第6話

夜間――A&Oデーで海が干上がったとき、空を青色と成していた海の青は、漆黒と化した。漆黒の空には太陽しか見えないが、夜は以前のまま変わらない。美しき朝の青空は失われたが、星のまたたく凛とした夜は残された。これは、A&Oデーが人類から奪わなかった数少ないものの1つである。

しかしながら、暗闇の中にまだ悪は潜んでいた。


刀獅郎は同意しかねる。サントロの倉庫に侵入し、内部の者を惨殺した後で、特にそう感じた。誘拐犯は口中を血まみれにして、まるで溺れたような音を発している。怒りに満ちた巨大な侍が眼光の引き金を引くと、再び、全身に返り血が飛び散った。そして、誘拐犯は己の血で肉体を存分に濡らしながら地面に叩きつけられた。

刀獅郎は倉庫内を見渡して、目的の箱があるかどうかを確認した。そして耳を澄ます。


「ママ! ママ!」


「パパ!」


「お兄ちゃん! 怖いよお!」


声を察知して駆け出すと、そこには、『ニュートリ・チャウ』と書かれた巨大なスチール製のコンテナがある。


「ママ! ママ!」


声の主はこの中にいた。刀獅郎はチェンソーを手に取って回転数を上げる。そして、その強力なチェンソーを、重厚なスチールコンテナに向かって振り下ろした。万物を切り裂いてしまいそうな大きな金属切断音が、コンテナ中に響き渡り、子供たちは怯え、混乱し、叫んだ。


「わああああああああああああ!」


「いい子にしてるから! 絶対だから!」


「いやだあああ! 傷つけないで!」


刀獅郎はコンテナに大きな穴を開けて、スチール板を慎重に引きはがした。内部にライトを当てると、子供たちの姿が視認できた。どれも4歳から9歳の子供たちだ。そして皆、人種が違う。


「怪物だ!」


「ああああ! 怪物に食べられちゃうよ!!!」


子供たちは刀獅郎の姿を見ると、さらに奥へと逃げて刀獅郎から遠のいていく。刀獅郎は自分を落ち着かせて、赤く光る目を消そうと努めた。しかし、子供たちを発見したことと、誘拐犯を殺害したことで、アドレナリンが過剰分泌されており、すぐに光を消すことはできなかった。

無論、彼は血まみれであろうと、愛想がないわけではない。


「心配するな。俺は怪物じゃない。君たちを助けに来た」


大きな手を差し出しながら、刀獅郎は子供に近づいていく。


「殺さないで!」


「わああああぁぁ!」


「私いい子だから! お願い何もしないで!」


「怪物! 怪物だ!」


刀獅郎は止む無く子供たちから離れた。そして携帯電話を取り出して電話をかけた。


――こちらチャウチャウ警察。緊急事態ですか?


「行方不明の子供たちを発見した。ここに来てくれ」


刀獅郎は恐怖に震える子供たちをもう1回見やって、その場を離れた。


倉庫内は月の光が透けて、地面を淡く照らしている。それはまた、彼の行く先に横たわっている、切り裂かれて、分裂し、ぐちゃぐちゃになった死体をも照らしていた。死体の一部は顔の原型が保たれている。しかし、恐怖に歪みきっているのは言わずもがなだ。

刀獅郎は、厳粛に歩を進めた。


 刀獅郎は屋根の上に座ってニュートリ・チャウを食べている。えずくような不味さだが、それが彼の罪悪感が払拭できるわけでもなく、あの子供たちから彼の記憶を排除できるわけでもない。


――いつまでこんなことをしなければならないのか? 俺はいつまで、恐怖の化身でいなければならないのか?


現代に生きる侍は、アビエーターを脱いで顔を拭った。この数週間、刀獅郎はあの誘拐犯を追い詰めてきた。誘拐された子供たちがどうなるのかは知る由もなかったが、救わなければならなかった。

刀獅郎は無垢な子供たちの姿を見た。しかし、思い起こされるのは、子供たちの恐怖に怯えた顔であった。


――くそったれが! あの目だ! あの純潔な目!


刀獅郎は何年もの間、オールド・シカゴの悪夢として生きてきた。彼は数年前のことを思い出す。聖戦を始めたときのことだ。彼はその時に、自分がすべての悪に対する恐怖の象徴になることを誓った。だが、物事は計画通りには進まない。刀獅郎は、この街に住むすべての人にとって恐怖の象徴となってしまった。彼は生きたブギーマンである。それは怖がる子供たちが、クローゼットの中やベッドの下を入念に調べるようなものだ。この事実は巨大な侍を憂鬱にさせる。子供たちの怯えた声が聞こえるほどに。


――怪物! 怪物だ!


――殺さないで!


――何もしないで!


刀獅郎は、あの子供たちの輸送先について考えるつもりはない。もはやあの子たちは皆、家族のもとに帰れるのだから。

刀獅郎は夜空を見上げた。満月が、死んだオールド・シカゴの闇に光をもたらしている――ある気配が、侍の五感に触れた。


「そこにいるのはわかっている」


刀獅郎は野太刀を引き抜きながら首を回した。刹那、高速のナイフが襲来した。巨人はそれをかわし、ナイフは刃をコンクリート屋根に擦りつけながら滑落した。刀獅郎は野太刀を構える。


刀獅郎は複数の足音を知覚した。どれも極めて静かな足音であったが、それらは刀獅郎の鼓膜を確かに叩いた。1年間の盲目の期間が彼に授けた賜物であった。


「正体を現せ!」


その声に、黒い服をまとった人影が次々と現れた。男も女もいる。全員がスパンデックスの全身ボディスーツを着用しているため、身体の輪郭は視認できた。しかし彼らの顔はぼんやりと窺えるだけだ。彼らの腰にはナイフやダガーを装備したベルトがあった。


「ワトソン・刀獅郎」と、1人が言った。不気味で無感情な声色だった。


「余計なことをしてくれた。お前の罪は重大だ」


「あの子供たちは我々のものだった」


巨大な侍は歯を食いしばる。


「黙れ! 子供たちは家族のものだ!」


「お前は、自分が何をしたか分かっていないようだ」


「俺は犯罪協会や裏社会の組織に興味などない」


「我々はハシャシン。我々はいにしえの者。お前のような卑小な犯罪者とは違う。お前は死の標的となった。お前の利己的な正義はここで終わりとなる」


「ふん、俺は悪を滅ぼすまで立ち止まるつもりはない」


「……甘くて幼稚な心。ワトソン・刀獅郎、我々は否認の戦士。お前の生きる権利を否認する」


一斉に、ハシャシンらは攻撃を開始した。全員が刃物を手にしている。無論、刀獅郎も動いた。ほぼ同速度で移動して野太刀を振るい、一振りで半数の刺客の首をはねた。いくつもの頭が落ち、胴体が地面に崩落する。次に刀獅郎は身体を回転させて、一振りを繰り出す。しかし刺客たちの反射神経によって刀は空を切ってしまう。回避した刺客らは身をかがめ、タックルをしかけるように、刀獅郎に立ち向かった。そして彼の腕を捉えた者がいた。片腕を占拠し、そこにぶら下がった刺客は、刀獅郎の露出した首をナイフで狙う。だが、刀獅郎は咆哮とともに腕を大きく振り回し、しがみつく刺客を放り投げて屋根から落とした。

途端、2本のナイフが、刀獅郎の防弾チョッキと左足を刺した。刀獅郎にとって、ナイフは弾丸に比べたらくすぐったい程度の負傷だが、足のそれには煩わしさがある。即刻、その実行犯の1人は野太刀によって串刺しとなった。

その一部始終に、刺客らは刀獅郎の超人的な肉体と攻撃力を知覚し始めた。ナイフは無力であり、彼が刀を構えたら危険である、と。刺客たちは早急に刀獅郎と距離をとって、ダガーを構えた。おかげで刀獅郎の背後は無人となる。すばやく後退して、刀獅郎も態勢を整えた。

刺客たちが差し迫る。刀獅郎は下段の構えをとった。


――燕返し!


刀獅郎は心の中で言った。彼の技は電光石火のごとく、一振りで2人を切り、もう一振りでさらに2人を切った。そして、三振り目で最後の2人を打ち取った。すべての刺客が両断されて血の雨が降る。刀獅郎は、刺客たちの中で消えゆく命の灯を、じっと感じ取っていた。何人かはしばらく生存したようだが、やがて失血死した。

刀獅郎は野太刀を地に向けて振り払い、付着した血を落とす。そして刀を鞘に納めた。刺客たちはさっそうと現れて、坂道を転がるように死んでいった。

不意に、ポケットの中で携帯電話が鳴った。刀獅郎はゆっくりと電話に出る。ハクの大声が受話口を鋭く貫いた。


「刀獅郎! センサーにチェンソー・ギャングの反応がある! 6時間以内に来るぞ! そっちの用はさっさと終わらせて、チェンソー・サムライのところに戻れ!」


「……了解」


刀獅郎は電話を切って建物を降りる。そしてチェンソー・サムライの格納庫へ急いだ。

突然、月明かりの街の、建物の一角に光の点が見えた。咄嗟に路地へ転がり込むと同時に銃声が貫く。弾丸は夜空を高速で切り裂き、刀獅郎は間一髪で命中を免れた。


「スナイパーか?」


そう言って、刀獅郎は悟られぬように、その攻撃者を目指した。刀獅郎は近辺の道を熟知している。攻撃者――スナイパーは再び狙撃しようと刀獅郎を探したようだが、時すでに遅く、発見されて斬首された。そこで、現代の侍はそのスナイパーがハシャシンだと知る。

突然、別のスナイパーが刀獅郎の背後を狙撃した。


「なにっ!」


刀獅郎は思わず声を上げた。弾丸は刀獅郎の背中に命中し、ジャケットを突き破る感覚があった。傷は深くなくともダメージは免れない。刀獅郎は、建物から狭い路地に転がり落ちた。大きく開脚し、ブーツの底を左右それぞれ壁に当てて、滑るように降下する。だが間もなく背後で足音があった。刀獅郎は飛び降りてすぐさま身体を回転させて、野太刀を振るい、刺客の首を2つ落とした。


直後、2本のダガーが刀獅郎の背を奇襲した。なんとそこにはもう1人いたのである。刀獅郎の本能が野太刀を振り上げたが、1本は手に食い込み、もう1本は指をかすめる。3人目の刺客は、素早く刀獅郎の懐に飛びこみ、2本のダガーを足に突き刺した。鋼で編まれたズボンを突き破って、刃は太ももを刺し貫く。刀獅郎はよろめきながら、その刺客の頭を掴んだ。巨大な手が刺客の小さな頭を覆い、力が籠められる。そして頸椎を派手にへし折った。刀獅郎は刺客を放り投げて、太もものダガーの柄を握る。


「クソッ!」


そう吐き捨ててダガーを引き抜く。巨人は小休止を余儀なくされたが、やがて立ち上がり、足早にその場を立ち去った。

暗闇の中に光を見るまでに、さほど時間を要しなかった。刀獅郎はその光をよく知っていた。彼は視界に集中しながら野太刀を抜く。


ハンマーを起こす微小音がした。刀獅郎は閃光の刹那、野太刀を振り上げた。そのまま刀獅郎は微動だにせず、野太刀の刃先で弾丸は両断される。刀獅郎は傷にかまわず射手へ向かって突進した。そこではやはり別の刺客が刀獅郎を狙っていた。刺客は手慣れたように連続で発砲する。刀獅郎は数発を野太刀で防ぎ、残りは肩の鎧とベストではじき返す。だが後続の2発が太ももを狙った。1発は防いだが、もう1発が負傷箇所に炸裂した。足を取られ、鋭い痛みが太ももを突き抜けるが、すぐに次の弾丸が刀獅郎の側頭部をかすめて、刀獅郎に撤退の選択肢を与えない。

弾倉が抜け、弾を込める音がある。刀獅郎は激痛を堪えて、無理矢理に疾走した。そして刺客に急接近して野太刀を振りかざし、次の銃声を聞かぬまま、二つに切断された死体を作り上げた。死体は大量の血を噴射していた。


刀獅郎は周囲の安全を確認して、傷の手当てに着手した。ジャケットから多機能ナイフを取り出し、血に濡れたズボンを脱ぐ。負傷した大腿部に切り込みを入れた。


「クッ……! 畜生め!」


巨人は先端巨大症を恨んだ。埋もれた弾丸を見つけるためには、この分厚い肉を深く掘らなければならなかった。やがてナイフをピンセットに持ち替えて、弾丸を摘まむと、痛みを呪いながら、引き抜いた。巨人はしばらく呼吸を整えた。呼吸を整えながら縫合用の糸と針――刀獅郎の大きな体格に合わせた特注品だ――を取り出した。それらを器用に結び、深呼吸をして、傷口を縫い始めた。針を刺すたびに痛みが走るが、無言で縫い続けなければならなかった。

さて刀獅郎は夜の闇と静寂の中で、刺客から逃げ延びてチェンソー・サムライのところへ行かなければならない。15分ほどで処置を終え、刀獅郎は小さなフラスコに入ったアルコールで消毒した。そして巨人は痛みを無視して立ち上がり、路地を歩き出した。


通りに出ると、3人の大柄な男と遭遇した。どれもタイトなスパンデックスのボディスーツを着て、筋肉質で、斧を持っている。刀獅郎を待ち伏せしていたのは明白だった。


「我々は怒りの戦士。我々の怒りは、お前の肉を引き裂くだろう」


体格はともかく全員が刺客である。突然、斧が振り下ろされて、刀獅郎は野太刀で受け止めた。だが瞬く間に、刺客の凄まじい蹴りが腹に食い込む。その衝撃を、防弾チョッキがいくらか吸収したが、巨人の体が後方に押し出されるほどだ。刀獅郎は、それから何度も襲いかかる斧を受け止め続けるが、巨体が生み出す斧の攻撃エネルギーは野太刀を圧倒している。不意に、刺客の1人が味方の肩を使ってジャンプ攻撃を仕掛けた。刀獅郎は先と同様に野太刀で受け止めようとした。しかし不可能だった。斧の衝撃で野太刀が折れたのだ。そして斧の刃が刀獅郎の肩に食い込んだ。斧は肩の鎧を切り裂いて、肉にまで到達する。2人の刺客が、刀獅郎の左右から斧を振りかざしているのが見えたが、刀獅郎は無力だった。2本の斧は彼らの思惑通りに刀獅郎の脇腹へ、水平方向に衝突した。刃はレブメタル製のジャケットと防弾チョッキの層を突破して、肉体へ食い込んだ。


「ああああああああああ!!!」


比類なき激痛に吠え、刀獅郎は肩の刺客を掴み上げて地に叩きつけた。その刺客は目前の1人と激突し、2人は地面に崩落した。残りの1人が刀獅郎の脇腹から斧を引き抜いた。刀獅郎はすぐさま反撃を試みたが、肩の斧がそれを阻む。そこで巨人は空手の修行を思い出し、瞬時に拳を握って山突きを繰り出した。上段と中段の同時攻撃を、刺客はかわすことができない。巨人の両拳が刺客の顔面と腹に食い込んで、刺客は後ろによろめいた。その効果に、刀獅郎は嘲笑せざるを得ない。

刀獅郎は身体から斧を引き抜いて放りやった。痛みと流血の災いを受けながら、チェンソーを手に取って、起動させた。


「俺は苦しみを救う者! 俺の怒りは小さな百刃の中で燃えている!」


轟音のチェンソーが掲げられる。地面に転倒した2人は、武器を取り戻そうと後方へ宙返りし、3人全員が刀獅郎に向けて再突撃を開始する。2本の斧が刀獅郎の胸を襲い、チェンソーがそれを受け止める。高速回転する刃は鋼の斧頭を突き刺して、半分ほど沈み込んだ。3人目の刺客は飛び上がって、斧で刀獅郎の頭を狙った。刀獅郎はそれを見るや否や、渾身の力で、斧が刺さったままのチェンソーを2人の刺客ごと振り上げた。 チェンソーは空中で斧と衝突し、火花を散らしながらせめぎ合う。そして刀獅郎が力を加えたことにより、高ぶったチェンソーは斧頭を切り裂き、即時、その刺客の首も切り落とした。

残った2人は、態勢を立て直すか、撤退するか、判断する間もなくチェンソーに襲われた。轟く刃は2人の腹部を容易に切り裂く。腹から血や内臓が飛び出して、2人は支離滅裂の腸を両手で抱え込みながら、膝から崩落した。

刀獅郎は憤怒にまみれた顔で2人を見下ろした。そしてチェンソーを振り上げて、2人の首を切り落とす。猛烈な血しぶきが上がる中で、刀獅郎の呼吸が荒ぶる。


「怒りの戦士たちよ、地獄に落ちろ! 俺の燃え盛る太陽のごとき怒りに比べたら、貴様らの怒りなど焚き火程度だ!」


そして刀獅郎はチェンソーのスイッチを切った。

壊れた野太刀を手に取る。彼はそれを見つめて、静かに言った。


「申し訳ありません、先生。俺はまた折ってしまいました」


そうして刀獅郎は折れた武器を鞘に納めた。その時、小さな足音の気配がした。もはや聞きなれた音であった。睨みを利かせて振り返ると、50人以上はいるであろう、多勢の刺客がいた。全員が赤を基調とした刃物を装備し、軍隊のように列を成して立っていた。

その中の1人が、一歩前へ出る。彼の武器は鋸目のような刃を持っている。


「我々は取引の戦士。お前に死に方を選ぶ権利を与えよう」


「俺の死に方を選ぶだと?」


刀獅郎はわざと聞き返した。もし無傷なら、問答無用で切り捨てようとしただろう。


「そうだ。我々はお前に選択肢を与えよう。斬首による即死はどうだろう。もしお前が、現代を生きる真の侍であるなら、勇んで切腹も出来よう。その時もしお前が望むのなら、我々が介錯人となり、お前の武士道を尊重しよう」


言わずと知れたことであるが、刀獅郎の武士道に対する侮辱でもあった。まったく不可解な連中に神聖な儀式をさせるなど、一体誰が許すのか。無論、彼にとっての名誉の死とは、何者かが自分を討ち取るその瞬間まで戦い続けることである。

現代を生きる侍は、チェンソーと共に生きている。刺客は、刀獅郎の返答を理解した。


「では次の提案だ。もしお前が望むのなら毒を差し上げよう。お前は何の苦痛もなく、穏やかに死ぬことが出来る。これは、お前に安らぎと受容の瞬間を与えるものだ」


そう言って、刺客はポケットからボトルを取り出して数歩前に出た。刃をしまい、両腕を上げた後、ゆっくりとボトルを地面に置いた。後ろに下がり、敬意を表するように頭を下げた。刀獅郎はわずかにボトルを見やった。中身は毒だと推測する。


「最後の提案は、お前が我々の手によって過酷な苦痛の中で果てることだ。お前の選択が何であれ、我々はお前の遺体に敬意を払い、それを、お前を愛する者の元へ届けよう。さあ、決めるのはお前だ、ワトソン・刀獅郎」


刀獅郎はしばらく無言を保ち、考えるふりをした。もう少し時間が欲しかったからである。


「……聞いていいか、なぜあの子供たちを誘拐したのか。そして何ゆえ俺は死なねばならないのか。これは、死にゆく男の最後の願いだ」


「……よろしい。誘拐したのではない、我々はあの子供たちを救ったのだ、ワトソン・刀獅郎。あの子たちがこの街で、貧困に苦しむことがないように」


「馬鹿を言え」


「まさか、我々はしごく誠実だ。我々は、子供たちをこの壊れた街から連れ去るのだ。そう、砂漠の荒れ地へ」


「オメガ・ウェイストだと!? そんなことがあってたまるか! あそこがいかに残酷な場所か知っているのか!? 子供たちは全員、突然変異で死ぬか、餓えで死ぬぞ!」


「その通りだ。だが、その過酷な場所で生存した者には価値がある。それは証明済みだ。オメガ・ウェイストは、弱者を排除し、強者を育む場所。そう、お前自身が証人だ」


刀獅郎は即刻声が出なかった。


「……どういう意味だ?」


「ハシャシンは長い間お前を見ていた。それは、お前の死の旅路を観察することと同義だ。オコネルへの復讐の探求。旅人サイレント・ウルフとの出会い。ニューヨークへの到着、そして破壊。ライガー・クランとの出会いと、ライガー・キングとしての君臨。そしてお前はオールド・シカゴの悪夢に至る」


「馬鹿な! な、なぜそれを知っている!?」


これほどまでに理性を強打されたのはいつ以来だろうか。

刀獅郎は愕然とした。そして疑問の高波が押し寄せて巨人の脳内で大渦となる――彼らは何者なのか? いかなる犯罪組織なのか? 自分の過去を知った手口とは――しかし、刀獅郎が口を開く前に、刺客が言葉を放った。


「さあ、質疑応答はここまでだ。ワトソン・刀獅郎よ、お前の運命を選ぶがいい」


刀獅郎はチェンソーを構えた。呼吸は整っている。もはやこれ以上の情報は不要であった。

刀獅郎は静かに威嚇した。


「死は刀、怒りは鎧。正義は俺の肉体だ。俺にとってはどうでもいいことだが、お前達の神に慈悲の心があらんことを」


「……なるほどワトソン・刀獅郎。お前の選択に失望はしない。多くの者が我々の選択を受け入れてきた。お前は我々の尊敬を得ている。我々の命がお前のものであろうとなかろうと、お前はそれを勝ち取らねばならないだろう。さあ、オールド・シカゴの戦士よ、武器を構えたまえ」


刺客らが一斉に武器を構える。空中で何十もの武器が歌うように金属音を鳴らした。そして戦いの幕が切って落とされた。刺客たちは訓練された連携をとって巨大な侍へ突撃を開始する。


「あああああああああああああああああああああ!!」


刀獅郎はチェンソーとともに、荒れ狂う猛獣の雄叫びを上げた。

リビング・スラッシャーが突進する。赤い眼光は彗星のごとく尾を引き、侍は、刺客の軍勢に怯むことはない。

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