第44話 舞札祭二日目 南校舎一階エントランス

「いや、それにしても誠二にちゃんと友達ができていたなんて、聞いてはいたけど実際に目にしてみると感慨深いよ」

「ええ・・・?そんな大げさな・・・って、伊坂ならあり得そうかも」

「新しいクラスになって羽衣が話しかけるまで、本当にヤバい感じだったからね~、伊坂君」

「羽衣?その人も誠二のお友達なのかしら?」

「ん~?あ~、そうですね。羽衣は伊坂とは友達って言っていいかな」

「そうだよね。羽衣がいたから伊坂君もうちのクラスに馴染めたようなものだし」

「おお!!ならば我々にとっても恩人じゃないか!!しかし、ウイという名前は、女の子なのかい?」

「そうですよ。羽衣は・・・ああ、その子、白上羽衣って言うんだけど、その子が一番最初に伊坂に話しかけて・・・」

「おお!!白上さんがかい!?」

「あれ?羽衣のこと知ってるんですか?」

「ええ。この部室の飾り付けのための道具とかを運んできたときに会ったの。礼儀正しい子だった」

「へ~・・・」

(ねぇ、羽衣は昨日のお昼、ウチらと一緒に食べたよね?)

(うん・・・そうなると、親同伴でお昼食べた黒葉さんは、確実に羽衣より伊坂と仲いいよね)


 伊坂くんがクラスメイトの男子を引き連れてトイレに行ってから、伊坂くんのおじさんおばさんと伊坂くんのクラスメイトたちが話に花を咲かせていた。

 向こうは伊坂くんのD組での話で盛り上がっており、他のクラスであるワタシはちょっと話に入りにくい。

 おじさんとおばさんは、ワタシの中ではトップレベルでいい人に分類されているから、和気あいあいとした彼らの会話に入れていないと疎外感を覚えてしまうが・・・


(牽制は成功かな・・・)


 伊坂くんのクラスメイトの女子たちが、ワタシの方をチラチラ見ているのに気付きながらそう思う。

 彼女たちの胸に瞬く光の色は黄色。黄色の光の点滅は好奇心の現われだから、ワタシのことが気になっているということ。

 会話の内容に白上さんのことが出てきたから、気になっているのはワタシと伊坂くんの関係に違いない。

 あの馴れ馴れしく伊坂くんに接していた白上さんが、クラスでどんな風に伊坂くんと関わっていたのか知らないが、さっきのおじさんとおばさんとのやりとりから、ワタシが伊坂家と家族ぐるみで親しいという印象をアピールすることはしっかりできていたようだ。

 願わくば、『D組の顔はちょっとだけ怖いけど世界で一番カッコいい伊坂くんが、オカ研の部長と付き合っていて、彼女の嫁入りが内定してる』とか噂してくれますように。

 それにしても。


(クラスで一番最初に声をかけた、か・・・)


 彼女たちの会話に出てきた台詞を思い返す。

 どうやら、伊坂くんが白上さんに馴れ馴れしくされても気にしていないのは、クラスで一番最初に声をかけてくれた相手であり、彼女のおかげでクラスに馴染めたからのようだ。

 時期に関しては、「新しいクラス」ということから、恐らく進級してすぐ。


(ワタシよりも、先に)


 ワタシと伊坂くんが初めて出会ったのは、四月の末。

 白上さんと伊坂くんは、その前からそれなりに仲が良かったということになる。

 ワタシと伊坂くんが仲良くなる前から。

 

(・・・伊坂くんが、G組だったらよかったのに)


 モヤモヤする。

 伊坂くんと一番最初に仲良くなるのは、やっぱりワタシであって欲しかった。

 ワタシの知らないところで、女の子と仲良くして欲しくない。

 伊坂くんには、いつだってワタシの傍にいて欲しい。

 つい、そう思ってしまう。

 それがとても我が儘なことだとは思うけれども。


「・・・伊坂くん」


 今ここに伊坂くんはいない。

 伊坂くんのおじさんとおばさんはいるけども、他の人たちと話し込んでいる。

 一番心を許せる人がいない。

 人がたくさんいるのに、今ここでワタシは1人だった。

 だから、思わず名前を呟いてしまう。

 それと同時に。


「いよぉ~す」

「あれ?新しいお客さん来てないんだ?」

「・・・伊坂のご両親いるから、とか?」


 トイレに行っていた伊坂くんのクラスメイトが戻ってきた。

 ドアを開けて中を見回すも、顔ぶれが変わらないことに意外そうな顔をしている。

 実際、彼らの言うとおり、お客さんがドアを少し開けて入ろうとしてきたことは何度かあったのだが、ちょうど真正面にいる伊坂くんのおじさんとおばさんの2人と目が合って、ダッシュで帰っていった。

 だが、そんなことよりも。


「伊坂くんは?」


 戻ってきたのは彼らだけで、伊坂くんはいない。

 伊坂くんはどうしたのか。

 そんな風に問いかけるワタシを見て、彼らは・・・


「・・・黒葉さん、頑張れよ」

「俺たち、応援してるから」

「伊坂君はデリカシーないけど、いい奴なのは間違いないから」

「は、はぁ・・・?」


 揃って点滅する青色の光を灯す彼らは、なんだか生暖かい視線を投げかけながら、クラスメイトの元に向かっていく。

 

(? なんで同情されたんだろう?)


 一瞬、考えていたことを忘れて疑問に思ってしまった。

 伊坂くんが大丈夫と言うだけあって彼らもまたいい人たちなのだろうが、どうしてワタシに同情するのか。


(って!!そうじゃないでしょワタシ!!)


 そうだ、そんなことよりも。


「あ、あの!!伊坂くんは・・・」

「お前ら、オレを置いてくなっての!!」

「伊坂くん!!」


 ワタシがもう一度問いかけようとすると、開いたままのドアから黒い騎士服を身につけた伊坂くんが帰ってきた。

 ワタシは、つい駆けだしてしまう。


「お、おかえりなさい、伊坂くん。ところで、どうして他の人たちより遅かったんですか?」

「え?ああ、ただいま・・・ってそうだよ!!お前ら、さっきは何だったんだよ!!急になんか悟った顔で変なアドバイスしやがって。少しビビっただろうが」

「「「・・・・・」」」

(・・・?? なんか、さっきよりも強く同情されてる?伊坂くんじゃなくてワタシが?)


 伊坂くんが指をさして口を開くが、彼らは一様に生暖かい視線でワタシに同情を深めるばかり。


「・・・・・」


 悪意がないとはわかっているが、なんか気持ち悪かったので、伊坂くんの影に隠れる。

 やっぱり、伊坂くんの傍は落ち着く。


(・・・ねぇ、伊坂君が完全にナイト、ううん、保護者ムーブしてるよ)

(あれ、伊坂はマジで黒葉さんのこと女として見てない感じじゃない?大事には思ってそうだけど、友達とか妹とかじゃない?)

(でも黒葉さんの方は間違いなく伊坂君のこと男だと思ってるよね・・・外堀埋めまくってるし)

(伊坂、マジで刺されるんじゃ・・・)

(けど、黒葉さんがナイフ持ってても伊坂君にキズ一つでも付けられるビジョンが見えない・・・)

(ね。なんか腹筋で弾きそうだよね)


 おじさんとおばさんと話していた女子たちがまたも何やらひそひそ話をしていたが、伊坂くんの傍という安住の地にいるワタシにはどうでもよいことだった。


「おお、戻ったか誠二。お前、クラスにもちゃんと友達がいたんだな」

「ええ。家でクラスのことを話すこともあったけど、最初は誠二の妄想だと思ってたわ」

「・・・母さん、たまに言葉のナイフで思いっきりえぐってくるよね。ちゃんといるっての」


 何気にひどいことを言うおばさんだが、その胸に灯るのは緑色の光。

 悪意0%でそんな台詞を放ったことに地味に恐怖を感じる。


「黒葉さんといい、白上さんといい、キミたちといい、誠二に仲良くしてくれる子がこんなにいるなんて・・・俺はこれまで無宗教だったが、神という存在を信じようと思う」

「私もよ。あなたたち、誠二の妄想じゃなくて、現実に存在してくれていてどうもありがとう」

「は、はい・・・」

「俺、友達の親に『実在してくれてありがとう』とか言われるの今後一切ないと思うわ」

「こっちこそ伊坂の親みたいな人が現実にいるって教えてくれたこと感謝したほうがいいのかもな」


 その言動から、伊坂くんのクラスメイトたちも引き気味だ。

 さりげなく、全員がジリジリと後退し、距離を取ろうとしていた。


「だぁ~!!みんな引いてるだろうが!!もういいから!!・・・黒葉さん!!悪いけどちょっとうちの親占ってくんない!?占ってる間は少しは大人しくしてくれるだろ!!」

「え!?あ、はい・・・」


 これ以上の狼藉は自分の評判とか立ち位置的にマズいと判断したのか、唐突にお鉢が回ってくる。

 

「お?黒葉さんが占ってくれるのかい?」

「そうだわ。私たち、元々黒葉さんの占いを楽しみにしてたんだった」

「あ、あの。それじゃあ、おじさんの方から席に座ってもらってもいいですか?」


 周りに引かれていることに気付くことなく、占いにノリノリの2人。

 そうして、ワタシは伊坂くんのおじさんとおばさんを占うことになったのだった。



-----



「そういえば、誠二たちは昼はどうするんだ?」

「昼?」

「ああ。もういい時間だろう?」

「あ~、確かに」


 あれから、父さんは「正義」、「力」、「戦車」の正位置。

 母さんは「女教皇」、「法王」、「戦車」の正位置。

 どちらも『強靱な理性を以て余りある力を制御し、正しい道を見極めて信念を貫き通す』というストロングスタイル極まる結果を出したうちの両親。

 オレが家で占ったときも必ず正位置の「戦車」は入っていたので、きっともう『パワーでなんとかする』とかそういう星の下に生まれたのだろうと悟っていると、父さんが声をかけてきた。

 そういえば、開会式を終えて黒葉さん狙いの男子の群れを捌き、クラスメイトと両親の襲来もあってだいぶ時間が経っていた。

 父さん母さんは自分たちの占いが終わった後もオカ研の部室の壁際に陣取り、腕を組んで後方理解者面をしてオレたちが占うのを満足げに眺めていたり、少しの間出て行って舞札祭を見物していたりしたのだが、それもあってもう時刻はお昼。

 そろそろ休憩してもいい頃合いだろう。

 よし。


「そうだな・・・黒葉さん、そろそろ休もうか?オレ、ちょっとお腹空いてきたよ」

「あ、はい・・・ふぅ、ワタシも、さすがにちょっと疲れました。座っていたから体力的にはいいんですけど、精神的に・・・」

「ああ、それはオレもだよ」


 オレが一緒に休もうと言うと、黒葉さんも疲れたようにため息をつきながら同意した。

 元々人見知りなオレと、オレに輪をかけてひどい黒葉さんだ。

 色んな人を占うのは、楽しくもあっただろうが疲れるのも当然だろう。

 

「それなら、気分転換に舞札祭をまわってきたらどうかしら?せっかくの文化祭なんだから」

「そうだぞ。高校生でいられるのは後2年。それも、来年は受験だろう?楽しい気分でまわれるのは今年が最後かもしれないしな」

「嫌なこと言わないでよ・・・う~ん、でもなぁ」


 オレは少し悩んだ。

 確かに、父さんの言うとおり舞札祭を楽しめるのは後二回。

 去年、ボッチだったオレは適当な空き教室をぶらぶらして適当に時間を潰し、家に帰ってなぜか涙が溢れたのを覚えている。

 それに比べて今年は友達もできて、部活にも入り、こうして店を開く側だ。

 学校において一番仲がいい友達である黒葉さんと、クラスを冷やかしに行くのは面白そうだし、黒葉さんの人間不信を治す上で有効かもしれない。

 

(けど、黒葉さんがあんまり嫌がるようなら・・・)


 さっきも思ったが、黒葉さんは人見知りを通り越して人間不信だ。

 そんな黒葉さんを人でごった返す中に連れて行くのは、人間不信克服と考えても荒療治に過ぎるだろう。

 うちのクラスの連中とつなぎも作ったし、他の生徒とも占いを通して交流もできていたし、何よりあの開会式の成功もあるしで、黒葉さんの魅力アピールについてはおおよそ目的を達したと見てもいい。

 何も黒葉さんに無理をさせてまでやる必要はない。

 そう思いながら、オレは黒葉さんを見ると・・・


「文化祭、男女2人、一緒にまわる・・・こ、これって実質、デ、デート」

「? 黒葉さん?」

「ひゃぁいっ!?い、行きます!!」

「そ、そう?無理はしないでもいいんだよ?」

「い、いえ!!全然!!全っ然無理じゃありませんから!!い、伊坂くんが近くにさえいてくれれば」

「う、うん。なら、行こうか」


 またしても小声で高速詠唱していた黒葉さんに声をかけると、ビクリと大きく身体を震わせ、挙動不審になっていた。

 無理をしているのではと思ったが、目がマジである。

 こういう状態になったときの黒葉さんは絶対に自分の意見を曲げないというのは、オレが今までの経験で学んだことだ。


「どのみち、お昼はその辺で買うつもりだったしな。どうせなら、ウチのクラス行こうか」

「伊坂くんのクラス・・・」


 父さんも言っていたが、今はお昼時。

 今日はせっかくの舞札祭なので、昼食はその辺の出店か、特別メニューが出ている食堂からオレがテイクアウトしようと思っていたが、2人で出かけるならうちのクラスまで足を伸ばす余裕もある。

 黒葉さんとの約束で、オレは舞札祭の間は黒葉さんの傍にいることにしているが、クラスの出し物のことだってやっぱり気になる。

 今のシフトなら、ここに来た連中が担当だろうし、黒葉さん的にもハードルは比較的低いはずだ。


「おお、誠二のクラスの出し物か。あれも中々クオリティが高かったぞ」

「ええ。誠二のクラスメイトの子たち、可愛い子が多いのね」

「あ~、やっぱそう思う?オレのクラス、女子はかなりレベル高いんだよね。だからメイド喫茶やろうとしたってさ。なにせ・・・」


 そこで、オレは少し前の学級会議のことを思い出しながら、憧れの子の名前を口に出す。


「ただでさえレベル高いのに、その中でも別格の白上さんがいるし」

「・・・・・!!」


 うちのクラスでメイド喫茶をやることにした一番の理由は、やはり白上さんだ。

 学年どころか学校一の美人と言っていい白上さんを擁するのに、そこを活かさないなど勿体ないにもほどがあるというのがクラス共通の認識であり、無論オレもだ。

 残念ながらシフトの関係でオレはメイド服姿の白上さんを見に行けないが、そこは他のクラスメイトに写真を撮ってもらうように頼み込んである。


「そうだな。俺たちが入ったときには忙しそうだったから接客はしてもらえなかったが、白上さんは一際輝いていたぞ。あんなにメイド服が似合うとは」


 オレの意見に賛同し、ウンウンと頷く父さん。


「父さん。家に帰ったら両目抉りにいくから覚悟しとけよ」

「・・・母さん。誠二が反抗期に入ってしまった。俺は父親としてどうすれば」

「大丈夫よ。誠二の身体能力は確かに脅威だけど、こっちは誠二の行動パターンを産まれてからずっと把握し続けているわ。2人がかりで対応すれば無力化は簡単よ」

「おお!!」

「おお、じゃねーよ!!冗談だよ!!羨ましいだけだっての!!」

「・・・あらやだ。私も冗談よ」

「そうは思えねーよ!!表情一切動いてないんだもん!!」

 

 白上さんのメイド服姿を生で見た父さんが羨ましく、冗談で言ってみれば、母さんが本気でオレの捕縛を考えていた。

 母さんは大抵無表情だから、冗談なのか本気なのか分からないことが多いけど、さっきのはわりとマジだったと思う。

 しかし・・・


「・・・昨日はワタシから遠ざけようとしたのに、今日は自分から近づこうとするの?警戒してるはずじゃないの?なのにどうしてそんなに嬉しそうなの?そんなに白上さんって可愛いの?」


(あれ?黒葉さん、なんか様子変だな)


 ふと隣を見ると、いつの間にか、黒葉さんの雰囲気が変わっていた。

 剣呑というか、陰鬱というか・・・オレの語彙力ではうまく言い表せない。

 ついさきほどと同じようにボソボソと何事かを呟いているのは同じなのに、さっきまでの気迫に満ちあふれていた様子とは真逆だ。

 一体どうしてしまったというのか。


「けれど、黒葉さんが誠二のクラスに行くのは問題あるかもしれないわね」

「え?どういうこと?母さん」

「ああ、確かにな」

「父さんもかよ?」

「・・・・・?」


 黒葉さんの様子を深掘りしようとしたオレだったが、母さんが意味の分からないことを言ってきた。

 しかも、父さんも答えが分かっているようだ。

 自分が話題に上がって気になったのか、俯いていた黒葉さんが少しだけ顔を上げる。


「なんだ誠二、わからないのか?いや、お前は自分のクラスに行ってないんだったな」

「誠二の言うとおり、D組のメイド喫茶はよく出来てるけど、クオリティが高いのはこのオカ研もそうでしょう?」

「それが何・・・ああ、そういうことか」

「?」


 遅れて、オレも父さん母さんが言いたいことに気付いた。

 対して、黒葉さんは顔に疑問符を浮かべている。

 頭の回転が速い黒葉さんがオレが気付いたことにまだ気付いていないのは意外だ。

 まあ、黒葉さんは自己評価低めだからしょうがないと言えばしょうがない。

 さっさと答えを言ってしまおう。


「なんていうか、ライバル店に殴り込みかけるようなもんだよね。お客さん全部かっさらっちゃうかもしれないし。黒葉さんレベルで可愛いと」

「ふぇっ!?」


 なんか黒葉さんの口から変な声が出た。

 しかし、オレとしてはこれも前々から予想できていたことだ。

 黒葉さんが本気を出せば絶対に可愛いと思っていたが、オレの予想以上であり、今の黒葉さんは白上さんとタメを張るレベルだ。

 そんな黒葉さんを白上さんが抜けたメイド喫茶に連れて行くのは、確かに宣戦布告と言っていいかもしれない。


「でも、あいつらならそこら辺もなあなあで許してくれそうな気するけどなぁ・・・なんなら、オカ研でD組の宣伝すれば効果ありそうだし、なんか言われたらそれで乗り切ればいけるだろ。今の黒葉さん、本当に校内で一番狙えるくらい可愛いし・・・オレはそう思うけど、黒葉さんはどう思う?」

「・・・伊坂くん」

「うん」


 色々とやっかみやらトラブルが発生する可能性もあるので、改めて黒葉さんに意思確認を行う。

 すると、黒葉さんはまっすぐにオレの目を見て・・・


「伊坂くんは卑怯です。ズルいです」

「なんで!?」


 ちょっと怒ったような、だけれどニヤけるのを堪えているような複雑な顔で、オレに辛らつな言葉を浴びせるのだった。



-----



 伊坂くんはズルい人だ。


「あ~、その、黒葉さん。何か買っていく?色々出店あるけど」

「別にいらないですよ。ワタシは元々小食なんです。そんなに食べられませんから」

「あ、そ、そうなんだ。ご、ごめん」

「い~ですよ。お気遣いどうも。フンッ」


 ワタシは内心の不満を隠さず、とげとげしい返事をする。

 だが、絶対に伊坂くんの傍から三歩以上離れない。

 伊坂くんの騎士姿を見て、周りがモーゼの十戒のように割れていくから、歩幅を調整して歩くのは楽だった。

 ワタシをジロジロと見る視線もあるが、そういった人はすぐ隣を歩く伊坂くんに気付いて即座に逃げていく。

 

「???」

 

 ツンケンとしながらも距離が近いワタシを不思議に思っているのか、伊坂くんはさっきから百面相だ。

 その厳めしい格好に似合わないオロオロした様子のギャップが可愛くて、少しだけ溜飲が下がる。


(せっかくの舞札祭に伊坂くんと一緒にデ、デートしてるわけだし、さすがにもういいかな。勿体ないもん)


 文化祭を、好きな男の子と一緒にまわるという、一生に一度あるかないかの機会だ。

 それを、相手を困らせたままで終わらせるのは勿体ない。

 そう思ったワタシは、目に付いた教室の出店を指さした。


「伊坂くん伊坂くん!!やっぱりアレ食べてみたいです!!買いに行きましょう!!」

「え!?あ、うん。わかった・・・機嫌直ったのかな?」


 小声でワタシの態度が変わったのか呟く伊坂くんが着いてくるのを見ながら、ワタシはクレープのポスターを貼った教室に歩いて行く。


「す、すみません。こ、これください・・・」

「うおっ!?かわい・・・ってヒィイ!?す、すみませんっ!!今すぐ用意しまぁっすっ!!」

「あ、ちょっと!!オレはチョコのやつでお願いします」

「しょ、承知しましたぁああああ!!」


 テンションの上がっているワタシが、いつになく珍しく見ず知らずの人に注文すると、店員の男の子はワタシの顔を見て驚いていたが、すぐにやってきた伊坂くんを見て慌ててクレープの準備を始めた。

 伊坂くんは店員の挙動不審な態度を見て眉をひそめていたが、特に問題があるわけでもないので、素直に注文する。

 

「お、お待たせしました・・・どうぞ」

「ありがとうございます。それじゃあ、2枚分で400円・・・」

「あ!!伊坂くん!!ワタシの分はワタシが払いますよ!!」

「そ、そう?じゃあ・・・」

「あ、ありがとうございましたぁ~~!!!」


 終始怯えていた店員からクレープを受け取ったワタシたちは、すぐ傍にあった休憩用の椅子に座って食べることにする。

 席を占拠していた男子たちが伊坂くんを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを見て、伊坂くんには申し訳ないけど、こういうとき伊坂くんの怖さは便利だと思ってしまう。


「う~ん、なんというか、普通だな」

「ですね。でも・・・」

「ん?」


 食べてみたクレープの味は、『まあ、学園祭の出店ならこんなもんか』といったところか。

 良くも悪くも普通で、特に言うこともない。

 けど。


「伊坂くんと食べていると、おいしいです・・・他の誰でもない、伊坂くんと」

「っ!?ゴホッガハッ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「い、いや、大丈夫!!大丈夫だから!!うん!!」


 ワタシが心の中で思いつつ、普段なら中々言い出せないことを言ってみると、伊坂くんがむせた。

 慌てて背中をさすると、伊坂くんも落ち着いたようで、一心不乱にクレープを食べ始める。


(意趣返しは、これでいいかな)


 今度こそ、完全にスッキリしたワタシも、クレープに手を付ける。

 やはりそこそこの味でしかないが、なぜかおいしく思えた。


(意趣返し。そう、意趣返しだよ)


 伊坂くんはズルい人だ。


(さっき、ワタシが傍にいるのに白上さんのことすごく可愛いって言ってて・・・すごくショックだったのに)


 勇気を出してこの魔女のコスプレを伊坂くんに見せたとき、2人だけでオカ研で占いをしていたとき、伊坂くんはとても驚いていて、興奮、というと言い方は悪いが、ワタシのことを可愛いと、綺麗だと本気で良く思ってくれていた。

 なのに、クラスメイトの子たちとトイレから帰ってきたらいつもの伊坂くんに戻ってしまっていた。

 そして、オカ研を出る前の会話だ。

 そこで、伊坂くんが白上さんはレベルが違う可愛さだと言っていて、すごく、すごくショックだった。

 昨日のお昼には、白上さんのことを警戒し、ワタシを守ろうとしていてくれたのに。

 今日はそれが嘘だったかのように、まるで『覚えていない』かのように、白上さんのことを褒めていた。

 ワタシを会わせたくないのは、ワタシを除け者にしたいから、白上さんと会うのを邪魔されたくないからじゃないのかと思えるくらいに。

 

(でも、その後で言ってくれたんだ。ワタシのこと、『一番』可愛いって)


 それだけで、嫌な気持ちが吹っ飛んでしまった。

 この格好をした甲斐があったと思った。

 我ながら安上がりだと呆れてしまった。

 同時に、伊坂くんのことを心底ズルいと思った。

 

(伊坂くんはすごく何でもないような風だったのに、ワタシは簡単に振り回されちゃうんだもん。やっぱりズルい)


 ワタシの心は、伊坂くんの胸先三寸で天国から地獄まで、情緒のジェットコースターをアップダウンさせられてしまうのだ。

 しかも、そのことに伊坂くんは自覚がない。

 これを卑怯と呼ばずに何と呼ぶ。

 だからこその、意趣返しなのだ。


(『あなたと一緒に食べるご飯はおいしい』・・・女の子から言ったら、もう告白みたいなものだよね?)


 ワタシを可愛いと思ってくれているのなら、勝算はあると思った。

 もしかしたら、伊坂くんは友達として言われたのかと思っているかもしれないけど、さっきの反応を見るにその台詞の重さはちゃんと分かっているみたいだし。

 しっかり意識してくれたのは間違いない。

 だから、あんなにむせたのだろうから。

 伊坂くんをドキドキさせられたのなら、ワタシの目論みは達成だ。


「ごちそうさまでした・・・それじゃあ、伊坂くんのクラスまで行きましょうか?」

「う、うん」


 自分の分をすぐに食べ終えて、ワタシが食べるのをチラチラと伺っていた伊坂くんに声をかけると、伊坂くんはやっぱり挙動不審のまま立ち上がった。

 その様子がおかしくて、ワタシは普段ならば恥ずかしくてできないことをやってみる。

 なんだかんだ言って、ワタシもこの祭りの空気に当てられているのかもしれない。


「ふふ、しっかりエスコートしてくださいね?騎士ナイト様?」

「お、お任せあれ!!」


 立ち上がった伊坂くんに手を伸ばすと、伊坂くんはおっかなびっくりながらも、けれどもしっかりと、ワタシの手を引いてくれたのだった。

 


-----


 一方その頃。


「あ~、なんか思い出せそう。そう、クローバー・・・クローバーに近い発音だったような」

「クローバー?そんな日本の名字ないでしょ」

「いたら、見た目の前に有名になってるよ」

『・・・もしかして、『黒葉』?』

「あ!!そうそれ!!黒葉だよ!!」

「黒葉とクローバー・・・確かに似てるね」

「もしかして、それが由来だったりするのかな?」

「え~それはなくない?」

『・・・そうか。やはり、あの女の・・・!!』


 伊坂誠二と黒葉鶫のいる南校舎からやや離れたグラウンド。

 『始まりの魔女』の残滓は、己が宿敵の影に気付いた。



 そして。



『構築率、100%!!』

『完成シタ』

『小賢シイ知略ナド吹キ飛バス圧倒的ナ『災厄』』


 どこともしれない場所。

 そこで、くぐもった声だけが響く。


『死神ト魔術師ハ、普段通リニ行動ヲ共ニシテイル』

『死神ハ、魔術師ガ近クニイレバ強イ力ヲ使エナイ』

『コレヲ以テ、諸共消シ去ル』

『後ハ、逢魔ガ時ヲ待ツノミダ』


 そして、そこから少し離れたどこかで。


『・・・・・これは、マズいな』


 無機質ながら美しい女性の声が小さく漏れたそのとき。



--ピシャァっ!!



『っ!?・・・伝えねば』


 闇だけが存在するその場所に、不意に『稲妻』が轟いた。

 声の主の気配が遠のくとともに、稲光に照らされて、巨大な影が姿を現す。


『・・・・・』


 それは、不気味な白い光を放つ『塔』であった。

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