第40話 舞札祭一日目 午後の部

「ふぅ~、走ったなぁ」

「伊坂お前すげぇ速かったぞ!!」

「おうコラ伊坂、一発殴らせろや」

「あ、山田・・・その、スマン。オレを殴って気が済むならそうしてくれ。でも、オレはお前の熟女好きって全校生徒の前で宣言した男気、男として尊敬してるんだぜ?」

「いいこと風に言ってんじゃねぇ~~!!!」

「おぶぅっ!?」

「うおっ!?山田マジで殴りに行ったぞ!!」

「まあまあ山田。許してやれよ、お前の自爆みたいなもんだし。それに、伊坂だってお前の新しいコレクション仕入れてくれるって言ってんだぜ?」

「マジかよ鈴木!?」


 リレーが終わって、応援席に戻るオレたち。

 山田の性癖や鈴木のコネクションのことで色々とゴタついたが、雰囲気はとても和気あいあいとしてる。

 オレは、水筒からお茶を注いで飲みながら思った。


(なんかいいな。こういうの・・・)


 ふと、去年の舞札祭一日目を思い出す。

 あの時のオレは、とにかく悪目立ちはすまいと、なるべく周りに合わせるように控えめに走っていた。

 それが、今年は全力で走って、何人も抜いたことを称えられ、悪ふざけまでできている。

 去年のオレから見たら、信じるどころか想像すらできない光景だろう。

 オレがこうやってみんなにいられるのは・・・


(白上さんのおかげ・・・なんだがなぁ)


 オレは、クラスのみんなに囲まれる白い髪の女の子を見た。


「すごいよ白上さん!!伊坂君がだいぶ抜いたのもあったけど、あんなすごいスピードで走る人見たことないよ!!」

「そうそう!!すごく綺麗な走り方だったよ!!」

『あ、あははは・・・そんなことないよ』


 温かい言葉をかけられて微笑む少女。

 しかし、よくよく見ると、口元が引きつっているように見えなくもない。

 クラスのみんなは、『白上さんは』こういった場を好むことを知っているからそんなことは思いもしないだろうが。


「なんだ?珍しいじゃんか。伊坂が白上さんの近くにいかないなんて」

「おうオレのパンチが効いたかよ?」

「お前のパンチなんぞちょっとしばらく固いものが食えなくなるくらいにしか効いてねーよ・・・まあ、オレもちょっと疲れちまっただけだよ。白上さんも疲れてるだろうし、『普段の』白上さんならオレもダッシュで囲んだわ」

(あれが本当の白上さんならな)


 そう思いつつオレが『白上さん』の方を見ると。


『・・・・・』


 目が合った。

 ぱっと見はにこやかにしているが、オレを見た瞬間目つきが鋭くなったのが分かる。


『ははは、ごめんね。私ちょっと疲れちゃった。お水飲ませて』

「あ、ごめん」

「そうだよね。羽衣も疲れてるよね~」


 どうにか周りをあしらった『白上さん』は、言った通り椅子に座って飲み物を飲む。

 そして・・・


『『月光天蓋ルナ・コルティナ』』


 2-Dの周りを、光の天幕が覆った。


『・・・おい。なぜ私が小娘どもに囲まれてるときに助け船を出さなかった』

「別にいいだろ。みんな、お前が走ったことを褒めてたんだから。素直に受け取っとけよ。っていうか、ツキコ。お前があんなに走るのは意外だったぞ」

『やかましい。白上羽衣に似合わないことをあの場でするのが悪手だっただけだ。妙なまねをして面倒なことになっても困る』


 オレの近くまで不満そうな顔をして歩いてきたのは白上さん、ではなくツキコ。

 明らかに普段の白上さんとは違う言動をしているのに、クラスのみんなは誰も気にもとめない。

 他のクラスの連中もオレたちを気にする様子がないところを見ると、全校生徒にオレたちは見えなくなっているようだ。

 ・・・黒葉さんはさっき席を立ってトイレの方に向かっていくのが見えたので、近くにはいない。


『・・・おい、どこを見ている。こっちを見ろ』

「ああ、悪い悪い。ただ、こんな大人数の前でお前と話してるのに気付かれてないってのがちょっと信じられなくてさ」

『フン。当たり前だろう?ただの人間ごときに、このツキコの幻術が見破れるものか・・・それよりだ。ん!!』

「・・・なんだよ?」


 突然、オレに手を差し出してくるツキコ。

 何のつもりだ。


『チッ。察しの悪い奴だな。お前、どうして私がリレーなんぞを走らなければならなくなったと思う?』

「・・・悪い」


 オレは、ばつが悪くなって目をそらした。

 普段なら、勝手に白上さんの意識を乗っ取ろうものなら説教か嫌味の一つでもくれてやるところだが、今回に関しては、オレ自身に心当たりがあった。


(走ってる最後の方で、力みすぎて魔力が出た感覚がしたんだよな・・・)


 光と闇の魔力の相性が悪いというのは、ツキコだけでなく魔女っ子にも聞いているし、オレ自身体感でわかるから間違いない。

 そして、白上さんは光の魔力を持ち、オレの出す瘴気の影響を強く受けやすいらしいのだ。

 これにより、一時的に白上さんがダウンしてしまった結果、ツキコが出てきたのだろう。

 なにせあの場で、この無愛想で人間のやることに大した興味のないコイツが出てくるメリットがない。

 つまり、ツキコが今表に出ているのはオレのせいということだ。

 そして、曲がりなりにも白上さんの代わりにリレーを走りきったツキコと、一方的に悪いオレという図式が完成するわけだが・・・

 ニヤリと、ツキコの顔に白上さんに似つかわしくない嗜虐的な笑みが浮かぶ。


『フン・・・口でなら何とでも言える。私が欲しいのは誠意というヤツだ。お前も、名前に誠の字が入っているのなら、何が誠意かはわかるよな?』

「くっ・・・オ、オレにジュースを奢らせてください、ツ、ツキコ様」

『いいだろう。私は寛大だ。3分以内に買ってくるがいい』

「え?3分はちょっと・・・それに、さっき走ったばっかだし」

『あ?何か言ったか?無責任な男が何か言ったような気がしたが?』

「ちっくしょ~!!買わせていただきますよ!!ちょっと待ってろやぁあああ!!」

『クフフフっ!!愉快愉快!!後2分50秒だからな~!!』


 オレが走り出すと、後ろから実に楽しそうな声が聞こえてくる。

 相変わらず悪趣味なヤツだ。



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『さて、本当に3分以内に帰ってこれるかな、アイツは・・・クフフ』


 私の無茶ぶりに応えるため、リレーの時並に全速力で走る誠二の背中を見送りつつ、私は『月光天蓋ルナ・コルティナ』を解除して自分の椅子に座り直した。

 私が疲れていると思っているのか、周りの連中も声を掛けてこないのは正直ありがたい。

 あの程度の走りで疲れはしないが、キャピキャピと小うるさい連中に囲まれるのは精神的に疲れるのだ。

 それに、考えたいこともあった。

 

『・・・あの小娘はいないか』


 2-G組を見回してみるが、応援席にあの小娘の姿は見えない。

 誠二が応援していた、オカ研の部長とやらは。


『誠二のヤツが入れ込んでいるからどんな見た目をしているかと思ったが、ずいぶんと陰気な女だ。それにチビ。あんなののどこがいいのやら。趣味の悪いことだ』


 さっきのリレーで、誠二が立ち上がって応援していた女。

 あれこそ、前々からアイツが言っていたオカ研の女に違いない。

 ぱっと見の印象は、『地味で暗そうなチビ』。

 

(私の経験上、ああいう手合いは腹の奥に陰険な欲を持っていることが多い。そのくせ無駄に頭が回る・・・おおかた、己の我欲を満たすために、単純でお人好しの誠二をうまく言いくるめて束縛してると言ったところか?)


 人間は人外を嫌う。

 誠二は何故か普段放出している魔力量が少ないため、避けられているのはヤツの顔が怖いからだろうが、それでも魔力の影響はゼロではない。

 故に、肉親を除けば基本的に人間から好意を持たれることはあり得ない。

 今のクラスでうまくやれているのは、私が放出する光属性の魔力によって誠二の魔力が中和されていることと、白上羽衣のカリスマがあったからで、これは例外としてカウントしていい。

 だが、なんらかの強い感情を持っていれば、そういったきっかけがなくとも表面上の付き合いくらいは可能だ。

 そして、そういった場合に真っ先に候補に挙がるのは、『欲望』。


(人間が己が欲望のためなら何でも利用するというのは、儀式の存在そのものが証明している。嫌悪があろうと、それで己の望みが叶うのならば使う。それが人間だ)


 儀式は、元は『願いを叶えるおまじない』が元になった怪異。

 単なる噂話であったのが、今や世界的な規模の怪異にまで成長したのは、それだけ人間の欲望が餌となったから。

 人間は、それが例え自らが忌み嫌う異能の存在であったとしても、己の利益のためなら利用する。

 あのチビ女もそんな口だろう。


(不愉快極まる存在だが・・・今手を出すわけにはいかん。契約による縛りがあるのもそうだが、やはり誠二を敵に回すリスクが大きすぎる。まったく、お人好しもいい加減にして欲しいものだ。あの寄生虫を潰せばお前のためになるというのに。まあ、利用価値がナイでもないが)


 誠二は、この儀式を勝ち抜く上で絶対に必要な鍵であり、その肉体・精神的な健康が保たれているのが最善だ。

 そして、あのチビ女がうまく誠二に取り入っているというのなら、あの女によって誠二の精神が大きく傷つけられる事態が起こりうる。否、絶対に起きる。

 いかに人間が欲望で恐怖を押さえつけられるとしても、限界はあるからだ。

 特に、『死神』である誠二相手ならばなおさら。

 だが、それはそれでチャンスでもある。


(あのチビに手を出すなと言ったのは誠二、お前だ。故に、アイツがお前を裏切るまでは、見逃してやる。裏切るまではな)


 信じがたいことではあるが、誠二の中であのチビの優先順位は白上羽衣よりも上。

 それは、それだけ誠二の精神に悪影響を与える危険性が大きいことを意味する。

 あのチビが誠二を裏切ったとき、誠二の受けるショックは非常に大きな物になるだろう。

 しかし、それすなわち、このツキコが白上羽衣のいる位置に成り代わる契機となるのだ。

 かつて、孤立していた誠二に、白上羽衣の意識を乗っ取って話しかけたことで救い出した時のように。


(精々、今は誠二を好きに利用しているといい。その貸しは、お前のすべてを以て贖ってもらうがな)


 目障りで、今すぐに消えて欲しい『害虫』。しかし、利用価値のある『生け贄』でもある。

 だからこそ、私の顔に浮かぶのは、歪な笑み。

 私の、始まりの魔女の残滓としての願いを叶えるための礎になる運命が決まっているあの小娘を、私は嘲笑い・・・


「はぁはぁ・・・おいツキ・・・白上さん。買ってきたよ」


 そこに、ジュースを二本持った誠二がやってきた。

 魔力節約のために結界を解除していることに気付いたのか、どうにか普段の白上羽衣に対する態度を取り繕っている。


『ああ、ごくろ・・・お疲れ様。伊坂君。どうもありがとう!!うん!!3分以内だね!!すごいね!!』

「ど、どういたしまして」


 私は時計を確認し、ギリギリ三分以内に買ってきたことを褒めてやるが、誠二は引きつった顔をしていた。

 どうも、私が白上羽衣のまねをしているのがお気に召さないようだ。


『おい。私がお前の働きを褒めてやったのだ。もっと喜ばんか』

「無茶言うな。お前が白上さんの真似してんの見ると違和感スゴいんだよ」

『む。誠二のくせに生意気だぞ』

「痛てて・・・お前なぁ」


 ちょうど他のクラスメイトもそれぞれトイレ休憩や飲み物の補充に出ているようで、小声で話す分にはバレない。

 ジュースを渡すために近くまで来た誠二の足を軽く踏んでやる。


『というよりもだ。お前はさっさと主の命を果たさんか。ほれ!!』

「誰が主だ。誰が・・・はぁ。はいはいわかりましたわかりました・・・どうぞお収めくださいよ」

『うむ。ご苦労。だが、『はい』は一回だ。この私の従者ならその辺は弁えろ』

「誰が従者だ。誰が」


 私が催促すると、誠二は口では面倒くさそうにしつつも、思いのほか丁寧にジュースを渡してきた。

 こういう所で、無駄に律儀というか真面目なヤツである。

 コイツは顔面の割にこんな性格だから、ちょっと人間に借りを作ったり優しくされただけで勘違いしてしまうのだろう。


(うむ。やはり誠二は私の指示に従っているのが最良だ。他者に関わらせるといらん情を抱えかねん。私が白上羽衣の立場に成り代わった際には、その辺も気をつけなくてはな。遠くから見る分には構わんが、近づいてくるようなら、そのときはコイツが私のものだと分かるようにせねば。だがひとまずは)


『おい誠二。よくわからん宗教やセールスの勧誘には気をつけろよ』

「お、おう?」


 お人好しな誠二のためを思って忠告すると、誠二は怪訝な顔をするのだった。



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『それでは、これよりお昼休みに入ります。次の競技は午後の・・・』


 グラウンドに午前の部終了のアナウンスが響く。

 その直後、椅子に座っていた生徒たちが立ち上がって、昼食の準備を始めた。


「さて、と」


 オレも、周りの流れに逆らわず、テントの外に出る。


『・・・チッ』


 チラリとツキコの方を見るが、視線が合うも会話はなかった。

 ツキコというより白上さんの周りにはクラスメイトがたくさん群がっており、その保護者と思われる人たちが集まってきている。

 普段の白上さんの様子を取り繕うのに、断れないと思ったのだろう。


「まあ、なんか絡んできても断ったけどな。っていうか、ツキコ側からしても願い下げだろ」


 これからのイベントを考えたら、ツキコの方から離れていくに違いない。

 そう思いつつ、オレはG組の方に歩いて行こうとして・・・


「「誠二~~~!!」」

「おぶぅっ!?」


 人混みを跳ね飛ばすような勢いで突っ込んできた2つの人影にタックルされた。


「見てたぞ!!さすが俺と母さんの息子だな!!すごい走りだった!!」

「クラスの子も応援してくれてたわ!!ものすごく盛り上がってたわよ!!」

「オ、オレを褒めたいのは分かったから、ちょっとどいてくんない・・・?」

「だ、大丈夫ですか?伊坂くん」

「あ。黒葉さん」


 この学校、というか舞札市全体で見て、オレに突進をかませる度胸があるヤツはいない。

 オレにそんなことをできるのは、オレの両親くらいのものであり、事実そうであった。

 そして、それが騒ぎになって目立ったのか、人混みが開けたところから黒葉さんが走ってきた。

 元々、体育祭の昼休みも一緒にお昼を取ろうと約束をしていたから、探す手間は省けたが、あまり嬉しくない。


「おお!!黒葉さんじゃないか!!キミの走りも見ていたよ!!大人しそうな子だと思っていたけど、中々見事な走り方だったよ」

「ええ!!よく頑張ったわね!!」

「あ、ありがとうございます!!・・・あの、褒めてくれたのは嬉しいんですけど、その、そろそろ伊坂くんを・・・」

「ん?おお誠二。なんで父さんの下敷きになってるんだ?」

「筋肉がつくものを食べさせすぎたかしらね?だいぶ筋張ってるわ」

「父さんにも突っ込みたいけど、母さん、台詞が怖いよ。オレ食用なの?」


 黒葉さんが宥めてくれたおかげで冷静になった両親2人がやっとオレの上からどいてくれた。

 まったく。昼休みなのにラグビー部みたいな目に遭ってしまうとは。

 しかし、これでも十分よく我慢したと褒めるべきだろう。

 

「いやぁ済まんな誠二。お前や黒葉さんに白上さんが走ってるときは、お前に言われた通り我慢してたから高ぶってしまってなぁ」

「でも失礼しちゃうわ。そんなに私たちって信用ないかしら」

「ねぇよ。さっきまでの自分たちを思い出してよ」


 先日、黒葉さんやツキコに会ったときの反応から、オレは体育祭で両親が感極まって暴走する光景を簡単に思い描くことができた。

 具体的に言うと、興奮しながら観客席から飛び出し、全速力で走るオレと併走するとか、オレからバトンを受け取ろうとゴールに並ぶとか。

 故に、家を出る前に『体育祭でハメ外したら親子の縁切るから』と全力で言い含めたのである。

 

「っていうか、周り見てみなよ。オレらなんかモーゼの十戒みたいになってるじゃん」

「おお、いつの間に」

「あら」

「はぁ・・・とりあえず移動しよう。黒葉さん、オカ研の部室使ってもいい?」

「あ、はい。大丈夫、です」

「黒葉さん?どうかした?」

「い、いえ!!特には・・・」

「そう?」


 オレらが騒いでいるところだけ、爆心地跡にでもなったかのように円形に人が流れていく。

 このままだとオレたちの醜態を弁当を食べている保護者の方々にまで見せつけてしまうことになるが、そんなことになったらもう学校に来れない。

 そういうわけで人気のないオカ研にでも移動しようと思ったのだが・・・なんか黒葉さんが浮かない顔をしていた。

 またクラスで何かあったのだろうか。

 まあ、こんなところじゃ話しにくいことかもしれないし、移動してからでいいだろう。


「じゃあ、行こうか」

「ああ」

「お母さん、いつもよりもだいぶ時間掛けてお昼作ってきたから、期待していいわよ」


 そうして、オレたちは周囲の視線を振り払うように足早にその場を去るのだった。


「・・・伊坂くんのお家は、家族ぐるみで白上さんと繋がりがあるの?いや、でも前に会ったときはワタシが初めてだって」



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「おお。今日は普通だ!!」


 伊坂くんが、お母さんの持ってきた弁当箱を開けた途端、嬉しそうにそう叫んだ。

 ワタシも覗いてみてみれば、中身はミートボールや唐揚げ、ウィンナーなどの定番の一品が収まっており、さらに見た目のバランスを意識してか、サラダもしっかりと仕切りを設けて入れられている。


「そりゃあ、今日は黒葉さんもお昼に誘うって聞いてるもの。私だって気を遣うに決まってるじゃない」

「え?普段はオレなら適当でもいいって思ってんの?」

「そりゃそうだろ。お前と黒葉さんが同じ立ち位置にいるわけないだろう。俺だってそう思う。お前は違うのか?」

「え?まあ、そうだけど・・・いや、でも普段からその辺はもうちょっと気を遣ってくれたら嬉しいというかさ」


 お弁当の中身のことで口論し、しどろもどろに言い負かされる伊坂くん。

 どうやら家庭内のヒエラルキーはお母さんが一番強いようだ。

 そのことはワタシの将来を考えたら重要な情報ではあるが、今はソレよりも気にかかることがあった。


「あ、あの。伊坂くんは、これまで他の人と、ご家族でお弁当を食べることはなかったんですか?」

(あの白上さんのこと、伊坂くんのご両親は知ってるみたいだったけど・・・)


 さっき、伊坂くんのお父さんが、『白上さんが走ってるときも』と言っていた。

 ワタシと初めて会ったときは、ワタシが伊坂くんと仲のいい初めての女の子だと口にしていたが、その辺りどうなっているのか、ワタシは探りを入れる。

 すると・・・

 

「「「はははっ・・・」」」


 伊坂一家全員が乾いた笑顔を浮かべていた。

 それと同時に、青い光がワタシの眼を焼く。


「ねぇ父さん母さん、小学校のころのこと覚えてる?」

「ああ覚えてるぞ。近くの自然公園に遠足に行ったときだな」

「ええ。あのとき、私たちの周りだけ、他の家族が全然寄ってこなかったのよね~」

「おいおいあの時だけじゃないぞ。幼稚園のお遊戯会もそうだったじゃないか。あのときも3人で母さんの作ったご飯食べたよなぁ」

「「「あははは」」」

「あ、あの・・・変なこと聞いてごめんなさい」


 どうやら伊坂くんのお家で、初めて食事に招待されたのはワタシが初めてのようだ。

 それはとても嬉しいことだが、伊坂くんたちの様子を見ていると素直に喜べなかった。


「いやいや気にすることなんかないさ」

「ええ。確かにこれまでは少し寂しかったけど、今は黒葉さんがいるもの。誠二。ちゃんと黒葉さんに感謝するのよ?」

「うん。正直オレが女の子、っていうか友達と家族でご飯食べるとかあり得ないって思ってたからね。本当にありがとう、黒葉さん」

「そ、そんな!!お礼を言うのはワタシの方です!!ワタシだって、その、と、友達のご家族と一緒にご飯食べるなんて初めてですから!!あ、そうだ!!ワタシも今日お昼をご一緒するって聞いて、お弁当作ってきたんです!!良かったらどうぞ!!」


 伊坂くん一家全員から混じりけのない感謝の念をぶつけられ、ワタシはちょっとテンパりながら弁当箱の包みを開けた。

 数日前、『そういえば体育祭もお昼は一緒に食べてもいいかな?多分、いや間違いなくウチの親も来るけど』と伊坂くんに言われ、『食べまぁすっ!!』と返事をしたときから、ワタシはお弁当の仕込みのことを考えていた。

 帰り道に伊坂くんに付き合ってもらってスーパーに行き、食材を買いそろえて、昨日の朝から仕込みをしていたのである。


(こっちのローストビーフは家にある畑で取れた玉葱とニンニクで作ったソースに漬けてたやつだし、こっちのだし巻き卵のダシも昨日の夜から作ったヤツ・・・味見もしっかりしたし、問題はないはず)


 伊坂くんのご両親が口に入れる食べ物なのだ。

 伊坂くん本人が食べる可能性がある普段のお弁当も手は抜いていないが、今日のは特に手間暇かけて、万が一にも失敗のないように作った。

 

(こういう家庭的なところはウケがいいってどこかで読んだ気がするし、初めて会ったときにはその辺りをアピールできなかったし、ここで・・・)


 内心で自信と不安が渦巻きつつ、伊坂くんたちの反応を伺うと。


「「うう・・・!!」」

「父さん母さん。気持ちは分かるけど泣くなよ」

「あ、また・・・」


 伊坂くんのご両親が泣いていた。

 正直、少し予想はできていたので驚きはあまりないが。


「いやね。誠二と同じくらいの年頃の女の子の手料理を口にできると思ったら、つい」

「黒葉さん、お料理上手いのね。私よりも美味しそうだわ」

「い、いえ!!伊坂くんのお母さんの料理だって美味しいと思います!!伊坂くんから食べさせてもらったことがあるので!!」


 これは本当にそう思う。

 組み合わせが謎なことはあるが、味そのものは伊坂くんのことを想って作ったのだと、一応は料理が得意と自負する身として感じたのだ。


「あら、ありがとう。そうね、なら、お弁当たべましょうか」

「そうだな。せっかく俺たちのために作ってくれたんだ。誠二。食べ残したら俺が無理矢理口に詰め・・・いや、それは勿体ないな。母さん、タッパーないか?」

「大丈夫だよ父さん。黒葉さん料理上手いから、食べ残すとかないって」


 そうして、ワタシたちはお弁当に手を付け始める。


「うん!!やっぱり黒葉さんの作るお弁当は美味いよ」

「ああ!!美味い!!職場で食べる母さんの弁当より美味い!!・・・母さん。そろそろフルーツとチャーハンをすぐ近くに置くのはやめてくれないか?」

「あら?あれはあれで美味しいと思うのだけど・・・まあ、黒葉さんのお料理、見た目だけじゃなくてやっぱり味も最高ね」

「伊坂くんのお母さんのお料理だって負けてないです!!すごく美味しいですよ!!」


 弁当箱の中身は、見る見る内になくなっていった。

 会話をしながら食べているというのに、恐るべきペースだ。


(・・・これ、いいな)


 ワタシにとって、これまで安らげる食事というのは、伊坂くんかおばあちゃんと食べるときで、一対一だった。

 だから、こうやって大人数で話しながらご飯を食べるのは初めてなのだけれども、胃袋だけでなく、心も満たされていくのを感じる。


(料理。勉強しててよかった・・・おばあちゃん、ありがとう)


 料理は、魔女にとってのたしなみといえる。

 魔法薬を調合するときの手順など、料理と調合は似通った部分が多い。

 だから、ワタシはおばあちゃんから料理も小さい頃から教わっていたのである。

 おばあちゃんが亡くなった後も、それまでの習慣として身に染みていたために、ずっと料理の勉強は続けていたが、その成果が実感できた気がする。


「でも誠二と同い年だっていうのに、こんなに料理が上手いなんて。誰かに教わったの?それとも独学かしら?」

「あ、はい。おばあちゃんに教わりました」

「おばあさんに?ふむ、そういえば・・・黒葉さん。少々不躾な質問をするが、黒葉さんのご両親はどうされているのかな?」

「ちょっ!?父さん!?」

「誠二。少し静かにしてなさい」


 伊坂くんのお父さんが、真剣な顔で両親のことを聞いてきた。

 伊坂くんが慌てて止めようとしているが、お母さんに止められた。

 伊坂くんのお母さんも、さっきまでののほほんとした空気でなく、真剣な表情をしている。


(そういえば、伊坂くんにはワタシの両親のことを話したことはなかったなぁ)


 伊坂くんは、ワタシが一人暮らしをしていることと、おばあちゃんがいたことは知っている。

 でも、ワタシの両親について話した記憶はないし、おばあちゃんのように仏壇もない。

 そして、それだけで、ワタシと両親がどんな関係なのか察するには十分だろう。

 だから、伊坂くんがワタシの家族について聞いてくることがなかったのだと思う。

 けれど、ワタシにとっては・・・


(そういえば、忘れてたなぁ・・・ちょっと前まではたまに思い出して凹んでたんだけど)


 どうでもいいことだった。

 あの人たちは、ただワタシと血が繋がってるだけの人。

 今どうしているかなどカケラも興味が湧かない。

 少し前までは、時たま昔のことを思い出して気が滅入ることもあったけど、伊坂くんと会ってからは思い出すこともほとんどなくなっていた。

 だから、すんなりと言葉にできた。


「すみません。お父さんとお母さんがなにをしているのかは分からないです。もう10年以上連絡を取ってないので」

「「「・・・・・」」」

「あ・・・」


 言った瞬間、少し後悔した。

 ワタシの眼に映る光が、深い藍色になったからだ。


「あ、あの!!気にしないでください!!おばあちゃんはすごく優しかったし、今は伊坂くんがいるし・・・」

「薄々、気になっていたよ」


 ワタシが場の空気をなんとかしようとしていると、伊坂くんのお父さんがそう呟いた。


「誠二から、黒葉さんとどうやって仲良くなったのかは聞いていたし、この前には不良に襲われかけたそうじゃないか。まともな親なら心配の一つはするのに、キミのご両親が何かしてあげたという話は聞いたことがない。まあ、キミがご両親に黙っていたという可能性はあるがね」

「そもそも、黒葉さんの年で一人暮らしっていうのはかなり珍しいわ。男の子ならともかく女の子なら、普通の親ならこういうイベントには様子見を兼ねて来るはずよ。黒葉さん」

「は、はい?」


 そこで、伊坂くんのお母さんが、ワタシの手を取って言った。


「大人の助けがいる時があったら、遠慮なく頼りなさい」

「そうだ。キミはまだ子供だ。何かあったらウチに来なさい。いつでも歓迎するから」

「は、はぁ・・・あ、ありがとうございます」

(ど、どうしよう。ワタシの方が罪悪感がすごいよ・・・)


 伊坂くんのご両親は、本気でワタシのことを心配してくれている。

 けど、ワタシとしては両親のことなど本気でどうでもいい。

 むしろ、今の幸せな生活に関わって欲しくないくらいだ。

 そのギャップのせいで、わざと同情を誘ってしまったかのようでワタシの方が後ろめたい気分になる。


「おい誠二。絶対に黒葉さんを1人にするなよ」

「そうよ。黒葉さんに何かあったら、あんたのご飯全部混ぜご飯になると思いなさい」

「いや、言われなくてもそうするって。今でも朝夕送り迎えしてるし」


 そんなワタシの内心を知ってか知らずか、ワタシへの気遣いを加速させていく伊坂くんの一家。

 このままいくと、一家揃ってワタシの家の隣に引っ越してきそうな気迫である。


(・・・それはいいかも。伊坂くんのお家がお隣だったら。こうやってご飯を食べる機会もたくさんありそうだし、ひょっとしたら、お、お泊まりとかもすることがあったりして)


 その瞬間、ワタシの脳内に思い浮かぶ存在しない記憶。


『今日は冷えるね黒葉さん。寒いから、一緒に寝ようか?』

『おはよう黒葉さん。寝顔、可愛かったよ?』

『ん?スプーンが重くて持ち上げられない?じゃあ、オレが食べさせてあげるよ。ほら、あ~ん』


(ああ、ダメだよ伊坂くん!!お義父さんとお義母さんが見てる前でそんな・・・)


 あまりにも甘美な光景に、耳まで真っ赤になりながら悶えてしまう。

 そのときだった。


「そういえば黒葉さんは、白上さんを知っているのかしら?」

「おおそうだ!!誠二みたいながさつな男だけじゃ色々問題があるだろうし、誠二。白上さんを紹介してあげたらどうだ?それとももう友達なのかい?」

「・・・・・!!」


 頭に、冷水をぶっかけられたような気がした。


「・・・白上さん、ですか?どなたでしょうか?」


 だが、これはチャンスだ。

 咄嗟のことだったが、ワタシは努めて平静を装って、まるで白上さんなんて知らないかのように、誰のことを聞いているのか質問してみる。

 さっき聞けなかった伊坂くんの家族と、白上さんという女子にどんな関係があるのか。

 それをはっきりさせる。


「あら?知らなかったの?白上さんは誠二のクラスメイトなの。私たちもつい最近会ったんだけどね」

「ああ。黒葉さんを紹介してもらったすぐ後だな。学校を出る前に挨拶してくれたんだよ。『伊坂君のご両親ですね?見ただけで分かりましたよ。いつもお世話になってます』ってね。とても丁寧な子だった」

「・・・そうなんですか」


 どうやら、伊坂くん一家と白上さんで家族ぐるみの付き合いがあるということではないようだ。

 だが、気になる。

 どうして伊坂くんのご両親に話しかけたのか。


(確かに伊坂くんのご両親と伊坂くんは顔が似てるから、家族だって思うのは分かる。でも、友達の家族に挨拶するなんて普通やるかな?・・・陽キャとか呼ばれてる人たちならするのかな。それか、伊坂くんのご両親と仲良くなりたかったとか?ワタシみたいに)


 どうしても疑ってしまう。

 さっきグラウンドで見た、伊坂くんへの馴れ馴れしい態度。

 伊坂くんのご両親に挨拶したこと。

 伊坂くんの肩についていた髪の毛。

 まさかとは思うが。


(白上さんも、伊坂くんのことが好き、なのかな・・・)


 正直言うと、ワタシは油断していた。

 伊坂くんは人外だから、伊坂くんを好きになる女の子なんてワタシしかいないと。

 だが、ここに来て、伊坂くんのすぐ近くに『外敵』がいるかもしれないのがわかって。

 ギュッと、心臓を鷲づかみされたような気分になった。

 伊坂くんが好きなのは、魔女としてのワタシ。

 でも、だからといってあんな綺麗な女の子が伊坂くんを狙っていると思うと、どうしても落ち着かなくなる。


(伊坂くん・・・!!)


 ワタシは、つい伊坂くんの方を見てしまった。

 少しでも安心したくて。

 ワタシの考えてることなんて、ただの杞憂だと吹き飛ばしてもらいたくて。

 そして。

 

「あ~、まあ、そのうち紹介するよ。そのうちね」

「・・・伊坂くん?」


 ワタシの目に映るのは、赤色の点滅。

 すなわち焦り。


「なんだ?すぐに会わせられないのか?」

「そうよ。せっかくなら、さっきグラウンドで誘ってくればよかったわねぇ」

「いやいや!!白上さんにも予定があるっていうか、すごくたくさん友達がいるからさ。オレや黒葉さんだけ特別扱いはできないって!!それに、普段は陸上部の練習ですごく忙しいらしいから!!さっきも見てたでしょ?白上さんの走り!!白上さんって陸上部のエースだから、ほとんどの時間練習してるんだよ!!」

「そうか・・・そういえば、前に会った時も練習に行くと言ってすぐに別れてしまったからな」

「そうね。あんまりこっちの事情を押しつけるようなことをするのもよくないわね」

「そうそう!!そうだよ!!」

「・・・?」


(なんで伊坂くん、焦ってるんだろう?それに、伊坂くんの言ってること・・・なんだか、ワタシと会わせたくないみたい。それに、胸の灯りの色に薄いピンクが混じってる)


 こんな反応をする伊坂くんは初めて見る。

 どうしてワタシと会わせたくないのだろう?

 それに、焦っているのに、ワタシを心配するかのように桃色の炎がワタシに向かって揺れている。

 何か、ワタシと白上さんが会うとよくないことが起こるのだろうか?


(よくないこと。ってことは、危ないこと?・・・・っ!!そうか!!)


 そこで、ワタシは気がついた。


(白上さん。さっき見たときに変な感じがした。それに、伊坂くんは前から人間のプレイヤーを知っているみたいだった・・・なら、白上さんが人間のプレイヤーなんだ。ワタシと、儀式に関係のある人を会わせたくないんだ!!何があるか分からないから!!)


 思えば、さっきから伊坂くんの胸の灯りは何かを警戒するように濃い赤色の点滅を繰り返している。

 ワタシの眼に映った反応を見る限り、あの白上さんはただの人間ではない。

 そして、人間のプレイヤーも魔法使いのプレイヤーも、普通の人間に魔法を行使することは特に禁止されていない。

 ならば、伊坂くんは万が一、白上さんがワタシに危害を加えないか心配しているのではないだろうか。


「そ、そういうわけだからさ!!黒葉さんに白上さんを紹介するのは、だいぶ先にになるんじゃないかなって思うんだよね!!ごめんね黒葉さん!!」

「・・・いえ」

(ありがとう、伊坂くん)


 ワタシは、胸の中で伊坂くんに心の底からの感謝を捧げる。


(伊坂くんは、どんな時でもワタシを守ろうとしてくれるんだね・・・ワタシ、馬鹿なこと考えてたなぁ)


 さっきまで、ワタシは白上さんを『外敵』だと考えていた。

 だが、違うのだ。


(伊坂くんは、白上さんをむしろ警戒してる。それなら、『敵』ですらないよ)


 確かに、伊坂くんに好意を抱く美少女というのは、ワタシにとっては鬱陶しい存在だ。

 しかし、当の伊坂くん本人は、白上さんを警戒している。このワタシを守るために。

 ならば、本質的な意味で白上さんがワタシの敵になることはない。

 まあ、それでワタシの中のマイナスの感情が消えることもないが。


「そういう理由なら残念ですけど仕方ないです。白上さんと話せる時を、ワタシ楽しみに待ってますから」


 ワタシは、身体中を駆け巡る高揚感に身を任せながら、笑顔でそう言うのだった。



-----


おまけ


 それは、運動部が参加する借り物競走の最中だった。


『ねぇ伊坂くん。ちょっと来てくれるかな?』

「はぁ?いきなりなん・・・なにかな?」


 観客席の中に、お題が記された紙を片手に突っ込んでいく運動部たちを見ていると、いつの間にかツキコがすぐそばに来ていた。

 つい普段ツキコに接するような態度で返事をしようとしたが、今のツキコは白上さんとしての態度を取り繕っている。

 咄嗟に、オレも白上さんに対する態度を貼り付けた。

 だが、ヤツはそんなオレの悠長な様子が気に食わなかったらしい。


『チッ。いいから来い』

「のわっ!?何すんだよまったく」


 小声で悪態をつきながら強引にオレの腕を取るツキコ。

 まさか公衆の面前で白上さんの身体を振り払うわけにもいかず、オレは渋々立ち上がった。

 白上さん、というかツキコに触れられるのはもう慣れっこなので、特にテンパりはしない。


『よし。では走るぞ。お前と私なら、そのまま一着だ』

「待てよ。その前に説明くらいしろって・・・ええい!!しょうがねぇな!!何なんだよ!!」


 ツキコに事情の説明をさせようとしたが、ツキコはすぐに足を動かし始めた。

 陸上部のエースたる白上さんの身体であり、下手に抵抗して転ばせるのは嫌だったので、仕方なくオレも走り出す。


「おい。走りながらでいいから教えろ!!何なんだよ!?」

『お前馬鹿か?今、私たちが何の競技に参加してると思ってる。っと、着いたか』


 ゴールテープが見えてきた辺りでスピードを落し、近くに立っていた体育祭実行委員会の生徒の前に小走りで向かう。

 そして。


『はい。これでお題はオッケーだよね?』

「え?ええ?」


 ツキコの手渡した紙とオレを見比べて、目を白黒させる生徒。

 ツキコはチラリと後方を振り返り、他の選手が近づきつつあるのを見ると、ズイっと実行委員会の生徒に詰め寄った。


『・・・何か文句があるのかな?それとも・・・キミなら彼に勝てるのかな?』

「ひっ!?と、とんでもないです!!どうぞお通りください!!」

『ありがとう!!・・・おい、行くぞ。ここまで来て一着を逃すのもつまらん』

「はぁ・・・オレももう乗りかかった船だよ。しょうがねぇな」


 そのまま、オレとツキコはゴールテープを2人で切った。

 ワーワーと拍手喝采を受け、柔らかく微笑む・・・フリをするツキコ。

 そんな真似をするくらいなら、適当な順位で通過しときゃよかったのにと思うが・・・それはまあ、白上さんらしくないか。

 そうして、人混みから解放されたオレたちは2-Dのテントまで歩く。


「おい。さっきのは借り物競走だろ。お題は何だったんだよ?」


 さすがのオレももう気付いているが、ツキコがオレを引っ張ったのは、オレが借り物競走のお題だったからだろう。

 しかし、どんなお題だったらオレを引っ張ることになるのだろうか。

 そう思いながら聞くと、ツキコは『フンっ』と鼻で笑った。


『なんだ?さっきの生徒の反応で気付かなかったのか?『顔面が凶器な人』に決まっているだろう』

「いや嘘付くなよ。体育祭のお題でそんな悪意まみれのが出るワケねーだろ」

『チッ。さすがに気付くか・・・正解は、『顔が怖い人』だ』

「いやいや!!それも嘘だろ?体育祭でそんな・・・いやでも、さっきのヤツの反応考えたら、ありえなくはない、のか?」

『・・・自分で言ってて、悲しくならないのかお前。前々から思ってたが、残念な頭してるな』

「うるせーよ!!誘ってきた本人が言うんじゃねぇ!!っていうか、その反応だと顔が怖い人も嘘だろ!!オレをコケにしたいからって無理矢理引っ張り出すんじゃねぇよ!!白上さんには友達たくさんいるんだからそっちから連れてこいよ!!」

『ええい、さっきからやかましい!!私が私のまま会話するのなんてほぼお前なんだから、大抵のお題はお前になるわ!!他の人間のことなんぞいちいち覚えていられるか!!』

 

 ギャーギャーと小声で騒ぐオレたち。

 そのとき、一陣の風が吹いた。


「お?」

『あ』


 オレの前に、ツキコの手から吹っ飛んできた紙が舞っている。

 オレは、反射的に手を伸ばして・・・


『フンっ!!』

「ああっ!?」


 オレの手が届く前に、ツキコが紙をつかみ取った。

 そのまま、折りたたんでポケットにしまってしまう。


「なんだよ。見せてくれてもいいじゃんか。オレ当事者だぞ」

『・・・フン。私はこのままならお前が白上羽衣に振られるのが確定だと確信したよ。少しは気の遣える男になったらどうだ』

「あ?どういう意味だコラ」

『そのままだよ。お前、どんな青春を送ってきたらそこまで察しが悪くなれるんだ?』

「なんだとぉ?」


 ツキコが何を言いたいのか、何もわからない。

 そんなオレを心底馬鹿にするような目で見てくるツキコ。

 その視線に腹が立ったオレは、応援席に戻るまで、ツキコと言い争いを続けた。

 ・・・そのせいで、オレはツキコのお題がなんなのか、結局知ることはできなかったのであった。


(・・・『頼りになる人』か。まあ、消去法だな。うん。消去法)


 そして。


「やっぱり『敵』、なのかな?うん。間違いなく『敵』だね」


 G組の方から響く低い声にも気付くことはなかったのであった。

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