第65話 祀り事(※メイヴィ視点)
――メイヴィSIDE――
「うぅ……どうしてこんなことに……」
日の光が地面に当たらないほど鬱蒼とした木々が生い茂る森の中、深い緑の体皮を持つ小人のようなモンスターが取り囲む中に私は縄……ではなく、蔦をまとめ上げたようなもので縛られた状態で座り込んでいた。
奴らは人に近い身体の構造をしているが、ひと目で人間とは異なると分かる体色と体付きをしている。
このモンスターはゴブリンと呼ばれ、彼らが跋扈しているこの森は現地の住人たちからは『邪鬼の棲森』と呼ばれているらしい。邪鬼とはゴブリンのことを意味している。
そんなゴブリンたちは謎の祠の前で集団で何やら火を焚いて踊ったりしている。祀り事なのだろうか?
このゲームにおいてゴブリンの扱いは、それなりに武具の扱いに長けている者であれば2体から3体程度であれば1人でも対処することができるという判断らしい。多分、ベータテスターがそれに当てはまるのだと思う。
しかし、ゴブリンの真の恐ろしさは最初は2、3体であったのに、後からその数を増やして更に群れをなして襲いかかってくる点であるらしい。
基本的に2、3体見かけたらその10倍の群れが控えている――と言われているようで、その結果としてゴブリンに対してはパーティーでの討伐が推奨されているほどであった。
とにかく、ゴブリンとは決して油断してはならない相手ということは確かであった。だからこそ、油断せずに立ち回ったというのに……このざまである。
「……やっぱり、なれないことをやるもんじゃなかったなぁ……」
身動きがとれず、メニューも開けないことからログアウトもできない状況で、ふとこのままログアウトもできないんじゃないかと恐怖がこみ上げてきたのか、涙が出てきそうになる。
まぁ、実際はそんなことはない。時間になれば強制ログアウトだし、空腹値が減って飢餓状態になれば即死に戻りだ。そうすればログアウト可能となる。まぁ、それでもまだ数時間はあるのだけど。
……私は元々別のゲームを一緒にプレイしていた仲間から誘われ、運良く一時出荷分が当選したのでこのゲームに触れることとなったのだが、実はそれまでロクにRPGというものをやってこなかった。
どちらかというとFPS主体だったので、最初はイベントがどうだの、戦闘がどうだのというのはよく分からなかった。ノリに任せて矢を放ってただけなのだ。めちゃくちゃ楽しかったけど。
そんな私でもそれなりにちゃんとゲームとしてやれていたのは、丁寧にサポートしてくれたユートピアを始めとしたパーティーメンバーたちのお陰だ。
リーダーのユートピアについては、少し正義感が強すぎて独走してしまう部分がありつつも、面倒見のいいお兄さんという感じで、とても頼りになった。……いや、頼りになったかな? 分かんない。
ナインスは元のゲームでもよく組んで遊んでいた同性のプレイヤーだったので、とても気さくに話すことができた。このゲームでも分からないところがあれば、すぐに聞くことができる友人という感じだ。歳は向こうが結構上だけど。
ガンツに関してはあまり元のゲームでも関わりは少なかったものの、その時から寡黙ながらも危ないときはしっかり守ってくれるいい人だった。弓を持った私を見て一瞬なにか口ずさんでいたけど、あれは何を言おうとしてたのだろう?
とても息のあったいいパーティーだと自負していた。しかし、それでもあのゴブリンたちに負けてしまった。
ここは推奨レベルが『8以上』とはなっていたものの、まだレベル5になったばかりの私たちでも問題なくやっていけたので、おそらく調子に乗ってもいたのだろう。
消えた村人や邪竜について調査するため、森の中に入り込んだはいいが、その後出現していくゴブリンとの連戦に、次第に疲れが見え始めた。
そんな中、突然ゴブリンの中にひときわ大きなゴブリンが現れる。他のゴブリンが緑色の体表であるのに対し、青色であるそいつは、かなり強かった。それこそ、私達なんて全く敵わないレベルでだ。
どうやらホブゴブリンとか言うらしい。そんなの出てくるなんて私聞いてないし。
まず、私を庇ってガンツがやられた。次に捕まった私を取り返そうとして挑んだナインスが破れた。そして、ユートピアはかなりのダメージを負っていたから、おそらくあのままなら死に戻ってしまっただろう。
私が連れて行かれるところを見せつける為にトドメを刺さなかった辺り、このイベントを考えた運営は中々に性格が悪いのだと思う。
なんだか、そう思うと今度は腹が立ってきた。
そして、私はゴブリンたちに縛り付けられ、森の奥へと運ばれていく。意外と優しく運んでくれたので痛みとかは無かった。まぁ、このゲームは痛覚はかなり弱めになっているらしいのだけど。
そこには私以外にも数人の人間が捕まっていて、服装から見ても冒険者ではなさそうだ。どうやら行方不明になっていた村人たちはゴブリンによって集められていたようだった。
「う、うわぁぁぁん! あたしたち、ゴブリンの生贄にされるんだぁぁぁ!」
「やだよぉ! 死にたくないよぉ!」
ふと捕まっている村人のうち、幼い子供2人が泣き喚き始める。そんな子供たちをゴブリンが困ったような様子で見ており、そして何故かあやし始めた。どうして……?
周りが自分より取り乱していると不意に冷静になると聞いたことがあるけど、まさに今の私がそれなんだと実感する。なので、少し落ち着いて周りを見ることにした。
そのゴブリンたちの中心には、例のホブゴブリンが座り込んで大量の果物を頬張っており、その側には1体だけローブのような物を纏った杖を持っているゴブリンが立っていた。
しかし、生贄かぁ……。
プレイヤーである私は生贄にされて死んでも、ログインスポットへと死に戻るだけだ。それはユートピアたちと遊んでいる内に幾度か経験していた。ゲームとはいえ、死に戻る瞬間は中々堪えるものがある。
ユートピアたちも既にファスタの街のログインスポットに戻っているだろう。流石にここまで戻ってくるには少し時間はかかるだろう。
「――あ、違う。もうレベル5だから普通にデスペナが発生するんだっけ? あれ? それじゃあ、ユートピアたちは……」
ふと思い出したが、そういえばレベル5を越えているので普通にデスペナルティが発生するのだった。前に体感した時は、 まだレベルが低くてデスペナルティが起きなかったため、完全に忘れていた。
確か、ペナルティは強制ログアウトとリアルで1時間の再ログイン不可、そして1時間のアイテムや経験値のロストだったっけ? うーん、ロストはまぁそこまで得られてないから問題はないんだよなぁ……。
……って、そんなことよりもここにいる村人たちの方が問題だ。ここの人たちは生贄にされてしまったどうなるのだろう?
私達は最悪死に戻りが可能だが、おそらくはここにいる村人たちにとっては、死んだらそこでおしまいなのだと思う。
当然だ。ゲームの中とはいえ、この世界の中では彼らは生きているのだから。たかがNPCと思う人も少なくはないのだろうけど、私はそうとは思えなかった。
だとしたら、どうにかして助けてあげたい。
でも、それが今の私には不可能なことだというのは、身に沁みて理解できた。
相変わらず縛られているせいで、今の私はスキルもアーツもその他のメニューも選択することができない状態だ。当然ながら、契約したドラゴンを召喚することもできない。
もしも、これがゲームのイベントなのだとすれば、こんな理不尽な事があっていいのだろうかと思ってしまう。
あぁ、それならば誰か……誰かこの人たちを助けて欲しい――そんな事をふと考えた瞬間、ゴブリンたちが慌てて森の外側の方へと移動し始める。
遠くの方で何やら戦闘しているような音が聞こえるような聞こえないような感じだが、もしかして誰か別のプレイヤーが来たのだろうか?
もしかして、さっきの人型ドラゴンを連れたパーティーが来ている? それなら、もう少し期待してみようかな……?
そう願って、私は祀り事を中断して移動していくゴブリンたちの様子をただ見つめていく。私にも、何ができることがあれば――。
あぁ、この邪魔な蔦、切れないかしら?
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