第53話 死神×魔術師 VS 塔

「う、ああ・・・」


 身体中が痛い。

 一体、オレに何が起きたのか。

 あの不気味な死体みたいな男たちを魔法で撃ち落とそうとして、塔に妨害された。

 でも、あいつらをそのままにしておくのはマズいと、オレの中のナニカが告げていて、だからダメージ覚悟で権能を使い、男の片割れを消し去ったのは覚えている。

 そして、その先の記憶がない。


(眠い・・・)


 そこまでを思い出したとき、身体中の痛みが消えていることに気付いた。

 同時に、凄まじい眠気が襲いかかってくる。



--誠二くん!!



(何だコレ?・・・あったかい)


 その眠気を妨げるように、身体の中に何かが流れ込んできた。

 温かいような、スルッとしたような、フワフワしたような、固いような、ビリビリするような、冷たいような、複雑な感触。

 雑多な要素が混ざり合っていたら、普通は不快感にしかならないと思うのだが、流れ込んでくるソレは不思議と違和感なくオレと馴染んでいた。

 まるで、普段から触れているモノなのかのように。

 だが、如何せん量が少なく、すぐに途切れ途切れになってしまう。

 そうすると、また睡魔の方が強くなる。


(マジで眠い・・・こりゃダメだ)


 プールの時間の後に聞かされる古文漢文の授業のごとく、抗いがたい眠気を相手にオレはあっさりと勝負を諦め、意識を手放そうとして。



--キミ。寝たらダメだ


「・・・あ?」


 気が付けば、オレは知らない場所にいた。

 周りにはいつか黒葉さんの家で見た図書室のように棚が並んでいる。

そこに収まっているのは本のようだが、本なのか巻物なのか分からない紙束もたくさん積まれている。

あれは何だろう。


巻物スクロールを見るのは初めてかい?』

「うおっ!?」


 突然背後から声をかけられ、思いっきりビビってしまった。

 慌てて振り向くと、そこにはオレよりも年上であろう青年が立っている。


「あ、す、すみません!!勝手に家に入っちゃって!!す、すぐに出てくので通報は勘弁してください!!」

『・・・まず一番に出てくるのが謝罪なあたり、キミは本当に育ちがいいね。キミ自身の気質やご両親の人柄も大きいのだろうけど・・・通報されるというのがリアルな恐怖でもあるからというのもあるのかな』

「え?」

『いや、気にしないでくれ。それと、慌てなくてもいい。ここにキミを招いたのはボクだからさ』

「あなたが、オレ・・・じゃなくてぼ、僕をここに?」

『・・・無理をして敬語を使わなくてもいいよ。というより、一人称を『僕』と言うのは止めて欲しいかな。違和感がすごい』

「はぁ・・・え~と、じゃあ、どうしてオレをここに呼んだんですか?というか、ここどこ・・・っていうか、あなたは誰です?」


 確かに、オレが変に敬語を使うとギャップがあるのか怪訝な顔をされること多い。

 かと言って、年上にタメ口で話すのもしっくり来ないので、一人称だけ『オレ』に戻して質問してみる。

 正直、今のオレには何も分からない。

 ここがどこで、どうして呼ばれたのか。

 そもそも、オレの目の前にいる青年は誰なのか。

 だが、分からないことだらけで普段のオレならパニックになっていそうなのに、何故か慌てる気分になれなかった。

見たことがないのにこの場所には見覚えがあるし、目の前の青年にも・・・


(なんかこの人、初めて会った気がしないんだよな。声にも聞き覚えがあるし)


灰色の紙と眼に、日を浴びていないかのように不健康気味な青白い肌を髪と同じ灰色のローブで覆っている。

優しそうでまさしく柔和と言うべき顔立ちは完全にヨーロッパとかその辺の白人だが、日本語はネイティブと聞き分けができないくらい流暢だ。

 そして、こんな特徴的な人は間違いなく初対面と言い切れるのだが、日本で遭っていたらまず忘れないだろうという見た目なのに、『昔どこかで会ったような?』という、おぼろげな既視感がある。

 その既視感が、オレを落ち着かせているのかもしれない。


『色々と一気に聞いてきてくれたが、まずは自己紹介といこう。ボクはアッシュ。そのままアッシュと呼んでほしい。ああ、キミのことはよく知っているからキミからの自己紹介はなくとも大丈夫だよ、伊坂誠二君』

「オレのことを知ってる?あの、もしかしてなんですけど、前に会ったことがあるんですか?」

『う~ん、そこはどうにも難しいところだね。こうして顔を会わせるのは初めてだけど、会ったことがないかと言えば、厳密には違うかもしれない。初めてキミが死にそうになっていたときは、ボクも『色々と』忙しかったからね。少なくとも、ボクはずっと前から、それこそキミが生まれたときからキミを知っている。これはキミの質問の答えにも繋がるんだけど・・・ここは、キミの内面。言ってしまえば、キミの心の中なんだが、ボクはずっとここにいたんだよ。まあ、普段はボクもずっと眠っているようなものだけど』

「お、オレも心の中!?こんなインテリっぽい部屋が!?」

『反応するのがそこなのか・・・ここの内装がこうなってるのは、ボクがいるからだね。今のここは、ボクの心象風景を再現している・・・あと、先に言っておくけど、キミのプライバシーについては侵害していないとだけは言っておくよ』


 そこで、アッシュさんはおもむろに本棚にある巻物を取って広げて見せた。

 文字は日本語で書かれていて、オレにも読めた。写真のような挿絵も付いている。


「何々?20○○年 8月10日。デカい屋敷の前で空手家崩れ4人に喧嘩を売られた・・・?なんだこりゃ?いや、確かにそんなことあったと思うけど」

『ここでは、外で起きた出来事を知ることはできるけど、すべてキミの書いた淡泊な日記を読むようなものでね。キミが魔力を纏っている、言い換えれば変身しているときだけしかボクも起きていないから、そもそも読むことが出来ない。まあ、夢を見るように、本の内容が思い浮かんだり、外の光景を見てしまうことはちょくちょくあるけどね。そして、三つ目の質問の答えだ。こうして顔を会わせることができるのはキミが死にかけているときだけなのさ・・・今みたいにね』

「なっ!?」


 オレが死にかけている?

 突然の爆弾発言に、オレのプライバシー云々についての話が完全に消し飛ぶ。

 

『キミは、あの塔の呪いを受けたんだ。『墜落死の痛みを問答無用で押しつける』って言うね。レベルが同じなら、キミ『だけ』じゃあの塔には勝てない。呪いの弾数は二発。一発目を死神の権能で消したのはよかったが、それでガードをめくられて、残る一発を受けた。いくらキミでも、それではさすがに・・・』

「な、なら黒葉さんは!?黒葉さんは無事なのかっ!?」

『・・・そこは大丈夫だよ。ちゃんとキミが庇ったからね。だけど、状況はよくない。戦いの要であるキミが戦闘不能だからね。今のままでは、彼女の死期を少し延ばしただけだ・・・人の話を途中で遮るのはあまり感心しないが、まあ、事が事だししょうがないか。実にキミらしいことでもあるし』

「そ、そうか、よかった・・・いや、よくない!!ど、どうしたら、オレは元の場所に戻れますか!?」

『・・・今ここにキミがいるのは、死にかけて身体から離れそうになっている魂を、ボクが繋ぎ止めているからだよ。それ故に、キミがここを出るには、キミの身体が修復されている必要がある』


 黒葉さんはどうにか無事なようだが、塔はそのままだ。

 オレが動けないときに『バレット』を撃たれるだけでも詰み。

 全力で元の場所に戻らなければならないが、それにはオレの肉体が治っていなければならないらしい。


「オレの身体はどうなってるんですか?」

『・・・気になるなら見てみるといい。今ならボク視点の状況が書いてあるよ』

「・・・え~と、うっ!?グロっ!?内臓破裂に肋骨と両足骨折・・・?」

『折れてる骨で言えば、もっとたくさんあるけどね。そもそも他にもいろいろとあるし。まあ、これで今のキミがどうなっているのかはわかっただろう?実に危険な状態だ。キミが死んでいないのは、魂をここに繋ぎ止めていることで、かろうじて権能・・・いや『キミ自身の魔法』が発動しているからさ。塔の呪いを受けて弱っているけどね』

「オレの魔法・・・?」

『ああ。キミとボクは同じ才能を持っている。『死神』にとてつもない適性を持っている理由でもある。ボクがここにいるからそうなったのか、それとも最初からキミがそうだったのか・・・う~ん、これについては難しいな。両方合っているとも言えるし、そもそも最初からと言うならキミとボクが・・・』


 なんだかよくわからないが、オレはかろうじて生きているようだ。

 オレが生きている理由について教えてくれそうなアッシュさんだったが、途中から小声で何やらブツブツと呟き始めた。

 なんか、黒葉さんがたまにこんな風に考え事をしていたのを思い出す。

 大いに気になるところではあるが、今はそこを気にしている場合ではないので、軌道修正するべくオレはアッシュさんに話しかけた。

 

『魂の容量が大きすぎてボクの情報を消しきれずに残ったと見るのが妥当か?ボク自身の情報の大きさに加えて『アレ』のこともある。ボクの願い通りに進み、人々のためになったとはいえ、あの子たちを悲しませた上に誠二くんに余計な重荷を背負わせてしまっているのはもどかしいな・・・ボクは、やはり間違えたのか?いや、考えてもどうにもならない。下手すればあのとき、あの『悍ましいモノ』がリーフィアに移っていた可能性もあったと思えば、これが最善と思うしかないか』

「あの!!アッシュさん!!」

『今のこの状況も、ある意味では運がいい。相手が塔でなければ、ここまで大人しくはならない。考えるのも不愉快だが、いっそ、ここでこのまま消えてしまえば・・・いや、ダメだな。それでは根本的な解決にはならない。イタチごっこだ。それに、この『儀式』という怪異だって放っておいていいモノじゃない。リーフィアだけじゃなく、ルーナまで関わっているのならなおさら・・・ん?ああ、すまない』


 思考の沼に沈んでいたアッシュさんが、元に戻ってきてくれた。

 改めて、オレの聞きたいことを聞いてみる。


「それで、オレはどうすれば・・・?」

『今のキミにできることはないよ。唯一あるとすれば、信じて待つことだけさ』

「信じて待つ?」

『そう。図らずもキミが取った『最善手』。その結果をね。幸い、勝率は低くないようだ。この盤面が揃っているのは奇跡的だけどね。運命すら感じるよ・・・このボクが『運命』とは、ずいぶんな皮肉だけど』

「? オレが取った最善手?それに、勝率は低くないって・・・オレは元に戻れるってことですか?」

『うん。そろそろキミにも感じ取れると思う・・・来たかっ!!』

「どうし・・・っ!?」


 普段ならば焦りしか感じないであろう、『信じて待つ』という消極的な答え。

 けど、今のオレにはまったく焦燥感が湧いてこない。

 まるで、目の前のアッシュさんが持つ勝利への確信をオレも感じているかのように。

 それでもその理由を聞きたくて、オレがさらに続けようとしたそのときだ。



--『魔纏マギア・ブースト』!!誠二くん!!受け取って!!



 アッシュさんと話す前に感じた、複雑な何かの微かな感触。

 それを何倍、いや何十倍にも強めたようなモノがオレの中に流れ込んできた。


「な、なんだこりゃっ!?」

『おめでとう。賭に勝ったね。やはり、あの黒葉という子も只者じゃなかったようだ。彼女の『先祖』の才能を引き継いでいたのか、それとも彼女自身が傑物なのか。あるいはその両方か・・・どうあれ、彼女の中に眠っていた資質をキミの力が呼び起こしたんだ』

「おおっ!!」


 アッシュさんがなにやら説明をしてくれているが、オレはそれどころではなかった。

 身体中に力がみなぎっていくような感覚がするのだ。

 ここがオレの心の中だというのに、オレの身体が元気になっていくのがわかる。


『これは・・・やはり同じ『血』を持っていたということか。光属性以外の、自然に満ちる六属性すべてをここまで扱えるようになっているとは。しかも、これほどまでの『親和性』の高さ・・・長い年月をかけて磨いてきたのか。まさか、あの子はこれを狙って・・・』

「アッシュさん!!これでオレは戻れるんですか!?」

『!!・・・ああ、戻れるよ。この魔力は闇属性と非常に親和性が高い。同じ闇属性の魔力よりも上かもしれない。この魔力を糧に、キミの権能が力を取り戻しているのがわかるよ。塔の呪いを押し返しているんだ。そして、キミの力ならば魔力を生命力に換えることだってできる。キミの身体もすごい勢いで治っているようだ。これならもう今にでもここを出ることが出来るはずだよ』

「そうなんですか!!よしっ!!それじゃあアッシュさん!!色々教えてくれてありがとうございました!!オレ、早く向こうに戻るんで・・・あれ?どうやるんだ?」

『・・・はぁ。少し待ちなよ。ちゃんと教えるから。けどその前に、一つお役立ちなことを教えてあげよう』

「お役立ち?」


 なんだろう?

 オレは早く向こうに戻りたいのだが。

 しかし、このアッシュさんが言うことならば本当に役に立つ、いや、聞かなければマズいことなのではないかとすら思ってしまう。


『キミがここにいるのは、死にかけているキミをボクが繋ぎ止めているからだが、実はもう一つ理由があってね。これまでもキミが使える魔法に少し干渉したことはあったけど、今回はこうして直接伝えることができる。ならば、キミの魔法の名前を知ってもらおうと思ったんだ。名前というのは、その存在に確かな形を持たせるモノ。知っているのといないのでは、大きな差が出る』

「オレの魔法の名前?」

『ああ。よく覚えておくんだよ。ここでのことを、きっとキミはほとんど忘れてしまうだろう。でも、これだけはしっかり刻みつけるんだ。いいかい?キミの魔法は・・・』



-----



「それじゃあ、ありがとうございました!!今度こそ行ってきます!!」

『ああ。気をつけてね』

「はい!!」


 伊坂誠二は灰色の青年に軽く頭を下げると、青年に教えられたように帰還を強く念じる。

 すると、次の瞬間にはその場から消えていた。


『行ったか・・・』


 手を振って伊坂誠二を見送ったアッシュは、しばらくするとポツリと呟いた。

 そして、本棚からまた一本の巻物を取り出して広げる。

 そこには、回復した伊坂誠二が起き上がり、黒葉鶫に飛びつかれている挿絵が描かれていた。

 それを見て、アッシュの口元が緩む。

 しかし、すぐに何かを思い出したかのように強く引き絞られた。


『頼んだよ、誠二くん。ルーナとリーフィア・・・いや、黒葉さんと、キミがツキコと名付けた子のことを。あの子はもう、ツキコという別の存在なのだから』


 祈るように、アッシュは伊坂誠二に言葉を贈る。

 

『キミなら大丈夫だ。儀式と呼ばれる怪異は確かに強い。けど、ボクの、キミの中にあるモノの力があれば・・・』


 人間の欲望が凝り固まって生まれたとされる儀式は、現代において最強の怪異の一つと言っていい。

 人間の欲望に果てはない。

 飢えている者は粗末な食事だろうが欲しがる。その一方で、豊かな者はそんなモノでは満足せず、さらなる美食を求める。美味しいモノが手に入ったところで、さらに高価で、珍しくて、美味なモノを食べたいと思わずにいられない。

 金を欲する者は、いくらため込もうと金を集めることを止められない。

 欲していたモノが手に入っても、満たされるのは一時だけ。

 食欲、性欲、睡眠欲といった生物にとって基本の欲望に始まり、生命を守るための、安全を求める欲。そして他者との繋がりを求める社会的欲求、他者から認められることを望む承認欲求、さらには己の理想を追い求める願いすらも欲だ。

 人間から欲望がなくなることはなく、そうである限り儀式もまた滅びることはない。

 しかし、人間がいくら追い求めようと、人が人である限り手に入らないモノもまた在る。

 いや、そもそも『ソレ』があるからこそ、人間は欲望に駆られるのかもしれない。

 どれほどの欲望に塗れても、覆い尽くすことができないモノ。

 儀式よりも遙か昔から存在し、青年がその身を以て倒さなければ、この世を統べる最凶の怪異となっていただろうモノ。

 ソレがある限り。


『キミが負けることはない』

 

 

-----



 ワタシは争いが嫌いだ。

 ワタシが弱いのもあるし、おばあちゃんからいい子でいるように育てられたのもあるが、そもそも何かを傷つけるという行為に恐怖を覚えてしまう。

 ワタシだって魔法使いなのだし、薬を作る魔法を使える。

 その気になれば人間の1人や2人証拠も残さず殺すくらいはできる。

 けど、周囲の人間にいじめられたり遠巻きにされたときも、そうしようなどとは思わなかった。

 これはきっとワタシの気質なのだろう。

 ワタシは戦いが怖くて嫌いだ。

 そして、それに繋がる大きな力を持つことも。

 でも。


「『魔纏マギア・ブースト』!!」


 ワタシは、初めて力を望んだ。

 誠二くんが死にそうになっていて、助けるためには力が必要だった。

 誠二くんを傷つける敵を倒すための力が欲しかった。

 でも、それだけじゃない。

 力を望んだのは今日が初めてだけど、きっと気が付いたのが今なだけで、本当はずっと前からそう思っていたのだ。


「誠二くん!!受け取って!!」

「・・・うぅ」


 身体中に、いや、周囲一帯に溢れる『エネルギー』。

 その膨大な力の流れを、いつの間にかワタシの手に収まっていた白い短杖に集める。

 そして、その力を以て新しい力を、魔力を『創造』する。

 火、水、土、風、雷、氷の六属性。

 この世界に満ちる、まるで無限にも思えるほどのエネルギーから創り出したワタシの魔力を、誠二くんに流し込んだ。

 弱々しくうめき声を上げていた誠二くんの中に、大河が流れていくように魔力が入っていく。


「う、あ・・・う、うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「誠二くん!!」


 誠二くんが大きな叫び声を上げた。

 それは苦しみの声ではない。

 普段からよく聞く、活力に満ちた声。

 ワタシが流し込んだ魔力がどんどん消えていくのと反比例するように、誠二くんの力が息を吹き返していくのがわかる。

 誠二くんの周りに渦巻いていた、禍々しい嫌な気配が薄れていく。

 そして。


「はっ!?お、オレは!?何があった!?黒葉さんはっ!?」

「誠二くんっ!!」

「おわっ!?」


 ワタシは思わず誠二くんに飛びついていた。

 一体どういう原理なのか、ボロボロだった鎧や服まで直っていて少し痛いが、そんなモノは気にならない。


「く、黒葉さんっ!?だ、大丈夫なの!?」

「うっ、うっ、うわぁああああああああああああああん!!」

「えっ!?えっ!?なんで泣くのぉおおおっ!?」


 誠二くんが生きている。

 その事実にワタシは安堵して、その余りに泣き出してしまった。

 でも、今は戦いの最中だ。


崩穿ルイナ・スラスト


 無機質な声が響いた。

 それと同時に、背筋が寒くなるような力も。


「チッ!!あの野郎!!ここは・・・あれ?オレ、何しようとしてたんだっけ?」


 誠二くんが悪態を付くが、直後怪訝そうな声で小さく呟いた。

 そんな誠二くんに、ワタシは叫んだ。


「誠二くん!!『穿スラスト』を!!」

「え?あ、わ、わかった!!で、『死穿デス・スラスト』!!」

 

 何やら混乱していたようだが、ワタシの声に即座に反応すると、誠二くんは黒い光条を放つ。

 しかし、その魔法はこれまで見てきたように光にぶつかると当たった傍から消えていく。


「クソっ!!やっぱダメか!!なんとかできそうな気がしたのに!!黒葉さん!!早く逃げ・・・」

「大丈夫!!」

「え?」


 ワタシは、消えていきながらも破滅の光を押しとどめている黒い魔法に向けて短杖を向けた。

 そして。


(せっかく誠二くんに思いっきり抱きつけたのにぃいいいいいいいい!!!)


 誠二くんと合法的にくっつけていたのを邪魔された怒りを込めて叫んだ。


「『魔穿マギア・スラスト』!!」

「す、『穿スラスト』!?」


 誠二くんの驚く声を尻目に、赤、青、黄、緑、紫、藍色の六色が混ざった光が飛んでいく。

 六色の光は黒い光に当たり・・・黒い魔法が大きく膨れ上がった。

 その分、白い光が押し戻されていく。


「な、何が起きたんだ?黒葉さんの魔法が当たったら、オレの魔法がデカくなった・・・?」


 呆けたように目の前の魔法のぶつかり合いを眺める誠二くん。

 ついさっき、誠二くんの『ブースト』を見てわからないことだらけだったから気持ちはよくわかるが、今はボゥッとしている時間はない。

 ワタシたちの魔法が拮抗したのはほんのわずか。

 あの魔法に対抗するには、もっとしっかりワタシの魔法を誠二くんに『食べて』もらわなければいけない。


「後で説明するよっ!!今は魔法をっ!!権能も込めて!!ワタシも合わせるからっ!!」

「わ、わかった!!『死穿デス・スラスト』!!」

「『魔穿マギア・スラスト』!!」


 さっきの魔法が残っているうちに、次の魔法を撃つ。

 魂を削られる痛みは凄まじいモノだったろうに、誠二くんは権能を込めた魔法を撃ってくれた。

 今度は、ワタシと誠二くんのタイミングがピッタリとかち合う。

 六色の光と黒が入り交じり、一瞬だけ七色になると、すぐに大きな黒い光となって突き進んでいく。

 白い滅びの光と、漆黒の闇が正面衝突した。

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」


 こんなに叫んだのは生まれて初めてかもしれない。

 黒い光が溢れる誠二くんの手に、ワタシの短杖の先端を押し当てる。

 誠二くんの魔法が撃ち出されるそばから、ワタシの魔法を吸っていく。

 白と黒がぶつかり合う。

 これまではほんの一瞬白を押しとどめるだけで限界だったのが、今は互角。

 『破綻』の力は、『終わりからの始まり』を拒絶する。

 それほどまでに、破綻の力が強かった。

 だが、今は違う。

 『終わりからの始まり』を促す力に、『無限』のエネルギーが注ぎ込まれていく。

 どれほどの『終わり』が迫ろうと、『無限』の後押しを受けた『始まり』は屈しない。

 誠二くんを削らせなどさせない。

 誠二くんに届く前に、ワタシの魔法を喰らった権能が逆に塔の権能を砕いていく。

 そして、ついに。


『馬鹿ナ・・・』


 白と黒の光が、空中でかき消えた。


「あ、あれだけ強くてどうしようもなかった魔法が、消えた?」

「勝ったんじゃなくて相打ちだけどね。でも、次は勝てるよ」


 目の前の光景が信じられないような誠二くん。

 そんな誠二くんの手をしっかりと握りながら、誠二くんの隣で、ワタシは言った。


「今のワタシなら、誠二くんを勝たせてあげられる」

「黒葉さん・・・」

(そうだ。ワタシは、ずっとこうなりたかったんだ)


 力を望んだのは今日が初めてだけど、きっと気が付いたのが今なだけで、本当はずっと前からそう思っていたのだ。

 それがはっきりわかったのは、あのとき。



--オレがやりたいからやる、そう決めたからやるんだ



(誠二くんは、白上を置き去りにしてでもワタシを助けに来てくれた。けど、ワタシと白上の立場が逆でも同じことをした)


 誠二くんはびっくりするくらいの善人だ。

 困っている人を見捨てられない。

 それは間違いなく誠二くんの美徳で、そのおかげでワタシも助けてもらえた。

 でも、ワタシはそれが気に入らない。


(困ってるから、じゃなくて!!ワタシだから・・・『黒葉鶫だから』来て欲しい!!でも、それはまだダメ。それが叶わないのなら)


 誠二くんなら、オカ研の部室に残ったのがワタシで、出て行ったのが白上なら、白上を助けに向かうだろう。

 困っている人を放っておけないから。

 そうして、白上を置き去りにしたように、ワタシから離れて行ってしまうのだ。

 それは嫌だ。

 ならばどうすればいいか?

 その答えは簡単だ。


(いつも、どこでも、どんなときでも傍にいればいい。誠二くんの隣に立てるくらい、強くなって!!)


 助けられるだけじゃダメだ。

 頭がいいだけでも足りない。

 それでは誠二くんはいつか離れて行ってしまう。

 ワタシが付いていくのだ。

 誠二くんの隣にいるのに相応しくなって。

 今のワタシならそれができる。

 今のワタシの『権能』は、そのため力だ。

 そして、その力にはまだ誰にも見せていない、ワタシですら知らない先がある。

 それは、ワタシだけの力じゃないから。

 それを託してくれた人のために、今こそ使うのだ。

 ワタシは、ローブのポケットの中で奇妙な熱を持った『ソレら』を取り出した。


「黒葉さん、それは・・・」

「うん。誠二くんがワタシにくれた力だよ。だから、使うの」


 『女教皇』、『吊された男』、『女帝』、『皇帝』。

 氷、火と水、土、雷を司る大アルカナ。

 足りないのは風。

 でも、それは最初から持っている。

 

「『魔術師』の本来の属性は『風』。その上で、四元素すべてを扱う資格を持つ!!」


 『Ⅰ』の数字を頭に持ち、短杖を天に向ける魔術師が描かれたカード。

 ワタシが最初から持っていたカード。

 その力が、今燃え上がりそうなくらい熱く滾る。

 まるで、『今すぐここから出せ!!戦わせろ!!』と言うかのように。

 その熱い意志に応えるように、ワタシは今のワタシに使える最強の魔法を唱えた。


「『魔喚マギア・コーリング』・・・まずはあなた!!来て!!『風の剣ソード・オブ・スート』!!」


 喚び出したのは魔術師が操る魔法の剣。

 ひとりでに宙に浮かぶ緑色の剣から、歓喜の雄叫びを上げるように豪風が吹き荒れる。

 その風を受けながら、ワタシは繋いだ手を強く握りしめる。


「行こう、誠二くん!!今のワタシなら、ワタシたちなら、誰にも負けないよ!!」


 風に負けないくらいの大きな声を出して、ワタシがそう言うと。


「・・・ああ!!」


 胸の灯りだけでなく、瞳にも闘志を灯して、誠二くんは力強く頷いてくれたのだった。

 ワタシの手を、ギュッと握り返しながら。

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