はあるらしいのだが、残念ながら僕は持ってない。


 ルヴィアに走らせるという手もあるが、本人は僕のことを気にして行こうとしない。何らかの直感的な物だろうか? 別にそういうアビリティとかは無かった筈だが……。


「――リュート殿! ウルカになにか伝えたいのでござるか?」


 すると、僕の様子に気付いたスミレが後ろに下がってきて声をかけてくれた。そうだ。斥候のスミレなら、あの混戦の中でもしれっと先に進んで、無事にウルカに伝えてくれるかもしれない。


「さっきから、邪竜の視線がずっと何かを見ている様子でなんかおかしいんだ。ウルカに何かしらの行動をしようとしてるかもしれないから、気をつけるよう伝えてくれると助かる!」


「なんと! それは一大事でござる! ならば、ここはコイツの出番でござる! ――『召喚』! カゲロウ!!」


「クェェェェン!!」


 そう言ってスミレは自身のパートナードラゴンを召喚する。てっきり、自分でウルカの元に向かうと思っていたが、そうではないようだ。


 それは、獣のような四肢を持ちながら、竜の翼を持つ鷲のような顔をした存在であり、人によれば幻獣の『グリフォン』と呼ぶかも知れないがどうやらその通りで『グライフドラゴン』と言う風属性のSランクドラゴンであるようだ。


 Sランクドラゴンの中でもかなり強力な戦闘能力を持つらしいが、どうやらスミレのイメージする忍者が使う忍獣とはかけ離れていたようで、それまで特にドラゴンを使う様子は見せなかった。それを解禁したということは、どうやら考えが変わったらしい。


「では、参る! ニン!」


 突然ドラゴンが現れた為に周囲のプレイヤーは驚くが、そのままスミレがグライフドラゴンの足に捕まってあっという間にウルカの元へと飛んでいく。


 イヴェルスーンはそんなスミレの姿を一瞥こそすれど、再び足元に視線を奪われていた。どうやらそこまで気になる存在が足元に居るようだ。


 遠くから見ている限りでは、カゲロウを『送還』したスミレはウルカに僕からの指摘を説明されているようで、2人してイヴェルスーンの頭を見つめる。そして、ウルカはなにかに気づいた様子で周囲のプレイヤーに向かって大声で叫ぶ。


「――ドラゴンブレスが来るわ! みんな、撤退よ! 撤退!! 逃げ遅れたら巻き込まれるわよ!!」


 ウルカはどうやら、イヴェルスーンがドラゴンブレスを溜めている動作を行っていると判断したらしく、その命令を聞いたプレイヤーが離脱しようとするが、その間に命令を聞かない他のプレイヤーと衝突したりすることで思ったように撤退することができていない様子だった。


「ちょっと! いい加減、退きなさいよ!」


「うっせー! お前こそ邪魔すんなっての!」


 アイギスやユートピアらは鎧や武器の影響で他のプレイヤーと接触することが多く、それで退避が進んでいない。


 その時、イヴェルスーンの口から黒い炎のようなものが溢れ出す。やはり、ウルカの言う通り、ドラゴンブレスの予兆だったのか。


 この事態に僕は側に居るルヴィアに向かって杖を翳すと、『魔力供与』でMPを渡す。


「ルヴィア! 奴がドラゴンブレスを使ったタイミングでこっちも『ドラゴンブレス』を放つぞ!」


「うむ! 任せよ主殿!!」


 力強く頷くルヴィアであったが、あの様子を見る限りルヴィアのドラゴンブレスでどうこうできるような勢いではなさそうだ。それにこの状況だと逃げ遅れが出るのは間違いないだろう。


 僕個人なら『ブラッドシェル』を使うという手も考えたが、おそらくあの規模だと無理だろう。


「みんなもできるだけ注意をそらせるように頭部を狙ってくれ!」


「……分かった」


「任せてください!」


 僕の前に居たミリィとメイヴィが僕の言葉を聞き、杖と弓を構えてイヴェルスーンの頭部に向かって攻撃を開始する。


 僕も『グラビティバースト』を使ってその頭部を更に下へと動かそうとする。下手に『エクスプロージョン』を使うと周りが巻き込まれるので使えない。


「クソっ、MPがガリガリ削れるけど全然動かない……ッ!」


 重力によるかなりの負荷がかかっている筈だが、イヴェルスーンの頭はびくともしない。そのまま、口の中に黒い炎を溜め続けている。


 流石に状況的にまずいと思ったのか、気にせず攻撃していたプレイヤーらも慌てて逃げ出そうとしたのだが、その際に他のプレイヤーを押し退けたり、足蹴にしたりしていく。


 押し飛ばされて倒れ込んだプレイヤーを咄嗟にアイギスらが庇うが、それによって彼女らは完全に逃げ遅れてしまう事となった。


「くっ! 足ばっかり引っ張って……!」


「……リュートお兄さん、あの人がこっちの方に来向かってから、邪竜がこっちを見てる……」


「えっ、こっちを……?」


 ミリィに言われてから気付いたが、イヴェルスーンに狙われていたのは別に足元に居たプレイヤー全員ということではなく、どうやらその中の特定のプレイヤーだったらしい。


 グラビティバーストの重力がかかっている筈の頭部は、逃げているプレイヤーのうちの中心に居たプレイヤーが奥に行くにつれて段々と上を向いていく。


 本人はロックオンされたことが分かっていたのか完全に血相を変えて走っているが、それがあろうことかこっちの後衛組が待機していた場所に向かって走ってきていた。


 なんだか目が爛々としているが、もしかして気が確かではないのか?


「ハハハ! どうせここで死ぬならみんなまとめて死んじまえ!!」


 駄目だ……。完全にロックオンされてて避けきれないからと自暴自棄になっているようだ。


 どうやら、このままこちらを巻き込んでから死に戻りするつもりらしい。なんて傍迷惑な……!


「そんなことさせるものかよ……ッ!」


 そんなプレイヤーに対して飛びかかり、足を止めたのはユートピアだった。近くを通ってきた為に咄嗟に体が出たらしい。


「みんな! 私がコイツを抑えておくから、早く奥に撤退するんだ! このままじゃ全員巻き込まれるぞ!!」


「ユートピア! それじゃ、リーダーが――」


「大丈夫! どうせ、次のフェーズには帰ってくるから!」


 メイヴィの叫びにそう答えるユートピア。流石にブレスの発射までもう時間が残されてない。メイヴィだけは動かずにそのまま立ち竦んでいる。


 そんなメイヴィの姿を見て、僕はメイヴィの手を引いて更に後方へと移動をし始める。この前のイベントを彷彿とさせたのか、メイヴィがしきりに叫んでいたが、咄嗟にかけた『メンタルケア』が効果を発揮したのか、次第に落ち着いて一緒に後退していく。


 他に逃げ切れなかったプレイヤーたちは盾役のプレイヤーらの後ろに集まって何とか耐えようとしている。……というか、あの場所だとどこまで逃げても攻撃範囲のような気がするので、安全地帯なんて実はなかったのかもしれない。


 そしてイヴェルスーンは勢いよく目下に向けてドス黒い光線を吐き出していく。これじゃまるでどこかの怪獣みたいじゃないか!


「くっ! ……今だルヴィア! 撃て!」


「うむ、任せよ! 滅龍吐息――『ドラゴンブレス』!!」


 ルヴィアがそのままドラゴンブレスを放つが、ルヴィアのドラゴンブレスの一撃ではやはり打ち消すことができず、そのまま光の奔流がバトルフィールドの中心に向けて吹き出されていく。多めにMPを渡したため、ルヴィアは何度かブレスを放つがそれでもやはり抑えることは出来ない。


 他のプレイヤーによる攻撃やアーサーによる『ドラグブレイズ』も飲み込まれてしまい、このままではこのフィールド全体が巻き込まれてしまう――そう思った瞬間、一筋の光がフィールド上に輝くこととなった。

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