第32話 日常4
「う~ん・・・」
「伊坂くん?どうしたんですか?」
朝の通学路。
まだあまり人がいないので、黒葉さんと並んで歩いているのだが、オレはうなり声を上げていた。
というのも、だ。
「いや、なんか、大事なことを忘れてるような気がしてさ。昨日から気になってるんだよね」
「大事なこと、ですか」
昨日は舞札神社で手品の練習をした後、死神の姿でショートカットして帰ったのは覚えているのだが、どうにもぼんやりとした違和感がある。
その帰り道で特に何もなかったはずなのだが。
「あ、あの!!」
「ん?」
そんな風に地味に悩んでいると、学ランの袖がクイクイと引かれる。
見れば、黒葉さんが緊張した顔でオレの裾を引っ張っていた。
一体なんだろう?
「伊坂くん、その、ワタシとの約束は、覚えて、いますか?」
「え?黒葉さんとの約束?え~と・・・」
「お、覚えてないんですかっ!?」
「あ、いや、違うよ。逆なんだ」
「逆・・・?」
「うん。どのことかなって。ほら、こうやって一緒に登下校するのも、お昼や放課後にボディーガードするのだってそうだし」
最近、オレと一番よく会話をして一緒にいるのは黒葉さんか魔女っ子だ。
そのためか、その2人とは色んな約束をしている。
だから、一口に約束と言われても、心当たりが多すぎて特定できないのである。
「あ、そういうことですか・・・えっと、舞札祭のことです」
「舞札祭のこと・・・?えっと、確か・・・ああ、クラスの出し物よりもオカ研を優先して欲しいってヤツ?」
「そ、そうです!!覚えてくれてたんですね」
「そりゃあ、その約束してからそんなに経ってないしね」
舞札祭の約束というと、『オレの手品を見せるのは黒葉さんが近くにいる時だけ。クラスの出し物よりもオカ研を優先して欲しい』というモノだった。
「でも、なんでいきなりそんなことを・・・?」
「あ、いえ。大事なことを忘れてるようなって言ってたので、つい」
「ああ・・・」
なるほど、オレが約束を忘れていないのか不安になったのか。
まあ、オレ以外に人間不信な黒葉さんにとって、オレとの約束が大事なモノになるというのは頷ける話だ。
オレなんぞには、ずいぶんと贅沢なことだが。
「大丈夫だよ。オレにとっても誰かと約束するなんてこれまでほとんどなかったから、忘れるなんてできないよ。特に、黒葉さんとの約束はね」
「えっ!?」
黒葉さんと関わりを持って一ヶ月くらいだが、オカ研の部室で襲われかけたり、ショッピングモールで絡まれたりと何かと目が離せない。
だから、オレは黒葉さんに関わるイベントはしっかり覚えておくことにしている。
舞札祭の最中など、外来のお客に紛れてまた変な連中が来るかも知れないし、約束などなくても離れるつもりはない。
さらに言うなら、白上さんと出会うまでボッチ街道をひた走っていたオレにとって、友人との約束はあまりにも眩しい、憧れの中だけのモノだった。
そんな輝かしい大事なモノを忘れることなど、できるはずもない。
本心からそう思っているからこそ、オレの口からはスルリとそんな言葉が出てきたのだが・・・
「? 黒葉さん?どうしたの?」
「なんでもないです・・・」
黒葉さんがそっぽを向いていた。オレの袖を掴んだままで。
黒葉さんが向いている方を見てみるが、ただのブロック塀が並んでいるだけである。
一体どうしたというのか。
「ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ?それに手だって、オレ、無駄に歩幅広いから転んじゃうかも・・・」
「い、今顔見るのはダメです!!そ、その!!あ、朝にしたメイクが崩れちゃったので!!」
「そ、そうなんだ。ごめん」
女の子の化粧のことなど、オレにとって外国語のニュースよりも難解だ。
そう言われてしまえば、不用意に踏み込むことなどできない。
今、オレと黒葉さんの間に即死級の地雷原が設置されたのだ。
「ちょ、ちょっとメイクを直すので、しばらくこのままでいてくださいね」
「う、うん。わかった」
(意外だ。黒葉さんってメイクとかしてたんだ。そんなのなくても十分可愛いだろうに。っていうか、オレの袖掴んだままだけど、片手のまま手鏡なしでも直せるものなのかな?)
(い、いきなり本気でそんなこと言ってくるなんて!!しかも全然照れてもいないし平気そうだし気にしてないなんて!!ズルいよ卑怯だよ伊坂くん!!ワタシなんて絶対に顔がニヤけちゃってるのに!!こんな顔見せられないよぉおおお!!)
そうして、オレたちはしばらくそのまま道の真ん中で立ち止まっていたのだった。
人気のない所でよかった。
-----
「おはよ~」
「おう、おはよう伊坂」
「今日も少し早めだな」
「まあな」
今日も黒葉さんをこっそり護衛するというミッションを終え、無事に教室にたどり着いたオレ。
これを始めてから、教室に来るのが少し早くなった。
早起きは苦手だが、これはこれでメリットもある。
というのも。
「みんなおはよ~!!」
「おはよ、羽衣~」
「おはよう、白上」
クラスのアイドルである白上羽衣。
彼女が朝練を終えて入ってくるタイミングに間に合う。つまり、それだけ多くの時間を共有できるということなのだから。
「おはよう、伊坂くん!!」
「う、うん。おはよう」
白上さんの席はオレの後ろだ。
必然的に、白上さんがオレの近くにやってきて、挨拶をしてくれる。
オレも、少しどもったが挨拶を返す。
それにしても、今日の白上さんも美人だ。
元々顔立ちは整っているのだが、まるで太陽のように明るい笑顔でいるから、さらに綺麗に見える。
狙ったわけでもないだろうが、ついついその笑顔をガン見してしまいそうになるが、さすがにキモすぎるので自重して、オレは前を向き・・・
(代われ、白上羽衣)
「え?きゃっ!?」
「っ!?」
突如後ろから発せられた魔力の気配に、オレは全力で振り向いた。
『改めて・・・おはよう、伊坂君?』
「お前・・・」
笑っている白上さん。
しかし、その笑みはさっきまで浮かんでいた太陽のごとく明るいソレではなく、月のようにどこか冷たさを感じる。
明らかに、オレの後ろのいるのは白上さんではなかった。
そして、オレはその正体を知っている。
「お前、ツキコ・・・」
『そんなに怖い顔しないでよ、『誠二君』。ここは教室だよ?』
「・・・チッ」
周りを見回すが、オレたちの雰囲気に気付いた様子はない。
白上さん、否、ツキコの声がいつも通りで、見た目に変わりがないからか。
「なんの用だこんな朝っぱらから」
『もうっ!!伊坂君の顔でそんな乱暴な口調で喋っていいの?余計な注目されちゃうよ?』
「・・・何か用かな、白上さん」
オレは、内心からこみ上げる苛立ちをかみ殺しつつ、普段白上さんに話しかけるように喋る。
正直、メチャクチャストレスである。
『ううん。特にたいした意味はないよ。ちょっと確認したかっただけ。ちゃんとしっかり効いてるかどうかのね?でも、この感じだと大丈夫そうだね。よかった』
「・・・・・」
表面上だけは白上さんのように喋るツキコ。
なんとも言えない不快感が湧き上がってくるが、同時にさっきまであった違和感が、急速に消えていってスッキリした感じもする。
それは、昨日コイツと結んだ契約のせいだろう。
「そのためだけに、白上さんの心を無理矢理乗っ取ったのか?」
『誠二君にとっては軽いんだろうけど、私にとっては大事なことだよ。だから、契約違反だと判断されていない』
「・・・・・」
オレとツキコは、昨日儀式を勝ち抜くために、白上さんの安全を守るために契約を交わした。
それにより、ツキコは必要でなければ白上さんを操ることはできず、また、オレはツキコが表に出てこなければ契約やツキコのことを思い出せないようになっている。
今、こうして忘れていたことを思い出せたり、そもそもツキコが表に出てこれているのは、この状況が契約違反ではないということだ。
「・・・確認できたんなら、もういいんじゃないかな。早く戻った方がいいよ。もうすぐHR始まるし」
『うん。すぐに戻るよ。でもね、もう一つ伝えたいことがあるんだ』
「・・・?」
昨日、コイツに借りを作ったり、なんだかんだ発破を掛けられたりもしたので、前に感じた『嫌な感じ』が薄まっていることもあり、ツキコに対する嫌悪感は少ない。
だが、白上さんではない存在が白上さんの身体で白上さんの真似をしているというのは、白上さんの尊厳に唾を吐いているのに等しく、正直かなり不快だった。
だから、さっさと元に戻れと言外に言ったのだが、ツキコにはまだ用があるらしい。
『今日のお昼休み、時間を作ってくれないかな?相談したいことがあるの。昨日はそこまで時間が取れたわけじゃないから、これからのためにじっくりね』
「昼休みに・・・?」
ツキコの言いたいことはわかる。
オレとツキコは今、儀式のために同盟を組んだ状態と言っていい。
昨日は契約を結ぶのと、コイツの妙なこだわりのせいで始まった名字を決めるための言い争いでだいぶ時間を食ってしまい、具体的な戦略を決めることができなかった。
だから、話し合いをするのが必要なのはよくわかる。
だが・・・
--ワタシに、伊坂くん以外で信じられる人なんていませんから
「どうしても、昼休みじゃなきゃダメか?」
オレの頭をよぎったのは、黒葉さんのことだった。
『うん。昼休みがいいの。放課後だと、万が一があるかもしれないから。『逢魔が時』って言葉は聞いたことあるよね?』
「なんだそれ?」
『・・・お前、本当に魔法使いか?』
一瞬、素に戻って驚きと呆れの表情を見せるツキコ。
だが、知らないモノは知らない。
『まあ、詳しいことはお昼休みに言うよ。夕方はダメって言えばわかるよね?』
「・・・ああ、そういう意味か」
『逢魔が時』というのが具体的に何かは分からないが、これまで怪異は夕方に襲いかかってくることがほとんどだ。
そんな時にオレと一緒にいると、巻き込まれかねないということだろう。
実に合理的な理由である。
しかし、やはり気乗りはしない。
そんなオレの雰囲気を察したのだろうか。
『ずいぶんと、嫌そうな顔だね?『
「・・・あ゛あ゛?」
牽制するかのようなツキコ。
その瞬間、無意識に信じられないくらい冷たい声が出た。
『っ!?『月』よ!!』
すぐさま、オレとツキコを覆うように『何か』が展開される。
だが、オレにはそんなことはどうでもよかった。
「なあ、オレは確かにお前と契約を結んだぜ?お前が白上さんを傷つけない限りは手を出さないってさ。けどよ、お前が今白上さんの精神を乗っ取れてるってことはよ、『お前が契約違反した』って思えば、お前を消せるってことだよな?」
今、オレの中にあるのは、あのフトシとかいうデブが黒葉さんに絡んだ時と同じ感情。
「もしもオカ研に何か悪さして見ろ。『悪事をしない』って縛りを破った罰で、絶対に殺してやるからな」
自分でも驚くほどの、怒りだった。
『わ、わかった!!わかったから抑えろ!!それこそ死人が出るぞ!!今のお前、魔力がダダ漏れだ!!』
「ああ?」
見れば、いつの間にかオレとツキコを囲うように白い光のカーテンのようなものが現れていた。
そして、ツキコの周りを除き、黒い靄のようなモノが立ちこめている。
『お前の怒りが混ざった魔力など、人間が浴びれば廃人確定だぞ。まったく、浄化するのも手間だなコレは』
「あ~、なんかスマン」
頭に血が上っていたオレだが、ツキコが本気で慌てふためき、手からピカピカと光を放って黒い靄を消しているのを見ると、冷静になった。
しばらく、ツキコがブツクサ言いながら浄化とやらをやっているのを眺める。
そのうちに、黒い靄はすべて消えた。
『はあ、やっと消えたか。まったく、お前、魔力の制御くらいきちんとしろ。はっきり言うと、お前は動く核爆弾みたいなものなんだぞ』
「それはお前が妙なこと言うからだろうが。言っておくけど、オカ研に手を出したらヤるのは嘘じゃねーからな」
『わかったよ・・・しかし、そんなにお前にとって大事なのか、オカ研とやらは?』
「ああ。オレの、大事な友達がいるんだ。オレみたいなヤツを頼ってくれる、優しい子がな」
『そうか・・・人間とお前の間で友情が成立するとは信じがたいことだがな。まあ、わかった。お前の怒りを買うのはごめんだし、元より単なる人間に手出しなどするつもりもない。だが、今日の昼休みには私と話をしてもらうぞ』
「・・・しょうがねぇな」
このままコイツの申し出を断ったら、本当に何かやらかすかもしれない。
それに、話し合う必要性については、オレも認めるところだ。
黒葉さんには申し訳ないが、今日の昼休みはオカ研に行けないと連絡するか。
『む。そろそろHRとやらが始まるか。結界を解くぞ』
「あ?」
オレが携帯を手にJINEのアプリを開いたところで、オレとツキコを覆っていた光の幕が消えた。
そして・・・
「朝のHR始めるぞ~・・・おい伊坂。何白上の方見てるんだ。前を向け、前を」
「え、あ?・・・す、すみません」
さっきまでオレたちが見えないかのように振る舞っていた周りのみんなや、いつの間にか入ってきていた担任が、オレを見ていた。
視線の圧力のようなモノを感じ、陰キャの習性として、縮こまって謝る。
『ププッ!!バーカ』
そして、そんなオレの耳に、オレにだけ届くくらいの小声が届く。
(・・・昼休み、コイツは絶対にシめる)
後ろに座るツキコに恨みを募らせながら、オレは素直にHRを聞くのだった。
-----
(オカ研、ね)
こっそりと何やら携帯をいじる誠二を見ながら、私は思った。
前々から、昼休みに誠二が出かけているのは知っていたが、まさか白上羽衣に関わることよりも優先するとは思わなかった。
(そういえば、最近は白上羽衣が陸上部で走るときも、のぞき見しなくなっていたな。オカ研とやらに入ったのは聞いたことがあったが。オカ研か)
少し前まで、白上羽衣が放課後にグラウンドで走る際、教室から他のクラスメイトたちと騒ぎながら見ていたのは知っている。
しかし、最近はその姿を見ていなかった。
誠二は遠目にもその凶悪さから目立つので、いなければすぐにわかった。
間違いなく、オカ研に行くようになったからだろう。
だが、疑問がある。
(白上羽衣が仲介しない場所で、誠二に友人ができるだと?あまりに不可解だ)
誠二の人外としての才能は化け物と言っていいほどだ。
血を分けた家族でもなければ、まともに話すことも難しいだろう。
このクラスで友好的な人間がいるのは、光属性の魔力を放つ白上羽衣によって多少なりとも瘴気が中和されているからだ。
だというのに、誠二に白上羽衣よりも優先順位が上の友人ができるなど、あり得ないと言っていい。
(『オレみたいなヤツを頼ってくれる、優しい子』。『子』だと?まさか、女か!?)
さっき、誠二が言っていた台詞を反芻する。
この学校にいる以上、年はほぼ離れていない。
だというのに、『子』を付けるような存在となれば、相手は女だろう。
(白上羽衣より優先する女だと・・・っ!?)
マズい。
そんな存在がいれば、すべての前提が崩れかねない。
私の計画は、すべて誠二が白上羽衣を好いているという前提の上で成り立っているのだから、白上羽衣を上回る女がいれば、最悪自分が不穏分子として消される可能性もある。
つい、昨日よりも前ならば。
(いや、落ち着け。今の私と誠二の間には契約がある。私がいらんことをしなければ、私の目的は達成される。そもそも、伊坂誠二が異性として好いているのは白上羽衣のままなのは昨日の様子から明らかだ)
昨日、誠二の大鎌が突き付けられた首筋を撫でる。
誠二が好いているのは、白上羽衣のまま代わっていない。
仮に、白上羽衣が捨てられるとしても、すぐさま自分にダメージはない。
今、私の安全は契約によって保証されているのだから。
だが・・・
(だが、不都合ではある。どこの誰かは知らんが、ソイツが誠二の精神に妙な影響を与える可能性は否定できない)
例えば、昨日の誠二だ。
白上羽衣が私の存在がなければ自身を恐れ、嫌っているという事実を知った時。
あの時、誠二の心はひどく弱っていた。
(魔力は、精神や生命エネルギーが変質したモノ。心が弱れば、魔力も弱る)
誠二の心が弱れば、それだけ戦闘能力も減衰し、それはひいては私の目的の障害に繋がる。
もしも、そのどこの誰とも知らない『友人』とやらに、誠二がこっぴどく傷つけられることがあれば。
いや、そもそもだ。
(ソイツは、本当に誠二の友人か?友人を騙る不届き者ではないのか?)
昨日も思ったことだが、誠二は凶悪極まりない外見に反し、内面は善良。
そして、なんだかんだ言いつつも私と契約したように、お人好しというか、押しに弱いというか、騙されやすい部分がある。いや、私は別にそこまであくどい詐欺はしていないが。
ともかく、ソイツは、誠二をなんらかの理由で利用しているだけなのではないか?
(あり得る。いや、そうとしか思えん。誠二は腕っ節も強いし、用心棒とかそんな感じで搾取しているに違いない!!)
誠二を利用すれば、周辺の半グレを統率するくらい余裕だろう。そうなれば、甘い汁を吸う手段などいくらでも手に入る、
強い欲望を持てば、一時の間恐怖を押し殺すこともできなくはない。
他人との繋がりを尊ぶ誠二に親しげに近づけば、騙すのは簡単だ。
あっさりと乗せられる誠二を、私は簡単に幻視できた。
なにせ、実体験としてよく知っているのだから。
(・・・消すか?)
目的を達成する上での不確定要素は、可能な限り迅速に消すべきだ。
しかし・・・
(いや、それをやれば、私が誠二に消されるか。下手に嗅ぎ回るのも逆効果だな・・・チッ。早まったな)
さっき、誠二にオカ研のことを言及しなければ、警戒されることなくオカ研を調べ、場合によっては下手人に『不幸な事故』に遭ってもらうこともできただろう。
だが、今そんなことが起きれば、間違いなく誠二に殺されるだろう。
『ツキコが自分の友人を殺した』と思い込まれれば、契約による縛りは効かなくなる。
けれども、それは。
(気に食わんっ・・・!!)
あの『恋人』と戦った時にも感じた苛立ちが湧き上がる。
誠二が、己以外の誰かに利用され、自分に牙をむきかねない状況にあることが。
(この私が、単なる人間のやることを指をくわえて見ているしかできんだと?誠二が、どことも知れないヤツにこき使われ、捨てられるのを待つしか・・・いや、待て?)
私の中で、その『友人』とやらが誠二を捨てるのはほぼ決定事項だ。
まさか、この現代で一つの街に魔法使いが2人もいるわけがない。
そして、人間ならば、誠二の『死』を帯びる瘴気に耐えるのは不可能だ。
だが、それは好機ではないだろうか?
(白上羽衣よりも優先順位が上の人間によって誠二が傷つけられ、弱ることは不都合ではある。だが、そこを白上羽衣ではなく、私が、このツキコが癒やせばどうだ?)
昨日、私らしくもなく誠二を励ました時。
誠二は救われたような顔をしていた。
白上羽衣と結ばれる未来が潰えたわけではないという幻想にすがって。
(元より、白上羽衣をダシにしていることも不確定要素なのだ。そこを、私に置き換えることができれば・・・?)
--本当に、心の底から大好きです!!キミのためなら、オレはどんなヤツにも勝てる!!絶対に、ツキコさんを守り抜いてみせるよ
それは、『恋人』に操られた時に、誠二が言った台詞。
あくまで、操られた結果に言わされた、幻に過ぎない。
それを、真実にできたら?
誠二が・・・
(誠二が、白上羽衣でもなく、『友人』とやらでもなく、『ツキコ』を愛するようになれば・・・?)
--ドクンっ!!
『っ!?』
反射的に、胸を押さえた。
心臓が、痛いほどに鼓動しているのが分かる。
恐ろしいほどの高揚感が、満ちていくのを感じる。
(そうだ、そうなれば、私の目的は叶ったのも同然じゃないかっ!!)
この気持ちは、永く、永く願い続けたモノが叶う道が開けたからに違いない。
そして、そうと分かれば。
(・・・顔も知らん誠二の『お友達』。今は好きにさせてやる。精々、甘い汁を啜っているがいい)
誠二が口に出した、『友人』。
今は、私にとって利用価値があるから見逃してやる。
だが、この私が、白上羽衣よりも、お前よりも誠二の近くに立てたその時は。
(私が、このツキコが直々に消してやる。誠二を傷つけたのならば、それは儀式の障害に他ならないのだからな)
唇がつり上がるのが分かる。
起こりえる未来に、愉悦が湧き上がる。
希望に満ちた行く先が思い描かれ、全能感が私を支配する。
『クフフッ!!』
思わず漏れ出た笑い声。
それが、積年の執念が報われることへの歓喜によるものだと、このときの私は疑うことなどなかったのだった。
-----
--ヴヴっ!!
(あれ?伊坂くん?)
伊坂誠二と二つ教室を隔てたクラス。
自分にメッセージを送ってくる人物など1人しか思い浮かばなかった少女がこっそりと携帯を見る。
(どうしたんだろう?)
『黒葉さん、ごめん!!今日、クラスで用事ができて、昼休みに行けなくなった!!放課後は大丈夫だから、そのとき埋め合わせさせてほしい!!本当にごめん!!』
「・・・え?」
少女の、黒葉鶫の瞳から、光が消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます