第47話 舞札祭二日目 夕暮れの占いの館
「おお、やっぱすげぇな・・・」
「うん。さっきのコスプレのときも思ったけど、素材がいい人は何を着ても似合うね・・・」
「そ、そんなことないですよ・・・」
「こらこら黒葉さん。前から言ってるけど、見た目がいい人が謙遜しても嫌味になるだけだって。黒葉さんは校内でトップクラスに可愛いんだから堂々としてればいいんだよ」
「は、はい・・・あ、あの!!伊坂くんの執事服も似合ってますよ!!」
オレの前にいる黒葉さんが身に纏うのは、安っぽいメイド服。
けれども、元々の素材が極めて優れている故に、服の質が多少低くてもまったく気にならないほどに今の黒葉さんは可愛らしかった。
なお、オカ研の宣伝という側面もあるので、魔女のとんがり帽子だけは被ったままだ。
一応オレも、執事服の上からマントを羽織っているが、オレの場合はなんだかごちゃごちゃした印象しかないような気がする。
「・・・伊坂、前からそんなこと言ってたのか」
「あれで羽衣のことが好きって、本当に刺されるんじゃないの?」
「ん?お前らなんか言ったか?」
「「なんでもない」」
鈴木と小澤さんが何事かをひそひそと話していたが、声が小さかったので聞こえなかった。
「それじゃあ、行くか。言っておくけど、オレはあくまで黒葉さんのボディーガードで、注文とかは取らないからな」
「分かってるよ。お前と黒葉さんはセット運用だ。午前中も、メイドにちょっかいかけようとしたヤツとかいたけど、お前が近くにいればバカな真似するヤツはいないだろ」
「・・・一応聞くが、メイドにやらかそうとしたヤツはどうなった?」
「証拠写真押さえて、厳重注意の上で釈放したけど、もう一回来たらSNSにばらまく」
「なかなか容赦ないな・・・まあ、オカ研とやることは変わらないってことか」
「い、伊坂くんがいれば、ワタシも安心できます!!よし!!」
2-D組メイド喫茶は学年でもレベルの高い女子が揃っている。
そこに舞札祭の浮かれた空気も合されば、バカなことをしでかすヤツも出てくるということか。
オカ研でも黒葉さんに占ってもらうときに妙な視線のヤツとかいたし、ここでもオレの役割は変わらない。
そう思いながらも、オレと黒葉さんはホールと化した教室に出た。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
「うおおっ!?午前の子も可愛かったけど、この子もスゴいな!!」
「ね、ねぇ君、なんでそんな帽子被ってるの?」
「あ、あの、その・・・」
入ってきたお客さん、おそらく他校の生徒だろうか?に、黒葉さんがたどたどしく挨拶すると、早速とばかりに囲まれる。
いきなりの事態に、黒葉さんは早くも混乱気味だ。
これは、オレももう援護にまわるべきか。
「いやぁ、あの白上って子と同じくらいの子がいるなんて、このクラスレベル高いな!!」
「っ!!・・・ワ、ワタシは臨時でここのヘルプに入ってるんです。元々オカ研で、この帽子はオカ研の宣伝も兼ねて、です」
「へぇ?そうなんだ・・・オカ研ってまだ行ってないんだけど、何やってるの?」
「う、占いです。タロットを使った占いをしてるんです」
「君がやるの?だったら、君が戻るくらいに行こうかな」
「あ、ありがとうございます・・・あの、そろそろお席に案内しますね」
(おお、つっかえつっかえだけど対応できてる)
壁際に立って置物に徹していたオレだが、思っていたよりも黒葉さんはしっかり対応できていた。
考えてみれば、オカ研でも見ず知らずの男子相手に占いができていたのだし、これくらいはできて当たり前なのかもしれない。
(・・・これは、逆にオレが黒葉さん離れしないといけないかもな)
心の中で、オレは反省した。
オレは黒葉さんを高校デビューさせようと考えていたのにもかかわらず、どんな時でも黒葉さんの助けに入らなければと思い込んでいた。
それは、黒葉さんを弱いと勝手に決めつけているのと同じだ。
黒葉さんにはしっかりした芯があることなど、よく知っていただろうに。
この舞札祭で華々しく成長した黒葉さんのためにも、オレから離れなければならないときが近づいているのかも知れない。
(そう考えると、寂しいような悲しいような・・・まあ、オレも今日から白上さんとお付き合いできることを考えると渡りに船かもしれないけど)
きっと、世のお父さん方が自分の娘を嫁に送るときにはこんな心境になるのかも知れない。
「こ、紅茶と、オムライスセットお持ちしましたっ!!」
そんな風にオレが見守り続けるうちに、黒葉さんはお客さんをまた数組捌き、どことなく接客や会話に手慣れてきたような雰囲気を醸し出していた。
まあ、お盆に料理を乗せて歩くときはなんかフラフラして危なっかしいのだが、それはそれとして庇護欲をかき立てるというか、別の魅力に繋がっている感じがする。
「なあ松崎。これ、交代するよりこのまま黒葉さんが入ってた方がD組的にはプラスじゃね?」
「伊坂君、それは言ってあげるなよ。クラスの女子敵に回すよ?まあ、事実だとは思うけど」
午前中に現われたというセクハラをするようなヤツもいないし、2人足りないせいで案内を待ってもらっているお客さんは黒葉さんに注目していて退屈しているような様子はない。
黒葉さんを選んだ鈴木の采配は大正解だったと、今やその場にいるD組の誰もが理解していた。
「お、お帰りなさいませ、ご主・・・っ!?」
これならこちらの増援が来るまでなんとかなるどころか、それで黒葉さんが抜ける方がダメージあるんじゃないかと思い始めたころ、不意に黒葉さんの顔が曇った。
「君は・・・黒葉さんじゃないか。どうしてD組にいるんだい?」
「あいつは・・・」
教室の入り口にいたのは、なんだか見覚えのある顔の男子生徒。
「君は僕たちG組のメンバーだろう?オカ研のことでクラスを手伝わなかったのに、D組には手を貸すのかい?ずいぶんと寂しいことをしてくれるじゃないか。僕もクラスの出し物は手伝えていないが、それは演劇部というこの舞札祭で一番注目を浴びる部活の花形を務めるからであって、本当は手を貸してあげたくて仕方がなかったと言うのに」
「あ、あの、それは、えっと・・・」
突然現われたイケメンの男子は、妙に芝居がかった口調で黒葉さんに詰め寄っていた。
「あいつは鳴瀬君か・・・演劇部の発表が終わったからこっちに来たのか」
「演劇部・・・あ、あいつG組にいたヤツか」
オレの隣にいた松崎がボソリと呟くのが聞こえて、オレは思い出した。
舞札祭が始まる前、黒葉さんのクラスが出し物を決めるときに、運営を黒葉さんに押しつけようとしたヤツだ。確か、黒葉さんが演劇部だと言っていた。
あのときは、『これは黒葉さんのためにやってるんだ!!』と心の底から思いやるようにしていて、気味が悪くなったのをよく覚えている。
逆にその気持ち悪さのせいで顔を忘れてしまっていたようだ。イケメンだったことは覚えていたのに。
「まあ、今そんなことを言っても仕方がない。時間は過去に戻らないからね。それよりも、もっと建設的なことを話そう。『前々から』思っていたけど、今日の黒葉さんは本当に可愛いね。どうだろう?ここのお手伝いとやらが終わったら、舞札祭を僕とまわらないかい?」
「へ?」
「・・・・・」
「うわ、あいつマジか。同じクラスのメンバーとはいえ、よそのクラスで接客中のメイドに堂々とナンパしてるよ。さすがは演劇部の花形。慣れてるのかなぁ・・・まあいいや。この混雑の中であんな真似するなんて、立派な営業妨害だ。だろ?伊坂君?」
「え?ああ」
前に見たクラスでの態度を忘れたかのように唐突に始まったナンパに唖然とする黒葉さん。
オレもついドン引きしてしまい、口を開けたまま固まってしまったが、隣の松崎の言葉で我に返った。
「おお、僕としたことが、可愛らしいメイドさんの仕事を邪魔してしまっているじゃないか。これはいけないね。さあ、早く案内を頼むよ、お嬢さ・・・」
「え?え?い、いさ・・・」
オレの視線の先では、その鳴瀬とかいうヤツが、黒葉さんに向かって手を伸ばしているところだった。
その手から逃れるようとするように、怯えた顔でオレの方を見る黒葉さん。
・・・壁際にいるオレと入り口近くにいる黒葉さんの間の距離は5mほど。
しかも、その間にはテーブルと椅子があり、メイドにお客さんという障害物が多々存在している。
だが・・・
「すいませんねお客様。ウチはおさわり禁止なんですよ」
「なぁっ!?」
「伊坂くん!!」
オレにとって、その程度の距離など一瞬で詰められる。
後ろ足を前に一歩踏み出し、間髪入れずにもう片側の足も踏み出す。滑るように人と人の隙間を見切り、その間に入り込む。
そして、黒葉さんに向かって伸ばされていた手を、届く前につかみ取った。
「な、なんだ君は!!いきなり」
「それはこっちの台詞だ。なにいきなりウチのクラスのメイドナンパしてるんだよ。お客さん多いんだから周りの迷惑考えろ。っていうか、さっきも言ったけどそもそもメイドへのおさわりは禁止だっての」
「ウチのクラスのメイドって、黒葉さんはG組だろう!?なんでD組のメイド喫茶に加わってるんだ!?」
「・・・それは、僕たちのクラスのメイドが急用やら体調不良で抜けちゃってね。ちょうどお客さんで来てた黒葉さんに助っ人を頼んだんだ。伊坂君も含めてね。他の出し物に参加してる生徒を誘うのは確かにマナー違反だけど、今回は緊急事態だ。こちらが拝み倒したようなものだし、何か言いたいなら黒葉さんじゃなくてD組の僕たちに言ってもらいたいね」
「松崎」
オレたちが言い合いをしている間に、松崎が追いついて補足をしてくれた。
正直オレは頭に血が上りやすいし口が回る方でもないからありがたい。
「・・・・・」
黒葉さんは、いつの間にか『ここが定位置です!!』と言うかのようにオレの背後に回り、服の袖を掴んでいた。
鳴瀬からはまったく見えなくなっている状態だ。
「な、なら言わせてもらうが!!緊急事態でもマナー違反はマナー違反だろう!?」
「話をすり替えないでもらえないかな?僕たちが問題にしてるのは、鳴瀬君がナンパして営業妨害してるってことと、メイドにおさわりしようとしたこと。これは黒葉さんが助っ人だってこととは別問題だよ。どこの店だろうと、店員に許可なく触ろうとするのがマナー違反ってことは知ってるよね?」
「ひとまずよぉ、このまま静かに席につくか、早々に出て行くか選べや。店の空気が悪くなるからよ。ほら、周りを見ろよ」
「「「「・・・・・」」」」
「うっ!!」
松崎にカウンターをもらい、さらにオレに言われて周囲を見回す鳴瀬。
それに対し、『何やってんだアイツ。早く静かにしろよ』とでも言いたげな周りのお客さんたち。
「~~~っ!!と、とにかく!!君たちがマナー違反の常識知らずなのは確かだからな!!僕はG組の用事があるから失礼する!!」
そう言うと、鳴瀬はオレの手を振り払い、肩を怒らせて教室を出て行った。
「お前のがマナー違反だっての・・・大丈夫?黒葉さん?」
「は、はい!!伊坂くんがすぐ来てくれたから」
「そっか、よかった・・・あと、助かったよ松崎。お前がいなかったら怒鳴り散らしてたかも」
「ワ、ワタシからも、ありがとうございました・・・」
「いやいや。僕、口げんかは得意だからさ。それに、実際黒葉さんを守ったのは伊坂君だからね。お礼を言われるほどじゃないよ。アイツが嫌いって言うのもあったしね・・・あとは、鈴木君」
「おう。え~、お客さんの皆様方、アクシデントにより無礼をさらしてしまい誠に申し訳ございませんでした。引き続き、お食事の方をお楽しみください」
騒ぎを聞きつけてバックヤードから来ていた鈴木がそう言うと、お客さんたちは段々と自分のテーブルに届いた料理に関心を戻していった。
「よし、じゃあ黒葉さん、あと少しだと思うけど頼むよ」
「は、はい!!」
事態が収まったのが分かったので、オレと松崎はまた壁際に戻る。
鳴瀬によって場が乱れていたのは数分の間だが、なにかしら騒ぎがあったことは広まったのか、野次馬のようにお客さんが新しく入ってきていた。
その対応に、メイドたちは忙しく立ち回り・・・
「あ、お~い!!そこの執事さん!!執事さんに案内頼んでもいい?」
「へ?オレ?」
「っ!?」
不意に、店の中で順番待ちをしていたお客さんが、オレに声をかけてきた。
見れば、男女混合の4人組のグループのようだ。
全員日に焼けていて、運動部っぽい。
「さっきの動き見てたんだけど、どうやったの?壁際から一瞬でこの辺りまで来たじゃん?」
「しかも、人とか机とか邪魔なモノもたくさんあったのにさ」
「君、開会式のときにオカ研の発表で殺陣やってた人だろ?あのときの動きもすごかったよ。あの騎士みたいなコスプレも迫力あったし」
「あ、そういう理由で・・・えっと、さっきのは足をほぼ同時に動かして床を蹴ったのと、前に倒れる力に逆らわずにそのまま利用したっていうか」
「え?何ソレ?そういうのって二次元にしか存在しない技じゃないの・・・?」
どうしてオレに声をかけるのかと思えば、さっきのオレの動きが気になったらしい。
あれは、ネットで漫画に出てくる縮地とかいう技のことを興味本位で調べていたら出てきた方法で、やってみたらできたのだ。
オレはこんな外見だから人混みに囲まれることはほとんどないが、狭い場所で早く動きたい時は割と重宝する。
「っていうか、オレは執事の格好してるけどそういうサービスはしてないんで。オレは護衛とか用心棒とか汎用人型決戦兵器って感じなんで」
「ああ、それでさっき女の子のところにすぐに行ったのか」
「君みたいのがいたら、普通ならバカなこと考えるヤツとかいないだろうしな」
「いや、その前に汎用人型決戦兵器に突っ込みなさいよ。あんまり違和感ないけど」
「ねぇねぇ!!君、陸上部来ない?来たらエースになれるって!!」
「いやいや、サッカー部来なよ!!君みたいな選手がいたらすごいプレッシャーかけられるし!!」
「絶対剣道部でしょ!!さっきの動きで間合い詰めて、開会式みたいに竹刀振ったら反応できる気がしないし!!」
「バスケもいいよ~!!君、ステップすごい上手そうだしさ!!」
「いやいや・・・オレ未経験者だし」
一応オレは黒葉さんの護衛なので接客はお断りなのだが、さっきの鳴瀬のナンパと違ってこの人たちは純粋にオレを戦力として欲しいようだ。やってることに大して変わりはないのになぜか不快にならないのはその陽キャ特有の爽やかオーラか、下心の有無か。
しかし、オレのような犯罪者顔を誘ってくれるのは嬉しいが、今のオレは執事であってあまり長話をするわけにはいかない。
「まあ、あんまりここで話すのもあれなんで、案内くらいはしますよ。えっと、どこが・・・」
「ご、ご主人様、お嬢様!!こちらの席が空いてます!!どうぞ!!さあどうぞ!!」
「わわっ!?黒葉さん?」
オレが案内だけでもしようとすると、黒葉さんが割り込んできた。
「あ、あと!!し、執事の勧誘はマナー違反です!!伊坂くんはオカ研なので、他の部活に行く余裕はありません!!」
「お、おう・・・」
「ご、ごめん・・・」
「じゃ、じゃあ伊坂くん!!そういうわけでこの人たちはワタシが対応しますから!!汎用人型決戦兵器の伊坂くんは次の使徒が来るまで待機していてください!!」
「あ、うん。わかった・・・使徒って何?」
オレが何かを言う前に、黒葉さんは珍しくぴしゃりとした口調でお客さんに注意すると、そのまま案内を続け、注文を取りにいった。
「まあ、なんかわからんけど、黒葉さんが色んな人と話せるようになってよかったわ」
「・・・なあ、伊坂君。今日の午前、僕とか山田君とか鈴木君のことをなろう主人公みたいとか言ってたよね?」
「あん?まあ、言ったけど・・・気に障ったならスマン。あのときはパッとそんな言葉が浮かんでさ」
「いや、それはいいよ。気にしてないから。気にしてないけどさ・・・うん」
「松崎?」
「うん。やっぱ伊坂君は、なろう主人公だよ。鈍感ハーレム系の」
「お前頭大丈夫か?・・・ん?」
突然意味不明なことを言い始めた松崎に困惑していると、ポケットの中で携帯が震えた。
オレは震える携帯を手に取り・・・
「あ?」
そこに表示された名前を見て、不意に頭の奥から何かが湧き上がってくる※。
「・・・・・」
「伊坂君?」
松崎が声をかけてくるが、その声はオレの耳を素通りした。
「あいつ、なんで表に・・・?」
電話をかけてきた相手のことを思い浮かべる。
普段なら、その名前から電話がかかってくれば一も二もなく応じるところだが、同じようにするには蘇ったばかりのオレの『記憶』が待ったをかけてきた。
だが、色んな意味で『コイツ』からかかってきた電話に出ない訳にはいかない。
オレは、今もメイドとして忙しそうにしている黒葉さんを見ながら思う。
(まあ、借りもあるしな・・・)
だが、コイツとの話はなるべく他の人間に聞かれるような所でやりたくない。
かと言って、さっきの今でこのD組を出る気にはなれない。
ここは、この教室でなんとか邪魔にならないように話すしかないだろう。
「・・・悪い、ちょっと携帯出る。黒葉さんのこと頼むわ」
「え?あ、ああ、大丈夫だけど・・・どうしたんだい?」
「いや、まあ、ちょっとな・・・なるべく声小さくして話すから、なんかあったら頼む」
仕方なくオレは教室の隅の方に移動すると、通話ボタンを押した。
すると、携帯から不機嫌そうな声が零れてくる。
『・・・遅いぞ。一体何をやっていた』
「うるせぇ。今忙しい所なんだよ・・・それで何の用だよ。ツキコ」
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陸上部の部室の中は、舞札祭の中でも誰もいなかった。
陸上部に限らず、運動部の出番は昨日で終わっており、部員たちはクラスの出し物を優先して動くようになるからだ。
故に、今の私にとって都合がいい。
今からやること、考えることのために、他人は邪魔でしかない。
『あのチビ女・・・』
さきほどの姦しい女どもの話を聞いて、浮かんだ可能性。
それを考えてみる。
『誠二と同じく、突発的に魔法使いに目覚めたか、もしくは中途半端な知識しか持っていないな?チャームのやり方を知らないのは、魔法使いの家に生まれたのならば考えにくい』
瘴気による魅了、チャームは、魔法使いにとっての基本と言える。
瘴気は人間にとって有害であり、それを纏う魔法使いを人間は忌避するが、世界には魔法使いよりも人間の方が多い。
魔法という超常の力を持つ魔法使いであっても、圧倒的な数の人間に敵視され、攻撃されることがあれば強力な力を持つ一握りの者以外はどうしようもない。
それを避けるために、魔法使いが魔力操作の一環で瘴気に軽度の魅了効果を付与するのは常識と言っていい。
魔法使いはそのほぼすべてが美形であり、瘴気を魅了に変換するのはそう難しくはない・・・ただし誠二は除くが。
(・・・まあ、不細工ではないとは思う。うん。夜道で会ったら気の弱いヤツなら小便漏らしそうな顔してるとは思うが、まあ、不細工じゃあないだろう。うん、まあむしろ個人的にはワイルドというか男らしいというか・・・いかん、思考が逸れたな)
ともかくそれができないのは、誠二のように魔力操作を教わらなかったか、よほど魔力の扱いが下手かのいずれかだ。あるいは変わり種として、『生まれつき強力な魔臓を持ったせいで魔力操作に変なクセがついてしまった』というパターンもあるが、まあこれは除外していいだろう。
つまりあのチビは、誠二のようにここ最近に素質が目覚めたか、あるいは魔法使いの家に生まれたとしても、十分な教育を受けなかった可能性が高い。
これには、もう一つ根拠がある。
『儀式は中断されてしまったが、『あの女』が支払った『代償』は大きい。あの女は、儀式が終わった時点でもう魔法使いではなくなっていたのだからな』
儀式を抜ける方法は三つ。
① 代わりのプレイヤーを見つける。
② 他のプレイヤーに真剣勝負で敗北した上で初期カードを取られる。
③ 儀式に現われる怪異の半数以上を倒し、そのカードを他プレイヤーに譲渡する(ただし、半数に満たないカードを譲渡する場合には肉体の一部を失う。カードが少ないほど多くを失う)。
プレイヤーとなった時点で、これらの情報がインプットされるのだが、儀式が怪異の数が半分以下となった中盤まで進むことでもう一つの方法が解禁される。
『4つ目の方法・・・『己の生涯すべての魔力を捧げること』。すなわち、魔法使いでなくなること』
この儀式という怪異は、魔法使いのプレイヤーを優先して襲う習性がある。
それは潤沢な魔力を求めてのことだが、その魔力を先んじて捧げることでも儀式から抜けることができる。
儀式の中盤になって解禁されるのは、プレイヤーが育ち、得られる魔力が多くなる頃合いだからだろう。
この方法は始まりの魔女が制定したものではなく、儀式が時を重ねてから生み出したものであることからも間違いない。
そしてこの方法が他の3つと比べて異質なのは、他の方法が他のプレイヤーの存在を必要とするのに対し、この方法は1人だけでも選ぶことが出来る点だ。
ただし、その代償は非常に重い。
『魔法使いでなくなる。それは人間になるということではない。生涯生成する魔力をほぼすべて儀式に捧げるということだが・・・これは魔法使いにとって致命的だ』
魔法使いとは、人間の中に生まれた突然変異だ。
魔力というエネルギーに適応した人間であるが、そんな魔法使いにとって魔力は酸素や水に匹敵するほどに必要不可欠。
その魔力をすべて儀式に捧げてしまえば、その魔法使いは長くは生きられない。
どうにか魔力を取り込んで延命できたとしても、その子孫が魔法使いになる可能性は低い。
魔法を使うなどもってのほかであり、技術の継承もほぼ不可能だ。
『すなわち、あのチビ女はまともな魔法の教育を受けていなかった可能性が高い。もしかすれば、儀式に関する知識も与えられたものしか知らないのかもしれん』
知識に関しては、あの女の家系ならば書物を残しているかもしれないが、それでも魔法の腕を独学で磨くなど、誠二並の才能がなければできないし、できているのならばやはりチャーム程度は自力で気付く。
他の魔法使いを頼るのもこの現代では難しいし、教わっていたのならばこちらもチャームくらいは扱えるようになっているであろうことからないと言っていい。そもそもそれならあのチビではなく教える側がプレイヤーになっているだろう。
魔力の暴走を引き起こしている様子がないのは、暴走しても被害の出にくい水か風の属性だからか。
あるいは、暴走しても大したことが起きないくらいに魔力が少ないことも考えられる。
いずれにせよだ。
『あのチビ女は、私が考えていたほど大した存在ではない。魔法使いではあるのだろうから油断はせんが、過度な警戒をして遠巻きに見ているだけなのはやりすぎだということだ』
戦いにおいて、敵の戦力は低く見積もりすぎるのは勿論、過剰に警戒するのも愚かだ。
前者は戦いで命を失い、後者は取れるはずだった機を取りこぼしてしまう。
そういう意味で言うと、あのチビ女が狡猾な魔法使いの策略家と思い込んで受け身に回るのは下策。
少なくとも、死神の権能を利用して私から誠二を引き剥がす、といった『魔法使いらしい』真似は思いつくまい。
命の取り合いを経験する、あるいは、そうした経験を持った魔法使いからの薫陶を受けるのと受けないのでは、『相手の命、尊厳、その他の大事なモノを傷つける』といった真似に対する価値観や甘さに天と地ほどの差が出る。
当然、普段の振る舞いにも。
『あのチビがクラスの連中からイジメを受けていたのは確か。誠二の気を引くためにわざとそう仕向けたと思っていたが、それは恐らくない』
例えば、あのチビ女が誠二と出会った経緯。
イジメを受けていたところを誠二が助け、それからも放っておけなくて面倒を見ているといったものらしいが、これもさっきの女子たちに聞いたところによれば、今ほどではないが去年から似たようなことがあったらしい。
儀式が始まる前からそうであったのなら、それは本物のいじめだろう。
恐らくは、瘴気のコントロールができていないのが目を付けられた理由だ。できているのならば、いじめなどどうとでもできるからだ。
そして誠二の存在を知っていて、気を引くためにいじめられていたというのなら、いくらなんでも迂遠すぎる。
私が月のカードに意識を封じ込めているときに誠二と接触すれば、いじめのことがなくとも誠二に取り入るのは簡単だったろう。
・・・このことから推測できるのは、あのチビが魔法使いとしてかなりの低レベルか、人間に脅しも仕掛けられないくらいに甘いかのどちらかということだ。
そして、それが意味するのは。
『あのチビ女は、策略でもなんでもなく、純粋に誠二のことが好きなのだろうな・・・』
魔法使いという人間にとっての異物として社会で生きていくことへの辛さを、あのチビ女は誠二に癒やされたのだ。
どの時代でも魔法使いは少数派で、その辛さを分かち合える相手も得がたいモノだということは、数々の身体に乗り移ってきた私にはよく分かる。
誠二は自分の正体をバラしてはいないから誠二が人外であることまで知られてはいないだろうが、それでもヤツにとっては救いであったに違いない。
誠二に惹かれるのは大いに理解も、共感もできる話だ。
そう、だからこそわかるのだ。
『あのチビの目の前で誠二を取ってやったら、どんな顔をするのだろうなぁ?』
あのチビの、あの女の血縁の心を砕く、最も有効な手段が。
迂遠な策は必要ない。
真正面から、正々堂々と進むだけでいい。
『あのチビが白上羽衣に会ったことはない。ほぼ確実に、あのチビは誠二が白上羽衣に懸想をしていることを知らないのだ』
もしも意中の男に好きな女がいるのなら。
女ならば、必ず相手を確認する。相手の情報を集めてまわる。
確実に、己の目でどれほどの相手なのか見たくなる。
それがないということは、ヤツは白上羽衣の存在にすら気が付いていないかもしれない。
他に好きな女がいると知って、あんな顔ができるものか。
あの妙に純情ぶった誠二が他の女子に自分の好きな女のことを話すわけがないから、知る機会がないのは自然ではあるが。
『自分を助けてくれた白馬の王子様に、すでにお姫様がいると知ったら、灰被りは耐えられまい』
希望を与えられ、それを奪われたとき、絶望はより深くなる。
人間の中で孤立していたところを救ってくれた誠二は、アイツにとっては王子様。
いつでも自分を守ってくれる理想の騎士様。
まるで自分が物語のヒロインのようだとすら思ってしまうかもしれない。
幸福の絶頂の中、そんな男の一番大事なヒロインが己ではないと知った時。
結局は、それまでと何も変わらないという現実に引き戻された時。
あのチビはどうなってしまうのか。
『ひょっとすれば、自殺でもしてしまうかもしれんなぁ・・・ククッ』
それは、儀式に願うモノを持たない私が抱いた最初の願いかもしれない。
ただでさえ八つ裂きにしてやりたい黒葉の魔女。
そんな女が、あまつさえ私にとっての生命線である誠二につきまとっているのだから。
『儀式の邪魔をしてくれた上に、誠二に手を出す・・・そんな女、私が許すはずもないだろう?』
唇がつり上がるのがわかる。
胸の中に湧き上がるマグマのような熱い怒りと、そんな怒りを呼び起こすほどの女に最大の屈辱を与えてやれる高揚感で、心が浮き足立っているのを感じる。
だが、ここは落ち着かなくてはならない。
『ふぅ~・・・そうだ。それには一つ障害がある』
長々と思考を重ねたが、そこでここに来た理由に戻る。
『この、白上羽衣の持つ嫌悪』
前々から、白上羽衣は生まれつきの特性から誠二を毛嫌いしていた。
それは、他の人間が誠二に向ける嫌悪とは格が違う、己の天敵に向ける恐怖が混じったモノ。
最近まではこの私が精神操作で誤魔化すことでなんとかなっていたし、誠二と親しくしたがっていると思わせることもできていた。
一度正体が誠二にバレたときも、なんとか記憶操作に成功し、誠二を後夜祭に誘うこともできた。
今、白上羽衣が後夜祭に行くことに疑問を持っていないのは、そのときの記憶が残っているからだ。
だが、それと同じ手はもう使えない。
『今の私は、誠二に存在がバレている。まあ、それはそれでメリットもあるが、今日に限って言えば厄介だ』
誠二との契約で、私の安全をしばらく保証することはできたが、白上羽衣を使って仲を深めるのは難しくなってしまった。
かと言って、これまでのように、私が白上羽衣のフリをして近づけば確実にバレる。
誠二は私が意識の表層に出ているときには私の存在を思い出すし、かと言って私が表に出ていない状態では、誠二に普通の人間より好意的に振る舞わせる程度が限界だ。
今まではそれでも十分だったから、とくに気にもしなかった。
だが、今はもうそれでは足りない。
『あのチビに現実を思い知らせるには、仲がいい程度では弱い。それでもダメージはあるだろうが、私が望むレベルにはほど遠い』
私を縛る契約は三つ。
① ツキコは白上羽衣の身体に入る限り、悪事を行わない。この場合の悪事とは、現行法に反する犯罪行為(魔法を使った場合、凶器を使用したとする)ならびに他者(白上羽衣含む)の精神、記憶を改ざんすることを指す。ただし、儀式において必要な場合はこの限りでない。
② ツキコは白上羽衣の身体に入る限り、白上羽衣の安全を最優先とする。
③ ツキコは自身の目的(儀式の完成)が成された場合もしくは白上羽衣が参加資格を失った場合、白上羽衣に一切の損害を与えず解放する。
『三つ目の縛りは無視していい。問題なのは一つ目と二つ目』
一つ目の縛りによって、私は白上羽衣の精神をこれまでのように魔法で操ることができなくなった。
緊急時はその限りでないが、それ以外では例え誠二と離れた自宅でも難しい。
ただし、儀式を進める上で白上羽衣の嫌悪は明確な障害であるために、それを誤魔化すためになら魔法を使って白上羽衣の心を操ることができる。
では、それでいいではないかとも思うだろうが、それを阻むのが二つ目の縛りだ。
『人間の精神は複雑だ。あまりにも深層意識とかけ離れたように変えようとしてしまえば、最悪心が崩壊して元に戻らなくなる。そもそも、仮に成功したとして、あからさまな変化はすぐにバレる』
私は白上羽衣を傷つけることができない。
コレに関しては、一切の例外も認められていない。身体は当然だが、その心も。
その行為が白上羽衣を傷つけ得ると思考の片隅にでも浮かんだ時点で、その行動が取れなくなってしまう。
だが、手がないわけではない。
今の私に嵌められている枷をすり抜ける方法が。
『魔力操作の練習のとき、誠二は最初、白上羽衣の肉体に魔力を流すことができなかった。それは、それが白上羽衣にとって危険だと契約によって判断されたから』
私が誠二と結んだ契約の条件は、『破ったら罰を受ける』のではなく、そもそも『破ることが出来ない』というものだ。
故意に破ろうとするのは勿論、操られたり、無意識であったりしても明らかに違反する場合には強制的に行動を封じられる。
これを逆手にとって、誠二は魔力操作の練習成果を確認していたわけだが、それと同じことをすればいい。
『どこまでが白上羽衣にとって危険であり、どこまでが安全か。それをはっきりさせる。後夜祭まで多少の時間はある。そのくらいはできるだろう』
回りくどい方法ではあるが、私は精神操作のスペシャリスト。
やろうと思えば短時間でも白上羽衣の限界を見極められる自信がある。
白上羽衣を壊さない程度に、されど誠二に好意を持ったように迫れるような、そんなギリギリの案配を。
『よし、それでは・・・いや待て。その前に保険をかけておくか。さすがにそろそろ気付かれるかもしれん』
だがその前に、やっておくべきことがあるのを思い出した。
私はポケットから携帯を取り出して、私が唯一覚えている番号を呼び出す。
『・・・チッ、遅いな。何をやっている?』
しかし、中々繋がらない。
この舞札祭の人混みで気が付いていないのだろうか。
それとも・・・
『まさか、あのチビと過ごしているのを邪魔されたくないとでも・・・む!!』
嫌な想像が思い浮かんだ直後、電話が繋がった。
『・・・遅いぞ。一体何をやっていた』
「うるせぇ。今忙しい所なんだよ・・・それで何の用だよ。ツキコ」
電話から聞こえるのは、面倒くさそうな声。
散々待たせた上にその態度は何だと言いたくなったが、最後に私の名前を呼んだので、寛大な心で聞き流してやる。
「っていうか、なんで今お前が出てるんだよ?・・・まさか、怪異が出たのかっ!?」
『いや違う。少々お前に忠告をしようと思ってな』
「なんだ、ビビらせるなよ・・・んで、忠告だと?」
怪異のくだりで本気で心配するような声音になったことに満足しつつ、私は早速本題に切り込む。
『ああ。今はまだ昼だが、今日の夕方には大事な用がある。それは分かっているな?』
「今日の夕方・・・ああ、当たり前だろ。後夜祭だ」
当然のことであるが、誠二はしっかりと覚えていた。
「それがどうしたんだよ?」
『だから忠告だと言っているだろう。お前、後夜祭まで白上羽衣に近づくな。万が一、お前が魔力を出して白上羽衣の意識が引っ込むことがあったら、後夜祭どころではないぞ』
「ああ~・・・まあ、ないとは言い切れないか」
昨日の体育祭で本気を出した際に魔力を噴き出して、白上羽衣を怯えさせてしまったばかりだ。
誠二も慎重になっているようで、特に反対する様子はない。
『本命』を通すなら今だ。
『念のため、私が後夜祭まで表に出ておく。そうでなければ、お前はこの忠告すら忘れてしまうのだからな。構わんな?』
今から行う作業の間、私はずっと表に出続けることになる。
途中で誠二が記憶が戻っていることに気付き、余計なちょっかいをかけられないようにするために、カバーストーリーを仕立て上げて、私が出続けることを不審に思われないようにする必要がある。
そのために、こちらから電話をかけたのだ。
「ああ、わかったよ」
『・・・意外なだな。私が言うのも何だが、そんなにあっさりと許可していいのか?私が出ている間、白上羽衣は舞札祭を楽しめないことになるが』
私は拍子抜けした。
『万物は死から逃れられない』ことの象徴でもある死神。
そんな死神である誠二は、死してなお留まり続ける亡霊である私に嫌悪感を持っているはずなのだ。
どういうわけか、恋人と戦ったときにはだいぶ態度が軟化していたが、それでも白上羽衣に寄生する私が表に出ることについてはこれまで難色を示していた。
それが一体どういう風の吹き回しなのか。
「・・・まあ、そりゃ白上さんには悪いと思うけどさ。オレに今、お前を止める権利はねぇよ。お前には世話になったからな」
『・・・ずいぶんと殊勝な態度じゃないか。何か悪いものでも喰ったか?』
「お前なぁ・・・別にそんなんじゃなくて、魔力操作が役に立つことがあったんだよ」
『魔力操作が役に立つ?なんだ?怪異か?』
「ん?ああ、最近カップのクイーンとコインのキングが揃って出てきたんだけど、纏なしで一撃で片付いたな」
『そ、そうか・・・その組み合わせは、下手な大アルカナより面倒なはずだがなぁ』
「オレの新技喰らわせたら一発で真っ二つだったぞ」
驚異的な回復力を持つカップのクイーンと、強固な防御を誇るコインのキング。
この組み合わせは凶悪であり、生半可な攻撃は防御を貫けず、傷を付けることができてもすぐに回復される。しかも、自分だけでなく相方にまでその恩恵を与えることができるのだ。
二体揃えば、それは大アルカナの権能を再現しているようなものである。
それを一撃で仕留めたというのだから、やはり誠二は化け物じみている。
しかし、だ。
(まさか、誠二が自分から私に感謝するとはな)
顔に反して真面目で義理堅いところがあるとは思っていたが、白上羽衣の身体に取り憑いている私に殊勝な態度を取るのは、誠二の言動を見てきた身としては意外である。
私に授業料としてジュースを納めたりしてるから今更の話ではないが。
(まあ、悪い気はせんがな)
これはいい傾向だ。
私がさっきまで延々と考え込んでいたのも、要は『私が誠二に好かれるのは正攻法だと厳しいから白上羽衣を使おう』という方針があったからで、その必要性が薄れるのなら、私も非常にやりやすくなる。
契約で守られているとはいえ、誠二がその気ならすぐにでも私を倒すことが出来るのだから。
というか、そんな損得勘定抜きにしても、私を唯一認識しているヤツから邪険にされなくなるだけで精神的にはだいぶプラスだ。
さきほどまで胸の内にあったあのチビへの負の感情が、少しずつ薄れていくような気さえする。
「けど、オレが言ってるのはそれだけじゃないぞ?」
『なに?』
自らの内心の変化に自分で驚いている一方で、誠二にはまだ続きがあるようだった。
しかし、魔力操作が役に立つなど、戦闘以外でそんな場面は思いつかないが。
「なにって、お前も見てただろ?今日の開会式だよ」
『・・・・は?』
私にとっての、今日一番で忌まわしい記憶。
他ならぬ誠二の口からそれが飛び出してきて、私の思考が一瞬でフリーズした。
「いや、もともと開会式で魔法を手品に見せることは考えてたんだけど、色々器用さが足りなくてさ。お前が魔力操作を教えてくれたから、あんな風に派手な立ち回りができたんだ。あの後、色んな人から褒められたんだ。オレがステージの上に出たときは会場冷え冷えだったけど、どうにか成功できたのはお前のおかげでもある。だから、感謝してるんだよ」
『・・・そうか』
「ああ。おかげで・・・」
誠二からの素直な感謝の言葉。
だが、どうにも複雑な気分だった。
誠二はこういう場面でお世辞を言うようなタイプではなく、本心で言っているのだろうが、あの開会式の成功は、誠二だけでなくあのチビの成功でもある。
誠二はあくまで開会式の成功を喜んでいるのであって、それ以上のものなどないことは私にはわかって・・・
「おかげで、黒葉さんが幸せになれる!!」
胸の奥で、火花が散ったような気がした。
「もうこの際だから言っちまうけどさ、黒葉さん、うちのオカ研の部長さ、芯は強いんだけど引っ込み思案なとこがあって、周りとあんまり馴染めてなかったんだ。けど、今日の開会式の後はすごくたくさんの人から声かけられてたんだ」
その火花が、消えかけていた心の薪に火を点ける。
「オレが開会式とかオカ研の出し物を頑張ろうって思ったのも、黒葉さんのいいところをみんなに知ってもらいたくて、黒葉さんが笑って学校で過ごせるようになってほしかったからなんだ」
火はあっという間に炎となる。
「実は、今D組にいるんだけど、メイドが何人か抜けちゃって、黒葉さんが代役やってるんだ。それでさっき電話出るのが遅れたんだけど、黒葉さん、前まで人見知りすごかったのに、今はD組に溶け込んで接客できてるんだぜ。開会式見てくれた人が黒葉さんが可愛いって知ってくれて、それで気を遣ってくれてるのもあるけど、すごいよな。って、まあ長々話してるし、オレが言いたいのはさっきも言ったけどさ」
燃料が、次から次へと放り込まれていく。
誠二の口から黒葉の名が飛び出すごとに、私の中の炎は強く、強く燃えさかり・・・
(止めろ!!その先を言うなっ!!)
心の中は熱くて熱くて溜まらなく辛いのに、頭の中は氷のように冷たくて痛くて、苦しくて。
なのに、私の手は携帯を掴んだままで。
誠二は、そんな私のことなどまるでわからないかのように。
「ありがとう!!お前のおかげで、黒葉さんを幸せにできる!!」
『あ・・・』
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが壊れた。
「って、なんかまた忙しくなってきたな・・・悪い、切るぜ。後夜祭まで、白上さんのことよろしくな」
そうして、通話が切れた。
ツーツーと、無機質な音だけが耳に入ってくるが、聞こえてはいなかった。
ある一つのこと以外、すべてがどうでもよかった。
『・・・
光の結界を展開する。
これで、私がやることは誰にも知覚されなくなる。
『あの女・・・』
私は。
『あの女ぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!!!』
喉が裂けるのではないかと自分でも思うほどの声で、私は叫んだ。
だが、その声は私以外の誰にも届かない。
『ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!!!』
『私がっ!!この私がっ!!あの女を幸せにする踏み台になっただとっ!?あの黒葉の魔女の腐った血を引いたクソ女のために、誠二を、私をっ!!』
『フッ、フッ、フッ・・・フゥ~・・・』
心の中で炎が燃え上がる。
けれども、どんなに熱く燃え上がっても、声を荒げて叫んでも、頭の中は痛いくらいに冷たくて。
冷えに冷えた頭は、誠二が想いを向ける白上羽衣というぬるま湯に浸りきった私に、あることを思い出させた。
『そうだ。何を温いことを言っていたのだ、私は・・・』
それは、これまでの数多の儀式を経て得られたもの。
もしかすれば、誠二に嫌われることを恐れて日和っていたから眠っていたのかもしれないもの。
『白上羽衣を壊さない程度?誠二に好意的に見えるように?はっ!!温い!!温すぎるっ!!あるではないか、その手段が!!』
ありとあらゆる手を使ってでも目的を果たす、冷徹な意志。
儀式は試練にして戦い。
そこに情は必要ない。
いや、それは誤りか。
『あのクソ女の幸せを、根本から確実にぶち壊してやる手段が!!』
怨敵への憤怒。
猛る炎に導かれるように、私は『あるもの』を取り出した。
『リスクはある!!これがバレれば誠二は私を消すだろう!!だが、そんなことは知ったことか!!』
逆位置の『正義』と、逆位置の『恋人』。
ルールをすり抜ける『不正』の象徴と、人間を楽園から追放する原因となった『堕落』の象徴。
その二枚のカードが、私の手の中で鈍い光を放っていた。
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『応答せよ!!応答せよ!!』
どこでもない闇の中。
女性の声が小さく響いていた。
しかし、その声は届かない。
『『塔』が来る!!早くその場から離れろ!!聞こえないのか!!』
復讐に燃える魔女が隠れる天蓋は、己の身を分けた同胞すら通さないのだから。
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「んんぅ~~~~っ!!疲れたぁああああ!!」
「ふぅ~・・・お疲れさまです、伊坂くん」
「いやいや、それを言うなら黒葉さんの方こそでしょ!!慣れないメイドまでやって、その後オカ研の占いもやったんだからさ」
「それは伊坂くんも同じですよ。執事姿でワタシのことを守ってくれましたし、オカ研の占いも途中で代わってくれましたし」
だいぶ日が落ちて、オレンジ色の光が差し込むオカ研の部室。
D組でのピンチヒッターの後、ワタシたちはオカ研に戻ったのだが、メイド喫茶での宣伝効果がよほどのものだったのか、オカ研にもお客さんがたくさん来たのである。
さっきまで部室の外にまで列が出来るくらい繁盛していたのだが、さすがにこの時間になるともうお客さんもいない。
なにせ・・・
(も、もうすぐだ・・・もうすぐで後夜祭だ)
舞札祭の中で一番のイベント。
グラウンドに設けられた炎を囲んでフォークダンスを踊る後夜祭。
そのイベントに関わる噂を知らない生徒はいないだろう。
(後夜祭で一緒に踊った男女は、結ばれる・・・)
それが本当かどうかはわからないし、重要ではない。
大事なのは、そういう噂があると分かった上で共に踊ること。
すなわち。
(い、伊坂くんは、舞札祭の間ずっと一緒にいてくれるって言った・・・つまりは、ワタシと踊ってくれるってこと!!)
後夜祭で一緒に踊るというのは、それはもう告白と同義なのだ。
「・・・・・」
(伊坂くんも、なんかソワソワしてる・・・)
お客さんもいないので、眼鏡を外して伊坂くんを見てみれば、オレンジ色と黄色が入り交じった炎がパッパッと点滅している。
これは、期待をしているときの色だ。
ワタシ自身の色は見えないが、きっと同じ色の炎が灯っているに違いない。
さっきから入り口の方をジッと見ているのは、新しいお客さんが入ってこないか気にしているからだろうか。
そんな伊坂くんを見ていると・・・
(む、結ばれるんだ、今日、伊坂くんと)
意識した途端、一気に顔が熱くなるのがわかった。
ドキドキと胸が高鳴って、さっきよりも落ち着かなくなる。
まるで身体が羽毛にでもなったかのように、フワフワとした心地になって飛んでいきそうだ。
「あ、あのっ!!伊坂くんっ!!」
「え?」
「あ、その、あの、えっと・・・」
気が付けば、ワタシは伊坂くんの名前を呼んでいた。
名前を呼ばれた伊坂くんが『どうしたの?』と言わんばかりに返事をするが、逆にワタシは答えに詰まってしまった。
本当に、伊坂くんの名前を呼びたいだけだったのだから。
けど、何も言わないばかりではいられまい。
「あ、あの、今日は、本当にありがとうございました!!」
咄嗟に口を突いて出たのは、感謝の言葉だった。
「きょ、今日は伊坂くんのおかげで、すごく、すごく楽しかったです!!」
だけど、それはワタシの本心だ。
「こ、こうやってコスプレしたり、占いしたり、メイド喫茶でメイド服を着て働いたり、い、色んなことができました!!ワタシ1人だったら、絶対にやろうって思わなかったけど・・・」
正直言って、ワタシは人間が苦手だ。
今日だって、変な目でワタシを見てくる人がいたことだし。
それに、自分で言うのもなんだが引っ込み思案というか、受け身だと思う。
だけれども、ワタシに親切にしてくれたり、褒めてくれる人たちもいた。
成り行きもあったけど、普段だったらできないこともたくさんした。
それはすべて。
「ぜ、全部、全部伊坂くんのおかげです!!だから、本当に、本当にありがとうございました!!」
目の前の、ちょっとだけ顔が怖いけど、心の中はびっくりするくらい優しい、ワタシの騎士様のおかげなのだ。
そして、そんなワタシの騎士様は。
「それは、こちらこそ、かな」
はにかむように、口の端に小さな笑みを作って、ワタシに向き直った。
「去年のオレに今日のことを言っても、絶対に信じないよ。部活に入って、舞札祭に準備から何から一から関わって、コスプレしてステージで演技したり、占いやるなんてさ。しかも成り行きで執事までやっちゃったし」
その胸にあるのは、さっきまでのソワソワした揺れる炎ではなく、いつものような優しいピンク色の灯り。
その光は、やっぱりいつも通りワタシに向かってくれていて。
「オレが今日頑張れたのはさ、黒葉さんがいてくれたからなんだ。黒葉さんがいなかったら、オレもここまで頑張ればなかったよ。オレみたいなヤツに親身になってくれるくらい優しい黒葉さんだから、オレも色んなことをやってみようって思えたんだ」
夕焼けのオレンジに染まる中。
ピンクの光と黒い瞳が真っ直ぐにワタシを見つめてくれていた。
「だから、オレこそありがとう。黒葉さんのおかげで、オレはこんなに楽しい思い出ができたよ」
「は、はいっ!!ワタシもです!!」
「それならよかった・・・いや、待てよ、楽しい思い出ができたのはオレたちだけじゃないかも。このオカ研に来てくれた人や、D組の連中、もっと言うと開会式を見てくれた人もか」
「え?」
「今日の黒葉さんを見た人は、みんな思い出に残してくれると思うよ。いつも可愛いとは思ってたけど、今日の黒葉さんは、これまでで一番可愛いから」
「~~~~っ!!?」
もう限界だった。
いても立ってもいられなかった。
「ワ、ワタシはっ!!」
ワタシは、椅子から立ち上がって、ちょっと驚いている伊坂くんのすぐ近くまで迫る。
「ワタシは、み、みんなよりも、伊坂くんに、一番可愛いって思ってもらえれば、それで十分なんです。ワタシの魅力なんてものがあるのかわからないけど、あるのだったら、それは伊坂くんだけに知って欲しい。伊坂くんに、一番良く知ってもらいたいんです!!」
「く、黒葉さん・・・?」
ワタシの理想は、騎士様である伊坂くんの方から誘ってもらうことだった。
けれども、もうワタシの中で暴れ回る衝動を抑えつけることが出来なかった。
「だから、だからっ!!今から、ワタシと一緒に・・・」
そうして、続く言葉を言おうとして。
--コンコンコン
ノックの音がやけに大きく響いた。
「・・・どうぞ」
高ぶっていたところに冷水を思いっきりぶっかけられたような心境のワタシの声は、まさしく冷水のようだったと自分で思った。
そんなワタシの心情など知ったことかとばかりに、ワタシの憮然とした声をきっかけに、ギィと音を立ててドアが開き始める。
「お、お客さん?こんな時間に・・・いや、まさか」
「?」
なぜだか、急にまたソワソワし始めた伊坂くんを不思議に思いつつ、ワタシはどこの誰が邪魔してくれたのか、その顔を拝んでやろうとして。
「こんにちは、伊坂君。それに・・・黒葉さん」
白上羽衣が、そこにいた。
「え?」
思わぬ存在の唐突な来訪に、ワタシの思考は一瞬止まり・・・
「白上さんっ!!」
今の声は、誰の声だろう?
とても嬉しそうな、ワタシですら聞いたことのないような声。
この部屋で、今やってきたばかりの闖入者にそんな声をかける人なんていないはずなのに。
もしかしたら、ワタシの耳は急におかしくなってしまったのかもしれなかった。
けれども、この呪われた瞳は相も変わらず無遠慮にあらゆる心を映し出していた。
「え?」
輝く朱色。
恋い焦がれる者にしか灯らない輝きが、ワタシの一番大好きな人の胸に灯っていた。
ドアの方に向かって、大きく、荒れる大波のように大きく揺れながら。
-----
※白上羽衣のメイド服写真をもらったすぐ後くらいにツキコは表に出ていた。ツキコが表に出た時点で記憶は戻っていたが、色々忙しかったので白上羽衣のことを考える暇もなく、声を聞いて記憶が戻っていることに気付いた。
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