第8話
ハク、スミレ、そしてアリシアはパソコン画面の前に駆け寄った。
「刀獅郎!?」そして各々が彼の名を叫んだ。
「……ハ、ハク……今、到着した」
その様子が異様であることは明白だった。通話機器を通じて、彼の声はひどく衰弱しており、苦し気な呼吸音を伴っていた。ハクはパソコン上の既存のウィンドウを縮小すると、別のウィンドウを開いた。すると一帯を調査していたドローンが周囲を見渡すようにして旋回し、ある建物で通話の発信源を見つけた。ドローンのカメラが、巨大な人影にズームインする。スミレは刀獅郎の姿に、まるで紙一重の状況で到着したスーパーヒーローのようだと喜んだ。しかし、現実は少し異なっていた。
刀獅郎は、頭からつま先まであざと血だらけであった。身体に、大小幾多の刺し傷や切り傷がある。背中には数本のナイフが突き刺さったままで流血している。チェンソーの姿はない。まるで地獄から這い上がってきたかのように、顔から鮮血が滴っている。アビエイターの左レンズは粉々に砕けていて、赤く発光する目が露わになっていた。
「と、刀獅郎さん!? 一体何があったんですか!」スミレは言った。
「それに、こんな状態で、いったいどうやって生きていられるっていうの!?」アリシアは、刀獅郎が未だに立っているという事実に愕然とした。
ハクが口を開きかけたとき、刀獅郎は吐血した。ハシャシンとの戦いは、彼に甚だしいダメージを与えた。刀獅郎はあの時、殺されるかもしれないと何度も思った。だが侍の鉄の意志は、刺客たちの大群に打ち勝ったのだ。
「それよりも」刀獅郎は深呼吸をする。戦いの最中、一人の刺客に胸をハンマーで強打されたとき、彼は死ぬと誓ったのだ――「兄弟を連れてくる」
激しい疲労と出血にもかかわらず、刀獅郎はロボットを引き寄せようとした。やがてチェンソー・サムライは息を吹き返し、歩み始める。そしてロボットは刀獅郎に手を差し出し、侍はよろめきながらそこへ登った。
「……兄弟よ、すまない。ひどい傷を負わせてしまった。だが安心してくれ、俺は最後まで共に戦おう」
チェンソー・サムライは、ゆっくりと、刀獅郎をコックピットに導いた。刀獅郎は引き裂かれたコックピットに、慎重に飛び移る。着地こそ難しくなかったが、途端、足に激痛が走る。
「ああああっ!!!」
悲痛な叫びがあがる。足の傷が再び開いて血が噴き出す。刀獅郎は悶え苦しんだ。確かこの下に応急処置キットがしまってあったはずだ、と、巨人は痛みに顔を歪ませながら、シークレット・ハッチを探す。開けるとそこに十字マークの入った、赤い金属質のボックスが入っていた。十字を押すとそこが緑色に光り、開封される。手術用ホッチキス、抗生物質、消毒用アルコール、アドレナリン1回分、ナノボット治療用注射器1本、そして鎮痛剤の真空パック4個が入っている。各包には即効性の錠剤が2つ入っている。刀獅郎は迷わずそれらの包を全て破った。そして8種類の鎮痛剤をむさぼった。その様子を、スミレやアリシア、ハクが、破損した360度のスクリーンから見守っている。
「ダメですよ! 刀獅郎さん! 鎮痛剤を一気に飲んじゃダメです!」しかし刀獅郎は聞き入れない。
「俺は身体がでかいから、通常量では役に立たん」
刀獅郎は、スミレの過剰摂取についての説教を聞き流しながらアドレナリンを探す。そしてどうにか探し出して、それを胸に突き刺した。アドレナリンは瞬く間に疲労を吹き飛ばし、刀獅郎に活力を与える。脈が速くなり、目を見開く。刀獅郎は次に、ナノヒーリング注射を探した。注射を打てば出血は止まり、傷口がふさがる。しかし、その前に、何者かが外からの光を遮った。
「刀獅郎! 後ろ!」 ハクが声を上げた。
現代を生きる侍は即座に振り向いて、折れた野太刀を抜く。破損したコックピットの隙間に、大柄の男が立っていた。筋肉質で、ネイビーのスパンデックス製の全身スーツを着ている。そして手には三日月型の刃を持った剣。頭に巻かれた紫色のヘッドバンドが、風になびいて揺れていた。
「刀獅郎・ワトソン」
彼も他の刺客と同様に、低く、不気味なほど落ち着いた声であった。湾曲する刃が刀獅郎に向けられる。侍は刺客を睨みつけた。彼らのおかげで、刀獅郎は時間通りに到着できなかった。彼らがいなければ、チェンソー・サムライの被害を防げたはずだった。
「お前は何者だ!」 ハクが音声で怒鳴る。だが刺客はそれを無視した。
「心から祝福しよう、刀獅郎・ワトソン。お前は取引の戦士を倒し、勇気と力を証明した。私はお前を深く尊敬する。お前は、ここまで上り詰めた数少ない人の一人だ。長い間、私は誰とも戦わず老衰で死ぬと信じていた。その事実は、私や、私の先人たちに大きな悲しみをもたらした。たとえお前が我が刃で即座に死のうとも、お前と戦えたことはすこぶる名誉なのだ」
刀獅郎はその間も注射器を探し続けた。刺客はコックピットに足を踏み入れる。
鎮痛剤のおかげで痛みが和らいでいる。巨人は、戦闘態勢に入った。
「お前は確かに私の同志たちを傷付けたが、私にとって、今ここでお前と戦えることは大きな喜びだ。私は悲嘆の戦士。深き悲しみは死の究極の具現。 さあ、来るがいい、サムライよ! 我らの戦いは華々しく輝くであろう!」
「悲嘆の戦士よ、俺はここで死ぬつもりはない! 命ある限り、俺は最後まで戦い続ける! 俺の命は刃! そして誓いは盾だ! この手で、お前の最期を迎えさせてやろう!」
双方の刃が火花を散らしてぶつかり合う。2人の戦士は睨み合い、刃から金属が削ぎ落されてゆく。
「すごい」スミレはそこに目を奪われ、無意識に心で呟いた。スミレは、刀獅郎と刺客の戦いを、まるで映画のワンシーンを観ているかのように感じていた。
刺客は刀獅郎の一振りを受け流して、巨人の足を蹴る。そして三日月の刃で呻る刀獅郎の腹を狙った。刀獅郎は折れた野太刀でそれを防御し、刺客の顔を殴りつける。その打撃力は相当のものであったが、刺客はその腕を掴んで引き寄せると、刀獅郎の鼻めがけて頭突きを食らわせた。侍は鼻血を出してよろめいた。しかし刀獅郎はその長い足で刺客の胸に蹴り飛ばす。2人は、よろめきながら距離をとった。
「すばらしい! これが私の人生の宿命! 知略の戦いでもなく、銃と剣の戦いでもない。そう、 これは戦士同士の戦い! お前と戦えることを光栄に思うぞ、刀獅郎・ワトソン!」
「黙って戦え、悲嘆の戦士よ!」
再び武器が衝突して飛散する極小の閃光。悲嘆の戦士は、あまりにも非凡な戦士であった。滑らかで素早い動作、まるで石のように重い一撃。しかし一方で、刀獅郎は、立ち向かってくるコンストラクター・アルマジロの存在を放っておくことになる。チェンソー・サムライを動かそうにも、刺客に思考を乱されて集中できないのだ。案の定、チェンソー・サムライは無力に被弾した。ロボットはバランスを崩し、刀獅郎と刺客は共に壁に激突する。そしてチェンソー・サムライが再び地面に転倒すると、3機のアルマジロがサムライロボットに突撃した。
「死ぬ覚悟はできているか、サムライ! 今度こそコクピットにいるのはわかってんだ! お前のロボットをぶっ潰してやるぜ! 行くぞ、お前ら!」
3機はサムライロボットへ向けて転がりだすが、チェンソー・サムライはすかさず立ち上がる。チェンソー・サムライは、かねてから刀獅郎がハクに頼んでいた野太刀を装備していた。それに気付いた刀獅郎は、チェンソー・サムライに抜刀させようとするが、やはり刺客の攻撃に阻まれる。刀獅郎は、チェンソー・サムライの操縦に、完全に集中することができなかった。かたやアルマジロの方は、サムライロボットへの突撃に成功する。その衝撃で刺客も刀獅郎も、またも壁に激突して、再びロボットは倒れてしまう。
「クソ! 俺はロボットを操縦しなくちゃならん! 俺との戦いはあとにしてくれ!」刀獅郎は悲嘆の戦士に叫ぶ。
「否! 戦士たるもの、戦場ではどんな危険があろうと戦わねばならぬ! これは戦士の究極の試練!」
刀獅郎は刺客と撃ち合いながら呪った。チェンソー・サムライを強引に起こして、野太刀を抜く。アルマジロは先手を打とうといったん引き下がり、ロボットサムライをめがけて加速した。一方で、刺客の手が刀獅郎の首を掴んだ。しかし、振りかざした剣は刀獅郎の長い腕に阻止される。刀獅郎は刺客の腹を突き刺した。あろうことか刺客は動じない――刀獅郎は彼の顔が見えなかった――すぐさま、侍は巨体を蹴り飛ばす。そして間髪入れず、刺客の顔を掴んで、その後頭部を、力の限りコックピットの金属の地に叩きつけた。刺客はその攻撃に反応できなかった。
刺客の視界に火花が散っている間に、刀獅郎はコックピットの大きな裂け目を見やった。チェンソー・サムライを操っている間はこの男と戦えない。一体どうしたら――瞬間、刺客の三日月の刃が襲来した。防ぎきれずに、刃は刀獅郎の脇腹を切り裂く。強い痛みが炸裂した。鎮痛剤がなければ、ここで終わっていただろうと、刀獅郎は内心で呪った。
「お前は強い、刀獅郎・ワトソンよ。これが正々堂々たる戦いであれば、お前はまさしく私を打ち負かしたことだろう」
刺客は剣と共に引き下がる。先刻のアドレナリンはすでに刀獅郎の鎮痛剤を無力化しており、傷口は鈍く脈打つように痛む。長時間の戦闘は疲労の蓄積を加速させる。大量の出血により意識がぼやけ始めた刀獅郎は、チェンソー・サムライの内外の敵を迅速に片づけなければならない。そうしなければ、失神する可能性があった。
「モーションキャプチャ・モードを起動だ!」巨大な侍が叫ぶ。
チェンソー・サムライがパイロットの腕の動きをコピーし始める。刀獅郎が陰の構えをとり、頭のないロボットも同様に構えた。刀獅郎は刺客に、そしてロボットは敵ロボットに集中する。刀獅郎は心を鎮静させて目を閉じた。時の歩みはまるで緩やかに変化し、彼の心に、あの声が響く。
――刀獅郎よ。燕返しを放つときは、明鏡止水の心でなくてはならぬぞ。常に正しき決断を下すべく心は辛抱強くあり、そして、魂を怒りで満たすのじゃ。おぬしの内なる声、あるいは外なる声のどちらかで、力と速さをもってこの崇高な名前を叫べばよい。おぬしの巨人症は、時間の経過とともに身体の痛みが増すばかりで、技の実行が困難になることは理解しておる。ひたひたと関節をまとう痛みに打ち勝つには、しかと手順を覚えておかなくてはならぬぞ。よいな。
――はい、先生。
その声は刀獅郎に平静をもたらした。彼の心は忍耐で満ち、球状のロボットが立ち向かってこようとも、彼の集中力は途切れない。精神は一面に澄み渡り、巨人の集中力が高まっていく。刺客は慎重に攻撃態勢に入った。刺客とアルマジロが同時に攻撃したその時、刀獅郎は放った。
「燕返し!」
野太刀の間合いが狭まっていようと、刀獅郎は技を繰り出した。刺客の刀を打ち飛ばし、チェンソー・サムライはアルマジロ1機を両断する。野太刀を振り上げて、刺客の胴体を裂き、同様にもう1機のアルマジロを二分した。そして刀を振り下ろし、刺客の胸を切り裂いて、そこから血が噴き出す。ロボットも巨大な野太刀を振り下ろして、最後のアルマジロもまた二つに切断した。大小幾多の機械の破片が飛散して、ロボットサムライの装甲で跳ね返る。6つになった敵機がサムライの足元を転がってゆく。コックピット内の刺客は、裂かれた胸や内臓から血しぶきをあげながら倒れた。
戦いは終わった。どちらの大きな侍も微動だにしない。血肉のある侍が重苦しい息を吐いた。肺は疲労で焼けるようであった。
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