第42話 舞札祭二日目 占いの館

「あ、あの!!俺のこと占ってください!!」

「ぼ、僕も!!」

「お、俺も!!」

「え?え?ええっ!?い、伊坂くぅん!?」

「・・・やっぱこうなったか」


 開会式を終え、オカ研の部室へと戻ってお客さんに備えて待機していたオレと黒葉さん。

 黒葉さんは開会式が終わった辺りからもう完全に『一仕事しましたぁ・・』といった感じに気が抜けていたのだが、オレはとてもではないがそんな気にはなれなかった。

 案の定、オレたちがオカ研に着いてから一息つく間もなくガヤガヤと廊下から声が聞こえてきたかと思えば、大量の生徒がやってきたのである。

 当然の如く、全員男子だ。


(そりゃ、黒葉さんが本気だしたらこうもなるよな)


「あ、あわわわ・・・」

「「「・・・・・っ!!!」」」

「おぉぅ・・・」


 驚きつつも怯えたように椅子から立ち上がり、オレの背中に隠れる黒葉さん。

 その瞬間、オレに敵意のこもった視線がグサグサと突き刺さる。

 こんな場面でもなければ『オレにガン飛ばすとか久しぶりに度胸のある連中だ』とむしろ感心しただろうが、原因が原因だからなんとも言えない。

 しかし、だ。


「ほ、ほら黒葉さん。せっかく来てくれたお客さんなんだから、占いしてあげようよ。ね?」

「は、はい・・・で、でも」

「ん?」


 オレの舞札祭における目標の一つは、黒葉さんの高校デビューである。

 本当なら女の子の友達ができてくれるのが一番良かったが、アイドル状態になるのもデビュー成功と言えるだろう。

 今後、黒葉さんを悪意から守ってくれるのならば、彼らは彼らでアリだ。

 ならば、この男子生徒たちに対してファンサービスの一つはくれてやる必要があるだろう。

 っていうか、『占いの館』なんて名前で舞札祭に参加しているのに来てくれたお客さんを占わずにいるのは色々問題がある。

 そう思って、黒葉さんを促したのだが・・・


「い、伊坂くんも、隣に座っててください・・・」

「え?」


 オレの服の裾を摘まみながら上目遣いでそう言う黒葉さん。


「「「・・・・・っ!!!」」」

「ひぃっ!?」


 そして膨れ上がる殺気と、それに怯えてますます縮こまる黒葉さん。


(これ、逆効果だったんじゃ?)


「・・・・・うん。わかったよ」


 そう思いつつも断るには男子生徒の勢いが強すぎるし、オレは黒葉さんの隣に椅子を持ってきて座り、黒葉さんが震える手つきでタロットカードをシャッフルするのを眺めるのだった。



-----



「えっと、引いたカードは『正義』の逆位置と『悪魔』の正位置、『塔』の正位置・・・うわぁ。あ、す、すみません。えっと、これを解釈すると、その、あ、あなたが好きだと思っている人を選ぶのは誤った選択で、今のあなたは恋愛がしたいって欲望で目が曇っている状態、です・・・そして塔は、その、このままいくと必ず失敗、しちゃうって、その・・・ごめんなさい」

「あ、あはは、そ、そうなんだね・・・はは」


 黒葉さんが占った男子生徒が、またも項垂れながら部室を出て行った。

 眼鏡をかけた黒葉さんは気の毒そうな目でその背中を少しだけ見ていたが、すぐに眼鏡を外して『ふぅ~』とため息をついた。


「つ、疲れました」

「お疲れさま、黒葉さん。はい、これ食べる?」

「あ、ありがとうございます!!いただきますね」


 オレが鞄から取り出したお菓子を黒葉さんに差し出すと、黒葉さんは疲れた表情から一転して華やかな顔になって、お菓子を口に入れた。


「すごかったなぁ・・・」

「はい・・・」


 2人だけになった部室で、小休止を取りながらオレたちはさっきまでのことを思い出していた。


「・・・なんか、不吉な結果多くなかった?」


 さっきまで男子生徒の奔流が凄まじい勢いで流れ込んできたのだが、そのほとんどが『俺の運命の人を占ってくれ』と願い、そして不吉な結果に終わった。

 中には『A組のあの子との運勢を占ってください!!』とか『B組のあの子とどうやったら仲良くなれるか』とか、真剣な表情で頼んでくるヤツもいて、そういう生徒の結果は普通というか、結構いい結果だったりしたのだが。

 ちなみに、さっきの男子生徒は『実は最近近所に住んでる憧れのお姉さんからやたらと声をかけられるのだが、これはもう受けるしかないでしょうか!?いや、最近お父さんが宝くじ当てたりとか、いいことって続くんですね!!』と興奮気味だったが、彼の行く先がどうなるのかは彼自身が決めることだ。


「自業自得な人が多かっただけだと思います。その、あ、相手が決まっている人にそういう目を向けるのは、よくないと思いますし」

「?」


 なんとなく嫌そうな顔をしたかと思えば、急に赤くなってオレをチラチラ見ながら眼鏡のツルを持つ黒葉さん。

 さっきまで占っていた男子生徒たちに思うところがあるのだろうか。なんか、いやに粘っこい視線で黒葉さんを見てるヤツもいたし。

 黒葉さんが怯えた顔で眼鏡をかけるのを見て、オレが本気で睨んだらすぐに顔を青くして出て行ったが。

 クラスのメイド喫茶を決めるときに『黒服が天職』みたいなことを言われたが、本気でオレがボディーガードとして備えていてよかったと思う。

 

(黒葉さんにとって眼鏡は他人との仕切りみたいだしな。黒葉さんが人気者になるのはいいけど、さっきみたいな下心しかないようなヤツは論外だ。そんなヤツだって絶対出てくると思ったけどさ・・・ん?眼鏡?)


 そこで、オレは今更ながら気がついた。


「ねぇ黒葉さん」

「はい?なんでしょう?」

「さっきまでしてたけど、なんで開会式のときには眼鏡かけてたの?確か、前にオカ研でコスプレと占いの館をやるんだったら眼鏡はかけるって言ってなかったっけ?」


 そう。

 普段オレといるときは裸眼だから気付くのが遅れたが、黒葉さんにとって眼鏡や前髪は他人と自分を隔てるための防壁だった。

 事実、さっきの鼻息の荒い男子生徒どもに群がられたときには、すぐさま眼鏡をかけていた。

 前髪を切ってしまった以上、他人への恐怖や不安はこれまでよりもずっと強いに違いない。

 だが、開会式ではあれだけの人に囲まれていながら眼鏡を外していた。

 どうしてそんなことができたのだろう?

 自意識過剰かもしれないが、いつものようにオレにだけコスプレを見せたいと考えていたのなら、開会式に行く前でそれは達成できていたのだし。


「あ、あれは・・・その」


 オレがそう言うと、黒葉さんはまたも顔を赤くして、目を泳がせた。

 

「・・・えっと、話したくないことなら無理に話さなくていいけど」

「あ、いや、えっと、違うんです!!別に嫌なわけじゃなくて・・・ワタシなりの意志表示というか、牽制というか・・・ちょっとだけ、勇気を出してみたんです」

「勇気?」

「は、はい・・・ま、前に、その、ワ、ワタシのこと、よく見たら、か、かわいいって・・・だ、だから、そんな格好のワタシなら、伊坂くんの隣にいれば、ワ、ワタシのだってはっきりするかなって」

「? ごめん、何て言ったの?」


 黒葉さんは、時折ものすごく小声かつ早口で喋る時がある。

 いわゆる難聴系主人公というジャンルがあるのは知っているが、こういう時の黒葉さんの言葉を聞き取るのは健常者でも難しいと思う。

 

「い、いえ!!今の伊坂くんはすごくコスプレが似合ってますから!!そんな伊坂くんの隣に立つなら、ワタシも思い切って印象を変えなきゃって思ったんです!!それに!!あの場は伊坂くんがすぐ傍にいてくれたし、お芝居だってワタシは伊坂くんしか見てなかったから周りのことなんて気になりませんでしたから!!」

「そ、そう?」


 急に勢いよく、何かを誤魔化すようにまくし立てる黒葉さん。

 こういうときは、素直に肯定するのが一番丸く収まると、オレはここ最近で学んでいたので頷いておく。

 しかし・・・


「でも、この服そんなに似合ってるの?オレが開会式で舞台に出たとき会場ヒエッヒエだったよ?」

 

 今も着ている黒い騎士服を見ながら、オレは思い返す。

 オレがステージの上に上がったとき、演出でお願いしていた停電のせいでざわめいていた観客が一斉に静まりかえったのだ。

 オレとしてはその時点で『やっちまった』と思ったが、せめてそれを表情に出すわけにはいくまいと、表情筋に力を込めて耐えるしかなかった。

 幸い、黒葉さんの素のかわいらしさを存分に発揮した魔女服コスプレで場は大いに盛り上がったが、オレとしては失敗したとしか思えないのだ。


「そんなことないです!!あれは、伊坂くんのコスプレが真に迫っていたから何も言えなかっただけですよ!!『中世の戦場帰りです』って言ってもみんな納得してくれます!!分からないならそんなガラス玉にも劣る目なんてえぐった方がいいですから!!」

「お、おう・・・」


 バン!!と机に手を突いて立ち上がりながら力説する黒葉さん。

 オレとしては、黒葉さんは下手なお世辞を言うような人じゃないと分かっているし、お洒落のセンスもあるのだとは思うが、どうにもオレのことになると変なバイアスがかかっているような気がするのだ。

 だが、ここまで言うのなら、信じてもいいのかもしれない。

 

(まあ、せっかく黒葉さんが仕立ててくれた服だしな。この服、めっちゃ出来がいいってオレでも分かるし。ここは素直に受け取っておくか)


 オレの着ている黒い騎士服は、最初は通販で買った、みるからにコスプレ用の衣装という感じの、どこか安っぽい印象だった。

 それを見た黒葉さんが、『・・・三日ください。絶対に、伊坂くんに似合う服にしますから!!』と、オレでもビビるくらいの迫力で言い放ち、舞札祭の数日前に今の形に仕上がったのだ。

 なんでも、家で特殊な薬品というか塗料を塗ったり、同じく薬品で加工した鉄板を鎧っぽく接着したらしい。

 あのコスプレ用の衣装をここまでそれっぽくできるとは、一体どんな薬品を使ったのか。

 魔女の衣装も相まって、まさしく『魔法の薬』でも使ったんじゃないかと思ってしまうくらいだ。

 一般人である黒葉さんに、そんな魔法は使えるはずはないのだが。

 だがである。


(それにしても・・・やっぱ似てるよな)


 『今』の黒葉さんなら、そんな魔法を使えても不思議ではないと思えてしまう。

 開会式の前に、今の黒葉さんを初めて見たときも思ったが・・・

 

「伊坂くん?どうしました?」

「あ、いや・・・」


 気付けば、オレはじっと黒葉さんを見ていたようだ。

 黒葉さんは不思議そうな顔をしているが、やはり一度気になると目を離すのは難しい。

 なにせ、今の黒葉さんはそっくりなのだ。


(魔女っ子・・・)


 オレがここ最近、夕方に毎日会っている女の子。

 『魔女』という、人外であるオレの唯一の同類。

 まだ出会って一ヶ月半程度だが、これまで何度も修羅場を共にくぐり抜けてきた戦友。いや、相棒と言っていい存在。

 そんな少女と目の前の黒葉さんは、本当によく似ていた。

 そうだ。考えてみれば・・・


(魔女っ子と黒葉さん、見た目以外にも共通点結構あるんだよな・・・)


 まず頭がいい。これは、単に勉強ができるというだけでなく、頭の回転が速いというか、見識が深いとか、そういった総合的な意味でだ。

 そして、性格。おどおどしたり、人見知りというか人間不信なところがあるが、心を許した相手にはぐいぐい距離を詰めてくるところとか。

 あとなにより、オレに恐怖を抱かないこと。


(魔女っ子だって、最初はオレに怯えてたけどすぐに打ち解けた。黒葉さんも、会ったときは怖がってたけど、すぐに怖がらなくなった・・・)


 白上さんがオレを怖がらないのは、多分白上さん本人の気質とか、白上さんがプレイヤーであることとかの理由があるのだろうが、黒葉さんがオレに怯えなくなったのはあまりに早すぎる。

 この顔と付き合ってきて早16年だが、一度オレに怯えた女の子が怖がらなくなるなど、白上さんと魔女っ子以外いなかった。

 魔女っ子曰く、人外は瘴気を放つために人間に嫌われやすいとのことだが、黒葉さんが魔女っ子本人だったとしたら、オレに懐くのも理解できる。


(他にも、やたらとタロットに詳しいこととか、お手製の薬とか持ってることとかも。この服の仕上げだって、特殊な薬品使ったとか言ってたけど、確か魔女っ子の得意な魔法が魔法薬を作れることだったし。あと、そうだ。家族のことも似てる。魔女っ子も黒葉さんもお婆さんを大事にしてるみたいだったけど、両親とは仲が悪そうだった・・・マジで共通点多いな!!なんで今まで気付かなかったオレ!!)


 ここまで似ている部分が多いと、本当に魔女っ子と黒葉さんが同一人物なんじゃないかと思ってしまう。

 だが、さすがにソレはあまりにも出来すぎなんじゃないかとも思う。


(いくらなんでも、オレが魔女っ子と会った次の日に黒葉さんに会うのはなぁ・・・しかも、あの時脅されてたのはマジだったから演技でもないだろうし。偶然だったらどんな確率だよ。っていうか、やっぱりあの前髪がなぁ。魔女っ子のときは今みたいな感じだけど、その次の日に黒葉さんに会ったら戻ってたし・・・いや、魔法の薬でそんなのもあるかもしれないけど)


 一応、黒葉さんと魔女っ子同一人物説への反論はなくもない。

 だが、決定的なものもない。逆も然りではあるが。

 ・・・いや、そうでもないか。

 

(魔女っ子も、そういえば様子がおかしかったな・・・)


 一昨日、魔女っ子がオレに正体を告白すると言った。

 告白する日は一昨日から二日後、すなわち今日。

 そして、今日になって魔女っ子そっくりの格好になった黒葉さん。

 これは、もしかして黒葉さん、いや、魔女っ子からの遠回しなメッセージなのだろうか。

 魔女っ子から、このオレに対する・・・

 

(ん?待てよ?なんかおかしくないか?)


 そこまで考えて、オレは決定的なことに気がついた。


(オレは黒葉さんと魔女っ子の顔を知ってるけど、魔女っ子が伊坂誠二オレの顔を見たことってないよな?黒葉さんの前で変身したこともないし)


 オレが魔女っ子と会うときは、いつも変身していて、顔は仮面で隠れていた。

 そして、オレが変身を解除するときは、舞札神社からかなり離れた場所まで移動してからにしていたから、やはり素顔を見られたとは思えない。

 なんらかの方法で遠くのモノを見る魔法でもあるのだろうか?いや、そんなものがあったら怪異と戦っているときに使っていそうなものだ。

 オレの魔力を感じ取ったとかならあるのかもしれないが、正直他人の魔力の気配などオレには区別できないからそこで判断はできない。


(顔を見せたことはないし、普段オレが死神だって素振りなんか見せたこともないし・・・ないよな?魔女っ子、いや、黒葉さんは、オレの正体に気付いてんのかな?)


 死神の時に仮面を外したこともなければ、学校で変身したこともない。

 ならば、オレが死神であるという証拠も存在しないわけで、魔女っ子がオレを見つけられる手がかりもないということになる。

 だが、さっきも考えたように黒葉さんも魔女っ子も頭がいい。

 2人が同一人物なら、オレの細かい言動やら何やらからオレの正体に気付いた可能性もなくはないのかもしれない。

 オレの記憶にある限り、『決定的な証拠』は見せていないと思うのだが。


(ダメだ。わからん。さっきから同じようなことばっか考えちまってる)


 ここまで考えてみたが、オレの頭じゃ黒葉さんと魔女っ子が同一人物かどうか断定などできなかった。

 同一人物かと思えば反証が思い浮かび、さらに考えるとその反証が出てくる。

 これでは堂々巡りだ。


(・・・そもそも、黒葉さんと魔女っ子が同一人物だったとして、なんか問題あるか?)

 

 そもそもだ。

 黒葉さんと魔女っ子が同一人物だったとして、これまでと何が変わるというわけではないだろう。

 黒葉さんも魔女っ子も、両方ともオレにとって放っておけない、守りたいと思った女の子だ。

 むしろ、守りたい2人が同一人物だった方が、守る対象が1人に集中するからやりやすいかもしれない。

 そう考えれば、これは歓迎すべきですらある。

 まあ、黒葉さんは今日の様子を見れば味方になってくれそうな人ができそうだから、オレだけが守ってあげる必要は薄くなるかもしれないけど。


「・・・くん。伊坂くん。伊坂くんっ!!」

「うおあっ!?な、なに?黒葉さん」

「それはこっちの台詞ですよ。どうしたんですか?急に黙ってワタシを見て。呼びかけても反応がないので、気に障ることでもしちゃったのかと心配しました」

「あ、それはごめん。うん。ちょっと考え事してて」


 いつの間にか、オレは黒葉さんの方を見たまま考え込んでしまっていたらしい。

 黒葉さんはそんなオレを不審に思ったのだろう。

 しかし・・・


(? なんで嬉しそうなんだ?)


 心配したと言っているが、その表情は柔らかく微笑んでいて、どこか嬉しそうだ。

 オレが考え事をしている間に、何かいいことでもあったのだろうか。


「それで、伊坂くんは何を考えていたんですか?」

「え?あ、うん。それは・・・」


 オレが不思議に思っていると、黒葉さんはそう聞いてきた。

 その顔は嬉しそうな表情のままで、オレの反応を楽しむかのよう。


(・・・オレが魔女っ子と黒葉さんのことで悩んでるのを、楽しんでる、とか?)


 さっきの今だ。

 黒葉さんのすべてがどこか意味深に見えてしまう。

 今の黒葉さんだって、オレが何を考えていたのか分かっていたかのように、イタズラを考えてた子供がそれに引っかかるのを待っているかのように見える。


(・・・別に、それならストレートに聞いてみてもいいんじゃないか?)


 魔女っ子は、今日オレに正体を告白するつもりだ。

 そして、黒葉さんは魔女のコスプレをこれ見よがしに見せつけている。

 これはもう、オレに気付いて欲しいと言っているようなものなんじゃないだろうか。

 だったら、いっそのこと聞いてみてもいいのではないのだろうか。

 

(そうだよ。黒葉さんと魔女っ子が同一人物だったら都合がいいって思ったばっかだし。もし違ってたなら、今までと変わんないわけだし、いいことしかないもんな・・・)


 そう思ったオレは。


「黒葉さん、キミは・・・」


 

--キミは、『魔術師』なのか?



 そう、聞こうとして。


「あ~、その、大丈夫?まだ疲れてない?さっきまでたくさん占ってたから、ちょっと心配してたんだよ」

「・・・え?」


 全然違うことを口に出していた。

 オレの台詞を聞いた黒葉さんは、全く予想していなかった方向から攻撃されたかのようにポカンとしていて、少しだけ『してやったり』と満足する。

 同時に。

 

(・・・なんか、聞けなかったな。なんでだ?)


 自分でも不思議に思った。

 どうして黒葉さんにそのことを聞けなかったのだろうかと。

 黒葉さんと魔女っ子が同一人物だったら都合がいいと思っているのは間違いないのに。

 守りやすいという単純なメリットだけではない。

 オレと仲のいい女子という貴重な存在である黒葉さんが、オレの唯一の同類である魔女っ子と一緒だったら、それはきっととてもいいことだ。

 正直、オレはオレのことを信頼してくれている黒葉さんに自分が人外であることを隠して接しているのに、多少の後ろめたさがあった。

 魔女っ子の家庭環境があまりよくないこと、魔女っ子が人外故に孤独であったことは知っていたのに、素顔を明かして会うことができないことに、罪悪感があった。

 だが、黒葉さんが魔女っ子なら、オレたちの間に隠し事はなくなる。

 朝も昼も夕方も、いつだって何も気負うことなく話せて、笑い合うことができるだろう。

 普段から、オレは黒葉さんとお喋りできれば癒やされてるし、魔女っ子と一緒にいると楽しいし、自分が人外であってもいいと思える。

 それがスタンダードになるのだから、いいことに決まっている。

 元々大事な存在であっても全く違う世界にいると思っていた2人が、実は同じだったのなら、それはオレの中で一番大きな・・・


「・・・・・っ!?」


 オレは、思わず思考を打ち切っていた。


「い、伊坂くん?」

「え?あ、ごめん」


 黒葉さんが今度は本当に心配そうな顔をしていたが、それすらすぐに脳裏から消えていく。


(オレ、今何考えた?)


 考えるのは、さっき頭に思い浮かびかけたこと。

 しかし、思い出そうとするも、中々上手くいかない。

 同時に困惑する。


(なんだ、この気持ち)


 今の自分の心の中がわからない。

 心の中で、言いようない感情がグルグルと渦巻いているかのようだ。

 

(『怖い』?嫌なんじゃなくて、怖いのか?オレは、何にビビってる?オレは・・・)


 あえてその感情を大雑把に分類するのなら、恐怖。

 その恐怖の矛先は・・・


(わからない。でも、なんとなく不安になる)


 それは、先行きが分からないことへの恐怖なのか。

 例えば、顔見知りの近所のおじさんが死んでしまったとき、『うちの親も同じくらいの年だし、そのうち死んじゃうんじゃ』と根拠のない、けれどもいつまでも離れない恐怖と不安が纏わり付いてくるときと似ている。

 オレの親が死ぬことがあったら、オレはどうなってしまうかわからない。

 感情がオーバーなことこそあれど、オレの両親はオレの心を支えてくれる大事な人たちだ。

 もしも突然いなくなってしまえば、そのとき、オレという存在が大きく歪んでしまうような気がする。

 そして今。規模こそ違うが、胸の中にある感情はそんな恐怖に近い。

 それは・・・


(オレの中の、オレの大事なナニカが、根元から揺れちまうような、そんな感じ)


 伊坂誠二が伊坂誠二として歩いて行くための支柱。

 そんな芯が、なくなってしまうかのような感覚。

 そして、それに対する恐怖が、オレにさっきまでの思考を続けさせるのを邪魔している。

 だから・・・


「伊坂くん?さっきからどうしたんですか?」

「・・・黒葉さん。オレは」


 オレ自身、何を言いたいのかわからない。

 けれども、何かを言わなければこの気持ちは消せないような気がした。

 

(オレは、オレの『芯』は・・・)


 真っ先に思いつくのは、揺らぎそうになっていたオレの『芯』についてだった。

 そうだ。そういえば、黒葉さんに言ったことは一度もなかった。


「黒葉さん。オレ、実は好きな・・・」


 そうして、オレは『今』のオレになれた原点を黒葉さんに告げようとして・・・



--ガラッ



「よぉ~す、伊坂ぁ!!」

「おお、開会式のときも思ったけどマジで似合ってんな。いい意味で」

「ここがオカ研か~、うお、やっぱ近くで見ると本当に可愛い子だな」

「お、お前ら・・・」


 扉が開く音がして、入ってきたのは見覚えのある顔だった。

 というか、オレのクラスメイトたちだった。

 

「・・・・・」

 

 いつの間にか、黒葉さんが何やら警戒した様子で、オレのすぐ隣まで来ていた。

 さっきのような勢いこそないとはいえ、やはり見知らぬ顔が何人も来ていたら怖いのだろう。


「お前ら、クラスの方はどうしたんだよ?」

「俺たちは今オフなんだよ。午後になったら交代。だから、今のうちに面白そうなところ回ってんだよ」

「そうそう!!あの開会式の手品すごかったよ!!それに、ウチは占いにも興味あったし」

「あのとき、お前めっちゃ棒読みだったけど、マジックは本当にスゴかったからな。演劇部の発表超えてたぞ」

「その格好も似合い方すごいしな!!洋ゲーの中から出てきたみたいじゃん!!俺も着たい!!」

「っていうか剣道部入れよ伊坂。木刀貸してやったじゃん?」

「入部は無理だけど、まあ、ピンチヒッターくらいにはなってやるよ・・・っていうか、オレ素人だぞ?」


 入ってきて早々、口々に好き勝手なことを言うクラスメイトたち。

 しかし、やはりいつも通り、そこにオレに対する悪意はない。


「あ、あの・・・伊坂くん。この人たちは」

「ん?ああ、ごめん。コイツら、オレのクラスの友達。大丈夫だよ。さっきの連中みたいな勢いできたら、オレが物理的にたたき出すから」

「おい、なんかわかんないけどマジ止めろ。お前にマジで叩かれたら骨折れるどころじゃ済まねーよ」

「・・・伊坂くんの、友達」


 相変わらず警戒した様子の黒葉さんに、クラスメイトを紹介していく。

 黒葉さんに興味深そうな目を向けているが、真っ先にここに来なかっただけあって、露骨に妙な視線を向けてくるようなヤツはいない。

 どちらかというと、オレの格好を面白そうに見ている・・・さてはオレへの冷やかしで来やがったな。


「へぇ~、君が伊坂が昼休みとか放課後に最優先で向かってた、オカ研の部長さんか。なるほど」

「・・・こんなに可愛いなら納得だな」

「わぁ~、髪きれいだね~。そのコスプレも可愛いし」

「おい、違うからな?オレが昼とかに来てたのはそういう理由じゃねーぞ。マジで」

「お、おう」

「まあ、伊坂だしな」

「ね~、伊坂くんだしね」

「ああ?」

「・・・・・」


 表情が堅いままの黒葉さんに近寄って色々と言いまくるが、オレとしては黒葉さんの所に通っていたのは本当に切実な理由だったので、そこだけは否定する。

 すると、みんなは妙に納得した様子だった。

 なんだか分からないが、まあ、分かってくれたならいいだろう。


「ねぇねぇ!!君占いやってくれるんでしょ?やってみてよ!!」

「そうだな。伊坂のこと冷やかしに来たけど、せっかく来たなら占いもして欲しいよな」

「俺、今日の朝の占い一位だったんだよね。ここで占ったらどうなるのかな」

「え?え?」


 と、そこでベクトルを黒葉さんに変えるクラスメイトたち。

 突然大勢に視線を向けられた黒葉さんは、警戒していた様子から一気に限界を突破したのか、目を白黒させていた。


「はいはいお前ら。部長はさっきまで連続で占ってて疲れてんだよ。代わりにオレがやるから順番にそこ座れ」


 黒葉さんに友達を作る上で、うちのクラスの連中なら申し分ない。

 ちょうどいいことに、白上さんはいないが女子は何人かいる。

 だが、いきなり大勢に囲まれては黒葉さんも混乱するし、さっきのこともあるから、ここは黒葉さんの休憩がてらオレが橋渡しするのがいいだろう。

 そう思ったオレは、タロットカードのシャッフルを始める。

 最初はカードを落してしまうことも多かったが、黒葉さんからタロットの授業を受けるウチにカードさばきも上達した。

 これでもオレはオカ研の副部長。占いの勉強もしているし、そもそもそんなに難しい占いはしないから、少しの間なら黒葉さんの代わりは十分に務まるはずだ。


「え~、伊坂君が~?」

「せっかく来たんだし、毎日顔見るお前より可愛い女の子に占って欲しいんだけど」

「っていうか、本当に占えるのかよ?」

「やかましい!!論より証拠って言うだろ。今から見せてやるから早く座れ」

「ま、伊坂にやってもらうのもネタにはなるか。じゃあ頼むわ」


 そう言って、体育祭で性癖を暴露した山田がオレの前に座った。


「よし。それじゃあ、占って欲しいこと言ってみろ」

「ん~、そうだな。じゃあ、『俺の熟女性癖の行く末について』で」

「・・・お前。初対面の女子いんのによく言えたな」

「うるせぇよ!!体育祭で俺のことは知れ渡ってんだから今更変わらねぇよ!!」

「お、おう。悪い・・・」

「・・・・・」


 山田への罪悪感もあり、黒葉さんがゴミを見る視線を山田に向けるのを横目に、オレはカードを切った。

 そして、22枚のカードをシャッフルしたオレは、上から6枚のカードをめくってどかし、7枚目をオレから見て左、8枚目を真ん中、9枚目を右に置いて、残りを脇によける。

 タロットの占いにはスプレッドという様々なカードの広げ方があるが、オレがやるのは『スリーカード』という3枚のカードで占う方法だ。

 この方法でよくあるのは、占いたいことの『過去』、『現在』、『未来』の三つの要素を読むことだが、三つの選択肢がある質問なら時系列にこだわらなくても使える。

 なお、本来は小アルカナも混ぜたデッキで行うのだが、この舞札祭では簡略化のために大アルカナだけでやっている。

 そして。


「出たのは、『吊された男』の正位置に、『死神』の正位置、んで『月』の逆位置ねぇ・・・」

「なんだ伊坂?これどういう意味なんだ?死神ってヤバいカードなんじゃなかったか?」

「あ~、それは大丈夫だと思うぞ?まあ、なんだかんだ今の山田には合ってるのかもな」


 『吊された男』の正位置は『試練』。こいつは暴露するまでその性癖を隠していたようだが、なんだかんだそのことにストレスを感じていたのではないだろうか。自分の一番の性癖を語れないというのは、まあ同じ男として結構辛いと思うし。

 オレの象徴でもある『死神』の正位置の意味は『始まりのための終わり』。これは、昨日の暴露によって全校生徒に性癖がバレてしまったことだろう。確かにそれは社会的な死であるが、山田はそこから殻を脱ぎ捨てて新たなコレクションを求めて前に進もうとしている・・・いや、こんなしょうもないことにオレの象徴が出てくるのはなんか嫌だけど。

 そして『月』の逆位置は『過去からの脱却』を表わす。死神が指し示す新しい道をこれからも歩み続けていける、まばゆい月明かりに照らされながら希望の見える道に向かっているということだ。

 まとめると・・・


「まあ、色々あったけど、お前はこれからも熟女マニアだって胸を張って言えるんだと思うぜ。未来は明るいってさ」

「そ、そうなのか!!ありがとう、伊坂!!俺、実は昨日のこともあって、もっとノーマルな方向に行った方がいいんじゃないかって思ってたんだ。でも、やっぱり俺は俺の道を貫くよ!!」

「お、おう」


 オレがざっくりした解説をすると、山田は嬉しそうだった。

 なんか、押しちゃいけない背中を押してしまったような気もするが、まあ、山田が喜んでるからいいか。


「へぇ~、伊坂なんかすげぇそれっぽいぞ!!」

「ああ。伊坂のことだから山田が明日死ぬとか出るかと思ってたぜ」

「死神って、そういう意味もあるんだ・・・ねぇ伊坂君。今度はウチも占ってよ」

「あ、アタシも!!」


 山田の結果を見て、冷やかし気分だったのが変わったのか、みんな結構乗り気になっていた。

 仮にも占いを勉強してきた身としては、中々いい気分だ。

 そうして、ウチのクラスの女子がオレの前に座って・・・


「ワ、ワタシが占います!!」


 オレが占おうとすると、黒葉さんがオレとクラスメイトを遮るように手を伸ばしてきた。


「え?でも黒葉さん、疲れてるんじゃ・・・」

「だ、大丈夫です!!この人たちが来る前にもちょっと休んでましたし!!」

「そう?なら、まあ、お願いしようかな」

「は、はい!!」


 黒葉さんの友達は、やはり最初は女子がいいだろう。

 様子を見る限り元気そうだし、ここは黒葉さんに任せることにした。

 オレは席を立って、隣の椅子に座り直し、黒葉さんの占いを見ようとして。


「「「「・・・・・」」」」

 

 クラスメイトたちが、なんか生暖かい視線をオレに向けているのに気がついた。


「・・・なんだよ?」

「「「「いや別に」」」」

「・・・?」


 不思議に思ったオレが問いただすと、クラスメイトたちは揃って首を振る。

 それから、全員の占いが終わるまで、クラスメイトの視線の温度は変わらず、オレの疑問も解けなかったのであった。

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