第37話 舞札祭準備1

 舞札高校が誇る一大イベントである舞札祭。

 6月初めの土日を丸々費やして行う文化祭と体育祭を兼ねた祭りで、一日目では各クラス対抗で様々な種目を競う。

 二日目は文化部が各々の成果を発表するほか、クラスごとになんらかの出し物を行う。

 そして今、オレの2-Dでも舞札祭の出し物が決定した。


「それじゃあ、うちのクラスはメイド喫茶に決まりました~!!」

『『『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!』』』


 学級委員長の沙汰が下されると同時に、野太い声が教室に木霊した。


「・・・う、おおお~・・・の、乗り遅れた」


 個人的な偏見が混じっているが、この2-Dは陽キャというか、ノリのいい奴が多い。

 しかも、いい意味でだ。引き際というかやっていいことといけないことのラインをしっかりと見極めていて、イジりはあってもいじめはないと断言できるくらいには。

 コミュニケーション能力が高いなど、お世辞にも言えないオレを受け入れてくれたところからもそこは分かるのだが、だからこそこういう陽キャのノリ全開なムーブをされると乗り遅れてしまうことがあったりする。

 そして、このクラスがいい雰囲気な大きな理由が・・・


「それじゃあ、ホールのメイド長は白上さんで!!」

「あはは~、私メイドなんて似合わないと思うけど、選ばれたからにはきっちりやるよ!!」

「大丈夫大丈夫!!羽衣がいれば校内トップ狙えるよ!!」

「そ、そうだよ。白上さんなら絶対メイド服似合うと思うよ!!」

「あ、あはは、ありがとう伊坂君」

「おい伊坂。また鼻息荒くなってんぞ。白上さんちょっと引いてる」

「マジで!?」

(・・・コイツ、白上羽衣のことになると本当にキモいな。都合はいいが)


 客観的に見てクラス一どころか学年、いや、もしかしたらこの学校で一番の美少女と言っていいかもしれない白上さん。

 その見た目だけでなく、天真爛漫でオレのような悪人面にも分け隔てなく接してくるような優しさを併せ持つ完璧な存在だ。

 そんな彼女がいるからこそ、このクラスの雰囲気がいいのだろう。

 そして、そんな白上さんがいるという利点をみすみす捨てるのは、我が校の、ひいては人類の損失であると考えた我らがクラス一同は、女子の魅力を前面に押し出せるメイド喫茶を選択したのである。


「うちのクラス、何気にきれいどころ多いしな~」

「女子が乗り気なのも、その辺に自信あるからだろ、多分」


 白上さん以外の女子も、何気にレベルが高い。

 メイド喫茶という、自身の容姿が不特定多数から評価される出し物に乗り気なのは、それだけ自信があるからだろう。


(・・・魔女っ子は、このクラスだと二番目か?人によっては一番かもな)


 女子のレベルが高いとはいえ、ダントツはやはり白上さん。

 そして、オレが知る中で次に容姿が優れているのは魔女っ子だ。

 もしもうちのクラス、いや学校にいれば、白上さんと人気を二分するくらいはいけるだろう。

 まあ、魔女っ子は小学生だから関係ないが。


(黒葉さんも、結構いい線いきそうだよな。本人は嫌がるだろうけど)


 次に思い浮かんだのは黒葉さんだ。

 まあ、オレと関わりのある女子など白上さん、魔女っ子、黒葉さんの3人だけだからというのはあるが、そこを差し引いても黒葉さんだって可愛い子だと思う。

 普段は度の厚そうな眼鏡をしているし、目元も髪の毛で隠れているからオレ以外に気付いているのは少なそう・・・いや、初めて会ったときのようにいじめられていたことを考えればオレ以外にはいないに違いない。


(でも、だからこそチャンスだ。舞札祭で黒葉さんの魅力をアピールできれば、友達だってできるし、告白とかされまくりだろ)


 舞札祭の二日目の主役は文化部だ。

 そこで、オレは黒葉さんのPRをする腹づもりであった。

 人間不信の黒葉さんは、偶々助けに入ったオレに依存している・・・我ながら自惚れが過ぎると思うが、事実そうとしか思えないのが現実だ。

 オレだって男だから、黒葉さんのような可愛くて優しい子に依存される状況を嬉しく思う気持ちは当然ある。

 けれど、オレが好きなのは白上さんだし、なにより黒葉さんがこのままオレにだけ依存なんて、黒葉さん自身のために絶対によろしくない。


(白上さんなら、絶対にそう思うはずだしな)


 黒葉さんのためにも、そして白上さんに対して胸を張れる男でありたいというオレ自身のためにも、オレは舞札祭に全力で取り組む所存である。

 

「よし、それじゃあホールのメイド役は全員決まったな」

「後はバックヤードと、飾り付けとかの裏方か」


 オレが内心で決意を新たにしている間に、クラスでの話し合いは進んでいたようだ。

 出し物の華であるメイドたちが決まり、後は裏方役を決めるだけ。


「この中で料理とかお菓子作りに自信あるヤツ、手挙げろ~」


 その声と共に、いくつもの手が挙がる。

 どちらかというと男子が多いように見えるのは、メイドたちと少しでも接点を増やしたいからか。

 当然、料理スキルなど家庭科の授業レベルと同等かそれ以下のオレの手は机に張り付いたままである。

 いや、理由はそれだけではないが。


「それじゃあ、後は飾り付けとかだな。これは力仕事になるけど・・・」

「あ、待て。白上さんレベルの女子がいるんなら、一応なんか対策しといたほうがいいんじゃないか?」

「あ~、アタシもセクハラされるのは嫌だしな~」

「盗撮とかするヤツもいるかもな」

「用心棒ってことか」


(おいおい大げさな・・・いや、でも白上さんいるならマジであり得るか?)


 いつの間にか、話が少し変な方向に進んでいた。

 まあ確かに、白上さんは我が校一の美少女と言っても過言ではなく、そこらのアイドルを上回っているのは間違いない。

 文化祭の浮ついた空気に当てられて馬鹿なことをするヤツがいないとも限らない。

 それこそ、真っ昼間のショッピングモールで黒葉さんに乱暴しようとした不良のように。


(そう考えたら、割とアリかも・・・ん?)



「「「・・・・・」」」



--ジィ~



「・・・え?」


 いつの間にか、クラスの視線がオレに向いていた。

 そして・・・

 

「ねぇねぇ。伊坂君そういうの向いてそうじゃない?」

「し、白上さん!?」


 後ろからツンツンと指で突かれ、慌てるオレ。

 今、白上さんの指が、オレに触れている・・・!!


「・・・伊坂が立ってれば、妙なこと考えるヤツはまずいないよな」

「だな。なんかあったら内蔵売り払われた後にコンクリ漬けって俺でも思う」

「運動部より体力も腕力もあるしな。この前『これがオレの一発芸だぜ~!!』って言いながらスチール缶を片手で握りつぶしてた時は軽く引いたわ」

「黒服ってヤツだね~」

「よし、伊坂お前・・・」

「いやいや待て待て!!」


 白上さんに触れられた衝撃で固まっている内に、オレの就職内定が決まろうとしていた。

 しかし、オレには参加できない理由があるのだ。


「舞札祭でクラスの出し物は運動部とか帰宅部担当だろ!!オレは部活の方があるから無理だって!!」


 舞札祭二日目の主役は文化部だ。

 黒葉さんに、舞札祭の間クラスよりオカ研を優先してほしいと言われているが、文化部は自分の部活の方をを選ぶことが多いのである。

 黒葉さんがわざわざそんな約束を取り付けたのは、オレがクラスにせがまれてそちらを手伝わなければならない状況を避けるため・・・というのはさすがに穿ちすぎか?


「あ~、そういえばそうだった」

「文化部優先なのは知ってたけど・・・」

「伊坂君が文化部っていうのが意外だよね~」

「ま、ならしょうがないか~」


 オレの叫んだ理由に、即座に納得するクラスメイト一同。

 さすがはノリのいい陽キャ集団。オレが断っても気を悪くした様子はない。

 切り替えが早くていいことだ。

 こういう所が、このクラスのいい所だと思う。


「よく考えたら、伊坂がいたら喫茶店どころじゃないかもだしな」

「だね。お客さんがビビって入ってこないと思う」

「アタシたちはまあ慣れたけど、初見の人は厳しいよね~」

「おい、オレ泣くぞ」


 前言撤回。

 今度は統率の取れた空気でオレを用心棒として採用したときのデメリットを話し始めるクラスメイトたち。

 『俺らは大丈夫だけどお客さんは~』とか、さりげなく『俺らは伊坂といても平気だから』と言いながらだから、オレとしても嬉しいような悲しいような複雑な心境である。


「まったく」

「あはは、でも、私も残念と言えば残念かな。用心棒とかじゃなくても、伊坂君だってクラスの友達なんだから、一緒に喫茶店やりたかったよ」

「し、白上さん・・・!!」


 すぐ後ろから聞こえる声。

 なんだこれは?天使か?

 いや、白上さんだ。

 白上さんは、天使など超越した存在だと再認識した瞬間である。

 だが、だとしてもオレの意志は変わらない。


「その、ごめん。オレ、オカ研のことだけはマジでやりたくてさ。オレもせっかくクラスで友達できたんだから、参加したいって思うけど、それでも」

「・・・うん。こういうのは本人のやりたいことが大切だからね。伊坂君が本気でそう思うなら、私は応援する・・・っていうか、私も途中で喫茶店抜けて見に行くよ、オカ研」

「ほ、本当!?オレも占いやるから、来てくれたら占うよ!!」

「伊坂君が占い・・・?すごい意外だけど、うん!そのときはお願いするね」

(ほう?・・・これは、好都合か)


 白上さんが、オレに会いにオカ研に来てくれる。

 それが、とても嬉しかった。


(そうだ!!いい機会じゃんか。白上さんなら、黒葉さんだって絶対に仲良くなれる!!それに、白上さん経由で友達がたくさんできるかも)


 オカ研に来るということは黒葉さんに出会うと言うことだ。

 オレのような悪人面でコミュ障という、パーティを追放されるどころかそもそも組むことすらできないSランク難易度を攻略してのけた白上さん。

 あの人間不信の黒葉さんとだって友達になれるに違いない。


「あ、でも、行くのなら最後の方になるかな?メイド喫茶も忙しそうだし。それに・・・」

「それに?」


 今は舞札祭のことを決めるためにフリーダムに話しているとはいえ、一応授業中。

 比較的小さな声で話していたが、ここで白上さんはさらに声を潜め・・・


「後夜祭に行くなら、遅い時間に行ったほうがいいよね?」

「っ!?」


 そう言って、身を乗り出していた白上さんはオレから離れて席に着いた。

 

「ふふっ」


 悪戯っぽく、シィーと唇に指を当てて笑いながら。


(そ、その仕草は反則だろ・・・)


 そのあまりにもあざとい仕草を直視するには眩しすぎて。

 オレは慌てて前に向き直った。


(・・・ちょろいな、コイツ。いや、白上羽衣のファインプレーと言うべきか)


 トントン拍子で内容が決まったこともあり、オレたちの授業は少し早めに自習時間になったのだった。



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「おい!!舞札祭のクラスの出し物は運動部担当だろう!!早く決めてくれないか!!」

「うるせーよ!!俺たちだって体育祭の練習があんだよ!!出し物なんかやってる暇ねーよ!!」

「なんでもいいから早く決めてくんない?遊びに行く時間なくなるじゃん」


 聞こえてくるのは、倦怠感と苛立ちにまみれた怒鳴り声。

 眼に映るのは、赤とオレンジ、そして黒の光。


(早く、終わらないかなぁ・・・)


 ワタシは自分の席で目立たないように縮こまりながらクラスの様子を眺める。

 だが、ピリピリした空気に、騒々しい大声、なにより眼鏡をしていても目に入ってくるチカチカとした光に辟易して、すぐに俯いた。


(・・・このままだと、授業時間終わっちゃうのに)


 舞札祭のクラスの出し物を決める話し合い。

 他のクラスはどうなっているか分からないが、この2-Gでは難航していた。

 2-Gは帰宅部と運動部が多いのだが、運動部はかなり練習が厳しい野球部やハンドボール部でクラスの出し物のために時間を取るのが難しい。

 そして、帰宅部はワタシにちょっかいをかけてきた女子2人組のように協調性のない生徒が多かった。

 その結果、誰がクラスの出し物を企画し、進めていくのかという話し合いは双方の押し付け合いと化したのである。

 この事態を収拾すべき担任は、自主性に任せると言い残し、この授業の初めの方で職員室に戻っていた。

 止める立場の人間がいない話し合いは次第に罵り合いになり、それぞれの都合を主張し合う場となってしまったというわけだ。

 

「はぁ・・・」


 小さくため息をつく。

 だが、事態がそれで何か変わるはずもない。

 でも・・・


(このままいつまでも終わらなかったら、オカ研に遅れちゃう・・・)


 それは嫌だ。

 

(オカ研に遅れたら、伊坂くんに会える時間が減っちゃう)


 今、ワタシが日々をなんとか生きていけるのは、すべて伊坂くんがいるからだ。

 昼休みと、放課後のオカ研、さらに下校後の舞札神社の境内。最近では、朝と夕方の登下校。

 そこで伊坂くんといる時間が、ワタシの生きている時間なのだ。

 単純に、儀式のことで命の危機から守ってもらっていたり、偶々不良に襲われたときに助けてもらったりというのは勿論ある。

 だがそれ以上に、伊坂くんはワタシの心を救ってくれたのだから。


(・・・目、チカチカする)


 魔法使いであるワタシは、人間から避けられやすい。

 そして、他者の心の色を映し出すこの眼がある。

 故に、見えるのだ。

 周りの人間が、ワタシのことをどのくらい嫌っているのか。

 今も視界に映る目障りな光が、ワタシに向けられるそのときに。

 

(ワタシの味方は、伊坂くんだけ。ワタシの主観や思い込みじゃない。本当に、事実としてそうなんだから)


 ワタシは魔法使いだが、それでもその精神性は人間とそう変わりない。

 ひどいことを言われれば傷ついていたし、嫌われていると分かれば落ち込んだりもした。

 けど、それは小学校の頃までで、中学校に上がる頃にはもう色々と諦めていた。

 ワタシの心は削れてしまって、なんとも思わなくなっていた。

 ワタシの味方になってくれる人なんて、誰もいなかった。

 あの日から。


(おばあちゃん・・・)


 ワタシが小学校を卒業する前に、おばあちゃんが亡くなった。

 ワタシの唯一の味方『だった』人。

 それまで元気だったのに、ある日倒れて、それでも・・・


『鶫を1人はしないよ。アタシはそう簡単に消えないさ。だから、アタシの心配なんかするんじゃないよ、お前には明日があるんだから』


 と、そう言っていた。

 その言葉に嘘がないのは分かっていたし、おばあちゃんはワタシ以上に魔法薬に詳しかったから、ワタシはすぐに元気になると思っていた。

 それからすぐに、おばあちゃんはいなくなってしまった。

 そして、その日からワタシはただ惰性で生きるだけの生き物になってしまって。

 それでも生き続けたのは、ワタシがおばあちゃんに引き取られた頃に言ってくれた言葉があったからだ。


『そんな風に思っちゃいけないよ。その力を正しいことに使うか、悪いことに使うかは、お前が決めるんだ。魔女は悪い人じゃなくて、魔法を使える女の人なんだから。だからね、鶫。お前が、よく考えて、その力を正しいことに使えるなら・・・』

『鶫にも、いつか・・・』


 おばあちゃんが亡くなるその日まで、ワタシはその言葉の先を覚えていたと思う。

 でも、その日から、思い出せなくなってしまった。

 それでも、おばあちゃんがワタシに生き続けることを望んでいたのは間違いなくて。

 だから、ワタシはおばあちゃんに言われたように、いい子のまま生にしがみつき続けた。

 そんな時、ワタシは運命に出会ったのだ。


(ワタシの、運命の人)


 伊坂誠二くん。

 吊された男からも不良からも、死神の姿でも、人間の姿でも助けてくれた、ワタシの絶対的な味方。

 きっと、伊坂くんは自分がどれだけワタシに大きな影響を与えたのか自覚していない。

 もう摩耗しきっていたワタシに、優しさと温もりと、『キミが好きだ』という愛をくれた。

 それがどれだけワタシを救ってくれたのかを、伊坂くんは知らないだろう。

 そして、それがどれだけ残酷なことなのかも。


(もう、ワタシは伊坂くんナシじゃ生きていけないよ・・・)


 それまでギリギリで生きていたところに、そんな劇薬をぶち込まれたのだ。

 もう、それより前に戻るなんて考えられない。

 一度知ってしまった温もりから引き剥がされてしまうようなことがあれば、間違いなくワタシは耐えられない。

 そういう意味で、伊坂くんはとてもひどい人だと思う。


(ま、まあ、そんなこと絶対に言えないけど・・・あんまり重たい子だって思われたくないし)


 何があってもワタシは伊坂くんを嫌いにはならないが、逆に、伊坂くんには絶対に嫌われたくない。

 

(早く、伊坂くんに会いたいな・・・)

 

 深く、深く、伊坂くんのことを想う。

 ワタシにとって、それは息を吸うより簡単で、伊坂くんがいないとき限定で、ワタシが幸せな気持ちになれる唯一の手段だ。

 この騒がしい話し合いを耳に入れないためにも、ワタシはそうしていたのだが、さすがに時間がかかりすぎだ。

 ワタシは、クラスの様子を改めて伺う。


「・・・なあ黒葉さん。君の所のオカ研って、人少なすぎてやることないんじゃないかい?」

「・・・え」



--ジィ~



 いつの間にか、クラス中の視線がワタシに集まっていた。


(うっ・・・!!)


 眼に映るのは、視界いっぱいの濁ったオレンジと毒々しい紫色。

 その視界への暴力に、一瞬意識が遠くなる。

 その隙を突くように、クラスメイトたちは続けた。


「オカ研って、三年は全員抜けて、一年も1人もいないんだろ?同学年のヤツだって、5人もいないよな?」

「そんなギリギリの人数でなんか発表するって言っても、大したことできないだろ?」

「そうそう!!どうせオカ研なんて普段何してるかわかんないとこなんだし、舞札祭で何かしても変わんないって」

(こ、この人たち・・・!!)


 好き勝手に言うクラスメイトたち。

 彼らの思惑は単純で、自分たちがやるのが面倒だから、クラスの出し物をワタシに押しつけたいと言ったところだろう。

 クラスの中で立場が低く、何の抵抗もできないワタシに。


「・・・っ!!」


 ワタシは、教室の中を見回した。


「ウ、ウチらは帰ったら用事あるし~・・・」

「っていうか、ウチらはオカ研に名前貸してあげてるだけだから。部活の形保ってるだけでも感謝して欲しいくらいだし?」


 ワタシを辱めようとしたあの2人組に目を向けると、言い訳をしながらも目をそらした。

 他のクラスメイトのように、『お前がやれ』と明確に口にしない所をみると、伊坂くんの脅しは未だに効いているようだが、ワタシの眼は見逃さなかった。


『『ざまあみろ』』


 他者を見下す濁ったオレンジと、悦楽を感じる黄色の光を。


「おい、いつまで黙ってるんだい?」

「そうよ!!アタシたちはアンタと違って忙しいの!!」

「お前のせいで帰れねーだろうが!!」


 あの2人を見つめていると、方々からヤジが飛んできていた。

 どうやら彼らの中で、クラスの出し物が決まらないのはワタシのせいということになっているらしい。

 そして・・・


「ほら、クラスのみんなが困っているじゃないか。もう少し協調性ってヤツを身につけてくれよ。みんながキミのためを思って言ってくれているのがわからないのかい?」

「・・・え?」


 さっきから話し合いを続けていた男子生徒が、『やれやれ』と言わんばかりに髪をかき上げながらそう言った。

 ワタシは、つい唖然としてしまった。

 その胸に灯るのは、薄いピンク色。

 それは、『優しさ』。つまりは『善意』の色だ。

 この男子生徒は、心からワタシのためを思って、ワタシに忠告しているつもりなのだ。

 それが分かって、ワタシの中に浮かび上がったのは・・・


(気持ち悪いっ!!)


 吐き気を催すような不快感。

 

(あなたなんかが、伊坂くんがワタシにくれる光と同じモノを向けないでっ!!)


 冗談ではなかった。

 その色の光を向けていいのは、おばあちゃんと伊坂くんだけだ。

 百歩譲って他の人がその色を向けるにしても、ワタシをスケープゴートにしようとしている場面でなんて、気が触れているとしか思えない。


(こんな、こんな人たちのせいで伊坂くんとの時間を削られるなんて、絶対に嫌!!)


 皮肉にも、それがワタシに火を点けた。

 何か一言言ってやらねば気が済まなかった。

 ワタシは椅子から立ち上がって、男子生徒を睨み付け・・・


「え?」


 叫ぼうと口を開きかけて、漏れ出たのは疑問だった。


(青紫の光?恐怖の色?何に?)


 さっきまで得意げにペラペラと喋っていた男子生徒だが、今は引きつったような顔をしている。

 周りを見てみれば、他のクラスメイトも似たような表情だ。

 そして、あの2人組に至っては・・・


「「ひ、ひぃっ!?」」


 椅子から転げ落ちて、ただただある一点を見つめていた。

 その視線は、ワタシの背中に向かっていて。

 ガラッと音を立てて、教室のドアが開き、誰かが入ってくる。


「・・・おい」

「・・・あ」


 後ろからその声が聞こえた瞬間、それまでの不快感はすべて洗い流されたかのように消え去った。

 こわばっていた顔の筋肉がほぐれ、自然と笑みが浮かぶ。

 

「授業時間終わってんぞ。いつまでやってんだ」

「伊坂くん!!」


 振り返ってワタシの目に入ったのは、不機嫌そうな顔を浮かべた伊坂くん。

 事実、その胸には赤い光が灯っており、周囲を威嚇するように激しく揺らめいている。

 けれど、その中央にだけ、優しいピンクの光が燃えていて、その炎は真っ直ぐにワタシに、ワタシだけに向いていた。


「メッセージ送ったけど返事返ってこなかったから来て、さっきまで待ってたんだけどさ。あんまり遅いから来ちゃったよ。今日は舞札祭のことを部室で話し合う予定だったよね?早く行こうか、黒葉さ・・・いや、黒葉『部長』?」

「は、はい!!伊坂く・・伊坂『副部長』!!」


 きっと、少し前からクラスの話し合いを聞いていたのだろう。

 ずんずんとワタシの席まで歩いてきて、ワタシを庇うように隣に立って、伊坂くんはそう言った。

 周りに言って聞かせるように、わざとらしく『部長』と。

 それに応えるようにワタシも伊坂くんに『副部長』と返すと、伊坂くんは一瞬柔らかく微笑んだ。

 しかし、すぐに冷たい口調で男子生徒に話しかける。


「そういうわけだ。部長は連れて行くぜ?オカ研の活動があるからよ」


 『行こう』と言って、伊坂くんはそのまま歩き出した。

 ワタシも遅れないように、荷物を持って伊坂くんの後に付いていこうとする。


「ま、待てっ!!」

「・・・ああ?」


 しかし、教室を出ようとするワタシたちを呼び止める声があった。


「ぼ、僕たちは舞札祭のクラスの出し物について話し合っていたんだ!!そして、これはクラスに馴染めてない黒葉さんとみんなが仲良くなる絶好の機会!!それを邪魔するなんて、ひどいと思わないのか!?」

「・・・・・」

(伊坂くんのこんな顔、初めて見るなぁ・・・)


 絶句。

 伊坂くんの顔に、『コイツマジか』と言わんばかりにドン引きした表情が浮かんでいた。

 苛立った伊坂くんを呼び止めたこと、伊坂くんをドン引きさせたことに、ワタシは一周回って逆に感心してしまった。

 この男子生徒、名前は忘れてしまったが、案外大物かも知れない。


「そ、そうだ!!黒葉は俺たちのクラスメイトだ!!勝手に連れてくな!!」

「ア、アンタみたいなヤバそうなヤツに黒葉さんを任せられるわけないでしょ!!」


 その男子生徒に勇気づけられたのか、他の面々も口々に異議を申し立てる。

 

(ど、どの口が言うんだろう・・・)


 またしても、ワタシは呆れがオーバーフローして、清々しい気分にすらなっていた。

 さっきまでワタシを責め立てていたというのに、今度はワタシを擁護するなんて。

 ・・・あと、伊坂くんを悪く言ったそこの女子。顔は覚えた。次名前を名簿で確認したら絶対に忘れない。


「ほ、ほら!!みんなこう言ってる!!どこの誰か知らないが、黒葉さんを置いて・・・」

「黙れや」

「っ!?」


 一瞬、赤黒い炎がワタシのすぐ隣で膨れ上がり、そのまま爆発しようとして・・・押さえつけられたかのようにすぐに萎んだ。

 何かを続けようとした男子生徒だが、伊坂くんが一言言っただけで言葉通り押し黙る。

 周りのクラスメイトも、示し合わせたようにピタリと口を閉じた。

 『・・・まさか、このタイミングでできるようになるとは』としみじみとした様子で自分の身体を見回していた伊坂くんだったが、そこで周りの様子に気付いたようだ。


「・・・色々言いたいことはあるけど、個人的な感情論になりそうだからこれだけ言っとく。舞札祭のクラスの出し物は、運動部と帰宅部の担当で、文化部は自分の部活優先が推奨されてる。それが学校の決めたルールだ。だから、オカ研の部長である黒葉さんは副部長のオレが連れて行く。反論があるなら、まず校則変えてからにしろや・・・行こう、黒葉さん」

「は、はいっ!!」


 そうして、何も返す言葉のないクラスメイトを尻目に、今度こそワタシたちは教室を後にするのだった。



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「前にも言ったかも知れないけどさ、オレ、G組の連中嫌いだ」


 オカ研に向かって並んで歩いていると、伊坂くんはポツリとそう呟いた。

 ・・・伊坂くんは、ワタシと並んで歩くときは、とてもゆっくり歩いてくれる。

 おかげで、小さな声だったけど聞き漏らすことはなかった。


「はい。ワタシも嫌いです」


 ワタシが心からの本音を口にすると、伊坂くんは少し驚いたような顔をしていた。


「どうしました?」

「いや・・・黒葉さんが何かを嫌いってはっきり言うの、すごい意外というか」


 確かに、ワタシはあまり他人に対する印象を言葉にすることはない。

 それというのも、基本的に伊坂くん以外の人と関わらないようにしているからだが、それだけではない。


「伊坂くんのおかげですよ」

「えっ!?オレのせい!?」

「む!!『せい』、じゃないです!!『おかげ』ですよ!!」

「あ、ごめん。うん、まあ、はっきりモノを言えるようになるのは悪いことじゃないよな」


 ワタシがはっきりと何かを『嫌だ』とか『嫌い』と言えるようになったのは、伊坂くんと知り合って、勇気をもらえたからだ。

 怪異にも不良にも怯えず、堂々としている伊坂くんを見ていると、大抵のことはどうにかなりそうな気分になるし、伊坂くんを馬鹿にされたりすると、ワタシも言い返さないと気が済まないようになった。

 だから、さっきも、そしてあのショッピングモールで不良に眼鏡を取られたときも、ワタシにしては珍しく真っ向から刃向かう気持ちになれたのだ。

 

「コホンッ!!まあともかく、またあのクラスの連中になんかされそうになったら、授業中でもいつでもいいからオレに連絡してくれ。すぐ行くから・・・っていうか、マジでさっきのヤツなんなんだよ。さっきの台詞もガチで言ってそうだったし。オレが今まで喧嘩してきたどの不良よりも怖かったんだけど」

「さあ・・・?ワタシ、クラスの人たちとあまり関わってこなかったので、名前を覚えられなくて。確か、演劇部だったような」

「演劇部?確かウチの高校だと有名だな。まあ、気持ち悪かったけど、あれだけ面が良くて、オレに啖呵切れるくらい度胸あるなら務まるのかねぇ」

「・・・・・」


 確かに伊坂くんの言うように、さっきの男子生徒は見た目だけなら整っていたとは思う。

 けれども、その人の心が見えるワタシにとっては・・・


「・・・伊坂くんの方がカッコイイです。ワタシのために、クラスメイト全員の前に駆けつけて立つなんて、ワタシにはできません」

「ははは、褒めてもジュース奢るくらいしかできないよ?」

「む、ワタシは本気ですよ!!それに、助けてもらったんだから、ジュースはワタシが奢りますから!!」


 心の底から、本気の本気で言ったのに、伊坂くんには冗談と思われてしまったらしい。

 そのまますぐ近くにあった自販機に向かおうとしていたので、ワタシは小走りで伊坂くんを追い越して、伊坂くんがよく買ってるジュースを2本買う。


「はい、どうぞ!!お代は要りません!!」

「こういうときの思い切りとか押しの強さとか、黒葉さんは結構すごいよね・・・うん、じゃあいただくよ」


 なんか諦めたような顔で、ワタシの手からジュースを受け取る伊坂くん。

 そのまま、2人でキャップを開けて、ジュースを飲んだ。

 最初はちょっと変わった味だと思ったが、慣れると結構クセになるジュースだ。

 伊坂くんがよく飲んでるからワタシも飲み始めたけど、今は伊坂くんがいないときでもこのジュースを飲んだりする。


「ぷはっ・・・黒葉さんも、これ好きなんだね。オレの周りでこれ好きな奴、1人しかいなくてさ」

「はい。最初は少しびっくりしましたけど、おいしいです・・・ところで、このジュースを飲んでる人、他にもいるんですか?」


 このジュース、言っては何だが本当に人気がない。

 ワタシと伊坂くん以外で飲んでる人を見たことがない。

 だというのに、ワタシ以外で、ワタシの知らない人が、伊坂くんの好きなこのジュースを好んでいる。

 なんとなく、気に入らなかった。


「うん、いるよ。ソイツは・・・あれ?」

「伊坂くん?」


 不意に、伊坂くんが怪訝そうな顔になった。

 何かを思い出そうとして、思い出せないでいるといった感じだ。


(最近、伊坂くん物忘れが激しいのかな?でも、忘れ物してるところは見たことないし)


 最近、こんな風に会話の途中で何かを思い出そうとすることが多くなったような気がする伊坂くん。

 ワタシとしては少し不安である。


(今度、ぼけ防止の薬でも調合しようかなぁ)


「う~ん、そうだ!!確かクラスメイトの友達の1人だよ。偶々勉強を教えてもらうことがあって、お礼に奢ったら気に入ってくれたんだ」

「・・・そうですか」


 そうこうしている内に、伊坂くんは相手を思い出したらしい。

 どうやらワタシのクラスと違って、伊坂くんのクラスは仲がいいみたいだ。

 ・・・少し、寂しい気持ちになる。


「GWのとき、勉強会一緒にしましたよね?昼休みにも放課後にも会うんですから、勉強でわからないところがあったら、いつでもワタシに聞いてくれていいんですよ?」

「あ、うん。今度、わかんないところがあったらそうするよ。黒葉さんの教え方、わかりやすいし」


 釘を刺すように言ったワタシの言葉に、素直に頷く伊坂くん。

 その様子に、ワタシは心の中で何かが満たされるような気分になる。


(・・・伊坂くん、さっきはオカ研のことでワタシを連れ出してくれたし、文化部は部活優先ってことも覚えてるし、ワタシのことを優先してくれるよね。クラスのことよりも)


 数日前に確認した約束。

 その日の昼休みは色々あったが、それでも伊坂くんは約束を覚えていたし、さっきだってオカ研のことを理由にワタシを庇ってくれた。

 いくらクラスメイトと仲が良かろうが、それでもワタシを優先してくれる。

 その確信が持てて、少し沈んでいた心が軽くなり・・・


「あ」

「? どうしました?」


 そこで、伊坂くんが不意に声を上げた。


「いや、さっき色々思い出そうとした時についでに思い出したんだけどさ・・・」

「はい」


 はて?伊坂くんは何を思いだしたのだろう?

 ワタシは、落ち着いた心のまま話を聞こうとして・・・


「ウチの両親、近々学校に来るってさ。舞札祭の準備のことで」

「はい・・・はいぃ!?」


 伊坂くんの両親が来る。

 すなわち、伊坂くんのご両親とご挨拶することになる。

 その衝撃的な報せに、ワタシは素っ頓狂な声を出してしまうのだった。



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TIPS1 瘴気


 怪異および魔法使いのような人外が身に纏う魔力のこと。

 怪異は人間の恐怖に代表される負の感情を糧に形成されることが多く、それらの持つ魔力は人間の精神に悪影響を与える。

 そのため、怪異とよく似た魔力、すなわち瘴気を出す魔法使いは人間に嫌われやすい。

 また、瘴気によって周りの人間の心が荒んでしまうこともある。

 ただし、洗脳のような効果はなく、心が荒んでしまったとしても、それはあくまでその人間の本質の一側面が現れたに過ぎない。



TIPS2 魔臓


 魔法使いは元々魔力の多い人間が変異することで生まれた存在。

 そんな魔法使いの中でも魔力による変異は起こり、魔力によって変質した身体の一部を魔臓という。

 魔臓は千差万別であり、本人の資質や元となった臓器の種類によって様々な能力を発現する。

 すべての魔法使いが持っているわけではないが、強大な魔力を持っている存在は、ほぼ確実に魔臓を有している。

 黒葉鶫の心映しの宝玉もその一つである。

 

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