第51話 女たらし
『不可解!!不可解!!不可解!!』
『何故ダ!?何故ダ!?何故!?』
『死神ガ
どことも知れない場所。
ただ闇だけが広がるその場所で、声だけが響いていた。
しかし、その声音は普段の無機質なものとは打って変わって、焦燥に満ちていた。
『死神ハ、魔術師ト共ニアル時ニハ、
彼ら、『儀式』の意志とでも言うべきモノたちにとって、今の光景は予想外であった。
この儀式のイレギュラープレイヤーである死神は、これまで儀式を散々にかき回してきた。
レベル6や7の大アルカナを次々と葬り去り、儀式の手札を削ってきた死神。
この儀式を正しい道順に戻すために、必ず消さなければならない存在。
だが、そんな暴君のような死神にも付け入る隙はあり、庇護対象である魔術師が近くにいる際には制御できないためか
そのため、あえて魔術師と共にいるときを狙い、全力を出せないうちに強力な力で一気に倒すというのが元々のプランであった。
しかし、今の死神は魔術師がすぐ近くにいるにも関わらず
『塔ノ
『魔力充填率70%・・・』
塔は顕現するために大量の魔力を消費している。
その上で
さらにはその魔力を送り込む手間も相当だ。
これまで街の住人から徴収した分や『前回』のイレギュラープレイヤーから奪った魔力を費やすことで量は賄えているが、顕現した塔への魔力供給は完了していない。
『・・・予想外デハアルガ、想定外デハナイ』
焦りがあった声の中で、不意に冷静な意見が飛び出した。
『我々ガ塔ヲ差シ向ケルコトヲ決定シタノハ、単純ナ強サダケデハナイ』
『・・・塔ト死神ハ、存在ソノモノノ相性ガ悪イ』
『現在ノ塔ヲ破壊シタ場合ノ、残存魔力ニヨル暴発規模ハ?』
『・・・結界ノ崩壊モ考エラレル。少ナクトモ魔術師ハ確実ニ跡形モナク消エル。死神モタダデハ済ムマイ』
レベル8以上の存在は、プレイヤー、怪異を問わず常時ある程度の権能が発現している。
この場にいる彼らは知らないが、伊坂誠二がかつての亡霊に名を与え、新たな道を示せたように。
例え
ましてや、
『・・・塔ヘノ魔力供給ヲ急ゲ』
『魔力集積モ並行セヨ。死神ニ痛手ヲ与エタ後ノ後詰メヲ用意スル必要ガアル』
『残ル大アルカナノ顕現準備ヲ』
声から焦りが消え、機械のような平坦な調子に戻っていく。
彼らにとって、この塔が顕現した時点で、死神への対処は大凡完了しているのだ。
自分たちにできることは、魔力を供給することによって塔をより完璧な状態に仕上げることのみと、改めて理解した。
「・・・・・」
その闇の中に、銀色の異分子が混じっていることに気付かないまま。
-----
「ま、まだダメ~~!!」
「おぶっ!?」
すぐ目の前に見えた誠二くんの顔に、ワタシは全力でビンタをかます。
いや、誠二くんとそういう仲になるのが嫌なわけじゃない。
むしろ望むところなのだけれど、色々と早すぎるというか、急すぎるというか。
ともかく、ワタシの手が誠二くんの顔をパシンと打って・・・
「え?」
そこで、ようやくワタシは今の状況に気が付いた。
「え?あれ?ここどこ?ワタシ、確か空まで吹き飛ばされて、それで・・・」
紅い空の上まで地面ごと吹き飛ばされたのははっきり覚えている。
でも、そこからの記憶が曖昧だ。
「げ、元気そうでよかったよ、黒葉さん」
「あわわっ!?ご、ごめんなさい誠二くん!!」
記憶をたどろうとしていると、頬に紅い紅葉が付いた誠二くんがちょっと引きつった笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、思いだした。
--鶫にも、いつか、鶫だけの『王子様』が来てくれるからね。
ずっと前から思い出せなかった、おばあちゃんの言葉。
それを思い出せたことに。
そして、それができたのは、この笑顔を浮かべた誠二くんがワタシを助けてくれたから。
まさしく、物語に出てくる王子様のように。
けれど。
--オレは、白上さんを信じたい。いや、白上さんになら騙されてもいい・・・
誠二くんは、ワタシの王子様じゃない。
誠二くんは、ワタシの運命の人ではない。
「っ!!」
過去の記憶と同時に、忌まわしい記憶も蘇る。
それはそうだろう。
それを告げられてから、まだ三十分も経っていない。
自分自身で、これまでのワタシがどれだけ愚かしい勘違いをしていたのか気付いたばかりだ。
それを証明するかのように。
「・・・やっぱり、朱色じゃないんだね」
「え?」
いつもと少しデザインが違うように見える誠二くんの鎧の上に灯る光の色は、いつものように優しいピンク色。
それは優しさの色だ。
決して、恋慕を表わすものではない。
誠二くんは優しい人だ。
どうしようもない、いっそ残酷なくらいのお人好しだ。
だから、命が危ないワタシを助けに来てくれたのだろう。
純粋な、善意だけで。
それを、ワタシは改めて理解してしまった。
だから。
「・・・どうして、助けに来たの」
「え?」
「ワタシは・・・ワタシはっ!!」
ワタシは言ってしまった。
「ワタシは、あのまま消えたかったのに!!」
「っ!?」
一度口火を切ってしまえば、言葉は止まらなかった。
「いつもみたいに良かれと思ってやってるんだろうけど、余計なお世話だよ!!」
それは、これまで誠二くんに恋い焦がれていた分の反動なのだろう。
「誠二くんにはわかんないよね!!一番大事な人にとって、自分なんてその他大勢の1人だったって分かったときの気持ちなんて!!」
八つ当たりだ。
そんなのは自分でも分かってる。
誠二くんは悪くない。
悪いのは、勘違いして舞い上がっていたワタシだ。
「思わせぶりなことしないでよ!!他に好きな人がいるならちゃんと言ってよ!!ワタシがバカみたいでしょ!!」
『みたい』じゃない。
ワタシがバカなのは本当だ。
バカだから、ワタシは自分が間違っていると分かっていても止まれない。
「ワタシを助けたいって思ってるなら、このまま置いていって!!もう生きていたくなんかない!!もう全部!!全部全部全部嫌いなの!!全部、全部全部全部全部全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブ嫌い!!」
それでも、ここまでのすべてがワタシの本当の気持ちで。
「嫌い!!誠二くんだって嫌いっ!!大っ嫌いっ!!」
「っ!!」
これだけは嘘だった。
ワタシは今だって。
自分の身の程が分かっていたって。
「誠二くんになんて助けられたくない!!ワタシなんて置いてってよ!!死なせてよ!!」
ワタシは、こうしてワタシのことを助けてくれた誠二くんのことが。
「誠二くんのことなんて、大嫌いなんだからっ!!」
誠二くんのことが、大好きだ。
「うっ、うっ、うぅ~~~~~っ!!」
涙が止まらなかった。
ワタシは誠二くんのことが大好きだ。
でも、誠二くんはそうじゃない。
誠二くんが好きなのは別の人なのだ。
なら、ワタシがここで本当のことを言うのはダメだ。
誠二くんは優しいから、絶対に困らせてしまう。
それは嫌だ。
けど、ワタシの気持ちのことで嘘を付くのは辛かった。
ワタシにできることは、ただただ泣くことだけで。
「関係ない」
「・・・?」
「そんなことは、オレには関係ないよ」
いつもワタシに向けてくれるような優しい声じゃない。
冷たく固くて、無理をしているかのようにどこか苦しそうで。
でもそれは誠二くんの声だった。
「黒葉さんがオレのことを嫌いになるのはしょうがないと思うよ」
目の前で揺れる青い光。
青は、悲しみの色だ。
「オレだって黒葉さんに嫌われるなってことくらいわかってたさ。ここに来るのだって、本当は怖かった。あんなにヤバそうなヤツ相手にしたらオレだって死ぬかもしれないし、黒葉さんに色々嫌なこと言われるって。でもさ」
けどそこに、エメラルドのように強く輝く翠色が混ざる。
「でも、ここに来て分かったんだ。オレが嫌われようと関係ない。オレは」
それは強い、とても強い決意の色。
つい見蕩れてしまうくらい、その色は美しくて。
「オレが黒葉さんを助けたいから助けるんだ」
「っ!?」
思わず、ドキリとしてしまった。
「最初に会った頃に言ったよね?オレは、後悔したくない。助けられる力があるのに、見捨てたら後で絶対に後悔する。それは嫌なんだ」
「オレのことが嫌いならそれでいい。それでも、オレは勝手に黒葉さんを助ける。黒葉さんが嫌がってもオレが憎まれていても、ここまで来たなら最後までやり遂げる」
「オレがやりたいからやる、そう決めたからやるんだ」
それきり、誠二くんは黙ってしまった。
言うべきことは言ったと宣言するかのように。
ワタシを抱えたまま、馬の手綱を握って光の雨を避けている。
・・・この馬はどこから来たのだとか、いつもと少し格好が違うのはなんで?とか、よくこんな弾幕みたいな攻撃を捌けるねとか、聞きたいことは色々ある。
けど、真っ先に言いたいことがあった。
「そ・・・そんなのワガママだよっ!!」
ワタシに嫌われても関係ない?
勝手に助ける?
なんだそれは。
「ワタシの気持ちはどうなるのっ!?ワタシは消えたいのにっ!!」
「オレには関係ない」
「助けたいから助けても、それじゃ意味なんてないのっ!!それじゃあワタシが死にたい理由は消えないんだよっ!!何度でも死にたくなるだけっ!!」
「じゃあそのたびに助ける」
「だーかーらーっ!!それだと意味がないのっ!!助けるなら最後まで責任取ってよ!!誠二くんは、誠二くんはっ!!」
そうだ。
あのとき言ったじゃない。
「誠二くんは、白上さんを選んだんでしょっ!?」
「・・・!!」
誠二くんがピクリと震えたのがわかった。
「・・・オレは、確かに白上さんをあのとき信じたよ。でもだからって、それで黒葉さんを助けない理由には」
「聞きたくないよ!!そんな言い訳!!誠二くんにはそうでも、ワタシは違う!!誠二くんに選ばれなかったなら、それでワタシが生きる理由がなくなるのっ!!誠二くんは、白上さんを守ってればいいじゃない!!なんでここにいるの!?どうしてワタシを助けたいなんて思ったのっ!?白上さんのところに行かなくていいのっ!?」
ハー、ハーっと肩で息をするくらいに一気に喋ってしまった。
こんなに怒鳴ったのは、あのショッピングモールで前にワタシをいじめていた女子たちに怒ったときくらいかもしれない。
けど、ワタシの中で燃えたぎっている何かはこんなものでは燃え尽きない。
ワタシは、『キッ』と誠二くんを睨み付け、まだまだ続けようとして・・・
「・・・やっべ」
「へ?」
誠二くんの顔が、なぜか真っ青になっていた。
兜をしていないから、脂汗をかいているのもよく見える。
ついでに、さっきまで眩しいくらいの翠色で輝いていた灯りが、赤に変わって点滅し始めたのも。
「し、白上さん、置いてきちゃった・・・どうしよう」
「・・・・・」
(こ、この人は・・・)
「や、ヤバい・・・いや、アイツから引き離せたと考えればいいか?でも、アイツの攻撃なら部室にいても普通に届きそうだし、姿が見えてない方が危ないか?っていうかヤバいよ、マジでヤバい。何も言わずに置き去りにしちゃったよ。絶対嫌われたよ。緊急時にこそ、その人の真価が見れるって言うし、確実にオレの本性が女の子置いて逃げるクズって思われてるよコレ・・・ヤバいよ黒葉さん。オレ、どうしたらいいかなぁ?」
「知らないよっ!!よりにもよってそんなのワタシに聞かないでよっ!!」
思いっきり怒鳴ったワタシは悪くない。
誰かに聞くにしたって、そこでワタシだけはナシだろう。
前々からデリカシーがないところがあるとは思っていたが、ここまでとは。
心の底から呆れというか、失望感というか、肩透かし感みたいなものが出てくるのがわかる。
さっきまで怒っていた自分がなんだったのか分からなくなる。
こうなっては肩肘張るのも馬鹿馬鹿しいし、こんな時だというのに気が抜けていくようだ。
これじゃあ、百年の恋も冷めるというもの・・・・
(・・・・・でも)
けれど。
(・・・嫌じゃない。悪くないって思ってる)
心のどこかで、この状況を喜んでいるワタシがいた。
だって。
(誠二くんは、白上に嫌われるようなことをしてでも、ワタシを助けてくれたんだ・・・)
誠二くんの様子を見るに、意識した上での行動ではないのだろう。
けど、結果的に誠二くんは白上を捨てて、ワタシを選び直した。
なら・・・
(もしかして、もしかしたら・・・ワタシにもまだ)
微かに、本当に微かにだが、光が見えたような気がした。
「あぁ~~~っ!!もうっ!!こうなったらしょうがないっ!!オレはっ!!」
ワタシの中にわずかな希望が生まれたのを祝福するかのように・・・いや、さすがにこの雄々しい大声では苦しいかもしれない。
・・・ともかく、誠二くんは覚悟を決めたかのように叫んだ。
空を見上げて叫んでいるのは、ワタシに向かって言っているのではないからだろう。
自分に言い聞かせているのかもしれない。
その胸には微妙に青い光がチラチラと見えているが、次第に美しい翠色で満たされていく。
「オレは!!絶対に黒葉さんを助けるっ!!助けなかったら絶対に後悔するっ!!助けに来てよかったって、心の底から思ってる!!だからっ!!」
「・・・・・」
その言葉は紛れもない真実だ。
この世の誰が否定しても、ワタシだけはそれが本当だとわかる。
・・・ドキドキと、ワタシの胸が高鳴るのがわかった。
「白上さんに嫌われるって言うなら、それはもうしょうがない!!白上さんにフラれてもいいっ!!『そんなこと』よりもっ!!」
大きく。一際大きく、誠二くんは叫ぶ。
「黒葉さんの命の方が、ずっと大事だっ!!」
「~~~~っ!!」
ワタシの胸の鼓動も、ドキンと大きく跳ね上がった。
「オレみたいな犯罪者顔の失恋と美少女の命なんぞ天秤にかける価値もなし・・・世界にとってどっちが大事かなんてわかりきってる。うん」
うんうんと、悟りを開いた僧侶のような穏やかな表情で小刻みに頷く誠二くん。
無駄にスケールが大きくなっているが、本心で言っているみたいだ。
「ふぅ~・・・よし、黒葉さん。そういうわけで、オレのやりたいようにやるから。白上さんはもうこの際関係ない。黒葉さんが嫌がっても、それも無関係。今のオレは誰にも止められないぜ」
誠二くんは、ニィと凶悪な顔で笑う。
さっきまでの、無理に冷たく振る舞うような固さはない。
誠二くんの中で、何かが吹っ切れたのだろう。
意志の強さを示すように激しく燃える翠色の炎。
その中に、やっぱりいつも通りのピンク色の揺らめきが混ざり、ワタシに向かって揺れる。
ワタシは、その灯りに手を伸ばした。
--こつんっ!!
灯りに触れながら、誠二くんの鎧を軽く小突く。
「黒葉さん・・・?」
ワタシの行動に戸惑ったような声を上げる。
そんな誠二くんにワタシは言った。
「・・・女たらし」
「え?」
口を開け、呆けたような顔をする誠二くん。
その表情を見て、まだ少しだけ残っていた溜飲が下がった。
クスリと笑って、鎧から手をどける。
「そこまで言うなら、最後までやってみせてよ。ワタシも、もう邪魔はしないから」
「あ、うん・・・いや、でも女たらしってどういうこと?」
「・・・誠二くんみたいなズルい人には教えてあげない」
「ええ~・・・」
困惑したままの誠二くんを見て、ワタシは思った。
(本当に、ズルいよ。あんな言葉だけで、ワタシもう怒れなくなっちゃった・・・ワタシ、チョロいのかなぁ)
誠二くんの腕に、思いっきり体重を預けながら。
-----
「ところで、この馬は何?誠二くんの格好もいつもと違うし・・・っていうか、塔の攻撃を防いでる魔法も見たことないし」
なんだかわからないが、突然情緒不安定になった黒葉さんが元に戻った。
いや、なんかしゃべり方はいつもよりフランクになったままだが。
(・・・オレのこと嫌いって言ってたけど、それにしては前より距離近くない?)
現在、オレと黒葉さんはオレが召喚した白馬に乗っているが、安定性の面から黒葉さんをオレの前に乗せ、オレが後ろから包み込むような体勢になっている。
必然的に身体が密着するのだが、黒葉さんに嫌がる素振りはない。
それどころかむしろ、オレに体重を預けているような感じだ。
口調も、さっきまであった痛々しいほどの気迫が消えている。
(助けてすぐは泣きながらしがみ付いてきたのに、さっきまで怒ってて、今がこれだもんなぁ。もう、オレには黒葉さんの心がわかんないや・・・まあ、いいか)
ここに来るまでに黒葉さんに嫌われるのを覚悟していたオレだったが、助けたときの反応で思ったより嫌われていないのかと安心したところでさっきの怒りよう。それでいて、今のオレを信頼しきったような様子。
そういえば、今日のお昼の後もこんな感じだったが、やはりオレには女の子の内面を理解することは叶わないようだ。
まあ、暴れて落馬しないなら今はもうなんでもいいや。
「誠二くん?」
「・・・ああ、この馬はオレが魔法で喚び出した馬だよ。多分、レベル8の魔法だと思う」
「レベル8っ!?そ、それじゃあ今の誠二くんは、『
「うん。なんか使えた」
レベル8の魔法、『
初めて使ったのはオレが死神になった日だが、黒葉さんにタロットのことを習い、さらに今こうして使っていて理解した。
この魔法は『カードに描かれた存在を召喚する』魔法だ。
初めて使ったときには、真っ先に思い浮かんだのがこの白馬だったから馬が召喚されたが、さっき使ったときには複数のイメージが頭の中に浮かんできていた。
大河を進む船、王と民衆、横たわる死者、はためく軍旗、そして今オレたちが乗っている白馬・・・これらはすべて、『死神のカードに描かれている存在』である。
恐らく、他の大アルカナがこの魔法を使うのならば、その大アルカナのカードに描かれている存在が喚び出されるのだろう。
そして、オレはこの魔法をレベル8と言ったが、それにも理由がある。
(・・・この姿になってから使えるようになった魔法は二つ。一つはこの
オレが使える最高レベルである、レベル9の魔法。
それ単体では攻撃力のあるものではないので、初めて使ったときには効果がよくわからなかったが、
・・・使い方次第ではとんでもないことになりそうだから、黒葉さんが近くにいるときに使うのはちょっとやめておいた方がいい気がするけども。
それにしても。
『
「さっきから鬱陶しいんだよクソがっ!!」
黒葉さんと喧嘩をしていたときから実は続いていた光の弾幕。
まるでオレを近寄らせまいとするかのように、威力よりも手数で攻めてきており、黒葉さんを抱えているのもあって回避や権能による防御で凌いでいた。
今も、オレの権能で光の魔法を呑み込んでオレの魔力に変えるが、光属性の魔力はやっぱり相性が悪く、正直胃が限界に近い。
「うぷっ・・・」
「だ、大丈夫!?えっと・・・あった!!誠二くん、口開けて!!」
「え?・・・んぐっ!?」
黒葉さんに返事をしようと開いた口の中に、何か固いものが飛び込んできて、つい呑み込んでしまった。
そして、一体何を呑み込んだのかと不安になる前に、身体の中で権能によって何かが消えていく感覚がして、その効果が現われる。
「お、おおっ!?胃が楽になった!?」
「D組でお腹を壊してた小澤さんに飲んでもらった胃薬だよ。身体の中の魔力とか生命力を整える効果もあるんだけど、効いたみたいだね。よかった・・・」
「うん!!すごく助かる!!ありがとう!!」
「ふふっ、どういたしまして・・・兜してなくてよかったよ」
「ああ、そういえば兜外れてたわ」
オレは兜が外れていたことに感謝した。
今のオレは
トゲトゲした禍々しい全身鎧は防御力よりも機動力重視に変わったかのように、黒葉さんの仕立ててくれた騎士服の上から肩、肘から先の腕、胸当て、腰周り、膝から下と要所要所のみを覆う造りに変わっている。
その代わり、前から着ていたボロボロのマントは生地が分厚く頑丈になって、高そうな飾りも付いた立派なものに仕上がっていた。
実を言うと、オレが黒葉さんというか魔女っ子の前で
まさか、薬を飲むのに便利だとありがたがることになるとは思わなかった。
「それにしても、ここからどうするか・・・」
オレの体調は良くなったし、黒葉さんも無事だが、事態はやっとプラマイ0に戻ったといったところだ。
依然として塔からは光の雨が降ってきて、権能で防いではいるが中々前に進めない。
光が眩しいせいで視界が悪く、次から次へと押し寄せてくるせいでその場に留まるか後退するのが精一杯なのだ。
威力こそ『
それに・・・
(さっきから、嫌な予感が消えない・・・魔法を消せるのに、有利になったって気がしないんだよな)
ここに来る前に廊下で感じた塔の強さ。
『本質的に相性が悪い』という確信に近い直感がなくならないのだ。
「こんだけ魔法を撃ちまくってるなら、そのうち魔力切れになるか・・・?」
「ううん、それはないよ。あの塔・・・多分だけど時間稼ぎをしてる」
「黒葉さん?」
どうにも攻めあぐねていると、黒葉さんが塔の天辺を見ながら言った。
「オレも、さっきから足止めみたいなことばっかしてくるなとは思ってたけど、でも時間稼ぎって、何のために?」
「魔力がどんどん増えてる・・・きっと、『
「『
これまでの大アルカナは全員『
『皇帝』に至っては、最初から権能で創り出した分身で襲いかかってきたから『
オレはてっきり、あれだけ強そうなヤツなら皇帝のようにとっくに『
「アイツが、今以上に強くなるってことか・・・なら、今のうちになんとか」
「ま、待って!!うかつに攻撃しちゃダメ!!」
権能を強めて無理矢理強行突破しようとするオレを、黒葉さんが制止する。
「あの塔、まだ『
「・・・権能は発動してないけど、『吊された男』みたいにダメージ喰らうほど強くなるってこと?」
「・・・多分。いくらなんでも、ワタシの一番弱い魔法であんな強い大アルカナが傷付くなんて、絶対におかしいよ」
「確かに・・・それに、アイツの攻撃も一発目より二発目の方がデカかった」
黒葉さんのレベルは4。
『
仮にオレが黒葉さんの『
だというのに塔にダメージが入り、その後で攻撃が強くなったと言うのなら、それはそういう能力の可能性が高い。
言われてみれば、今の塔からは破裂寸前の風船というか、決壊寸前のダムのような、『本質的に相性が悪い』とは違う意味で嫌な感じがする。
黒葉さんの言う『集まっている魔力』のせいなのかもしれないが、下手に攻撃すればそれが引き金になって大爆発を起こしそうな。
「なら、どうすれば・・・」
「誠二くん。今の誠二くんの一番強い魔法なら、あの塔を一撃で倒せる?」
「一撃で・・・?そうか」
黒葉さんと初めて出会ったときに戦った吊された男は、権能でダメージを受ければ受けるほど自身が強化されるという、今とまったく同じ状況であった。
そして、あのときのオレは吊された男が受けきれない攻撃をすることで、強化される前に撃破したのだ。
あのときと同じようにすればいい。
倒したら爆発するというのなら、爆発する前に爆弾ごと消し飛ばす。
そして、それは不可能ではない。
「うん。できるよ・・・でも」
「ワタシのことなら気にしないで。この結界の中で一番安全な場所はここだから・・・どんな結果になっても、ワタシは、最後まで誠二くんの傍にいたい」
「黒葉さん・・・わかった」
今、この結界内で絶対に安全な場所などない。
塔の広範囲攻撃ならオレから離れていても危ないし、ましてや塔がオレの予感通りに爆発でもすれば、結界内の全域が消し飛ぶだろう。
それなら、塔の魔法を打ち消せるオレの近くの方がまだマシかもしれない。
なにより、今の黒葉さんは完全に覚悟がキマっている。
大半の手下が倒され、背水の陣となった暴走族のヘッドがタイマンを持ちかけてきたときと同じ目をしている。
ならば、オレに出来ることは黒葉さんの想いに応え、全力で塔を倒すことだけだ。
どのみち、この魔法は発動までに時間がかかる。
今この場で使っても、すぐさま塔を倒せるわけではない。
ならば、さっさと使うまでだ。
「行くぞ。レベル9!!『
そして、オレの背後に髑髏をかたどった『紋章』が浮かび上がる。
それと同時であった。
『魔力ノ充填ガ完了。コレニテ我ガ本懐ヲ遂ゲル・・・『
機械的な声とともに、眩くも禍々しい光が紅い結界の中を包み込んだ。
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① 黒葉さん幼なじみルート(儀式開始前に激重ヤンデレ化)
② 伊坂誠二の初期カードが月(ツキコが相棒化)
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