第27話 運命の人
「なあ、コイツ何だ?」
フトシと呼ばれた男が、ワタシを指さして、2人に問う。
「前に言ったじゃん?ウチの高校にヤバいのいるって。そのヤバいののセフレ」
「確か、伊坂とかいう奴」
「伊坂・・・?」
2人が答えると、男は何かを思い出すように首をかしげた。
「伊坂・・・まさか、『悪鬼羅刹』の伊坂か!?」
「なになに?フトシ、知ってんの?」
「ああ。この辺りの不良や半グレをたった1人で平定したやべぇ奴だ」
「え~!?じゃあ、フトシも喧嘩したことあんの?」
「・・・まあな」
どうやら、この人は伊坂くんのことを知っているらしい。
そういえば、前に伊坂くんがしばらく前から不良に襲われなくなったとか言っていたが、この人も伊坂くんに撃退されたのだろうか。
そう思っている時だった。
「コイツが、あの伊坂の女ねぇ」
「っ!?」
フトシが、ニヤニヤと笑いながらワタシを見る。
上から下まで、舐め回すように。特に、胸の辺りを。
ワタシは、反射的に身体をかき抱いた。
そんなワタシを見て笑みを深め、フトシは2人に話しかける。
「お前ら、コイツをどうする気だったんだ?」
「伊坂の好みとか聞こうと思ってんだよ。伊坂って奴がそんなにヤバくても、コイツに落とせたならウチらでも楽勝って」
「あ~?俺がいんのに、伊坂の奴落とす気なのかよ?」
「え~・・・でもフトシも他の女とよくヤってんじゃん。そのせいで、前にキモいオヤジに絡まれた時いなかったでしょ~」
「そうそう!!ウチら、別にアンタの彼女じゃないし」
「このビッチどもが・・・まあ、いいや。つまりこいつは、伊坂のお気に入りってことでいいんだよな?」
「今はね~」
3人はやかましく話し合っている。
どうにか逃げられないかと隙をうかがうが、身体の大きいフトシ中心に3人で通路を塞ぐような形になっていて、通れそうにない。
そして、話し合いが終わったのか、フトシはもう一度ワタシを見る。
「ひっ!?」
「おいおい、安心しろよ。俺は伊坂と違って紳士的なんだぜ?」
ワタシを見るフトシの、分厚い胸。
そこに灯るのは、光のない黒と、毒々しいピンク色。
黒は憎悪、そして嫌なピンク色が表わすのは・・・色欲。
「あの伊坂の女。はっ!!いいね。アイツの女を、俺がメチャクチャにしてやれば・・・あの野郎に吠え面かかせるチャンスじゃねぇか。終わったら、人質にも使える」
「ちょっと~、ここでヤる気?」
「さすがにここはマズいっしょ。っていうか、伊坂って奴はウチらとしては怪我とかしてたら困るんだけど~?」
「バァカ。さすがにここじゃしねぇよ。それに、伊坂だって再起不能にするくらい痛めつけなきゃいいだけだろ?」
そして、3人は少しずつ距離を詰めてきた。
「こ、来ないで!!」
とはいえ、狭い階段だ。ワタシは急いで駆け下りたが、その先のシャッターは閉まっていた。
STAFF ONLYと書かれたシャッターを叩いてみるが、反応はない。
「おいおい!!あんま手間掛けさせんなよ・・・おい」
「はいはい」
「後でなんか奢れよな~」
「は、離して!!」
また、腕を掴まれた。
通路を塞ぐような3人だ。逃れられるスペースは残っていなかった。
両側から腕を掴まれて、つり上げられるような体勢になる。
「おお~、よく見たら、コイツやっぱり結構胸あるじゃん」
「そういや、オカ研にいたときもそれ思ってたわ」
「チビのくせに生意気だよね~」
「~~~!!」
気持ち悪い。
フトシがジロジロとワタシの胸に向ける視線が、毒々しい光が強まるのが、生理的に気持ち悪かった。
そして、恥ずかしくて、悔しかった。
(伊坂くん以外の男の人に、見られたくない!!)
そう思うも、腕で隠すことはできない。
そして、フトシの視線が、ワタシの顔に向く。
その顔には、ニヤリと嫌悪感の沸く笑みが張り付いていた。
「でも、その眼鏡は似合ってねぇな。取ってやるよ」
「か、返して!!」
フトシは、ワタシの眼鏡を奪った。
3人の胸に灯る黒や紫、オレンジの光が一気に見えるようになり、気持ちの悪さで少し意識が薄くなったが、それでもワタシは声を張り上げた。
それは、大切なモノなのだ。
おばあちゃんがワタシに遺してくれた、形見なのだ。
ワタシは全力で暴れる。
「あ~、うっざい!!暴れんな!!」
「アンタじゃ無理だっての!!」
「返して!!返してよ!!」
伊坂くんとのトレーニングで鍛えた脚を、ワタシは力一杯動かした。
空中でバタ足するように、懸命に動かす。
そして。
「お~?眼鏡とったら顔も中々のもんじゃねぇか・・・おぐっ!?」
「フトシ!?」
「大丈夫!?」
ワタシの脚が、何かを蹴り上げた。
靴で感触は分からなかったが、柔らかかったような気がする。
そして、蹴り上げた直後、両側の拘束が弱まった。
ワタシは、力一杯動き、2人の腕から抜け出す。
「眼鏡返して!!」
ワタシは、そのままフトシの持つ眼鏡を取り返すために近づき・・・
「調子のんじゃねぇぞクソガキがぁあああっ!!」
「あぐっ!?」
思いっきり、突き飛ばされた。
ワタシは、床に尻餅をついてしまう。
「このガキが!!優しくしてやりゃつけあがりやがって。まず立場わからせてやんよ・・・そんなにこの眼鏡が大事なら」
「あ・・・や、やめて!!」
フトシが眼鏡の端をつまむように持つ。
何をしようとしているのかわかり、ワタシはやめてと叫ぶが、フトシは顔を真っ赤にしたままだ。
「こんなもん、へし折ってやるよぉおお!!」
「やめてぇええええ!!」
そのときだった。
--ギィンっ!!
「あ?」
「え?」
「何?」
「・・・?」
鋭い金属音とともに、何かが床にぶつかった。
床にぶつかった何かは、そのままバウンドして天井に当たり、もう一度落ちてくる。
床に転がったものは・・・
「コーヒーの缶?」
原型が残らないくらい、真上からぺしゃんこに潰されたコーヒーの缶だった。
けど、一体なんでこんなものが。
その場にいた全員が思わず動きを止めたとき、声が響いた。
「おい、面白そうなことしてんじゃねぇか。オレも混ぜろよ」
「あ・・・!!」
その声を聞いた瞬間、心の中から温かい何かが沸いてきた。
ワタシは、痛みも忘れて立ち上がり、叫ぶ。
「伊坂くん!!」
-----
カツンカツンと音を立てて、伊坂くんが階段を降りてくる。
「・・・・・」
「ちょ、ちょっと・・・」
「フ、フトシ・・・」
3人は何かに気圧されたかのように、さっきまでワタシが叩いていたシャッターの前まで後ずさる。
そして、伊坂くんが、床に尻餅をついたままのワタシの隣まで来てくれた。
「い、伊坂くん・・・ワ、ワタシ」
「ごめんね、もっと早く来れれば」
「そ、そんなことないです!!伊坂くんが来てくれただけで、ワタシは、ワタシは・・・!!」
心の中に、恐怖はもうない。
あるのは、絶対的な安堵と喜び。
それでも、ワタシの目からは涙が零れてきた。
それが嬉しさによるものなのか、さっきまでの恐怖によるものなのかは、ワタシにはわからない。
「あ、あれ?ワタシ・・・」
「これ、使って」
「あ、ハンカチ?」
そんなワタシに、伊坂くんはハンカチを渡してくれた。
わざわざ屈んで、ワタシと視線を合わせて。
「さっきの黒葉さんの声、聞こえてたよ。よく頑張ったね。後は、オレがなんとかするから」
「伊坂くん、あ、ありがとう、ございます・・・」
「後・・・先に謝っておくよ、ごめんね」
「え?」
それはどういう意味なんだろう?
それを聞く前に、伊坂くんは立ち上がり、ワタシを庇うように前に出た。
その瞬間。
--ゴゥっ!!
ワタシの視界が赤黒く染まる。
「ひっ!?」
「あ、ああ・・・」
シャッターの前にいた女子2人が、ぺたんと崩れ落ちた。
「て、てめぇ・・・」
「・・・・・」
フトシが、引きつったような声を出す。
ワタシからは、伊坂くんの顔は見えないし、伊坂くんは無言だ。
でも、彼らの反応と、瞳に映る『黒い炎』からわかることがあった。
(伊坂くん、すごく、ものすごく怒ってる・・・)
この黒い炎は、伊坂くんの魔力だ。
魔力は、生命力や精神力が魂の影響で変質したエネルギー。
すなわち、精神そのものである心の在り方に大きく左右される。
普段の伊坂くんからはほとんど魔力が出ていないが、目に見えるくらいの魔力の量を見るに、今は恐ろしく精神が高ぶっているのだろう。
赤は怒り。黒は憎しみ。
目の前の3人にこの炎が見えているわけではないのだろうが、見えずとも膨大なエネルギーとして存在しているがゆえに、感じることはできてしまっているのかもしれない。
それほどに、伊坂くんは怒っていた。
「よぉ。ずいぶん舐めたことしてくれたじゃねぇか。ああ?」
「!!」
伊坂くんが、口を開く。
そこから飛び出した言葉は、さっきワタシにかけてくれたものとは比べものにならないほど冷たかった。
だが、その冷たさが逆に起爆剤になったのか、フトシは伊坂くんを睨み付けた。
「伊坂・・・てめぇ、俺がビビってばかりだと思うなよ。前とは違う。俺もテメェに負けてから鍛え直した。今日こそぶちのめしてやるよ」
そう言って、フトシは拳を構える。
あの分厚い身体は、脂肪ではなく筋肉なのだろう。
まるで小山のような威圧感だ。
だが。
(伊坂くんに比べたら、全然怖くない)
今の伊坂くんの迫力に比べれば、なんとも思わなかった。
それは、伊坂くんも同じようだ。
「ああ?お前、オレと会ったことあんのか?」
「なっ!?てめぇ、俺を忘れたのか!?舞札西高の『
「いや、普通に覚えてねぇよ。っていうか、そんなん初耳だわ。なんだタンクって」
「て、てめぇ!!ふざけてんじゃねぇぞぉおおおおおっ!!」
「い、伊坂くん!!」
どうやら過去に伊坂くんと戦って敗れ、復讐のために鍛えていたらしいフトシだが、当の本人に忘れられていて逆上したみたいだ。
フトシは、腰をひねり、大ぶりのパンチを打ちだした。
それに対して、伊坂くんは動かないまま。
そして・・・
「は、ははっ!!どうだ伊坂!!」
「伊坂くん!?」
伊坂くんが、パンチをもろに顔に受けて吹き飛ばれた。
ワタシの近くまで飛んできた伊坂くんは、そこで倒れ込む。
ワタシは急いで立ち上がって駆け寄るが・・・
「・・・黒葉さん、オレの顔、跡とか付いてる?」
「え?あ、はい・・・赤くなってますけど」
「そっか。これで良し」
伊坂くんは、何事もなかったかのようにスクッと立ち上がった。
「な!?」
その様子を見て、会心の一撃が決まったと思い込んでいたフトシの顔が驚きで歪む。
「お~、イテテ。おいおい、オレは話し合いで済ませてやろうとしたんだぜ?それをいきなり殴ってきやがって。跡もついてるし、こりゃ、反撃しても正当防衛って奴だよなぁ・・・?」
「て、てめぇ、まさかわざと・・・」
対する伊坂くんは、頬を撫でながら、わざとらしく言ってのける。
いや、実際わざとなのだろう。
あえて向こうから先に攻撃させることで、自分の正当性をはっきりさせたのだ。
つまり・・・
「歯ぁ食いしばれやぁあああああああああああっ!!!!!」
「ぐあああああああああああっ!?」
伊坂くんの反撃が始まる。
さっきの真逆のように、今度はフトシの顔面に伊坂くんの拳が突き刺さり、フトシは吹き飛んだ。
そして、シャッターにぶち当たり、ずるずると崩れ落ちる。
「あ、が・・・」
「おお、今ので伸びてねぇのか。タフだな」
フトシはうめき声を上げていた。
なんとか立ち上がろうとしているようだが、脳を揺さぶられたのか、動けないようだ。
もう戦うことはできないだろう。
「さてと。それじゃあ、オハナシといこうか?」
もう相手に戦う力は残っていない。
それが、伊坂くんもわかっているのだろう。
構えを解いて、地面に崩れ落ちた3人と同じ高さまで屈む。
「・・・ごめん」
「え?」
一瞬、伊坂くんがワタシの方を振り向いた。
その口が動き、ワタシに何かを謝る。
さっきも謝っていたが、一体何に・・・?
その疑問は、次の伊坂くんの言葉で吹き飛んだ。
「・・・『オレの女』に手を出したツケ、どう払うつもりだ?おい?」
「~~~っ!?」
ワタシの頬がカァっと熱くなる。
(オ、オレの女ぁっ!?そ、それって、それって、ワタシのことっ!?)
「ひ、ひぃ・・・」
「う、あ・・・」
それと対照的に、声を掛けられた3人の顔色は蒼白だ。
「くそ、がぁ」
「クソはテメェだよ、豚が。鳴いてないでさっさと答えろや。あ゛ぁ!?」
伊坂くんはフトシの胸ぐらを掴み、立ち上がった。
体重100kgを超えてそうなフトシを、易々と片手で持ち上げている。
そして、フトシを殴り倒しても、伊坂くんの怒りはまったく収まっていないのだろう。
黒い炎は相変わらず燃えさかったままだ。
その炎は、腕を介してフトシの身体に届き・・・
「え!?」
そのとき、不思議なことが起きた。
(黒い炎が、あの人の中に入った!?そ、それに、灯りが・・・)
見たことのない現象に、思わずワタシは冷静になる。
今、伊坂くんに纏わり付いていた黒い炎の一部が剥がれ、フトシの中に入り込んだのだ。
同時に、フトシの胸に灯っていた灯りの色が、青紫に変わる。
青紫の色が意味するのは、『恐怖』。
「ひっ!?あ、あ、あああああああああああっ!?」
「うおっ!?お、おい!?」
突然、フトシが叫びだした。
叫びだして、叫んで・・・気絶した。
「なんだコイツ、急におかしくなって伸びやがって・・・」
「あの人・・・」
急変したフトシに、伊坂くんは少しだけ怒りを忘れて困惑した。
困惑しているのはワタシも同じ。
けど、理由は違う。
ワタシの眼には、おかしなモノが見えていた。
(あの人の周り、黒い煙みたいなのが見える・・・?すごく、嫌な感じ)
胸の辺りに、さっき伊坂くんから別れた黒い炎のようなモノが見える。
いや、炎というより煙だろうか。
だが、熱は感じない。
感じるのは、炎とは真逆の、背筋が凍るような冷たさだ。
「まあ、いいか。コイツがダメならお前らだ」
「ひっ!?」
「う、ウチら・・・」
フトシが気絶してしまい、伊坂くんの矛先が女子2人に変わる。
2人は、血の気が引いた顔で伊坂くんを見返すことしかできていない。
「お前ら、前にオカ研で黒葉さんに妙な真似してた奴らだろ?今度で二回目だ・・・この落とし前どう付ける気だ?」
「ひっ!?な、なんでも!!なんでもする!!だから、許してっ!!」
「ウチらのこと、好きにしていいから!!Hだって何回でも・・・」
「いらねーよ。鏡見てこいや。顔面も中身も黒葉さんの足下にすら届いてないくせにほざいてんじゃねぇ」
「い、伊坂くん・・・」
そんな場面ではないだろうに、ワタシはドキリとしてしまった。
さっきの『オレの女』と言ってくれたときもそうだが、今の伊坂くんは心臓に悪い。
そんなワタシの様子を知ってか知らずか、伊坂くんは2人に要求を突きつける。
「オレがテメェらと、そこに転がってる豚に望むのはたった一つだけだ・・・もう二度と!!金輪際!!黒葉さんに関わるんじゃねぇ!!わかったかっ!!」
「「は、はいぃ・・・う~ん」」
凄む伊坂くんに、2人は泣きながら返事をして・・・気絶した。
直後、ワタシの鼻に刺激臭が届く。
2人と、そして近くで転がっているフトシの股間から、アンモニア臭のする液体がにじんでいた。
「うわ、バッチぃな、漏らしたのかよ。って、こっちの豚もじゃねぇか・・・あ、そうだ。黒葉さん」
「え?あ、はい」
伊坂くんが、振り返ってワタシに声を掛ける。
「こいつらの写真、撮っときなよ。汚らしいけど、また何かあった時に使えると思う」
「・・・わかりました」
ワタシは、スマホに手を伸ばした。
確かに、こんなことをしでかしてくる人たちだ。
また何かやらかさないとも限らない。
とはいえ、長々と見たいモノでもないので、すぐに撮り終わる。
「撮りましたよ」
「ありがとう。後でその写真、オレにも送ってね。後、はい、これ」
「あ・・・ワタシの眼鏡!!」
「さっき、床に落ちてたんだ。アイツがパンチ打つ前に手放したんだと思う。ぱっと見、どこも壊れてないよ」
「あ、ありがとう、ありがとうございます!!」
「どういたしまして。その眼鏡、おばあさんのくれたものなんでしょ?壊れてなくてよかった」
伊坂くんが、ワタシに手を差し伸べてくれたので、その手をギュッと握りしめて、ワタシは立ち上がる。
そして、伊坂くんはそのままワタシに、奪われていた眼鏡を返してくれた。
伊坂くんの言うとおり、眼鏡に目立った損傷はない。
ワタシはすぐに眼鏡を掛けようとして・・・ワタシの瞳に、優しいピンク色の光が映った。
「・・・・・」
「あれ?どうしたの?」
「いえ・・・今は、もう少しだけいいかなって」
「そう?黒葉さんがそう言うのならいいけど・・・あのさ、オレ」
そう、ワタシは、もう少しはっきりと見ていたかった。
優しいピンク色は、優しさの色。
胸に灯る光は、まっすぐワタシに向かって揺れている。
その光を見て、ワタシはゆっくりと瞳を閉じて確信する。
(もう、ワタシは伊坂くん以外を好きになれないんだろうな)
もう、何度助けてもらっただろう。
ワタシが怖い目に遭ったり、危ないことに巻き込まれた時。
今のワタシでも、魔女のワタシでも、どんなときでも助けてくれた。
まるで、物語のヒーローのように。
そして、ヒーローが助けるのは、ヒロインだ。
そうだ。伊坂くんに、その自覚がなくとも。
(伊坂くんは、ワタシの運命の人なんだ)
ドクン、と心臓がはねたような気がした。
この世界のすべてが、ワタシと伊坂くんを祝福してくれているような気すらした。
だってそうだろう?
不良から助けてくれるだとか、怪物から守ってくれるなど、物語の中でしか起きないようなことがもう何度も起きているのだ。
世界が舞台なのだとしたら、伊坂くんというヒーローと、ワタシというヒロインを結びつけようとしているとしか思えない。
ワタシは、決めた。
(・・・言おう。ここで)
もう、我慢できなかった。
胸の中で湧き上がる気持ちが、抑えられなかった。
そして、ワタシは瞳とともに口を開き・・・
「いさ・・・」
「黒葉さん、ごめん!!」
「・・・え?」
伊坂くんが、目の前で土下座していた。
「あ、あの?」
ワタシは困惑した。
そりゃあそうだろう。
告白しようとして、その相手が土下座していたら、誰でも驚く。
そして、ワタシは見た。
(藍色の光?罪悪感の色?)
伊坂くんの胸に灯る光の色が変わっていた。
その色は、深い藍色。
藍色が意味するのは罪悪感だ。
土下座をしていることといい、ワタシに何かを謝りたいというのは分かる。
けれども、何を謝りたいのかは皆目見当付かなかった。
むしろ、ワタシの方が迷惑を掛けてしまって謝りたいくらいなのに。
そうしてワタシが困惑していると、伊坂くんは土下座したまま続けた。
「勝手に、オ、オレの女とか言っちゃって、誠に申し訳ありませんでした」
「あ・・・」
そういえば、ここに来たときにもワタシに謝っていたが、あれはこのことだったのか。
伊坂くんの性格からしたら、こう思っているのではないだろうか。
(伊坂くんからしたら、告白もしてない、恋人でもない女の子を勝手に彼女呼ばわりしちゃったってことになる・・・のかな)
伊坂くんは、とても真面目で誠実だ。
そんな伊坂くんからしたら、確かに謝らなければならないと思うだろう。
でも、それは無用な気遣いだ。
こと、ワタシに限っては。
「その、ああ言っておけば、これから先もむやみに黒葉さんに手を出すようなことはしないんじゃないかなって思って。黒葉さんからしたら、ものすごく迷惑だろうけど・・・」
「迷惑なんかじゃないです!!」
「え?」
それは、ワタシの本音だった。
「迷惑なんかじゃないです。伊坂くんは、ワタシを助けようと、守ろうとして、そう言ってくれたんですよね?だったら、それを迷惑なんて思うはずないです!!」
「黒葉さん・・・」
「それに、それにワタシは・・・」
驚いたような顔をする伊坂くん。
そんな伊坂くんに、ワタシは自分の中の本当の想いを伝えようとして・・・
『おい!!こっちからスゴい音がしたぞ!!』
『あの暴力団員らしい男が来た方だったよな!?』
上の方から、そんな声が聞こえた。
「あ、ヤバい、警備員の人たちだ。黒葉さん、逃げるよ!!ごめん!!」
「え?あ、ちょっと!?い、伊坂くん!?ひゃあっ!?」
声が聞こえた瞬間、伊坂くんは素早く起き上がり、ワタシの手を取った。
そして、すぐにワタシを抱えるようにして走り出す。
せっかくの告白を邪魔され、ワタシは恨み言に一つでも言いたかったが・・・
(こ、これ、お姫様抱っこ!?)
今の自分の体勢を理解して、すぐにそんな気持ちは消えていった。
女の子ならば一度は夢見るシチュエーション。
それを、自分はまさに体験しているのだ。
(ま、まあ、伊坂くんが土下座してるときに告白っていうのもアレだし、言うならやっぱり後夜祭みたいなイベントの時の方がいいし・・・お姫様抱っこしてもらえたなら、差し引きゼロかな)
ワタシは素早く妥協した。
「くっ!?出口どっちだっけ!?」
「あ、あっちです!!」
「わかった!!ちょっと揺れるかもしれないけどごめん!!」
「ひゃわぁっ!?」
人間1人を抱えているとは信じられない速度で、伊坂くんは階段を駆け上がっていく。
結局、ワタシたちはそのまま人目に付かずに逃げることができたのだった。
-----
おまけ
「そういえば、あの缶は何だったんですか?」
「え?缶?」
「ほら、あのときに投げてくれたヤツです」
「ああ。アレか」
ショッピングモールからの帰り道。
伊坂くんがワタシを家まで送ってくれていた。
『黒葉さん、これからなんだけど・・・また今日みたいに、オレを恨んでるヤツが来るかも知れない。だから、送り迎えをさせてもらってもいいかな?』
『ええ!?い、いいんですかっ!?ワタシの家、遠いですよ!?』
『いや、いいトレーニングになるよ。最近サボってたし。それに、儀式・・・あ、いや別件でも鍛えておいた方がいいって思ってたから、むしろちょうどいいかな』
『そ、それなら・・・お、お願いします!!』
というようなやりとりがあったのだ。
伊坂くんは真剣で、本気でやりたがっているのはわかったが、正直ワタシにとって役得でしかない。
まさか、お昼に考えてた、『伊坂くんがワタシのボディーガードだったら』が現実になるとか、ワタシは前世でどれくらいの徳を積んでいたのだろう。
ともかく、そうして伊坂くんがワタシを送ってくれているのだが、ワタシと伊坂くんで会話に困ることなどない。
その会話の中で、ふと気になったのである。
「あれは、そうだな・・・あ、ちょうどいいや。黒葉さん、喉渇いてない?あそこに自販機あるから」
「あ!!ならワタシが奢ります!!送ってくれてるんですし」
「え?でも・・・」
「奢ります!!」
「わ、わかったよ・・・」
気圧されたようになる伊坂くんだが、これは譲れない。
これ以上伊坂くんにもらいすぎたら、心がどうにかなってしまう。
「じゃあ、どれにしますか?」
「え~と、なるべく頑丈そうなの。あ、これとかいい感じかな」
「え?頑丈?」
飲み物を選ぶときに、『頑丈さ』を基準にする人を、ワタシは初めて見た。
きょとんとするワタシの前で伊坂くんは自販機から缶コーヒーを取り出した。
そして、それを一気飲みし、空になった缶を両手の掌で挟むように持つ。
ちょうど、缶の底と口を付ける部分が掌に当たっているような感じだ。
そして・・・
「ふん!!」
「え!?」
グシャリと、缶がぺしゃんこになった。
プレス機にでもかけたように、真っ平らだ。
あのときに飛んできた缶のように。
「いやぁ、これやると、不良でも気の弱いヤツはビビって逃げてくれるんだよね。こうやって潰せば投げやすくて武器にもなるし。中学の頃はよく缶コーヒー飲んでたな」
「そ、そうなんですか」
(気の弱い人じゃなくても、逃げたくなると思うなぁ・・・)
目の前でこんなことができる人が敵意を向けてきたら、ワタシなら全力で逃げる。
「黒葉さんがガラの悪い人に連れてかれたって聞いたからさ。途中にあった自販機で買っておいたんだ。ちょっと時間は使っちゃったけど、投げるのに使えてよかったよ」
「そうですね。あれががなかったら・・・ん?待ってください。伊坂くんは、どうしてあのとき、あの場所に来れたんですか?」
さっき、伊坂くんは『ガラの悪い人に連れていかれたと聞いた』と言った。
誰かから、ワタシがピンチだったのを聞いたということだろうか。
「ああ。あの喫茶店に黒い服を着たお婆さんが来てさ。それで教えてくれたんだ。結局お礼も言えなかったけど、次会えたらいいなぁ」
「そうなんですか・・・そのときは、ワタシもお礼を言わなきゃですね」
ワタシは、顔も知らないお婆さんに感謝する。
ワタシは人間が苦手だけど、それでも人間の中にいい人がいるのは知っている。
助けられたのなら、しっかり感謝はしなければ。
「あ、でも、そういえば」
「? どうしました?」
そこで、伊坂くんが何かを思い出したように呟いた。
「あのお婆さん、どこかで顔を見たことがある気がするんだよな・・・」
-----
おまけ2
『というわけで、これから先はここに来るのが遅れそうなんだ。ごめんね』
夕暮れの舞札神社の境内。
そこで、オレは魔女っ子に頭を下げていた。
その理由は、これからしばらく、登下校の間黒葉さんを護衛するからだ。
今日のようなことがあって、また黒葉さんに何かあったなら、オレは悔やんでも悔やみきれない。
だが、魔女っ子は人間があまり好きではない。
同類であるオレが、顔も知らない人間相手に時間を使うとなれば、もう1人のプレイヤーのことを話題に出したようにいい顔をしないだろう、と思ったのだが・・・・
「そ、そういう理由なら仕方ありませんね!!」
オレの想像よりも遙かにあっさりと、魔女っ子は受け入れてくれていた。
『え?いいの?』
「はい!!ぜひ!!ぜひ、しっかりと守ってあげてくださいね!!て、手を繋ぐとか、お、お姫様抱っことかしてあげれば万全だと思います!!」
『手を繋ぐのはともかく、お姫様抱っこは・・・あ、でも急いで逃げるときには今日みたいに役立つか。うん、いざとなったらそうするよ』
「本当ですか!?きっと、その子、いさ・・コホンっ!!死神さんに守ってもらえることをすっごく喜んでくれてると思うんです!!お姫様抱っこは高得点ですよ!!」
『う、うん・・・』
なんというか、ものすごくテンションが高かった。
「ああ、伊坂くんにお姫様抱っこされながら学校に連れて行ってもらえたらどうしよう・・・町中で噂されちゃうかな。お、お似合いのカップルだって・・・きゃ~~~~!!」
『あの・・・うん、まあいいや』
テンションが高すぎて、聞き取れないくらいの高速で何かを呟いている。
魔女っ子は魔術師だし、なんか魔法の呪文の練習でもしているのだろうか。
なんか話しかけづらいし、しばらく放っておこう。
『カァ!!』
『あ、アカバ』
そのとき、近くにカラスが一羽飛んできた。
ちょうどいい、聞きたいことがあったのだ。
『お前、なんで昼間に飛んできたんだ?魔女っ子に会ったけど、何もなかったって言うし』
『クァ~』
オレがそう問いかけるも、アカバはなんか小馬鹿にしたような感じで鳴くだけであった。
しかし・・・
『カァ!』
『うおっ!?なんだ、今日は珍しいな・・・』
『クァ』
アカバが、オレの鎧の肩に止まった。
しかも、離れていく気配がない。
いつもなら、オレが触ろうとするとクチバシで猛反撃してくるのだが。
『まあ、嫌われるよりはいいな。これからもよろしくな、アカバ』
『・・・クァ』
オレがそう言うと、『はいはい』とでも言いたげに、でも確かに、アカバは返事を返すのだった。
-----
TIPS1 呪い
相手のステータスを下げる、状態異常を与えることを主目的にした魔法を呪いと呼ぶ。
中でも、闇属性の魔力はその適性が高い。
特に、『死』という極めて強力な闇の象徴を宿す伊坂誠二の場合、無意識に放つ魔力すら耐性の低い者には呪いを与えかねない。
もし仮に、伊坂誠二が強い憎悪や怒りを向けることがあれば、その魔力は『死』を連想させる強力な呪いとなって半永久的にその者を蝕むだろう。
解呪は非常に困難であり、その者は常時死に瀕する恐怖を味わい続けることになる。
-----
TIPS2 黒葉鶫の好感度
間違いない。この人がワタシの運命の人だ!!
もう、伊坂くん以外を愛せないよ・・・ +24%
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