第55話 舞札祭二日目 後夜祭

「これで終わり・・・いや、始まりだ」


 ほんの少し前まで、谷底のように深く大穴が空いていたグラウンド。

 それが嘘だったように、平坦な地面の上にワタシたちは立っていた。

 そんなワタシたちのすぐ目の前には、さっきまで音を立てて崩れていたはずの塔が、新築のように美しい外観のままそびえ立っている。

 そしてワタシの眼は、塔の先端に灯っていた敵意の光がなくなったのを捉えていた。

 いや、敵意どころか魔力すら感じられなくなっている。

 目の前にあるのは、怪異ではなく本当にただの建造物でしかない。


「誠二くん、今のは・・・?」

「ああ・・・」


 さっき誠二くんが使った魔法。

 死神の権能とよく似ていたが、何かが違った。

 

(死神の権能は、何かを一度『終わらせて』から、別の何かを『始めさせる』力・・・でも、さっきの魔法は違う。なんとなくしかわからないけど、そう、『向き』が違うような)


 あの魔法に覚えた違和感をうまく言葉にすることは出来ない。

 けれども、あの魔法がすさまじいモノだということはわかった。

 あれは一体何だったのか。


「あれは、オレの生まれつき持っていた魔法だよ。オレも自覚したのはついさっきだけどね」

「誠二くんの、生まれつき・・・」


 魔法使いは遺伝の要素が大きいが、普通の人間からも生まれることがごく希にある。

 そして、魔法使いは皆、生まれながらにして魔法を持つ。

 ワタシで言うなら、普通の素材を一から育てることで魔法の薬を調合できる調薬の魔法、そして魔臓に由来する心映しの宝玉だ。

 今はワタシも誠二くんも攻撃的な魔法が使えているが、これは儀式のカードに刻まれた魔法を借りているのに過ぎない。

 まあ、適性が高ければ儀式が終わってもカードの魔法が残ることもあるそうだが。

 ともかく、誠二くんも魔法使いなのだからなんらかの魔法を持っていてもおかしくないのだが、今までは魔法使いとしての時間が短すぎて自覚がなかった。

 それが、さっきの今で目覚めたということらしい。


(死神の逆位置の権能のおかげかな?ワタシのレベルが上がったのも誠二くんの力があったからだと思うし)


 死神の逆位置の意味の一つに、『覚醒』がある。

 これは、眠っていた才能を呼び起こすといった意味だが、あの土壇場で2人揃って新しい力に目覚めるなど、さすがに出来すぎだ。

 元々持っていた才能が誠二くんの力で目覚めたという方が筋が通っている。

 もっとも、ワタシにこれだけの力が眠っていたというのは正直信じられないが。


(・・・ワタシのレベルが上がる直前のことがぼんやりしてるけど、何もなかったよね?ほんの少しの間だけだったみたいだし)


 レベルとは、プレイヤーもしくは怪異がどれほどの魔力を持っているかということを表わすものだ。

 怪異は儀式からの魔力供給あるいは顕現してから魔力を大量に取り込んだ場合にレベルアップするが、魔法使いの場合は様々な要因がある。

 過去の儀式では大アルカナのカードを持っていて、それらの力を引き出した場合にレベルが上がった例もあるらしいが、ワタシの場合は誠二くんの力を考えると元々魂の奥に眠っていた魔力が溢れたからだろう。

 そのときの記憶が、実は曖昧なのだけれども。

 ただ、何か大事なことを忘れてしまっているような気がしてならない。


「う~ん・・・?」

「黒葉さん?どうかした?」

「あ、ううん。なんでもないよ。そ、それより誠二くんの魔法って、どんな効果なの?この塔、もう魔力も何も感じないけど・・・」

「ああ。オレの魔法は、『再誕』・・・強制的に生まれ変わらせる力だよ。もう使いたくないけどね」

「使いたくない?」


 再誕。生まれ変わり。

 なるほど、『向き』がおかしいと思ったのはそのせいか。

 誠二くんの権能は、何かを終わらせて、すなわち『死』を与えてから、別の何か、『別の生』を始めさせる。

 それに対し、この新築のような塔を見るに、誠二くんの魔法は死を与えた後に『同じ生』を与える力だ。

 いや、今回の場合は塔は終わりを迎えていたのだから、死は最初から与えられていた。

 誠二くんの魔法は、その死を、その終わりを否定したのだ。

 塔の象徴である、『破綻』。

 それらの終わりよりほど遠く、それらの概念が付与されるよりも前の段階へ。すなわち『生まれたて』に『戻した』。

 再誕、あるいは『復活』と言うべきか。

 壊れれば壊れるほど強くなり、己の終わりを以て最強の魔法を使えるようになる塔にとって天敵のような魔法だ。

 壊れて強くなるのなら、治せば弱くなる。

 あまり詳しいワケではないが、ゲームでアンデッドと呼ばれる敵に回復魔法をかけるとダメージを与えられるようなものかもしれない。

 しかし、どうしてこの魔法をもう使いたくないのだろう。


「うん・・・この魔法は、この世界の『理』に、ルールに逆らう魔法だよ。本来、こんなのあっちゃいけない」

「『理』?」

「・・・ごめん。説明はオレにもうまくできないや。でも、オレはもうこの魔法を使うつもりはないよ」

「・・・・・」


 苦々しい顔でそう言う誠二くん。

 理とは一体何なのか、ルールに逆らうとはどういう意味なのか。

 それは使い手である誠二くんにしかわからないモノなのかもしれないが、当の本人はその力を嫌っている。

 ワタシとしても気になるが、嫌がっている誠二くんから無理矢理聞き出すほどでもない。

 ならば、この話はもういいだろう。


「わかった。誠二くんが話したくないなら、それでいいよ。でも、これで塔は倒せたってことでいいのかな?」

「うん。倒せたと思うよ。この塔、オレの力で一から造り直したようなものだけど、コイツの核みたいなヤツ・・・え~と、何て言えばいいのかな?魂でいいのかな?ともかく、『破綻』の力が籠もってるような部分だけは戻らなかったから。多分、この魔法がここまで有効なのはこの塔相手のときだけだろうな」


 目の前の塔に、破綻の力は宿っていない。

 誠二くんの力が生まれ変わりを強制するのなら、生まれる時点で破綻の力と矛盾し、どちらかは消えてしまう。

 そして、こうして塔が立っているということは、誠二くんの魔法が塔に打ち勝ったということ。

 ならば、この塔はもう怪異ですらない。


「でも、それならカードはどこにあるんだろう?」

「・・・ぱっと見、近くにはないね。中を探してみようか」


 怪異を倒せていれば、そのカードが出現する。

 それが怪異という試練を乗り越えた者への褒美であり、褒美を与えるのはこの儀式という怪異の根本にあるルール。

 逆に言えば、カードがなければ塔はまだ生きているということになる。


「ないね・・・」

「・・・もしかして、逃げられた?」


 塔の中は壁伝いに螺旋階段があるだけで、がらんどうだった。

 細かく探すべき所もなく、階段を上がっていけばすぐに頂上だ。

 塔の天辺まで探し回ってもカードはなく、地上に降りて改めて周囲を探しても見つからなかった。


「・・・破綻の力が魂に宿っていて、それが戻らなかったってことは、魂だけは別の場所にあるってことなのかな。もしかして、まだこの結界の中にいる?」

「う~ん。この結界、ずいぶん長持ちしてるからそれはあるかもしれないけど・・・ワタシが見てもそれっぽい感じはしないけどなぁ」


 怪異の結界は、主である怪異が倒されれば消滅する。

 しかし、どのくらいの速さで消えるかはまちまちであり、長いときもあれば短いときもある。

 今回の塔はとても強い怪異だったから、そのぶん結界も耐えられるように丈夫だったのかもしれないが。

 周囲を見回してみても、ワタシの眼におかしな魔力は映らない。

 そうなれば、この強大な力を持つ塔という駒を儀式が回収した可能性はある。

 誠二くんが初めて死神を見たときは、倒されたフリをして存在感を殺していたらしいが、塔にそんなことができるとは思えない。

 

「なら、ちょっと休もうか。さすがに疲れたよ」

「うん」


 そうして、ワタシと誠二くんはグラウンドの縁にあるコンクリートに腰を下ろした。

 そこに。


『クワァアアアアアアア!!』

「あ!!アカバ!!」

「アカバ・・・え?」


 一羽のカラスが飛んできた。

 ワタシの使い魔のアカバだ。


「アカバ、無事だったんだね!!生きてて良かった・・・ごめんね、さっきまでアカバが生きてるか確認するの忘れてたよ」

『クワッ!!』

「痛っ!!・・・うう、ごめん」

『クゥウウ・・・クワっ!!』

「あ痛ぁっ!?ど、どうしたのアカバ!?」

「・・・・・」

 

 使い魔の主は、己の使い魔がどこにいるのか、何を見ているのか把握することができる。

 その能力を使えばアカバがどうしているのかもすぐにわかったのだが、今の今まで、アカバのことを忘れてしまっていた。

 ワタシはそのことを謝るのだが、アカバはなおも怒っているようでワタシの手を突いてくる。

 ここまで怒っているのは初めてだ。


「え、え~と、黒葉さん。おばあさ・・・アカバさんは忘れられてたことを怒ってるんじゃなくて、その、自分のことを大事にしてないから怒ってるみたいだよ」

「え?」


 ワタシが困惑していると、誠二くんが恐る恐るというようにそう言ってきた。

 っていうか、今アカバのことを変な風に呼ばなかった?


『クワァっ?クゥウ・・・クワワッ!!』

「え?見えるのか?あ、はい。ばっちり見えてます。いつも通りにしろ?あ、はい、わかりました・・・す、すみません!!もう返事しないんで!!痛ででで!!」

「・・・誠二くん?もしかして、アカバの言ってることがわかるの?」

「あ~、まあ、なんとなく?ここに来たときも、アカバが案内してくれたし」

「ふ~ん、そうなんだ。ありがとうアカバ・・・でも、それだけじゃないよね?」


 『余計なことを言うな!!』とでも言うかのように誠二くんの頭に飛び乗って顔を突くアカバ。

 実を言うと、ワタシの心映しの宝玉は動物相手だと効果が薄い。

 とくに、どういうわけかアカバはまったくわからない。

 一方で、誠二くんの感情は見づらくはあるがある程度はわかる。

 それによると、誠二くんはかなり混乱してるようで、赤だったり青だったり緑の光が現われては点滅している。

 何かを隠しているのは明白だが・・・


『クワワッ!!』

「痛い!!痛いってばアカバ!!・・・わかったよ、ごめんなさい。もう、自殺しようとしたりなんてしないから」

「はぁ!?」


 なおも追求しようとしたが、アカバがワタシに飛びかかってきた。

 ・・・アカバのことは気になるが、誠二くんの言うとおり、アカバがワタシ自身の命を軽視したことに怒っているのは事実なのだろう。

 実際、アカバがあのとき止めてくれたから、今こうしていろいろと持ち直しているのだ。

 ならば、それに免じてここで詰問するのは止めておこう。

 あくまで今は、だが。


「え?え?く、黒葉さん、じ、自殺ってどういうこと・・・?」

「・・・・・」


 ワタシがアカバに謝っていると、誠二くんがすごい剣幕で詰め寄ってきた。

 ・・・このことについては、あのときも思ったことだが、誠二くんは悪くない。

 勝手に勘違いしていたワタシに非がある。

 けど。


「言っておくけど、少しとはいえ誠二くんにも原因はあるからね?まあ、もうそこはクヨクヨしないって決めたけど」


 あんなに勘違いさせるような言動をしていた誠二くんに、少しばかり嫌味を言うくらいはいいだろう。


「オ、オレにも原因が・・・?そ、そのごめん!!オ、オレ、全然気が付かなくて・・・・も、もしオレが悪いんなら、もう黒葉さんには関わらないから・・・」

「そんな理由で離れるなら、誠二くんを毒殺してからワタシも死ぬよ」

「毒殺!?」


 ふざけたことを宣う誠二くんに、自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。

 ここまでワタシをその気にさせておいて、今更離れるなんて冗談じゃない。

 

『クゥ・・・』


 ワタシの肩の上に止まったアカバも、非難するような声で誠二くんに向かって鳴き声を上げる。

 このことに関しては、アカバも同意見らしい。


「はぁ・・・まあ、そこはもういいよ。大半はワタシ自身に原因があるからね。それに、おかげでワタシも覚悟ができたから」

「覚悟?それって?」

「・・・誠二くんには教えてあげない。でも、そのうちわかると思うよ。そのうち、ね」

「ええ・・・」


 所在なさげに情けない声を上げる誠二くん。

 さっきまであんなに勇ましく戦っていたのが嘘のようだ。

 けど、誠二くんに言った通り、今その覚悟について話すわけにはいかない。


(誠二くんは、あのとき白上を選んだ。でも、今こうしてここにいてくれてる。ワタシのことを、命がけで助けてくれた。白上に嫌われてもいいと思って)


 誠二くんが白上羽衣を好きなのは、本当のことなのだろう。

 だが、ワタシにもまだチャンスはある。

 2人が結ばれる前に・・・


(ワタシも・・・ワタシだって!!)


 心の中で、炎を燃やす。

 ワタシは、自分の心を見ることはできない。

 けど、今のワタシの感情を見ることができれば、それは濃い朱色と、翠色に染まっているはずだ。

 

「黒葉さん?」

「誠二くん」

「は、はい!!」


 ワタシが声をかけると、上官に名前を呼ばれた新兵のようにかしこまって返事をする誠二くん。

 そんな誠二くんに。


「ワタシ、負けないから」

「へ?負ける?オレに?」

「さぁ?言ったでしょ?そのうちわかるって」


 ワタシは、宣戦布告をするのだった。

 絶対に諦めない。

 『絶対にアナタを手に入れる』

 そう想いを込めて。


「???」


 言われた本人はきょとんとしているけども。

 ひとまずは、だ。


「・・・これなら、後夜祭、もう終わっちゃうかもね」


 ワタシが死を選ぼうとした原因。

 白上羽衣と後夜祭に行こうとしたこと。

 それが叶わないことを突き付けてあげる。

 これで露骨に残念がるか、吹っ切れているか。

 まずはその反応を観察するとしよう。

 そう思ってのことだったが・・・


「後夜祭?・・・ああ、そんなのあったね」

「・・・え?」


 今、何て言った?

 驚いて、思わず固まってしまった。

 そんなワタシの反応を知ってか知らずか、誠二くんは続けて。


「まあ、オレなんかには関係ないイベントだし、気にしないさ。今年は、舞札祭そのものが楽しかっただけ去年より全然いい・・・」

「待って」

「え?」

「誠二くん、何を言ってるの?それ、本気で言ってるの?」

「黒葉さん?」


 それはあまりにもおかしなことだ。

 ワタシとの約束については、まだわかる。

 白上羽衣が言っていたように、後夜祭と舞札祭を分けて考えているのだとすれば筋は通る。

 だが誠二くんは、あのとき後夜祭に白上羽衣と行くことを心の底から喜んでいた。

 ワタシの瞳は嘘を付かない。

 だから、認めたくはないが、あのときの誠二くんの心は本当の気持ちだったのは間違いない。

 故に、今の言葉はおかしい。おかしすぎる。

 


--ジィっ・・・!!



 眼に思いっきり力を込めて、誠二くんの灯りを観察する。

 しかし、その色は緑色で点滅している。

 すなわち、困惑しているということ。

 心にも思っていない嘘を付いているのでは断じてない。


「黒葉さん?さっきから、なんか・・・」

「誠二くん、正直に答えて」

「うん?」


 顔に疑問符を浮かべながら、誠二くんはワタシを見る。

 そんな誠二くんに、ワタシは問うた。


「誠二くん、誰かと後夜祭に行く約束とか、した?」

「へ?」


 唖然とした顔をする誠二くん。

 しばらくは、驚いたままだったが、すぐに。


「ははっ!!」


 乾いた笑い声を上げた。

 初めてオカ研の部室で黒葉鶫として出会ったとき、教室に帰る途中で見た顔で。


「前にも言ったかもしれないけどさ、落ち着いて考えてみなよ。オレみたいな顔の奴にそんなこと言ってくれる女子がいると思う?」

「・・・・・!!」


 誠二くんは、そう言った。

 その瞬間、ワタシは確信した。


(間違いない・・・誠二くん、記憶が消えてる)


 思い当たるフシがあった。

 塔の、最後の悪あがきだ。



--『我ニ残ッタ滅ビノ力!!コレデ貴様ヲ滅ボスコトハ叶ワヌ!!ダガ、貴様ノ『芯』ダケハ消シテクレルっ!!』



(塔の正位置の意味の一つに、『記憶喪失』がある。『芯』・・・これが、精神的な意味なら、それは大事な記憶のことだったんだ)


 人をその人たらしめるのは、一節には記憶であると言われる。

 記憶があるから、その人は自分を自分であると認識できる。

 記憶があるからこそ、戦うことができる。

 自分の決意したことを覚えていられる。

 魔力は、生命力と精神力から生成されるエネルギー。

 もしも精神的に大きな欠落が起きれば、例えば、この儀式にかけるような願いの記憶を消されてしまえば、戦う意志すらなくしてしまうことだろう。

 そうなってしまえば、魔力も十分に生成することもできず、弱体化は避けられない。

 それが、塔の狙いだったとすれば。


「誠二くんっ!!ワタシのこと覚えてる!?ワタシの名前言ってみて!?ワタシといつ出会ったのか、ワタシとどうやって仲良くなったのかも教えて!!」

「え、ええっ!?それ、どういう・・・」

「いいから答えてっ!!」

「わ、わかったよ・・・黒葉さんは、フルネームは黒葉鶫さんで、初めて会ったのは四月の下旬にオカ研の部室でいじめられてた所を・・・いや、黒葉さんと魔女っ子は同一人物なんだから、吊された男に襲われたのが最初か。どうやって仲良くなったのかって言われると難しいけど・・・オカ研でタロットこと教えてもらったりとか、マッサージしてもらったときとか?他にも、GW中に勉強教えてもらったり、舞札神社で怪異と戦ったり、その後でトレーニングしたり、最近だと舞札祭の準備で遅くまで残ったりとか・・・」

「・・・・・」


 ぽつりぽつりと思い出すようにワタシと出会ってからの思い出を語る誠二くん。

 その記憶に欠落はない。

 まず、ワタシが誠二くんとの日々の記憶を忘れることなどあり得ない。

 そんなワタシの記憶と、誠二くんの話す内容に齟齬がないのだ。

 魔女としてのワタシが『魔女っ子』などという完全に子供扱いされていたのは遺憾だが、誠二くんがワタシとの思い出を忘れてしまうよりはるかにマシだ。


「よかった・・・」


 ワタシは、心の底から安堵した。

 思えば、塔の最後の攻撃は、誠二くんの魔法の影響でごく小さなモノだった。

 だとすれば、それで消せるのは本当に誠二くんが大切にしていた記憶だけだったのだろう。

 そう。


「本当に、よかっ・・・」


 それは、白上羽衣と後夜祭に行く約束のように。


「・・・・・」


 それはつまり。


(ワタシとの思い出は、一番大事じゃないってこと?)


 ワタシにとって宝物のような思い出は、誠二くんにとっては精々が『二番目』でしかないということ。

 それが、証明されてしまった。

 そして、それに気が付いたときには、ワタシの口は勝手に開いていた。


「ねぇ、誠二くん?」

「な、何?」


 さっきまであんなに捲し立てたからだろうか。

 誠二くんは恐る恐るというように、ワタシの反応を伺っている。

 そんな態度を取らせてしまうことに申し訳なさを覚えるけど、それを気にするのは後だ。


「誠二くんは、これまで後夜祭に誘われたことはないんだよね?」

「え?う、うん」


 それは嘘だ。

 でも、この場にあっては真実だ。

 ワタシは、ソレを知りながらも、あえて確認する。

 真綿で首を絞めるように。

 猫がネズミを追い詰めるように。

 逃げ場を作らせないように。


「じゃあ、さ」


 そうして、満を持して、ワタシは。


「ワタシと、踊ってくれないかな?後夜祭で」

「え?」


 『毒』を、誠二くんに打ち込んだ。

 それは、誠二くんの中にある、白上羽衣への想いを腐らせるための毒薬。


「え、でも、黒葉さん、それは・・・」


 誠二くんの胸の灯は、様々な色にめまぐるしく変わる。

 けど、その中に嫌がる色はない。

 それをしっかりと確認してから、ワタシは続ける。


「ワタシと踊るのは嫌?」

「そ、そんなことないよ!!でも、オレ、女の子と踊るのなんて初めてだし、足とか踏んじゃいそうだし」

「それはワタシも同じだよ。魔法使いだったから、男の子と踊るのは初めてだよ。でも、だからこそ誠二くんと踊りたいの。せっかく男女が一緒で踊る場なんだもん。だったら、初めて踊るのは誠二くんがいい」

「な、え、あ・・・?」

「ふふっ・・・『友達』として、ね?」

「え、あ、そっか、そういう・・・うん。なら、こちらこそ、お願いします」

「うん!!喜んで!!」


 誠二くんは受け入れた。

 確かに、ワタシの誘いに頷いた。

 恋人としてではなく、友達としてだけど。


(今はこれでいい。今は・・・)


 今はまだ、誠二くんの心は白上羽衣に傾いている。

 義理堅い誠二くんのことだ。ここで無理して恋人になって欲しいなんて言っても、頷いてはくれない。

 だから、少しずつ、少しずつ。

 一つずつ、『奪っていく』のだ。


(白上羽衣と積み上げていくはずだった、すべてを!!)


 舞札祭の後夜祭は、恋人になる男女が踊るイベントだ。

 本当なら、誠二くんは白上羽衣と踊るはずだった。

 でも、そうはさせない。

 ここで踊るのは。



--この黒葉鶫ワタシだ!!



 ワタシは、内心で煮えたぎるマグマのような想いをおくびにも出さず、誠二くんの手を取った。

 誠二くんは白上羽衣との約束のことを、恐らくはソレと関わるあのオカ研の部室であったことも忘れている。

 だが、そのままならそのうち白上羽衣が校内にいることには思い至るだろう。

 だから、その前に。


「じゃあ、踊ろう?今ここで!!」

「え?ここで!?」

「うん!!だって、このままだといつこの結界が消えるかわからないもの。待ってたら、もう後夜祭の時間なんて終わってるよ」

「そ、それはそうかもだけど・・・でも、音楽も何もないし」

「そんなの、どうでもいいよ!!とにかく、一緒に踊れれば、それでいいんだよ」

「おわっ!?」


 誠二くんの手を引っ張って、グラウンドに出る。

 そこで、クルクルと2人で一緒に回る。

 振り付けも何もない、ダンスとすら言えないような不格好な動き。

 でも、誠二くんは、ちゃんとワタシに合わせて動いてくれた。


「こ、こうかな?」

「ふふっ!!多分こうだよ!!足の動きを合わせて・・・」

「あ、なんとなくわかってきたかも・・・」


 さすがは運動神経抜群の誠二くん。

 ワタシがどんな無茶な動きをしても、ワタシの動きを見切って、動きが途切れないようにしてくれる。

 そのおかげで、多少は踊りのようなモノになってきた。


「・・・・・」


 グラウンドで回りながら、校舎を視界に入れる。

 チラリと映った校舎の破壊跡は、オカ研の部室がある場所を避けているけども。

 

(消えててくれるのが一番いいけど、望み薄かな)


 白上羽衣がこの場に現われる様子はない。

 しかし白上羽衣がどんな能力を持っているのかは知らないが、誠二くんの様子を見るに精神系、搦め手を得意とするタイプ。

 もしかしたら塔の攻撃に巻き込まれてくれているかもしれないが、そういった相手なら不用意に近づかず、見に徹する可能性は高いし、それならば生き残っているだろう。

 今ここで出てこないのはどうしてか知らないが、もしも見ているのなら。


「ふぅ・・・ん、黒葉さん、楽しいの?」

「え?」

「だって、今の黒葉さん、笑ってるよ?」

「・・・うん。そうだよ。今、ワタシは最高に楽しんでる!!」

「そっか・・・ならよかった」


 誠二くんと踊っているのだ。楽しくない訳がない。

 でも、誠二くんは最後まで気付くことはなかった。


(せいぜい、見てなよ。見せつけてあげるから。ワタシが、アナタが手に入れるハズだったモノを奪うところを)


 ワタシの笑顔の中に、どこまでも醜くて卑しい、猛毒が紛れ込んでいることに。

 そして、ワタシもまた気が付かなかった。


『・・・ろす』


 北校舎の屋上。

 ワタシの目が届かないところから、ワタシたちを見る視線に。


『必ず、必ず・・・殺してやる、あの、毒虫がぁあああああああっ!!』


 その銀色の輝きに。


-----

あとがき


カクヨムは勿論、他サイトでも応援してくださった方々、誠にありがとうございました。

☆100を越えてからPVが上がった気がします。おかげで、だいぶモチベーションが上がりました。


そして、今話は長いので分割します。続きは、感想や評価が付くほど早くなりますよ!!

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