第39話 舞札祭一日目
季節は6月上旬。
そろそろ梅雨に入るかという時期だが、本日は晴天。
そんな絶好の運動日和に、オレは、いや、オレたち舞札高校の全生徒はグラウンドで整列していた。
オレたちの視線を受けるのは、頭頂部がちょっと寂しい感じになった、我らが舞札高校の校長である。
大勢の生徒の視線など浴び慣れているのか、校長は特に気負った様子もなく『本日はお日柄も良く・・・』といった定番の台詞から、『この梅雨の時期にこうも晴天が続くのはワシが若い頃にはなかった~』というどうでもよい昔話に派生。さらに『昨今の消費社会の加速から気候変動が進んでおる。地球温暖化を抑制し、未来に住みよい環境を残すことが我々今を生きる世代の義務であり~』などという体育祭と関係のない話題に移り、そこから『気候変動対策に予算を割り振るべきだというのに、防衛費が~』だとか『政府の未消化の予算を財源とすべきであり、増税など~』と現政権の批判になった辺りで、生徒の大半は誰も話を聞いていなかった。
そして。
『え~、それではただいまより、第44回舞札高校体育祭を開始する』
と、体育祭の開始を宣言するのだった。
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「相変わらず校長の話マジでクソつまんないよな」
「あっちぃ~・・・まだ走ってないのに汗かいてんだけど」
「生徒どころか先生も話聞いてなかったろ、あれ」
「最初の競技は、運動部対抗の障害物競走か。オレたちの出番はまだ先だな」
オレたち2-D組はぞろぞろと応援スペースに向かって、パイプ椅子に腰掛けていた。
この舞札祭一日目である体育祭の主役は運動部。
文化部であるオレの出番はない。
「伊坂、お前明日が本番だろ?準備大丈夫なのかよ?」
「そうそう。お前のオカ研、人数少ないんだろ?」
「大丈夫だよ。オレらは人数少ない分、連休から準備してたから」
舞札祭二日目の主役は文化部であり、オレと黒葉さんは昨日まで準備に明け暮れていた。
父さん母さんに運んでもらった荷物を使ってオカ研の部室を少しずつ飾り付けしたり、占いのやり方を見直したり。
だが・・・
(・・・衣装合わせだけは、オレしかやらなかったんだよな)
用意したものの中には、明日の開会式から使う衣装もある。
しかし、昨日の最終確認では、オレしか衣装を着なかったのだ。
障害物競走の準備がされている間は暇だったので、少し昨日のことを思い出してみる。
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『ワ、ワタシは、自分で先に確認をしましたから。この衣装は、本番でお見せします!!そ、それに!!ここで着替えるのは、ちょっと、は、恥ずかしいので・・・』
衣装が入ってる紙袋を胸元でかき抱きながら言う黒葉さん。
オレとしては、そう言われてはしょうがない。
それに、服が似合っているかどうかの判断など、ファッションセンスに乏しいオレの主観でしか評価できないからやる意義は薄い。
その点、前にショッピングモールに行ったり、家に遊びに行ったときの黒葉さんの服装を見るに、黒葉さんがOKを出したのならそれで問題はないように思える。
『じゃあ、オレは男子トイレで着替えてくるよ。ちょっと待ってて』
そうなると、着替えるのはオレ1人のみ。
男子たるオレなら、別にどこで着替えてもそこまで恥ずかしいとは思わないが、黒葉さんの前で着替えるのはさすがにナシだ。
オレの裸なんぞ、黒葉さんは見たくもないだろうし、万が一服を脱いだオレと黒葉さんが一緒の部屋にいるところを見られれば、その瞬間オレは性犯罪者扱いされることは確定である。
だから、オレは近くにある男子トイレにでも行こうと思ったのだが・・・
『だ、ダメです!!』
『え?』
顔を真っ赤にした黒葉さんが、叫ぶようにそう言った。
『え?なんで?』
『え?えっと、それは・・・そう!!ここから男子トイレまで、少し距離があります!!私たちのコスプレは、サプライズなんです!!本番ギリギリまで、誰かに見られるリスクは避けるのがベストです!!』
『そりゃまあ、そうかもしれないけど・・・それじゃあ、この部室で着替えていいってこと?』
『どうぞ!!はい、どうぞ!!ワタシ、目隠ししておきますから!!』
食い気味に返事をする黒葉さん。
シュバッと壁の方を向き、『見てませんよ~』というように、目元を手で覆った。
・・・気のせいか、なんか隙間が空いてるような気がするが。
っていうか、黒葉さんがこの部室をいったん出ればいいんじゃないだろうか・・・いや、まあ、万が一また変な連中が来たらマズいか。
『じゃあ、ちょっと失礼するよ・・・よっと』
『はわわわわっ!?・・・す、すごい背筋それにい、伊坂くんの、パ、パンツ』
一応、黒葉さんに背を向けてからワイシャツを脱ぎ、ズボンも下ろしてパンツ一丁になる。
背後から慌てたような声と、熱烈な視線、ボソリと呟くような声が聞こえた気がしたが、パンツ一丁状態から抜け出すために今は気にしないことにする。
『しかし、こんなのオレに似合うのかねぇ・・・』
取り出した衣装は、なんというか、まあ、オレには似合わなそうな感じの服だ。
気に食わないが、G組にいたあの演劇部のヤツなら似合うんじゃないかという、そんな感じの衣装。
『に、似合いますよ!!このワタシが保証します!!は、早く着てみてください!!』
『あ、うん。よし、着れ・・・』
『や、やっぱり似合います!!』
『おわっ!?』
オレが服を着終わり、黒葉さんに着終わったと声を掛けるよりも前に、黒葉さんが身を乗り出してオレを頭の先からつま先まで首を上下に何度も動かして見回していた。
『うん、うん!!伊坂くんは筋肉質だし、肩幅広いし、背も高いから絶対に似合うと思ってたよ!!贅沢言うならもうちょっとゴツゴツした鎧みたいなパーツとか欲しかったけど、やっぱり調達が難しくて・・・土属性の魔法が使えればどうにかできたのに。あ~、でもやっぱりカッコイイ!!できれば、他の人には見せたくないなぁ・・・』
『ちょ、ちょっと黒葉さん!?』
『へ?・・・あ、ご、ごめんなさい!!』
普段の敬語をなくし、早口でオレの格好を評価する黒葉さん。
なんか父さん母さんを思い出すノリだったので、早めに鎮火させる。
・・・前々からうっすら思ってたけど、黒葉さんって素だと敬語じゃないんだろうか。
『と、ともかく!!安心してください!!伊坂くんの衣装はとっても似合ってます!!バッチリです!!』
『あ、うん。よかったよ』
黒葉さんなら、オレに下手なお世辞や嘘はつくまい。
その辺りは黒葉さんは信頼できるので、オレはちょっと安心した。
『じゃ、じゃあ次は演技指導ですね!!』
『え、演技指導?』
ちょっと気を抜いていると、その隙を突くかのように黒葉さんがたたみかけてきた。
『はい!!伊坂くんはその格好で本番を過ごすんですから、それにふさわしい仕草ができるようにならなきゃいけないと思うんです!!』
『ま、まあそれはそうかも?』
確かに、格好はよかったとしても、その格好でオレが尻をボリボリ掻いたり鼻をほじったりしたら台無しだろう。
『と、というわけで!!今からワタシが言うとおりにしてみてください!!ま、まずは、ワタシが椅子に座っているので、床に膝を突いて手を差し出しながら、ひ、『姫様、貴女はこの私が一生をかけてお守りします』って!!』
『ええ・・・いや、いいけど』
顔を真っ赤にしながらも、興奮したようにまくし立てる黒葉さん。
なんか偉く具体的だ。
演技指導するのは思いつきっぽかったのに、台詞や動きはまるで日頃からそんな感じのシチュエーションを思い描いていたかのよう。
『ど、どうしました?は、早く!!早くお願いいたします!!』
『う、うん・・・コホン。ひ、姫様、貴女のことは、この私がこの命をかけてお守りいたします・・・』
『っ!?は、はわわわわ・・・せ、台詞は違うけど、それはそれでOK・・・いや、でも!!命をかけてなんて言っちゃダメです!!ワタシだけ助かっても意味なんてないんだから!!伊坂くんとワタシの2人が生き残らなきゃダメです!!リテイクを要求します!!』
『う、うん。わかったよ・・・』
台詞を守れなかったオレも悪いが、ものすごく細かく具体的なビジョンが黒葉さんには見えているようである。
っていうか、配役がいつのまにか王子様とお姫様からオレと黒葉さんに置き換わっていたが、それほど熱が入っているのだろうか。
これは、黒葉さんの指導を忠実に再現しなければ長引きそうだ。
そして・・・
『もっと、もっと情熱的な感じで!!お姫様をエスコートする王子様みたいな!!』
『い、今、王子様とお姫様はワルツを踊ってるんですから、それに合った感じで!!』
それから日が沈む寸前まで、オレは黒葉さんの演技指導に付き合ったのだった。
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「なかなか、すさまじい時間だったな。まさか黒葉さんがあそこまで本格派だったとは」
あのときのことを思い出すと、オレはまだまだ黒葉さんのことを知れていないのだなと思う。
黒葉さんはオレの数少ない女の子の友達だが、意外な一面を見た感じだ。
「女の子の友達といえば、魔女っ子も昨日は様子が変だったな」
黒葉さんの演技指導で、なんだかんだオレも時間を忘れて熱中していたのだが、そのせいでだいぶ時間を食ってしまったのだ。
当然、オレは慌てた。
しかし、黒葉さんを放って帰るわけにもいかなかった。
なにせ、日が落ちかけているのだから、不良のことがなくても女の子の1人歩きは避けるべき時間だ。
『くっ、しょうがないか。黒葉さん!!今日は結構急いで帰るけど、いい!?実は、オレ夕方に用事があるんだ!!』
『え?は、はい。それは大丈夫ですが・・・』
『よし!!それじゃあ、こんなことを頼むのは心苦しいけど、今日はおんぶして帰っても・・・』
『OKです!!』
『ありがとう!!』
黒葉さんから了承が得られたので、オレは学校を出て裏道に入ると、黒葉さんをおぶった。
小柄な黒葉さんだから、おぶっても動くのに支障はないし、なにより軽い。
『あ、あの!!ワ、ワタシ重くないですか・・・?』
『大丈夫!!全然軽い!!あと、今日は本当に時間がないから、かなり飛ばすよ!!振り落とされないようにしっかり掴まっててね!!』
『は、はい・・・ってきゃぁああああああああああっ!?』
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!』
そして、オレはすべての力を走ることに集約し、全力で駆けた。
黒葉さんが振り落とされまいと『ギュッ』と抱きついてきたが、それすら気にならない。
残念だが黑葉さんがどれほど願おうが、黒葉さんの細腕ではオレを締め落すことはできないのだ。
『待っててくれよ!!今すぐ行くから!!』
『い、伊坂くん!!も、もうちょっとゆっくりぃいいいいいいいっ!?』
そうして、オレは黒葉さんを高速で家まで送り届け、すぐさま舞札神社の石段まで急いだのだが・・・
『い、いない!?先に境内に向かったのか?いや、まさか、怪異に・・・!?』
普段なら、とっくに魔女っ子が着いていてもおかしくない時間だ。
だというのに、そこには誰もいなかった。
『くそっ!!早く行かなきゃ!!』
急いで境内の奥に行くべく、オレは変身した状態での身体能力にまかせ、森の中をショートカットしようとして・・・
『カァッ!!』
『お前は、アカバっ!?』
オレが来た方から何かが飛んできたかと思えば、オレの肩に止まった。
なんだか呆れたような声で鳴くそのカラスは、魔女っ子の使い魔であるアカバだ。
『おいアカバ!!魔女っ子は大丈夫かっ!?今日は来るのがだいぶ遅れちゃったけど、もしかして・・・』
『クワァ~・・・』
まくし立てるオレに対し、『ヤレヤレ』と言わんばかりに首を振るアカバ。
妙に人間くさい仕草である。
しかし、魔女っ子の使い魔であるアカバがこんな余裕のある態度なのだ。
ならば・・・
『カァッ!!』
『え?あっちを見ろって?』
唐突に、アカバが一声鳴いてから、顔をオレが走ってきた方に向けた。
すると・・・
『はぁっ、はぁっ・・・お、遅れました』
『魔女っ・・・魔術師さん!!大丈夫だった!?ごめん!!今日オレ遅れちゃって!!』
息を切らせて、魔女っ子が走ってきた。
・・・こんなときに思うのも何だが、最近はこの子も体力が付いてきたのか、以前よりもあまり疲れていないように見える。
『い、いえ、気にしないでください・・・ワタシも今日は用事があって今来たところでしたから・・・伊坂くんが遅れたのもワタシのせいだし』
『え?・・・まあ、いいや。それより大丈夫?なんともなかった!?』
『はい。強いて言うなら、家からここに来るまでの間が一番危なかったかもしれませんが・・・今日は、夕方まではとっても安全なところにいましたから』
『そうなの?・・・そんな場所があるなら、これからはそこを拠点にすればいいんじゃない?』
『え?あ、いや、そのっ!!安全は安全なんですけど、死神さんといるのと同じくらいですから今のままで大丈夫ですよ!!今日は例外みたいなモノでしたし!!』
『そうなんだ・・・まあ、それなら』
見たところ、魔女っ子に怪我はない。
安全な場所にいたのは本当のようだ。
『本当に、キミに何かなくて良かったよ・・・』
『いえ・・・やっぱり、死神さんはワタシのこと、すごく心配してくれるんですね』
『当たり前だよ!!まだ一ヶ月と少しだけど、それでも毎日会ってるんだし、その、相棒みたいなもんだろ?キミに何かあるのは、絶対に嫌だよ』
『死神さん・・・!!』
勝手に相棒とか言ってしまったけど、魔女っ子は嬉しそうにしてくれていた。
この子がオレに嘘を着くなど想像もできないので、本心からそう思ってくれているのだろう。
オレと魔女っ子が知り合ってから、そこまで長い時間が経ったわけではない。
けれども、オレと魔女っ子は共に数々の修羅場をくぐり抜けてきた仲だ。
付き合いの濃さでいえば、黒葉さんと同じくらいかそれ以上だろうし、オレの友達とも相棒とも言える存在と言っていい。
そんな魔女っ子が危ない目に遭うのは、絶対に嫌だった。
『でも、オレとキミで連絡手段がないのはやっぱり厄介だよな・・・もう、キミにならオレのことを教えても、オレは』
『・・・待ってください』
『え?』
オレと魔女っ子は相棒のようなものだと自分で思ったばかり。
もうオレは、魔女っ子に自分の正体がバレたところでそれを言いふらされるなんて思っちゃいない。
ならば、オレのことを教えて、より連携を強化した方が魔女っ子の安全に繋がるんじゃないかと考えたのだが、魔女っ子から待ったがかかった。
『死神さんが自分から正体を教えようとしてくれたこと、とっても嬉しいです。でも、もうちょっとだけ・・・後二日、待ってくれませんか?』
『あと、二日?』
『はい・・・あと二日経ったら、ワタシも正体を教えます。だから、今はまだ』
『・・・キミがそう言うなら』
何故あと二日なのだろう。
舞札祭が終わるのはちょうど二日後だが、小学生である魔女っ子には関係ないから舞札祭は理由ではないだろう。
まあ、魔女っ子の方も自分の正体をバラしてもいいと思うほどにオレを信じてくれているというのは嬉しいし、それならばその二日間くらいは待つとしよう。
『ところで、今日はもう日も暮れそうだけど・・・もう怪異って出ないかな?』
『・・・もしかしたら、まだ出るかも知れません。念のため、境内までは行きましょうか』
『うん』
そして、オレと魔女っ子は境内まで行き、しばらく待ったが、怪異は出てこなかったのだった。
『最近、また怪異が出なくなったね。小アルカナがたまに出るくらいで』
『そうですね。前は、レベル6の『吊された男』、『女帝』が連続で出てきた時で、その後には『皇帝』と『女教皇』が出てきました。もしかしたら、今回も同じかも知れません。いえ、前よりも大アルカナが出てこない時期が長いですし、もっと強い大アルカナのラッシュが来るかも・・・?』
『なら、やっぱりいつも連絡を取れるようにしないとね』
『・・・はい』
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「おい伊坂!!次はクラス対抗の競技だぜ」
「ん?そうなのか・・・本当だ。二年生でクラス対抗のリレーか」
記憶を振り返ってる内に、だいぶ時間が経っていたようだ。
もう、オレも出る競技が始まる。
「伊坂、お前アンカーの1人前だろ?緊張してるか?」
「まあそりゃ、ちょっとはな。でも、身体を動かすのは性に合ってるし、言っちゃ何だが自信はあるから大丈夫だ」
「お前、文化部なのが信じられないくらい運動神経いいもんなぁ」
クラス対抗リレーは、今まで体育の授業で練習してきた。
オレは昔から身体能力には自信があったが、今年はクラスのみんなと打ち解けられたこともあり、アンカーの1人前という責任の重いところを任せてもらえている。
「あ、伊坂君!!頑張ろうね!!」
「白上さん!?う、うん!!オレ、頑張るよ!!」
選手の控えゾーンに入るオレだったが、アンカーの1人前ということは、すぐ後ろにはアンカーが来るということ。
そして、我がクラスのアンカーは、陸上部のエースたる白上さんだ。
(父さん、母さん。オレを強い身体に産んでくれて、本当にありがとう)
体育祭でもこの並びになれたのは、オレの運動神経がよかったからだ。
心の中で、オレは両親に感謝しつつ、クラスの応援をする。
「いけ~!!山田~!!1人も抜けなきゃお前の性癖暴露すっからなぁ~!!バラされたくなきゃ頑張れよ~!!」
『テメェ伊坂ぁっ!!オレの性癖が『年の差20超えのマダム』ってどこで知りやがったぁ!?』
「え?そうなの?」
「・・・山田君、その、年上が好きなんだね。意外だな」
冗談のつもりで軽く煽ったら、走りながら焦った顔で盛大にカミングアウトする山田。
唐突な性癖の開示によって動きを止めた他のクラスの選手を必死な表情で追い抜いていくが、もう山田の趣味は全学年に知れ渡ってしまった。
「どうしよう。土下座で許してくれるかな・・・」
「伊坂。そういうときはちゃんと詫びの品持ってけよ。後でオレの持ってる熟女モノコレクションでおすすめ教えてやるから」
「・・・鈴木、お前もかよ」
「あ、あはは」
(・・・このアホどもめ)
オレの1人前にいた映画研究部の鈴木が振り返って言ってくるが、うちのクラス、変な性癖持ってるヤツが多いのだろうか。っていうか、鈴木が映画研究部にいるのって、デカいスクリーンでそういうの上映したいからじゃないだろうな。
あの天真爛漫な白上さんもちょっと引き気味だ。
そんなこんなで、いろいろとありつつもオレはクラスメイトの応援をしていたのだが・・・
「あ・・・」
次に走る選手の中に、よく見知った顔を見つけた。
ジャージを着たその子の顔は、嫌そう、というよりも不安そうで、少し怯えたように周りを見回している。
「・・・・・」
「伊坂君?」
突然押し黙ったオレを不思議そうに見る白上さん。
けれど、オレは目が離せなかった。
「・・・・・」
その子がバトンを受け取った。
ちょっと危なかったが、バトンをしっかりと握ったその子は走り出す。
「・・・意外だな。結構速いじゃん」
「あの子、文化部っぽいけど、しっかり練習してるね」
「白上さん、わかるの?」
「そりゃ、私陸上部でエース張らせてもらってるもん。しっかり練習してるかどうかくらいは見れば分かるよ」
オレが思っていた以上に綺麗なフォームで走るその子。
けど、やはり運動が苦手なのか、少しずつ失速していく。
そして、そこに、後ろから他の選手が来ようとしていた。
「・・・チッ、あいつら」
オレは、G組の方を見る。
しかし、そこの連中はリレーをろくに見もしなかった。
さっきまでは、友達の応援くらいはしていたくせに。
そうこうしているうちに、その子と後ろの選手との距離がどんどん縮まっていって・・・
気付けば、オレは立ち上がって叫んでいた。
「頑張れ!!部長ぉおおおおおっ!!」
『っ!?』
「い、伊坂?」
「伊坂君?」
『・・・フゥッ!!』
突然の大声に、周りが驚く中、オレとその子の、黒葉さんと目が合った。
そして、驚いていた顔に嬉しそうな微笑みを浮かべると、前を向いて走り出した。
後ろの選手との距離は開いていき、その代わりというように前の選手との距離は縮まっていく。
『~~~っ!!』
そして、黒葉さんは次の選手にバトンを渡した。
前の選手を抜くことはできなかったが、抜かされもせず、現状維持はできた。
ゴールでゼェゼェと息を切らせつつ、呼吸を整える黒葉さんに、オレは手を振る。
『!・・・ありがとう、伊坂くん』
すると、黒葉さんも微笑みながら、オレに手を振り返してくれたのだった。
「なんだ。意外とやるじゃんか。頑張ったなぁ」
「ねぇ、伊坂君。さっきの子は・・・」
手を振り終わったオレが座ると、白上さんがオレの肩を叩いて聞いてきた。
「うん。オカ研の部長だよ。運動苦手だと思ってたんだけど、白上さんに認められるくらい練習してたんだなぁ」
「へぇ。努力家なんだねぇ」
「ああ。くろ・・・部長は努力家だよ。すごく真面目なんだ。明日のオレたちオカ研の発表、期待してもらっていいよ?」
「そうなんだ・・・うん。楽しみにしてるね」
オレの最近の目的の一つは、黒葉さんの魅力を他の人に知ってもらうこと。
白上さんが黒葉さんのことを気にしてくれるというなら、それほど心強いことはない。
それから、オレは自分の出番が来るまで、白上さんに黒葉さんとオカ研のことを話したのだった。
(アイツが、あの小娘が、そうか。顔は覚えたぞ。しかし、あの女、どこかで・・・?)
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G組の応援スペースで、ワタシは飲み物を飲みながらリレーの様子を眺めていた。
ワタシの順番は前半の方だったが、息を整えたりしている内にもう後半に回っている。
「伊坂くん・・・」
一息ついたワタシは、さっきのことを思い出していた。
チラリと周りを見てみれば、クラスメイトたちは思い思いに走っている選手を応援している。
・・・ワタシの時には何もなかったが、まあ、そんなものはどうでもいい。
ワタシにとっては、伊坂くん以外の全校生徒から応援されるよりも、伊坂くん1人から応援される方が嬉しいから。
事実、伊坂くんの声が届いた瞬間、身体と心の奥底から熱い何かが湧き上がり、力がみなぎったのだ。
そのおかげで、ワタシは普段以上のスピードでゴールすることができた。
「伊坂くん、ありがとう・・・・・え?」
伊坂くんにお礼を言いながら、控えゾーンにいる伊坂くんを探す。
伊坂くんはすぐにわかった。
体格が大きいし、なんというか、醸し出している雰囲気が堅気のソレではないので、1人でいるときよりも他の生徒に紛れている時の方が見つけやすい。
けれど。
(・・・伊坂くん、楽しそうな顔してる)
伊坂くんは笑っていた。
クラスメイトに前からも後ろからも話しかけられて。
今、ワタシ自身が大勢の中にいるから心映しの宝玉を抑える眼鏡をかけているのと、距離があること、そして元々の伊坂くんの体質もあるのか、伊坂くんの胸の灯りは見えない。
でも、伊坂くんはあまり感情をごまかすようなことをしないから、あの笑顔は本当のモノなんだろう。
今も、後ろに座っている白い髪の女の子に話しかけられて、嬉しそうにしていた。
(・・・モヤモヤする。なんか、やだ)
気に入らない。
さっきまで暖かかった心の中が、急速に冷えていくのを感じる。
心の奥から、冷たくて、黒いモノがしみ出してくるのがわかる。
--魔女は悪い人じゃなくて、魔法を使える女の人なんだから。だからね、鶫。お前が、よく考えて、その力を正しいことに使えるなら・・・
・・・ワタシは、おばあちゃんの言葉に従って、『いい子』で生きてきた、と思う。
人間が好きではないけれど、周りになるべく合わせるように努力は続けてきた。
だから、『こんなこと』を思うのは良くないというのもわかっている。
けれど、思わずにはいられなかった。
(・・・人間のくせに)
人間は人外を避ける、疎む、嫌う。
人間と人外は相容れない。
それが、この世界のルールだ。
(どうせ、伊坂くんのことを知ったら離れてくくせに。だったら、最初から伊坂くんに近づかないで・・・っ!?今、伊坂くんの肩触ったっ!?ず、ずるい!!)
いやに馴れ馴れしいその女の子が、ベタベタと伊坂くんに触るたびに、ワタシの中の何かが軋んでいく。
だが、幸か不幸かワタシの限界が来る前に、伊坂くんはその場を離れた。
(やっと、伊坂くんの番か・・・)
伊坂くんがスタート地点に立ったのを見て、ワタシはホッと一息つく。
あれ以上、伊坂くんがあの女の子と話しているところなんて、見たくなかったから。
(・・・今、D組の順位は5位。後、4人か)
二年生のクラスは、A組からH組までの8クラス。
D組は一時は上位にいたのだが、途中で段々と順位が落ちてしまっていた。
ちなみにG組の順位は2位と健闘しているが、あまり興味はない。
そして、伊坂くんがバトンを受け取る番が回ってくる。
(さっきは、伊坂くんが応援してくれた・・・大きな声を出すのは苦手だけど、今度はワタシの番!!)
ワタシは、自分の席から立ち上がった。
「が、頑張って!!伊坂くん!!」
『!!』
ワタシの声は、そう大きなモノじゃなかった。
でも、伊坂くんは、立ち上がったワタシの方を見て、ワタシと目と目を合わせて、ニィと笑った。
「行くぜ!!・・・うぉおおおおおおおおおおっ!!!!」
「「「「っ!?」」」」
次の瞬間、まるで全校生徒が止まったかのように押し黙った。
大きな漆黒の影が、すさまじいペースで駆け出す。
伊坂くんが一歩一歩踏み込むたびに地面からビリビリと衝撃が伝わるかのようだった。
その迫力はまるで鬼のようで、思わず振り返ってしまった前方の選手たちが凍ったかのように固まる。
だが、前の選手が止まろうが走り続けようが、変わりはなかったに違いない。
「りゃあああああああっ!!」
それほどまでに、伊坂くんは速かった。
「が、頑張れ~!!」
そんな中、ワタシはまたも叫ぶ。
伊坂くんに会う前のワタシだったら、全校生徒の見てる前で叫ぶなど絶対に無理だった。
でも、今はできた。
「そ、そうだ!!いけ!!伊坂!!」
「オレの趣味ばらした責任くらい取りやがれ~!!」
「いや、それは山田の自爆だろ」
まるでワタシの声が呼び水になったかのように、D組の生徒が立ち上がって応援する。
そしてそれに対抗するように、他のクラスも動き出した。
「頑張れ~!!」
「いけ~!!」
「抜かれるな~!!」
「先輩~!!頑張って!!」
いつの間にか、学校中の生徒が湧き上がっていた。
選手たちは、みんな火が付いたかのようにスピードを上げる。
「いけ伊坂!!白上さんが待ってるぞ!!」
「そうだ!!白上さんのとこに突っ込め~!!」
『っ!?うおおおおおおおおっ!!』
縮むペースが緩まっていたのが、伊坂くんの加速によって早まっていく。
(あれは、魔力?)
そのとき、ワタシには見えた。
伊坂くんの身体から、少しだが黒い魔力が噴き上がるのが。
そして、ただでさえ速かった伊坂くんの加速がエンジンでも付けたかのように上がり、選手たちをすべて追い越して、ゴールに立っているあの白い髪の女の子に向かっていき・・・
『ヒッ!?』
『っ!?お前っ!?』
(何っ!?今、なにか変だった)
一瞬、ワタシの眼に違和感があった。
あの白い髪の女の子の周囲が、モザイクでもかけたように歪んだように見えたのだ。
本当に一瞬で、もしかしたら見間違いかもしれないが。
『とにかく受け取れっ!!』
『なんで私がこんなところで・・・ええい!!やってやる!!』
ワタシが驚いていると、伊坂くんはバトンを渡し終えていた。
白い髪の女の子は、なぜだかしかめっ面をしていたが、美しいフォームでもって、グラウンドを猛スピードで駆けていく。
あの女の子のことは気になる。
しかし、それよりもワタシにはやることがあった。
「お、お疲れさまです!!伊坂くん!!」
『ありがとう、黒葉さん!!』
ワタシは、伊坂くんがそうしてくれたように、走り終えた伊坂くんに向かって大きく手を振った。
すると、伊坂くんは笑いながら、同じように手を振り返してくれたのだった。
(・・・さっきの子)
伊坂くんが応援席に戻っていくのを見送ると、あの白い髪の女の子がゴールのすぐ近くに来ていた。
このままなら、まず間違いなくD組の優勝だろう。
けれど、リレーの順位よりも、気になることがあった。
(やっぱり、『何か』が違う。伊坂くんと話してたときと、何かが・・・ん?あの子の髪)
見事にゴールテープを切った白い髪の女の子だが、控えゾーンで伊坂くんと話していたときと、何かが違った。
遠目だし、眼鏡を掛けているから正確にはわからないが、やはり違和感がある。
だが、あの女の子を見ていると、別のことが気になってきた。
(あの子の髪・・・前に、伊坂くんに付いてたのと同じ?)
あれは忘れもしない、伊坂くんが昼休みにオカ研に来るのが遅れた日。
伊坂くんと仲直りして、教室に帰っている途中で、伊坂くんの肩にゴミが付いていると思って取ったときに見つけた髪の毛。
内の高校はハーフの生徒がいたりするし、ちょっとヤンチャをして髪を染めている子もいる。
だから、銀色の髪の毛が付いていても、そんなこともありえなくはないと思った。
だが、今ははっきり分かる。
あの日、伊坂くんに付いていた髪の毛は、あの女の子のものだ。
(・・・確か、『白上さん』って呼ばれてたよね)
さっき、応援の中にいくつも混ざっていた名前を思い出す。
伊坂くんが走る前に、馴れ馴れしく話しかけたり、触れていたことも。
(伊坂くんとワタシは、もうすぐ、後少しで結ばれる。でも・・・)
ワタシの眼に映った、奇妙な違和感。
リレーの前後で異なる雰囲気。
それらは確かに気になる。
だがそれ以上に、ワタシの中のすべてが警鐘を鳴らしていた。
・・・これまで、ワタシは敵意について受動的だった。
人間に敵意を覚えることはあっても、それは先に敵意を向けられたからだった。
(『白上』・・・覚えたよ。絶対忘れないから)
けれどその日、ワタシは生まれて初めて、ワタシの方から敵意を持った。
ワタシの伊坂くんにベタベタと寄りつく、『外敵』として。
-----
あとがき
カクヨムだと感想ほとんどもらえてないので、催促をば。
感想ください!!
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