第52話 反転《リバース》

「うおっ!?眩しっ!?」

「な、何の光っ!?」


 オレがレベル9の魔法を発動するのと同時に広がった、目を灼くかのような強い光。

 あまりの強さに、オレと黒葉さんは揃って声を上げ、その場から動けなくなる。

 だが、光が放出された時間は短かったらしく、恐る恐る目を開けてみると、目を閉じる前と同じ紅い空が映る。

 しかし、同時に目に飛び込んできた光景に、オレは叫んだ。


「な、なんだありゃ!?」

「と、塔が・・・」


 さっきまで悠然とそびえ立っていた、五階建ての校舎よりも大きな塔。

 しかし、今は見る影もない。


「崩れてる・・・」


 レンガ造りの美しい外壁には痛々しいヒビがいくつも入り、中にはほとんどのレンガが抜け落ちて内部が見えている箇所すらある。

 ドーム状の先端は半分が無残に崩れ落ち、もう半分もあちこちに穴が空いてボロボロだ。

 まさしく今にも崩れ落ちそうなくらいに。

 だが。



--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!



「「っ!!?」」

 塔の被害と反比例するかのように、おぞましいプレッシャーがオレと黒葉さんを襲う。

 そして、オレの本能がさきほどまでとは比べものにならないほどに警鐘を鳴らしていた。



--滅びの権化。アレの行く先に『始まり』はない。あるのはただ『終わり』だけ



(ヤバい・・・アイツは、ヤバい!!)


 全身に震えが走る。

 校舎の廊下で乗り越えたはずの恐怖が戻ってくる。

 ガチガチと、歯の鳴る音がオレの口から聞こえてきて・・・


「誠二くん」

「っ!?」


 手綱を握るオレの手を小さな掌が包んだ。

 静かな、けれども強い意志を湛えた紅色の瞳がオレを見上げている。


「ワタシは、誠二くんに『アレに立ち向かって』なんて言えない。ワタシだって怖いけど、誠二くんには、あの塔の『本質』がわかってるんだよね?」

「黒葉さん・・・」


 鎧ごしではあるが、気が付いた。

 黒葉さんの手も、震えている。

 黒葉さんだって怖いのだ。

 でも、その声は凜としていた。


「ワタシは、誠二くんがどんな道を選んでも着いていくよ。立ち向かっても逃げても、最後に死ぬのだとしても、一緒に行くから」

「っ!!」


 その声を聞いて、オレはハッと目が覚めたようだった。

 そして、片方の手で自分の頬を殴りつける。


「せ、誠二くんっ!?」

「ありがとう、黒葉さん・・・おかげで気合い入った」


 そうだ。もうこれについてはケリをつけた。

 今更ビビっている訳にはいかない。

 オレがあの塔を倒せなければ、黒葉さんは勿論、置いてきてしまった白上さんまで死んでしまう。

 ならばやるしかない。

 そのための切り札はすでに切ったのだ。

 オレは、背後に浮かぶ髑髏の紋章に意識を向ける。


「『死刻印デス・エングレイヴ』、『充填開始チャージスタート』!!」



--ヴゥン・・・



 オレが叫ぶと、エンジン音のような重厚な音を立てて、紋章がうっすらと輝き始めた。

 そして、髑髏の左側の眼窩に黒い光が集まり始める。

 同時に、オレの魔力がガンガン減りはじめた。


「誠二くん、この魔法って・・・」

「うん。この魔法は、ゲージ溜めみたいなもんなんだ」

「ゲージ溜め・・・」


 格ゲーで、強力な技を出すためにはパワーゲージ、略してゲージというRPGでいうMPを消費する。

 このゲージは通常の攻撃で少しずつ溜まっていくのだが、あるコマンドを入力することで無防備になる代わりにゲージをモリモリ溜めることができるのだが、この『死刻印デス・エングレイヴ』はそれとよく似ている。

 ただし、チャージ中だからと言って動けないワケではないし、こちらから攻撃することもできる。

 その分溜めるスピードは落ちてしまうが、オレの権能はこの魔法と非常に相性がいい。


「迂闊な攻撃はしちゃいけないから避けるのに集中する。そんで、避けられない分は吸収して、全部こっちに回す・・・黒葉さんの薬が生命線だ。オレの調子が悪くなったらさっきのを飲ませて欲しい」

「っ!!わかったよ!!」


 この『死刻印デス・エングレイヴ』は魔力の消費が凄まじく、これまで一度として魔力が目減りした感覚を感じたことのないオレですら、力が抜けていくような気がする。

 だが、オレの権能ならば相手の攻撃を自分の魔力に変えることが出来る。

 光属性の魔力はどうやら効率が余り良くないし、体調も悪くなるようだが、黒葉さんの薬があればカバーできる。

 こちらの迎撃態勢は完璧だ。

 さあ、どうやって来る?


『・・・『崩喚ルイン・コール』、『召喚・崩岩サモン・フォーリングロック』』

「んなっ!?」


 馬に跨がったまま身構えるオレたちのことなどなんとも思っていないように、無機質な声が響く。

 直後、オレたちの頭上に、いや、このグラウンドの上空すべてに、おびただしい数のレンガが現われた。

 まるで、『ブースト』によって失われた部分が今まで空の上にあったかのように。

 そして。


『墜ちろ』

「やっぱりそう来るかよっ!!」


 塔が一言命ずると、重力を思いだしたかのようにレンガが降り注いできた。

 もはや雨ではなく、天井が丸ごと落ちてきたかのような光景だ。

 だが、それだけならさきほどまでの光の雨と大差ない。

 オレは権能を発動し、レンガを消そうとする。

 『始まりのための終わり』を象徴する力は、石礫の雨も光と同じように消し去った。

 しかし。



--ガリッ!!



「うぐっ!?」

「誠二くんっ!?」


 身体のどこでもない、けれどもオレの根幹を成す『何か』が削られた気がした。

 


「ぐっ!?『死穿デス・スラスト』!!」



 レンガはまだまだ降ってくる。

 急遽、オレは攻撃魔法へと切り替えた。

 そしてすぐさま馬を走らせ、『穿スラスト』がぶち当たる場所の真下に移動する。

 そうこうする内に、『穿スラスト』がレンガが正面衝突して・・・


「誠二くんの魔法が消えたっ!?」


 今の権能を解放したオレが放つ魔法は、普段よりも大幅に威力が上がっている。

 塔が校舎の一部を消し飛ばしていたが、あれよりも威力は高いだろう。

 だというのに、オレの魔法がレンガに当たった瞬間、魔法が消えた。

 まるで、オレの権能と同じことが起きたように見えるが、それは違う。


「うおおっ!!」

「ひゃあっ!?」


 一瞬で消えたように見えたオレの魔法だが、正面からぶつかったレンガもまた消えていた。

 そこだけポッカリと空に穴が開いたようになった場所にどうにか滑り込んで、レンガを回避する。

 さっきまでオレたちがいた場所にレンガが降り注ぎ・・・砂埃すら立たせず、地面がフッと消えた。

 あっという間に、オレたちがいる場所を覗いて地盤沈下でも起きたような深い盆地が出来上がっていたのだ。


「・・・こ、これが」

「塔の権能・・・!!」

(オレがビビってたのは、これか・・・)


 さっき、オレの権能で塔の攻撃をかき消したように見えたが、実際には違う。

 オレの権能と塔の権能が『共食い』したのだ。

 いや、塔の権能の性質を考えれば、喰われたのはオレだけか。


「塔の象徴は『崩壊』や『破壊』だけど、でも今のは・・・?確か、塔の正位置と逆位置両方に共通するのは『破綻』。そして、死神は『始まりのための終わり』の象徴。誠二くんの権能が、『始まりのための終わり』、ううん『終わりからの始まり』を起こす力なら、もしかして・・・」


 オレの権能はちゃんと説明していなかったのだが、さすがは黒葉さん。

 オレが何をしているのかを見て、完璧な正解を導いていた。

 その上で、オレの権能と塔の権能がぶつかり合ったときに何が起きたのかということも理解したようだ。


「黒葉さんの思っている通りだと思うよ。オレの権能は、何かを『終わらせて』、そこから別のものを『始めさせる』力だ。でも、あの塔の攻撃は、全部最初から『終わりきってる』」


 塔のタロットは、大アルカナでも唯一正位置と逆位置両方ともに凶を意味するカード。

 そして、両方に共通するのは『破綻』。

 破綻とは、『物事が修復しようがないほどうまく行かなくなること』。

 つまり、あの塔は『新しい始まり』を拒絶している。

 このことを、オレは死神として本能的にわかっていたのだ。

 

「さっきオレの権能とぶつかり合ったときに両方とも消えたけど、本当はオレの権能が塔の権能の自爆に巻き込まれたんだ」


 塔が召喚したレンガ固有の能力かもとは思ったが、レンガが消えた後にもオレの背筋を冷やすような感覚は依然として消えていない。

 あれは本当にただのレンガだったのだ。

 ただし、『壊れた塔の一部』であったために、その権能を下位の魔法よりも色濃く反映していた。

 塔の『破綻』、つまりは『完全な終わり』という概念を含んだレンガは、放っておけば消える。

 しかし、消える前にオレの権能を上回る『終わり』で拒絶し、諸共に『終わった』。

 そして、オレの権能はオレ自身と深く繋がっている。

 権能の一部を無理矢理消されたことで、オレもまたダメージを受けたのだ。

 塔のレベルがオレより一つ、いや二つ低ければ権能どうしの勝負でも勝てたかもしれないが、恐らくあの塔のレベルはオレと同じ9。ぶつかればオレの方が負ける。

 つまり。


「アイツの攻撃は、一発も受けちゃダメだ」


 『ブースト』による魔法の威力アップは、これまでの大アルカナたちとの戦いは勿論、今のオレ自身でも体感している。

 そして、それは塔も同じ。

 あのレンガは当然として、『穿スラスト』や『大砲カノン』もまた破滅的な威力になっているのは間違いない。

 防ごうにも、オレの権能は逆にオレへのダメージになりかねない。

 ここから、塔の攻撃はすべて回避しなければならない。


「・・・・・」



--ボッ・・・



 チラリと背後を見れば、髑髏の左側の眼窩に紅い光が燃え上がるところだった。

 次いで、右側の眼窩に淡い光が集まっていく。

 しかし、さっき塔の権能を喰らったからか、最初よりも溜まるスピードが落ちているようだった。

 

(まだ半分も溜まってないのかよ・・・)


 『死刻印デス・エングレイヴ』は全部で三段階。

 ここから権能を使えず、回避や魔法による相殺で凌がなければならないと考えると・・・


「キッツそうだな、おい・・・けど」

「・・・・・」


 オレを心配そうな目で見る黒葉さんの視線を感じながらも、オレは敢えて塔に向かって笑いかけた。

 意識して、牙をむくように。


「やるしかねぇよなぁっ!!」


 そう叫んで、オレは馬を走らせ、崖と化した地面を飛び越えるのだった。



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崩大砲ルイン・カノン

「チッ!!『死穿デス・スラスト』!!」


 紅く染まった街を馬に乗って走るワタシたち。

 そこに、工場地帯にあるガスホルダーのような大きさの光の砲弾が飛んでくる。

 咄嗟に誠二くんは『穿スラスト』を放つが、光の砲弾に当たった傍から黒い力の奔流がボロボロと崩れていく。

 だが、光の勢いもまた弱まった。


「うおおっ!!」


 その隙に、誠二くんは魔力を注いで馬のスピードを上げ、学校の敷地を飛び出して入り込んだ住宅街を走り抜ける。

 直後、背中側から一瞬眩しい光が見えた。


「・・・!!」


 後ろを振り返ってみると、さっきまで走っていた場所の『すべて』が消えていた。

 家も、道も、地面も。

 あるのはポッカリと空いた大穴だけ。

 遮るものがなくなったから、距離が離れても舞札高校にある塔がよく見えた。


「権能解放してるってのに、『穿スラスト』でも『大砲カノン』に勝てねぇのか・・・」


 歯噛みするように、誠二くんが小さく呟いた。


(・・・誠二くんと塔は、恐らくどちらもレベル9。けど)


 プレイヤーと怪異のレベルが同じなら、レベル6の『大砲カノン』とレベル7の『穿スラスト』がまともにぶつかれば、『穿スラスト』が勝る。

 だが、実際には誠二くんの『穿スラスト』は『大砲カノン』の威力を削ぐことには成功したものの押し負けてしまった。

 これは、相性のせいだ。


(この塔、誠二くんと相性が悪すぎる・・・)


 大アルカナの権能が魔法に反映されるかどうかは、ケースバイケースだ。

 女教皇や女帝は魔法にも権能が込められていて、誠二くんの魔法を打ち消していたが、吊された男や皇帝は自身の強化や分身といった魔法の威力向上以外のところに権能が発現していた。

 そして、この塔の魔法は前者と同じようで、あのレンガほどではないが攻撃魔法一つ一つに触れるモノすべてを消してしまう『破綻』の権能が作用している。

 この時点で誠二くんは権能を使用できず、魔法の強化が行えないために圧倒的に不利。

 その上、塔の属性は光であり誠二くんの闇と相克の関係にあるのだが、闇属性は光属性以外を吸収できる特性を持っている代わりに、同じ質・量の魔力を変換した場合、威力は光属性に若干劣るのだ。

 しかも、さらに追い打ちをかけるように。



--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!



「っ!!またっ!!」


 離れていても、塔はよく見える。

 今も、塔の外壁がガラガラと崩れるのがわかった。

 そして、これだけの距離があるというのに肌を刺すような圧力が強まるのを感じる。

 

(権能を使った強化・・・自分が傷つくほど強くなる)


 塔の象徴は『破綻』、『破壊』、『崩壊』など、マイナスのイメージを持たせるモノばかり。

 傷ついて怒れば怒るほど強化された吊された男に、嫉妬することで強くなった女帝、見下すことで力を増した皇帝。

 それらの大アルカナと同じように、塔は傷つくほど強くなる。

 権能を使う前からその能力は持っていたが、権能を解放したことで崩れたのが理由なのか、はたまた強大過ぎる力に耐えられないのか。時間が経つにつれて塔は少しずつ自然に崩壊が進み、そのたびに力が膨れ上がっている。

 一方の誠二くんも本来ならば権能で自分を強化することができるが、塔相手ではむしろ自分がダメージを受けてしまう。

 権能と属性、強化手段。これらの相性の悪さによって、誠二くんは著しく不利に追い込まれているのだ。

 塔は自傷しているとはいえ、爆発寸前の爆弾を前にしているようなプレッシャーがどんどん増していることを思えば、時限爆弾のカウントが進んでいるのと大差ない。

 早急に、塔を倒さねばならないのだが・・・


「くっ!?まだか・・・!!」

「・・・・・」


 誠二くんが使ったレベル9の魔法の髑髏は、左目が紅く爛々と輝いているものの、右目には微かな明かりが灯るのみ。

 誠二くんの様子を見るに、予想よりも溜まるのが遅いのだろう。


(何か、何か考えなきゃ!!ワタシにできるのは、それだけなんだから!!)


 戦闘能力という点では、ワタシが100人いても今の誠二くんには勝てないだろう。

 ワタシが役に立てるのならば、頭脳方面だけだ。

 

(・・・今の誠二くんでも、真正面からの勝負はできない。何か、あの塔の弱点を探さないと)


 誠二くんと塔の相性は最悪。

 これまでの大アルカナたちとの戦いのような、レベル差によるゴリ押しもできない。

 ならば、相手の弱点を正確に突かなければならない。

 あの塔でわかっていることを考える。


(権能は『破綻』。多分、当たったモノを問答無用で壊して治せなくしてしまう力。魔法の威力がものすごく上がるって考えていい・・・塔は逆位置ならマイナスの意味がちょっと弱くなるけど、そんな能力ならあの塔は正位置。権能は普通の魔法にも反映されてるけど、あのレベル8の魔法で喚んだモノにはもっと強くかかるのかな?弱点、というよりも欠点は、魔法そのものが脆くなること。何かにぶつかって『破綻』の力が発動すると魔法も削れていく・・・けど、元の力が大きすぎてちょっとやそっとじゃ削りきれない)


 塔の最も恐るべき点は、その攻撃力だ。

 権能によってあらゆるモノを崩壊させることができるので、防ぐことができない。

 魔法自体がエネルギーを失っていくので、こちらが魔法をぶつけるのは無意味ではないが・・・


「はぁっ、はぁ、はぁ・・・」

「誠二くん!!これ!!」

「っ!!ありがとう!!」


 持っていた薬を誠二くんに飲ませる。

 誠二くんの魔力が少しだけ安定するが、気休めのようなものだ。

 ・・・ここまで消耗している誠二くんを、ワタシは初めて見る。

 傷つくところは見たことがあったが、魔力切れになったことはこれまでなかった。

 レベル9の魔法を使っていることが大きいのだろうが、同時並行して塔を相手に魔法を撃っていることも魔力の消耗に拍車をかけているに違いない。


(このままだと、誠二くんが押し切られちゃう・・・その前に、強力な攻撃をぶつけて倒さないといけない。一撃でも当てれば倒しきれる。けど、それだけじゃダメ)


 塔に弱点があるとすれば、その脆さだ。

 今も自壊が進むその姿から、誠二くんの魔法が当たればそれだけで完全に崩れ落ちるだろう。

 だが、それでは共倒れだ。

 まず間違いなく、塔は皇帝の『暴走』のような自爆に関わる力を持っている。

 生半可な倒し方では、ここからでもわかるくらいの膨大なエネルギーを発散させることはできない。

 どうにかして、塔の魔力を丸ごと吹き飛ばさなければ・・・


(・・・待って?エネルギー?)


 ふと、閃いた。


(塔は、あれだけの魔力をどうやって賄ってるの?これまで気にしたことなかったけど、大アルカナたちはどうやって魔力の供給を受けてるの?)


 魔力とは、人間の生命力や精神力が魂という『この世界そのものの欠片』にあてられて変質したエネルギーだ。

 一方で怪異は、人間の感情と世界に漂う魔力から発生した存在。

 そのため、基本的に自分で魔力を生み出すことができない。

 これまで現われてきた大アルカナたちは、儀式という巨大な怪異の一部。

 儀式が集めてきた魔力を常時供給されていたか、それとも使い捨ての電池のように最初からある程度の量の魔力を与えられていたのかと思っていたが、今の塔を見るにどうやら前者らしい。

 だが、どうやって魔力の供給を受けているのか。


「くっ!?行き止まりか!!」


 ワタシが考え込んでいる間に、怪異の結界の縁に着いていた。

 目の前に深紅の壁があり、向こう側は見えない。

 誠二くんが権能で攻撃するも、壊れる気配もない。

 まるで、『完全無欠』な状態が固定されているかのように。

 ともかく、誠二くんの魔法のチャージが終わるまで、距離を取って逃げ続けようという作戦だったが、障害物がないのもあって舞札高校がまだ見えるくらいにしか離れられていない。

 これではまだ射程距離内だろう。

 

「こうなりゃ、このまま避けまくるしかないか・・・」

「・・・誠二くん」

「? どうかした?」


 ワタシは、考えていたことを誠二くんに話した。


「・・・エネルギーの元を絶つ、か」

「うん。塔に供給される前なら、まだ権能や光属性に染まってないと思う。そんな魔力なら」

「オレの権能で吸収できる」


 今の誠二くんが追い込まれているのは、死神の権能が封じられてるのが大きい。

 そして、塔の魔法に死神の権能が使えないから、塔を倒すための魔力が捻出できない。

 ならば、塔がもらっている魔力を得ればいい。

 もしも成功すれば、エネルギーが減って塔を倒しても自爆を防げるかもしれない。

 問題は。


「その魔力がどこにあるのかさえ分かれば・・・」


 一応、ワタシは魔力を目視することができる。

 もともと魔法使いの中にはワタシを含めて第六感とも言える感覚で魔力を知覚できる者がいるが、ワタシの探知能力はその中でも高い方だろう。

 しかし、そんなワタシでもこれまでの大アルカナたちと戦ったときに供給源を感じ取れていたのか自信がない。

 今も、塔そのものが発する禍々しい魔力は見えるが、この儀式が供給している魔力は見えない。

 だが、塔に魔力が渡されている以上、供給路があるのは確かだ。

 それを見つける方法は一つ。


「「近づくしかない・・・!!」」


 近づいて、もっとよく見るしかない。


「ワタシは魔力が見えるけど、ここからじゃ塔の魔力が邪魔で見えない。でも、もっと近くならわかるかも」

「オレも、今なら魔力の流れがわかる。近づけば、オレでも見つけられるかもしれない」


 一回でもまともに受ければ骨も残らず消し飛ぶであろう魔法と権能の嵐を無理矢理突破する。

 自殺志願者とほとんど同じだ。

 だけど、やるしかない。


(・・・ワタシは、誠二くんと一緒なら消えてもいい。けど、やっぱりまだ死にたくない。だって)


 誠二くんが、ワタシを選んでくれるかもしれない。

 その希望がまだ残っているとわかったのだ。

 ならば、その望みを掴み取りたい。

 そのためには、生き延びなければならない。


(誠二くんと一緒に!!)


「行くよ!!黒葉さん!!」

「うんっ!!」


 誠二くんが馬を振り向かせる。

 そのまま、今来た道を逆戻りしようとする。

 そのときだった。


『・・・『崩喚ルイン・コール』』

「「っ!?」」


 感情のこもっていない声が、サイレンのように大きく響く。

 そして。


『『召喚・崩骸サモン・フォールンコープス』』


 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!


 

 おぞましい叫び声が『二重』になって轟いた。


「な、なんだ!?人!?」


 誠二くんの言う通りだった。

 ワタシたち目がけて、空から2人の男が落ちてくる。

 普通なら助けなければならない状況かもしれないが、塔に襲われていることを除いてもそんな気にはならない。

 男たちの肌は紙のように真っ白なのに対して、瞳からは真っ赤な血が溢れている。

 それなのに、耳まで裂けているのではないかと思うくらいに歪んだ笑みを浮かべながら叫んでいるのだ。

 どう見てもまともな存在じゃない。

 なによりも、その光だ。


(あの煙みたいな黒い光・・・見たことがある)


 あれは、ショッピングモールでワタシが不良に絡まれたところを誠二くんが助けてくれたときだ。

 誠二くんが殴り飛ばした不良に黒い炎が纏わり付き、黒い煙に変わった。

 不良はその直後に恐怖で意識を失っていたが、背筋が凍るような嫌な感覚を感じたのを覚えている。

 そのときと同じモノが落ちてくる男たちに宿っているのだ。

 

「誠二くん!!魔法で撃ち落として!!『火砲イグニス・ブラスト』!!」

「う、うん!!『死大砲デス・カノン』!!」


 何かはわからないが、猛烈に嫌な予感がする。

 あれに触ってはいけない。そして、『地面に落させてはいけない』。

 直感的にそう思ったワタシは使える中で最も威力の高い魔法を撃つ。

 誠二くんも一拍遅れて当たる確率の高い広範囲攻撃の『大砲カノン』を撃ってくれた。

 ワタシたちの魔法はそのまま男たちに迫る。


崩穿ルイン・スラスト

「「なっ!?」」


 打ち上げられた魔法と、落ちてくる男たちがぶつかる。

 その直前で光の柱がワタシたちの魔法を消し飛ばした。

 まるで、あの男たちを守るように。

 そして、眩い光のせいで眩んだ眼が元に戻る前に。


「くっ!!うおおっ!!」

「ひゃあっ!?」


 ワタシたちの周りを誠二くんの放つ力が取り囲み、さらには誠二くん自身がワタシを庇うように強く抱きしめる。


 

--グチャっ!!

--グチャッ!!



 直後、嫌な水音が二重に響いて。


「ぐ、がぁ・・・」

「っ!?誠二くんっ!?」


 強く感じられていた、誠二くんの魔力が一気に弱まった。

 そのまま、ズルリと誠二くんの身体が馬から滑り落ち、地面に倒れ込む。

 巻き込まれるようにワタシも転がり落ちたが、馬がその場に止まっていたので、ワタシに大した傷はない。

 けれど。


「う・・・」

「誠二くん?誠二くんっ!?」


 サッと全身から血の気が引くのがわかる。

 誠二くんの身体が、真っ赤に染まっていた。

 鎧はあちこちが砕け、両足がおかしな方向に折れ曲がり、口どころか目からも血が流れている。

 それは、まさしく転落死体のように。


『・・・キ、キヒ、キヒヒ・・・キヒッ!!』

「っ!?」


 不気味な笑い声が聞こえた。

 振り向くと、さっきの男の1人が怖気の走る笑みを浮かべながら、地面に汚らしいシミを残して消えていくところだった。

 2人いたはずだが、もう1人の姿は見えない。

 シミは一つ分しかなく、最初から1人しかいなかったかのように。


「っ!!そんなのどうでもいいっ!!誠二くんっ!!」

「・・・・・」


 さっきまでうめき声をあげていた誠二くんだが、その声すら止まっている。

 目も虚ろで、焦点が合っていない。

 ワタシは、あの皇帝との戦いから肌身離さず持っていた薬を誠二くんに振りかける。



--バチッ!!



「きゃっ!?」


 電撃が走るような音がして、薬液そのものが弾き飛ばされた。



「な、何、これ・・・誠二くんに、変な魔法がかかってる?・・・もしかして、『呪い』?」


 呪い。

 それは、敵対した者に悪影響を与える魔法のうち、攻撃魔法を除いたもの全般を指す。

 さっきの男たちが降ってきたとき、誠二くんが攻撃を受けた様子はなかった。

 誠二くんがダメージを負うようなことになっていたら、ワタシもタダでは済んでいないはずだからだ。

 だと言うのに、誠二くんは死にそうなくらいの大怪我を負い、さらには治療するための薬すら弾かれた。

 塔の権能である破綻を無理矢理押しつけられたように。

 攻撃魔法ではない、けれども極めて深刻な悪影響を直接与えるとなると、呪いしか考えられない。

 

「もしかして、さっきのは・・・」


 さっき落ちてきた2人の男。

 不気味な黒い煙のような光。

 あれこそが、呪いを振りまいたのではないだろうか。

 墜落死したときに、そのダメージを相手に強制的に味わわせるような。

 2体いたはずが、1体分の死体しかなかったのは、誠二くんの権能でかき消されたから。

 残った1体分の呪いを、誠二くんが引き受けた。

 ・・・パッと思いついた推測でしかないが、それが正解のような気がする。

 それはつまり。


「ワ、ワタシ、また、誠二くんの足、引っ張ってる・・・」


 皇帝のときと同じだ。

 『死ぬときは一緒』だなんて言っておきながら、誠二くんに守られて、結局ワタシだけが無事なまま。

 誠二くんの重荷にしかなっていない。


「ワ、ワタシが、ワタシが・・・」

 


--キミが見たい『色』が見えないのは、私のせいじゃなくて、『キミ』が原因だよ


--それはさっきの約束と同じ、キミの勘違いだよ



「・・・っ!!」


 自分で自分を責める、この状況下ではまったくの無意味で非生産的な愚行をしでかしかけたところで、連想ゲームのようにワタシを責める言葉を思い出した。

 あの人間白上羽衣が、ワタシに言い放ったセリフ。


(ワタシが愚図なのはその通り。誰かに責められてもしょうがない。でも・・・)


 ワタシは、誠二くんの体に手を触れた。

 誠二くんの血で手がべったりと汚れるが、気にもならない。

 ・・・とくに何も起きないことから、どうやら、手で触れた者にまで呪いが効果を発揮するわけではないらしい。

 そして、触れてみてわかったが、誠二くんの権能はまだ生きている。

 誠二くんが出した馬も髑髏も、まだ消えていないから、そうだろうとは思っていた。

 ワタシが触れた個所から、使い手を延命させようというかのように生命力が吸い取られそうになり、そのたびにその感覚が断ち切られているのを感じる。

 塔の権能と誠二くんの死神の権能が、まだ戦っているのだ。

 だいぶ塔のほうが優勢であるようだが。

 ワタシは、誠二くんの手を握りしめた。

 そして、誠二くんの権能で生命力が吸われる感覚に、あえて身をゆだねた。



--バチッ!!



「くぅっ!?」


 手に極太の針がいくつも刺さったような激痛が走る。

 けど、絶対にこの手は離さない。

 強く、強く握りしめる。


(ワタシは役立たず。身体も貧弱だし、魔力だって多くない。けど、それでもワタシが持ってるモノを渡すくらいはできる!!ワタシは・・・)


 

--バチバチッ!!



「~~~っ!!!!!」


 いつの間にかワタシの手には裂傷ができていて、血が流れ落ちていた。

 もう手の感覚がない。

 だけど、ワタシの中にある力が、誠二くんの中に流れ込んでいるのはわかった。

 誠二くんの中の力が、少しでもエネルギーを補給しようとしているのだ。

 塔は、その邪魔をしようと、ワタシを弾き飛ばそうとしているが、痛みも感じないから逆に全力で抵抗できる。

 そうだ。ここでこの手を放すのはダメだ。

 そんなことになったら。


(あの女に、嗤われる。『お前なんかに誠二くんの隣に立つ資格なんかない』って。それだけは、絶対に嫌!!)


 もちろん、一番嫌なのは誠二くんが死んでしまうことだ。

 でも、それと同じくらい、白上羽衣に馬鹿にされるのは我慢できない。

 誠二くんへの想いと、白上への意地。

 その二つが、ワタシを突き動かしていた。

 だけれども、悲しいかな、限界はすぐにやってきた。


「う・・・」


 痛みはない。

 だが、どんどん身体から力が抜けていって、意識が薄くなる。

 どのくらい時間が経っているのか。

 塔が追撃を仕掛けてこないのは、単に経過した時間が短すぎるだけなのではないだろうか。

 もともとが貧弱なワタシだ。

 最近は誠二くんとのトレーニングで少しは体力も付いたが、焼け石に水。

 ほんの少しの間だけでも力を吸われただけで、もう底をつきそうになっているのかもしれない。


「嫌だ・・・」


 悔しい。


「誠二くんが死んじゃうなんて、絶対にヤダ!!」


 無力な自分が憎い。

 ここまでそう思ったのは初めてだ。

 誠二くんに出会う前も、出会った後も、これまで自分の不甲斐なさを責めたことは何度もあった。

 だけど、誠二くんは強くて、ワタシが足を引っ張ってもなんだかんだでなんとかなってしまった。

 初めてなのだ。

 誠二くんがここまで追い詰められて、ワタシじゃ役に立てなくて、そのせいで誠二くんが死んでしまうかもしれないという絶望と恐怖。

 そして、あの女や儀式という名の理不尽。なにより、役立たずなワタシ自身への怒り。

 こんなに激しい負の感情が燃え滾るのは!!


「ワタシに、ワタシにもっと力があれば・・・」



--ドクンっ!!



 ワタシの中で、ワタシのお腹の辺りで、何かが脈打ったような気がする。

 ワタシが誠二くんに助けられて、実は目を覚ましてからずっと感じていたモノ。

 ワタシの中で、熱い『何か』が燃えている。



--ドクンっ!!!



「っ!?」



 力が欲しい。

 誠二くんのを助けられるだけの力が。

 そう思った瞬間、思い出した。



--お前はね、『魔女』だよ。とっても偉い魔法使いの子孫なんだ



 おばあちゃんの家に引き取られて、しばらく経ったころ、両親に忌み嫌われていた自分は一体何なのか聞いてみたときの答え。


「・・・とっても偉い、魔法使い」


 ワタシは先祖返りした魔女だ。

 何の力もなかった両親は勿論、おばあちゃんも魔法使いとしての力がほとんど衰えていたという。

 かくいうワタシだって、そう大したものじゃない。

 魔臓こそ持っているが、『魔術師』のカードがなければ派手な魔法なんて使えない。

 薬草を育てて薬を作るしか能がない魔法使いだ。

 でも、ワタシが偉大な魔法使いの子孫だと言うのならば。


「ご先祖様。ワタシは、あなたがどれだけすごい魔法使いだったのか知りません」


 困った時の神頼み。

 ワタシは、神相手ではなく、先祖に向かって祈っていた。

 このままでは、誠二くんが死んでしまう。

 誠二くんが助かるのならば、神でも悪魔でも何にでも祈ろう。

 その中で、偉大だったというご先祖様が、一番御利益がありそうだった。

 ただそれだけ。


「魔法使いに生まれたことを恨んだこともあります。普通の人間だったら、もっと楽しく生きていけたのにって思ったことだってあります。でも、今だけは」


 魔法使いは人間に忌避される。

 そのせいで、ワタシのこれまでの人生はろくな思い出がなかった。

 特に、おばあちゃんがいなくなってからは最悪だったのだ。

 そんな真っ暗な世界が。


「助けたい人がいるんです!!だから、今だけは!!」


 誠二くんに出会ってから、すべてが変わった。

 そして、そんなワタシの一番大事な人が死にそうになっている。

 その人を助けるためには、胸を張って隣に立つためには必要なのだ。



--ドクンっ!!



 お腹の中で脈打つ何かの鼓動が、どんどん早く、強くなるのを感じる。

 その鼓動に『呼応するように』、身体の奥底から『熱』が湧き上がってくるのがわかる。

 そして、その熱を吐き出すように、ワタシは叫んだ。

 心の底からの、どこまでも混じり気のない願いを。


「力をください!!誠二くんを助けるための、魔法の力を!!」



-----



--『先生』。



「っ!?」


 声が聞こえる。

 とても近いところから。



--先生!!見て!!四つ葉のクローバー!!



「・・・え?」



 気が付けば、ワタシは知らない場所に立っていた。

 どこかの森の中だ。

 でも、植物の見分けに自信のあるワタシでも知らない木々ばかり。

 いや、図鑑で見た覚えがある。確か、外国の木だったはずだ。



--ワタシの名前と同じ!!幸運の印だよ!!先生にあげる!!

 

--ああ、リーフィア。ありがとう。でも、さすがにそろそろ部屋に置き場がなくなってきたなぁ



「・・・あれは、ワタシ?ううん、違う。それに、あの人は」


 森の中に、2人の人影あった。

 1人は亜麻色の髪をした小さな女の子。昔のアルバムに映っているワタシとよく似ていたが、外国人で別人だ。

 そして、もう1人は男の人。

 灰色の髪をして、ひょろりと背の高いローブを纏った細身の青年。

 そんな人、ワタシはこれまで見たことがない。

 だというのに。


「・・・誠二くん?」


 その男の人は、誠二くんとよく似ていた。

 顔立ちは全然違うのに、小さな女の子の頭を優しく撫でるときの雰囲気がそっくりだった。

 彼は一体誰なのか。

 いや、そもそもこの光景は何なのか。



--あ~っ!!リーフィアばっかりズルいぞ!!私にも構え!!アッシュ!!


--も~~っ!!邪魔しないでよルーナ!!あっち行って!!



「っ!?白上さんっ!?」


 次に現われた3人目も、既視感のある人物だった。

 年齢はリーフィアと呼ばれた子と同じくらい。

 幼いながらも美しい銀髪で、リーフィアよりも活発な印象がある。

 そして・・・その銀髪をなびかせる容姿は白上羽衣によく似ていた。

 


--うるさいっ!!私の方が背も高くてお姉さんなんだぞ!!


--ワタシの方がおっぱい大きいもん!!男の人はおっぱい大きい方が好きだって本で読んだんだから!!先生だってワタシと一緒にいた方が嬉しいに決まってるの!!


--なんだとぉうっ!?



 言い争いを始める2人の女の子。

 激しい舌戦を繰り広げているが、険悪な雰囲気ではない。

 お互い、気心が知れた相手といった感じだ。

 そうして喧嘩する2人の間に、アッシュと呼ばれていた青年が割って入った。



--はいはいそこまで。姉妹でそんなに喧嘩しないの。


--アッシュ!!リーフィアの乳なんて絶対に垂れるぞ!!ビロンビロンになるに決まってる!!選ぶなら私にしろ!!


--垂れないもん!!ワタシの方が口うるさいルーナより絶対にいい奥さんになるんだから!!そうだよね!?先生!?



--いや、2人ともまだ子供・・・はぁ、本当にそこまでにしときなよ。ボク、そうやって喧嘩してる子たちは好きじゃないなぁ



--む!!・・・ふん。アッシュがそう言うなら仕方ない。お姉さんとして仲直りしてやる。


--む~・・・ワタシだって立派なレディだもん。だから、喧嘩はやめてあげる。



 渋々といった風に握手を交わす2人。

 そんな2人の頭を、ポンポンと青年が撫でた。



--はい、仲直りできて偉いね・・・それじゃあ、時間も押してるし、今日の魔法の授業を始めようか。


--ああ!!今日こそお前の魔法を見極めてやる!!


--はい、先生!!今日もいっぱい教えてください!!



 2人で仲良く並んで倒木に座って、目を輝かせながら青年の言うことに耳を傾ける。

 その光景はとても楽しそうで、見ているこっちが和んでしまうくらい平和で・・・



--アッシュ!!アッシュ!?しっかりしろっ!!


--う、あ・・・



 突然場面が切り替わった。

 薄暗い、石造りの部屋。

 窓は一つもなく、あるのは鉄格子の扉だけ。

 無骨な石畳の床は、赤黒く染まっていた。



--ふふ、先生。これで、ずっと一緒だよ・・・


 

 恍惚とした表情で、真っ赤に染まった口で妖艶に笑うのは、さっきのリーフィアと呼ばれていた少女だろうか?

 一体何年経ったのか、今のワタシよりも背が高くなった少女が、『真っ黒な丸いナニカ』を頬張ってからそう言った。



--リーフィア!!お前ぇえええっ!!



--・・・相変わらずルーナはうるさいなぁ。せっかく先生と一つになれたんだから、静かにしてくれる?



--黙れぇ!!殺してやる・・・絶対に殺してやるぞリーフィアぁあああああああああああっ!!!!



--あはっ!!アッシュ先生と一緒のワタシが負けるわけないでしょ?おバカさんなルーナに、授業してあげる!!


 

 そうして、2人の少女は戦い始めた。

 片や、月の光のように美しい光の魔法を。

 片や、黒く染まった樹木を操る魔法で。



--やめるんだ・・・2人、とも


 

 胸に大穴が空いた、青年の傍で。



-----



「・・・はっ!?」


 意識が覚醒する。

 信じられないが、ワタシは意識を失っていたらしい。


「せ、誠二くんはっ!?」

「うう・・・」

「誠二くん!!」


 どうやら、ワタシが意識を失っていたのはほんの少しの間だけだったようだ。

 誠二くんはまだまだ死にそうなままだが、それでもまだ生きている。

 だが、このままでは死んでしまう。

 一体どうすればいいのか。

 ワタシのなけなしの生命力を分けた程度では、とても足りない。

 力が必要だ。

 とても、大きな力が。


「・・・力」



--ドクンっ!!



 身体の中で、ナニカが脈打った。

 ・・・今の状況は最悪だ。

 力が欲しくて、『ナニカ』に祈ったような記憶はあるが、そこから先を覚えていない。

 困った時の神頼みとは言うが、そんなもので物事が解決するなら苦労はしない。

 ワタシの祈りなどに意味はなく、状況は何も変わらない・・・はずだった。



--ドクンっ!!



「・・・カードが」


 身体の中を、熱い何かが巡っている。

 その流れに従うように、ワタシは持っていた『魔術師』のカードを手に取った。

 カードは仄かな光を放っているが、それよりも目を引くことがあった。


「位置が、変わってる」


 これまで、どんな持ち方をしても逆さまの絵になっていた魔術師のカード。

 その絵の向きが、変わっていた。

 四元素を司る祭具の乗ったテーブルの前で、男が短杖を天に掲げている。

 今までは、地の方角にしか向いていなかったはずなのに。

 『THE MAGICIAN』の文字と、絵の向きが一致していた。



--ドクンっ!!



「・・・レベル5」


 正直、今自分に何が起きているのかわからない。

 けれども、なにをすればいいのかはわかる。

 ワタシは、身体中に満ちあふれる『力』に身を任せてその魔法を唱えた。


「『魔纏マギア・ブースト』」



-----

 



TIPS1 『コーリング


 プレイヤー、怪異ともにレベル8になると習得する魔法。

 『ブースト』を発動していなければ使用できない。

 効果は、大アルカナのカードに描かれた『存在』を召喚するというもの。

 召喚された存在が持つ能力は千差万別だが、基本的に一度破壊されると復活にはかなりの時間がかかる。

 また、破壊されない限り喚び出した存在は自由に送還できるが、もう一度喚び出す際にはその都度魔力を消費する。

 余談だが、『死神』の権能を持つ者はこの魔法と相性が良い傾向にあるが、伊坂誠二は異常とも言えるレベルで高い適性を持つ。



TIPS2 死神の逆位置の意味


 死神の逆位置の意味の一つには『覚醒』がある。

 時として眠っていたモノを呼び覚まし、その真の力を発現させることができる。

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