第26話 初めての怒り

「アンタ・・・黒葉?」

「あ・・・」


 ワタシがぶつかってしまったのは、オカ研で伊坂くんと初めて会った日に、ワタシを脅そうとしてきた2人だった。

 あまりにも突然に現れた2人に、ワタシは思わず固まってしまったが、すぐに我に返る。

 

「す、すみません。不注意でした。じゃあ、ワタシはこれで・・・」


 頭を下げ、そそくさとその場を立ち去ろうとする。

 クラスでは彼女たちも大人しいが、今は人目のあまりない通路だ。

 なにかされるかもしれないという恐怖がワタシを動かした。

 だが、それは少し遅かったようだ。


「待ちなよ」

「ウチら、ちょっとお願いしたいことあんだよね」

「あっ!?」


 2人を追い越そうとしたところで、腕を掴まれた。

 ワタシは魔女だが、身体能力は人間と変わらない。むしろ、並の人間よりも低い方だ。

 スタミナや脚力は前よりマシになったが、それでも同年代の女子2人を振り払う役には立たない。


「ねぇ・・・」

「うん」


 ワタシを捕まえながら、2人組の片方がもう片方に目配せする。

 すると、もう1人はスマホをイジりだした。

 それを不思議に思うが、腕を強く引っ張られ、視線がずれる。


「ほら、こっち来なよ」

「痛っ!?」


 元より非力なワタシだ。

 抵抗しようにも力では叶わず、引きずられるように連れ出される。


(へ、変身を・・・)


 ワタシは、『魔術師』の姿になろうとした。

 このまま連れて行かれて、いいことがあるとは思えない。

 力こそ貧弱だが、魔術師になれば魔法を使える。

 一番弱い『バレット』の魔法でも使えば、ただの女子高生2人など撃退はたやすいはずだ。

 けど。



--魔女は悪い人じゃなくて、魔法を使える女の人なんだから。だからね、鶫。お前が、よく考えて、その力を正しいことに使えるなら・・・



「・・・っ!!」


 頭の中に、おばあちゃんが昔言った言葉が蘇る。

 変身すれば、魔法を使える。

 けど、その場合、ワタシは人間を傷つけるために魔法を使わなくてはならなくなる。

 ワタシは人間が好きではない。

 けれども、人間を傷つけたいとまでは思わない。

 ワタシが、ワタシの意思で人間を傷つける。

 その行為が、ワタシにはどうしようもなく怖かった。

 ワタシは人間ではないが、だからと言って『化け物』に、『悪い魔女』にはなりたくない。

 人間相手に魔法を使ってしまえば、おばあちゃんが言った『正しいこと』から外れてしまえば、自分がそうなってしまうような気がしてならなかった。


「早く歩きなよ」

「・・・・・」


 ワタシは、どうすることもできず、ただされるがままに連れて行かれるのだった。



-----



「ここなら大丈夫っしょ」

「人全然来ないしね~」


 連れて行かれたのは、通路にほど近い場所にある、ショッピングモールの地下に繋がる階段の踊り場だった。

 立ち入り禁止のロープがあったが、2人は何の躊躇もなくそれを超えて見せた。

 もしかしたら、常習犯なのかもしれない。


「さっきも言ったけどさ、ウチら、アンタにお願いしたいことあんだよね」


 口火を切ったのは、2人組の片方。

 なんというか、地雷系という感じの大きなリボンを付けた方だった。


「そうそう。アンタ、うまくアイツに取り入ってるみたいだし?どうやったのか教えなよ」

「え?」


 もう片方のやたらと大きなヘアピンを付けた方が、追従するようにそう言ってきた。

 ワタシは、質問の意図が分からず困惑する。


「取り入ってる?ワタシが?えっと、何に、でしょうか?」


 困惑したまま、ワタシは彼女たちに質問した。

 その瞬間、眼鏡越しにボンヤリと見える光が少しだけ赤く染まった。


「何、その態度?惚けてんの?」

「『ワタシ、アイツのお気に入りなんです~』ってか?ムカつく」

「え?え?」


 ワタシの質問は、彼女たちを不快にさせてしまったようだ。

 なおも答えがわからず混乱するワタシの様子に、埒があかないと思ったのか、リボンが怒鳴るように口を開いた。


「だから!!あのおっかない奴にどうやって媚び売ったのかって聞いてんじゃん!!」

「おっかない・・・まさか、伊坂くんのことですか?」

「ああ、アイツ伊坂って言うの。そうそう、その伊坂だよ」

「最近のアンタ、ずいぶんとアイツに気に入られてるみたいじゃん。並んで南校舎に入ってくとこ見たけどさ」

「ウチらのこと、アイツに紹介しなよ。最近、遊んでやってるオヤジたちがウザくてさ~。こっちは金もらえるからお話ししてやってるだけなのにマジになっててホントキモい。ああいうヤバい奴がいればそういうのなんとかしてくれそうじゃん?」

「アイツみたいなのと付き合いあるってなったら、よその連中もこの辺で男漁りすんの止めそうだし。他の学校の連中に金持ってそうな男取られたりしたらムカつくっしょ。だからさぁ」

「な、なにを言ってるんですか・・・?」


 ワタシは、目の前の2人が言っていることの意味が分からなかった。

 分かるのは、2人の胸に灯る光が、ギラギラと目を焼く金色に輝いていること。

 あの悪趣味な金色は、欲望の、物欲の色だ。

 そして、うわごとのように呟くワタシを見て、2人の表情が醜く歪む。

 

「ここまで言ってわからないとか、アンタマジでバカ?」

「だ~か~ら!!あの伊坂って奴、便利そうだからウチらにも貸せってことだよ!!」

「は?」


 頭の中が、真っ白に染まった。

 


--伊坂くんを、貸す?何言ってるの?

 


 ワタシの反応がないことに苛立っているのだろうが、ワタシを急かすためか、2人は堰を切ったように続ける。


「どうせアンタ、アイツとヤりまくって気にいられたんでしょ?まあ、多分レイプだったんだろうけどさぁ。でも、アンタくらいで気に入られたんだったら、ウチらなら余裕じゃん?」

「ウチらなら、アンタよりは絶対にテクあるし、アイツが地味な女が好きなタイプでも落とせるっしょ。でも、万が一ってことあるし、しっかり前準備はしときたいんだよね」

「正直言ってあんなヤバい顔してる奴とはウチらもHしたくないけど・・・まあ、一回くらいならいっかなって」

「それでアイツを使えるようになるならお得っしょ。だからほら、アイツが好きなタイプとかヤり方とか教えなよ」

「・・・・・」


 ワタシは、まだ反応できなかった。

 耳に入ってくる、下劣極まりない言葉を聞きたくない。

 それでも、ワタシは理解してしまう。



--伊坂くんと、あなたたちが、Hする?ワタシもまだなのに?あなたたち『ごとき』が?



 同時に、胸の奥から、これまでの人生で感じたことがないほどの、ドス黒い何かが湧き上がってくる。

 だが、目の前の2人はワタシの様子などお構いなしに、甲高い声で喚き続ける。

 そして、その言葉が飛び出した。


「っていうか、それでウチらがアイツのお気に入りになったら、アンタもういらなくなるじゃん?そうすりゃ、アンタはあんなヤバい奴と関わんなくてもよくなるんだよ?」

「っ!?」



--ワタシが、いらなくなる?伊坂くんが、あなたちのせいで、ワタシを捨てる?



 頭の中で、2人の声が残響する。

 それは、伊坂くんが、目の前の2人のせいでワタシを捨てるというものだった。


「あ~!!そう考えたら、ウチらめっちゃいいことしてるんじゃない?コイツはあのヤバいのから離れられて、ウチらはアイツを使えるようになる・・・Win-Winって奴?」

「よかったじゃん!!アンタ、性奴隷から自由になれるよ?ウチらのおかげでさぁ!!」



--よかった?ワタシが伊坂くんから離れられて、よかった?



 ワタシが、嫌々伊坂くんの傍にいる?

 だから、伊坂くんから離れたら、ワタシが幸せになれる?

 それは、ああ、それは。



--馬鹿にするのも、いい加減にして!!



 もう限界だった。

 それは、伊坂くんへの、そして、このワタシ自身への、これ以上ない侮辱だった。


「ふ、ふざけないでっ!!」


 ワタシは、生まれて初めてなんじゃないかと思えるほど、怒りを込めて大声で怒鳴った。


「さ、さっきから聞いてれば、勝手なことばっかり!!伊坂くんを貸して?伊坂くんは物じゃない!!そんな風に言わないで!!それに、伊坂くんが無理矢理ワタシを犯した?伊坂くんはそんな人じゃない!!そもそもワタシだって、伊坂くんから来てくれたなら絶対に受け入れるもん!!それになにより!!ワタシが伊坂くんから離れられてよかった?ワタシと伊坂くんのこと何も知らないくせに!!ワタシは伊坂くんの傍にいたいの!!好きで一緒にいるの!!ワタシと伊坂くんを引き離すようなことしないで!!」


 ハー、ハー、と、すべてを言い切ったワタシは肩で息をしていた。

 まさかワタシがここまで怒鳴るとは思っていなかったのか、2人は驚いた顔で固まっている。


(これ、今なら逃げられる?)


 言いたいことを言い切ったワタシは、一周回って冷静になっていた。

 2人の様子を見て、今ならばここを離れられるかもしれない。

 ここを出て、人混みに紛れてしまえば簡単には捕まらないだろう。


(よし!!)


 そして、ワタシは走りだそうとして・・・


「おいおい、こんな所までお前ら来てたのかよ」

「あ、フトシじゃん」

「お、遅すぎっしょ」

「あ・・・」


 階段の上から、大柄な男が降りてきた。

 その身体は縦にも横にも広く、威圧感がすごい。

 ワタシは、思わず足を止めてしまった。

 そして、フトシと呼ばれた男が、ワタシを見た。


「で、何ソイツ?」



-----



「黒葉さん、遅いな」


 オレは、1人でドリンクをチビチビと飲みながら呟いた。

 黒葉さんがトイレに行くと言って席を立ってからずいぶん時間が経っている。


「女の子のトイレは長いってどっかで聞いたことあるけど、だからか?考えてみれば、なんで女子ってトイレ長いんだ?」


 喫茶店で呟くには下品すぎるが、オレの席の周りには誰もいないし、別にいいだろう。

 しかし、あんまり黒葉さんが遅いのも困る。

 オレの周りに座っている人はいないが、だからこそ、オレはとても目立っているのだ。

 今のオレは、連休にもかかわらず1人で喫茶店のテーブル席を占拠する寂しい人である。


「メッセージに、既読が付いていない・・・何かあったのか?」


 スマホを確認するが、さっき送ったJINEに既読が付いていない。

 メッセージに気付いていない可能性を考え、二回ほど送ったが、やはり既読は付かない。

 まあ、今は連休で人が多いから、人混みの中でスマホの振動に気付かなかった可能性もあると思うけど。


「何かあるにしても、こんな真っ昼間で人が多いんだし、そんなヤバいことが起きるとも思えないしな。そのレベルならアナウンスとかあるだろうし」


 でも、さすがに後五分経ったらここの会計を済ませて探しに行こうか。

 ちょっと支払いは高くなるけど、男としてちょっと見栄を張りたいところだし・・・親からもらった小遣いだけど。

 そんなことを考えていたときだった。


『カァっ!!』

「うおっ!?」


 いきなり、近くの窓がコツンと震え、けたたましい鳴き声がした。

 見れば、黒い鳥が器用に窓からせり出した手すりに止まっている。

 いや、待てよ。


「お前、アカバか?」

『カァっ!!』


 オレが問いかけると、カラスは『そうだ』とでも言うように鳴いた。

 

「お前、魔女っ子の使い魔だろ?まだ怪異が出る時間には早いぞ。もしかして、魔女っ子に何かあったのか?」

『カァっ!!カァっ!!』


 オレの質問に、今度は二回鳴くアカバ。

 それが肯定なのか否定なのかはわからないが、何か異常事態が発生しているのは間違いないだろう。

 なにせ、アカバはあの魔女っ子の使い魔なのだから。


「とりあえず、黒葉さんには悪いけど、舞札神社に行くか・・・」

『クァアっ!?カァっ!!カァっ!!』

「なんだよ?どうしたんだ?」


 オレが今すぐここを出て舞札神社に行く準備をしようとすると、またアカバが鳴いた。

 だが、さっきまでの鳴き声と違い、こちらを咎めるような感じだ。

 まるで、オレを引き留めようとするかのように。

 しかし、オレにはアカバが何を言いたいかなどわからない。

 魔女っ子ならばわかるのだろうか。

 

『クァアアア!!』

「あ、おい!」


 やがて、よく状況を理解していないオレを叱るように声を上げると、アカバは飛び去ってしまった。


「なんだったんだよ・・・っていうか、オレどうしたらいいんだ?」


 アカバがいなくなり、オレは途方に暮れた。

 テーブルにオレ1人しかいないのに、いきなりカラスと話し出したのを見て、周りの客たちもヒソヒソと何かを呟きながらオレを見ている。

 なんというか、非常にいずらい。


「とりあえず、舞札神社には行くか。黒葉さんにはメッセージを・・・」

『ちょっと、そこのアンタ』

「ん?」


 周りの雰囲気もあって、この場を離れようとするオレだったが、不意に声がした。

 だが、まさか今のオレに声を掛ける者などいないだろうし、他の誰かに言ったのだろうと、オレは再び荷物をまとめ・・・


『アンタだよ、アンタ!!そこの目つきの悪いヤクザみたいな!!』

「うおおっ!?」


 今度は、すぐ近くから声がした。

 驚いて顔を上げると、テーブルのすぐ近くに、お婆さんが1人立っていた。

 喪服のような黒い服を着ているのと、老人にしては背筋がまっすぐ伸びていて、ずいぶん目つきが鋭いのが印象的だ。

 それに・・・


(なんだ、この人の雰囲気?なんか、ちょっと嫌な感じが・・・)


 このお婆さん、何故だか知らないが、少し嫌な空気を纏っているような気がする。

 だが、一体どんな用なのだろうか。

 いや、そもそも本当にオレに用があるのか?

 

「え、えっと、オ、オレですか?」

『他に誰がいるんだい?この店でヤクザみたいなのはアンタだけじゃないか』

「は、はぁ・・・」


 なんというか、ずいぶんとモノをずけずけと言うお婆さんである。

 オレはこんなナリだから、外で声を掛けられることそのものが珍しいのだけど、もしかしてこういう人は結構いるのだろうか。


『ああ、アンタの外見なんてどうでもいいんだ。それより、アンタ。背の低い女の子と一緒に座ってただろう?』

「そうですけど・・・オレは高校生だし、その子も同じ学校で、同じ部活です。断じて児童誘拐じゃないですよ」


 背の低い女の子。

 マズ間違いなく黒葉さんのことだろうが、オレは先手を打って自分の潔白を訴えた。

 今日の午前中、服屋の人からも間違えられたばかりだし。


『それは知ってる。児童誘拐じゃないってのも。まあ、アンタみたいな物騒なのが近くにいるのは今も納得いかないけど、アンタはアンタであの子をしっかり守って・・・って、それどころじゃない』

「?」


 オレに対して何か鬱憤でもため込んでいたかのようにしゃべり出しそうなお婆さんだったが、途中で口を切って、オレの顔を真正面から見つめた。

 初対面でオレと目を合わせられるなど、ずいぶんと珍しい。


『アンタと一緒にいた子。あの子が、なんかガラの悪い連中につれてかれるのを見たんだ。すぐに助けに行ってやってくれるかい!?』

「なんだってっ!?」


 色々頭が混乱していたオレだったが、その言葉は聞き逃せなかった。

 オレは席からすぐに立ち上がる。


「場所はどこですか!?」

『ここの地下に繋がる階段だ!!急いでおやり!!』

「すいません!!会計分抜いておいてください!!おつりは結構です!!後で取りに来ます!!」


 オレは財布をレジにいた店員に放り投げると、すぐに店を飛び出すのだった。



「な、なあ、あの人、誰に喋りかけてたんだ?」

「さあ?なんかカラスにも話しかけてたけど・・・あのテーブルには、あの人以外誰もいなかったよね?」



 店の中で他の客が何か話していたが、オレの耳には入らなかった。


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