第7話
格納庫では、ハクがタバコを1箱全て吸いつくして、灰皿に吸い殻の巨塔を築いていた。ハクは足の震えが止まらなかった。そして、その様子をうかがっていたアリシアとスミレの不安を助長した。
「刀獅郎は一体どこにいるんだ!」ハクはテーブルをひっぱたく。吸い殻の塔が崩れて、細かな燃えカスがテーブルを汚した。
刀獅郎は既に5時間以上も不在だった。現段階で、彼が格納庫のハッチに到着していないことは、無人カメラも証明している。彼はめったに遅れない。通常であれば、遅くとも1時間以内には姿を見せているはずであった。
「ミスター・ワトソンはきっと来るわ」アリシアは、焦るハクを落ち着かせようとする。
「エアプレイン・ウォーリアが3機、デフォルトマシンが20機! こんな状況じゃなきゃ、さっさと片付くだろうに! クソッ!」
「うーん……ねぇ、今ね、ヤバイことがわかったよ」
椅子に座るスミレは、顔を上げて言った。
「敵はもうここにいるの。40マイル離れた北に」
スミレはパソコンを操作してホログラム画面を投影した。そこに、デフォルトマシンの大群が地を踏み鳴らし、その近くでエアプレイン・ウォーリアがホバリングする様子が映し出される。
ハクは癖毛を手でかき乱して叫んだ。
「畜生め! もうこれ以上は待てねぇよ! 起動シーケンス開始だ!」
アリシアは驚いて振り向いた。
「は!? ミスター・ワトソンは? 来るよね!?」
「時間がねぇんだよ! アタシの言う通りにしろ! 起動だ!」
チェンソー・サムライを地上へ運ぶ起動シーケンスを終えると、チェンソー・サムライは出陣の合図を待つかのように、プラットフォームに横たわる。
ハクは2箱目のタバコを開けて、ツインテールの少女を指さした。
「スミレ! バーチャル・リアリティ装置みてぇな機器を持ってこい! 確か2105年製のやつがあの部屋にあるはずだ!」
スミレは、ハクの指し示す通りに左を見た。そこは壁だった。
「……あの部屋って?」
「あ? ああ、そうか、2人には話してなかったな。そこは秘密の隠し部屋さ。何かを改良したり、発明したり、どうしても一人になりたい時だったり、そんな時に使う部屋だ。けど最近はチェンソー・サムライの修理でクソ忙しいからな。それに、他にもいろいろとあって」
スミレがその壁に向かって歩くと、肉眼では見えない長方形の輪郭に気が付く。
「オッケー、これは、どうやって開けるの?」
「そっか、忘れてたぜ。そこを開けるためにはアタシの音声キーが必要なんだ。確かパスワードは――」
そこで突然、ハクが沈黙した。どうしたのかとアリシアが見ると、ハクは顔を紅潮させて汗をかいている。そして、メカニックの長はうつむいた。
「どうしたの、ハク? 」
「ね……ね……ね……」
「え? 大丈夫? トイレ?」
するとハクは、まるで自分にそれを強要するかのように、口をもごもごと動かした。
「ねこねこ、にゃんにゃん」
アリシアとスミレは言葉を失ってハクを見つめた。ハクは確かに「ねこねこ、にゃんにゃん」と言ったのである。
すると壁が動いて、秘密の隠し部屋が解放された。部屋の中は、電子機器のジャンク品であふれ返っている。しかし、その場は塩梅の悪い沈黙に支配されていた。
ハクはこの状況を打破したいがために、無視を決め込んでキーボードを打ち続けた。
「ブワッハハハハハハハ! アハハハハ!!」
しかし、アリシアとスミレは無視することができなかった。二人は大声で笑い転げた。アリシアもスミレも、ハクのことを過度に真面目で、不機嫌で、タフな人だと思っていたのだ。そのハクから「ねこねこ、にゃんにゃん」などと、もう二度と聞けないかもしれなかった。
「お前ら黙れ! 仕方ねぇだろ、偶然だろうが必然だろうが、誰もが口にしない暗号文が必要だったんだ!」
顔を真っ赤にするメカニック長は、仮に穴があったら一生そこに入っていたい気分であった。だからアリシアは、なるべくいつも通りの会話を試みた。
「アハハハ! うんうん、でも、なんで、ねこねこ、にゃ、あはははははは!!」
試みたが、結局アリシアはいつもの立ち話に失敗して、笑いながら何度も手をテーブルに叩いた。あの暗号文を最後まで言い切ることは不可能だった。
「だから笑うな! アタシは猫が好き、それだけだ! くそっ、アタシの大事なプライベートルームのはずが!」
スミレに至っては痛む腹筋を抱えて笑っている。
「ヤ、あはははは、ヤバイ! もうやめてー! おかしすぎてお腹が痛いってば、あははは! めっちゃ痛いよー!」
今やハクの顔は怒りに燃え盛っていた。
「う・る・さ・い! 早くVRギアを持ってこねぇとアタシたちが死ぬぞ!」
そう言われて、スミレは痛む腹を抱えながら立ち上がって、秘密の隠し部屋に入って行った。アリシアの方は、爆笑の熱を冷まそうと机の上に這い上がった。
スミレはハクが言う装置を探し始める。しかし部屋はごちゃごちゃと散らかっていた。似たような外見のものがたくさんあり、それらは同じ場所に、雑にまとめられていた。ゆえにスミレはあっという間に混乱した。
「スミレ、早くしろ!」
「ハクの言ってるVRってどれ? 見つからないよ!」
「クソが! 仕方ねぇ! アリシア、リモコンを起動しろ!」
「ハハハハ……ああっと、了解!」
ようやく笑いの熱が収まって、アリシアは自分とハクのパソコンのリモートコントロールを起動させる。画面に『Remote Control. Online』と表示が出る。
「いくぜ」
ホログラムのウィンドウがハクを取り囲んだ。それらはチェンソー・サムライのカメラと接続され、ロボットの360度の視界を映し出している。ハクはキーボードを軽く叩きながら、チェンソー・サムライを、ゆっくりと慎重に立ち上げた。しかしロボットが直立するまでに2分ほどを要した。いまやチェンソー・ギャングは、約10マイル先まで迫っている。
「バカ! 遅すぎるわよ! どういうことなの、ハク? ミスター・ワトソンは10秒もかからずにロボットを起こせるのに!」
「うるせぇな! チェンソー・サムライをリモコン操作するプログラミングは、3Dアニメーションを作るみてーなものなんだよ。1フレームでも飛ばしたら、ボディ内部のどこかしらがぶっ壊れる!」
ハクはさらに打ち込みを続ける。やがて『Input Command』と書かれたウィンドウが開いた。コマンド入力画面である。
「ソデ・ミサイル!」
パソコンのマイクに向かって、ハクは叫んだ。するとチェンソー・サムライの肩装甲の段々が開き、ミサイルの連射がデフォルトマシンとエアプレイン・ウォーリアを襲う。ミサイルは次々とデフォルトマシンに命中したが、エアプレイン・ウォーリアの撃墜には至らない。
「ドウ・ミサイル!」
次に胸部装甲が開き、ミサイルの一斉射撃が行われる。飛翔弾の大半は1機のエアプレイン・ウォーリアを狙ったものの、何機ものデフォルトマシンの破壊に成功した。空中でエアプレイン・ウォーリアのエンジンが爆発し、さらに数機のデフォルトマシンを巻き添えにして墜落した。
「やった! ナイス、ハク!」
「まあな。でも、ミサイルを使ったのはこっちの負担が少ねぇからだよ。スミレ! 急げ!」
「いま行く!」
スミレが隠し部屋から飛び出てきた。全身にVRギアを装備している。残念なことは、ヘルメットはもちろん、手袋やブーツなど、彼女にはサイズが大きすぎることだ。スミレは足をふらつかせてハクの元へ戻った。
「ハク、どうすればいい?」
ハクはスミレのヘルメットをいじり始める。すると、VRギアの小さな電球が点灯して、その光は緑色へと変わる。
突如、スミレの目に広大な荒れ地が飛び込んできた。遠方に、チェンソー・ギャングのロボットたちが見える。こちらへ向かっていた。
「うわぁ!」
スミレはその光景によろめく。足元を見ると、自分の体が機械で、赤い甲冑を着ていることに気が付いた。胴から生えるロボットの手腕を見て、スミレは自分の指を動かしてみる。
スミレは自分が「チェンソー・サムライ」を操っていることを理解した。ロボットはスミレの全ての動作に追随するのだ。
「かっこいい! 信じられないよ! 私、本物のウォーマシンを操縦してるんだね!」
チェンソー・サムライは、まるで興奮した子供のように飛び跳ねたり、手を叩いたりした。その様子にチェンソー・ギャングのミュータントたちが困惑したのは言うまでもない。
「なあアニキ! あれを見てるか? サムライは酒を飲んでんのかよ?」
「俺の知ったことか! まぁ仮にサムライが酔っ払ってんなら、ありがたく全力で殴らせてもらおうか!」
残った2機のエアプレイン・ウォーリアは、ミサイルを全弾発射してチェンソー・サムライを襲う。しかしスミレは恐怖でおどおどするだけだ。
「馬鹿野郎! 動かねぇと街がミサイルに襲われるぞ!」
スミレは、もはやパニック状態だった。その時、木の下駄を踏み鳴らす音が聞こえて、スミレはハッとした。ハクの下駄の音だった。小さな手がスミレの肩を掴んで、身体は強制的に左へ向く。
「走れ!」
その言葉に、スミレと巨大ロボットは走り出した。巨大ロボットの足が着地するたびに、大きな地響きを伴って地面が割れる。ミサイルはチェンソー・サムライを追尾して旋回し、数発がロボットの肩に命中した。
「あぁ! 当たっちゃってる!」
「落ち着け馬鹿! 反撃だ!」
「馬鹿って言いすぎ!」言いたい放題のハクに、さすがのスミレも腹を立てた。スミレは立ち止まり、腰から刀を引き抜く。
「さあ、こっちよ!」
しかしスミレはメカニックであって侍ではない。そう声を張り上げたスミレは、素人のように刀を構え、まるで子供がおもちゃの棒を振り回すように刀を振った。
当然ながら、その動作を見たチェンソー・ギャングらはたいそう気味悪がった。
「ア、アニキ、やっぱりあのサムライは変だぜ。もっと慎重になった方がいいんじゃねぇの?」
「まさか、怖がることはねぇ! きっと変な薬がキマって楽しい幻覚でも見てるんだろうよ! やっちまえ!」
「了解だ!」
デフォルトマシンとエアプレイン・ウォーリアの残存兵力が、チェンソー・サムライに突撃を仕掛けた。ロボットのサムライは刀を振り回して、デフォルトマシンたちの手足を切り落とす。その刃はまるでバターを切るように、なかなか結構な切れ味であった。スミレはその後、レーザー・スピアで1機を退き、その頭部を同様に切り落とす。
「戦ってる! 本当に敵と戦ってるんだ!」
スミレは声を弾ませた。すると、1機のデフォルトマシンが飛び上がり、サムライの顔面に1撃を叩き込んだ。突然のことにスミレは倒れ、衝撃で映像がひどく乱れる。
「わお! やってやったぜ! サムライが倒れた!」
デフォルトマシンのパイロットは上機嫌で、倒れたチェンソー・サムライの腹部に飛び乗った。この隙に乗じて計6機のデフォルトマシンが次々とサムライを攻撃する。
「どうしよう! アリシア! ハク! 助けて!」
スミレは叫んだ。彼女が見ている映像の中で、デフォルトマシンたちが無抵抗のチェンソー・サムライを袋叩きにしている。攻撃こそ幾分か無傷で跳ね返されているが、サムライの装甲はへこみ始めていた。
しかしハクは叱咤した。
「馬鹿か! 助けることなんかできねぇよ! 仮に助けたって、チェンソー・サムライが勝手に起き上がるなんてことはねぇんだ! いいか、スミレとロボットは今一体なんだ! ロボットはスミレと同じように動く! だから自分の力で立ち上がるしかねぇんだよ!」
辛辣な物言いではあったが、それはスミレに反撃の活力を与えた。
チェンソー・サムライは、攻撃を受けて拘束されていた右腕を、デフォルトマシンごと左側に内旋させた。マシンはされるがままに胴を超えて、反対側を拘束するもう1機に飛び込む形で衝突する。次に、腹部にいたデフォルトマシンを捕えて転倒させる。デフォルトマシンとチェンソー・サムライの体格差は著しい。ロボットサムライは、両手でその頭を挟んで圧縮した。潰れた頭部から、いくつもの機械の破片が飛び散った。
スミレとサムライは力を込めて立ち上がった。残る3機のデフォルトマシンは、その巨大な様にたじろいで後ずさりする。そこへ突然、エアプレイン・ウォーリアがチェンソー・サムライめがけて突っ込んできた。刀獅郎なら見事に立ち回っただろうが、スミレには出来なかった。エアプレイン・ウォーリアの2本の鉈がチェンソー・サムライの胸部を襲い、装甲を切り裂いて、再びチェンソー・サムライは押し倒されてゆく。スミレは裂かれた胸部を見下ろしている。途端にVRギアが重くのしかかる感覚を覚え、スミレはロボットと同様に起立が保持できなくなった。身体が、倒れていく。
「なにこれ! リアルすぎるよ! まだ立ってなきゃいけないのに!」
スミレの抗議に、ハクは怒って振り向いた。
「リアルじゃなきゃダメなんだっての! そっちは基本的にはモーションキャプチャ・コントロールを使ってるんだ! 差異が生じたら測定値がぐちゃぐちゃになっちまうだろ! タイガーアイズ発射だ!」
「タイガーアイズ?」
スミレはハクの方へ首を回した。言わずもがなロボットのサムライは追随して、その巨大な首も同様に回転する。
音声によってスイッチが入り、チェンソー・サムライの両目に高エネルギーが集結していく。
「違う違う違う!!! スミレ! こっちを向くな!」
そしてタイガーアイズは発射された。偶然にも、強力なレーザーは高層ビルの側面をかすめる。すると、瞬く間にその高層ビルの屋上に、チャウチャウロボットたちが集まって、「バオバオバオ!」とチェンソー・サムライに向かって烈火のごとく吠え始めた。
「ああー! ごめん! そんなつもりじゃなかったの! 今のは偶然! 事故! 本当にごめんなさい!」
スミレは無意識に手で顔を覆おうとするが、それを小さな手が止めた。
「だからやめろって!」
ハクはスミレを制止させると、手を離し、彼女の背後に立った。スクリーンを見ながら小さなメカニックの頭を掴んで、エアプレイン・ウォーリアに照準を合わせようとその首を回す。2発目を察知した敵のロボットは、サムライを刺した胸部の鉈を放棄して逃げ去ろうとした。しかしチェンソー・サムライが見つめている限り、そこは強力なレーザーの光線上である。瞬く間にタイガーアイズはエアプレイン・ウォーリアのコックピットを貫通した。そして、スミレが意図せず頭を動かしたことにより、さらにデフォルトマシンの残機をレーザーの十字砲火に巻き込んで、ボディを分断して爆発させた。
こうして敵のロボットはすべて戦闘不能になり、スミレの戦いは幕を閉じた。
「終わってねぇよ! タイガーアイズを止めろ! エネルギーの無駄だ!」
「できないよ! 止め方なんて知らないもん!」
「ああクソ! 忘れてたぜ! 頭で止められるのは刀獅郎だけだ。待ってろ。ボイス・オーバーライド! タイガーアイズをシャットダウン!」
するとビームは徐々に消失していった。機械の目は蒸気を噴出させながら、光を失っていった。スミレは安堵の息を吐く。
「よくやったわ、ベイビーガール!!」無事に生き延びたことで、アリシアはスミレを抱きしめた。追随してチェンソー・サムライも架空の誰かに強く抱きしめられる。
「ちょっとアリシア! く、苦しい!」
「ああっと! ごめんね! さて、戦いは終わったわけだけど、ミスター・ワトソンはどこにいるのかしら? ハク?」
「……わかんねぇ。まだ返事がないままだ」
「チャウチャウ警察に電話した方がいいんじゃないの?」
スミレは提案したが、見つめ返すハクの目は気弱げであった。
「……チャウチャウ警察のロボットは、刀獅郎を無視するようにプログラムされてるんだ」
「は……? うーん、なるほど、そういうことだったのね。実は、刀獅郎さんが私を助けてくれた時、チャウチャウロボットが刀獅郎さんと犯人に向かって吠えたんだけど、ロボットは何もしないでどこかに行っちゃったの。ねぇハク、どういう経緯があったの?」
ハクは、疲労と腹立たしさにかき回されて顔をこすった。
「刀獅郎が聖戦を始めた頃、あいつは自分を殺そうとしたチャウチャウロボットをたくさん破壊しちまった。けど、市長は、刀獅郎が犯罪者を成敗することによって、市の犯罪率が低下することに気付いたんだ。市長は大事なチャウチャウロボットを壊されたくねぇから、刀獅郎を必要悪だと宣言した。それで、刀獅郎を攻撃しないようにロボットを再プログラムしたのさ」
アリシアは開いた口がふさがらない。
「何てことなの。1機のロボットを倒すためには、多くの武器と人手が必要なのよ。必死で戦っても、それでも、何人かは命を落とすわ。ミスター・ワトソンは怪物だわ。本物の怪物よ」
その言葉に、スミレはヘルメットを脱いで、アリシアをきつく睨んだ。
「ちょっと! 刀獅郎さんは怪物なんかじゃないよ! いい人だよ! 私にはわかる!」
アリシアは、スミレが本気で怒っているのを初めて見た。「ベイビー・ガール」と言ってからかった時の、あの拗ねたような怒りとは全く異なった。
「……ごめんなさい、スミレ」とアリシアは言った。
突然、テーブルを強く叩く音がした。ハクだった。ハクは再び刀獅郎に電話をかけていたのだ。
「刀獅郎のクソ野郎が! 全く、どこにいるんだ!?」
その時だ。突如として警報が鳴り響いた。ハクのパソコンが点灯し、3機のウォーマシンが出現したことを知らせている。そして、スキャナーが概略図を表示した。そこには『コンストラクター・アルマジロ』という文字と、図の右端に『Bontemps Construction Co.(ボンテンプツ建設会社)』の社名ロゴが表示される。
ハクは信じられないといったふうに首を横に振る。新たな第2世代のウォーマシンが襲来するとは、思ってもみなかったのだ。
「なんだよ、ヤバすぎるだろ! よりにもよってなんで今日なんだよ、クソが!」
「私がまた戦場に行くってことでいい?」ヘルメットをかぶろうとするスミレは、楽しそうにも見える。
「当たり前だ! 早くかぶって行け!」
スミレは素早くヘルメットを装着して、立ち上がる。戦場ではチェンソー・サムライが立ち上がり、新たな3機のウォーマシンの方へ歩んだ。その時カメラがとらえたものは、大きくて、黄色い球体が転がっているだけの映像だった。それらは、時速数百マイルで移動していると推測された。
「これなら余裕で倒せるよ!」
チェンソー・サムライは、背中の巨大チェンソーを掴むと、スミレは自信満々にそう言った。
1機の黄色い球体がまっすぐ接近してくる。スミレはチェンソーの回転を上げて、その球体に向けて振り下ろした。共に回転する2つの機械は、大量のスパークを巻き散らして打ち当たる。そこへ突然、他の2機の球体が、文字通り横やりを入れるようにして転がり込んだ。2機はチェンソーの側面に激突する。その凄まじい打撃エネルギーは、チェンソー攻撃の要である金属のガイドバーを折り、そこに巻き付いたソーチェーンを切断する。
ソーチェーンは拘束から放たれて、たちまち巨大な金属の鞭となった。荒れ狂う鞭はチェンソー・サムライに跳ね返って、その腕を切断した。
不意に、チェンソー・サムライは球体の突撃で転倒した。立ち上がろうとするも、他の2機が回転しながら、サムライロボットを左右から挟み撃ちにした。強い衝撃は金属や内部のギアをきしませ、ひび割れを引き起こす。すると球体の1機が変形して、ロボット型のアルマジロの姿になった。その頭部は幅のあるホイール状をしており、溝掘り機を思わせる爪がそれを囲むようにして並んでいる。それは巨大な丸鋸のようにも見えた。また、胸部には『Bontemps Construction Co. 』のロゴが描かれ、腕は21世紀初頭に活躍した油圧ショベルのバケットのようだ。そして脚部はスチームローラーに酷似している。アルマジロがチェンソー・サムライの足に登ると、その重厚なローラーで装甲が押し潰されて、歪みが生じた。
「あれがコンストラクター・アルマジロか」とハクが言った。
チェンソー・サムライは頭を持ち上げて、その姿を見る。
「タイガーアイズ!」スミレは叫んだ。チェンソー・サムライの目からレーザーが発射される。
すると敵は丸くなり、そのボディでレーザーを受け流した。甲羅のような装甲に焦げ跡がついたが、それだけであった。もう1機のアルマジロがロボットモードに変身して、横たわるチェンソー・サムライの頭部を掴んだ。チェンソー・サムライは、頭を回転させて、レーザーで2機とも切り倒そうとしたが、アルマジロのパワーが首の回旋を阻止している。仕方なくスミレは、両腕で2機を捕えようとする。しかし、できなかった。
「どうして腕が動かないの!?」慌てるスミレに、ハクも声を上げた。
「クソ! さっきの衝撃で腕のモーションキャップセンサーが解除されたんだ! VRグローブから腕が切り離されてる!」
「待ってて! 再接続してみるわ!」アリシアが言った。
2機のコンストラクター・アルマジロは刺々しい頭部を高速回転させて、チェンソー・サムライの首に突っ込んだ。チェンソー・サムライは、切り裂かれながらも必死にあらがった。
「アリシア急げ!」
「いまやってるわよ!」
だが、アリシアの懸命の努力は報われなかった。コンストラクター・アルマジロの2つの頭はチェンソー・サムライの首の内部で衝突し、頭部と胴体を完全に分断してしまう。たちまち両目のレーザーは消失し、大きな動力音が徐々にフェードアウトする。切断部分からワイヤーや金属の類がボロボロとこぼれ落ち、首の断面は極大のスプレーの噴出口と化して、勢いよく液体を噴出し、同時に火花も散らした。
「あぁー! 何も見えないよ!」
スミレは叫んだ。彼女が視認できるものは灰色から虹色に変化する画面だけであった。
「もう最悪だわ! 首が切られてしまうなんて! チェンソー・サムライはもう終わりよ!」アリシアはパニックになってしまう。
「メインカメラを胸部カメラに切り替えろ!」ハクはコントロールをモーションキャップからマニュアルに切り替えながらそう言った。
一方、戦場ではチェンソー・ギャングが勝鬨をあげ始めた。
「っしゃあ! やったぞ! 俺たちの勝利だ!」
「だよな! チェンソー・サムライをボコボコにしてやったぜ!」
「調子に乗るな! この忌々しいロボットが木っ端みじんになって、パイロットが死ぬまでは勝ったとは言えねぇだろ!」
アルマジロは、サムライの胸の上で浮かれて飛び上がっている。ふと、2機がサムライの腕を見た。そしてコンストラクター・アルマジロたちは、再び頭部を回転させる。
「もうダメよ。腕は動かないし、ミサイルもない、頭もなくなっちゃったわ」アリシアは椅子に座ったまま身体を伸ばし、くつろいでいる様子だった。しかし、アリシアはポケットから古いマグナムを取り出す。
「あいつらに拷問されて、レイプされて死ぬ前に、弾丸が飛んでくるのを見たい? それとも壁に顔を向ける?」
アリシアは銃に弾を込めながら、はっきりと、正確にそう言った。何事かとスミレはヘルメットを脱いでアリシアを見る。
「は!? 何してるのアリシア!」見るや否やスミレは発狂しかけた。
「おい! やめろ! まだ終わってねぇよ! スミレはヘルメットをかぶれ!」ハクの大声が貫く。
スミレがヘルメットをかぶり直すと、チェンソー・ギャング達がサムライの腕を切り落とそうとする様子が、サブカメラからうかがえた。そして1機がとうとうチェンソー・サムライのコックピットを切り裂く。
「ハッハー! やったぞ! サムライは死んだんだ!」
その時だった。突然、チェンソー・サムライが起き上がり、コックピットを破壊したロボットを、その手で掴み上げた。そして、右側にいたアルマジロに向かって頭から叩きつける。2機は激しく衝突し、刺々しい頭が砕けてひん曲がった。それからもう1機のコンストラクター・アルマジロの頭を掴むと、まるで武器を扱うように激しく振り回して、重なり合う先の2機に向かってぶちかました。アルマジロの頭部は引きちぎられて、下敷きになった2機は起き上がることができない。
「どういうこと!?」チェンソー・ギャングも、サムライメカニックのメンバーも、声を挙げずにはいられない。
「え、待って、ハクがやったんじゃないの?」アリシアは聞く。
「いや、アタシじゃない。チェンソー・サムライがああやって動くためには、刀獅郎が――」
その時、電話の着信音がハクを遮った。彼女のパソコンの画面が、その発信者を告げている。
画面には『刀獅郎』と表示されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます