第3話
早朝、スミレは頭痛を伴って起床した。眠気が取れないまま部屋を出ると、そこではアリシアがまだ抱き枕を抱えて眠っている。ハクはいつものように部屋にいなかった。
スミレは合成オレンジジュースを飲もうと休憩室に向かい、ジュースをグラスに注ぎながら、昨日の、刀獅郎のことを考えた。
リビング・スラッシャー――刀獅郎との会話を思い出してみると、昨日は驚くべき日だったとスミレは思う。まさか、シカゴの悪夢と呼ばれる男と他愛もない会話をすることになるとは。
正直なところ、彼はいい人だとスミレは感じていた。心配事があるとすれば、昨日部屋を後にしてから、刀獅郎の独り言と叫び声が聞こえたことだ。あれは、彼の心の痛みだったはずだ。
あの時、スミレは彼が何を言っているのかよく理解できなかったが、最後に彼が放った言葉だけは理解することができた。
「これでいい。俺に価値などいらん。ただ苦しみを持つだけだ。俺の罪を清めるためには、ただ惨めさだけがあればいい」
もしかしたら、その怪物はただの人間なのではなかろうか。伝説と真実は本来無関係であり、彼の惨殺性は過度に誇張されている可能性もある。彼の赤く光る目、サイバネティックボイスボックス、長身、チェンソーなど、彼の身体パーツが恐怖を広め、今日の恐ろしい物語を生み出しているのだ。この死んだ都市には聖者がほとんど存在しないために、スミレは、ある程度の殺人を許容できた。この死都では時として、殺すか、殺されるかを強要される。
スミレは想像話とワトソン・刀獅郎という人間について深く考えながら、いつのまにかジュースを紙パックから直接飲んでいた。
突然、警報装置が鳴り響いた。大きなブザーが3秒おきに鳴る。非常用のドアがガレージを閉め出すと、非常灯が点滅し始めて、ホール一帯を真っ赤に染めた。
「アリシア! スミレ! 今すぐ地下に降りろ! チェンソー・ギャングのウォーマシンだ!」内部通話装置からハクの大声がする。
スミレは慌ててオレンジジュースを冷蔵庫に押し込むと、深く息を吸って、吐いた――そのために何度も繰り返し練習してきた。精神的な準備が整うと部屋に戻り、ジャンプスーツを着てエレベーターに向かう。そこにはいかにも眠たそうなアリシアがいた。しかしスミレは興奮していた。この瞬間をずっと待っていたのだから。
「行こう! 行こう!」とスミレは言ってエレベーターに乗り込む。まだ少し夢の中にいるアリシアが、最下階へのボタンを押そうとした。
突如、ドアが閉められて、エレベーターは想像を絶する速度で落下を始めた。まったく想定外の現象にスミレとアリシアは驚愕するが、あまりの急加速に二人はエレベーターの天井に激突する。
「きゃあああああああああああ!!!!」
まるで地獄の超高速ジェットコースターを体験しているかのような絶叫だった。速度が生み出すGフォースで口を閉じることができない。すると今度は、スピードが徐々に落ちていく。二人は羽のようにふわりと降下していくが、エレベーター内を半分ほど舞い降りたところでドアが開き、二人は地面に叩きつけられた。アリシアは何とか起き上がろうと手を外へ伸ばし、スミレはエレベーターの中の鉄棒につかまった。
「ううっ」
二人は立ち上がりながら痛みを訴えた。
地下室はサッカー場4つ分よりも広く、巨大だ。アリシアはもう慣れたが、スミレはいまだにその大きさに圧倒されている。
それはともかくとして、真に驚くべきは、その大きな地下室の大半を占める巨大なロボットの存在である。
二人は、ガラス張りのコントロールルームに駆け寄った。そこは最先端のコンピューターやモニターをはじめとした、多くのテクノロジーが詰め込まれている。ハクはメインコンソールで何かを打っていた。彼女のディスプレイには、巨大ロボットの複数の回路図、スケール、チャートが表示されている。
「二人とも遅刻だな」ハクは呻いた。
「遅刻ですって!?」とアリシアは言った。
「あのエレベーターのせいよ! 間に合わなくなるところだったじゃない」とスミレ。
「なんでアタシがエレベーターをいつもの50倍の速度で作動させたと思うんだ?」
「ハク、誓って言うわ。そのうち、あなたのその態度に殺意が芽生えることをね」
アリシアはそう言って自分のコンソールに取り掛かった。スミレもすぐにキャスター付きのハイチェアに飛び乗って、自分のコンソールに滑り込む。
「コンピューターシステム、チェック! 金属骨格構造は安定! GBコントローラー問題なし! ミニリアクター1から3まで安定。ここは異常なしよ!」アリシアは回路図をチェックして声を上げた。
「シンヘリウム満タン! レブメタル安定! 骨髄バルーンの漏れは未検出! こっちも全部問題ないよ!」スミレは心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。サムライ・メカニックのクルーとして、今回が初めての仕事なのだ。
「よし!」ハクは言った。「デバッグ完了! アップデート完了! 全てのシステムをクリア! ハッチ開放!」
スミレは興奮して椅子の上で飛び跳ねた。天井を覆う巨大で重厚な扉が開いていく。朝日が地下を明るく照らす。スミレはいよいよ巨大ロボットの全貌を見た。まるで自分が歴史の一部になったような感覚だった。
ハクは最後の仕上げをする。
「ソデ・ミサイルハッチ装填完了! マローダーチェンソー給油完了! タイガーアイズフル稼動! カタナレーザー研磨完了! 武装は全て装備完了! チェンソー・サムライ、上昇!」
仕上げが整うと、巨大なプラットフォームが上昇を開始する。そこには巨大な侍型ロボットが横たわっていた。いくつかの照明がそこへ近付かないようにとサインを送っている。修理用のメカニカルオーブは、持ち場から飛んで戻っていく。ロボットは天井のドアを超えて上昇し、やがて目に収めることができなくなる。スミレは椅子に飛び乗って、その様子を見ていた。
一方、外ではワトソン・刀獅郎がハッチの横に座っていた。彼の武器には、いたる所に血と肉が付着している。野太刀とチェンソーの手入れを終えると、遠方で26機のチェンソー・ギャングのウォーマシンが街へ向かっているのが見える。2マイル先だ。その時ハッチが開き、彼は、ロボットが地表に運ばれるのを待った。
ロボットの高さは少なくとも800メートルはあった。左右脚部は太い横長の長方形で、胴体、頭、腕、腰には、赤や金の鎧が装備されている。この鎧は、昔の武士の鎧である「鎧兜」や「胴丸」に酷似しており、全体的に侍の甲冑を思わせるフォルムだ。顔にはロボットの素顔を隠すための仮面がついていた。レブメタル製だが腕部はごつごつとして量感があり、幾分か不適当にも思える。腰には大きな刀、そして背中には巨大なチェンソーを装備していた。
「戦いの時が来た、兄弟よ」刀獅郎は言った。
巨大ロボットが起き上がる。そして刀獅郎をすくい上げようと腕を伸ばし、手を差し出した。巨大ロボットの手の上に、巨大な男が飛び乗る。ロボットの胸部の小さなハッチが開いた。ロボットが刀獅郎をハッチの中に落とすと、刀獅郎はきれいに着地する。そこはコックピットだ。刀獅郎が乗り込むと360度スクリーンが点灯し、ロボットの全方位カメラが捉えたもののすべてを映し出す。
「システムは良好だ、刀獅郎」
その画面の右側で、デジタルウィンドウに表示されたハクが言った。
「何も心配はいりません。もう大丈夫ですよ、ミスター・ワトソン」アリシアは自分のデジタルウィンドウが左側に表示されて、言った。
「ロボットを通じて景色が全部見える! すごーい!」と興奮したままのスミレは、自身のデジタルウィンドウが完全に刀獅郎の視界を遮ってしまい、敵の姿を隠した。
刀獅郎は唸った。同時に、開かれたスクリーン上のウィンドウが閉じる。
「ちょっと! 誰がウィンドウを閉じたの?!」とスミレ。
「刀獅郎だよ」とハクが呟いた。スミレは困惑してハクを見る。
「……でも、どうやって? 声も出してないし、体も動いてないし、何も合図を出してないじゃん!」スミレは混乱した。
「ミスター・ワトソンはね、ロボットの全機能を頭脳でコントロールすることができるの」 とアリシアは言った。
「え!? そんなのありえないよ! A&Oデー以前の高度な技術でも、そんなこと無理だもん!」とスミレは言った。
「うるせぇよ。いいからチェンソー・サムライの監視を怠るな」 とハクは言った。
スミレはスクリーンに集中しつつも、ブツブツと密かに小言を吐いた。
ハクのウィンドウが開かれる。
「おい刀獅郎。準備は出来てるか? 出来てるなら、ちゃんと言った方がいい」
ハクのその言葉は刀獅郎を不機嫌にした。刀獅郎には、このやり取りの必要性が理解できなかったが、何も言わずハクの望む通りにした。言う通りにするだけの借りがあったし、同情もあったからである。それがハクのために刀獅郎がしてやれることだった。
チェンソー・サムライの長方形の足が前方へ進み出た。
「ワトソン・刀獅郎! チェンソー・サムライ! いきます!」
巨大なエネルギーを持った一歩は地表に亀裂を走らせる。
チェンソー・サムライは敵の方角へ重々しく進行する。敵は先刻に数えた通り23機。チェンソー・ギャングのウォーマシンはどれも高さが400〜500メートルほどで、チェンソー・サムライよりもはるかに小型だ。それは、チェンソー・サムライのロボットがGen3(第3世代)ウォーマシンだからだ。
チェンソー・ギャングが持っているロボットは、Gen2(第2世代)のウォーマシンだ。ただし、“第2世代ウォーマシン”と呼ぶのはやや不正確である。それらは“デフォルトマシン”と呼ばれている。第2世代ウォーマシンと同じ高さだが、違う点はより安価で粗悪なパーツで作られていることだ。
デフォルトマシンは、本物のウォーマシンの操縦感覚を身につけるために、トレーニングを目的として設計されている。パーツの交換が容易で、予備の心配もほとんどない。ただし、それらの外見は非常に地味だ。地味で、無個性かつ平均的な人間のような姿をしていて、数種類の色があべこべに使われている。無論、そのつまらない外見のせいで、娯楽に使われることはほぼ皆無であった。これが本物のウォーマシンと大きく異なる点だ。ウォーマシンの場合は、そのロボットに独自のテーマやスタイルを持たせるのが常だが、その話はまた別の機会が良いだろう。
それぞれのデフォルトマシンは、パーツの配色がミスマッチである。A&Oデーの後、ギャング達は無事だったウォーマシンのガレージからあらゆるパーツを発掘し、使用したのだろう。
彼らは、おそらく団結すれば刀獅郎のロボットを破壊できた。だが、刀獅郎はロボットを使いこなしている。
「ソデ・ミサイル!」
刀獅郎が叫んだ。スクリーン上の複数の標的に赤いデジタルサークルが点灯し、『Lock-On』と表示される。そしてチェンソー・サムライの大袖とも呼ぶべき肩装甲の段々の層が、一つずつ開き、発射口の姿を露わにしていく。各層には30発ほどのミサイルが装填されていた。ミサイルは一発ずつ高速連射され、標的にターゲットに向かって飛行、着弾した。複数の轟音とともに金属パーツのひしめく悲鳴が上がる。大破を免れて移動を続けるウォーマシンもあったが、ミサイルは8機を葬った。
「ドー・ミサイル!」
次に刀獅郎が叫ぶと、チェンソー・サムライの胸部装甲が上下に割れて開門し、ミサイルが標的に向けて発射された。そしてチェンソー・サムライは抜刀し、敵に突撃する。不意打ちを食らったデフォルトマシンたちは、散り散りになってしまった。
発射されたミサイルは全弾命中し、追加で7機のウォーマシンが破壊された。
デフォルトマシンは、金属片を文字通り適当に組み上げた粗末な棍棒を装備している。
一機のロボットがチェンソー・サムライの腰を叩きつけた。サムライロボットは頭部を回転させて見下ろすと、その金属製の拳を敵の頭上から振り降ろし、ロボットの頭部を胸の中心まで陥没させた。 他の1機が腕に装備したガトリングガンで一斉発射を開始した。至近距離からの発射だったが、弾丸はチェンソー・サムライの装甲をほとんど傷つけられずに跳ね返った。サムライロボットは両手で刀を持ち、振りかざす。するとデフォルトマシンはきれいに真っ二つになった。パイロットは運よく生き延びて、脱出しようとするが、彼が最後に見たものは、上から降ってくる巨大なチェンソー・サムライの四角い足だった。彼は悲鳴を上げたようだった。チェンソー・サムライの足は、彼とロボットを破壊、突破して地面を踏みつけ、砂や土や塵を激しく巻き上げた。
最後の3機は積み重なり合い、ロッドを引き抜く。するとロッドが連なるように伸びて、その先端にレーザーブレードが生成されて槍のようになった。そして3機はしっかりと結合する。一番下のマシンの足裏からタンクトレッドが出現して、連続バンドが駆動すると、3機はチェンソー・サムライ目掛けて突進した。サムライロボットは再び頭部を回転させて刀を引き抜く。背中に搭載した巨大なチェンソーを装備した。
コックピット内のスクリーンにこう表示されている。
"チェンソー準備完了。起動しますか?"
刀獅郎はその文章を確認して、イエスを選択した。すぐさまロボットから固有の無線周波数が送信されて、チェンソーに生命が吹き込まれる。エンジンが起動して巨大な振動刃が回転し始めると、チェンソーは甲高い雄叫びを上げた。チェンソーを手に、チェンソー・サムライは敵に突進する。敵の槍が突き刺さろうとする時、サムライロボットは右に身をかわす。そしてボディを回転させながらチェンソーを振り下ろし、相手の槍を切り裂いた。その降り下ろした破壊エネルギーを今度は上向きに切り替え、チェンソーを標的へ振り上げた。連結した3機のマシンは下から上に向けて切り裂かれ、金属片やプラスチック片、ワイヤー、ギアなどが地上に落下する。3機のマシンは6つのガラクタになって、サムライの前に崩れ落ちた。
「標的は全て排除されました。任務はこれで終了です、ミスター・ワトソン」
アリシアはストレッチをしながら告げる。
「とってもカッコよかったですよ!」
スミレが叫ぶ。
「いや、まだだ」刀獅郎は唸った。
人間のサムライは、地上を移動する点を見つけた。カメラをそこへズームアップさせる。逃走するチェンソー・ギャングの生存者だった。その変異したデコボコの顔は、恐怖でさらにひきつってチェンソー・サムライを見ている。チェンソー・サムライはチェンソーを戻して、刀を引き抜いた。そして振り下ろす。重たい刃が、枯れて乾燥した大地に割れ目を作る。小さな叫び声があったかもしれなかった。チェンソー・サムライが刀を持ち上げると、そこには何かの残骸しか残っていなかった。
「生体をスキャンしろ」
刀獅郎が言うと、ロボットの中のコンピューターが周辺エリアをスキャンする。
「傍観者は検出されませんでした。戦闘は安全です。準備してください、チャンピオン」
コンピューターは言った。
報告内容がおかしいのは古いプログラムのせいだ。これは、人間がウォーマシンで安全に戦えるように設計されたプログラムである。刀獅郎は、その使い方を皮肉に思う。
制御室では、スミレはチェアの上で飛び跳ねていた。
「すごい! 本当にすごかったです! アニメみたい!」
スミレは、実のところ、興奮と喜びで飛び跳ねていたので、刀獅郎が逃走中のチェンソー・ギャングを粉砕したのを見ていない。彼女の瞳は感嘆に輝いていた。彼女は昔から巨大ロボットのバトルが大好きだったのだ。昔、A&Oデーを迎える前に、ウォーマシンはテレビのエンターテイメントとして、世界中の特定のエリアで戦っていた。当時スミレは旧居で一日中パソコンに向かい、友人らとCCTUBEで過去のウォーマシンの戦闘を観ていた。しかしその映像では、コックピットからの視点を見ることは絶対に不可能だった。だからスミレは今日のバトルを見て、自分がその視点になることに、興奮が止まらないのである。
「落ち着け、スミレ」ハクはもう一本のタバコを吸って言った。すぐさまアリシアが振り向く。
「ちょっと! コンピューターの側でタバコを吸わないでって言ったでしょう!? 煙で機械がおかしくなっちゃうじゃない!」
「これはアタシのパソコンだ。それに、タバコは吸いたい時に吸うもんだろ」
「もう!」アリシアは、またキーボードを掃除しなければならないのか、と、絶望に拳を握り締めた。同時に彼女の豊満なバストが揺れて、ハクはその胸とアリシアの美貌に、羨ましそうにぼやいて再びパソコンへ意識を向けた。
ウォーマシン上空のカメラ・ドローンは、まだそこへ立つチェンソー・サムライを映していた。
「おい、刀獅郎。終わったんなら、早くアタシのロボット持って戻ってこい」ハクはタバコを消しながら言った。
「いや」と、通信機の向こうで刀獅郎が言う。
ハクは怪訝そうに目を細める。
「なんでだ?」と冷たく言い放った。
「考えてみろ。今回はあまりにぬるい。いつもよりずっと、だ」
ハクは別のタバコを取り出して、しばらく沈黙した。スミレとアリシアは、心配そうに顔を見合わせる。
「確かに。ちょっと待ってろ」そう言ってハクはキーボードを叩き始めた。
画面には、旧イリノイ州の半分が描かれた地図が表示される。ハクはその全域をスキャンした。すると突然、地図上に赤い点が4つ集まって表示される。その赤い点は敵だった。それも、異常な速度で移動していた。
「クソ、まだ終わってねぇのかよ」
「奴らはどこから来るんだ」と刀獅郎は言った。
「北から来る、迎え撃て!」
チェンソー・サムライは進行方向を変えてシカゴ旧市街を移動する。終末前に作られた耐震装置がなければ、ウォーマシンが歩くだけで街は崩壊するに違いない。
するとオールド・シカゴの建物の上から、カゼ・キャノンが発射したのを、刀獅郎は見た。
「市長はもうあれを発射しないんじゃなかったのか」と刀獅郎が言う。
「市長にはギャングが来るっていう警告を送ってあるぜ」ハクは言う。「あいつら、普通のウォーマシンじゃねぇな。動きが速すぎる。スキャナーによると、地上にすらいねぇようだ」
「チェンソー・ギャングが戦闘機でも見つけたのか?」
「いや、戦闘機にしてはでかすぎる。おそらくウォーマシンを飛ばしてる」
「飛んでいようがいまいが、俺は奴らを抹殺するだけだ。奴らは俺が殺さねばならない悪魔だ。奴らに、自分たちの罪で苦しませてやる」
「はいはい、悪を殺して苦しめてやるっていう独り言は二度と吐くな」
その侮辱を聞いて刀獅郎は唸ると、チェンソー・サムライを頭の中で操縦した。巨大なサムライはオールド・シカゴの北部に到達する。刀獅郎はスクリーンのズームを操作して、4機の飛行物体を確認した。
「敵を確認した」刀獅郎はチェンソー・サムライの進行方向を敵へ向けた。
敵が急接近する。聞こえた高音のノイズは、まるで映画で聞いたジェットエンジンのような音だった。次の瞬間、遠方からミサイルの一斉射撃がチェンソー・サムライに向けて真っすぐに飛来した。数十とあるミサイルを、チェンソー・サムライは、剣道の構えで迎え撃つ。
「モーションキャプチャ・コントロール作動!」刀獅郎は野太刀を華麗に操りながら叫んだ。
刀獅郎は自分の腕を、ロボットと同じように配置する。腕を動かすと、ロボットの腕は彼の動きを正確にコピーして動いた。ミサイルの接近に合わせて刀獅郎が野太刀を二度振った。速度や動作は的確にコピーされてロボットが動き、ミサイルの雨は消滅した。
サムライロボットは刀を両手で持つ。ちょうど傘をさすように、刃先を上に向けてボディの右側に構えた。 『陰の構え』である。すると第2波が発射される。
「燕返し」接近するミサイルに、刀獅郎はそう対処した。
サムライは人とは思えぬ超速度で、3種の金属スライスを生成する。チェンソー・サムライは、一度スライスを作ることでその動作をコピーできるのだ。まず切り込んでミサイル集団の半分が真っ二つになった。そして次に刃を返して振り上げ、四分の一の集団が各々二つに切断される。ところが3回目のスイングでは、サムライの右腕が大きく軋んだ。金属がひん曲がり、裂ける大きな音を伴って、攻撃は精密さを失った。チェインソー・サムライは数発のミサイルを受け、中程度の損傷を負う。無論、ロボットサムライはまだ戦うことができるのだが。
「馬鹿野郎が!」と激高したハクがコックピットのスクリーン上に現れる。
「一族の伝承技をアタシのロボットで使うんじゃねぇよ! ていうか燕返しを使わなくても、腕関節の稼働や高速のモーションはロボットに無理強いさせてんだ! ギリギリなんだよ!」
「ツバメガエシ?」
スミレは声に出して考えた。日本の昔話の記憶が正しければ、燕返しとは宮本武蔵の説話に登場する剣術である。それが事実なのかフィクションなのかは、スミレの知るところではない。
「燕返しって架空の技じゃないの? えっと、佐々木小次郎だっけ?」
「さっきのは偽物じゃないね、スミレ。あの技は宮本武蔵の説話に登場したものだ。佐々木小次郎は実在の人物じゃねぇが、技は本物さ。アタシの家系に代々受け継がれてきた。まあつまり、刀獅郎にも受け継がれてるってわけさ」
「そんなの初耳よ!」
アリシアは、オーバーヒートするチェンソー・サムライの腕に冷却剤を流し込みながら、心の中で言った。
「歴史の授業は終わりだ。スクリーンに集中しろ!」
ハクの怒声にスミレは飛び上がって従った。
一方で刀獅郎は、スクリーンに映るチェンソー・サムライの全身図を見て、訝し気にした。赤いラインが、オーバーヒートした腕を一周するようにぐるりと走っている。関節運動に無理があったために、中程度のダメージを受けていたようだ。
スクリーンは自動で敵をスキャンするが、刀獅郎はそれを無視する。スクリーンにはウォーマシンの回路図が表示されている。
突然、ハクが叫んだ。
「いや、そんなの不可能だ! 奴らがそんなことできるわけねぇだろ!」とハクは叫んだ。回路図に名前がある。それはこう書かれていた。
――第2世代のウォーマシン『エアプレイン・ウォーリア』
ハクの驚き様に刀獅郎は戸惑いを見せた。そして彼は尋ねた。
「それはどういう意味だ?」
「これは正真正銘のウォーマシンだってことだ! 適当にパーツを組み上げただけのロボットじゃねぇ、完全版のウォーマシンなんだよ! チェンソー・ギャングはどこで、どうやって、これを見つけたんだ? しかも4体も!?」
「っらぁぁぁぁぁぁぁ!! 技術の詳細はどうでもいい! 俺の興味は奴らの死だ!」刀獅郎は叫ぶと、チェンソー・サムライは前進の一歩を踏み出した。刀獅郎の目は赤く発光し、病的なまでの祈りを捧げた。
「血は鎧、憎しみは動力、怒りはその目で、死は武器だ。怪物が神を支配しているが、どうか神の慈悲があらんことを。怪物は、何も提供しないからな」
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