第33話 修行

『ねぇ伊坂君、ちょっと用事があるんだけどいいかな?』

「・・・ああ」


 昼休みになって、オレの後ろの席から声が掛けられる。

 普段ならば、その人にそんなことを言われれば二つ返事で受けるのだが、オレはいかにも渋々といった風に振り向いた。


『もう!!ダメだよ?そんなしかめっ面してたら、幸せが逃げちゃうよ?『いつも通り』に、ね?』

「・・・わかったよ、白上さん」


 オレに笑顔で接するのは、オレの憧れの人である白上羽衣そのひと・・・ではなく、その身体に入っている寄生虫たるツキコだ。

 言い方は悪いが、事実なのでしょうがない。


「あれ?羽衣、お昼どうするの?っていうか、伊坂君とどっか行くの?」

「珍しいな、伊坂が白上に声かけられてキョドってないなんてよ」


 オレたちのやりとりは当然他のクラスメイトたちにも見られており、普段のオレたちを知る彼らから見ると、物珍しく思えたようだ。


『あはは、ちょっとね?陸上部のことで話したいことがあるんだ』

「あ~。納得。伊坂君、足速いもんね」

「あれ?でも、伊坂ってオカ研入ってなかったか?」

「いや、掛け持ちできるかどうか知りたくてさ。その話し合い」


 ひとまず、当たり障りのない理由をでっち上げてクラスメイトの疑問を躱す。

 『儀式』のことがバレる可能性は0に近いだろうが、オレたちの話し合いがそう大した理由でないことは言っておいた方がいいだろう。

 後、昼休みにオレと白上さんの2人だけでどっか行ったとなると、後で下世話な噂が出るかもしれないし、そんな噂を白上さんに聞いて欲しくないというのもある。

 そこのところは、白上さんの中にいるヤツがなんとかするのだろうけど。


『それじゃあ、行こっか?』

「ああ」


 そうして、オレは心なしか上機嫌に見えるツキコの後を追って教室を出て行くのだった。


(スマン、黒葉さん)


 心の中で、黒葉さんに詫びながら。



-----



『ここなら、誰の邪魔も入るまい』

「ここ入れるのかよ・・・」


 数分後、オレたちがいた場所は、緑のフェンスで囲まれ、昼の日差しがさんさんと照りつけるコンクリート張りの地面しかない場所。


「初めて来たわ、屋上。っていうか、鍵かかってんじゃねぇのか?」

『鍵開けの魔法を使えば余裕だ。私がやろうとしていることを考えると、ここが一番都合がいい』

「鍵開けの魔法って、そんなのあるのかよ。それ、お前との契約にひっかかってんじゃねぇのか?」

『私が必要だと思ったからだな。事実、お前もそこまで悪いことだと思ってはいないだろう?』

「あ~、まあな」


 オレとしても、屋上というのは何気に憧れの場所である。

 入れるモノなら入ってみたいとは思っていた。


『おい、何をぼさっと突っ立ている。時間は有限なんだぞ?早くこっちに来い』

「あ、悪い」


 しばらく物珍しげに周りを見渡していたオレであったが、入ってきた入り口近くにできた日陰にいるツキコに手招きされる。

 

『さて、やっと落ち着いて話せるな』


 壁に背を預けて並んで座ると、ツキコがしゃべり出す。

しかし、コイツは見た目は白上さんなのに、すぐ近くで話していてもなんとも思えないのはなんなんだろう。


「話すっていっても何話すんだよ?今後のこと相談したいとか言ってたけどよ」

『昨日は契約のことで手一杯だったからな。色々と話し足りないことがある・・・が、その前に聞きたいことがある』

「なんだよ?」


 唐突に、ツキコがオレに顔を向け、指を突き付けてきた。

 あまり人を指さすもんじゃないと教わらなかったのだろうか。


『正義と戦ったときから薄々思っていたが、お前、本当に魔法使いか?』

「ああ?見ての通りだろ。オレは魔法使いだよ」

『ああ。確かにお前が魔法使いであるのは間違いないが、私が聞いているのはそんなことではない。お前が、魔法使いの一族であるか?ということだ』

「魔法使いの、一族?」


 突然何を言うのか?

 胡乱げな眼差しをするオレに、ツキコはむしろ確信を得たように続ける。


『お前、逢魔が時のことを知らなかっただろう?逢魔が時とは、怪異と人が最も遭遇しやすい時間帯のことだが、魔法使いとして育てられていたのならば知っていて当然の知識だ。他にも、お前が使い魔を使役してる様子がないし、タロットの知識も穴がある。儀式に関することはプレイヤーとなった時点で頭に叩き込まれるが、お前はあまりに魔法使いとして世間知らずだ。察するに、お前は突然変異だろう?』

「・・・あ~、そういうことか」


 ツキコが何を言いたいのかわかった。

 魔女っ子から魔法に関することは教わっているが、オレの知識はまだまだ足りない。

 タロットのことも、黒葉さんの足下にも及んでいない。

 そこらへんから、オレが魔女っ子のような魔法使いの家の生まれでないことに気付いたのだろう。

 っていうか、儀式のことってプレイヤーになったら教えてもらえるのかよ。

 オレにはそんなんなかったぞ。

 だがまあ、今はソレよりも答えることの方が先だ。


「お察しの通りだよ。オレの親は普通の人間だけど、オレは生まれつきこうだった。ただ、先祖には強い魔法使いがいたかもしれねぇな。オレの爺さんの家には、なんか変わった本があった。初めて読んだときは創作だと思ってたけどな」

『ふむ、やはりか』


 オレの言葉に納得するツキコ。

 そんなツキコを尻目に、オレは内心で胸をなで下ろした。


(なんとか誤魔化せたか)


 オレが突然変異だか先祖返りだとかは魔女っ子がかつて言っていたことだが、爺さん云々はオレの作り話である。

 

(コイツに、もう1人魔法使いが、魔女っ子がいることは知られない方がいいだろうからな)


 昨日、使い魔のことを聞かれた時はなんとか誤魔化したが、朝に逢魔が時のことを聞かれて、オレは素直に知らないと答えてしまった。

 だが、黒葉さんにメールを打っている時にふと思ったのだ。


(あれ?オレが中途半端に魔法のこと知ってるのっておかしくね?さっきも、昨日も『お前本当に魔法使いか?』とか聞かれてるし)


 まだまだ足りないとはいえ、オレは魔女っ子から儀式のことやら魔法のことを知ってしまっている。

 思えば、ツキコと会っていた時に当たり前のように魔法のことを話したような気もする。

 だというのに、魔法使いにとって常識であることを知らないこともある。

 それは、とても不自然に思えるのではないだろうか?

 というか、もうだいぶ不審に思われているような気がする。

 ともかく、そこに目を付けられ、もしも魔女っ子のことを知られてしまったら、とても厄介なことになりそうな予感がするのだ。

 少なくとも、白上さんの身体を勝手に操っているようなヤツに、魔女っ子のことを知って欲しいとは思わない。

 故に、適当なカバーストーリーを用意したのである。


『そうなると、お前はどうやって儀式に参加した?』

「ん?ああ、まず、白上さんが死神と戦ってるところを偶々見ててさ。白上さんが帰った後、死んだと思ってた死神に殺されちまったんだよ。それで、気がついたら生き返って今みたいになってた」

『お前、あの時すぐ近くにいたのか。どうして死神の力を持っているのかとは思っていたが、まさか死神の力をそっくりそのまま奪っていたとは。さすがは死霊術士ネクロマンサーというべきか』

死霊術士ネクロマンサー?」


 死神と初めて出会った時のことを思い出して、思わずアイツの鎌が突き刺さった胸を押さえていると、ツキコが独り言のように呟いた言葉が耳に入った。


「ネクロマンサーって言うと、死体を操るとかいうヤツか?オレが?」

『・・・ソレ、ゲームかなにかの知識だろう?死霊術士とは、魔法使いの男の中に希に現れる存在だ。強力な闇属性への適性を持ち、霊体や魂に干渉する魔法を使うことができる。死神との相性は最高だが、怪異としての死神を倒さずに取り込めるほどとなれば、お前は死霊術士の中でも最上級クラスだろう』

「ふぅん・・・?」


 自分が死霊術士だと言われても、いまいちピンとこない。

 だが、何かがひっかかった。


(あれ?オレ、どっかでツキコが言ったのと似たようなことを聞いたことあるような?)


 さっき聞いた死霊術士の内容。

 それと同じようなことをどこかで聞いたような記憶がある。


『その力をお前が使いこなせれば、儀式を勝ち抜く上で役立つだろうが、お前には知識がない。そして私も、死霊術士の扱う魔法については完全に専門外だし、そもそも属性の相性が悪いから教えることもできん。そこにこだわるよりは、別のことを考えた方がいいだろう』

「お、おう?」


 オレは一体どこでソレを聞いたのか思い出そうとするが、その前にツキコが話しかけてきたのでそちらに集中する。

 

『というわけで本題に入るが、まず、お前は儀式についてどこまで知っている?』

「どこまでって・・・えっと」


 オレが前提としてどこまで把握しているかということだろう。

 まあ、プレイヤーは儀式について知識を与えられるようだし、ここはすべて喋っても問題あるまい。

 儀式に関することは、魔女っ子と特に念入りに話をしたから、プレイヤーが知れることはすべて知っているはずだ。

 そうして、オレは儀式について知っていることを話す。



① 儀式とは、『願いを叶えるおまじない』が具現化した怪異。『始まりの魔女』によって改ざんが施され、いくつかのルールに縛られている。


② 人間のプレイヤーと魔法使いのプレイヤーの2名が参加し、大アルカナを模した怪異を倒し、カードを集める。すべて集めると願いを叶える権利を手に入れることができる。


③ プレイヤーや怪異は1~10のレベルを有し、レベル5以上になると『権能』を使用することができる。

権能を発動すると、持っているカードに由来した特殊能力が発現する。レベル8以上の魔法は権能を発動していなければ使用できない。


④ 小アルカナの怪異も存在し、彼らが落とすカードで自身を強化することができる。ただし使い捨て。


⑤ 儀式から抜ける方法も存在し、代わりのプレイヤーを用意するか、カードを半数の12枚以上集めて他プレイヤーに譲渡すればよい。


「まあ、こんなところか」

『ふむ・・・』


 オレが知っていることを喋り終えると、ツキコはまたしても何事かを考え込んでいた。


『おおよそのことは知っているようだが、抜けもあるな。儀式の改ざんが進んでいるせいか?』

「抜け?」

『ああ。例えば、お前は大アルカナカードの効果について知っているか?』

「大アルカナカードの効果?えっと、持ってるとレベルが上がりやすくなるってヤツか?」

『それは知っているのか。だが、それだけではない。相性が良ければ、大アルカナの権能を一部だが使用できる』

「マジか!?」


 思わず、オレは大声で叫んだ。

 これまで戦ってきた大アルカナは、皆一筋縄ではいかなかった。

 それは、ヤツらが権能を使ってきたからだ。

 その権能を使えるとなれば、それはとんでもない強化になるだろう。


『言っておくが、相性のいいカードだけだぞ?昨日も聞いたような気がするが、お前はどの大アルカナを倒したのだ?』

「えっと、オレが倒したのは・・・『吊された男』、『女帝』、『皇帝』、『女教皇』、あと『正義』だな。『恋人』はお前が倒したし」

『その中だと、お前と相性の良さそうなカードはないな。お前と合いそうなのは、『力』や『戦車』、『審判』辺りだろう』

「そうなのか。なら、お前と相性のいいカードはなんなんだ?」

『私か?それなら、私が持っている『隠者』も『正義』も『恋人』も相性がいいな。『正義』は逆位置の権能になるが』

「マジかよ。なら、今のお前ってオレより強いのか?」

『バカを言うな。私と相性がいいのはすべて搦め手に特化した権能だ。お前の権能を使われれば一発で終わりだろうよ』

「って言っても、オレ権能使えねーし・・・」

『そこだ』


 そこで、ツキコがオレの言葉を遮った。


『私がこの屋上を密談の場所に選んだのは、人目に付かず適度に広い。お前の権能を鍛える上でちょうどいいからだ』

「オレの、権能?」

『ああ。お前は現状儀式において最強と言ってもいいが、それは権能を含めた話。権能を使いこなさなければ、必ず行き詰まるだろうよ。現に、恋人はともかく正義は得意の接近戦で負けそうになっただろう?』

「まあ、そりゃそうだけどよ・・・でも、なるべくなら、あの力は使いたくねーんだよ」


 オレは、初めて死神になった日を思い出す。

 突然凶悪な鎧姿になり、混乱していたオレは内から湧き出る衝動のままに魔法を使いまくった。

 その中で、オレは『ブースト』にも手を出している。

 そして、思ったのだ。


『ヤバい』と。


『確かに、お前の言わんとすることも分かる。『死神』の権能は大アルカナすべての権能の中でも強力な部類だからな。下手をすればお前自身を呑み込みかねん。だが・・・』


 ツキコはいったん言葉を切ってから、真剣な表情で続けた。


『断言する。権能を使わなければ、『終盤』を勝ち抜くことはできん。特に、『塔』、『悪魔』、そして『世界』。この3体にはな』

「『終盤』?」


 どういう意味だ?

 いや、待て。魔女っ子が何か似たようなことを言っていなかったか?

 前回の参加者が最後まで参加していなかったから、レベル8以上の魔法について情報がないとか言っていたような気がする。

 というか、普通なら怪異を半分以上減らしてからレベル5以上が出てきたとか言っていたような。

 

『今回は今の段階からレベル7が出てきているが、この儀式は怪異の数を減らせば減らすほど強力な怪異が出現する。大アルカナのカードで強化されることでプレイヤーも強くなり、強くなったプレイヤーとの戦いで放出される魔力が増える。その魔力は怪異を生み出すためのコストを上回るようになり、儀式の糧となるからだ。当然、終盤は次元の違う怪異が出現する。これまで儀式を完成させた者がいない最大の要因だ。そして、今回はお前という馬鹿げた魔力量を持っているプレイヤーがいる。今は街の住人から魔力を搾り取っているようだが、このまま儀式が進めばお前に由来する魔力だけで強力な怪異が出現するだろうな』

「なるほどな。この儀式がプレイヤーへの試練を与えるってんなら、いつまでも同じレベルのヤツしか出ないなんてあり得ないってか。んで、その強力な怪異ってのがさっき言ってた3体か?」

『ああ。これまでの儀式は、ほとんど『塔』に殲滅されるか『悪魔』によって二度と戦えなくなるかのどれかだ。まあ、『始まりの魔女』が敗北したのは、『世界』だったがな。以降の儀式で『世界』は出現していない』


 『塔』、『悪魔』、『世界』。

 これらは、大アルカナの中でも強いあるいは不吉な意味を持つ。

 当然、これらを象徴する怪異も強力なモノになるということか。

 

『『始まりの魔女』がこの儀式に施そうとした改ざんは、『魔法使いのみが参加権を持つ』、『願いに応じた難易度の調整』の2つ。これによって、多数派である人間が魔法使いを脅かさないようにしたり、魔法使いであっても悪しき願いを叶えられないようにしたかったのだろう。そして『始まりの魔女』の本来の予想では、『世界』であっても倒せるはずだった』


 だが、そうはならなかった。

 始まりの魔女の予想を超えて、終盤に出現した怪異は強かったのだろう。


『今の儀式は、難易度の調整に関する改ざんが大きく暴走した状態だ。そして、それ故に私がまず取りかかるべきは『儀式への改ざんの完了』。そこさえどうにかなれば、儀式そのものの難易度を下げることができる。そのために、私には力が、大アルカナのカードが必要なのだ。『世界』を除いたすべての大アルカナがな』

「だからオレの力が、権能がいるってわけか」

『そういうことだ』


 かつての『始まりの魔女』でも勝てなかった『世界』。

 ソイツを倒すためには儀式への改ざんを完了させて難易度を下げる必要があり、そのためには大アルカナのカードのほとんどを集めなければならない。

 そして、カードを集めるにはオレの権能が要る。

 だから、オレが権能を使いこなせるようにならなければならない。


『私と結んだ契約、忘れたとは言わせない。お前には、すべてのカードを私に捧げる義務がある』

「・・・わかってるよ。お前にいいように扱われてるようでいい気はしねーけど、まあ」


 さっきからツキコが語ることは、ほとんどがツキコ自身の利益に関することばかり。

 それで権能を扱えるようにしろと言われても、正直モヤッとする。

 だが、オレが権能を使えるようになることで得られるメリットが大きいのは確かだ。

 これまでの大アルカナの戦いも、権能を使えていればあっさりと終わっていただろう。

 そうなっていたのなら。


(女帝も皇帝も、女教皇も。魔女っ子に痛い思いをさせずに倒せたはずだ)


 女帝は枯渇の権能で魔女っ子を弱らせ、皇帝の分身や自爆でオレが手傷を負ったせいで魔女っ子を泣かせてしまった。女教皇も、魔女っ子を危険にさらしてやっと勝てている。

 白上さんの安全と解放のため、ツキコとの契約を果たす必要があるのは勿論だが、思い浮かぶのはこれまでの戦いで苦労を掛けてきた魔女っ子のことだった。

 今までの怪異との戦いは、ほとんどが魔女っ子とともに勝ち抜いてきたのだから。


「乗ってやるよ、お前の提案に」

『フン。当然だ』


 オレの答えに、ツキコはニヤリと笑みを浮かべるのだった。


 

-----



『『月纏ルナ・ブースト』。開け、『月光天蓋ルナ・コルティナ』』

「うおっ!?眩しっ!?」


 儀式に関する私の戦略を共有した後。

 私は権能を解放し、屋上一帯に光の結界を構築する。

 プレイヤーはカードによって魔法を使えるようになるが、元々魔法を使えていたのなら、カードとの相性が良ければそれらが強化されることもある。

 私の場合、永きにわたって『月』を使い続けてきたことで親和性がこれ以上なく高いのもあるが、生前から光を扱う魔法が得意だったこともあって、いくつかの魔法は生前よりも強くなっている。

 今使用した『月光天蓋ルナ・コルティナ』もその一つだ。


「なんだ?屋上が全部カーテンみたいなのに包まれてる?」

『私が得意な魔法の一つだ。この天蓋に包まれた存在は、術者か内側にいる者以外から認識されなくなる。例え、それが儀式という怪異が相手だろうとな』

「へぇ~、すげーな!!まさしく魔法って感じじゃん!!」

『ガキかお前は』


 屋上を覆う、半透明の膜。

 誠二は感心したように『スゲースゲー』と言いながら周りを見渡していた。

 語彙といい反応といい、コイツは小学生の感性をもったまま高校生になったのだろう。

 呆れつつ、私は結界にさらなる強化を施すことにする。


『おい、いつまでもはしゃいでないでこっちを見ろ。さっき教えたものを見せてやる』

「? さっき教えたもの?」


 私が声を掛けると、誠二は思ったよりも素直に近寄ってきた。

 そういうところも子供っぽいヤツである。

 まあ、扱いやすいのはいいことだ。


『これを見ろ』

「これって、『隠者』のカードか?」


 私が取り出したのは、白上羽衣が最初に倒した怪異である『隠者』。

 出会った時はレベル4であったため、権能は使ってこなかったが、レベル5かつ相性のいい私ならばその力を引き出すことができる。


『いくぞ。『灯纏ルーメン・ブースト』・・・愚者を照らす月明かりの囲いをここに。『月光灯火ルナ・ルクス』』

「え?」


 私が隠者の力を行使した瞬間、眼に写る風景が大きく変わる。

 真昼であった屋上が、一瞬のうちに夜の闇に覆われていた。

 闇の中に光るのは、私が握る月を閉じ込めたかのようなカンテラ。

 月明かりに似た光によって、私と誠二が照らされていた。


「え?さっきまで昼だったよな?なんで夜になってんだ?これが、隠者の力なのか?」

『ああ。隠者の意味は正位置も逆位置も本質的に変わらんが、私に適性があるのは『孤独』と『秘匿』。内と外を隔てる結界を構築し、何かを隠す際に、大幅な補正がかかる。私がさっき展開した『月光天蓋ルナ・コルティナ』をさらに強化したのだ』


 隠者の基本的な意味は、『探求』、『孤独』、『慎重』。良くも悪くも閉鎖的な様を表わす。

 私の場合は『閉ざす』ことにしか効果を発揮しないが、これによって結界を構築し直した場合、内からも外からも破ることは困難になる。

 それが、『月光灯火ルナ・ルクス』と名付けた隠者の権能だ。

 

『これならば、お前が権能を解放してもすぐに壊れはせんだろう。念のため距離も取った。さあ、やってみろ』

「ああ!やってやるよ!!」


 カンテラを浮かせ、結界内部を照らしてから距離を取る。

 私がフェンスに背をつけながら叫ぶと、気合いの入った返事が返ってきた。

 ここに来る前はずいぶんと不満げだったが、今はかなりやる気が満ちているようだ。


(まあ、それも当然か。なにせ、白上羽衣の安全がかかっているのだからな)


 誠二の行動原理は、その『すべて』が白上羽衣に基づいている。

 契約で縛らずとも、儀式の影響で白上羽衣が危険にさらされかねない事態であり以上、誠二が儀式の完成のために熱意を出すのは自然なことだ。

 白上羽衣のために、ひいては・・・


(この、私のためにな)


 協力者である誠二が、私の目的のために親身になって努力する。

 あの凶悪と言っていいほどの強さを持つ誠二が、私の言うことを素直に聞いている。

 『恋人』に操られてもいないのに、まるであのときのように。けれども確かに己の意思で。

 それは、思っていたよりも痛快であった。

 

「それじゃ、まずは『変身』・・・』

『む・・・』


 少しばかり胸の内から湧き出る愉しさを噛みしめている間に、黒い鎧が現れていた。

 相変わらず、権能を解放していないというのに凄まじい瘴気である。

 私は、これから起きるであろう事態に身構えて、誠二の一挙一動に注目する。


(さて、気張れよ私。いかに結界を強化し、契約で私を傷つけられないようにしたとはいえ、相手はレベル9の死神。下手をすれば一発で・・・)


 全身に魔力をみなぎらせ、結界の維持に全力を出す私の前で。

 『死神』はその魔法を唱えた。


『『死纏デス・ブースト』』

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