第7話 神殿と召喚の儀式

 キャラクリエイトが終わり、意識がどこかへと沈んでいった次の瞬間。


 僕は近未来的な風景だった空間から、シンと静まりかえった薄暗い部屋の中に立っていた。


 窓が高い場所にあるため、かろうじて昼間であることが分かる。その光は真下に落ちていたのでちょうど昼頃だろうか。時刻を見れば確かに12時過ぎくらいになっていた。


 周りを見回せば、何列も続いている木製の長い座席のようなものがあり、周囲の壁には大小様々な竜の姿が掘られているようだ。


 どことなく聖堂か礼拝堂のような感じがする部屋だ。


 後ろを振り返ると、そこには女神にまとわりつく竜を象った彫刻が飾られている。窓から溢れる日の光はその女神の顔を明るく照らすように差し込んでいる。


 さっきまでのキャラクリエイトで共にいた女神アリエスも美しかったが、この女神像はそれよりもかなり綺麗だった。彫刻だからというのもあるのかもしれない。だが、それ以上に神性に満ちた不思議な心地よさがその女神像にはあった。


 その美しさはしばらくの間僕が呆然とその像を眺めていた程だ。……それこそ、人の接近にも気づかない程に。


「おや、また来訪者がこの地に訪れたのかね?」


 そんな僕の背後から低めの男性の声が響く。慌てて振り返ると、僕から少し離れた場所に牧師のような格好をした、身長2メートル程の大男が立っていた。おそらくはNPCだろう。


 逆光になっていて顔はよく見えないが、その筋骨隆々な体格はシルエットからもよく分かった。


 来訪者というのはこのゲームの世界観におけるプレイヤーたちの事である。あくまでNPCたちはこの世界に生きる現地民という体であり、僕らプレイヤーはその世界に異世界から現れているという設定になっているようだ。


 だから死に戻りしても、来訪者だからという理由でNPCは特に疑問に思ったりしないらしい。


「えっあっ……その……」


 突然話しかけられたことで、何を話せばいいのか分からなくなり言葉が紡げない。呂律が回らない。


 そんな僕の様子を見て、牧師のような男性はふと笑ったような感じがした。


「そう緊張しなくて構わんよ。ここは『聖竜神殿』と言って、君のような異界からの来訪者が、この世界『エル・ドラゴニア』へと降り立つ際に最初に訪れる場所なのだよ」


 どうやらここがゲーム開始地点のようだ。


 街の外に出られるようになるまでのチュートリアル期間中は、どのプレイヤーもソロプレイになると潤花から聞いていたので、この場ではこの人の案内で進んでいくのだろう。


 牧師のような男性は、コツコツと足音を立てながら僕の方に近付いてくる。近くまで来たことでこの人がかなりにこやかな笑顔を浮かべていたことに気付いた。


「君が見惚れていたのは、この世界を築いたとされる龍神様――女神レヴァルシア様の彫刻だ。良くできているだろう?」


 そう言われ、僕はコクコクと頷く。やはりアリエスではない別の女神だったようだ。どうやら他にも複数の女神が存在していそうだ。


 その後、名前を尋ねられたので思わず本名を言いそうになったが慌ててリュートと言い直す。


 いけない。癖になってしまったら他のプレイヤーにも言ってしまうかもしれないから気をつけないと。


「リュートか。うむ、いい名前だな。私は竜神官のダブリスだ。……さて、来訪者ということは『コントラクター』の資格を持つということだろう」


「コン……トラクター?」


 ゲームを開始する前に予習をしてきたつもりだったが、そんな用語は見た記憶がない。


 まぁ、ベータテスト中はNPCもあまり関わってこなかった為、世界観的な設定はほとんど明らかになっていなかったので、仕方ないといえば仕方ないだろう。


「そう。『契約者』という意味で、文字通りドラゴンと契約し、使役する事ができる存在のことだ。我々の世界の住人でその資格を持つものはかなり少ないのだが、来訪者は総じてその資格を持っているのだ」


 どうやらドラゴンと契約する者の事を指していたようだ。


 コントラクターというのは、ダブリスの言うとおりであればこの世界に元から住んでいる人はあまり持っていないらしい。聞けば、王族や貴族、そして一部の特別な技能を持つ選ばれし者くらいなのだとか。


 普通の人の場合、そのような契約をわざわざしなくても、ヒトと共存関係を築いているドラゴンが力を貸してくれるので特に問題はないのだそう。


 プレイヤーは、当然ながらゲームの基本システムである従竜要素を利用できなければいけないので、総じてコントラクターというものの資格を持つということになっているらしい。


 理由はわからないが、来訪者だからそうであってもおかしくはないだろうという判断で、国も貴族も特に気にしては居ないらしい。


「さて、ドラゴンが住まう異界とも別の世界より現れし来訪者よ。君にはこの世界でドラゴンと共に生き、そしてドラゴンと共に強くなり、共に脅威を打ち払ってもらうことになるだろう」


 この世界においてドラゴンとは親愛すべき友で、共存する隣人であるのと同時に、畏怖すべき存在でもある――とダブリスは語る。


 人間に友好的なドラゴンも幾つかいるものの、それ以外のドラゴンは基本的に他のモンスターと同じように人々の脅威となる。それ故に、野生のドラゴンもある程度の数は討伐する必要があるらしい。


「ドラゴンって珍しい存在だと思うのですが、そんなに討伐して大丈夫なんですか?」


「基本的にこの世界のモンスターは大気中のマナの影響を受けやすいのか、繁殖速度が早い。放っておくとあっという間に氾濫を起こすことがある。その為、ある程度の数までは減らし続ける必要があるのだが、野生のドラゴンもまたこの法則に当てはまるのだ」


 その為にこの世界では冒険者や狩人といった、モンスターの討伐を専門とする者たちが存在し、彼らが活動することで世界のバランスが保たれているのだという。


 要するに僕らのような来訪者にもそのバランサーとしての活躍を期待しているということなのだろう。


 まぁ、ドラゴンそのものが他の多くのモンスターよりも強い事が多い上に、その強いものほど姿を隠すのが上手いらしいので、倒しすぎるということはほとんど無いらしいが。


 因みに討伐が認められていないドラゴンは、祖龍ネイキッド古龍エンシェントなどのように固有の名前で呼ばれるドラゴンが当てはまるようで、それらはこの世界の何処かで世界の均衡を保つために存在しているらしい。ゲーム中で戦って倒したとしても倒し切ることはできないようだ。なので、『討伐』ではなく『撃退』扱いになる感じになるのだろう。


 かつてはそのドラゴンを撃退し、力を示すことで契約を果たしたコントラクターも存在したみたいだが、それも神話レベルの昔話のようだ。


 プレイヤーもいずれはそういうドラゴンと契約できる時が来るという運営からのメッセージだろうか?


「さて、私はこの神殿に訪れる来訪者に『はじまりのドラゴン』を与える仕事を行っている。……ついてきたまえ」


 そう言うとダブリスはその礼拝堂を後にする。これから最初に契約する『パートナードラゴン』を手に入れるようだ。


 一応、ダブリスの移動速度は遅めであるが、その頭部の上の方には位置を示すマーカーが表示されている。


 マーカーは壁の向こうに居ても表示されていたので、うっかり離れて見失っても大体の位置が分かる。マップにも表示されるので安心だ。


「コントラクターがドラゴンと契約するには、召喚の儀式でドラゴンの異界よりドラゴンを召喚する方法と、ドラゴンに力を示して『契約』のスキルで契約を結ぶ方法の2つがある」


 ドラゴンの契約については始める前に潤花と一緒に調べているので、だいたい理解できている……筈だ。


 前者の方は、いわゆるガチャに似たようなものであり、ドラゴンの異界からドラゴンを召喚することで契約するというものだ。ドラゴンの異界はさっきも触れられたが、この世界とは別の位相にある、ドラゴンの理想郷のようなものらしい。この世界に住んでいるドラゴンはそれら異界のドラゴンと同じ祖先を元にしているようだが、その種類は異界の方が遥かに多いようだ。


 後者の方は、ベータテストの情報のままであれば、フィールドに出現するドラゴン種を倒し切る前に『契約』のスキルを使って契約するものと、ゲームイベントなどで出現する特殊なドラゴンを撃退することで契約を結ぶことができるものの2種類がある。どちらにしても戦闘が必要なので、ある程度の実力が必要なのは確かだ。


 後は運営イベントなどの報酬で手に入れる事ができるドラゴンもあるようだが、まだイベントが開かれてないので関係ない話だ。


「まぁ、今回は前者の方なので、力を示す必要はないから安心したまえ」


 そしてダブリスの後を付いていくと、小さな入口の儀式をあげる為の神殿のような部屋に辿り着いた。


 入口が小さくても、その中はかなり広くなっており、ある程度の大きさのものが現れても問題はなさそうだった。


「ここで召喚の儀式を行う。我らが国王から、来訪者には一つだけ、ドラゴンを召喚するための『召喚石』を与えるようにと言われている」


 そう言うと、ダブリスはどこからか手のひらより少し小さめの結晶のような石を取り出し、側にあった机の上に置いていく。


 全部で5つあり、それぞれ赤色の結晶、青色の結晶、緑色の結晶、黄色の結晶、そして透明の結晶となっている。


 赤・青・緑・黄色の結晶は、その中心に金色でよく分からない文字のようなものが刻まれている。


 透明の結晶にも似たような文字のようなものが刻まれているが、その色は黒の中に時々虹色のような部分が混じっている。


「この中から一つ選んで欲しいのだが……説明は必要かね?」


「いや、それは大丈夫……です」


「そうか。それではじっくり選び給え」

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