第38話 舞札祭準備2

『ほう?ずいぶんと上手くなったではないか。まだ多少の粗さはあるが』

「ああ。最近コツを掴めたって感じだ」


 舞札祭が間近に迫る5月の下旬。

 今日も、オレは休み時間にツキコと魔力操作の練習をしていたのだが、最近になってやっと『魔力を流す』ということができるようになってきた。

 きっかけは、G組の連中に黒葉さんが胸くそ悪いつるし上げをくらっていた時だ。


(あのとき、頭がカッとなって、全身から黒い魔力が噴き出るのが見えたんだよな・・・)


 魔力とは、精神力や生命力が魂という超高密度の情報集合体の影響で変質したエネルギーだと魔女っ子やツキコに聞いたことがある。

 正直意味は半分くらいしかわかっていないが、感情によって大きく影響を受けることだけは理解していた。

 そして、あのとき自分の身体からドス黒い魔力が噴き上がりそうになったとき、オレは本能的に『ヤバい』と思った。


『このままだと黒葉さんがヤバい!!』


 もしもこの黒い魔力が黒葉さんに触れたら大変なことになると本能的に察したオレが、噴き出る魔力をどうにかしようとした瞬間、魔力が大人しくなったのだ。

 それまで、ツキコの教えに従って、『死閃デス・ブレイド』を応用した練習を続けていた成果だったのだろう。

 本当に、黒葉さんに何もなくてよかった。


「一度身体から魔力が溢れそうになってさ。それをどうにか抑えようとしたらできて、それで魔力が出る感覚と引っ込む感覚がわかったってところだな」

『お前の魔力が噴き出そうになったのか?下手したら死人が出ていたぞ・・・』

「まあ、死人はさすがにあれだけど、少しくらいは痛い目見せたかったかもな・・・おっと」

『む。感情が少し乱れたな。細やかな魔力制御を行うときは、感情のコントロールが重要だ。それは戦闘のときでも同じ。常に冷静でいろ』

「その辺は喧嘩と同じだな・・・わかったよ」


 G組の連中のことを思い出したら腹が立ってきたが、それで魔力の制御がブレたようだ。

 ツキコと繋いだ手から、黒い靄のようなモノが霧散する。

 ・・・魔力制御がある程度できるようになってから、ツキコが抱きついてオレの魔力を操作することはなくなった。

 そのため、最近は手を繋いで行う練習ばかりなのだが、少し複雑な気分だ。


(中身はツキコだけど、身体は白上さんだもんな。白上さんの意識がないときに好き勝手してるみたいで罪悪感はあったけど、ないならないで勿体ないことしたような気がする)


 一度上がった水準を下げるのは難しい。

 白上さんの温もりや柔らかさ、香りを知ってしまったオレは、この先やっていけるのだろうか。


『何を考えているのだこのスケベが』

「んなぁっ!?い、いきなり何だよ!オレがどうやってスケベだって証拠だよ!?」

『自覚がないのか?お前、やらしいことを考えてるときに、魔力が鼻の下に集まってるぞ』

「え?マジで!?」


 オレが何を考えているのか見透かしたようなツキコに、オレは動揺して思わず鼻の下に手をやる。


『・・・というのはウソだ。かかったなマヌケが。自己紹介ご苦労様。まあ、お前がいかがわしいことを考えてるのがなんとなく分かるのは本当だがな。お前、顔に出やすいからな』

「ぐ、ぐぬぬ」


 ニヤニヤとサディスティックな笑みを浮かべながらオレを詰るツキコ。

 反論したいところだが、今のところすべて図星なので何も言い返せない。

 そんなオレを見て、ツキコは益々笑みを深めていた。

 反撃できない相手を一方的にいたぶって笑うとか、本当に性格の悪い奴である。


『おおかた、魔力操作がうまくいくようになって、私が抱きつかなくなったのが寂しいのだろう?ん?』

「う、うるせぇよ!!んな訳あるか!!今の白上さんはお前に操られてるんだから、抱きつくのだって無理矢理やらせてるようなもんだろ!!だってのに喜べるかよ!!」


 白上さんの身体に抱きつかれなくなったのを惜しむ気持ちは、オレも男であるからして、まあ、確かにないとは言えない。

 けれど、それは白上さんの意志を無視しての行為であり、その必要がなくなったのならば、無理矢理してもらっても罪悪感が募るだけだ。

 確かに惜しいし寂しいが、その罪の重さにオレは耐えられなくなるだろう。


『・・・女を浚ってレイプしてそうな見た目のくせに無駄に純情だな、お前』

「うるせぇよ!!純情で何が悪い!!無理矢理する方がよっぽどタチ悪いだろうが!!」

『まあ、それはそうだし、私としては好都合なんだがなぁ・・・お前の口から『純情』とか言われると、その、率直に言ってキモい』

「お、お前なぁ・・・!!」


 ニヤニヤ笑いを消して、割と本気で引いているツキコに、さすがのオレも少しイラッときた。


「あのな?オレはこんな顔だから怖がられるとかは慣れてるけどよ。それでも傷つかないわけじゃねぇんだぞ?お前が白上さんの中にいてよかったな・・・お前の本当の身体があったら、マジで浚ってたぞ」

『っ!?』


 意図的に魔力を少し放出して、脅しをかける。

 もちろん、怒ってこそいるが、本気ではない。

 ツキコに言った通り、オレは色々言われることには慣れているし。

 普段ツキコに口で反撃したところで大した成果は得られていないが、この闇属性の魔力とやらを出しながらなら、少しは効き目もあるかもと少しばかりの好奇心が首をもたげたのである。


(まあ、少しくらいビビってくれればオレも少しは腹の虫が・・・ん?)

 

 反撃が返ってこない。

 いつもなら、オレが言い返せばすぐにレスポンスがあるのだが。

 オレは、ポカンとした表情をするツキコの顔を、まじまじと見つめる。

 するとツキコの、いや、白上さんの白い肌が、見る見る内に真っ赤に染まっていった。


『な、なな、なななな・・・!!何を言っているこの強姦魔が!!ド変態!!スケベ!!恥を知れ!!』

「お、おう?」


 ガタンっ!!と音を立てて椅子から立ち上がり、こちらに指を突き付けながら吠えるツキコ。

 思った以上の反応に、オレの方が面食らってしまった。


『し、白上羽衣の身体を好きにしたいならわかるが、『このツキコ』に劣情を向けるなど!!冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ!!』

「いや、その台詞思いっきりブーメランだからな?っていうかお前、経験豊富なんだろ?このくらいで取り乱すなよ」

『やかましい!!人を売女のように言うな!!それは私が取り憑いてきた魔女たちの経験を読んだからで、生前の私は・・・はっ!?』


 何事かをまくしたてるツキコだったが、途中で何かマズいことを言おうとしたのに気付いたかのように、ピタリと口を止めた。

 まさか、コイツ。

 

「お前さ、あれだけ偉そうなこと言ってたのに、もしかして・・・」

『~~~っ!!?だ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇっ!!!』

「うおっ!?お、おい!!その光は止めろ!!当たったら痛いだろうが!!」

『痛くするためにやっておるのだ馬鹿者がぁっ!!!』


 拳に光を纏わせて、殴りかかってくるツキコ。

 前に年齢のことを言ったときに喰らったからわかるが、コイツの光属性の魔力は地味に痛いのだ。

 元々するつもりもないが、オレは契約でツキコを傷つけられないから防戦一方になるけれども、コイツの身体である白上さんの運動神経は抜群。

 軽やかなフットワークから繰り出される素早いジャブは、オレのガードをすり抜けてべしべしと小ダメージを蓄積させる。


(なんでこうなった!?クソっ!!こんなことなら我慢しときゃよかった・・・)


『とぅおおおおおおおおおっ!!』

「ちょっ!?お前っ!?マジでやめろ・・・・!?」

『むっ!?』



--ピリリリリリ



 突如、オレのズボンのポケットから電子音が鳴り響く。

 その音を合図にしたように、ツキコの攻撃が止まった。

 これはチャンスだ。


「で、電話だ。悪いが出るぜ」

『・・・フンっ!私との練習があるというのに携帯の電源を切っておかなかったのか。せいぜい好きにしろっ!!』

(なんなんだよ、面倒くさいヤツだな)


 興が削がれたとでも言うように、憮然とした顔になって椅子に座るツキコ。

 殴られなくなったのはいいが、急に不機嫌になってしまった。

 こうなると、コイツは面倒くさいのだが、まあ今は電話の方が先決だ。

 オレに電話をかけてくるのなど、両親か黒葉さんくらいのものだし、早く出なければ。


「あ、母さんか」

『・・・何?』

「な、なんだよ」


 着信画面を見て、予想通り家族からの電話だったからそのまま出たが、なぜかツキコがオレのすぐ隣まで近づいてきた。


『気にするな。そのまま出ろ。待たせているだろう?』

「まあ、そうだけどよ・・・もしもし、母さん?」


 会話の内容を堂々と盗み聞きしようとしている相手がいるのに電話に出るのは抵抗があったが、出ないのも申し訳ないのでスマホをタップして耳に当てた。


『あら、誠二!!今日だけどね、家で聞いた通り3時に西門まで行けるよ』

「うん。わかった、ありがとう。西門まではオレと黒・・・部長で行くから、そこで荷物受け取るよ」

『うんうん!!わかった!!あ、そうだ、父さんも来るからね』

「え?なんで父さんも?今日仕事でしょ?」


 電話の内容は、前に黒葉さんとショッピングモールに見に行って買いたいと思った資材の受け取りについてだ。

 オレは事前に部費を黒葉さんから受け取っており、それを母さんに渡して、買っておいてもらったのである。

 今日、そうして買った資材を車で運んでもらう予定だったのだが、なぜか父さんまで来るという。


『だって、誠二が部活のメンバーと文化祭の準備をするなんて、今までじゃ考えられなかったんだもの!!今日は部長さんも来るんでしょ?父さんもお礼を言いたいって!!会社を早退して来るそうよ!!』

「ええ~・・・大げさだな。そんなに気合い入れられても、部長だって困るよ」

『でも、もう家に向かってるみたいよ?』

「マジかよ、しょうがないなぁ。来なくていいって言ったのに」

 

 オレの父さんは会社勤めをしているが、仕事ぶりは真面目で、休みも必要最低限しか取らず、これまであまり平日に家にいることはなかった。

 その父さんが、わざわざ早退してまで来るという。

 前に家で、『父さんと母さんの2人で行くからな』と言っていて、そのときはオレも頷いた。

 しかし、『そういえば父さん仕事だよな』と思い直し、来ないと思っていたのだが。


『とにかく、3時にそっちに行くからね!!』

「はいはい。わかったよ。それじゃあ、切るよ?こっちももうすぐ授業だから」


 そう言って、オレは電話を切った。


『・・・・・』



--ジィ~



「な、なんだよ・・・?」


 それまで電話に集中していたが、ふと横を見れば、ツキコがジッとオレを見ていた。


『お前の親が来るのか・・・ふむ。おい、誠二。お前の親の顔が見たい。私にも会わせろ』

「はぁ?」


 いきなり何を言うのか。

 オレは思わず半目になってツキコを見るが、ツキコは『何がおかしい?』とばかりに泰然としている。


「なんでお前をウチの親に会わせないといけないんだよ?もしかして、何かする気じゃねーだろな?」


 オレは、またも魔力を放出しながらツキコを睨む。

 ツキコには恩もあると言えばあるが、それでも白上さんの身体を乗っ取っているというのは変わらない。

 そしてそうである以上、オレが完全にツキコを信用することはあり得ない。

 しかし、ツキコはオレの反応を予期していたかのように『フン』と鼻を鳴らした。


『私の目的に、お前が必要というのは何度も言っているだろうが。他のどこの馬の骨とも知れんヤツならともかく、お前の恨みを買うと分かっているのにお前の親に手を出すわけないだろう』

「じゃあなんでだよ?」

『単純に気になる。『死神』に異常な適性を持つ、お前を産んだ人間が。一度、しっかりと見ておきたい。お前にとっても気になる話だろう?』

「・・・そりゃあ、気になると言えばそうだけどよ」


 ツキコの言うとおり、前々から気になってはいた。

 魔女っ子に自分は人外だと言われたときから、『オレの親は普通なのだろうか?』と。

 オレの目から見れば、オレの両親は普通の人間だが、オレの感覚をどこまで信用していいかはわからない。

 かと言って、魔女っ子を会わせるのは色々どうかという話だし、ツキコは論外だ。

 しかし、ここに来て急にチャンスが来てしまった。


「けど、それで何かあったらどうすんだよ?お前・・・そのときどうすんだ?」


 ツキコが論外だと思ったのはそこにある。

 儀式に異常な執念を持つツキコだ。

 もしもオレの親も普通の存在じゃなくて、そして自身の目的に害をなすと判断すれば、コイツはためらいなく手を下すだろう。

 もしもそうなるのならば、オレも容赦はしない。


『・・・わかったよ。ならばここで新しく契約を結んでもいい。『お前の両親に手は出さん』とな。私はリスクの把握をしたいだけだ。何かあるにせよ、お前を敵に回してまで排除しなければならない要素があるとは思えん。そんな存在がいるなら、この儀式はとっくに破綻している』

「・・・わかった。それなら、いい」

『フン、分かればよろしい。さっさと契約を更新するぞ』

「ああ」


 そうして、オレはツキコと前に結んだ契約を書き換えるのだった。



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「・・・どうしたの、黒葉さん?なんか緊張してる?」

「だ、大丈夫です!!い、伊坂くんのご両親に失礼のないようにしますから!!」

「いや、そんなに堅くならなくても。ウチの親は礼儀作法とか緩いと思うから」

「そ、そういうわけにはいきません!!伊坂くんのご両親なんですから!!」


 放課後、舞札高校の西門。

 そこに、ワタシと伊坂くんは2人で立っていた。

 周りにはチラホラと帰宅する生徒がいるが、あまり数はいない。

 もう舞札祭が近いために、全生徒が準備にいそしんでいるからだ。

 つまり、周りに邪魔者はいない。


(そう、伊坂くんのご両親に、いい印象を持ってもらうチャンス!!)


 前々から話は聞いていたが、今日伊坂くんのご両親が来ると聞いて、ワタシは朝から気合いを入れていた。


(だ、だって、ワタシのぎ、義理の親になるかもしれない人たちだもの。それに、伊坂くんをこんなに優しい性格に育てた人たちなら、多分、大丈夫だよね)


 ワタシは人間が好きではないし、あまり関わりたいとも思わない。

 だけど、人間の中にだって優しい人がいるのは知っている。

 伊坂くんを育てたという時点で、伊坂くんのご両親が優しい人格者というのは疑いようがない。

 そして、ワタシと伊坂くんが結ばれたなら、伊坂くんの両親は、その、ワタシの義理の親になるのだ。

 ならば、人間と関わりたくないと言っている場合ではない。

 

(い、今のうちからしっかりアピールしないと!!)


 改めて、自分の格好を見直す。

 服は飾り気のない制服だが、だからこそ少しでも見栄えが良くなるように、予備の新品を着てきた。

 体臭だって、今日はいつもとは少し違うハーブ由来の香水を薄く付けて対策してる。

 髪も身体も、昨日は入念にお風呂で清め、朝には枝毛やムダ毛の処理もした。

 ただ、前髪だけはいつも通り目元までかかってしまっているのが気にはなる。


「め、眼鏡は外すとして、伊坂くんのご両親なら前髪も・・・だ、ダメ!!伊坂くんの前でそれはまだ・・・でも、目元もよく見えない陰気な子って思われるのは・・・」


 ワタシにとって、前髪と眼鏡は他人との壁だ。

 だが伊坂くんのご両親と言うのならば、ワタシもしっかり素顔を見せるべきだろう。

 しかし、もしもワタシの素顔を見たら、伊坂くんはワタシの正体に気付いてしまうかもしれない。

 こんなところでバレるのは、ワタシとしては避けたい事態である。


「うう、伊坂くんには、後夜祭の後でしっかり伝えたいのに。けど、でも、うう・・・」

「あ、来た」

「え!?」


 思い悩むワタシ。

 しかし、もはや悩む時間はなくなったようだ。

 伊坂くんが視線を向ける方を見れば、車が一台西門の前で止まった。

 そして、勢いよくドアが開いて・・・


「「うおおおおおおおおっ!!!」」

「ひぃんっ!?」


 車の中から、すごいスピードで人影が飛び出してきた。

 その速さは、怪異と戦うときの伊坂くんを連想させるほど。

 そんな勢いで迫る2人に、ワタシは思わず情けない声を出してして伊坂くんの背中に隠れてしまう。


「伊坂誠二の父の伊坂誠いさかまことです!!息子がお世話になってます!!」

「伊坂誠二の母の伊坂一美いさかかずみです!!まさか誠二に女の子の友達ができるなんて・・・本当にありがとう!!」

「は、はぁ・・・」


 伊坂くんを回り込んでぐいぐいと来る2人に、伊坂くんの両親だと分かっていても、ワタシは気の抜けた返事しかできなかった。

 伊坂くんの反応を見てみれば、額に掌を当て、天を仰いでため息をついていた。

 どうやら呆れているらしい。


(・・・間違いなく、この人たちは伊坂くんのご両親なんだなぁ)


 あまりにもな急展開に、一周回ってどこか冷静になった頭の中で、そんなことを思う。

 伊坂くんのご両親の第一印象は・・・


(なんて鋭い目・・・)


 目力がすごい。

 さすがに伊坂くんほどではないが、『堅気の人間じゃないな』と思わせるくらいには目つきがすごい。

 伊坂くんの顔は、この2人の持つ特徴を足して割らずに受け継いだのだとはっきりと分かった。

 ついでに、さっきの異様な足の速さから、伊坂くんの脚力も親譲りだったのだと思う。


「いやあ、誠二が毎日夕飯のときに話してくれたからどんな子なのかは気になっていたが、こんなに小さくて可愛い女の子だったとは。こんな子が友達だなんてちょっと信じられないぞ、誠二」

「そうよ!!誠二ったら写真とかも見せてくれないし。こんなに可愛い子だなんて、驚いたわ」

「か、かわっ!?」


 ワタシの眼で見る限り、伊坂くんのご両親は見た目こそ特徴的だが魔力は普通の人間と変わらないくらいしかない。

 つまり、伊坂くんのご両親は人間であるのは間違いない。

 そして、伊坂くんと違って、2人の胸に灯る光ははっきりと見えていた。


(ほ、本気で言ってる・・・)


 ワタシに向かって強く揺れる灯りの色は、オレンジ色と黄色。

 綺麗なオレンジは『喜』を、黄色は『楽』を意味する色で、他の色は見えない。

 本気の本気で、ワタシと伊坂くんの仲がいいのを喜ばしく思っている証であった。

 ワタシを心の底から可愛いと思っていることも。

 それが分かって、ワタシは何も言えなくなってしまった。


(ど、どうしよう。ご両親にアピールして好感度を稼ぐつもりだったけど、最初から好感度マックスだったなんて)


 人間は怪異や人外が発する瘴気を嫌う。

 一応、嫌悪を上回る感情を持っていればその限りではないが、この2人の場合は一片の悪感情も見えないことから、前々から薄々予想していたように恐らく瘴気に高い耐性を持っているのだろう。

 元々持っていたのか、伊坂くんの親になったから後天的に獲得したのかは分からないが。

 ともかく、伊坂くんのご両親にはワタシの瘴気が悪影響を及ぼさない。

 それ故に、ワタシを1人の人間として見てくれていて、『孤立していた伊坂くんと仲良くしてくれている女の子』という立場にいるワタシを高く買ってくれていると言ったところか。

 ワタシにとってはとても好都合だが、逆に上手くいきすぎて対応に困る。


(ワ、ワタシ、こんなに良く思われたことなんておばあちゃんと伊坂くん以外経験ないよ~~!!)


 おばあちゃんと伊坂くんも等身大のワタシを見てくれたが、それでもここまでグイグイとプラスの感情を向けてくることはなかった。

 つい、タジタジになってしまう。


「はいはい、2人ともその辺にしなよ。部長が困ってるから。っていうか、まだ部長が自己紹介もできてないじゃん」

「おお、それは済まなかったね」

「ええ。あなたのお名前、聞かせてもらってもいい?」

「あ、はい・・・」


 ワタシが困っているのに気づき、呆れから立ち直った伊坂くんがフォローに入ってくれた。

 ようやく、これで調子を整えることができる。

 ワタシは、改めてご両親に向き直り、スゥッと息を吸う。


(よし。ご両親への挨拶は、散々考えてきた。家で練習もした。練習通りに言えばいいんだ!!)


 頭の中で、昨日も鏡の前の自分に述べた口上を振り返る。


『ワタシは黒葉鶫と申します。伊坂くんにはいつも大変お世話になっていて、伊坂くんはワタシの大事な大事な友達です。趣味はハーブの栽培とオカルト知識の収集。特技は、伊坂くんが言ってくれたんですが、お料理です。他にも、1人暮らしをしてるので、家事全般はこなせると思います。これからも伊坂くんにはお世話になることが多いとは思いますが、ワタシも精一杯伊坂くんを支えるので、ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いいたします』


(うん!!いける!!)


 そして、ワタシは口を開き・・・


「ワ、ワタシは、く、黒葉鶫って言います。伊坂くんの、その、と、友達です。あ、あとオカ研の部長で、副部長の伊坂くんにはいつもすっごくお世話になってます。よ、よろしくお願いします!!伊坂くんのお父さんにお母さん」


(だ、ダメだった~~!!)


 ワタシは、カァッと耳が赤くなるのを感じながら、バッと頭を下げた。

 結局考えていたことの半分も言えず、っていうか、『初めて会う友達のご両親に言うのは重すぎるんじゃ?』とか考えてしまい、恥ずかしくなってしまったのだ。


(うう、すごいどもっちゃったし、変な子って思われてたりして・・・)


 伊坂くんのご両親に変な子と思われるのだけは避けたい。

 どんな反応をしてるのか気になるが、顔を見るのが怖い。

 だから、ワタシはそのまま頭を下げたままでいたのだが・・・


「ちょっ!?父さん、母さん!?何泣いてんの!?」

「え?」


 伊坂くんの台詞に、ワタシは思わず顔を上げた。


「く、うおお・・・」

「うっ、うっ・・・」

「ええ、なんで・・・?」


 伊坂くんの言うとおり、2人とも泣いていた。

 それも、悲しくて泣いているのではない。

 その胸に灯る光の色は、とても濃いオレンジ色だったからだ。

 言わば、感涙である。


「ああ、すまない・・・つい、嬉しくて。誠二と同じくらいの歳の女の子に『お父さん』なんて言ってもらえる日が来るとは思わなかった」

「私、男の子もいいけど、女の子も欲しかったの。それか、子どもの友達に『おばさん』とか『誠二くんのお母さん』とか呼んでもらうとか。実は憧れてたのよ」

「そ、そうなんですか・・・」


 ワタシとしては、あまりのインパクトにそう答えることしかできなかった。


「あ~、もう!!さっさと用事済ませるよ!!親が校門の前で泣いてるとか、絶対変な噂立つでしょうが!!ほら行くよ!!」

「あ、待て誠二!!いや、黒葉さん!!もう一度『お父さん』って!!」

「そうよ!!黒葉さん!!私のことも『お母さん』と!!」

「実の親だろうがそれ以上ほざいたらマジでぶん殴るぞ!?半分犯罪だからな!?特に父さんさぁ!!」

 

 両親の痴態にさすがに限界が来たのか、伊坂くんが2人の襟首をひっつかんでズルズルと引きずっていった。

 その光景を見ながら、ワタシは思う。


(こ、個性的な人たちだなぁ・・・)


 人間が嫌いだとか好きだとかそれ以前に、そんな感想しか思い浮かばなかったのだった。



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「まったく2人ともさぁ。もうちょっと周りの目というか、モラルってもんを弁えてくれよ。オレただでさえ色々言われるんだから、その上で親もヤバいとかなったら高校生活送れなくなるわ。っていうか、黒葉さんさっき引いてたぞ」

「なに?それはマズいな・・・お前にせっかくできた女の子の友達だ。俺たちのせいで嫌われるのは看過できん。ならば、せめてもの誠意に土下座を・・・」

「それやったら、首の骨折るつもりで頭蹴るよ?」

「だ、大丈夫です!!おふたりがいい人だというのはよく分かりましたから!!ちょっとくらい変でも伊坂くんを嫌いになるなんて絶対ないです!!」

「・・・誠二。父さん泣いていいか?感動で泣きそう」

「やめてくれ。マジで頼むから」


 南校舎の廊下を、伊坂一家とワタシの4人で歩く。

 伊坂くんはさっきまでのご両親の奇行に怒っているようだが、伊坂一家の歩みはスムーズだ。


(・・・3人とも重い荷物持ってるのに。伊坂くんの運動神経はやっぱり遺伝なんだなぁ)


 あの後、どうにかご両親を宥めて本来の目的である資材の搬入を始めることになったのだが、ほとんどの荷物を伊坂一家が受け持っていた。

 オカ研の部長として、ワタシも手伝おうとしたのだが、『いいからいいから!!』と相変わらずの押しの強さで押しのけ、引っ越し業者もかくやな荷物を軽々と担いでいる。

 同じ女性である伊坂くんのお母さんも、ワタシの隣で『あらあら』と鋭い目を蛇のように細めて笑いながら重そうな衣装箱を運んでいる。

・・・少し失礼だけど、運んでいるものの中に白い粉とか入ってそうだ。


「・・・黒葉さん、少しいいかしら?」

「え?あ、はいっ!?だ、大丈夫です!!ワタシはちゃんとその箱の中身が衣装って分かってますから!!疑ってなんかいません!!」

「? そう?私、中身まではわからないから、適当に持ってきたけど、これ衣装なのねぇ」

「あ、いえ、そうです・・・」


 ワタシの考えていることを見透かされたのか思い、つい慌ててしまったが、伊坂くんのお母さんは特に気にした様子もなくしげしげと荷物を眺めていた。

 どうやら、本当にただ話しかけてきただけらしい。


「あの、なにか聞きたいこと、ありましたか?」

「あ、そうそう、うん。聞きたいことっていうか、お礼を言いたかったの」

「お礼、ですか?」


 お母さんの話し声は小さくて、ワタシたちの前を歩く伊坂くんとお父さんは口論するのに夢中で気付いていないようだ。

 

「そう。お礼・・・誠二はね、二年生になるまで、学校のことを何も話さなかったの」

「そう、なんですか?」

「ええ。あの子は、昔から他の人と混ざるのが苦手でね?私とお父さんによく似てるからだと思うけど・・・ともかく、最近まではご飯の時もあまり喋らなかったの」

「・・・それは、なんていうか、意外です」


 ワタシは、昼休みの伊坂くんを思い浮かべる。

 ワタシの記憶の中では、伊坂くんがオカ研の部室で笑いながらワタシとお弁当を食べていた。

 だからこそ、お母さんの言うことはイメージしにくかった。


「意外、ね。ふふ、黒葉さんがそれを言うのね?私もお父さんも、誠二をいい方向に変えてくれたのは、黒葉さんだって思ってるのよ」

「ワタシ、が?」

「ええ。あの子、最近は毎日学校であったことを楽しそうに話してくれて、クラスメイトのことも教えてくれるんだけど、一番たくさん話すのは、黒葉さん。あなたのことなの」

「え・・・?」


『今日、学校でヤバい連中がいてさ。今時カツアゲやろうとしてたんだよ。脅して追っ払ったけど、心配だからしばらくその子の部活に入ることにしたんだ』

『オカ研の部長さ、すごい頭がいいんだ。それに控えめだけどいい子だし、あんなに話しやすい人は初めてかも』

『父さん母さん!!ちょっとこのカード引いてみてくれよ?何?トランプ?違うよ。これはタロット。オレ、部長に占い教えてもらったんだ』

『見てくれよ!!これ、この前のテスト!!英語なんて90点超えたぜ!!これも部長のおかげだよ』


「あの子、私たちの前で女の子の名字を呼ぶのが恥ずかしかったのかしら?家だと『部長』としか言わなかったのよ。ちょっと前に名字は教えてもらったけどね。今日はお名前も聞かせてもらって、嬉しかったわ」

「そう、なんですか・・・」


 伊坂くんのお母さんが教えてくれたことに、ワタシは短く答えることしかできなかった。

 余裕がなかったのだ。


(・・・伊坂くん)


 嬉しかった。

 伊坂くんが、家の中でワタシのことをたくさん、たくさん想ってくれていたことが。

 そしてこんなワタシが、伊坂くんを変えられたかもしれないことが。

 心の中に湧き上がる大きな温かい感情に、目頭が熱くなってくるのがわかった。

 でも、ワタシは我慢した。

 だって、伊坂くんのお母さんは、まだワタシを見て話を続けたがっていたから。


「黒葉さん。色々変わったところのある息子だけど、誠二とお友達になってくれて、本当にありがとう。あなたさえ良ければ、これからも、誠二のことをよろしくね」

「はい・・・はい!!」


 伊坂くんのご両親に気に入られたいとかいう打算は、もう頭の中から消し飛んでいた。

 伊坂くんのお母さんの胸に灯る、優しいピンクとオレンジの光は、ワタシと伊坂くんに向かって揺れている。

 チラリと伊坂くんのお父さんの背中を見てみれば、伊坂くんと軽口を叩きながらも、優しい色が伊坂くんに向かって伸びていた。


(・・・この人たちは、本当にいい人なんだ)


 ワタシは人間が好きではない。

 人間は、ワタシを嫌うから。避けるから。いじめるから。

 でも、この人たちは違う。

 ワタシは、この2人には。


「これからも、よろしくお願いします!!伊坂くんだけじゃなくて、伊坂くんのお父さんもお母さんも」


 この2人には、ワタシも誠実であろう。

 心からそう思えた。いや、そうしたいと思った。


「ふふ、ちょっと誠二には勿体ないくらいいい子ね。こちらこそ、よろしくね」

「はい!!」


(伊坂くん!!ワタシ、伊坂くんのお父さんとお母さんたちとなら、うまくやってけそうだよ。ありがとう、この人たちに会わせてくれて)


 きっと、この人たちとなら伊坂くんがいなくても良い出会いができたのかもしれない。

 でも、ワタシにとって身に余るくらい運がいいことに、その人たちは大好きな伊坂くんのご両親なのだ。

 こんな人たちに会わせてくれたことにお礼を言いたくて、ワタシは伊坂くんの方を見て・・・


「お?この壁のシミ、まだ残ってるのか」

「え?この黒いシミのことなんか知ってるの?」

「ああ。昔父さんがここに通ってたころ、西高の連中が校内まで乗り込んできてな。囲まれて、不意打ちで頭に金属バットを喰らって、そのときに付いたシミだよ・・・やったヤツらはグラウンドに頭を埋めてやったが、あのときは母さんが包囲網を食い破ってくれなかったら危なかったよ」

「あら、懐かしい話してるわね。あのときのお父さん、とってもかっこよかったんだから」

「・・・オレが他人に避けられやすいのってさ、父さんと母さんの血のせいじゃね?」

「・・・・・」


(うまく、やってけるかなぁ?ワタシ)


 伊坂一家が和気あいあいとした雰囲気とは裏腹にバイオレンスな会話を繰り広げるのを見て、ワタシは少し不安になるのだった。



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おまけ



「それじゃあ、今日はありがとうございました」

「ありがとうね、父さん、母さん」


 荷物を運び終わり、オレたちは父さんと母さんに礼を言った。


「いや、こちらこそありがとう。これからも愚息をよろしく頼むよ」

「ええ。誠二のこと、よろしくね?」

「はい!!」

(へぇ。あの黒葉さんがこんなに・・・)


 父さんと母さんに元気よく返事をする黒葉さん。

 あの人間不信の黒葉さんがこんなにすぐに打ち解けるとは、正直予想していなかったが、オレとしてはなんだか嬉しいし、誇らしい。

 黒葉さんがオレ以外にも心を許せそうな人が出てきたことと、それがウチの親だということが。

 まあ、オレをダシにして会話をしようとしているのは少し複雑だけど。


「けど、大丈夫ですか?送っていかなくて」

「大丈夫大丈夫。私も母さんもここの卒業生なんだ。南校舎は外観こそ綺麗になってるけど、内装は同じだったからね」

「父さんの血痕もしっかり残ってたものね」

「「あはははははは」」

「そ、そうですか・・・」

(・・・やっぱ、ちょっと不安だなぁ、ウチの親)


 バイオレンスなネタで笑い合う2人を見て表情を少し引きつらせる黒葉さんを尻目に、オレは密かにそう思う。


「それじゃあな、誠二、黒葉さん」

「うん」

「ありがとうございました」


 そうして、父さんと母さんはオカ研の部室から出て行った。


「さて、それじゃあ荷ほどきしようか」

「そうですね。たくさんありますから、手分けしてやりましょう」


 オレたちが運んできたのは、飾り付けの道具や衣装、展示物用の大道具などだ。

 それなりに量があるから、手早くやりたいところだ。


「・・・あれ?」

「? 伊坂くん?」


 運んできた箱を開け、中身を引っ張り出していると、ふと『何か』が気になった。

 なんだろう?何かを忘れているような?


「ごめん、黒葉さん。オレ、ちょっと父さんたちの所にもう一度行ってくる。まだいるだろうから」

「え?はい。それはいいですけど・・・何か忘れ物ですか?」

「うん、多分。何か学校で伝えなきゃいけないことがあったと思うんだけど、思い出せなくて。会えば、思い出せるかもしれないから」

「はぁ・・・」


 黒葉さんは訝しげな顔だが、すんなりと許してくれた。

 普段なら、オレが黒葉さんを放ってどこかに行こうとしたら猛反発するだろうが、今日そんな様子がないのは、相手がオレの親だからだろう。


「それじゃあ行ってくるよ。一応、オレが戻るまでカギはちゃんと閉めといてね」

「はい、いってらっしゃい」


 そうして、オレは部室を出て、早足で歩き出す。

 オレの早足なら、普通に歩いているだろう両親に追いつくのはすぐのはず・・・


「っ!!そうだ、思い出した!!」


 唐突に、頭の中の靄が晴れたような気がした。

 それと同時に、自分が何を気にしていたのか思い出す。


「確か、ツキコのヤツはオレの親を見たいって・・・あれ?こうやって思い出せるってことは、アイツ今意識が表に出てんのか!?」


 それはつまり、オレの見ていないところでツキコが両親に接触しているということだ。


(アイツとは契約こそしたけど・・・急ぐか!!)


 オレは廊下を駆け出した。

 ツキコについて、最近は初めて会ったころよりは軽口をたたき合う程度に打ち解けたが、それでも完全に信用したわけではない。

 両親に何かがあったら、オレは死んでも死にきれない。

 そして、オレは昇降口から外に出た。

 オレンジ色の西日に照らされるのは、オレの両親と、見覚えのある銀髪。

 銀髪の少女が、オレの両親のすぐ傍にいた。


「父さん、母さん!!」


 オレは、両親に向かって全力で走り・・・


『あ!!誠二!!いいところに!!お前の親だろ!!早くなんとかしろ!!』

「・・・は?」

「「ありがたやありがたや!!」」


 両親のすぐ傍にいた、否、何故かオレの両親にしきりに頭を下げられているツキコが、オレに助けを求めてきた。


「え?何?」

『それはこっちの台詞だ!!私が『伊坂くんのご両親ですね?伊坂くんの友人の白上です』と言ったらこのザマだ!!何がどうなってる!!契約のせいで魔法も使えんし、お前がなんとかしろ!!』

「・・・父さん母さん。何やってんの?」

「・・・おお、誠二か」

「誠二。私たちは今、神に感謝していたわ」

「・・・ウチ、無宗教だったよね?」

『・・・・・』


 声を掛けたことで、注意がオレに向いたのを察したツキコが、猫のように俊敏な動きでオレの背中に隠れた。

 ツキコに背後を取られるなど嫌な予感しかしないが、それ以上に両親の様子がおかしいから放っておく。


「いやな?女の子どころか、男の友人すらできなかったお前に、まさかこんな美人とも縁があったと驚いてな」

「黒葉さんも可愛かったけど、白上さんもスゴく綺麗だわ。丁寧に挨拶してくれたし。でも、誠二がこんなアイドル顔負けの子と仲良くしてるなんて、黒葉さんのことも含めてもう神の奇跡としか思えないの。私も父さんも神様とか信じてなかったけど、本当にいるのねぇ」

「「ありがたやありがたや」」


 そう言って、再びツキコの方を見て拝む両親。


『フシャー!!』


 チラリとツキコを見ると、全力で警戒する猫のように髪の毛が白い光の魔力でふわりと膨らみ、目つきが鋭くなっていた。っていうか、オレの肩に置いた手が震えている。威嚇するような声を出していることから、どうやらマジでビビっているらしい。


「・・・まあ、オレが白上さんと会えたのは確かに神の奇跡かもしんないけどさ。さすがに同級生に拝むのは止めなって。すっごい引いてるから。っていうか、マジで通報されるから」


 自分の親がムショ送りになるのは嫌だったので、ツキコを助けるようで少し癪だったが両親を宥める。

 オレの冷静な一言が効いたのか、熱狂的とすら言える両親のテンションが平常に戻った。


「・・・そうだな。すまないな、白上さん。さきほどに続いて、取り乱してしまった。どうか許して欲しい」

「本当にごめんなさい。誠二にあなたみたいな綺麗な友達が嬉しくて・・・つい」

『・・・・・』


 父さん母さんが謝るも、ツキコは未だに警戒したまま無言だ。


「・・・おい、なんか言わないとずっと頭下げたままだぞ。それでいいのか?」

『チッ・・・頭を上げてください。驚きはしましたが、納得はしましたから』


 オレが小声でツキコを急かすと、ツキコはいかにも渋々と言わんばかりに両親に話しかけた。


「おお、許してくれるのか。ありがとう!!本当にありがとう!!」

「ああ、心まで優しいのね!!まさに女神だわ!!」


 さっきまで思いっきり汚らしい言葉遣いをしたり、果ては獣の如く咆哮を上げていたのに、あっさりとツキコの猫かぶりに騙される両親。

 ツキコの方を見ると、にこやかな笑みを作ろうとしているのだとわかったが、目元はひくついていた。

 そして、視線がオレの方を向く。


『早く何とかしろ』


 言葉にせずとも、ツキコの目がそう言っていた。


「・・・あのさ。白上さん、陸上部でこれから練習があるんだよ。引き留めるのも悪いから、今日はこの辺にしとこうぜ?」

「そうなのか?それなら、名残惜しいけど今日はここでおいとまするしよう」

「ええ。あまりご迷惑かけるわけにはいかないわ」

『あはは。残念ですけど、そういうことなので』

「それでは!!」

「さようなら!!」

「・・・一応帰り道気をつけてね」


 『もう十分迷惑かけられてんだよ』とでも言いたげな雰囲気を必死で取り繕うツキコ。

 幸か不幸か、両親はそれに気付かず帰っていった。


『はぁ~・・・』


 両親が乗り込んだ車が見えなくなると、やっと安心したようにツキコはその場に座り込む。

 そんなツキコに、オレは聞いた。


「・・・ウチの親、どうだった?なんか、儀式に関わることで変なとこあったか?」


 ツキコがオレの親に会いたがったのは、それが理由だ。

 オレとしても気にはなっていたから、聞いてみる。

 するとツキコは、『ちょっとは空気読め』と視線で語りながらも、『ハァ』とため息をついた。


『・・・お前との話し方を見るに、恐らく瘴気や闇属性の魔力に強い耐性があるのだろうな。そこはかなり珍しいと言えるだろう。だが、魔法使いか人間かで言えば、魔力の量は大したことがないから間違いなく人間だよ。儀式をどうこうすることはまずあるまいし、狙われることもないだろう』

「そっか・・・」


 オレは、密かに安堵した。

 何やら常人と違うところはあるようだが、それでも儀式と特別な関わりが生まれないというなら、それが一番だからだ。


『・・・だが、だが!!』

「うおっ!?」


 そこで、ツキコが急に立ち上がった。

 その豹変に、胸をなで下ろしていたオレは思わずビビる。


『私は、アレがまともな人間だとは認めん!!なんだあのテンションは!?カルトにでも嵌まっているのか!?これまで憎悪や怒りを向けられることなら何度もあったが、あんなに気持ちの悪い『感謝』をされたのは生前でもなかったわ!!おい誠二!!二度とあいつらを私と関わらせるなよ!!いいな!!』

「お、おう・・・なんか、スマン」


 怒りながらも、目元が少し震えている辺り、本当に不気味だったのだろう。

 案外、ツキコが0歳児というのは本当のことなのかも知れない。

 ・・・オレはこの後、身内の恥をさらした詫びに、ツキコの好きなジュースをもう一本追加で買って渡したのだった。



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TIPS 心映しの宝玉の色


赤 怒り

青 悲しみ

黄 楽しい

橙 喜び

緑 平常心

黒 憎しみ・嫌悪

藍 罪悪感・後悔

青紫 恐怖

薄い桃色 優しさ・善意

濃く濁った桃色 欲情

濁った橙 優越感

ドス黒い紫 悪意

輝く朱色 恋慕

緑の点滅 困惑

赤の点滅 焦燥

青の点滅 驚き

桃色の点滅 羞恥・照れ


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