第25話 日常3
「おお、いろんなリボンがあるね」
「こっちにはカーテンとかフェルトもありますよ」
連休の最終日。
オレと黒葉さんは、黒葉さんの家ではなく、街の方まで来ていた。
「本当に、勉強について色々終わってて良かったよ。おかげで連休中から準備できるし」
「そうですね。ワタシたちは2人しかいませんから、こういう時間は貴重ですし」
オレたちが来ているのは、オレが数日前に訪れたショッピングモール。
もちろん、舞札祭の準備のためだ。
昨日で宿題が片付き、テストへの対策もできたので、連休最後くらいは遊びに行くついでに舞札祭の準備もしようということになったのである。
オレたちは占いの館をやるつもりだが、ただの空き教室でやるのは風情がない。
きちんとそれらしく飾り立てなければいけないし、そのためには小道具も必要である。
「一通り見て回りましたが、大抵の物はここで揃いそうですね」
「うん。でも、結構お金かかりそうだけど、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。全部部費で落としますから」
「ああ、部活だから部費があるのか。そういえばそうだな」
人間不信の黒葉さんを1人で行かせるのはどうにも不安だったので、集合場所は黒葉さんの家にしてから出発。
着いてからは早々に雑貨や無印良品コーナーを見て回り、おおよそ必要な物の目星を付け終わった。
恐るべきはこのモールの品揃えか。
もう少しかかると思っていたのだが、想定よりかなり早く済んでしまった。
まあ、今日は実際に物を買いに来たのでなく、見に来ただけだからというのもあるのだろうが。
「でも、結構買う物が多そうでした。配送サービスをやってくれてるとは思いますが、車から運ぶのも大変そうですね」
「あ、それだったらオレの親に車出してもらえるか頼むよ。父さんも母さんも、オレが部活のことで協力して欲しいって言ったら、多分結構ノリノリでやってくれると思う」
「え?伊坂くんの、ご両親が、ですか?」
「うん。ほら、オレ、これまで友達とかいなかったし、部活とかも入ってなかったからさ。オレがオカ研に入って、文化祭的イベントで占いやるって言った時はすごく驚いてたよ。嬉しそうだったけど」
「そ、そうなんですか・・・仲がいいんですね」
「あ~、まあね」
オレは曖昧に言葉を濁した。
黒葉さんの家庭の事情についてオレはよく知らないが、あの広い屋敷に一人暮らしをしていることや、お婆さんの仏壇しかないことから、あまり家族のことを話題に出すのはよくないだろうと思ったのだ。
だが、オレの家族は仲がいい方だとは思う。
オレがクラスメイトと仲良くなって友達ができて、部活に入るようになり、連休中には遊びにったり勉強会をすることになったと言った時は、それはもう大喜びしたものだ。
『あ、あの独りぼっちで砂場で遊んでいた誠二が・・・』
『運動会でバトンを渡した瞬間、受け取った子を泣かしてクラスを敗北に導いた誠二が・・・』
『父さん、母さん。喜んでいるところ悪いけど、嫌なことを思い出させないでくれる?』
オレは人外であるという自覚はあるが、魔女っ子の言っていたように血のつながりが深い両親がオレを恐れたことはない。
むしろ、昔から人に避けられがちだったオレを心配してくれた。
オレがまっとうにグレずに育つことができたのも、父さんと母さんのおかげである。
それは、オレが明確に死神となった今でもだ。
部活のことで車を出して欲しいと頼めば、二つ返事で引き受けてくれる確信がある。
「まあ、オレの親についてはそのうち紹介するよ」
「ご、ご両親を紹介っ!?」
「? うん。オレの親も、黒葉さんのこと話したら会ってみたいって言ってたし」
「あ、あわわ・・・ど、どうしよう。こういうときって振り袖で行くべきでしょうか?そ、それともドレスで?でも、ワタシそんなの持ってないし」
「いやいや、今の格好でいいって。部活のことで会う前に顔合わせしといた方が面倒がなさそうってだけだから」
「え?あ、そうですか・・・」
いつものように突然情緒不安定になる黒葉さん。
最近では結構見慣れてきたので、オレも落ち着いて対処する。
きちんと会わせたい理由を伝えると、黒葉さんはこころなしかシュンとしながらも落ち着いてくれた。
これもいつも通りである。
「ところで、これからどうしようか?もう見たいものは見終わったし。どっか別の店に行く?」
黒葉さんが落ち着いたところで、これからの予定の話をする。
せっかくショッピングモールに来たのだ。
舞札祭以外のことでも色々見て回ってもいいだろう。
黒葉さんはあまりこんな場所に来たことがないようだし。
「そ、それなんですが・・・」
そこで、黒葉さんがどこか申し訳なさそうな口調になった。
「伊坂くんがよかったら、伊坂くんのクラスメイトと一緒に回った場所を見てもいいですか?伊坂くんにとっては二度目になってしまいますが」
「大丈夫だよ。じゃあ、ゲームセンターから行こうか」
「は、はい!!」
黒葉さんの申し出は、オレにとって楽なものだ。
オレが一日目に行った時のことを根掘り葉掘り聞いてきた黒葉さんだが、オレの話を聞いて行ってみたくなったのだろうか?
やけに気合いの入った様子の黒葉さんを、オレは案内するのだった。
-----
「こ、ここがゲームセンターですか。初めて来ました・・・」
「オレも、来たのはつい最近になってからだよ。あ、あれがクレーンゲームで、あっちがシューティング」
伊坂くんに連れられて、ワタシはチカチカする光や騒音に満ちた場所に来ていた。
ワタシ1人だったら絶対に来ないであろう場所だ。
今日は外に行くので眼鏡をしているが、目が少し痛く感じるくらいで、できることならさっさと離れたい。
けれど、ワタシはどうしても、このお休みの間にここに来たかった。
「とりあえず、何をやりたい?とりあえずクレーンは・・・」
「ワ、ワタシ、クレーンゲームしたいです!!」
「え?」
なんか嫌そうな顔でクレーンゲームを見ていた伊坂くんだが、ワタシがやりたいのはむしろソレだ。
きょとんとする伊坂くんの横を駆け抜け、マシンの前まで来る。
「これ、どうすればいいですか?」
「あ、えっと、まずお金を入れて、そこのレバーを動かすんだけど・・・」
ワタシは硬貨を入れて、マシンを操作する。
ざっと中を見回したが、特に欲しい物はなかったので、適当な人形を選んで狙いを定めた。
伊坂くんにやり方を教えてもらいつつ、最初の一、二回目は失敗したが・・・
「取れました!!」
「マジか!!黒葉さんスゲー!!」
ワタシの腕に、可愛らしい人形が収まっていた。
ワタシは運動は苦手だが、薬の調合をよくやってるおかげで手先の器用さはそれなりにあると思う。
少し操作して、ワタシはコツを掴むことができたようだ。
それから、ワタシはいくつか中にある品物を取っていき、『スゲースゲー』と喜んでくれる伊坂くんの持つ人形が三体を超えたところでやめた。
「ふぅ~、さすがにこれ以上は取っても荷物になりますね」
「店員さんから袋もらえて良かったよ」
荷物が多くなってきたし、クレーンゲームでそこそこお金を使ったので、ゲームセンターを出ることにする。
さて、次の行き先だが。
「あ、ごめんなさい伊坂くん。ワタシ、舞札祭の衣装を見るの忘れてました!!見に行ってもイイですか?」
「え?あ、大丈夫だけど・・・」
そうして、ワタシたちは連休で人が混み合う通路を歩いて行く。
「ここですか?」
「うん。服とか見るならここかなって。まあ、ここ以外よく知らないんだけど。でも、さすがに仮装とかは売ってないと思うけどなぁ」
次に来たのは服屋だ。
ワタシは、ぐるりと店の中を見て回る。
「あ、あのジャケットとか伊坂くんに似合いそうですよ!!」
「え?あれが?そうかなぁ・・・」
「もう!!伊坂くんは背も高いし、シュッってしてるんだから、素材はいいんですよ!!着てみてください」
「わかったよ・・・でも、期待はしないでよ?」
こんな普通のお店で魔女風の衣装が売っているわけもないが、伊坂くんに似合いそうな服はあった。
ワタシは黒いジャケットとスーツパンツ、シルクハットを手に取ると、伊坂くんに着てもらうことにする。
渋々と気の進まないような伊坂くんが試着室に入り、少しして出てきた。
「とりあえず、着替えてみたけど」
「っ!!やっぱり似合いますよ!!後はマントとかあればなぁ・・・」
ワタシの予想通り、黒いスーツとシルクハットは背が高く、筋肉質ながら細身の伊坂くんによく似合っていた。
仮装というには普通だが、伊坂くんが着るだけでオーラというか威圧感が強調されて、雰囲気がある。
なんというか、裏社会に精通する凄腕の用心棒とか、そんな感じだ。
用心棒、用心棒かぁ・・・
「そ、そんなに似合う?」
「はい!!今の伊坂くんなら、どんな凶悪犯罪者が来ても守り切ってくれそう・・・いいなぁ」
「ええ・・・それって似合ってるの?」
もしも伊坂くんがワタシの用心棒とか、護衛だったら。
やっぱり護衛なのだから、四六時中一緒にいてくれなきゃいけないだろう。
いつでも、どんなときも、伊坂くんが傍にいてくれて、守ってくれる。
それは、とても心惹かれる光景だ。
(まあ、今は実際に守ってもらえてるけど。それでも、夕方だけだしなぁ)
実際に死神の姿であるものの護衛として守ってもらえていることを思うと、心が満たされる。
それでも、死神の姿のときは仮面や鎧で表情が見えない。
やっぱり、ワタシとしては伊坂くんとは素顔でお話したいのだ。
「と、とりあえず!!その服は買って帰りましょう!!お金ならワタシが出しますから!!」
「いやいやいやいやっ!?もらえないって!!買ってもらうには高いよこの服!!」
「大丈夫です!!お金ならありますから!!なんなら部費で・・・」
「あの、お客様・・・」
試着室の前で言い合うワタシたち。
その背後から、声を掛けられた。
「当店での、反社による児童の誘拐は、さすがに見逃せません。通報を・・・」
「高校生です(ですっ!!)」
慣れているのか、静かに言い返す伊坂くんとは対照的に、またも小さい子と勘違いされたワタシは怒り心頭で叫ぶのだった。
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「もう!!本当に失礼しちゃいますよ!!」
「ははは、オレはまあまあ慣れてるけどね」
あの失礼な服屋を出て、ワタシたちはファミレスに来ていた。
少し早い時間だからか、お客さんはそこまでいない。
ワタシたちは隅の方にある2人掛けの席を取ることができていた。
最初は服屋のことが気にかかっていたワタシだが、落ち着いてくると次第に店の中の様子が気になってくる。
「ゲームセンターもそうですけど、ファミレスに入るのも初めてですね・・・」
「あ、やっぱり?オレもこの連休に入る前まで入ったことなかったんだ」
「そうなんですか?ご両親と仲がいいなら、連れてきてもらったりは?」
「いや、オレ、ガキのころから雰囲気悪かったみたいでさ。家族連れの多いところはどうしても空気を悪くしちゃうから、来たことなかったんだ。父さんと母さんには迷惑かけたと思ってる」
「そ、そうなんですか・・・」
ワタシの両親は生きているけど、おばあちゃんの家に預けられてから連絡を取ったことは一度もない。
おばあちゃんも、両親のことは一回も口を出さなかったし、葬儀や遺産のことに関しても一切口を出さず、おばあちゃんが生前雇っていた弁護士の人とかが、ワタシが成人するまで財産の管理をしてくれることになった。
だから、ワタシにとって両親はいないのと同じだし、別にそれを悲しいとは思わない。
それに対して、伊坂くんの家族は仲がいいらしい。
(なんか、複雑な気分だな・・・でも)
家族のぬくもりというものは、おばあちゃんが教えてくれた。
ワタシにはもう存在しないモノ。
伊坂くんは未だに持ち続けているモノ。
それを、ワタシは羨ましく思っているのは確かだ。
でもそれ以上に、家族のことで喜ぶ伊坂くんを見ていると、微笑ましいというか、温かい気持ちになってくる。
(伊坂くんがこんなに良く言う人たちだもん。きっといい人たちなんだろうな)
死神に適性があるということは、人外の中でも人間にとって最も危険な類いの才能を持っているということだ。
そんな伊坂くんを、こんなに優しい性格のまま育てた人たちなのだ。
ならば、きっと優しい人なのだろう。
ワタシは人間が基本的に苦手だけど、素直にそう思える。
「ん?どうしたの?黒葉さん」
「いえ、伊坂くんのご両親は、いい人たちなんだろうなって思って」
「へ?あ、まあ、いい人たちだと思うよ。息子のオレが言うのもなんだけど」
少し照れくさそうに笑う伊坂くん。
ワタシは、ついクスクスと笑ってしまった。
伊坂くんの強面で照れくさそうにしているのが、ずいぶんとギャップがあったのだ。
ワタシは可愛いと思うけど。
「オ、オレの親の話はもういいでしょ。ほら、せっかくファミレスに来たんだから、なんか頼もうよ」
「フフ、そうですね。じゃあ、このパスタセットと、ドリンクバーを頼みます」
「オレは、ハンバーグとライス大盛りに、ドリンクだね」
いつまでも話してばかりで、注文をしない迷惑客になるわけにはいかない。
ワタシたちはお互いに頼みたいモノを注文する。
そして、ワタシは席を立った。
「アレ?黒葉さん?」
「ちょっとドリンクバーに行ってきますね」
「あ、オレも行くよ」
伊坂くんと連れだって、ワタシたちはドリンクバーまで行く。
伊坂くんがオレンジジュースを注いでいるのを横目に見つつ、ワタシはドリンクの種類を眺めた。
「黒葉さん?飲み物は?」
「ワタシは、コレとコレ、後コレを混ぜてみますね」
「うえっ!?止めた方がイイって!!オレ、これでひどい目に・・・」
伊坂くんが止めようとするが、ワタシは構わずウーロン茶と紅茶、そしてアイスコーヒーを注ぐ。
そして、口を付けて飲んでみた。
「ん・・・落ち着いた味ですね。結構好きです」
「え~、マジで?」
「伊坂くんも飲んでみます?レシピは、ウーロン茶とアールグレイ、アイスコーヒーを三分の一ずつ順番にいれてみてください」
「う~ん、黒葉さんがそう言うなら・・・あ、本当だ。なんか大人って感じの味がする!黒葉さん、知ってたの?」
「これでも、家だと色んなハーブティーをよくブレンドして淹れますから。なんとなく、美味しそうかなって思ったんです」
「へぇ~、すごいな」
「あんまり奇をてらった組み合わせより、近い味わいのモノを混ぜた方が美味しいモノができると思いますよ。ほら、オレンジジュースとカルピスとか」
「よし、ならやってみるよ・・・おお、確かにうまい!」
お客さんがあまりいないので、しばらくの間ドリンクバーの前で即席のカクテルを作ってみる。
伊坂くんに言った通り、ワタシはよくブレンドもやるので、なんとなくの組み合わせや比率がわかる。
伊坂くんは、感心したように、楽しそうにミックスジュースを飲んでいた。
そんな様子を微笑ましく思いながら、ワタシもドリンクを飲んで、心の中で思う。
(これで、『上書き』できたかな)
それは、連休中の間、ずっと考えていたことだ。
魔女として、伊坂くんがだらしのない雰囲気でいた時。
ワタシの家で、楽しそうにクラスメイトとの思い出を語る伊坂くんを見て、思ったこと。
前に、伊坂くんがクラスの誰とも知らない女子に脚を褒められたとかで、上の空だった時にも思ったことだ。
『ズルい』
(ワタシだって、伊坂くんと遊んだことなかったのに・・・って思ったけど、2人きりで遊んだのは、ワタシが最初だから)
ワタシは、伊坂くんの友達である。今はまだ。
これから先にもっと深い関係になる予定ではあるが、それはそれとして、友達なのに一度も一緒に遊びに行ったことがないというのは由々しき問題だ。
それなのに、伊坂くんの友達を名乗るクラスメイトたちは、ワタシを差し置いて伊坂くんを遊びに連れて行ったのである。
これは、伊坂くんの友達として黙っているわけにはいかないと思ったのだ。
だから、伊坂くんが昨日『勉強も終わったし、どっか行きたいかもなぁ』と独り言をこぼしたのを、ワタシは聞き逃さなかった。
『宿題も片付いたので、舞札祭に必要な物を見に行きたいですね。街のショッピングモールとかに』と伊坂くんに言うと、そこからはワタシの思惑通りにトントン拍子で進んだのである。
こうして、ワタシの『伊坂くんと2人だけで遊びに行く』という目的は達せられた。
クラスメイトと遊びに行ったというコースをもう一度回り、彼らと過ごした時よりも楽しいであろう思い出を作れたのだから。
少なくとも、ワタシの人生の中で、今日は五指に入る楽しい日になったのは確定だ。
まあ、心残りというか、残念なこともあるけど。
(・・・伊坂くん、もう少し緊張してくれてもいいのに)
「? どうしたの、黒葉さん?」
「・・・いえ、なんでもないです」
目の前でハンバーグをナイフで切って口に運ぶ伊坂くんに、緊張の色はない。
それが、少しだけ残念というか、もどかしい。
(男女2人だけで遊びに行くなんて、デ、デートと変わらないのに・・・)
実を言うと、今朝家で伊坂くんを待っている時、ワタシはかなり緊張していたのである。
服装だって、いつもとちょっと変えて、ブラウスとカーディガンにズボンとワタシにしてはアクティブな格好にしてみたのに、伊坂くんの反応は普段と変わらなかった。
まあ、舞札祭の準備というまじめな目的があるし、なにより、伊坂くんが好きなのは『魔女』としてのワタシなのだから、こうなるとは分かっていたけど。
それに、デートと思われていなくとも、2人でお出かけするのが楽しくないわけがないのだし。
「ふぅ・・・美味しかった」
「そうですね。初めて来ましたけど、美味しかったです」
そのうち、ワタシも伊坂くんも昼ごはんを食べ終わった。
後はドリンクを飲むだけだが、ちょっとおなかに溜まりすぎたので、少しだけそのまま居座らせてもらうことにする。
「伊坂くん、荷物は大丈夫ですか?」
「うん。全然軽いし。あ、でも」
ふと伊坂くんの足下を見ると、色々な品物が入った袋が目に入る。
ワタシがクレーンゲームで取った人形や、あの服屋で買った小物がいくつか収まっている。
あのジャケットも買って帰りたかったのだが、伊坂くんに固辞されてしまったので、渋々諦めたのが心残りだ。
「でも、他にも何人かいれば、こういう買い物も楽だったかな。舞札祭で使う物、結構ありそうだったし、分担して持って帰れたかも」
「・・・別に、問題はないですよ。ワタシたちはオカ研から出ないで占いをするだけですから。ずっと座ったままでいいですし、ワタシは行けると思います。買い物も、あの部室を飾り付けるだけならたいした量はいりませんし。大体、舞札祭直前の今の時期にオカルトに詳しくない新しい人が来ても、邪魔なだけです」
「あ~、それもそうか」
心が、急に冷えたような気がした。
ここ最近、たまにあることだ。
気まずそうに頬をかく伊坂くんを見ながら思う。
(ワタシに、伊坂くん以外で信じられる人なんていないって、何度言ったら分かってくれるんだろう・・・ワタシが人外だって知らないんだから、しょうがないかもしれないけど)
時折、伊坂くんは控えめながらも、それとなく提案してくることがある。
『黒葉さんの周りに、オレ以外にも信じられる人を増やした方がいいんじゃない?』と。
それを聞くたびに、ワタシは少し悲しくなる。
(ワタシの伊坂くんへの気持ちと、伊坂くんがワタシに向けてくれる想いは、違うものなんだ)
もちろん、さっき考えたように、伊坂くんが今のワタシの正体を知らないので、『ワタシが普通の人間と本質的に仲良くできない』ということがわからないのだから、すれ違うのは当然だ。
伊坂くんが、心からの善意でそう勧めてくれるているのも分かるし、世間一般の目線で見れば、伊坂くんの言うことは正しい。
それでも、ワタシが他の人を避けているのは分かって欲しい。
ワタシには、伊坂くん以外はいらないのに。
「あ、そ、そういえば部活のことで思い出したんだけど」
「・・・なんですか?」
ワタシが密かに心に曇らせていると、伊坂くんが気まずくなった雰囲気をかき回すように言ってきた。
そのちょっと空回ったような様子に、ワタシの中のモヤモヤとした気持ちが消えていく。
まあ、せっかく伊坂くんが頑張って元の空気に戻そうとしてくれているのだ。
ワタシも意地を張るのは止めよう。
それに、さっきまで楽しかったのが台無しになるのは勿体なさすぎる。
そう思い、ワタシは話を聞く姿勢になる。
それを見てほっとしたのか、伊坂くんはゆっくりと話し出した。
「あ、あのオカ研にいた2人組は、今どうしてるんだろう?黒葉さんに絡んできたりしてないよね?」
「大丈夫ですよ。最近はクラスでも大人しいですし」
「そうなんだ、よかった・・・ん?クラス?もしかして、同じクラスだったのっ!?」
「はい。あれ?言ってませんでした?」
「聞いてない聞いてない!!初耳だよ!!本当に大丈夫なのっ!?」
本気で驚いたのか、席から立ち上がって机を叩く伊坂くん。
でも、周りのお客さんの目を気にして、『あ、スミマセン』とすぐに席に着いた。
「えっと、さっきの続きだけど、本当に何もされてない?」
「あの人たちも、そこまで馬鹿じゃないみたいです。他の人の目もあるクラスで何かしてくることはなかったですよ。昼休みや放課後は、伊坂くんが守ってくれてるから大丈夫ですし・・・まあ、伊坂くんに庇ってもらえる前は、クラスでもちょっと絡まれてましたが」
「マジかよ・・・クラスの連中は何も言わなかったの?」
「・・・ワタシ、クラスの人ともあまり馴染めてなかったので。反対に、あの2人はそこそこ話す人もいたみたいですから」
クラスカーストというものがあるらしいが、あの遊んでいる外見の2人組は、実はそれなりに高い位置にいたりする。勿論ワタシは下の方だが。
ああやって流行に詳しかったり、物怖じせずに話しかけに行けるからだろうか、クラスの男子にもそこそこ人気もあるらしい。
どうしてワタシがそんなことを知っているかと言えば、あの2人組がしょっちゅうワタシにマウントを取ってきたからだ。
羨ましいとはカケラも想わなかったし、伊坂くんと知り合えた今は、気持ちの悪いピンク色の灯りを灯した男子にしか話しかけられていないことに同情すら感じたけど。
「・・・そう」
ワタシの話を聞いてそう短く呟くと、むっつりと黙り込む伊坂くん。
その眉はしかめられていて、かなり苛立って見える。
実際、店に入ってきた親子連れが伊坂くんを見て『ヒッ!?』と声を上げて出て行った。
一見すると、かなり近寄りがたい雰囲気になった伊坂くんだが、ワタシの心には温かいモノが湧き上がっていた。
(初めてオカ研で会った時と同じだ。ワタシのために、怒ってくれてる)
伊坂くんの胸に灯るのは、怒りを表わす赤い光。
けれど、その怒りが向かう先は、対面に座るワタシではなく、ワタシのクラスメイトに対してだ。
相変わらす見えにくいが、メラメラと炎にようにゆらめく心の灯りは、窓の外に向かって伸びていた。
「・・・オレ、G組の連中、嫌いだ。何かあったら、すぐ言ってね。オレにどこまでできるかわかんないけど、力になるから」
「伊坂くんは、今だってワタシの力になってくれてます。伊坂くんとじゃなきゃ、こんな風に外に遊びに行こうなんて思いもしませんでしたから。伊坂くんと一緒だから、今日はとっても楽しかったんですよ?」
「・・・そっか。うん、なら嬉しいかな」
そう言って、苛ついた雰囲気を消す伊坂くん。
言葉通り、今はうっすらと笑みが浮かんでいる。
伊坂くんの強面に笑顔が浮かんでいると、舌なめずりする凶暴なライオンを思い浮かべてしまうのだが、ワタシは少しも怖くない。
そのライオンは、ワタシの大切で頼もしいナイトなのだから。
「それはワタシの台詞ですよ。いつも、ありがとうございます、伊坂くん」
まだ、伊坂くんとワタシはそういう関係ではないけれど。
ワタシは、ワタシの
-----
「ふぅ」
ワタシは、トイレから出ると、手を洗って通路に出た。
この通路は、こんな大きなショッピングモールにしては細い。
本当はもっと近くのトイレに行くつもりだったのだが、昼近くになってお客さんが増えてきたからか、トイレが満室で、離れた場所に行くしかなかったのである。
「ちょっと、飲み過ぎちゃったかな・・・」
あれから席を立とうとした伊坂くんとワタシだが、結構長く話し込んでいたことに気付いたのだ。
そこで、『長く居座っちゃったなら、なんか注文していこう』ということになり、もう少しだけスープとか、簡単に食べられる料理を注文していったのである。
そこで、ドリンクも頼んだのだが、その前に色々カクテルを試したこともあって飲み過ぎてしまったらしい。
ワタシは1人席を立ち、トイレに向かったのだ。
近くのトイレが埋まっていたときはどうしようと思ったが、なんとか間に合って一安心だ。
「伊坂くんと来てるのに、漏らしたりなんかしたら最悪だよ・・・あれ、そういえばワタシ」
最悪の未来を回避したこと安堵するワタシだが、ふと思い出した。
自分は、すでにその最悪を見せてやいないかと。
「ワタシ、そういえばお漏らししてるところ見られたことあるよね・・・」
そういえば、魔女の姿で初めて会ったとき、伊坂くんの見た目があまりに恐ろしくてお漏らししてしまっている。
幸い、もう伊坂くんも忘れているようではあるが。
「・・・ワタシが魔女だって教えたら、必然的にお漏らししたところを見られたってバレちゃうのか。う~ん、それはちょっとな」
もうすぐ、ワタシは自分が魔女だと明かすつもりだ。
そうなれば、ワタシと伊坂くんは晴れて結ばれることになる。
けれども同時に、過去の恥ずかしい記憶の正体がワタシであったとバラすことにもなるのだ。
今は屈辱的ではあるが、自分のことを小学生と思っているからお漏らししても自然なことであるのかもしれないけど、高校生にもなってやらかしてしまったことを知られるのは・・・
もしあれが伊坂くんじゃなかったら、恥ずかしすぎて憤死していたかもしれない。
「お、おしっこしてる所見られたのが、伊坂くんでよかった。そんなところ見せるなんて、恋人でもかなりハイレベルなプレイもん。伊坂くんじゃなかったら・・・ん?でも考えてみれば、そういう遙か高みに行かなきゃできないことをすでにやってるってことでもある、のかな?って、何変なこと考えてるの、ワタシ!!」
過去の恥ずかしい記憶を思い出してしまったからか、つい訳の分からない方向に思考が向いてしまい、ブンブンと頭を振るワタシ。
それがいけなかったのだろう。
「イタっ!?」
「ちょっ!?」
「あ、ご、ごめんなさい」
細い通路の中で、並んで歩いている2人組とぶつかってしまった。
ワタシは慌てて謝る。
「あんた、どこ見て歩いて・・・」
「ん?ねぇ、コイツ・・・」
「え?」
そのとき、ワタシは気がついた。
「アンタ・・・黒葉?」
「あ・・・」
ぶつかったのは、伊坂くんよりも前のオカ研部員。
ワタシを辱めようとした、あの2人組だった。
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