第4話
チェンソー・サムライは、金属製のボディを敵に向けて構えた。飛行物体が接近し、それらの姿が徐々に露わになる。タービンの轟音は鼓膜を引き裂きそうなほどだった。
敵のウォーマシンの姿は巨大な人型旅客機を連想させた。両肩に翼とタービンを備え、頭部と胸部、腹部の区別はほとんどなく、飛行機の巨大な機首から手足が直接生えたようなシルエットである。下半身は人型で、デフォルトマシンに比べるとやや小さい。前腕も指も長方形で、両手にはそれぞれ鉈(ナタ)を連想させる武器を握っていた。高さはいずれも、チェンソー・サムライの3分の1程度である。
「サムライ! 死ぬ時がきたぜ!」スピーカーからパイロットのギャングの声が聞こえた。
2機のマシン――エアプレイン・ウォーリア――がチェンソー・サムライに向かった。ロボットサムライがそれらを受け流すと、2機は武器を振り回した。
「ソデ・ミサイル!」刀獅郎は叫んだ。するとコンピューターが大きな音を出して、ディスプレイ上のミサイルマークに『X』の印を表示した。
「ごめんなさい、ミスター・ワトソン。軍需工場が、2発目を打てるだけのミサイルを生産できなかったんです」申し訳なさそうにアリシアは言った。アリシアは、刀獅郎がミサイル不足の件で、何かしらの八つ当たりをするだろうと恐れて言ったのだ。
「おしゃべりはいい!」とハクは言った。「来るぜ!」
刀獅郎はロボットを操作して、2機のエアプレイン・ウォーリアを押しのけた。その隙に他の1機が武器を突き立てて突撃し、退いた2機は互いに反対方向へ横跳びした。チェンソー・サムライは突撃をかわすと、そのエアプレイン・ウォーリアの機首を掴んで捉えた。すると突然、4機目の敵ロボットがサムライの背後をとって襲撃した。2本の鉈が、チェンソー・サムライの背中にめり込んで鎧を切り裂く。刀獅郎は唸った。早急に背中のチェンソーを掴んだが、機首を掴まれたエアプレイン・ウォーリアが、ここぞとばかりにサムライのコックピットを蹴り飛ばした。その衝撃で、刀獅郎は後方に吹っ飛んで背後のスクリーンに激突する。チェンソー・サムライがよろめき、刀獅郎も同様に倒れて吐血した。刀獅郎はチェンソーを起動して反撃を試みるが、いまや敵は数千フィート上空を飛行している。斬ることは出来なかった。
「ハハハ! おい、あのチェンソー・サムライを捕えろ!」パイロットの一人がスピーカーを通して言った。
「空で俺たちを倒すことは不可能だ! 囮のためにミサイルを無駄遣いしてくれてありがとよ! 行くぞ、お前たち!」と別のパイロットが言った。
そして4機のエアプレイン・ウォーリアは上空で一直線に編隊を組むと、加速した後にU ターンして、チェンソー・サムライに進路をとった。チェンソー・サムライは、チェンソーと刀を二刀流のように構えて迎え撃つ。やがて4機の敵は直線を崩し、先頭以外の3機は各々別方向へ散開した。
チェンソー・サムライは刃を旋回させて、まず1機目のエアプレイン・ウォーリアの鉈と対峙する。
「刀獅郎さん! 左!」とスミレが叫ぶ。
その言葉に、サムライがチェンソーを左へ急速旋回すると、次の1機の鉈と衝突した。チェンソーの鋭利な牙が無数のスパークを散らしながら鉈を削り、切り裂いて真っ二つにした。
「右です! ミスター・ワトソン!」と叫ぶアリシア。
「いや、だめだ、刀獅郎!」しかしハクが止めた。
「わかっている!」チェンソー・サムライは大声で返答し、体勢を立て直そうとする。
残る2機のエアプレイン・ウォーリアがチェンソー・サムライの背後と右側を飛行する。刀獅郎は、その2機が再度側面に回り、体勢を整えようとすることを予測していたにも関わらず、2機はあまりにも速かった。敵はいとも簡単にチェンソー・サムライに突撃し、鉈をサムライの鎧へ突き刺す。傷口から火花と金属が飛散して、サムライの構成要素である液体と化学薬品も同時に漏れ出した。機械の侍は、その鉈を持つエアプレイン・ウォーリアを蹴り飛ばし、右側のもう1機へ振りかぶる。しかし、それは手ごたえのない攻撃のまま、エアプレイン・ウォーリア全機は急速離脱し、上空へ飛び去っていった。そして飛行ロボットはサムライを見下すかのように彼の周囲を旋回した。
「ハハッ! 俺たちを攻撃しようもんなら、お前自身が隙だらけになるぞ!」ある敵のパイロットが、まるで小学生のいじめっ子のように嘲笑った。
「どうやら俺たちの勝ちだな。お前ら! もう一回攻撃すりゃあオールド・シカゴの悪夢を倒せるぞ!」
エアプレイン・ウォーリアが二つの意味で舞い上がって、次の攻撃態勢を整える間に、刀獅郎は己の選択を見出そうとした。しかし、敵機体はチェンソー・サムライ以上の機動力を持つゆえに、選択肢は絶望的だった。間もなく刀獅郎は、チェンソー・サムライの長距離兵器についてハクと話したことを思い出す。ミサイルには限りがあるが、エネルギーは十分にあった。
「さあ、来てやったぞ、サムライめ!」敵のパイロットの一人は意気揚々と言う。
「刀獅郎! タイガーアイズを使え!」ハクが言った。その言葉に少し遅れて、スクリーンに回路図が表示される。チェンソー・サムライの顔面図だ。テキストボックスに繋がる円や線が、今まさに必要な情報を表示していた。
「待ってハク! それはまだ準備が出来ていないわ!」しかしアリシアは叫んだ。
「いいからやれ!」ハクは切り返す。
4機のエアプレイン・ウォーリアはエンジンをいっそう回して、次の攻撃態勢へ入った。だが刀獅郎は、ポケットからタバコを出して火をつけ、ハクの言う新兵器のマニュアルに目を通していた。4体の飛行ロボットは、驚異的な速度でロボットサムライへ向かっていく。
刀獅郎はメニュー画面を閉じた。顔を上げ、敵パイロットとそのロボットを、真っすぐに見据えた。
刀獅郎は言った。「タイガーアイズ」 その口からは煙が噴き上がっている。
すると、チェンソー・サムライの顔面から水蒸気と煙が発生し、目が発光した。やがてその目は紅に染まり、まるで虎がうなっているような低重音を発すると、次の瞬間、両目から2本の強力なレーザーが発射された。2本のレーザーは1機のエアプレイン・ウォーリアに命中した。被害箇所からガスが漏出して、引火し、やがてエンジン部分を巻き込んで大爆発を引き起こした。炎上するロボットは飛行能力を失い、ふらふらと蛇行して味方機に激突する。そこから更に爆発が発生して、2機とも地上に墜落した。
レーザーを免れた2機が互いに距離をとったので、チェンソー・サムライは片方に狙いを定めた。チェンソー・サムライは、照準を合わせると、再度レーザーを発射する。一発は外れ、一発はエアプレイン・ウォーリアの機首の中心に直撃した。レーザーは飛行機型の頭部を切り裂いて、爆発させた。
最後の1機のパイロットは、ロボットを加速させながら「クソが!」と吐いた。
再びタイガーアイズの発射準備をする刀獅郎に躊躇はない。チェンソー・サムライは、最後のエアプレイン・ウォーリアに向けてレーザーを放った。するとその時だった。突如、光の壁が敵機前方に出現した。六角形の幾何学模様の壁がレーザーを受け止めて、攻撃を阻止したのである。
「何だ!?」ハクは声を上げ、そして頭を抱えた。「クソっ! こんなのもっとありえねぇ! チェンソー・ギャングは一体どこでH.C.シールドを手に入れたんだ!? あれはずっと使えなかったはずだろ!」
「H.C.シールドって?」とスミレは聞いた。
「“HoneyComb Shield”の略よ」アリシアは答えた。
戦場ではチェンソー・サムライが最後の1機に向け、タイガーアイズを繰り返し発射していた。しかし、H.C.シールドはその攻撃を阻止し続けた。
やがて刀獅郎はレーザー攻撃を諦めて、サムライにマスクをかけ直させる。
「よくやったなぁ、サムライ! だが、本物のH.C.シールドを撃ち抜くことはできねぇぜ!」と敵のパイロットは嘲笑して言う。
敵機が接近した。サムライは、チェンソーと刀を持って敵のロボットの刃を受け止める。
「覚悟しな、サムライ!」敵のパイロットは自信に満ち溢れ、続けて言った。
「そうだサムライ、お前を殺す前に伝言がある! オコネルが、親愛なるお前によろしくってな!」
「……オコネル?」
刀獅郎はその名前を冷淡に言った。そして両目に怒りの閃光が疾駆した。両手の武器を落とし、チェンソー・サムライは憎悪と激憤で肺の全ての息を吐き出すと、突如、敵機の腕を掴んでギャングを動転させる。
「オコネル!?」
刀獅郎は狂った猛獣のような咆哮を上げた。そして、まるで彼の激しい怒りに同調しているかのように、ロボットは勢いよく敵の腕を引きちぎる。パイロットはH.C.シールドを展開しようとしてパニックに陥った。激情をまとったサムライの手がH.C.シールドを勢いよく貫いて、ウォーマシンの機首を掌握すると、光のシールドは粉々に砕け散った。巨大ロボットの握力と指力は機首の装甲を歪ませ、金属がきしみ始めた。一番の狂人はロボット自身であるかのようにも見えた。
チェンソー・サムライは、掴んだ敵を自身の胸元に近づけた。突然、チェンソー・サムライのコックピットが開いて、刀獅郎が姿を現す。
刀獅郎はためらいなく、ウォーマシン機首の頂上へ向かって飛び降りる。その想像を超えた狂気の行動は、パイロットをただただ唖然とさせた。すぐにパイロットは飛び立とうとしたが、サムライロボットは機体を掴んだまま離さない。しかしそのせいで刀獅郎は着地点から外れて、敵コックピットとは逆の方側へ落下した。
「ハ、ハハ! サムライは飛べねぇってことを忘れたのかよ!?」
刀獅郎はすぐさま野太刀を抜いて、エアプレイン・ウォーリアの脇腹へ突き刺した。大きな金属音が刀獅郎の聴覚を鋭く刺激して、巨大な男は辛うじて野太刀にしがみつく。そのまま滑り落ちて、やがて野太刀は装甲に刺さったまま停止した。
刀獅郎は頭の中でイメージした。サムライロボットの手が、自分を敵コックピットまで押し上げる様を。ところが、チェンソー・サムライが手を動かし始めた時、エアプレイン・ウォーリアは突然、後方に推進して脱走を図った。野太刀を握りしめる刀獅郎は、突如として左からの大きな衝撃エネルギーをくらった。怒りと決意が、刀獅郎の胸中に湧き上がった。刀獅郎は背中のチェンソーを取って、始動させる。チェンソーは轟音をあげて敵の装甲に食らいつき、回転しながら刀獅郎と共に上昇を始めたのである。
その様子をコックピットのスクリーン越しに見ていた敵パイロットは、この状況を理解できなかった。彼は“ロボットに乗り、戦うよう訓練されている”のだから当然である。
スクリーンには、コックピットの上にそびえ立つ巨人の姿があった。強烈な憎しみに顔を歪めて、轟々とするチェンソーを振り上げる。パイロットは慌てて操縦桿を握るが、遅かった。金属の激しい切断音と共に、高速回転する刃がコックピットに侵入してくるのである。しかも、徐々に、徐々にだ。パイロットはロボットを操作しようにも、サムライロボットが捉えた敵機を開放するはずがない。やむを得ず彼は、エアプレイン・ウォーリアを激しく揺さぶり、巨人を振り落とそうとした。だが、奇跡は刀獅郎の味方をした。パイロットが操縦席に腰を落とそうとする間にも、回転するチェンソーの刃は、コックピットを上から下へ切り裂いていく。まるでパイロットを左右真っ二つにするかのように、ちょうどコックピットの真ん中を切り裂いた。そしてとうとうコックピットは、強靭な素手で勢いよく突き破られた。血にまみれた巨大な手が侵入し、パイロットの首を掴むと、強引にコックピットから引きずり出した。敵パイロットは、シートベルトが未装着であったことを悔いた。
「ガッッ……!」呼吸困難になったパイロットのヘルメットが、巨人に引きはがされる。
敵パイロットはオールド・シカゴ郊外の荒れ地に住む典型的なミュータントだった。頭部は小さいが、その一部はパイロットのヘルメットがフィットする程に大きく変異している。片目が異常に大きく、もう片方は異常に小さい。そして衛生状態の悪い黄ばんだ歯。彼がウェイストランド出身であることを、如実に物語っていた。そのミュータントの両目は怯え切っていた。
「降参する!」
ミュータントは、首を掴まれたまま体を宙に持ち上げられて、なんとか告げた。
「オコネルはどこだ!」
巨人の声は悪魔のようで、金属的で、驚異的な音圧であった。ミュータントは刀獅郎から逃げようともがくが、巨人によって金属に叩きつけられた。そこに大きな窪みができ、ミュータントは激痛に身悶えする。
「奴の名を言っただろう! オコネルはどこだ!」刀獅郎の両目は真っ赤に光り、大声で叫んだ。ミュータントのパイロットは震えるだけだ。やがて絞首の握力が弱められると、呼吸を戻して両手を合わせ、懇願した。
「た、たたた、た、頼む! か、かん、勘弁してくれ! お、お、おれ、俺は知らない!!! 俺は、メカニックの一人から、メッセージを、う、受け取っただけだ!」
恐怖に支配されたミュータントはしどろもどろに答えるも、刀獅郎の怒りは加速する。
「メカニックだって?」そこで声を上げたのは、巨人の尋問を傍聴しているハクであった。
ハクは彼の言うメカニックについて興味を示した。ハクは、オールド・シカゴ以外の人間が正規のウォーマシン・メカニックであるはずがないと思っている。一体誰がこの巨大マシンを修理し、構築しているのか、ハクはそのテーマを掘り下げたいと考えたのだ。
突然、刀獅郎は敵パイロットの顔を再び金属に向けて激しく打ち付けた。
「嘘をつくな! 貴様は奴の居場所を知ってるんだろう! クソ野郎! 知っているはずだ!!」
刀獅郎は握力を強めた。窒息させてしまうほど締め付けると、パイロットは激痛で表情筋のあらゆる繊維が飛び散りそうになった。
「カァッ! 頼む! やめてくれ! 息ができねぇっ! 本当に知らねぇんだ! オコネルはめったに姿を見せねぇから! オコネルの命令はっ、代理人を通して与えられるからっ!」
「嘘をつくな!」
刀獅郎は首から手を放し、今度は頭を掴む。そして金属に叩きつけた。繰り返し叩きつけて、金属をさらに窪ませる。ミュータントは悲鳴を上げるだけだ。彼の口内は折れた歯と血にまみれていた。
「やめろ刀獅郎! そいつから何か情報が聞き出せるはずだ!」ハクがチェンソー・サムライのスピーカーから叫んだ。
「オコネルはどこだ!」しかし刀獅郎はハクを無視した。
そして、パイロットをコックピットに投げ込む。悲鳴を上げるだけのパイロットの背中には、コックピットの破片がいくつも刺さっていた。頭部の外傷はひどく、彼は耐え難い痛みと混乱を同時に味わっていた。
「アリシア、すぐにコントロールを無効にしろ!」ハクが叫ぶ。
瞬時にアリシアはキーボードを打った。彼女の画面に、“リリース”の文字とローディング画面が表示される。しかし次の瞬間、エラーが発生した。アリシアは様々な方法でコントロールしようとするが、何をしてもエラーが起こってしまう。
「制御できない! 何度やっても受け付けてくれないわ! 何かが私を追い出そうとしている!」叫びながらも、アリシアは手を休めずに試行を繰り返している。
「GBコントローラーだ! 精神を使って無理やりこっちの指示を追い返してやがる!」そこでハクは裏技を使って刀獅郎のコントローラーを無効化しようとした。だが、結果に変化はない。
「クソ刀獅郎め! あのパイロットは生かしておくべきだろうが!」
チェンソー・サムライのコントロールを戻すために、ハクは必死に他の方法を試した。一方で刀獅郎は従兄妹の通信を無視しながらチェンソーの準備をした。半ば失神したパイロットはそれをおぼろげに見ていたが、やがて巨人が残酷な方法で自分を殺すのだと知覚して、再び恐怖の悲鳴をあげた。
「俺は知らないんだ! 正直に言うと、俺はオコネルがどこにいるかも知らねぇ! だから殺さないでくれ! 頼む! 知ってることは全部話したんだ!」
懇願する顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、まるで怯えた子供の号泣だった。
刀獅郎は歯を食いしばり、口から涎を垂らしている。パイロットはロボットの操縦桿に手を伸ばすが、野太刀が操縦桿を貫通する方が早かった。刀獅郎は言った。
「チェンソー・ギャングには悪魔しかいない! 窃盗、破壊、殺人、それだけだ! お前らは苦痛を与えるだけの存在だろうが!」
チェンソーの刃が、震えるパイロットに近づいた。
「刀獅郎やめろ! そいつを殺しちゃだめだ!」ハクは命じたが、従兄妹は聞く耳を持たない。
「貴様らが全員死ぬまで俺に安息はない。必ず全員を地獄に送ってやる!」刀獅郎はチェンソーを敵の股間に押し付けて、声を張り上げた。
「ええええあああああああ!!」彼はミュータントであるが、死への絶叫は、刀獅郎のかつての犠牲者たちのそれと何も変わらない。
コックピットのシートと操縦桿に温かい血肉が飛散し、パイロットは声帯が破壊されるほどの声を上げた。刀獅郎はその頭をつかみ、チェンソーで腹部をゆっくりと切り裂いていく。刀獅郎の手に爪を立てて、皮膚や肉を懸命に搔きむしる手があった。無論、巨人が止まることはない。彼は吐物と血でむせ返り、呼吸困難を起こし、血の混じった胃酸が喉を焼く。それが意識的に視認できたものは、ワトソン・刀獅郎の憎悪に満ちた紅の瞳であった。赤い光を見つめるそれを、死は、容赦なく連れ去って行く。
己の職務を完遂した巨人は、立ち上がって、死の姿を見下ろした。パイロットの下半身と上半身は原型を留めない血まみれの肉だった。座席に腸がぶら下がっている。二つの眼球は後頭部に巻きついて転がっていた。恐怖と苦痛で支離滅裂になった表情が、異形の顔を塗り替えるようにして張り付いて凝固していた。
コントロールルームにいるスミレは画面の前で怯えていた。彼女は、チェンソー・サムライが起動してから今までに起こったことを、画面越しに全て見ていたのだ。それは当然、刀獅郎が命乞いをする哀れなパイロットの拷問シーンも含まれる。スミレはいつも、刀獅郎に関する逸話のほとんどを、嘘か誇張されたものだと思っていたが、今日の刀獅郎の姿を目の当たりにして、その考えを改めた。不意に肩に手が置かれた。手が触れた瞬間、スミレは恐怖で飛び上がった。まるで説話通りに、刀獅郎が自分の背後にテレポートしたのだと、無意識に思ってしまったのだ。
振り返ると、手の主はハクであった。
「あいつが味方だってことに感謝しなよ」ハクはスミレを慰めようとしたが、あまり上手ではない。
「刀獅郎さんは、どうしてこうなの?」震えるスミレは、再度画面を振り返ることができなかった。
「人生があいつを何度も壊したんだ。普通の人間が経験する以上の数を、な」ハクはタバコを吸いながらそう言った。「そして憎しみと怒りだけが残った。あれは怪物なんだよ。ありがたいことに、あいつは善のために戦ってる」
スミレが恐る恐るスクリーンに視線を戻すと、死体の上に未だ直立する刀獅郎の姿が映っていた。スミレは最初は、チェンソー・サムライの活躍を見たかっただけだった。だが今になって思うのは、見たかったものは怪物ではなく、ロボットだったということだ。
数時間後、チェンソー・サムライのロボットが格納庫へ戻った。修理用ドローンが巨大ロボットをスキャンして破損状態を確認し始める。ワトソン・刀獅郎はロボットを降りて、コントロールルームまでの長い道のりを歩いた。コントロールルームにアリシアとスミレの姿はなかった。ハクが一人でドローンを操作しているところを、刀獅郎は見つけた。そして、黙ったまま――刀獅郎は無言で接近することが恐ろしいことだと気付いた。彼は犠牲者にそうしてきたのだ――ハクに近付いた。
「彼を生かせと言っただろうが」ハクは冷酷な口調だった。刀獅郎は、ハクが自分の存在を察知していたことにも驚いた。
「それはできない。お前も分かっていただろうに」
刀獅郎はでき得る限り、静かに、優しく述べた。しかしハクにその試みは通用しなかった。刀獅郎の口調には、わずかに不機嫌の成分を含んでいたのだ。
「あれが生きていれば、アタシたちは多くの情報が得られたんだよ」
「奴はチェンソー・ギャングの下っ端だ。しかも最下層のな。重要なことなど何も知らない」
「あれが平凡なパイロットじゃねぇってのは明らかだったろ、刀獅郎。彼は完全体の第2世代のウォーマシンを操縦していた。アタシはね、あれはもう存在しない技術だと思っていた。彼は少なくとも、何かしらの手がかりアタシたちにくれただろうに」
「奴は罰を受けなければならなかった。ギャングどもは全員死ぬべきだった」
「馬鹿野郎が!」
ハクの怒声が飛んだ。彼女は立ち上がって椅子を脇に蹴飛ばし、刀獅郎に向き直った。二人の従兄妹の背丈を比べると、ハクはとても小さい。しかし、まるで対等に向き合っているかのような迫力を、ハクは持っていた。彼女は大声で続ける。
「どうかしてるぜ、この大馬鹿郎! なぜ大局を見ようとしない!? 彼を尋問していれば、チェンソー・ギャングについて何か情報が得られたはずだ! アタシたちは、奴らの拠点の場所だって知らない! どんな活動をしているのかも知らねぇんだ! 奴らは自分たちのウォーマシンを一体どこに運んで整備しているんだ? そもそも誰がウォーマシンを修理してんだ? どんな技術や設備を持っている? 刀獅郎、アタシたちは奴らの名前すら知らねぇし、ヒントや手がかりもねぇ! あんたが、それを得るチャンスを台無しにしたんだよ!」
ハクは深く呼吸をした。一息もつかずにそう怒鳴ったのだ。しかし、刀獅郎は動じることなく、静かにハクを見下ろすだけだった。
ハクの怒りは収まらない。コンピューターコンソールの方へ歩き、その下に手を伸ばした。大幅にカスタマイズされたホバーボード――まるで3枚のホバーボードを再構築したような外観だ――を取り出す。その上に飛び乗ると、ホバーボードは5フィートほど宙に浮いた。通常のホバーボードはせいぜい半フィート程度の浮遊しかできない設計だが、ハクは独自の設計を用いてそれをアップグレードし、このような飛行能力を得た。
「もういい、忘れてくれ。話は終わりだ。他に話すことがねぇなら、アタシの視界から消えて、ハンガーから出て行け」
ホバーボードが赤い侍型ロボットに向かって飛行を開始し、ハクは前方に意識を集中した。彼女はポケットから丸いデバイスを取り出し、握りしめた。するとそれは発光して、空中に損傷したチェンソー・サムライの3Dホログラムを映し出した。透明な回路図の向こうにコントロールルームが見える。ハクは、刀獅郎の姿が消えたことを確認した。
自分のロボットの破損や問題点を調べながら、ハクは安堵の息を吐いた。
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