第46話 舞札祭二日目 2-D組メイド喫茶
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様!!」
「お、おう・・・」
「は、はい・・・」
普段から通い慣れた2-D教室のドアを開けた直後。
オレと黒葉さんを迎えたのは、陽キャ分がそのまま溶け込んだかのような声音と声量による音波攻撃であった。
そのあまりの陽キャ濃度の高さに、闇の世界の住人であるオレと黒葉さんはうめき声のような返事を返すので精一杯だ。
「って、うわっ!?伊坂君じゃんっ!?」
「あっ!!本当だ~っ!!」
「うおっ!?伊坂が女の子連れてる!?しかもめっちゃ可愛いし!!」
「伊坂君、めっちゃコスプレ似合ってんね~・・・」
「おお、黒葉さんも来たのか!!」
オレが奇襲攻撃でスタンしている間に、教室の中で他のお客さんを相手にしていたメイドや、壁際に控えていた黒服兼執事からの視線が殺到する。
「あ、あわわわ・・・」
陽キャボイスによるスタンからの、多人数による視線攻撃のコンボ。
クラスメイトの存在に慣れているオレはまだなんとかなったが、黒葉さんには大ダメージが入っていた。
無意識なのか、おぼつかない足取りでオレの服の裾を掴みながら、オレの背後に隠れる。
そこで、ようやくオレの意識が回復した。
「お、お前ら、いきなり大きな声で挨拶してくんじゃねーよ。びっくりするだろうが。オレも黒葉さんも」
「いや、ここメイド喫茶だぞ」
「メイドの挨拶がないメイド喫茶って、存在意義ないじゃん」
「いや、まあ、それはそうだけどさ・・・」
そう言ってくるのは、鈴木とオカ研に来ていた女子の片割れである佐野さん。
黒葉さんがビビっているのでつい詰め寄ってしまったが、返ってきた正論に何も言い返せない。
そうこうしている間に、手が空いている他の面々が寄ってくる。
「中庭で見かけたからすぐ来ると思ったのに、結構時間かかったな」
「伊坂君、また流れるようにナイトムーヴしてる・・・これであれって、黒葉さんも災難な」
「お~い、黒葉さん。うちのクラスの男どもはバカだけど悪いやつじゃないからそんなに警戒しなくても大丈夫だって。いざとなったら伊坂が殴り飛ばしてくれるでしょ」
「山田に松崎、それに安島さん。お前ら暇なのか」
つい昨日熟女好きの性癖をさらした山田、小柄で眼鏡をかけた二次ゲーオタの松崎。メイド服に身を包んだ安島さん。
彼らもさきほどオカ研に来ていた面々である。
それを察したのか、はたまた安島さんの言葉を真に受けたのか、黒葉さんもそろそろとオレの影から顔を出す。
「おおっ!?開会式の子じゃん!?」
「やっぱ可愛いな!!」
「伊坂君がこんな可愛い子と一緒にいるの見ると違和感すごいよね」
「うん。警察に通報しなきゃいけないんじゃないかって思う」
「山田とかから聞いたけど、黒葉さんだよね?よろしく~」
「は、はいぃぃ・・・」
が、そうして人目に触れた瞬間、またもクラスメイトからの集中攻撃を食らい、すぐさまオレの背中というシェルターに戻ってしまった。
「おいおいお前ら。黒葉さんは人見知りすごいからあんま詰め寄るなよ。来るなら1人ずつ来い。1人ずつ」
「お、おう・・・」
「マジか、伊坂が本当にナイトになってやがる」
「いや、ナイトっていうか保護者でしょ」
「こんな顔と服装した保護者を名乗るとか、子供誘拐して洗脳教育してますって言ってるのと同じじゃね?」
「う~ん、でも、本当に山田君が言った通りならここまで伊坂君に頼るのもしょうがないんじゃない?」
「・・・山田が言った通り?」
「あ!!」
オレがまたしても黒葉さんの盾になっていると、その様子を見てざわめくクラスメイトたち。
だが、その中に聞き捨てならない単語が混じっていた。
オレが視線を向けると、『しまった!!』とでも言うように大口を開ける男子が1人。
「黒葉さん、ちょっと待ってて。佐野さん、安島さん、少し頼むわ」
「え?え?え?い、伊坂くんっ!?」
「はいは~い。黒葉さん、先に席案内するから行こっか」
「まあ、山田の自業自得だよね」
オレは面識のある佐野さんと安島さんに黒葉さんを預けると、大股で下手人の元に向かう。
ターゲットはドアから逃げようとしていたが、鈴木と松崎に両腕を掴まれて動けなくなっていた。
「俺は言ってないぞ」
「僕も」
「お、お前ら裏切ったな!?お前らも俺が説明した後ウンウン頷いてただろーが!!」
「それはお前が口を滑らせた後だからだよ」
「裁判長、下手人は確保しました」
「うむ、ご苦労・・・おい山田。オレ言ったよな?黒葉さんの事情はあんま言いふらすなよってな?」
オレは指をポキポキと鳴らしながら下手人・・・山田の前で立ち止まる。
黒葉さんがいじめられていた云々の話は中々にデリケートだ。
だから、オレは事情を話すときに『言いふらすなよ』と釘を刺したのだが・・・
「ま、まあ伊坂、聞けよ。クラスのみんなもさ、今日の開会式で『伊坂の隣にいた子は誰だ?』って持ちきりになっててさ・・・それで、俺たちがオカ研行ってきたって言ったら食いついてきてよ・・・」
「それで、クラスの女子の話に混ざりたいからって自分からペラペラ喋ってたぞ」
「僕と鈴木君がホール出てる間にね。気付いたら広まってたよ」
「お、お前らっ!?」
「ほう?そうかそうか。あんだけ言うなって言ったのによぉ・・・」
「い、伊坂!?まっ!?」
「歯ぁ食いしばれっ!!」
「おぶっ!?」
オレは山田の頭にそこそこの力で拳骨を叩き込む。
「な、なんで・・・歯を食いしばれっていったのに頭に・・・」
「うるせぇ。顔面じゃないだけ感謝しやがれ。まったく・・・」
「まぁまぁ伊坂。山田も最初は『口止めされてっから』って言おうとしなかったし、約束を守る気はあったんだぜ?守れなかったけど」
「それに、僕たちからも『ウチのクラス以外には言うな』とは言っておいたから。このクラスで一番口軽いの山田君だし、他の人たちなら大丈夫だよ」
「なにより・・・お前の考えてることをやろうとするなら、少なくともウチのクラスにだけは話しておいてよかったと思うぞ?」
「あ?どういう意味だよ?」
「あれ見てみなよ」
「あれ?」
松崎が指さす方向を見てみると、そこには先んじてテーブルに通された黒葉さんの姿が。
他のお客さんもいる手前、数は減ったがクラスメイトが数人話しかけているようだ。
「伊坂は顔怖いけどいい奴だからな~、ここ最近、昼休みにいなくなる理由って、そういうことだったんだ」
「伊坂君、顔は怖いし結構キモい挙動してるときあるけど、基本いい人だしね。伊坂君、あれだけ羽衣に・・・コホンっ!!伊坂君、前までは放課後も男どもとバカ騒ぎしてたのに、最近はいないと思ったら、そんなことになってただなんてね」
「そ、そうなんです!!伊坂くんはすごく、すごく優しくて頼りになる人で、最近は朝も夕方も付きっきりでボディーガードしてくれてるんです!!」
「マジか・・・なあ、それもう伊坂のヤツ完全に・・・」
「・・・伊坂君がどこまで本気か知らないけど、ここまで来てたらもう、ね」
「だよな・・・」
「ねぇ、午前中に伊坂君の親が来たんだけど、仲いいって本当?」
「はい!!昨日は一緒にお弁当食べましたよ。何か困ったことがあったら頼って欲しいとも言われました!!」
「そ、そうなんだ・・・」
「両親攻略済みかよ・・・」
手が空いている暇なクラスメイトに取り囲まれて色々と質問攻めにあっているようだが、不思議なことに黒葉さんに気後れした様子が見られない。むしろノリノリなように見える。
さっきまでの黒葉さんなら、あんなに囲まれたら緊張でなんの受け答えもできなくなりそうなものだが。
「な?みんな、黒葉さんの事情を知ってて、それにお前が関わってるから仲間意識ができてるんだよ」
「そうそう。伊坂君は僕たちD組の仲間だし、その伊坂君が助けた子ってなれば、みんなも親身になるさ」
「お前のことをとっかかりにすれば、話のネタにも困らないしな」
「そうだそうだ!!だから俺がやったことは褒められこそすれ、殴られる謂れはねぇ!!賠償金として熟女モノのエロ動画を要求する!!」
「お前ら・・・」
不覚にも、少し泣きそうになってしまった。
これまでハブられてきたオレを仲間だと言ってくれたこと。
黒葉さんを受け入れてくれたことに。
オレは、山田の顔面にアイアンクローをかけながら頭を下げた。
「ありがとう。本当に、マジでありがとう」
「おう、まああんま気にすんなよ。俺らのお節介もあるしな」
「黒葉さん自身が可愛いのもあるだろうしね。それに、鈴木君も言ってるけど、僕らが黒葉さんを応援したいって思ったのも確かだし」
「いや、それでもお礼を言わせてくれよ。オレとオレの親以外で、あんなに生き生きして喋ってる黒葉さん初めて見たんだ」
そう、今日の占いの内容を告げるときの、ある種の『仕事ですから』のような事務的なノリとも違う、本当の本気でオレ以外との会話を楽しんでいるような黒葉さんを、オレは初めて見たのだ。
これで・・・
「これで、オレがいなくても黒葉さんは大丈夫だな!!」
「「・・・・・」」
開会式の成功に始まり、占いの館でのカリスマ的な様子。
そして、この2-Dのみとはいえ、周りとの積極的なコミュニケーションが取れていること。
今ココに、オレの目的である『黒葉さんの高校デビュー』は完璧に果たされたと言っていい。
「いや、よかったよかった。黒葉さんの魅力が分かってもらえただけじゃなくて、黒葉さん自身も話せるようになって。なんか変な言い方だけど、肩の荷が下りたような気分だ」
「「そうっスか」」
「? なんだよ?どうかしたのか?」
「「いや、別に・・・」」
「?」
オレは今、嬉しい気持ちで一杯なのだが、鈴木と松崎を見るとなんか奥歯に物が挟まったような、なんとも言えない顔をしていた。
一体どうしたと言うのだろう?
「スマン、黒葉さん。俺らじゃここまでが限界だ・・・」
「これ、もしかして逆効果になった可能性ある?」
「いや、黒葉さんが外堀埋める材料になってるし、無駄ではなかったろ」
「その堀、底なし沼なんじゃないの?」
「? 本当にどうしたんだよお前ら?」
「「いや、なんでもない」」
オレが訝しく思うも、2人は煮え切らない態度のままだ。
まあ、悪意があるような気はしないから別にいいか。
「それより、お前も早く向こうに行ってやれよ」
「ああ、黒葉さん、多分伊坂君のこと待ってるぞ」
「おう、そうだな。行ってくる。本当にありがとうな」
そうして、オレはいつの間にか静かになっていた山田を放り出してから黒葉さんの元に向かうのだった。
「うう・・・鈴木、松崎。俺の頭、変形してない?」
「安心しろ。変形しててもそれ以上知能に悪影響はねぇよ」
「もうそれ以上下がりようないからね。結果オーライだけど、ペラペラ喋ったのは本当に反省しときなよ?」
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「それじゃ、ごゆっくり~」
そう言って、メイド服に身を包んだ伊坂くんのクラスメイト、確か佐野さんだっただろうか?は去って行った。
ワタシと伊坂くんの座るテーブルには、『2-D組♡』とケチャップで描かれたオムライスが乗っている。
「それにしても、オカ研はオレたちが飾り付けしたからともかく、ここが2-Dだとは思えないなぁ」
伊坂くんは、ぐるりと2ーDを見回してそう言った。
確かに、D組もG組も教室の内装はまったく変わりはないのだが、ワタシの目から見てもここは教室には見えなかった。
今のこの部屋はカーテンやら衝立で地味な教室の壁を隠し、床にはカーペットまで敷いてボロ隠しをしている。
ワタシたちが座っているテーブルも、普段の机を二つ合わせて、上からテーブルクロスで覆っているために、ぱっと見は飲食店にあるテーブルのようだ。
だがなによりもここを普段と違う空間にしているのは、ここにいる人間たちに違いない。
「お帰りなさいませ~」
「え~と、2-D特製ハートオムライスセット、お持ちいたしました!!」
「・・・やっぱレベル高いよな、うちのクラス」
「・・・・・」
伊坂くんの視線の先にいるのは、メイド服を身につけたD組の女子たち。
安っぽく、コスプレ用の衣装だというのが丸わかりであるが、見苦しくないのは着ている女の子たちの容姿が整っているからだろう。
・・・少し気に入らない。
ついさっき、ここのクラスの人たちにはちょっとした『牽制』をしたばかりであるが、伊坂くんにも少し釘を刺した方がいいかもしれない。
「なんか、知り合いがコスプレしてるの見るのって、なんか不思議な気分だな。似合ってはいるんだけど、正面から言うのは恥ずかしいっていうか」
「・・・そうですか?ワタシは伊坂くんのコスプレは似合っていると思いますけど」
「え?あ、ああ、そういえば黒葉さんは真正面から褒めてくれてたよね。っていうか、オレも黒葉さんのコスプレは素直に似合ってるって言えたな?・・・クオリティの差かなぁ」
「それはあるかもしれませんね。伊坂くんの衣装は、ワタシが言うのもなんですけどかなり手間がかかってますから」
「・・・あの、こんなところで言うのもどうかと思うけど、お金は大丈夫?この出来だと部費で払いきれないんじゃ。なんなら、オレ、バイトとかして返すけど」
「大丈夫ですよ。元のコスプレ衣装に付け加えた部分はワタシの手作りなんです。材料はホームセンターや、『家にあったモノ』を使ったので、オカ研の飾り付けに使った額の半分以下ですから」
「え?そうなの?このクオリティで?」
「はい。ワタシ、手先の器用さには自信ありますから。本当にお金は大してかかっていません。だから・・・バイトなんてしなくても大丈夫ですからね?」
「う、うん」
いけないいけない。
伊坂くんの視線がワタシに向いたのはいいが、伊坂くんの放課後の時間を削ってしまうところだった。
伊坂くんがバイトなんてしたら、オカ研にいる時間や舞札神社にいる時間が減ってしまう。
まあ、使ったのは家で栽培している薬草から作った魔法薬と、ホームセンターで買った鉄板だけだから、お金がかかってないのは本当だし、バイトをする必要はないのだけれど。
あと、言っちゃ悪いが、伊坂くんが普通のバイトに受かるとは思えない。最近ニュースになってる闇バイトとか、暴力団構成員とかなら引っ張りだこかもしれないが。
「と、とりあえず食べようか。冷めたら嫌だしね」
「はい、そうですね」
目の前のオムライスにスプーンを入れて、口に運ぶ。
「「・・・・・」」
伊坂くんと2人同時に咀嚼し、飲み込んで。
「「微妙だ(ですね)」」
高校の文化祭レベルだからしょうがないかもしれないが、味は微妙だった。
おそらく、普通の冷凍食品を提供しているだけだろう。
しかも、解凍が足りてなかったのか、なんかボソボソする。
「・・・これ、お祭りだから許されてるクオリティだよね。っていうか、うちのクラスのメイドのレベルが足りてるからいいけど、そうじゃなかったら文句言われそう」
「・・・・・」
伊坂くんの視線が、またもクラスの女子たちに向かう。
確かに、伊坂くんの言うとおり、ここのクラスの女の子たちはかなり可愛い子が多いとは思うし、メイド服も似合っている。
けれど、ワタシとしては面白くない。
(せっかく、2人で舞札祭をまわってるのに。ワタシだって、コスプレしてるのに。まあそれは、お披露目してからだいぶ時間は経ってるけど・・・ん?でも待って?)
しかし、そこでふと思った。
(もしかして伊坂くん、メイド服が好きなのかな・・・?)
伊坂くんが好きなのは魔女としてのワタシ。
けれども、それは髪型とか顔とか身長とか、そういう要素で好きになったのかもしれない。
つまり、伊坂くんが好きな服装は魔女の格好ではなく、メイド服なのではないだろうか。
(で、でも、だったらどうしよう?メイド服なんてワタシ持ってないし・・・ここの人から借りる?む、無理だ。ワタシ、初対面の人にそんなこと言えないし、いきなりそんなこと言われても、ここの人たちも困るだろうし・・・)
伊坂くんが好きなコスプレがあるなら、せっかくの舞札祭というコスプレをしてもおかしくない機会なのだから、伊坂くんの前で着てあげたい。
だが、メイド服の入手法など通販のコスプレセットくらいしか知らないし、それでは間に合わない。
(ど、どうしよう・・・ん?)
不意に、目の前をいろんな色が混ざった、濁ったような色合いの光が通り過ぎた。
あの色は、吐き気とか不快感とか、体調が悪いときの色だ。
顔色はそれとは対照的に真っ青で、見るからに調子が悪そう。
「あれは、小澤さん?なんか体調悪そうだな。大丈夫か?」
クラスメイトを見ていた伊坂くんも気が付いたらしい。
同時に、他のクラスメイトが声をかける。
「小澤さん、大丈夫?顔色悪いよ?」
「う、ごめん、ちょっとキツイかも・・・シフト入る前に、A組のクレープ食べたんだけど、3個で済まそうと思ったら14個食べちゃって」
「いや、よく14個食えたな。っていうか3個でも多いだろ」
「ちょっと休んだ方がいいよ。今はお客さんもそんなにいないし」
「ごめん、そうさせてもらうね・・・」
そうして、小澤さんはバックヤードの方へと去って行った。
「メイドが1人減っちゃったな。大丈夫かなぁ」
「食べ過ぎということなら、少し休めば大丈夫だと思いますが・・・あの、ワタシ胃腸に効く薬を持ってるんですけど、バックヤードって入っても大丈夫でしょうか?」
ワタシは人間は苦手だが、おばあちゃんの言いつけもあるし、小澤さんは本当に辛そうだったから、薬を渡すくらいはしてあげたくなった。
ワタシのお手製ではあるが、魔法のかかったものであり、伊坂くんと出会う前にストレスが溜まっていた時に飲んでいたから効果が高いのは保証できる。
「そんなの持ってたんだ・・・それじゃあ、一緒に行こうか。オレと一緒ならバックヤード入っても問題ないでしょ」
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそだよ。小澤さんもオレのクラスメイトだし。やっぱ黒葉さんはすごいよ」
オムライスを手早く食べ終えて、席を立つ。
そのまま、伊坂くんの後に続いてカーテンで仕切られたバックヤードに入って、薬を渡した。
「え?胃薬?」
「ああ。黒葉さんが持ってた。黒葉さんの持ってる薬って効き目すごいから飲んでみなよ」
「・・・なんか、伊坂がそういう台詞言うとヤクの売人みたいだな」
「うるせぇよ山田」
「あ、あの!!き、効き目は保証しますから!!」
「ありがとう、黒葉さん。いただくね」
小澤さんが薬の瓶を受け取って、中身の錠剤を飲み込んだ時だった。
「お~い!!注文!!オムライスセット10人前とドリンク15人分!!あと、他にも団体客入ってきたから準備頼む!!」
「はぁっ!?なんでいきなりそんなに来るんだよっ!?」
「グラウンドで演劇部のショーが終わったんだよ。それで、そこに集まってた客がこっちに流れてきたんだ。午前は白上さんがシフト入ってたし、口コミで噂が広がったらしい!!」
「ええ~・・・マジかよ。小澤さんダウン中だってのに」
「ご、ごめんね・・・やっぱり、私も出るよ」
「いやいや、休んでろって!!それでお客さんの前で吐いたら大惨事だぞ!!」
「おいマズい!!さっきトイレに行ってた鳥居さんが帰ってこないと思ったら、軽音部の補欠に駆り出されてる!!」
「本当だ!!今ステージでベース弾いてんの鳥居さんじゃん!!」
「ヤバいぞ!!勝部さんの親がクレープの食い過ぎでダウンしちまったらしくて、勝部さん、様子見に行ったまま戻ってこない!!」
「ちっくしょ~!!A組め!!どこまでうちのクラスを妨害したら気が済むんだ!!」
「いや、そこはA組のせいじゃないだろ」
「あのクレープ、そこまで美味しいとは思わなかったですけど・・・」
急にお客さんが大量に入ってきたと思ったら、メイドが3人も行動不能になってしまった。
これは、ちょっと大変なのではないだろうか。
「おい、解凍できたぞ!!早く持ってけ!!」
「ホットケーキはもうすぐ焼ける!!」
「わわ、手が足りないって!!」
大混乱に陥るバックヤード。
ここからでも様子が分かるくらい、大変そうなホールのメイドたち。
「なんか、ヤバいことになってきたなぁ・・・出るタイミング外しちゃった」
「そうですね・・・」
こうなってしまうと、バックヤードから出るのもやりにくい。
とりあえず、伊坂くんと2人で隅の方に立って嵐が過ぎるのを待つことにするが・・・
「こ、こうなったら・・・黒葉さん!!頼みがある!!」
「え?」
さっきまで忙しそうに食べ物の準備をしていた鈴木君が、ワタシに頭を下げてきた。
「一時間、いや、三十分だけでいい!!臨時でメイドをやってくれないか!?」
「ええっ!?」
「お、おい鈴木」
「頼む!!今、午前のシフトに入ってた連中にも連絡してるけど、この人混みだと来るのに時間がかかる!!代役が来るまででいいから、頼めないか?売り上げの一部を渡してもいい!!うちのクラスの出し物を失敗させたくないんだ!!」
「って言っても、黒葉さんはG組だし、なによりオカ研だぞ。オレたちだってあんまり離れてるわけにはいかないし」
「そこをなんとか!!うちのクラスでもオカ研の宣伝するから!!うちのクラスのメイドのレベル考えたら、代役なんてすぐには捕まらない!!ただでさえ人数減ってるんだから・・・」
ワタシの前で頭を下げる鈴木君に見える光は、強く輝く緑色。
本気で誠心誠意、ワタシに代役を務めて欲しいと思っているようだ。
売り上げの一部を渡すというのも、嘘ではないのだろう。
しかし、いくらメイド服に興味があったとはいえ、いきなり他人に接客しろと言われても、うまくできるイメージがまったく湧かない。
そんなワタシを庇うように、伊坂くんがワタシの前に出て話し始め・・・
「『白上さんレベル』の女の子が参加してくれないと穴埋めもキツイ!!」
「!!」
鈴木君の台詞を聞いた瞬間、躊躇っていたワタシの心で何かが燃え上がる。
「・・・やります」
「ええっ!?」
「ま、マジか黒葉さん!?助かる!!」
気が付けば、ワタシは口を開いていた。
それに驚く伊坂くんと、喜ぶ鈴木君。
「ちょっ!?待てよ鈴木!!・・・黒葉さん、本当にいいの?大丈夫?」
「はい。ワタシ、実はメイド服も着てみたいなって思ってたので。伊坂くんの友達が困ってるのを見過ごすのも悪いですし・・・ただし、一個条件があります」
「条件?なんだ?なんでも言ってくれ!!」
「では、伊坂くんも執事として加わってください」
「え?」
「よし来た!!それくらいだったらお安いご用だ!!ちょうど男子用の服は余りがある!!」
「いやオレの意志は!?っていうか、お客さんたくさん来るのにオレみたいなのがいたらマズいだろ!!」
ワタシがメイドの代役を果たすのは望むところであるが、さすがにワタシ1人だけで行くのはちょっと怖い。
なにより、伊坂くんの執事服姿が見たかったのでそれを条件に付けたのだが・・・伊坂くんは尻込みしているようだった。
「大丈夫です。伊坂くんなら執事服は絶対に似合います。ワタシが保証します」
「そうだぞ。お前、今の騎士服のコスプレ似合ってるし、みんな浮かれ気味だし、なにより黒葉さんがいればマイナス補ってお釣りが来るだろ」
「代役が来るまでならそこまで時間もかからないでしょうし、オカ研の宣伝が出来ると思えばプラスです。さあ、時間もないから早く着替えましょう!!」
「あ、女子の着替えはあっちの仕切りね。これ、予備のメイド服」
「ありがとうございます、小澤さん」
「え、黒葉さんウチのクラスに馴染みすぎじゃね?いつもあんなに人見知りなのになんで今はこんなに積極的に・・・いや、いいことだとは思うけど、でもオレが参加するのはなぁ。やっぱマイナスにしかならんだろ」
「・・・おい伊坂、これ、午前の連中にもらった白上さんのメイド服の写真(小声)」
「しょうがねぇなぁ!!これもうちのクラスのためか!!」
仕切りの奥に入ったから何があったかわからないが、伊坂くんもやる気になったらしい。
お人好しの伊坂くんならクラスのことを放っておけずに参加すると思っていたから予想通りだが。
「よし、みんな!!超大型新人メイドが入った!!汎用人型決戦兵器執事モードも入ったから、みんなでこの大波捌くぞ!!」
「まずお前から捌くぞ鈴木」
こうして、ワタシと伊坂くんは臨時で2-D組のために一肌脱ぐことになったのだった。
-----
同時刻。
『誠二と結んだ契約により、私は白上羽衣に危害を加えることは出来ない。実際に害が発生する状況ならば、その直前に魔力の供給が途絶える・・・あのときの誠二のように』
用事があると言って友人と別れた白上羽衣、の中身であるツキコは、その意識を残したまま人気のない場所を目指して歩いていた。
『そもそも、身の安全とは何か?どこまでいったら安全を出るのか?どこからが危害なのか?その定義は厳格に定められていない。まあ、あえてあの時に話そうともしなかったが・・・さて後夜祭までまだ時間はある・・・』
② ツキコは白上羽衣の身体に入る限り、白上羽衣の安全を最優先とする。
それは、伊坂誠二がツキコと結んだ契約。
伊坂誠二はそれにより、白上羽衣が儀式からも、ツキコという寄生虫からも守られると考えている。
それは正しい。
だが、それはあくまで『伊坂誠二が想定する範囲内の安全』だ。
そして今。
『その境目を、見極めてやるか』
白い悪意が、その宿主に牙をむこうとしていた。
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