第54話 再誕

「来て!!『風の剣ソード・オブ・スート』!!」


 黒葉さんが叫ぶと、オレたちのすぐ傍にゴウゴウと風を吹き出す緑色の剣が現われた。


「行こう、誠二くん!!今のワタシなら、ワタシたちなら、誰にも負けないよ!!」

「・・・ああ!!」


 繋がれていた手を、改めて握り返しながらオレも大きな声で返事をする。

 正直、何が起きているのかよくわからないが、オレが塔の攻撃を受けて倒れている間、黒葉さんがめちゃくちゃパワーアップしたのは確かなようだ。


(黒葉さん、手が・・・)


 握りしめてわかったが、黒葉さんの綺麗な手はボロボロだった。

 あちこちに裂傷があり、血が滲んでいる。

 一体何があったのかはわからない。

 でも、あの臆病な黒葉さんがこんなになるくらい身体を張るようなことが起きたのだ。


「黒葉さん、手・・・」

「あ・・・だ、大丈夫だよ!!このくらい!!軟膏塗っておけばすぐ治るよ。それか、魔法を使えば・・・」

「いや、オレが治すよ」

「え?」


 オレは権能を使い、生命力を黒葉さんの手に流す。

 すると、見る見るうちに傷が塞がっていった。


「・・・もう。折角役に立てると思ったのに。締まらないなぁ」

「そんなことないって。さっきの魔法もそうだけど、黒葉さんはすごいよ。オレがこうして元気なのも、黒葉さんのおかげだよね?」

「それは、まあそうだけど・・・」


 黒葉さんの身に起きたこと。それが黒葉さんのパワーアップに繋がったのだろう。

 そして、その恩恵はオレにも及んでいる。

 黒葉さんの周りから、いや、繋いだ手から凄まじい勢いで魔力が流れ込んできているのだ。

 オレの権能は、まるで大好物のフルコースを前にしたかのようにその魔力を吸って、オレの力に還元していく。

 そして、片っ端から吸われているというのに黒葉さんから伝わってくる魔力は途切れることはなく、オレの力は天井知らずに跳ね上がっていくのがわかる。

 オレが元気なのは、さっき黒葉さんの手を治したように、この権能によって魔力を生命力に変換したからだろう。

 そして権能がここまで活性化しているのは、黒葉さんの魔力のおかげ。

 それならば、黒葉さんは役に立つとかそんなレベルではなく、オレの命の恩人だ。

 さらには、今のオレに漲る力だって同じ。

 そうだ、黒葉さんの言うとおりだ。

 この力があれば・・・


「今なら、アイツを倒せる!!」

「うん!!・・・誠二くん!!馬に乗せて!!一気に近づくよ」

「わかった!!」


 今までに見たことのないくらい勇ましい、しかしなぜかしっくりくる黒葉さんに応え、今の今までこっちを見ていた白馬を呼ぶと、『ブルル!!』と鳴きながら寄ってきた。

 すぐさま飛び乗ると、そのあとに続くように黒葉さんがジャンプして、風が吹いたかと思えばすっぽりとオレの前に収まる。

 

「黒葉さん、その格好・・・『ブースト』なのか。それに、その剣も」

「うん。今のワタシはレベル8みたい。どうしていきなりレベルが上がったのかは、なんとなくでしかわからないけど、ワタシの力は、今からしっかり見せてあげる」


 自信満々といった感じの黒葉さん。

 性格もそうだが、姿も少しだけ変わっている。

 ローブにとんがり帽子、ブーツは同じだが、どれも古びてくたびれていたのが、今では新品のように艶があった。

 前まで持っていた古めかしい大きな杖も白い短い杖になっていた。ぱっと見は、テレビで見るコンサートで指揮者が振っているタクトのようだ。

 そして、新しくなった装いの中でどうしてか特に目を引くのは。


(なんだ?この髑髏?)


 黒葉さんが被っているとんがり帽子は、巻かれているリボンも少し豪華になっているが、そのつばにちょこんと小さな髑髏が乗っているのだ。

 髑髏と言ってもオレが着けていた仮面のようにおどろおどろしいモノではなく、デフォルメされたゆるキャラのような見た目なのだが、どうにも気になる。

 なんだか、オレに近い性質の魔力を帯びているような、親近感を覚えるというか・・・


「誠二くん?どうかした?やっぱりまだ治ってない?」

「い、いや!!そんなんじゃないよ、大丈夫!!とにかく、塔に向かって走ればいいんだね?」

「うん!!ワタシが後押しすれば、あっという間に行けるはずだよ」


 黙っていたオレを不審に思ったのか、黒葉さんが上を向いて顔を合わせてきたので、オレは慌てて前を見た。

 そして、黒葉さんが言うように白馬を走らせる。


「よし・・・『風よウェントゥス』!!」

「うおっ!?」


 走り出した途端、宙に浮いていた緑色の剣からブワッと緑色の風が吹き出した。

 流れる風はオレたちを馬ごと包み込み、オレの権能がさらにその風を吸い込む。



--誠二くんに、疾風よりも速い脚を!!



「っ!?何・・・!?」

「誠二くん!!跳んで!!」

「うおりゃっ!!」


 突然頭の中に響いたような声に戸惑う前に黒葉さんの指示が飛ぶ。

 反射的に、ここに来るときのように馬に跳ねさせると、一瞬で視界が切り替わった。

 それまでだだっ広い空き地のようなむき出しの地面の上を走っていたのが、紅い空の中を飛んでいる。

 しかも、地面に向かって落ちていくスピードがかなりゆっくりだ。

 オレが吸い込んだ後もなお周りを吹き荒れる風のおかげだろうか、まるで見えない地面でもあるかのようだ。

 

「おお・・・す、すげぇ。空飛んでるよ」

「風属性の特徴は『速さ』と『偏在』。モノの動きを加速させたり、逆にゆっくりにすることもできるし、どこにでもあるから集めることも簡単なの」

「風属性・・・それにさっきの魔法。今の黒葉さんは、もしかして全部の属性が使えるの?」

「うん。今のワタシは光と闇以外に適性があるよ。ただ、それは権能じゃないけどね」

「え!?そうなの!?」

「魔術師の属性は風と土って言われてるけど、そもそも四元素すべてを操ることができるんだよ。だから、たくさんの属性が使えるのは『ブースト』を使わなくても魔術師そのものに最初からある適性なんだ」

「なら、権能は・・・」

「っ!!誠二くん!!」

「っ!?」


 風の後押しを受け、地上を走るよりも速く塔に向かうオレたち。

 しかし、相手も『はい、そうですか』と指をくわえて見ているはずもない。


崩砲ルイナ・ブラスト

「うわっ!?機雷かよ!?」


 オレたちの進路を遮るように現われたのは多数の光の球だ。

 子供が吹いたシャボン玉のように無造作に散らばってオレたちのほうに飛んでくる様子はないが、あれが『ブラスト』だと言うのなら、オレがよく使う爆弾としての使い方をしているに違いない。

 遠距離から魔法で壊すのが最適だろうが、爆発に巻き込まれるのを避けようとすれば確実に足は止まる。

 そこを別の魔法で狙撃されれば面倒なことになるのは間違いない。


「こうなったら、迂回するか・・・」

「大丈夫!!そのまま進んで!!ぶつからないルートがわかるようにするから!!」

「黒葉さんっ!?・・・わかった!!任せる!!」

「うんっ!!・・・『魔喚マギア・コーリング』・・・来て、『火の杖ワンド・オブ・スート』!!そして、この火と風から『造る』!!『雷の槍スピア・オブ・ユニオン』!!」


 黒葉さんを信じて駆けるオレ。

 その一方で黒葉さんから熱い魔力が吹き上がり、炎を纏った杖が現われた。

 そして、風を吹き出す剣からは緑色、杖から赤い光が飛び出し、光が収まると紫電を帯びた槍が浮いていた。

 さらに、黒葉さんの服の中から何かが飛び出して、それぞれ緑、赤、紫の光を放つ。


「これは・・・『魔術師』に『吊された男』と『皇帝』?」

「行くよ誠二くん!!感覚が変わると思うから気をつけて!!『雷よトニトゥルス』!!」

「のわっ!?」


 オレが飛んでいるカードたちに目を奪われていると、さっきの紫の光が飛んできた。

 光はすぐさまオレの権能で吸収されるが・・・



--誠二くんに、雷をも見切る眼を!!



「な、なんじゃこりゃ!?」


 突然、眼に映るモノの動きが遅くなった。

 一体何が起きたのかわからないが、馬は風の力の後押しを受けたまま進んでいたらしく、もうすぐ近くまで光の機雷が迫っていた。


「っ!!当たったらマズい!!」


 機雷は空中にばらまかれているが、その間には隙間もある。

 数が多いので狭いが、通り抜けられないことはない。

 

「おらぁああああああああああっ!!」


 オレは片手で手綱を握り、もう片方の腕で黒葉さんが落ちないように支えながら、空の上を駆けた。

 光の機雷の細い隙間は抜けても抜けても続いているが、今のオレにはその道筋がはっきりとわかる。

 いや、はっきりわかるまで観察できる時間が取れているというべきか。

 ゆっくりと動く視界の中で、風の力を取り込んだオレたちだけが他よりも速く動けている。

 そのおかげで、じっくりと眼だけで見回して見つけた隙間に素早く潜り込めた。

 

『・・・崩大砲ルイナ・カノン

「うおおおおおっ!!」


 本来ならばオレが足を止めたところを狙い撃ちするつもりだったのだろう。

 オレが真正面から突っ込んでギリギリの回避をしながら進んで行ってしばらくしてから、思いだしたかのように範囲攻撃が飛んできた。

 光の大砲が機雷原に着弾し、誘爆によって辺り一面が目が潰れそうなほどの光で埋め尽くされる。

 しかし、そのときにはオレたちはもう光の包囲網を抜けていた。

 その直後、ゆっくりだった視界が元に戻る。


「お、元に戻った?なんだったんだ?」

「うぷっ・・・せ、誠二くん。ちょっと離して」

「うわっ!?ごめん黒葉さん!!だ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫じゃないけど・・・あった。んグッ!!」


 すぐ下の黒葉さんから弱々しい声がして、見下ろしてみれば青い顔でグロッキーになっていた。

 震える手で錠剤の入った瓶を開け、中身を呑み込む。


「ふぅ・・・この薬、本当に作っておいてよかった」

「黒葉さん、今のは」

「さっき誠二くんにかけたのは、雷の強化だよ。雷属性の特徴は『迅さ』と『貫通』。誠二くんの反射神経が上がってたの」


 ・・・ここまで来て、オレは黒葉さんの、『魔術師』の権能に気が付いた。

 未だに黒葉さんの近くで舞う武具と、倒してきた大アルカナのカードを見ながら言う。


「魔術師の象徴は、黒葉さんの権能は、力を引き出すこと・・・引き出した力で、魔法を創ることか。ん?でもそれって正位置の意味だったような」

「ワタシの授業、ちゃんと覚えていてくれたんだね。ついさっき、魔術師のカードが逆位置から正位置になってたんだ。そして、そう。ワタシの権能、正位置の魔術師の権能は、『技術』、『機知』、『創造』。ワタシは、ワタシが司るモノの力を最大限まで発揮させて、新しいモノを創ることができるんだよ。カードが教えてくれるのかな?ワタシにははっきりわかるの・・・この力は、誠二くんのための力だって」


 近くを飛んでいた魔術師のカードを見てみれば、『THE MAGICIAN』の文字列と絵の向きが反対だったのが、今は両方とも同じになっている。

 そして、正位置の魔術師といえば『天賦の才』や『器用さ』、『無限の知性』、『カリスマ』などの意味があるが、黒葉さんの場合は『新しい何かを始める、創る』という『創造』だろう。

 これは無から有を創るのではなく、『既存のモノから新しい別のモノを創り出す』という意味の創造だ。

 さっきから感じる黒葉さんの無限とも思える六属性の魔力も同じ。

 この結界内、いや世界中に満ちる魔力、そして未だに力を秘める大アルカナのカードの魔力をその技術と才能で引き出した。さらには、その魔力から魔法を創ったのだ。オレに与えた魔力の調達など、その過程に過ぎない。

 その力は、死神の権能である『今在るモノを終わらせ、新しいモノを始めさせる』という意味とよく似ている。

 似ているからこそオレの権能は単純な魔力属性の相性以上に黒葉さんの魔法を効率よく吸ったのだ。

 死神の権能を振るうモノとして、オレはそのことを本能的に理解した。

 そして。

 

「なるほど、そりゃ勝てるわ」

「うん。ワタシのこの力は、そのための力だもん」


 黒葉さんが『勝てる』と言った意味がわかった。

 オレが塔に押されていたのは、権能どうしの相性が悪い上に魔力属性の相性、塔が持つ自己強化があったから。

 しかし、オレの権能が本当に相性が悪いのか?と言われれば、それは違う。

 さっきの攻防で、黒葉さんの後押しを受けたオレの権能は、塔の権能と相打ちとなった。

 それは、塔の『これ以上ない終わり』を、『終わりからの始まり』が越えたからだ。

 光と闇は相克。

 どちらの権能も、『終わり』に関わる力。

 押し負けたのは相手の力の方がはるかに強かったから。

 負けはしたが、オレの権能は塔にとっても相性が悪いのだ。

 確かにオレ1人では敵わない。

 オレが怯えていたように、オレと塔の間には隔絶した力の差がある。

 何度挑んでも、オレが消し飛ばされるだけだ。

 だが、今は黒葉さんがいる。

 オレを勝たせる。ただそのことに極振りしたかのような力を持った子が。

 そんな力になったのは、きっと偶然ではない。

 闇属性が他の属性を吸収するとか、魔術師の権能と死神の権能が似通ったところがあるとか、そんなモノはおまけに過ぎない。

 その力を受けたオレだから感じ取れる、狂おしいほどの渇望。



--伊坂誠二の隣に在れるだけの存在でいたい。



--伊坂誠二のために誰よりも役立ちたい。



--伊坂誠二にすべてを捧げたい。



 その狂気にも似た感情が、この力を導いたのだ。

 この子が支えてくれる限り、オレに負けはない。

 そのことを、オレはこの世界の誰よりも確信できた。

 ・・・気が付けば、塔はすぐ目の前に迫っていた。

 オレたちが逃げ回っている間にも少しずつ崩れていたが、今では壁の所々に大穴が空き、放っておいても風が吹いただけで壊れそうだ。

 だがそれでも、近づいただけなのに、とてつもなく大きな力を感じる。

 壊れれば壊れるほど強くなるという塔の権能。

 それが、最大限にまで高まっているのだ。

 同時に気付くのは、その力の揺らぎ。


「誠二くん」

「うん。あそこだ」


 禍々しい白い光が宿る塔の先端。

 そこに、未だに力が流れ込んでいる。

 ・・・今のオレたちがやらなければならないことは二つ。


「黒葉さん、頼む」

「任せて」


 オレは風を纏った馬を塔の先端に向かって走らせる。

 それと並行するように、黒葉さんに魔力が集まっていく。


『来ルナァアアアアアアアアアアアアアア!!!『崩喚ルイナ・コーリング』!!『召喚・神昂サモン・ディヴァイン・ラース』!!』


 これまでの無機質な様子をかなぐり捨てたかのように叫び声を上げる塔。

 絶対にオレたちをここで殺すという意志がヒシヒシと伝わってくる。

 そして、それはすぐさま空から降ってきた。

 塔の先端を、近づいたオレたちごと打ち抜くと言わんばかりの、塔そのものをすっぽりと収めてしまえるくらい太い光の柱。

 塔のカードに描かれる、神の怒り、あるいは神の救済とも言われる、塔に突き刺さる聖なる光。

 当たれば一瞬で灰も残らないのがわかるような一撃が降ってくる。

 けれど、オレに恐怖はなかった。


「『魔喚マギア・コーリング』。来て、『水の杯カップ・オブ・スート』、『土の硬貨コイン・オブ・スート』。創造。『氷の槌ハンマー・オブ・ユニオン』」


 オレと同じように、一切の焦りもなく落ち着いた様子で呪文を唱える黒葉さん。

 虚空に水を湛えた杯と、輝く硬貨が現われ、そこから青と黄色の光が放たれる。

 二色の光は混ざって藍色となり、底冷えするような冷気を纏った槌が生み出された。

 同時に、すでに赤く輝いていた『吊された男』に青い光が灯り、『女帝』と『女教皇』のカードも宙を舞う。

 これで、六つの属性がすべて揃った。


「いくよ、誠二くん」

「うん」


 お互いにわかっている。

 こんな状況でも、オレには黒葉さんが、黒葉さんにはオレがいればなんとでもなると。

 だから、オレたちに恐怖も焦りもない。

 ただ淡々と、自分のやるべきことをやればそれでいいのだ。


「『火よイグニス』、『水よアクア』、『土よテラ』、『風よウェントゥス』、『雷よトニトゥルス』、『氷よグラキエス』・・・世界に満ちる六つの力、束ねて一つとなり、理を統べる力と成せ。『魔よマギア』!!」


 黒葉さんが魔法を創り出す。

 火、水、土、風、雷、氷。

 六つの力が一つとなり、オレの中に流れ込む。



--誠二くんに、無敵の力を!!



 その剛力は山をも動かし、その活力はあらゆる傷を癒やし、その身は傷一つ付かぬほど硬く、その足は疾風のごとく、その眼は稲妻を捉え、その心は氷の如く動じない。

 そんな力がオレの中に流れ込み、瞬く間に呑み込まれた。

 オレは、すぐさまその力を形にする。


「『死閃デス・ブレイド』」


 いつも持っていた死神の大鎌。

 『ブースト』を使ってからはどこかに消えていたが、オレが一声唱えると、吸い付くように手の中に現われた。

 その刃は、大きな力をたらふく喰ったことを見せつけるように巨大になっていたが、重さを感じないほどに軽く、片手で振るうことに支障はない。


『消エロォオオオオオオオオオオオオオオ!!』

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 塔が喚び出した白い光と、オレの黒い刃がぶつかり合う。

 ぶつかって、拮抗したのは一瞬だけだった。



--斬っ!!



 溶けたバターでも切るように、黒い刃が白い光の中を切り開いていく。

 そして。


「ここか」

「ここだね」


 光を切り捨てた直後、オレたちは塔の先端に立っていた。

 ほんの少しだけ目配せをしてから、オレたちは集中するために目をつぶった。

 感覚を研ぎ澄ませると、大きな力が流れるルートと、塔との間にある『点』があるのがわかる。

 同時に目を見開き、オレたちは叫んだ。


「「はぁああああああああああああああああああっ!!!」」


 『終わらせて始める力』。

 『集めて新たに創り出す力』。

 その二つを、全力で解放する。

 大河の流れを無理矢理変えるかのような荒技。

 けれど、その川の流れは何者にも染まっていない純粋無垢な力。

 ならば、オレたちの権能に抗える道理はない。



--バキンっ!!



 塔とナニカの間にある、『繋がり』が途切れた。

 オレたちはそのまま、ナニカの方にも権能を及ばそうとしたが、スルリとどこかに消えていく。

 塔に供給されていた力を横取りできればと思ったが、そう上手くはいかないか。

 だが、これで第一段階は達成だ。

 塔は、もうこれ以上魔力をため込むことができない。

 これ以上は強くならない。


「黒葉さん、最後に一発お願い」

「うん・・・誠二くん、受け取って!!」


 塔はもう強くならないとはいえ、今までため込んだ魔力は膨大だ。

 これが暴発すれば今のオレたちでも怪しいかもしれない。

 だから、暴発する前に消し飛ばす。



--ゴゥっ!!



 わずかの間とはいえ、塔に流れ込んでいた無色の魔力を吸うことができた。

 その上で、黒葉さんから心地よい魔力が流れ込んでくる。

 今までは移動やオレの強化や回復に使われていたが、今度は違う。

 ここまで術者であるオレが死にかけたり、塔の激しい攻撃を掻い潜ってきたにも関わらずオレたちの後ろに浮かんだままの髑髏。

 その両目にはすでに紅い輝きがはち切れんばかりに迸っている。

 そこに黒葉さんから流れ込んできた魔力が注がれる。

 その閉ざされていた口が開いて、口腔の奥に魂が宿ったかのように眼窩に燃える光と同じ炎が灯った。


「『死刻印デス・エングレイヴ』、『充填完了チャージマックス』!!」



--オァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!



 燃え盛る髑髏が雄叫びを上げる。

 これで、最後の準備が整った。

 しかし、準備が出来ていたのはオレだけではなかったようだ。

 ヤツの中には、すでに魔力が溜まっていたのだから。


『オ、オオ、オォォオォオオオオオオオオっ!!!!!『崩刻印ルイナ・エングレイヴ』!!」


 崩れかけた塔の、オレたちがいる先端部分。

 さらにその上に、斜めに傾いだ王冠を模した紋章が現われる。

 冠の底部を囲うように配置された宝石に光が灯り、曲線を描くドームに走る金糸を駆けて、頂点に座す一際大きい宝玉に届く。

 吹き飛ばされそうになるくらい、激しい圧をともなった魔力が襲いかかってきた。


「っ!?」

「・・・誠二くんっ!!」


 思わず竦みそうになった身体が、すぐ隣から引っ張られる。

 そのおかげで、オレはその場に立ち続けることができた。

 ・・・オレよりもずっと小さな身体なのに、どうしてこの子はここに居続けることができているのか?

 一瞬、そんな問いが浮かんできたが、そんなモノは明らかだ。


「大丈夫・・・ワタシは、ここにいるよ」

「っ!!・・・ああ、そうだね」


 オレを信じてくれているからだ。

 自分が支える男なら、こんなヤツ屁でもないと知っているからだ。

 ならば、オレはその子のためにも、そしてオレ自身の誇りのためにも、その想いに応えなければならない。

 

「『死刻印デス・エングレイヴ』発動」


 レベル9の魔法、『死刻印デス・エングレイヴ』。

 この魔法はそれ単体では何の攻撃力も持たない。

 ひたすらに魔力を圧縮し、ため込むだけだ。

 この魔法の真価は、ため込んだ魔力を他の何かに『刻みつける』こと。


「『死刻授与デス・エンチャント』」


 荒れ狂い、今にも暴発しそうなのはオレの魔力も一緒。

 その魔力を全身全霊で宥めつつ、インクとして刻む。

 手に持ったままだった大鎌に、血のように紅いラインが文字を描く。

 死神の、オレという存在の本質が、鎌の刃に形となって現われる。

 

『オオオオオっ!!我ハ、滅ビル・・・我ハ、礎ニ・・・儀式ノ勝利ニ捧グ『生贄』トナル!!』


 文字を刻むのは向こうも同じ。

 オレが選んだのが大鎌なのに対し、ヤツが選んだのは己自身。

 崩れかけたレンガに、白い光が文字となって走る。

 そして、それが最後のトリガーとなったように、オレたちがいる頂上ごと塔が崩れだした。

 その自壊は、塔の最後の悪あがき。

 だが、『破綻』、『崩壊』を司る塔のそれは、これ以上ない『破壊』をもたらす最大の自爆攻撃だ。

 自らの終わりを以て、怨敵もろとも葬り去るその在り方は。


生贄よサクリフィシウム!!』


 己の主のために身を捧げる、生贄だ。

 そして、贄を喰らった対価とでも言うように、これまで見てきた塔の魔法が子供の遊びに見えるほどの力が結界の中に満ちていく。

 いや、それだけに飽き足らず、紅い空にヒビが入り始めた。

 塔そのものどころか、この紅い世界すべてが爆弾に変わったかのよう。

 これが爆発すれば、結界の中のオレたちどころか、結界の外まで消し飛ばしかねない。

 だが、こっちも準備は完了している。

 オレの持った鎌の刃の先端まで、紅い文字が届いていた。

 オレは、崩れ落ちる塔の上で、鎌を大きく振りかぶった。

 今のこの大鎌より繰り出すのは、まさしく死神の一撃。

 

「『死神ノ大鎌デスサイズ』!!」


 鎌を振り下ろす。

 今にも足下から噴き上がりそうな、白い光。

 その光を呑み込むように、紅を帯びたドス黒い闇が切り込んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

『オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!』

 

 オレと塔の叫び声が重なるように響いた。

 白と黒がぶつかり合う。

 

「ぐっ!?」

『ハ、ハハ、ハハハハハッ!!!』


 光と闇は拮抗していた。

 しかし、徐々にオレの方が押されていく。

 それは、対価の重さなのか。

 『己の死』という、それ以上ない究極の対価を支払った塔。

 それに対し、オレの、オレたちの払った対価は魔力のみ。

 どちらが重いのかは明白だ。


『我諸共ニ、消エロ!!死神ィイ!!』

「ぐおおおおっ!!?」


 鎌にかかる圧力がさらに強まった。

 ビキバキと、紅いラインの走る刃に細かなヒビが入っていく。


(マズい!!このままだと押し切られる!?)


 刃が壊れる前に、腕にかかる力のせいで鎌がすっぽ抜けそうだ。

 だが、そうなればオレは勿論、オレを支えてくれた子まで消えてしまう。

 オレが、最悪の未来を思い浮かべたそのとき。


「ワタシを忘れちゃダメだよ!!」

「!? 黒葉さん!?」


 鎌の柄を握りしめるオレの両手に、黒葉さんの小さな両手が重ねられた。

 力みすぎて感覚がなくなりかけた手に、暖かな熱が伝わる。


「誠二くんは負けない。誠二くんは絶対に勝つの!!ワタシが勝たせるの!!」


 オレの中に、黒葉さんの魔力が流れ込む。

 光は少しだけ留まったが、それでも押し返すには足りない。

 迫り来る光の奔流は、少しずつオレの闇を食い破って、粒子となって火の粉のように降りかかる。


「痛ぅっ!?」

「黒葉さん!?せめてオレの後ろに・・・」

「嫌!!」


 黒葉さんの白魚のような手に、光の粒が当たる。

 オレが治した手に、また傷ができていく。

 だけど、黒葉さんはかぶりを振ってオレから離れようとしなかった。


「もう二度と、誠二くんを傷つけさせない!!足を引っ張るなんてもう嫌!!怪我する誠二くんをただ見てるだけなんて耐えられない!!ワタシがいる限り、誠二くんは何があっても大丈夫なんだから!!ワタシと誠二くんの2人なら・・・」



--ドクン!!


 

 悲痛なまでの黒葉さんの叫び。

 その叫びに呼応するように、ツーッと黒葉さんの手からオレの手に紅い液体が垂れる。

 そのとき、オレの中でナニカが脈打った。



「ワタシと誠二くんの2人なら、絶対に負けないんだから!!」



--アッシュ・・と一緒なら・・・たちは最強だ・・・



「っ!?」


 頭の中で、一瞬だけナニカがよぎった。

 けど、それは本当に一瞬で、すぐに見えなくなる。

 その代わり、オレは別のモノを『思い出していた』。


「・・・オレの魔法。そうだ」

「・・・誠二くん?」


 オレは身体を動かすのは好きだが、勉強は得意じゃない。

 特に、英語は苦手だ。

 読み書きは勿論、聞くのも話すのも。

 だけど、オレは口を開けてその一節を唱えていた。


「『灰より戻りAsh From Ash』、『塵より出でよDust From Dust』」


 それは、死を否定し、生の道を指し示す魔法。


『再誕せよRebirth』」


 ぶつかり合い、黒を押しつぶそうとしていた白。

 その流れに変化が生じる。


「えっ!?」


 まず、オレの声に応えるように、黒葉さんから流れ込む魔力の量が増える。

 ・・・この力は、理に反する業。

 今から起こすことのためには、大量の魔力が必要だった。

 そして、その結果はすぐに明らかになる。

 

「これは・・・」

『何ィイイイイイっ!?』


 触れたモノに癒えない傷をつける『破綻』の光。

 己自身すらその代償に消えていく光の輝きが、『増していた』。

 オレたちを消し飛ばそうとしていた光が、オレの鎌が触れているところから膨れ上がっていく。

 そして。



--フッ



 破綻する運命にあった白い光は、『ただの光』へと生まれ変わった。

 ただただちょっと眩しいだけの白い光は、闇とぶつかり合うモノもあったが、大半は方々へと散らばっていく。

 オレたちが足場にしていた塔の頂上はすでに完全に崩れ去っていた。

 遮るモノがなくなったオレたちは、そのまま宙を落ちていく塔とともに落下する。

 その途中で、塔の瓦礫の一部に、オレの鎌が触れた。

 その瞬間。


『バ、バカナ・・・!!』


 崩れていた塔が、『元に戻っていく』。

 レンガの一つ一つが綺麗に組み合わさり、荘厳なレリーフが彫られていき、立派な王冠が頂点に掲げられていく。

 

『グ、ク・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!』


 塔が叫ぶ。

 それは、『破綻の象徴』である塔の断末魔。

 最後の悪あがきのように、塔に組み込まれる前の瓦礫がオレに向かって飛来する。


『我ニ残ッタ滅ビノ力!!コレデ貴様ヲ滅ボスコトハ叶ワヌ!!ダガ、貴様ノ『芯』ダケハ消シテクレルっ!!』

「っ!?」


 その石ころは、塔の最後の力が籠もっていたのだろう。

 オレが発動した魔法を受けて、石ころからただの欠片に、さらには小さな砂粒となっても、確かにオレの元に届いた。

 オレの額に、ほんのわずかに何かが当たる感触があった。

 だが、それだけ。

 風に舞う砂粒も、その一つ一つに至るまでレンガの一部となって取り込まれていく。


「これがどうしたよ」

『コ、小揺ルギモ、セヌ、カ・・・無念』


 その言葉を最後に、肌を刺すようなプレッシャーが消える。

 そして。


「これで終わり・・・いや、始まりだ」


 元の何の変哲もないグラウンドに降り立ったオレたちの前に、『破綻』とはほど遠い、立派な塔がそびえ立っていたのだった。


 

 

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TIPS1 THE TOWER 塔



大アルカナの16番目。

天から降り注ぐ雷のような光に打たれ、崩れ落ちる塔と落ちていく人間の絵が描かれている。


正位置では、破壊、破滅、崩壊、災害や記憶喪失。

逆位置では、不幸、無念、屈辱、天変地異。


大アルカナの中でも珍しい、正位置と逆位置両方で不吉な意味を持つ。

一応、逆位置の方が不吉の程度は低いと言われるが、両方ともに『破綻』をテーマとしている。作中の塔は正位置。


作中では光属性の魔法を使用。

塔に降り注ぐ光は雷のように見えるが、炎でも雷でもなく『神による神聖な力』であると言われているため。


レベルは9。権能は『破綻』


その能力はシンプルで、文字通り『再出発できないほどの完全な終わりを強制する』というもの。

レベル8以上の大アルカナはプレイヤー、怪異問わず『ブースト』を使わずともある程度の権能が働いている。

ブースト』を使う前でも魔法の威力が同レベルの伊坂誠二より高かったのは、この『終わり』をもたらすという性質がいくらか発揮されていたから。

己が壊れていくほど強化され、最後に自らが『破綻』することで全大アルカナの中でも屈指の威力を持つ自爆を行う。

儀式によってレベル9の死神である伊坂誠二を完封するためにレベル9になるまで魔力を与えられたが、自爆の性質を考慮するとレベル5でも相当の危険度を誇る。

過去の儀式において塔が出現して自爆した場合、その一戦以降出現しなくなるとはいえ、必ず1人はプレイヤーが消されることとなった。


死神の権能である『始まりのための終わり。あるいは終わりからの始まり』とは相克の関係にある。

しかし、塔は光で死神は闇。さらには自己強化手段の有無もあり、同レベルならば1対1で死神が勝つことは出来ない。



使用した魔法について



召喚・崩岩サモン・フォーリングロック


超広範囲にわたってレンガを降らせる。

このレンガそのものはただのレンガ。

しかし、塔の一部であったために塔の権能を非常に色濃く含むことが出来る容量を持つ。



召喚・崩骸サモン・フォールンコープス


塔に描かれる落ちていく2人の男を喚び出す。

召喚される2人の男は、墜落死することでそのダメージを対象に負わせ、塔の権能を重ねがけして回復不能の大ダメージを強制するという呪いを有する。



召喚・神昂サモン・ディヴァイン・ラース


前述した『神による神聖な力』を喚び出す。

非常に強力な攻撃魔法。この光は神の怒りもしくは神の救済と言われるが、本作では怒りと解釈した。

純粋に威力が高いだけだが、防御はほぼ不可能。

他の魔法の例に漏れず、この魔法による傷は回復できない。



生贄よサクリフィシウム


塔そのものが『破壊』や『崩壊』、『破綻』の象徴であり、自身がその象徴の状態に近づくことによって発動可能となる自爆技。

己の命を対価として放つ攻撃は、その分威力が高くなる。

とくに、後述する『刻印エングレイヴ』を施した場合には『世界』にすら通用する。



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TIPS2 『刻印エングレイヴ


レベル9の魔法。

効果は魔力の蓄積と圧縮。そして、集積した魔力を別の何かに刻むことで飛躍的な強化を施す。

全部で三段階あり、途中で発動することも可能だが、その場合はチャージ段階によって威力が変動する。

また、強化する対象の強さによって強化倍率は異なる。

例えば、レベル1の『バレット』と、レベル7の『穿スラスト』をそれぞれ強化した場合には、最終的に同程度の威力になる(ただし、一部権能が干渉した場合や権能との相性によってはこの限りではない)。

膨大な魔力を要求し、攻撃や防御などに魔力を割くとその分チャージ速度が落ちる。



TIPS3 属性魔力の特徴


火、水、土、風、雷、氷の六属性の魔力は世界中に満ちる。

これに対し、光と闇は自然の世界に存在する割合が非常に少ない。


火 剛力と破壊

水 柔軟と治癒

土 重厚と守護

風 偏在と速さ

雷 貫通と迅さ

氷 不変と封印


光 排斥と浄化

闇 吸収と浸食


光と闇は相克の関係だが、同程度の魔力を光と闇に変換してぶつけた場合は闇が若干劣勢。

他属性の魔力を吸収した場合はその限りではない。

光と闇は他の六属性に強いが、その他の六属性であろうと、有利な条件が揃えば光と闇を上回ることは可能。

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