第45話 舞札祭二日目 グラウンド特設ステージ

「やっぱり演劇部すごかったね~」

「ね~」

(・・・・・)


 体育祭の後、グラウンドに急ピッチで設けられた特設ステージ。

 その上で、煌びやかだがどうにも安っぽい衣装を着た演劇部が一礼して行くが、そんなことはどうでもよかった。


(あの女あの女あの女あの女ぁっ!!)


 どれほどの時間が経ったのかは分からない。

 だが、いつの間にか白上羽衣が外に出てよその出し物を見終わっているのなら正午は過ぎたのだろう。

 それすらもどうでもいい。

 私の思考を占めるのは、開会式にいたあのチビ女のことだけだ。


(魔力はわからなかった。だが、あの顔立ち。あれで無関係なわけがない!!)


 私という始まりの魔女の残滓に残された記憶。

 これまでの儀式を記録し続けてきたその中。



--人様の身体借りてこんな殺し合いに付き合わせるなんて、外道って言葉がピッタリだねお前



--黙れ!!なぜ私の邪魔をする!!儀式への参加はこの器も望んだことだ!!外野は引っ込んでろ!!



--そっちこそ黙りな!!そいつはお高くとまってムカつくヤツだがそれでも友達なんだ!!お前みたいな『ドス黒い』悪意の塊が取り憑いてていい奴じゃない!!



--だったら力尽くでどうにかしてみせろ!!イレギュラー!!




 亜麻色の髪を振り乱し、魔女のローブを纏い、小柄な身体で戦場を駆け回ったあの女。

 あの女の邪魔が入ったせいで・・・



--ギヒヒッ!!隙あり♡頭に血が上ってるヤツは楽だねぇえええええっ!!



--ガハッ!?



 黒い影の持つ刃が、器の心臓を貫いた。

 それと同時に、急速に意識が薄れ、後は『『悪魔』は倒され、プレイヤーのサレンダーによって儀式が中断した』という記録だけが残った。

 儀式の中断により、怪異としての儀式は土地を離れ、人々の噂と感情、そして世界を漂う魔力が溜まりやすい霊地を探して放浪。

 次の儀式が開かれるまで、またもお預けとなった。


(これまで、試練としての怪異にやられたことはある。だが、あんなよそ者ごときに儀式を台無しにされ、百年近く無駄にするとは!!)


 残滓とはいえど、始まりの魔女であったモノとしてのプライド。

 なにより、己が存在意義である儀式を下らない私情でぶち壊されたという事実。

 それ故の怒りは、未だに欠片も衰えることなく私の中で燃えさかっている。

 なにより・・・


(私の存在意義を邪魔しながら、今度は誠二にまで手を出すだとっ!!認められるかっ!!)


 開会式の陳腐な寸劇。

 私が教えた魔力操作を以て、あのチビのために魔法を使い。

 私の目の前で騎士叙勲の真似事を見せつけ。

 私が何度も握った手が、あの女に触れられた。

 契約を以て、一蓮托生となった誠二が。

 私を認識し、情をかけてしまうような誠二が。

 私に、ただの残滓に過ぎないこの私に『ツキコ』という形をくれた誠二が。

 よりにもよって、あの女にそっくりな『本当の魔法使いのプレイヤー』に。


(っ!!!!!どこまで私をコケにすれば気が済む!!これまでも、私の目を欺いて笑っていたのだろう!!あいつこそが、私が倒すべきプレイヤーだ!!)

 

 今回の儀式において、魔法使いのプレイヤーである誠二も、人間のプレイヤーである私も、索敵用の魔法がほとんど使えない。

 加えて、今は私の『本体』との連絡が切れてしまっているために確認はできない。

 だが恐らくは、あいつこそが本来の魔法使いのプレイヤーだ。


(考えてみればおかしかった。そもそも儀式は魔法使いのプレイヤーと人間のプレイヤーの両方が揃って始まる。誠二は死神に殺されてから参加したと言っていたが、それは儀式の暴走で、誠二にプレイヤーとしての情報が伝わっていなかったからだと思っていた・・・だが、誠二こそがイレギュラープレイヤー。はじめから、あの女は儀式に参加していたっ!!)


 この儀式は、誠二の出現によって怪異のレベルが跳ね上がっている。

 イレギュラープレイヤーが参加資格を得るには大アルカナを倒さなければならず、高難易度化した儀式に飛び入り参加できる魔法使いが今の時代にやってくるとは考えにくい。

 そして。


(誠二は、そのことを知らない!!)


 誠二が知っているはずがない。

 もしも知っているのならば。


(必ず・・・必ずこの私に教えるはずだ!!)


 誠二は、契約によって私を裏切れない。

 そもそも、元々の性格がお人好し過ぎて他人を騙したり裏切るような真似をすれば必ずボロを出す。

 白上羽衣の安全を考えても、不確定要素を黙っておくなどあり得ない。


(そうだ。そうに違いない・・・!!)


 そのとき、私の内側から声がした。

 これまで、儀式という欲望と悪意にまみれた蠱毒の中を戦い抜く上で手に入れた、経験と思考から。



--誠二は、やたらと私がオカ研に関わるのを厭っていた。



(違う・・・)



--あのチビ女は、オカ研の部長。もうしばらく前から、あの女と誠二は知り合っていた。



(違う!!誠二はそんな隠し事ができるヤツじゃない!!誠二も知らないだけだ!!)



--あのチビ女と誠二は、共謀して私を陥れるために



『そんなわけがあるかぁああああああああっ!!!!』


 気付けば、私は大声で叫んでいた。


「え?え?羽衣?」

「ど、どうしたの?」

『っ!?』


 ザワザワと、周囲がざわめいていた。


(まずいっ!!)


 瞬間、私は魔力を巡らせた。

 範囲はこのグラウンドのステージ付近のみ。

 展開時間は2秒。


月光天蓋ルナ・コルティナ


(この場にいる人間の記憶をいじる!!)


 そして、すぐさま魔法を解く。


「・・・あれ?羽衣?」

「なんか、さっき大声出してなかった?」

『あはは、ちょっとね。さっきの演劇部の発表見てて、ちょっと真似したくなったんだ』

「そっかぁ」

「羽衣、たまにそういう変わったとこあるよね」

『ごめんごめん。びっくりさせちゃったかな?気をつけるよ』

(誤魔化せたか・・・ならばすぐに戻らねば)


 今、あまり白上羽衣が問題を起こすのはマズい。

 誠二の記憶が戻るのは、すぐに私が引っ込めばなんとでもなる。

 しかし、そこで今すぐこの場に魔力を噴き出しながら急行されれば、白上羽衣の意識が戻って来れなくなるかもしれない。

 それに、今ならば、あのチビ女に気付かれる可能性も・・・


(・・・毒を食らわば皿まで、か)


『ねぇ、この中にオカ研の部長のこと知ってる人いる?』

「オカ研の部長?」

「今日の開会式ですっごく可愛くなってた子のこと?」

『・・・うん、その子』


(オカ研の部長、あのチビ女が本当にあの女と関わりがあるのか、魔法使いのプレイヤーなのかは、まだ一応、確定ではない。他人の空似という可能性も、低いがなくはない。それを確かめるくらいの時間はあるか)


 結界を発動して魔法に集中し、周囲の様子を確かめたことで、茹だっていた私の頭も冷えてきた。

 さっきは勢い余って白上羽衣の意識を乗っ取ってしまったが、ここまでくればその情報を得でもしなければ無駄にリスクを増やしただけになってしまう。

 そんなことは認められなかった。

 白上羽衣は、オカ研の部長のことなど大して気にしていない。

 オカ研そのものはそれなりに興味はあるようだから、今日の夕方に向かわせるくらいは、内側から声をかけて暗示することでできなくはないが、部長の情報を探らせるのは難しい。

 ならば、今こうして私が表に出てきている内に情報を集めてしまうべきだ。

 


「う~ん、知らないなぁ」

「あんな可愛い子、いたら噂になってるはずだしね~」

「・・・あたし、知ってるかも。ちょっと自信ないけど」

「え?本当!?」

『・・・・・』


 いつの間にか、私が促すまでもなくオカ研の部長について盛り上がり始めていた。

 女というのはいつの時代も噂が好きなのは変わらないらしい。


「あたし、バド部の副部長じゃん?だから、部長会議とかにも出るんだけど、オカ研の部長は去年二年生がいなかったから、今のあたしたちの学年の子がやってるの」

「え?じゃあ、あの子見たことあるの?」

「うん・・・開会式の子が部長なら見たことあるはずなんだけど、でも、あんなに可愛くはなかったなぁ。もっと野暮ったいっていうか」

「すごくイメチェンしたのかな?今日になって新入部員が入ったわけないし」

「オカ研、人数少ないし、身体張って出し物しないと廃部になっちゃうかもしれないしね~。勇気出してやったのかも」

『・・・ねぇ』


 キャイキャイとあの女があんなに可愛くなるとは思わなかっただの、どんな方法を使えばあんな風になれるかだの、どうでもいいことを話始めた連中に、私は改めて声をかけた。


「あ、ごめん。何?」

『その子の名字って知ってる?』

「名字?う~ん、何だったかな?」

「開会式のときも各部の部長の名前とか出てないしね」

「うん。舞札祭の冊子にも書いてないよ」


 ウンウンと唸るバド部の副部長とやらだが、思い出せる様子はない。


(・・・もう一度、魔法を使うか。こいつの記憶を読んだ方が早いな)


 時間の無駄だと思った私は、素早く魔法を発動させるための準備をしようとして。


「あ、悪い」

『・・・いえ』


 タイミング悪く、1人の男子生徒が人混みに押されるように私たちのすぐ傍をかすめて通った。

 それに気を取られ、集中が乱れる。


(チッ!!間の悪い。もう一度・・・)


 男子生徒のベルトにはクローバー型のキーホルダーが付いていて、それがかすったらしい。

 内心で悪態を付きつつ、改めて魔力を集めようとしたときだ。


「あ~、なんか思い出せそう。そう、クローバー・・・クローバーに近い発音だったような」

「クローバー?そんな日本の名字ないでしょ」

「いたら、見た目の前に有名になってるよ」

『・・・もしかして、『黒葉』?』

「あ!!そうそれ!!黒葉だよ!!」

「黒葉とクローバー・・・確かに似てるね」

「もしかして、それが由来だったりするのかな?」

「え~それはなくない?」

『・・・そうか』


 またしてもどうでもいい話に移行した女子どものことなど、完全に頭から消し飛んでいた。


(やはり、やはり『黒葉』の魔女か。どこまでも、どこまでも私の邪魔をする・・・っ!!!)


 確定ではなかった情報が、はっきりと輪郭を持った。

 あの見た目に、『黒葉』の名字。

 そこまで一致していれば、あの女の関係者なのはどう考えても間違いない。


(あの女を、誠二から引き剥がさねばならん)


 今、あの黒葉の魔女は誠二の傍にいる。

 何も知らないお人好しな誠二は、あの見た目だけはいい猫かぶりの魔女に何か吹き込まれれば、簡単に信じてしまうだろう。

 契約によって私を裏切れないとはいえど、絶対の安心は存在しない。


(誠二は死神だ。『万が一』がある)


 ブーストをろくに扱えていない誠二に自覚はないだろうが、死神はある理由から魔法使いにとって絶対的なアドバンテージを持っている。

 契約は強力な拘束力を持つが、絶対ではない。


(前回の儀式は死神が出現する前に中断された。あの女も死神の権能は目にしていないはずだ。故に、あのチビ女も死神の権能の詳細は知らないはず・・・しかし、誠二が魔力制御を覚えた以上、これからの儀式で使うこともあるだろう。)


 契約の存在は誠二も忘却するように仕込んでいるので、第三者が知ることはできない。

 だが、私が表に出ていない限り契約の内容を忘却するというルールによって、違和感を持たれる可能性はある。

 魔力制御や、一部の儀式に関する知識は、魔法の知識に疎く、イレギュラープレイヤーである誠二が手に入れているはずがないものだからだ。

 そして、これから激化するであろう戦いの中で死神の権能を知られる可能性は高い。

 そうなれば・・・


(あの魔女に誠二の力を利用される自体もありうる・・・)


 契約による安全の保証。

 その前提が崩されることもありえるのだ。

 だから、可及的速やかに、誠二からあのチビを引き剥がさなければならない。

 誠二が私に何の報告もしていない以上、今はまだ何もされていないのは確定。

 だがそれは、儀式の中盤戦に備えて誠二の信用を得るために本性を隠しているからに違いない。

 ただの人間ならばそのうちに誠二を裏切っただろうが、魔法使いならばいつまでも誠二を搾取し続けるはずだ。

 私が考えていた、『人間の裏切りにつけ込んで、白上羽衣の立場に成り代わる』というプランは根元から崩壊した。

 白上羽衣以上に優先される女が、自滅しなくなるということ。


(どうやってだ?どうやって、あの女は誠二に取り入った?)


 前々からおかしいとは思っていた。

 誠二が、やけにオカ研を優先する理由。

 それこそ、あの白上羽衣よりも。

 だが、これまでは『所詮は人間。そのうち裏切る』と思い、深く考えなかった。


(あのとき、誠二は『放っておけない』と言っていた・・・イジメにでもあっていたか?)


 人間は魔法使いを忌避する。

 誠二自身がいい例だが、魔法使いの子どもが1人クラスに混ざっていれば、どういう形であれ孤立するのは確実だ。

 イジメが発生しない方がおかしい。

 そして、そういう場面を誠二が目撃したのなら、放っておくはずもない。

 そうなれば、クラスカースト最上位にいる白上羽衣よりも目が離せなくなるのは道理と言えば道理だ。


(・・・安易な考えかと思ったが、一番可能性が高いな。昨日の体育祭での様子を見るに、クラスでの扱いも良くなさそうだった。だが、そうなると、なぜ今日は・・・)


 昨日の体育祭でのあの女の印象は『陰気なチビ』。

 まさしく、いじめられそうな女子の典型だった。

 実際、あの女がリレーを走り終わった後、誠二以外で労おうとしている者はいなかった。

 そういう、『ワタシの味方はあなただけ!!』といった状況は、お人好しの誠二には特に気にかかることだろう。

 誠二を利用しようとするならば、有効活用しやすい材料だ。

 だが、だとすれば今日のあの格好は気になる。


(ここにいる女どもの反応を見ても、あのチビはチャームを発動させているはず。ああなれば、周りの人間、特に男は無条件で虜になる。かと言って、誠二や、誠二の親のような瘴気に耐性を持っているヤツには大して効き目はない。どういう意図であの格好を?)


 人外が避けられるのは、その身から漏れ出る瘴気が原因だ。

 だが、特定の条件を満たしている場合、その瘴気の効果が反転することがある。

 そうして他人を魅了する魔法を『チャーム』と言うが、今のチビ女が周りから好意的に見られているのはそれが理由だろう。

 しかし、チャームは実力差がある相手や耐性を持つ者ならば無効化できる。

 誠二や誠二の親にはほとんど効果はない以上、やる意図が読めな・・・


(いや、まさか外堀を埋める気か?)


 魔法使いであるならば、同じ魔法使いがチャームに抵抗力を持っていることを当然知っているはず。

 だというのに、誠二の気を引ける『イジメの被害者』という立場を捨ててまで行動を起こしたのは、周りの人間を利用しているからではないだろうか。

 誠二自身にチャームは効かず、知識の乏しさからその存在さえも知らない。

 ならば、周りがあのチビをチヤホヤし出しても、『イメチェンが上手くいったんだな』としか思わないだろう。あいつバカだし。


(・・・この文化祭の空気に乗じて格好を変え、周りの人間を魅了する。そして、『自分と誠二が恋人である』といった噂を流させる。そうなってしまえば、自己主張の苦手な誠二では抵抗できまい。もしや、イジメられていたとすれば、それすらも演技か?今日という日に誠二を手中に収めるための・・・)


 考えれば考えるほど、あのチビの悪辣な策が明らかになっていくようだった。

 敢えて弱者を演じて気を引き、周りの同調圧力を使って追い込み、自らに縛り付ける。

 なるほど、合理的で手堅いやり方だ。反吐が出る※。


(チッ!!クズが。お前の思い通りにはさせん!!私の願いのためにも・・・)


 今度こそ、私は己の宿願を果たす。

 誠二という強大な味方を得られた今回こそが、最も大きなチャンスなのだ。


(・・・それ以上に、私以外のヤツに、それもよりにもよって黒葉の魔女に誠二が利用されるなど、我慢できるかぁあっ!!)


 なによりも、気に入らない。

 それだけは認められない。


(だが、一体どうすれば・・・)


 しかし、敵は狡猾だ。

 周りを巻き込むという手は、誠二には極めて有効。

 翻って、私は誠二との契約により、一般人の精神に手を出せない。

 チャームを解くことは誠二の権能ならば可能だが、その人間は廃人になる可能性が高い。

 こちらのカードは、白上羽衣を使って『真っ向から結ばれる』という手を取れることだが・・・


(それだけで、足りるのか?)


 誠二は、白上羽衣の関わる事柄があってもあのチビを優先した。

 恋愛的な好意を抱いているのは白上羽衣であろうが、それで誠二を取られないとは限らないのではないか。

 心が不変でないことは、永い時を生きた記憶のある私はよく知っている。

 お人好しで、凶悪な顔面のくせに他者をやたらと気にかける誠二が、あのチビの奸計に耐えきれるのか。

 今現在ですでに、あの女に絆されてしまっているのではないか。


(ならば、ならば、どうする・・・?)


 誠二は私にとって絶対に必要な存在だ。

 手放してはいけない。手放したくない。

 そして、それには。


(邪魔なモノが多すぎる・・・)


 契約による私への制約。

 下らない人間への配慮。

 脆弱な人間の身体。

 なによりも。


(白上羽衣の中にある、『嫌悪』)


 

--消えてっ!!私の前からっ!!今すぐに消えてっ!!



 普段、契約の隙間を縫って白上羽衣に魔法をかけ続けて抑えている、誠二への悪感情。

 敵意、憎悪、恐怖、嫌悪。

 それらは、まったく収まる気配がない。

 むしろ、誠二が儀式の怪異と闘い、力に慣れていくにつれて大きくなっているようにすら思える。

 

(これさえなければ、もう少し楽ができるものを・・・)


 私の目的のために好都合であるため、魔法以外にも暗示を使って、白上羽衣が誠二に好意を抱くように仕向けようとはしている。

 だが、心の奥底から湧き出す悪感情は強く、遅々として進まない。

 白上羽衣が自発的に誠二に絡んでくれれば、あのチビ女に付け入られる隙なぞ与えなかったと言うのに。


(フンっ。顔と身体以外では役に立たん女だ。これならいっそ、誠二と契約を結ぶ前に私が・・・)


 白上羽衣という女への煩わしさが、今になって表出する。

 明確な敵となるプレイヤーがいなければさして気にする必要もないが、そうでないならば私の行動を縛る重しだ。

 溜まった苛立ちをぶつけるように、白上羽衣への恨み言を言おうとして・・・


「そういえば、オカ研の部長と言えばさ。伊坂君が刺されるかもしれないんだってさ」


 突然、耳を疑う台詞が飛び込んできた。


『っ!?そ、それはどういうことだっ!?』

「へ?羽衣?ど、どうしたの?」

『むっ!?・・・あ、ああ!!ごめんね?いきなり友達が刺されるなんて聞いて、驚いちゃって・・・』


 つい、気が動転してツキコとしての口調で喋ってしまった。

 慌てて、白上羽衣の仮面を被り直す。


「ふ~ん?まあ、そりゃそうか・・・ほら、あたしたちのシフトが終わるのと入れ違いで、オカ研に遊びに行ってた子たちが戻ってきたでしょ?」

「それに、ウチのクラスにヤクザっぽい人が来たと思ったら伊坂君の親だったじゃん?それで伊坂君の話になったときに聞いたの」

『聞いた?何を?』


 私がそう言うと、白上羽衣の友人どもはニヤリと笑った。


「ズバリ!!黒葉さんが伊坂君のことを好きだって話!!」

『・・・へぇ?』


 私は驚かなかった。

 女がこういう顔をして笑うときは、大抵色恋沙汰絡みだとよく知っていたからだ。

 私は努めて冷静に、普段通りの白上羽衣のように反応してみせる。

 

「・・・羽衣?なんか手に握ってるの?持ってるにしても、そんなに握ったら潰れちゃうよ?」

『・・・ううん。何も持ってないよ。だから大丈夫。それより、それがどう伊坂君が刺される話に繋がるの?』

「そうそう!!それなんだけどさ。まず伊坂君が黒葉さんをイジメから助けたみたいでね?」


 そうして聞かされたのは、いかにしてあのチビが誠二に取り入ったかのエピソード。

 まさか、私が想像していた流れと完全に一致するとは思わなかったが。

 

「やっぱり伊坂君って優しいというか、お人好しだよね。顔の割に」

「うん。空回ってることも多いけど、基本いい人だよね。顔の割に」

「でも、話だけ聞くと、黒葉さんからしたら伊坂君はヒーローだよね」

「あたしたちは、その、まあ普段の伊坂君を見てるからアレだけど、黒葉さんからしたら好きになっちゃうのもわかるっていうか」

「黒葉さんが張り切ってイメチェンしたのって、オカ研のこともあるけど、やっぱり伊坂君のためなんじゃないかなぁ」

「あ~、だよね~。部活のためだけにあそこまで綺麗になるのって想像できないし」

『・・・ねぇ。それで、伊坂君が刺されるって話は?』

「え?あ、ごめん」

「う、羽衣、なんか機嫌悪くない?さっきからなんか変だよ?」

『別に。私はいつも通りだよ。それより・・・早く』

「う、うん・・・」


 またも関係ない、不愉快な話を始めた連中に軽く釘を刺す。

 そうすると、白上羽衣の友人たちは幾分か声を小さくして話し出した。


「えっとね?黒葉さんはそういうことがあったから伊坂君に色々アプローチかけてるっていうか、かなりアピールしてるみたいなんだけどさ」

「肝心の伊坂君の方が、それに全然気付いてないっていうか、気にしてない感じなんだって。なんか、女の子っていうより、妹とか小さい子を相手にしてるみたいな感じに見えてるらしいっていうか」

「結構露骨にアピールしてたって言ってたけどね。うちのクラスの女の子が話しかけようとしたら邪魔しようとしたり。あと、伊坂君以外にはすごく警戒っていうか、人見知りしてたみたい。途中、伊坂君がトイレ休憩行ったときとか、『威嚇してる小型犬』みたいだったって」

(・・・なに?『牽制』に、『人見知り』?)

『それは、伊坂君のいないところでも?』

「うん。そうらしいよ」


 違和感を覚えた。

 それは、さっき考えたチビ女の戦略らしくない行動に対して。


(・・・チャームを発動しているのなら、他人をある程度好きなように動かせるはず。警戒などする必要はない。誠二が白上羽衣に懸想している以上、気のない態度を取るのは想定内だが、それがそのまま他人に伝わっている?『もう私たち付き合ってます』とでも見えるようにしておけばいいだろうに何故・・・いや、まさか)


「あんなに可愛くなったのにそれって、ちょっと可愛そうだよね。まあ、伊坂君だからしょうがないけど」

「そこは本当に伊坂君だからね~。ウチらは同じクラスだから色々事情を知ってるけど、そうじゃなかったら、裏切られたとか思っちゃうかもね。昼ドラなら包丁持ち出すところだよ」

「でも、あの子がナイフとか包丁持ってても、伊坂君を刺せそうな気がしないよね。不意打ちで刺せてもダメージにならなそうっていうか」

「わかる。伊坂君なら腹筋硬すぎて刺さらなそう」

「この前、野球部とふざけあって、金属バットでお腹を全力フルスイングされても笑ってたしね」

『・・・フフっ、アハハっ!!』

「羽衣?」


 気がつけば、笑っていた。

 いや、『嗤っていた』


『フフフッ。長生きしすぎるのもよくないな。つい深読みしてしまった。考えてみれば、あの女は『あの方法』で儀式を抜けた。ならば、技術を伝えきれるほど長生きできる訳も、手段もない。素質も格段に落ちるはず。あのチビは、要は誠二と同じ・・・そうなれば、本当に純粋に誠二のことを・・・』

「羽衣?ねぇ、羽衣ってば」

「本当に大丈夫?なんか、今の羽衣、かなり変だよ?どうしたの?」


 つい、素の私の口調で独り言を漏らしてしまった。

 先ほどから、ボロを出しすぎてしまったかもしれない。

 白上羽衣の友人どもが、不気味なモノを見る目で私を見ていた。

 しかし、そんなことが気にならないくらい、私は機嫌が良かった。

 なにせ、散々煮え湯を飲まされた女の血筋に、最も心に傷を付ける贈り物を贈ってやれるのだから。


『・・・なんでもないよ。ちょっと、取り越し苦労をしてただけってわかって、テンション上がっちゃったんだ。それよりさ』


 思わず踊り出しそうになるのを堪えながら、それでも口の端がつり上がるのを止められないまま、私は問うた。


『その子の、黒葉さんの話。もっと教えてくれない?』

 


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※なお、自分は想い人の身体に寄生し、契約で束縛して手駒にしようとしているが悪びれるつもりはない。

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