第41話 舞札祭二日目 開会式

『『死弾デス・バレット』!!』

『喰ラウカ!!『岩壁ザクスム・ウォール』!!』

『曲がれっ!!』

『グヌッ!?コノ程度・・・』


 オレの放った黒い弾丸が、空中で複雑な軌道を描き、分厚い岩の壁を躱して『コインのキング』にぶち当たる。

 しかし、レベル1の魔法故か威力は低く、大したダメージにはなっていないようだ。

 そして。

 

『『霊薬よメディカーメン』』


 コインのキングの後ろに控えていた『カップのクイーン』が呪文を唱えると、そのわずかな傷も瞬く間に塞がった。

 しかも。


『『盾よスクートゥム』!!』


 オレの注意がカップのクイーンに向いた隙を突くように、コインのキングも呪文を唱える。

 すると、カップのクイーンとコインのキングの2体がいた辺りに鈍色のオーラが立ち上る。

 あのオーラは実体がないように見えるが、こちらの大抵の攻撃を弾く強固な盾だ。


『やっぱ面倒だな、お前ら。だがよ・・・』


 高い防御力を持つコインのキングと凄まじい回復力を持つカップのクイーン。

 この2体の組み合わせは凶悪だ。

 生半可な攻撃ではダメージを与えることはできず、仮に傷を付けられたても、即死させなければ瞬く間に回復される。

 しかしだ。


『お前らの組み合わせは、もう倒したことあるんだよ!!『死砲デス・ブラスト』!!』


 少し前の連休の間にも、同じ組み合わせで襲いかかってきたことがあり、その際に倒しているのだ。

 さっきの『死弾デス・バレット』も、ここ最近の魔力操作の練習で向上したコントロールを実戦で試したかっただけだからに過ぎない。

 そして、今から使う『技』も、実戦で使うのは初めてだ。


『いくぜ!!『死疾デス・アクセル』!!』

『なっ!?』


 盾役のコインのキングが驚きの声を上げるのを、オレは『すぐ目の前で』聞いていた。


『速イ・・・』

『驚いている暇あんのか?『死閃デス・ブレイド』!!・・・まずはお前だ!!』

『グハッ!?』

『何っ!?』


 オレは魔力操作で鋭く尖らせた刃を鎌に纏わせ、驚いているコインのキング、ではなく後ろにいたカップのクイーンの元まで一瞬で走り寄り、不意打ち気味に上半身と下半身を泣き別れさせた。

 研ぎ澄ませていた鎌は、コインのキングの護りのせいで多少切れ味を落したが、それでもろくなガードをさせる暇もなくクリーンヒットしたからか、カップのクイーンを切り裂くには十分だったようだ。


『キ、キサマ・・・ナンダソノ速サハっ!?』

『教えてやってもいいが、口で伝えるのは難しいんだよ。だから、身体で覚えなっ!!『死疾デス・アクセル』!!』


 呪文を唱えると、オレの靴底と背中、肘から、黒い魔力がジェット噴流のように噴き上がる。

 そして次の瞬間には。


『ナ、ニ・・・?』


 コインのキングの首が、地面に落ちていた。

 オレはコインのキングの背後で、周囲を見渡して新手がいないことを確認すると、魔法を解除した。


『ふぅ・・・終わった』

「死神さぁ~ん!!」


 紅い結界が消えていくのを確認し、今日の怪異の襲撃が終わったのを確信すると、オレは警戒を解いて地面に落ちていたカップのクイーンとコインのキングのカードを拾う。

 そうしているうちに、オレの『死壁デス・ウォール』で守っていた魔女っ子が走り寄ってきた。


「大丈夫でしたか!?お怪我は!?」

『全然大丈夫だよ。一発も食らわなかったし』

「そ、そうなんですか・・・スゴいですね。後ろから見てましたけど、アレはレベル8の魔法なんですか?」

『いいや、違うよ。なんか最近できるようになったんだ。アレは『ブラスト』をちょっとイジってみたヤツなんだよ』

「あ、あれ『ブラスト』なんですか!?」

「うん」


 舞札神社の境内から、石段まで歩く。

 そして石段を下りながら、オレはさっきの技を解説した。

 

 『死疾デス・アクセル

 それは、オレが魔力操作に慣れたことでできるようになった『ブラスト』のコントロールによる超加速だ。

 これまでも『ブラスト』を地面に向かって爆発させて移動することはあったが、一回の爆発で一度の加速しかできなかった。

 だが、今のオレなら『爆発』ではなく、『噴射』させることができる。

 それによって、『ブラスト』を一回の爆発で使い切ることなく、噴射口を絞って加速を早めたり、噴射の向きを操作して方向転換したり急ブレーキをかけることができるようになった。

 さらに、噴射の向きを自由自在にできることで、腕や肘の加速にも使える。

 防御力の高いコインのキングを小アルカナカードによる強化なしで一撃で倒せたのも、『死閃デス・ブレイド』そのものの強度が上がっていたこともあるが、加速によって威力が上がっていたのが主な要因だろう。

 これは魔力操作の技術によってできるようになった『技』であり、レベルごとに設定されている『魔法』とは別物だ。

 なお、名前に関してはスピードを上げる効果だから、普段使っている『デス~』に加速を意味する『アクセル』を付けただけで結構安直である。


「わ、技、ですか・・・魔法式もいじらずになんて、そんなの考えたこともなかったです。死神さんは、本当にスゴいですね」

『ま、まぁね。魔力操作の練習については、ここのところずっとやってたし。その成果が出たって感じかな』


 オレとしては、新技を褒められていい気分である。

 魔力操作についてはずいぶんと苦労したし、そのリターンが目に見える形でわかるのはやはり満足感がある。

 しかし。


「・・・はぁ」

『・・・?』


 魔女っ子が、なぜか浮かない顔していた。


『どうしたの?』

「あ、いえ、なんでもないです・・・いえ、明日のことを、考えてました」

『明日のこと?・・・あ、正体の』

「・・・はい」


 つい昨日、この舞札神社の石段の下で、明日にお互いの正体を教え合うと約束したばかりだ。

 当然覚えているが、それにしては、どうして浮かない顔をしていたのだろう?


『もしかして、正体バラすのがやっぱり嫌になっちゃった?それなら別にオレだけでも・・・』

「そ、そんなことないです!!ただ、ちょっと、怖くて・・・」

『怖い?』

「は、はい・・・ワ、ワタシ、ここ最近だとほとんどお役に立ててないですし、その、考えてみたら、私生活の方でも、いろいろご迷惑を・・・」

『?』


 後半の方は本当に小さくボソボソと喋っているので聞き取れなかったが、前半はわかった。

 

『えっと、正体をバラしたら、オレに見捨てられるって思ってる?』

「っ!?そ、そこまでは!!いさ・・コホンっ!!死神さんがそんな冷たい人じゃないのはわかってるつもりですから!!でも、かける迷惑が増えちゃうんじゃないかなって」


 確かに、魔女っ子の正体がわかったら、オレは普段から守ろうとするだろう。

 今は黒葉さんのことがあるから難しいかもしれないけど。

 魔女っ子は、そうしてオレの労力が増えることを気にしているようだ。

 責任感が強いというか、真面目な魔女っ子のことだ。

 『大して役に立ててないのにこれ以上迷惑をかけるのは』とか思っているのかもしれない。


『別に気にしなくていいと思うけどなぁ』

「え?」


 オレは思ったままのことを口に出した。


『キミは役に立ててないって思ってるかもしれないけど、オレとしてはキミの一番スゴいところって頭がいいことだって思ってるんだ。それで、今日なんかはキミが頭を使うほどでもない雑魚だったってだけだよ。だから、迷惑かけてるなんて思わなくていいし、逆に言うとキミが役に立つくらいヤバい状況は来ないで欲しいなぁ。なんていうか、もうキミはそこにいるだけで精神的に役に立ってるというか、支えになってくれてるわけで、それだけで十分というか』

「え、ええっ!?」


 思い浮かんだことを特に考えずにそのまま言ったので、あまりまとまってない言葉になってしまったが、それがオレの本心だ。

 魔女っ子に期待しているのは頭脳労働であり、オレのただ1人の同類であるのだから、一緒にいてくれるだけでも安心できる。

 ちょっとクサい台詞かもしれないが、まあ、相手は女の子とはいえ小学生だから見逃して欲しい。

 なんか魔女っ子の顔が真っ赤になってるけど、まさかこんな髑髏の兜で顔を隠した正体不明の男に惚れたわけでもあるまい。


『だから、本当に自分が役に立ててるかなんて気にしないでいいよ。正体をバラしたくないなら、それも構わないし』

「・・・いえ」


 いつの間にか、魔女っ子の顔がいつも通りに戻っていた。

 オレを見て、嬉しそうに微笑んでいる。


「ワタシ、ちゃんと言います。ワタシのこと。死神さんは、本気でワタシのことを大事に思ってくれてるってわかるから」

『・・・そっか。わかったよ。それじゃあ、明日ね』

「はい!!」


 オレはホッと一息ついた。

 魔女っ子が悲しそうにしていると、やっぱり色々落ち着かないのだ。

 だが、言っておかなければならないことがある。


『あ、でも!!オレ、明日用事があってここに来るのが遅くなるかもしれないんだ。だから、集合する時間はいつもより遅くでいいかな?』

「はい。大丈夫ですよ。ワタシも遅くなりそうですし・・・それに」

『? それに?』

「・・・いえ、なんでもないです」


 何事かを言いかけた魔女っ子だったが、結局言わないことにしたらしい。

 けど、なんだか嬉しそうな顔をしていたし、言わなきゃマズいことではなかったのだろう。


『そう?じゃあ、今日はこれでね』

「はい・・・死神さん」

『ん?』


 そうして、石段を下り終えて、山の方にまで跳んでいこうとした時。

 魔女っ子が、静かに、けれど強い意志を込めたように、オレを呼んだ。


「また、明日」

『う、うん』


 オレの兜を見ながらそう言うと、ぺこりと頭を下げてから背を向けて歩き出す。

 近くの茂みから使い魔のアカバが飛んできて、魔女っ子の近くを飛び回り。


『カァッ!!』


 オレに向かって『明日覚悟しとけよ!!』とでも言うように鳴くと、またどこかに飛んでいった。

 まあ、魔女っ子のすぐ傍にはいるのだろうけど。


『また、明日か』


 明日。すなわち、舞札祭の最終日。

 その日は、オレにとってもとても大事な日だ。

 それは、ただ単にオカ研の成果を見せるからだけではない。

 気がつけば、様々な一大イベントが同時に起きる予定になってしまっている。


『黒葉さんの高校デビューに、魔女っ子の正体。それに・・・』


 白上さんとの後夜祭。

 そこで、オレと白上さんは結ばれる。


『帰って寝るか。明日はマジで気合い入れないとな』


 明日に控える数々のイベントに備え、オレは『死疾デス・アクセル』で速やかに帰宅するのだった。



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「また、明日」


 さっきまで、ワタシは不安だった。

 ここ最近、ワタシは伊坂くんの役に立てていない。

 戦闘は勿論、魔力操作の練習も。

 そして、伊坂くんは知らないことだが、黒葉鶫としてのワタシも、朝から夕方まで守ってもらって、迷惑ばかりかけている。

 それに対し、伊坂くんはどんどんワタシの知らない先に進んでいるように見える。

 さっきの戦いで、あっさりと絵札の小アルカナを倒してしまったのもそう。

 クラスの人たちと馴染んでいるのも。

 それに、あの白上さんと借り物競走の後で面倒くさそうにしながらも親しげにしていたのも。


(あのときの伊坂くん。面倒くさそうだし、嫌そうにもしてたけど・・・本音で話してるみたいに見えた)


 伊坂くんが白上さんを警戒しているのは間違いない。

 でも、言いたいことをすべて言い合えるような、ワタシとは別の意味で距離が近いように思えたのだ。

 今日のお昼休みには『敵じゃない』なんて思ったけど、それを見たらやっぱり不安になってしまった。

 だから、明日『自分の正体黒葉鶫』をバラすことが怖くなってしまった。

 

『こんな役立たずな自分が、伊坂くんに釣り合うのか』


 そう思ってしまったのだ。

 けれど。


「また、明日なんだ」


 伊坂くんは、そんな不安を消し飛ばしてくれた。

 そう、明日だ。


「明日、言うんだ。明日の後夜祭で」



--魔術師ワタシが黒葉鶫だって。



「今日は、早く寝なきゃ」


 明日は、これまでの人生の中で最も大事な日になる。

 明日。明日、ワタシは・・・


「伊坂くんと、結ばれるんだ」


 心の中から湧き上がる、熱いくらいの感情の奔流。

 頬が上気して、頭の中がフワフワして、走り出したくなるような、叫び出したくなるような、名状しがたい感覚。

 その衝動に押されるまま、ワタシは今日の昼間のように家まで走って帰るのだった。

 ・・・三分後には、息が切れてへたり込んでしまったけど。



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「黒葉さん、まだかなぁ・・・」


 明くる日の朝。

 今日も黒葉さんを家まで迎えに行き、学校まで送ったが、今日はそのまま一緒にオカ研の部室に向かった。

 今日は舞札祭の当日。

 朝礼もなく、開会式まで出し物の最終調整をしていいことになっている。

 そして、オレたちは一昨日のうちに内装を整えた部室に入ったのだが。


『じゃ、じゃあ着替えますから!!』


 そう言って、黒葉さんが顔を真っ赤にしながらコスプレ用の衣装を取り出した瞬間、オレは廊下に飛び出した。


『え?あの?伊坂くん!?』

『オ、オレは外で待ってるから!!着替え終わったら呼んでね!!』


 そうして、オレは廊下でオカ研の部室のドアを背に待っているというわけだ。


「・・・黒葉さん、ためらいなかったなぁ」


 黒葉さんが着替えを取り出した時。

 オレに『外に出て』と言うこともなく、そのまま着替えようとしていたように見えた。

 

「なんというか、前に家にお邪魔したときも思ったけど、本当に無防備だよなぁ」


 あのときも、1人暮らしだというのに男のオレを何のためらいなく家に上げたのだ。

 黒葉さんの中で、オレはどれだけ紳士なのやら。


「・・・っていうか、遅いな。どうしたんだろ?」


 さっきから待っているが、一向に扉が開く気配がない。

 そんなに着替えに手間取っているのだろうか?

 

(・・・黒葉さん、この扉一枚の先で着替えてんのか)


 ふと、オレの中にそんな考えが浮かんだ。

 同時に思い出されるのは、黒葉さんの小柄な身体と、よく見ると結構整った顔立ち。

 そんな黒葉さんが今、オレのすぐ近くで服を・・・


「うおおおおおおおっ!?何考えてんだオレぇえええええ!?」


 オレは、全力で自分の頭に右ストレートを食らわした。

 一瞬、意識が飛びかけたが、なんとか思考が元に戻る。


「いやいやダメだろ!!オレを信じてくれてんだから、オレがそんなこと考えちゃダメだって!!それにオレが好きなのは・・・」

「だ、大丈夫ですか!?伊坂くん!!」


 邪な思考を拳で追い払って叫んでいると、その叫びを心配したのか、『バンっ!!』と扉を開けて黒葉さんが飛び出してきて・・・


「え」


 その瞬間、オレの動きがピタリと止まった。

 それほどまでに、彼女の姿は予想外だった。


「伊坂くん?」

「・・・黒葉さん、だよね?」

「!・・・はい。ワタシは黒葉鶫ですよ」

「そう・・・そうだよね」


 オレの目の前にいるのは、小柄な少女。

 膝までを覆う紺色のローブに、つばの広いとがった帽子。

 手には古めかしい木でできた、長い杖を握っている。

 そして、普段は一つ結びになっている亜麻色の髪が、今は何にも縛られることなくサラリと揺れていた。

 目元まで覆う前髪も、今は綺麗に整えられ、眼鏡もない。

 その姿は・・・


(前に、似てるかもとは思った。眼鏡を外して、髪型を変えてみたら、似てるかもって。でも、ここまで似てるなんて)


 オレの前で静かに微笑む少女は、オレが夕暮れに出会い、守ると誓った彼女によく似ていた。

 でも、違う。

 なぜなら、その少女は『黒葉鶫』と名乗ったから。

 それでも。


(魔女っ子・・・まさか)


 オレは、反射的に言葉にしていた。


「黒葉さん。キミは・・・」

「伊坂くん」


 しかし、オレが何か言おうとする前に、黒葉さんに遮られた。

 

「ワタシが髪を整えるのに時間がかかっちゃったからで申し訳ないんですが、もうちょっとで開会式です。伊坂くんも、着替えてもらっていいですか?」

「え?あ、うん。ごめん」

「いえ。ワタシが遅かったのが悪いですから」


 何事もないかのように。

 まるで普段の何気ない会話にように。

 黒葉さんはいつも通りに微笑んでいた。


(・・・違う、のか?そりゃ、そうだよな。こんな偶然、あるわけないしな)


 その態度に、オレも冷静になる。

 そうだ。世界には3人同じ顔の人がいると言うじゃないか。

 きっと、黒葉さんと魔女っ子も、顔がよく似ているだけに違いない。

 そう思いながらも。


「じゃ、じゃあ着替えてくるよ」

「あ、ワタシも中に入りますよ。この格好、まだあまり見られたくないですし」

「え?」


 オレはどこか浮ついた気分のまま、コスプレ用の衣装に着替えるのだった。

 ・・・ちなみに、黒葉さんは今日もオレの着替えをガン見していた。



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「ねぇねぇ羽衣!!演劇部すごかったね!!後で行ってみようよ!!」

「うん!!でも、私クラスのメイド喫茶が結構忙しいからなぁ。でも、空き時間に絶対見に行くよ!!」

「わぁっ!!吹奏楽部も上手いね!!」

「ウチの学校、文化部もかなり力入れてるよな」

(・・・やかましい)


 全校生徒を収めた舞札高校の体育館。

 その2-Dのスペースで、白上羽衣の中から私はなんとはなしに設置されたステージの上で出し物を紹介する人間たちを見ていた。

 今のところ、大して面白いと思うようなモノはない。

 さっきの演劇部も、やたらとキラキラした目に痛い格好をした男がキザったらしく何か喋っていたが、興味がないので聞き流した。


(・・・コイツらも、よくもまあこんな騒がしい中で楽しげにしていられるものだ)


 私は騒がしいのが嫌いだ。

 他人と関わるのも好きではない。

 生前の私は『始まりの魔女』として魔女たちをまとめ上げたようだが、それを喜んでやったのか、はたまた必要に駆られてやったのかは覚えていない。

 だが、少なくともこの『ツキコ』と名付けられた今の私は、こういった空気を好ましいとは思わなかった。


(まったく。今日は一日白上羽衣の中でメイドの真似事を見続けなければならないとは。考えるだけで気が滅入る。しかし、ある意味では安全か)


 私はチラリとクラスを見回した。

 だがそこに、人相の凶悪なガタイのいい男はいない。


(今日は、直前まで誠二と関わらない方がいい)


 今日の最後のイベントである後夜祭。

 そこで、白上羽衣と誠二が一緒にダンスを踊る予定となっている。

 後夜祭でダンスを踊った男女は恋人になれるというジンクスがあり、というか、そんな舞台で踊る時点デお互いに気があるのだろうが、まあともかく、それで誠二と白上羽衣が恋人となる。

 そうなれば、私の目的である儀式の完成まで大きく進むことができる。

 だがそのためには、白上羽衣がその役目を果たさなければならない。

 このツキコではなく。

 そして、白上羽衣は誠二を恐れている。

 昨日、誠二が己に向かって放出した魔力を浴びただけで気絶するほどに。

 もしも今日そうなったら、強制的に私が表に引きずり出されてしまうが、そうなれば白上羽衣が後夜祭になっても戻ってこないかもしれない。

 契約によって、私が表に出ているとすべてを思い出すことになっている誠二からすれば、その時点で白上羽衣の中身が私だとバレてしまう。

 それでは、誠二は受け入れてくれない。


(故に、今日は誠二との接触は最後まで避けるべきだ・・・まったく、ままならん)


 イライラする。

 なぜ、私の大願のための大事な一手を、私ではなく白上羽衣に任せなければならないのか。

 この私ではなく。

 後夜祭の約束にせよ、取り付けたのは・・・


(この、ツキコだというに)


 あの『正義』と戦った後。

 少し恥ずかしいので細部は思い出さないようにするが、気絶してしまった誠二を起こし、白上羽衣に成り代わっていた私が、テンパる誠二を宥めて許したのだ。

 だというのに、肝心な部分を白上羽衣に任せなければならないと思うと・・・


(イライラするっ!!)


 一応、内側から声をかけ続けることで白上羽衣を誘導することはできる。

 だが、それは無意識に働きかける暗示のようなもので、精神操作の魔法に比べれば不安定だ。

 それに、それではこの苛立ちは解消できない。


(クソっ!!普段なら魔力操作の練習のために意識を乗っ取ってストレス解消ができるというのに!!今やったら確実にすべてが台無しになる上に、そもそも誠二がいない!!)


 そう。

 この2-Dのスペースに誠二はいないのだ。

 誠二は今・・・


「次はどの部活だっけ?」

「え~と、次は・・・オカ研?」

「あ~、そういえば去年はお化け屋敷とかやってたな」

「今年はなんか活動してるとかは聞かねーけどな」

(・・・フン)


 どうやら、次にステージに上がってくるのがオカ研らしい。

 誠二と、あのチビ女がいる部活。


(どんな芸をするのか見物だな。精々後で笑ってやる)


 あの誠二が大勢の前で芸をするなど想像もできない。

 多分、どもって失敗するだろうなと正直思っている。

 そうなったら、この苛立ちを解消するためにも笑い飛ばしてやるとしよう。


(まあ、あまり気を損ねられても面倒だから、ジュースの一本は奢ってやるか。まったく世話の焼ける)


 そう思いながら、白上羽衣の視界を通してステージの上を見ていると。



--バチン!!



「わっ!?」

「灯り消えた!?」

「何々っ!?」

(停電・・・ではないな。演出か)


 突然電気が消えた。

 周りはしばしの間ざわめくが、すぐにこれがオカ研の出し物だと察して少しずつ静かになっていく。

 そして。



--バン!!



「お、電気点いた」

「ステージの上、誰かいるぞ」


 再び灯りが灯る。

 ステージの上に立っていた人影を見て、周りがまたも騒ぎ始めるが、すぐに水を打ったように静かになる。


(・・・ほう。中々気合いを入れているではないか)


 私は、白上羽衣の中で少しだけ。

 本当に少しだけ感心した。

 白上羽衣の目を通して映るのは、黒い人影だ。

 黒い乗馬用ズボンのブリーチズに、これまた黒のチュニックにサーコート。

 そしてどこまでも黒尽くしと言うように、黒いマントを羽織っている。

 上から下まで、所々を鈍い光沢のある塗料か何かが塗られた鉄片で補強されており、その姿はまるで・・・


(どこぞの王子。いや、黒騎士か)


 普段、黒い鎧姿の誠二を見ているからこそ、すぐに騎士という言葉が浮かんだ。

 それほどまでに、その衣装は誠二にとって自然だったのだ。

 まず衣装そのものが、何らかの特殊な塗料でも塗ったのか、新品のはずなのに年季の入った歴戦の装備のように見える。

 だがそれ以上に、それらを着こなす誠二の雰囲気だ。

 元々体格がよく、鎧姿になった経験も多いが故か、それとも実際に怪異と殺し合った経験故か、スゴ味を醸しつつも姿勢よく、さりとて堅くならない絶妙な立ち姿。

 そして、まるでこれから戦場に赴くとでもいうかのように厳かな顔立ち。

 普段は凶悪な顔と避けられがちであるが、この場においては見事なまでに黒い騎士服との相性の良さを見せつけている。

 これらが相まって、単なるコスプレと馬鹿にできる者は誰1人その場にいなかった。

 口に出した瞬間、あの黒騎士に殴り殺されそうな予感を感じたのだろう。


(騎士。騎士か・・・)


 生前の記憶は曖昧だが、私は本物の騎士を見たことがある。

 主君に忠誠を誓い、領地を守るために武器を取り、姫君を身を挺して守る。

 そんな誇り高い者たち。

 

(騎士。誠二が騎士、か・・・考えてみれば、今の私たちの関係はまさに主と騎士じゃないか?)


 現在、契約によって誠二には私を守る義務がある。

 どんな状況でも、誠二は私を守るために身を粉にして働かなくてはならない。

 そして、私はその報酬として誠二の望むモノを授ける。

 それはまさしく、主君と騎士の関係だ。

 そして。


(そして、後夜祭で誠二が白上羽衣と結ばれれば、その関係はさらに盤石なモノとなる!!)


 儀式を勝ち進む私。

 そして、その傍らに控える黒い騎士服の誠二。

 そんな光景が、フッと思い浮かんで・・・


「お、おい、あの子!!」

「あんな可愛い子、校内にいたか?」

(チッ。なんだ騒々しい・・・っ!?)


 急に、周りがまたもざわめきだした。

 その騒々しさに、少しばかり考え事をしていた私は無理矢理現実に引き戻される。

 そして、見た。


(あの娘は・・・!!)


 いつの間にかステージの上の誠二の隣に、女が1人立っていた。

 その小娘の格好は、まさしく『魔女』と言われれば誰もが想像するような、オーソドックスなスタイル。

 オカ研の発表なのだから、あの女は昨日見たチビ女なのだろう。

 昨日の陰気な印象とは打って変わって、髪を整え、眼鏡を外した今は同性の自分でも可愛らしいと思うほどに垢抜けている。

 だが、そんなことはどうでもよかった。


(あの亜麻色の髪に、あの顔立ち・・・似ている。似すぎている!!)


 白上羽衣の内側にいる上に、距離があるために魔力の探知はできない。

 周りの様子を見るに、とくに避けられてはいないが、ステージと客席に距離があるため、瘴気が出ていても気付かれないかもしれない。

 だが、それでも同一人物であることはあり得ない。

 『あの女』は儀式から抜けだし、それによって前回の儀式は中断されたのだ。

 『あの方法』を使って抜け出した以上、当時のままの姿でいるはずがない。

 それに、ここは前回儀式が行われた土地でもない。

 現代の魔法使いの少なさを思えば、この街に誠二以外の魔法使いがいる確率は極めて低いはずだ。

 しかし、そんなことがどうでもよくなるくらいに、あのチビ女は似ていた。

 そして、私がグルグルと思考を回すウチにも、時は進んでいく。


『え~、それではオカルト研究部の紹介です!!今年のオカ研はなんと、ここでマジックを披露してくれるとのこと!!それではどうぞ!!』


 司会が大仰な口調でそう言うと、さっきからずっと誠二の顔ばかり見ていたチビ女が、持っていたマイクのスイッチをいれる。


『そ、それでは、ワ、ワタシたちオカルト研究部の、マ、マジックを始めましゅ!!』



--ワァァアアアアアア!!!



 盛大にどもり、最後には噛んでいたが、それすらもアクセントになったのか。

 突然現れた見目麗しい少女の行動に、注目が集まる。

 その視線を受けて、ビクっと身体を震わせる少女だったが・・・


『大丈夫。オレもいるから』

『・・・はい!!』


 誠二があの女の肩を叩くと、それで緊張がほぐれたかのように笑った。


(・・・・・)


 私は、それを白上羽衣の中から見る。


『ワタシたちのマジックは、ハンドパワーです!!それじゃあ、いきます!!』


 あの女が誠二の顔を見ながらそう言って杖を振った直後。


『『死閃デス・ブレイド』』


 誠二の指先から、極細にまで尖らせた黒い糸が伸びる。

 あまりにも細く、完璧な魔力操作によって魔力が漏れ出していないために、白上羽衣も気付いていない。

 だが、私は気付いた。


(私が教えた、魔法の扱い方・・・)


 これまで何度も、誠二がそれを扱うところを見てきたから。

 何度も失敗して、そのたびに手を重ねて魔力を流し、やっとできるようになったところを見たから。

 

『できた!!』

『おお!!前進じゃんか!!こんな風にやればいいなら!!』

『のわっ!?レディの手をいきなり握るな野蛮人め!!』


 一歩前進して、喜ぶ誠二が私の手を握ったのを覚えている。

 その手から淀みなく黒い糸が動いて、様々なモノがステージの上に浮かんでいる。


(・・・・・)


 私は、それを白上羽衣の中から見る。



「うおっ!!すげぇええええ!!」

「え?え?あれどうやってんの!?」

「いやいや!!マジックだって言ってんじゃん!!なんかタネがあんでしょ!!」


 あの女が杖を振るうたびに、誠二が糸を操って、ボールや木刀が空中を動く。

 そのたびに、周りがその光景と仕掛けの巧妙さに唸る。

 誰も、そのタネに気付くことはない。

 あの女ですら、モノが宙に浮くのが当然だとでも言うように、黒い糸に目もくれない。


『そ、その巧みな魔法!!見事な身のこなし!!さぞ高名な魔女とお見受けする!!こ、このオレと一手交えてもらおうか!!』

『あ、あなたこそ、歴戦の騎士でしょう!!い、いいでしょう!!その勝負受けます!!で、ですが!!もしも私が勝ったのならば、私の騎士になってもらいます!!』

『う、承った!!い、いざ!!尋常に参る!!』


 始まったのは、どうしようもないほどの三文芝居。

 台詞はどもり、身体は緊張で堅くなっている。

 だが、観客はそんなことは気にせず、ステージの上に歓声を送り続ける。


(・・・・・)


 私は、それを白上羽衣の中から見る。


「すげぇ!!木刀が浮いてる!!」

「あの男の方が持ってる木刀と打ち合っても落ちないぞ!!」

「っていうか、あの男の剣の振り方ヤバいな・・・あれ絶対人斬ったことあんだろ」


 ステージの上では、誠二が木刀を片手で持ち、あの女の杖に合わせるように空中を動く木刀と打ち合っている。

 木刀には、誠二の空いた手から伸びた黒い糸が絡みついていた。

 そして。


『ぐ、ま、参った!!』

『ワタシの勝ちです!!さあ、約束を果たしてもらいます!!』

『き、騎士に二言はない!!』


 そして、誠二はあの女の前に跪いた。


(・・・・・)


 私は、それを白上羽衣の中から見る。

 

『こ、これより、貴女に忠誠を誓おう!!』

『よ、よろしい!!これからは、ワタシのために仕えるのです!!』


 跪いた誠二は、あの女の手を取る。

 その口から飛び出すのは、あの女に忠誠を誓う言葉。

 それにあの女が応えると、誠二は立ち上がった。


(・・・・・)


 私は、それを白上羽衣の中から見る。

 見ることしか、できなかった。

 私が何度も握った手が、あの女の手を握るのを。

 私が教えた魔法が、あの女のために使われるのを。

 例え児戯にも劣るような寸劇の中だとしても、誠二が私ではない誰かに忠誠を誓う瞬間を。


『そ、それでは、これでオカ研の発表は終わりです!!み、南校舎の四階で占いの館をやってるので、ぜひ来てください!!それじゃあ!!』

 

 ぺこりと、誠二とあの女は揃って頭を下げ、ステージの上から走り去っていった。

 手を繋いだまま。


「すごかったねオカ研!!羽衣!!後で絶対に行こうね!!」

「うん!!伊坂君が期待してて言うだけあったよ!!」

「俺もオカ研行こうっと!!っていうか、あの女の子もっと見てみたい!!」

「あ、俺も!!」

「でも、オカ研に行ったらあの男の方もいるんだよな・・・」

「アイツ、絶対オカ研より剣道部入った方がいいだろ」

「っていうか、昨日リレーで爆走してたヤツじゃね?」


 周囲が、白上羽衣すら、オカ研の発表を心から称賛する。

 そんな喧噪の中、私は・・・


(あの女は前座所詮は白上羽衣に負ける女誠二と恋仲になることはない負け犬ただの人間薄汚い守銭奴誠二を利用しているだけの小物必ず誠二を裏切るクズ誠二からも見捨てられるゲス気にする価値もないカス)


 必死に、胸の内からこみ上げるナニカを飲み下した。

 頭の中で、あの女を千の言葉でこき下ろしながら。

 今にも白上羽衣の意識を沈めて表に出そうな己を律しながら。

 もしも、この衝動に身を任せてしまえば、私の計画は台無しになる。

 いやそれ以前に、始まりの魔女の残滓が私でなくなってしまう。

 そんな気がした。

 それだけは、『今』の私には認められなかったから。

 


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TIPS 魔法式


 魔法とは、魔力を使って物理的あり得ない現象を引き起こすこと。

 その魔法のシステムを魔法式と呼ぶ。

 例えば火の玉を打ち出す魔法があったとして、火属性の魔力が注がれ、注がれた魔力を炎そのものに変換し、形を球形に整え、任意のスピードで定められた方向に射出する一連のシステムが魔法式にあたる。

 魔法使いはこの魔法式を書き換えることで新しい魔法を創り出すことができるが、大抵の魔法式はすでに完成されており、現代の魔法使いが魔法式を改ざんしてさらに効率的な魔法を生み出すのは大変困難である。


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あとがき


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