第43話 舞札祭二日目 南校舎四階男子トイレ
「出たカードは正位置の『女教皇』、正位置の『戦車』、それに正位置の『悪魔』ですか・・・そうですね。あなたは今3人気になる人がいる。それぞれ、理知的で落ち着いた人、元気のいいリーダーシップに溢れる人、少し危ないけど目が離せなくなるような魅力のある人でしょうか?」
「!? う、うん。実は、ちょっといいなって思ってる人がいるんだけど・・・性格は、そうなのかな?落ち着いてるとか、元気がいいっていうのはそうだと思うよ」
「そうですか・・・まず最初に断っておきますが、これはワタシの解釈です。あなたの決断を促すものではありません。それを前提に聞いてください。この『女教皇』で表わされる人は、落ち着いていて頭がよく、一見すると目立った欠点のない人ですが、少し神経質な部分があります。もしもお付き合いを考えているのなら、そういう欠点もあると思ってください。『戦車』の人も、元気がいいのはいいことですが、押しの強いときもあります。親しくなりたいなら、自分もしっかりした意見を持って対峙するか、そのすべてを受け入れてあげる寛容さが必要です。最後に『悪魔』の人ですが・・・これはあくまでワタシの意見ですが・・・あ、ちなみにシャレじゃないですよ?コホンっ!!ワタシの意見ですが、止めた置いた方がいいかと。危ない魅力を持っていますが、本当に危ない人の可能性が高いです。どうしてもというのなら、少しずつ遠くから観察するとか、信頼できる他の人とよく相談するのをおすすめします」
「そ、そう・・・言われてみると、彼、結構ピリピリしてるなぁ。それにあの人もオラオラ系って感じだし・・・最後の人は、うん。ウチ決めたよ。ありがとね」
「いえ。ワタシはただ占っただけですから。決めるのはあなた自身。ワタシはそのお手伝いをしただけです」
南校舎の四階にある占いの館。
そこで、館の女主人である魔女がカードを広げて、迷える者たちに導きを示していた。
(・・・黒葉さん、占いっていうかオカルトのことになると普通に他の人と喋れるんだな)
所詮は高校の文化祭。
教室の飾り付けも2人だけでやったから粗いところがあるし、そんなに広い部屋でもないから厳かとか格調ある雰囲気とはとても言えない。
けれど、今の黒葉さんは魔女の格好も相まって、『占いの館の女主人』と言うにふさわしいオーラを醸し出していた。
占いのことになると熱が入るのか、それか黒葉さんの元々の真面目な気質か、普段の人見知りな部分はなりを潜め、占いの結果を真摯に伝えている。
(これは使えるかもな。黒葉さんはあんなことがあったから人間不信だけど、こうやって『客』と『店員』みたいな感じならコミュニケーションが取れる・・・占いだって、簡略式だけどしっかりその人に合ったことを伝えられてるし、この舞札祭で黒葉さんの占いのことをアピールできれば、女子の友達普通にできそうだな。っていうか、うちのクラスの女子とはもう友達になってるのか?)
友達の定義が何かというのは、ここ最近までボッチだったオレには分からないが、一生懸命占いの内容を伝えようと頑張っている黒葉さんを見るクラスメイトの目は暖かい。
あいつらならば、黒葉さんをひどい目に遭わせるような真似など絶対にしないだろう。
(そうだな。先ず隗より始めよとか言うしな。最初はオレのクラスメイトから友達になってもらって・・・)
と、そんな風に考えながら黒葉さんを眺めていると。
「なあ、伊坂」
「あん?」
いつの間にか、オレのすぐ近くにクラスの男子が固まっていた。
小声で話しかけてきたのは、先頭に立つ映研所属の鈴木。
黒葉さんは次の女子の占いを始めていて、オレから視線を外している。
「お前、マジでいつの間にあんな可愛い子と仲良くなってたんだよ?」
「そうだそうだ。最近昼休みも放課後もすぐいなくなると思ったらよ~」
「白上さんはどうしたんだお前~」
小声で飛んできたのは、大体そんな感じの冷やかしだった。
からかい混じりで言っているのは明らかだが、面倒くさいことになった感じがして、オレは思わずため息をつく。
「あのなぁ・・・さっきも言ったろ。オレと黒葉さんはそんなんじゃないんだよ」
「ええ?いやでも、なぁ?」
「あの子の雰囲気っていうか、そういうの見てると・・・なぁ?」
「っていうか、そういう関係じゃないならなんでお前はあんな熱心にオカ研に通ってたんだよ?」
「あ~・・・それはまあ、な」
しかし、まあ、クラスメイトたちがオレと黒葉さんの関係が気になるのも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
なにせ、オレはついこの間まで白上さんの部活を応援するのに精を出し、昼休みだって後ろの席に座る白上さんとなんとか会話できないものかと虎視眈々と機会を伺っては『伊坂挙動不審すぎてキモいんだけどw』と嘲笑されていた身だ。
そんなオレが唐突にオカ研に通うと言い始め、そのオカ研に可愛い女の子がいるとなっては、邪推されるのも致し方ないだろう。
まあ、黒葉さんが万人にも分かるくらい可愛くなったのは今日の朝からだが。
だが、オレがオカ研に通う理由は、ひとえに黒葉さんの身の安全のためであり、そこに邪な感情はないと断言できるのだけれども、それを黒葉さんの近くで言うのはデリカシーの問題でどうかと思う。
黒葉さんにとって嫌な思い出でもあるだろうから。
「うん。まあ、色々あったんだよ。色々」
「え~?そこはちゃんと答えろよ~」
「そうだぞ。そこぼかしたら認めてるようなもんじゃねぇか」
「白上さんにチクんぞ」
「なっ!?お、おい!!それは止めろって!!」
「・・・?伊坂くん?」
「あ、いや、黒葉さん!!別に何でもないから!!占い続けてて!!」
白上さんの名前を出されて大声を出してしまったが、そのせいで黒葉さんの注意がこっちに向いてしまった。
「あの、もうこっちの女の子たちは全員占ってしまったのですが・・・」
「え?そうなの?」
見れば、クラスメイトの女子たちはうんうんと頷いている。
元々男女比が男寄りだったから、女子だけ占ってたらすぐ終わるのも当然か。
「それで、伊坂くんは何の話をしてたんですか?」
「え?あ、いや~、それは」
「「「・・・・・」」」
オレの様子がおかしいのを察してか、訝しげな表情で聞いてくる黒葉さん。
さっきまでオレに詰め寄ってきたクラスメイトたちはニヤニヤと笑いながらオレを見ている。
とりあえず、男どもは全員後で絶対にシめる。
「伊坂くん?」
「あ、いや、その・・・」
オレとクラスメイトたちがどんな話をしていたのかがよほど気になるのか、段々となんとなく不機嫌そうになっていく黒葉さん。
そんな黒葉さんを前にして、オレはどうしたものかと途方に暮れていると。
「おお!!こんなに人がいるとは!!」
「活気があっていいわね、誠二」
「父さん!?母さんも!!」
ガラっと扉を開けて入ってきたのは、オレの両親だった。
そりゃあ、昨日の体育祭でも来たし、今日も来るとは思っていたが、こんなに早く来るとは。
((((あの人たちが伊坂の親か・・・あの人を殺してそうな瞳。うん、一目で分かるな))))
クラスメイトたちも、一瞬、『舞札祭にヤクザが!?』とでも言いたげに戦慄した顔をしていたが、オレの両親だと分かると緊張を解いていた。
オレの両親も中々の強面だが、普段オレと接しているから怖い顔には慣れているのだろう。
それか、なんらかの理由であの人たちがオレの親だと確信できたのか。
そんな風に落ち着いていた彼らだったが。
「こ、こんにちは、おじさん、おばさん♪」
驚いたように少し見開いていた黒葉さんの瞳が何事かを思いついたかのようにキラリと光ると、にこやかな笑みを浮かべながらオレの親に挨拶をする。
人間不信の黒葉さんだが、オレの親の人徳のおかげか、最初からフレンドリーな感じで話せていたが、今日はこれまででも一番親愛の情がこもっているような声だった。
っていうか、呼び方も昨日は『伊坂くんのお母さん』とかちょっと距離感があったのに、今は『おじさん、おばさん』だ。
(? 黒葉さん、どうしたんだ?確かにウチの親とは仲よく話せてたけど、今日はなんか一段と距離が近いような・・・まあ、さっきの質問を忘れてくれるならいいか)
オレの親と黒葉さんの仲がいいというのは、歓迎すべきことだ。
黒葉さんの両親は音信不通らしいし、その分頼りになる大人が増えるのはいいことに違いない。
「うう、母さん。聞いたか?今の黒葉さんの言葉を・・・?」
「ええ・・・私、この年でやっと一つ夢が叶ったわ。黒葉さん、ありがとう」
「いえいえ。おじさんとおばさんには『いつも』お世話になってますから。昨日だってお昼ご飯を一緒に食べさせてもらいましたし、ここの準備を手伝ってくれた時に、そうやって呼んで欲しいって言っていたじゃないですか。このくらい当然ですよ」
「「うう、黒葉さん・・・!!」」
(頼りになる・・・かなぁ?)
息子であるオレの友達から親しげに挨拶されただけで感極まったように両目に涙を浮かばせる我が両親。
今までのオレの学生生活を思えば気持ちも分からなくはないが、クラスメイトも見ている中で急に泣き出すのはマジで止めて欲しい。
そう思いながら、クラスメイトたちの様子を見てみれば。
(え?黒葉さんって伊坂と家族ぐるみで付き合いあんの?)
(なんかご両親泣いてるけど・・・あれ多分嬉し泣きだよな)
(昨日、昼休みに伊坂がいないと思ってたら、女の子と親同伴で飯食ってたのかよ・・・)
(あれで付き合ってないとかマジ?)
(伊坂、外堀埋められてね?)
いつの間にか、何やらヒソヒソとクラスメイトたちが話し合っていた。
時折オレをチラチラと見てくるのがなんか無性に気になる。
そうだな・・・
「あ~、父さん、母さん。悪いけど、ちょっとここで黒葉さんと一緒に待っててもらっていい?オレ、ちょっとトイレ行きたいんだよね」
「ん?そうなのか?なら、早く行ってこい」
「うん・・・おい、お前らどうする?これから舞札祭まわるならここらで行っておいた方がいいと思うぞ?」
「「「「・・・・・!!」」」」
オレがクラスの男子たちの方を見ながらそう言うと、オレの意を察したように目を見開いた。
「そうだな。俺も行くぜ」
「俺も」
「僕も」
そうして、オレたちはゾロゾロと連れ立ってトイレに向かうのだった。
「あら・・・あの子たちも誠二の友達だったのかしら?」
「そ~ですよ。ウチらは伊坂と同じクラスで、友達・・・ですかね?山田とか鈴木なんかは間違いなく友達だと思いますけど」
「おお、キミたちが誠二のクラスメイトか!!」
「誠二ったら、クラスのこともよく話してくれるのよ。みんないい奴だって」
「まあ、ウチのクラスは学年どころか学校一のムードメイカーがいるしね~」
「伊坂も最初はちょっと浮いてたけど、今じゃだいぶ馴染んだよね」
「そうか・・・それはよかった」
「・・・伊坂くん?」
背後で、残ったクラスメイトの女子たちとオレの親が話していたが、黒葉さんがまたも訝しげな表情をしていたことに、オレは気がつかなかった。
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「んで、どういうつもりだよ伊坂?」
「そうそう。あんなにわかりやすく俺らを誘ってさ」
「ちょっと待てよ。まだ出してるだろうが」
四階の男子トイレ。
今は舞札祭ということもあり、普段人気のない南校舎にも人がたくさん出歩いているが、幸運なことに男子トイレには誰もいなかったので、オレたちは用を足していた。
実を言うと、今日は黒葉さんとの約束もあってオカ研に付きっきりになるつもりだったし、開会式の前は緊張で逆に尿意を意識していなかったのもあって、トイレに行きたかったのも本当なのだ。
父さんと母さんがいいタイミングで来てくれて助かったが・・・まあ、一番の目的はこいつらが察している通りだ。
「黒葉さんのこと、言っておこうと思ってな。このままだと、お前ら好き勝手噂しそうだし」
「そりゃあまあ、なぁ?」
「うん。あの白上さん推しの伊坂の近くにあんな可愛い子がいたとか、めっちゃ気になる」
「お前の親とも仲よさそうだったしな」
オレの思った通り、黒葉さんとオレの関係について色々邪推していたようである。
これは危なかったかもしれない。
「なんだよ、白上さんにチクられるのがそんなに嫌だったか?」
「安心しろって。さすがの俺らでもそこまではしねーよ」
「なんだ、よかった・・・って、そういう理由じゃねーよ!!」
白上さんに憧れているオレにとって、『黒葉さんと伊坂が付き合ってる』とか白上さんに吹き込まれるのは、なんというか、すごく困る。
っていうか、黒葉さんだってさすがにそこまでの関係だと噂されるのは嫌だろう。
『え?い、伊坂くんのことはいい人だと思ってますし、友達ですけど・・・そういう目で見たことはなくて・・・その、ごめんなさい』
(・・・想像してみたら結構キツいな)
黒葉さんにフラれる光景が頭に浮かんだが、それなりに心がダメージを受けていた。
オレにとって、黒葉さんは仲がいいと胸を張って言える3人の女子の1人。
その黒葉さんになんであれ拒絶の言葉をもらったら、傷つくのも仕方がないのかもしれない。
考えてみれば、白上さんが好きなオレであるが、黒葉さんと付き合うのは嫌か?と聞かれれば・・・
(嫌では、ないよなぁ・・・)
オレだって男だ。
黒葉さんみたいな可愛い子と付き合えたら、そりゃ嬉しいだろう。
でも、さっき思った通り実際には黒葉さんも困るだろうし、なによりオレが好きなのはやっぱり白上さんで・・・
--キミは、『魔術師』なのか?
「っ!?」
ついさっき、聞こうとして聞けなかった問いが頭の中をよぎった。
同時に、そのときにオレの中に湧き上がった、名前の分からない感情も。
(まただ。黒葉さんと白上さん・・・あと、魔女っ子のことを考えてたら、また変な気持ちになった)
さっき、黒葉さんが魔女っ子と同一人物なのではないか?と思って、それを聞こうとしたのに聞けなかった。
そして今、オレが好きなのは白上さんだと心の中で言おうと思ったら、頭の中に何かがちらついた。
一体何が・・・
「おい、お~い、伊坂?」
「どうしたんだよ。いきなり黙り込んで」
「そんなにヤバい理由なのか?」
「あ、悪い・・・」
しばらくの間、オレは考え込んでいたらしい。
視線を上げてみれば、クラスメイトたちが不思議そうな顔をしていた。
オレは、改めてここにこいつらを連れてきた目的を思い出した。
「先に言っておくけど、今から話すことはあんまりベラベラ喋るなよ?噂になってたらマジで本気で顔面陥没させるからな。拳で」
「お、おう・・・」
「伊坂が言うとマジでシャレにならねぇな・・・」
事情が事情なので、本気でガンを飛ばしながら脅しをかけると、クラスメイトたちは皆怯えながらも頷いた。
ちょっとやりすぎたような気もするが、まあ、こいつらなら三十分もすれば忘れているだろう。
「まず、オレと黒葉さんが初めて会った時だけどな・・・」
そうして、オレは黒葉さんの事情を話し始めた。
クラスで孤立していること。
クラスメイトからいじめを受け、危うく一生モノの傷を付けられそうだったこと。
そこをオレが偶々助けたこと。
オレと友達になってからも、人間不信は治っていないこと。
街に一緒に出かけた時、黒葉さんをいじめていたヤツ経由で不良に襲われかけたこと。
それ以降は、朝夕それとなくボディーガードをしてること。
さすがに、黒葉さんの家族のことはデリケート過ぎるので伏せたが。
そして。
「・・・そりゃまあ、ほっとけないわな」
「黒葉さんからしても、そんな状況だったら伊坂以外信じられなくなるかもな」
「前々からいい奴とは思ってたけど、お前顔面に対して中身聖人過ぎだろ」
「おい山田。ちょっと前でろ。前歯へし折ってやるよ」
「え!?なんで!?俺褒めたじゃん!?」
「一言余計過ぎなんだよお前はぁっ!!」
山田が余計なことを言ったが、まあ、オレの事情は分かってもらえたようだ。
「でもよぉ。それなら伊坂は白上さんのことはどうすんだよ?」
「っ!?」
「お前、白上さんのことはマジで好きなんだろ?」
「いくら白上さんでも、他の女子に付きっきりな男子とは付き合わないだろ。いや、元々伊坂が白上さんとくっつく可能性とかほぼゼロだと思うけどさ」
(・・・・・いや、それは違うぜ)
白上さんのことを聞かれ、再び謎の感情が湧き上がったが、続く言葉を聞いて、優越感に近い喜びに塗りつぶされた。
(なにせ、オレは白上さんから後夜祭に誘われてるんだからな)
そう。オレと白上さんはもう両思いなのだ。
舞札祭の後夜祭と言えば、オレでも知ってるくらいの告白イベント。
そこに白上さんから誘われたとなれば、実質告白されたに等しい。
(そうだよ。確かに黒葉さんのことはなんか気になるけど、もうオレは白上さんとそういう関係なんだ)
さっきは突然自分にも分からないくらいに乱れた感情のせいで混乱してしまったが、考えてみれば、オレはもう白上さんと付き合っていると言っても過言ではない。
そう自覚すれば、オレの心の中から、今度は熱い何かが噴き上がってくる。
(よし!!やるぜ、オレ!!)
そうと決まれば、オレはこいつらを呼びつけた二つ目の目的のために動く。
「お~い?伊坂?」
「急にキリッとした顔になってどうしたよ?」
「キリッっていうか、マジで人を斬り殺しそうな面だけどな・・・」
「うるせぇぞ山田・・・その白上さんのことだけど、そこでお前らにも頼みたいことがあるんだよ」
「「「頼みたいこと?」」」
話の繋がりが分からないのか、揃って首をかしげる野郎ども。
黒葉さんや白上さんがやれば絵になるが、そこらの男がやっても無駄にキモいだけだった。
しかし、そんなキモい連中でも、オレには必要なのだ。
「ああ。これはさっき黒葉さんが占いやってる時にも思ったんだが、お前らも、黒葉さんの友達になって欲しいんだ。あと、帰宅部で暇そうなヤツがいたらオカ研に誘って欲しい」
これまで、オレは黒葉さんにそれとなくオカ研に新入部員を増やすことを薦めてきたが、すべてすげなく却下されている。
しかし、この見るからにアホそうだが人のいいD組の連中ならオカ研の部員、ひいては黒葉さんの友達になれるのではないか?と考えたのである。
さっきだって、ウチのクラスの女子を占っていたときの黒葉さんは普通に話せていたし。
まあ、オレのコミュ力でいきなり女子にこんなことを頼むのは少し気が引けるので、まずはこいつらをたどって女子も引き込もうという姑息な思惑もあるが。
「んで?どうだよ?」
どうだよ?と聞きつつも、オレは成功を確信していた。
なにせ、こいつらは度を超えた悪乗りこそしないが立派な陽キャの男子。
そんな連中が、可愛い女子である黒葉さんとお近づきになるチャンスを見逃すなどすまい。
しかも、さっきには黒葉さんのヘビィな事情も教えたばかり。
男ならばまず放っておけないと思うだろう。
胸くそ悪い出来事をダシにするのは黒葉さんには悪いと心から思う。
それでも、前々から思っているように、黒葉さんがオレにだけ依存しているような今の状態はよくない。
それに・・・
(こいつらが言ったみたいに、白上さんと正式に付き合うなら、黒葉さんだけに構っているのは白上さんに対して不義理だからな)
自分勝手だと我ながら思うけれど、オレだってやっぱり自分の好きな人と過ごす時間は欲しい。
それでなくとも、この先ずっと黒葉さんだけに時間を割くことなどいつか必ず破綻するのだから。
そう思いつつ、オレはクラスメイトの顔を見て・・・
「「「・・・・・」」」
ドン引きした様子でオレを見るクラスメイトと目が合った。
実に意外である。
「なんだよ?嫌なのか?」
「あ~嫌とかそういうんじゃないけどさぁ・・・」
「伊坂、お前何て言うか、そりゃねぇだろ」
「さっきの黒葉さんの反応見た上で、白上さんとくっつきたいから友達増やそうとするとか・・・」
「あん?」
なんだこの反応は。
まるでオレがサイコパスであるかのような、腫れ物に触るような感じだ。
というか、オレの頼みを断られると、オレとしてはかなり困るのだが。
「いやでも、黒葉さんの事情はさっき話したろ?力になってやりたいとか思わねぇのかよ?」
「いや、まあ、助けられることがあるなら協力したいと言えばしたいけどさぁ」
「俺たちの出る幕じゃないっていうか・・・」
「っていうか、マジで気付いていないのか?」
「? なにをだよ?」
「・・・いや、その、な。ちょっと待ってろ」
「?」
そう言うと、クラスメイトたちはさっきのオカ研でのように固まってヒソヒソと内緒話を始めた。
「これ、俺らがストレートに言うのってどうよ?」
「・・・なんていうか、色々ぶち壊しだよなぁ。でも、あんな反応されて気付かないってあるか?」
「伊坂ならあり得るんじゃね?白上さんに会うまでは僕たちでもヤバいって思うくらいだったし、周りから避けられまくってたのは間違いないだろ」
「あ~、黒葉さんのこと人間不信とか言ってたけど、伊坂は多分自分に悪い意味で自信持ってそうだよな」
「自己肯定感の欠如ってヤツか?SNSで見た」
「・・・やっぱ、直球ぶつけるしかないんじゃね?」
「かもな・・・」
そこで、クラスメイトたちはオレに向き直る。
そして、代表するかのように鈴木が口を開いた。
「なあ伊坂。黒葉さんのことなんだけどさ・・・あの子、お前に気があるんじゃね?」
「は?」
いきなり何を言うのか。
「おい鈴木。エイプリルフールは少し前に終わったぞ」
「いや・・・さっきオカ研に入った時、黒葉さん俺たちのことかなり警戒した目で見てたし」
「それで、お前の影に隠れたりしてたじゃん?」
「そんなん、よほど気を許した男にしかしないだろ普通。しかも、うちの女子たちのことめっちゃ牽制してたしな」
「あれでお前に気がないとかあり得ないだろ」
「さっき聞いた話でも、お前マジでヒーローみたいなことサラッとしてるし。まあ、お前ならマジでやれるとは思うけど」
「・・・・・」
口々に『黒葉さんがオレに惚れている』と言ってくるクラスメイトたち。
そんな彼らの意見を聞いて、オレは・・・
「お前ら、漫画の読み過ぎだろ・・・っていうか、なんかなろう小説の主人公みたいな思考回路でキモいんだが」
「「「はぁっ!?」」」
今まで見たことがないほど驚いた顔で抗議の叫びを上げてきたが、オレとしてはさっき言ったこと以上の感想はない。
「いや、まあ黒葉さんは人間不信なとこあるし、それで助けたオレに頼りがちになってるとはオレも思うけどさぁ・・・それと恋愛感情は別だろ。なんなら、白上さんだって黒葉さんがいじめられたら助けただろうし、そうしたら今のオレの立ち位置に白上さんがいたろうよ」
オレは、あのとき確かに黒葉さんを助けたいと思い、実際に割って入った。
だが、そのときは『白上さんならどうするか?』と考えての行動であり、つまりは白上さんだってオレと同じように黒葉さんを助けたに違いない。
そうなれば、黒葉さんの依存先は白上さんとなり、こんな悪人面のオレなんぞ、視界に入っただけで悲鳴を上げられるだろう。初めて会ったときは意図的に不良のまねをしたとは言え、めっちゃビビってたし。
これまでのオレの人生で、初対面のオレにビビらなかったのは白上さんだけなのだ。
黒葉さんも、あの相棒と呼べるほどの魔女っ子だって、初めてオレを見たときにはチびるくらい怯えていたのだから。
それまで女子と言えばオレの顔を見て泣き出す生き物と思っていたオレにとって、白上さんは、黒葉さんや魔女っ子以上のイレギュラーと言っていい・・・いやまあ、魔女っ子の時は全身禍々しい鎧を纏っていたし、素顔をさらしたことはないから実質初対面すら迎えていないかもしれないが。
「そもそも。ちょっと助けたくらいで惚れるとか、マジでなろうの読み過ぎだろ」
不良から助けたくらいで惚れられるなんて創作の中だけ。
現実でそうなら、一番モテる職業はアイドルや医者じゃなくてレスキュー隊か消防士だ。
さっきも思ったが、あの2人組の不良を追い払ったときだって、一応は助けたというのに黒葉さんはオレに怯えていた。
その後は、お礼のつもりだったのかお昼を一緒に食べることとなり、タロットの知識が欲しかったり、なんか放っておけないというオレの都合と部員が必要だった黒葉さんの思惑も重なったりで仲良くなれたとは思うけども、それだって別にオレじゃなく、女の白上さんだって良かったはずだ。
そのくらい、黒葉さんの人間不信はひどい状態にあるとオレは思っている。
そうでなければ、こんな犯罪者顔のオレと友達になどなれるものか。
それを、『オレに惚れている』などと思うなんて、自惚れもいい所だし、なにより黒葉さんに失礼だ。
「黒葉さん、あれで案外いい意味で頑固っていうか、度胸とか信念があるっていうか・・・自分の芯がしっかりしてる子なんだぜ?黒葉さんはそんなにチョロくねぇよ」
これでも、オレはオカ研の副部長にして黒葉さんの友達だ。
黒葉さんのことは校内一詳しい自信がある。
そんなオレの分析結果をややどや顔で言ってみせた。
会心の一撃が決まったと確信しつつ、連中の顔を見てみれば・・・
「・・・まあ、伊坂がそう思うならもうそれでいいんじゃね」
「・・・ああ。黒葉さんも災難に」
「・・・一応言っておくけど、その台詞、絶対に黒葉さんに言うなよ?」
「・・・あと、念のため、夜道には気をつけとけよ。お前なら刺されても生き残りそうだけど」
「お、おう?」
なんかハイライトの消えた瞳でオレの肩を叩いてからトイレを出て行くクラスメイトたち。
そのなんか異様な雰囲気に、オレはつい彼らを棒立ちで見送ってしまうのだった。
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TIPS1 伊坂誠二の自己評価
死神を取り込むまで眠っていたとはいえ、膨大な瘴気をその内側にため込んでいた伊坂誠二。
その恐ろしい容姿も相まって、高校二年になって白上羽衣(正確にはツキコ)に会うまでは、母以外の異性に怯えられ、避けられるのが当たり前だった。
それ故、自身の男性的魅力については最底辺にあると心の底から信じ込んでいる(現在の黒葉鶫にはバイアスがかかりまくってるのもあってかなりのワイルド系イケメンに見えている。黒葉鶫には)。
だからこそ、自分を初対面で避けなかった(ように見える)白上羽衣への想いは非常に強い。
なお、仮に『吊された男』遭遇時に全身鎧ではなく素顔をさらした状態で黒葉鶫を助けた場合、『心映しの宝玉』を比較的冷静に使えたために驚きはすれど怯えはしなかった。
伊坂誠二はこの時、女の子をチビらせてしまったことにかなりの罪悪感を覚えており、全力で忘れようとしている。
そのことと、儀式などの衝撃的な事実の判明もあって、黒葉鶫(魔女の姿)に絵柄だけが逆さまになった死神のカードを見せたことは完全に忘れている。
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TIPS2 テンプーテーション
瘴気は人間の魂にとって有害であるため、人外は人間に避けられるが、特定条件が揃うと『魅了』の効果を発揮することがあり、逆に人間を引き寄せることができる。
よくある条件としては、生物ならば『元々の容姿が極めて整っている』、物体ならば『自身の欲望を確実に満たせると確信させるほどの優れた性能を持つ』など、一部のプラスの特徴が突出して高いことがある。
過去にはその性質を利用して国を傾けた魔女もおり、儀式において人間のプレイヤーが自身の力に嫌悪を覚えないのも一種の魅了によるものである。
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