第24話 勉強会

 連休の四日目。

 今日もオレは、黒葉さんの家に勉強をしに来た。

 一日目は色々あって午後しかできなかったが、二日目からはきちんと勉強会をすることができ、三日目には宿題やテスト対策もおおよその目処がついた。

 

「やっぱり、黒葉さんに頼って正解だったよ」

「お役に立てたなら嬉しいです!」


 そしてお昼。

 オレは今日も黒葉さんに昼飯をごちそうになっていた。

 今日の献立はグラタンだったが、ずいぶんと手が込んでいそうで、実においしい。

 こうして素直にお昼を楽しめるのは、食事そのものがおいしいのは勿論だが、宿題の見通しがたって、心の余裕があるのも大きいだろう。

 テーブルの対面に座る黒葉さんも勉強が進んだからか、実に晴れやかな表情をしている。

 

「いや、本当に黒葉さんには感謝だよ。もし黒葉さんがいなかったら、クラスの連中に頭下げて人海戦術でやってくしかなかったろうな・・・」

「・・・大丈夫ですよ。伊坂くんのお手伝いなら、いつでもワタシがやりますから。だから、また分からないところがあったら、真っ先にワタシに相談してくださいね?」

「え?うん」


 ニコリと微笑む黒葉さん。

 だが、一瞬だけど笑顔が消えたような?

 なんだか、ここ数日、黒葉さんの雰囲気が少し変わる時があるような気がする。

 オレが白上さんに誘われた話した時とか。


(そういや、一昨日の午後も・・・)



-----



 例えば、一昨日。

 黒葉さんが落ち着いて、午後から勉強を始めてからだったか。


『そういえば、昨日はどうだったんですか?どんなことをしたんですか?どんな人と遊んだんですか?」


 『そういえば』と言いつつ、最初から聞く気満々だったかのように矢継ぎ早に一日目のことを聞いてくる黒葉さん。


『え?まあ、楽しかったよ?クレーンゲームしたり、ドリンクバーで遊んだり、服とか見たり。みんなクラスの連中だから、気安く話せたし。それに・・・』


 あの一日目。

 オレは白上さんから後夜祭に誘われたのだ。

 それだけで、行って良かったと心から思える。

 思えるのだが・・・


『それに?』

『・・・いや、実はテンション上がりすぎて転んで気絶しちゃってさ。他の人にも迷惑かけちゃったんだけど、みんな『まあ伊坂だし』で、許してくれたんだ。あれはなんか嬉しかった』

『・・・そうですか』


 白上さんのことは誰にも言わないようにしている。

 後夜祭はイベントに疎いオレでも知っているくらいだし、それに誘われたと知られれば、冷やかしやらなんやらが起きるのは確実だ。

 あまり言いふらすようなことじゃないし、オレも恥ずかしい。

 なにより、昨日の魔女っ子のように、なんだか刺々しい雰囲気の黒葉さんに言うのは止めた方がいいような気がしてならなかった。

 

(オレに恋人ができたら、さすがにこうやって黒葉さんに付ききりって訳にもいかなくなるな)


 黒葉さんのことはまだ放っておけないが、それでも白上さんと結ばれたなら、最優先するわけにはいかなくなる。

 オレだって健全な男子高校生だ。

 もしも、もしも白上さんとくっつけたのなら、白上さんと話す時間だって欲しい。

 もちろん、それでまだ危なっかしい黒葉さんに関わるのをゼロにする気はないが。


(それまでに、なんとか黒葉さんを他の人と話せるようにしないとな。オレのためにも、黒葉さん自身のためにも)


 いっそ、オレに恋人ができたら、『彼女できた』と報告すべきだろうか。

 黒葉さんは物わかりがいいし、優しい子だ。

 オレがそういう、ある意味仕方のない理由で構えなくなるとわかったら、オレの時間のことを考えて自立してくれるようになるかもしれない。

 あまり好きではない考え方だし、黒葉さんには申し訳ないけど。


(伊坂くん、ワタシに罪悪感を持ってる?自分だけが楽しんでしまったって思ってるのかな?伊坂くんがワタシ以外の人に関わるのは嫌だけど、さすがにそこまでは・・・大体、ワタシに伊坂くんを束縛する資格なんて)


『・・・伊坂くん?』

『あ、ごめん』

『いえ・・・ワタシの方こそごめんなさい。根掘り葉掘り聞いてしまって』


 気付いたら、黒葉さんの方がなんだか申し訳なさそうな顔をしていた。

 はて?なぜだろう。


『あの、今日から勉強会ですけど、伊坂くんとなら、楽しくできると思うんです。だから、その、お休みは楽しみましょう?』

『うん。オレも、勉強は苦手だけど、黒葉さんとなら捗りそうな気がするよ。それに、勉強会って、それはそれで学生らしいイベントだしね。いい思い出にしよっか』

『は、はい!!』



-----



 と、まあそんなことがあったのだ。

 だから、ここ数日はクラスのことはあまり話さないようにしている。

 

(オレとしては、色んな意味で黒葉さんには色んな人と関わって欲しいんだけどな。どうしたもんか)


 昼飯を食べ終わり、洗い物を手伝ってから、黒葉さんの部屋に戻ってテーブルの傍に座る。

 そして、勉強を始めようとして。


「あ、舞札際の出し物を決めてませんでした」

「え?」


 唐突に、黒葉さんがそんなことを言った。


「あ、そういえば、文化系の部活は何かやらなきゃいけないんだっけ」

「はい・・・すっかり忘れてました」


 舞札祭は、舞札高校の一大イベントで、校外からも人が見に来るくらいの人気がある。

 学校も力を入れているのだが、その一環で、文化系の部活は普段の活動の成果を見せるということで、何かの出し物をやらなければならないという決まりがある。

 オレは今年から部活に入ったからすっかり忘れていたのだが、黒葉さんも忘れていたらしい。


「去年は何をやったの?」

「去年は先輩たちがたくさんいましたから、お化け屋敷をやってました。ワタシは裏方でしたけど」

「お化け屋敷か。オカ研らしいけど、オレたち2人だけじゃなぁ」


 それに、あまり時間もない。

 舞札祭まで、もう一ヶ月を切っている。

 手の込んだものは作れない。


(いや、でもこれってチャンスじゃないか?ここでなんか人気の出る出し物とかできたら、黒葉さんの人気も出るんじゃ?)


 だが、ピンチはチャンスだ。

 オカ研ははっきり言って存在感がない。

 けれど、舞札祭は文化系全員が出番のあるイベント。

 ここでなら、黒葉さんの有能さをアピールできるかもしれない。

 オレは、じっと黒葉さんを見つめる。


「え?え?い、伊坂くん?どうしたんですか?」


 オレが見てるのに気付いて、顔を赤らめる黒葉さん。

 そんな黒葉さんをよそに、オレは今日も私服姿で可愛らしい黒葉さんが持つ『武器』を改めて確認する。

 


「まず、頭がいい。オカルトに詳しい。料理がうまい、はさすがに生かすのは難しいか。けど、可愛いのは絶対に有利だ」

「い、伊坂くんっ!?い、いきなり何をっ!?」

「あ、ごめん」


 黒葉さんの顔が真っ赤に染まり、ぐるぐると目を回していた。

 どうやら口に出していたらしい。


「いや、オカ研の出し物のことなんだけど、せっかく黒葉さんスペック高いんだから、活かさないと勿体ないなって」

「そ、そんな。ワタシなんて・・・」

「いやいや、そんなことあるんだよ。前にも言ったかもしれないけど、あんまり卑屈になるのはむしろ嫌みだよ?」

「は、はい・・・」


 黒葉さんは控えめな性格で、そこも美点ではあるとは思うが、自分の持つ才能について無自覚なのはいただけない。

 しかし、どうするか。

 

「使えるのは、オカルトの知識と見た目・・・う~ん」


 活かせそうな気がする組み合わせだが、うまい案が思いつかない。

 

「占いとか、どうでしょう?」

「占い?」


 黒葉さんが、おずおずとそんなことを言い出した。

 

「あの、見た目とかそういうのは抜きにして、オカ研の出し物でできそうなのがそれくらいかなって」

「なるほど・・・いや、アリだと思う」


 占いはとてもオカ研らしいし、黒葉さんは本格的な手法の占いも知っている。

 占いの館、という奴だろう。


「占いの館・・・そうだ、黒葉さん!!コスプレはどうかな?魔女の格好で」

「ま、魔女っ!?」

「?」


 占いの館といえば、なんかベールとか被って魔女とか巫女っぽい格好をした女主人が水晶玉を使って運勢を見るというのが定番というイメージがある。

 占いの館をやるのなら、それらしい格好は必須、というか、容姿の整った黒葉さんの魅力を活かすにはそういうコスプレは最適解じゃないだろうか。

 毎日魔女の格好を完璧に着こなしている魔女っ子と会っていることもあり、黒葉さんがコスプレをするのは、とても良い案のように思えてきた。

 しかし、黒葉さんの反応が思ったより激しかった。


「え、その、伊坂くん。ワタシが、魔女の格好を、ですか?」

「うん。占いの館っていえば、そんな感じじゃない?よく似合いそうだし。あ、勿論黒葉さんが嫌じゃなければだけど」

「そ、そういう理由ですか・・・なんだ。あ、いえ、伊坂くんがそう言ってくれるなら、ワタシは別に・・・伊坂くんに、可愛いって思ってもらえるなら(ボソッ)」

「?」

「あ、でも、眼鏡はかけてもいいですか?」

「え?眼鏡?」


 オレとしても無理強いはしたくないから、コスプレに抵抗がなさそうなのはありがたい。

 けれど、眼鏡とはどういうことだろう。

 黒葉さんは今、というかオカ研でも常時裸眼なのだが。


「その、人がたくさんいるのなら、不安で」

「ああ・・・そうだね、それなら仕方ないよ。っていうか、やっぱり止めようか?」

「い、いえ!!どのみちオカ研の出し物はしなければいけませんから!!」


 なるほど、初めて会ったときに眼鏡を掛けていて、それ以降は学校での待ち合わせの前くらいでしか見たことがなかったが、他人との仕切りに使うアイテムだったのか。


「黒葉さんの眼鏡って、度が入ってないの?」

「はい。ワタシ、視力は裸眼で両目とも2.0ありますよ。でも、この眼鏡は掛けていると落ち着くんです。おばあちゃんが遺してくれた物ですから」

「そうなんだ・・・」


 眼鏡をかけているところは見たことないが、黒葉さんがその眼鏡を大事にしていることは知っている。

 オカ研でも、たまに取り出してはレンズの手入れをしていたし。


「あ、でも、それなら今は?オレは黒葉さんが眼鏡をかけてても気にしないよ?」

「あ・・・い、いえ!!い、伊坂くんといるときは、眼鏡がなくても大丈夫なくらいリラックスできるんです!!だから大丈夫!!」

「? そう?」


 どうみても今の黒葉さんはリラックスできてるように見えないが・・・まあ、本人がそう言っているならいいか。

 それよりも、出し物のことだ。


「コスプレと占い・・・それだけだとちょっとインパクトが弱いかな?」


 占いとコスプレで黒葉さんのスペックをお披露目するのはいいが、それだけだと少し地味かもしれない。

 オレは黒葉さんの占いが伝統のある手法に則った本格的な物だというのを知っているが、初見の人はそうではない。

 それに、そもそも南校舎のオカ研の部室まで来てもらわなければならないのだ。

 こちらで動けるのは実質オレ1人である以上、黒葉さんの可愛さをウリにした宣伝も難しい。

 なにか、一度見ただけで人目を引くものを用意できればいいのだが。


「オカ研関連で人目を引く物、占いの館・・・マジックとか?」

「手品ですか・・・ワタシも手品はよく知らないです」

「う~ん、それっぽいと思ったけどダメか、マジック。マジック?」

「伊坂くん?」


 インパクトのあるものとして手品を思いついたが、さすがの黒葉さんもその辺りには詳しくないらしい。

 だが、オレの目にある物が飛び込んできた。

 それは、文房具のマジック。

 そこには、こう書かれていた。


「『魔法のインク』・・・魔法」


 そのとき、オレは思いついた。


(魔女っ子が言うには、オレも『魔法使い』だ。オレにも、なにか魔法が使えるんじゃないか?それを使えば・・・いや、そもそも死神になったオレは大体の人から見えないらしいし、見られてもコスプレでなんとか誤魔化せば。めちゃくちゃ威力を弱くして『バレット』の魔法を使って遠くの物を壊すとかはいいんじゃないか?いや、それよりもそもそも・・・今の姿だと、魔法って使えないのか?)


 文化祭において、オレは黒葉さんの持つ武器にのみ着目していたが、オレのことは考えていなかった。

 そりゃあそうだろう。オレみたいな見た目の奴がいたら、黒葉さんの魅力をアピールするどころではない。オレは裏方に回り、姿を見せないつもりだった。

 だが、オレが魔法使いだというのなら、それを使わない手はない。

 まじめに努力して準備をしている他の部活には悪いが、黒葉さんの自立と、オレの甘々な青春がかかっているのだ。

 手段は選んでいられない。


「黒葉さん、オレ、実はマジックできるんだ」

「え?伊坂くんがですか?すごく意外です」


 オレがそう言うと、黒葉さんは驚いた顔をする。

 確かに、オレが手品をできるというのは意外だろう。

 なにせ、手品ではなく、マジックなのだから。

 手品は英語でマジック。オレが今から使おうとしてるのも魔法であり、マジックだ。

 つまり、嘘はついていない。


「じゃあ、あの枕でいいか。黒葉さん、あの枕をよく見てて」

「は、はい!!」


 ワクワクと目を輝かせながらオレの指さす方を見る黒葉さん。

 そこに少し罪悪感を感じるが、オレは意識を集中する。

 

(吊された男と戦った時と同じだ。変身してないけど、『できる』って自信がある)


 変身しない状態で魔法を使うのは初めてだが、なぜかできるという確信があった。

 オレは、その導きに従って、口の中で小さく唱える。


「『死弾デス・バレット』」

「えっ!?」


 威力を極限まで絞って放つ一番弱い魔法。

 しかも、変身していないのだ。

 オレの思惑通り、黒い弾が目にも止まらぬ速度で枕に当たったが、枕はコロリと転がるだけで、破れていない。


「よし」

「い、伊坂くんっ!?い、今・・・」


 黒葉さんを見れば、突然動いた枕を見て、びっくり仰天といった感じだ。

 この反応なら、これはかなりインパクトを見込めるだろう。

 舞札祭では、オープニングで各部活の紹介があるが、ここでオレが魔法を使い、コスプレをした黒葉さんが手品を見せたということにすれば、大ウケが狙える。


「へ、変身しないで魔法を「今のがオレの使える手品だよ」へ?て、手品・・・?」


 驚いたままの黒葉さんにそう言ってみせれば、今度はキョトンとする黒葉さん。

 そして、恐る恐るというように聞いてくる。


「い、今のを、人前で使うつもりですか・・・?」

「うん。手品だし」

「ええ・・・?いや、でも。う~んやっぱりよくないんじゃ」


 何やら困ったように悩み出す黒葉さん。

 なんだろう、黒葉さんから見てなにか問題があったのだろうか。


「オレとしては、今のを黒葉さんが使ったってことにして欲しいんだけど・・・」

「え?ワタシが?」

「うん。舞札祭だと黒葉さんが前に出た方が見栄えがいいだろうから。オレは黒葉さんの近くでサポートってことになるかな」

「ワタシの近くで、サポート。舞札祭で、ワタシの傍に・・・ひ、一つ条件があります!!」

「条件?」


 悩んでいる黒葉さんだったが、オレがサポートするつもりなのを伝えると、何か思いついたようだ。


「その魔・・マジックを使うなら、ま、舞札祭の間は、『ずっと』ワタシの傍にいてください。クラスの出し物よりも、ワタ・・・オカ研を優先してください。それでいいなら、伊坂くんの案を採用します」

「うん、いいよ」

「ほ、本当ですかっ!?ま、舞札祭の間ずっとですよっ!?」

「うん。オレもそのつもりだったし」

「~~~っ!?」


 なんだ?黒葉さん、顔が真っ赤だ。

 オカ研は実質オレたち2人しかいないんだし、2人とも付きっきりになるしかないと思うのだが。

 まあ、クラスメイトには悪いと思うが、オレとしては『舞札祭が終わった後』の後夜祭に白上さんと参加できれば問題ない。

 こうして・・・


「じゃあ、オカ研の出し物はコスプレ占いの館で」

「は、はいぃ・・・」


 オレたちオカ研の出し物が決まったのだった。



-----



「ど、どうしよう・・・伊坂くんと、舞札祭でずっと一緒だなんて」


 あの後、伊坂くんが夕方になって帰り、また舞札神社で『魔術師』と『死神』として会った後。

 珍しく怪異が現れなかったので、トレーニングと魔法の練習だけして帰ったのだが、ワタシは上の空だったと思う。

 途中、何度も『・・・今日のキミ、顔赤いし、なんか調子悪そうだから帰ろうか?』みたいなことを言われてしまった。

 本当に、今日大アルカナが出てくるようなことがなくてよかったと思う。

 そうして、ワタシは家に帰ってきたワケなのだが、さすがに少し落ち着けた。


「多分だけど、伊坂くん、後夜祭のこと知らないのかな」


 伊坂くんが好きなのは、魔術師としてのワタシだ。黒葉鶫ではない。

 そして誠実な伊坂くんが、好きな人がいるのに『舞札祭の間ずっと』、すなわち、後夜祭も一緒にいてくれるというのはおかしい。

 ただ、伊坂くんは一年生のときは色んな人に避けられていたみたいだから、噂のことを知らないのはあり得る。

 ならば、ワタシの誘いを受けてくれたのも納得だ。

 ワタシだって、クラスでそういう話がされていたのをたまたま耳にしたから知っているのだし。

 でも、これは儲けものだ。

 クラスの人たちと遊びに行ったときは、すごく楽しそうだったから、舞札祭はワタシが独り占めしたいと思ってダメ元で聞いてみたらOKがもらえたのだから。

 クラスに、後夜祭で一緒に行く人がいないという証明でもあるし、なにより、伊坂くんが知らないとはいえ、カップルが成立するといわれる後夜祭のダンスを一緒に踊れるというのは、その・・・


「す、すごく、すごく嬉しい・・・!!そ、そうだっ!!」


 そこで、ワタシは思いついた。いや、決心した。

 伊坂くんが後夜祭の噂を知ったら、好きな子がいるのに別の子と踊ってしまったことを後ろめたく思うはずだ。

 ワタシは、伊坂くんともっと仲良くなるまで待とうと思っていたが、そここそが最高のタイミングなのではないだろうか。


「言おう。ワタシが『魔術師』だって」

 

 そこで一緒にダンスしたら、恋人になるというジンクスがある舞札祭の後夜祭。

 踊り終わった後に、噂のことを教えよう。

 そして、その後にワタシの正体を教えてあげるのだ。

 そうすれば、そうすればそこで、伊坂くんなら必ず応えてくれる。


「ワタシと伊坂くんが、結ばれる・・・なれるんだ。ワタシが伊坂くんの、こ、こいび・・・~~~~っ!!!!」


 自分の恋心を自覚したときのように、顔が熱くなる。

 ワタシはその先を言うことができず、ベッドの上でゴロゴロと転がった。

 近くにあったクッションを取り、顔を埋めてひたすらに転がり・・・


「あれ?これ、伊坂くんの匂い?このクッション、伊坂くんの座ってた・・・」


 顔を埋めたときに嗅いだ匂いで、すぐに正気に戻った。

 そのクッションは、ここ数日伊坂くんが座っていて、伊坂くんの匂いが付いていたようだ。


「い、伊坂くんの、匂い・・・」


 無意識だった。

 ワタシは、クッションに思いっきり顔を押し当てて、深呼吸をしていた。

 伊坂くんの、嗅いでいると心が安らぐ優しい匂いが鼻腔を埋め尽くし・・・


「って、ワタシ何してるの~~~~っ!!?」


 ハッと我に返り、ワタシはクッションを放り投げようとして・・・細心の注意を払い、そっと床に置いた。

 伊坂くんが座るクッションなのだ。最高待遇で迎えなければならない。


「うう、ワタシおかしいよ。これじゃあ、これじゃあ・・・お、落ち着かなきゃ」


 さっきから熱いくらい温まった頭を冷やすため、ワタシは部屋を出ることにした。

 水でも飲めばマシになるだろう。

 伊坂くんが家を出て、あまり神社で待たせないようにすぐにワタシも家を飛び出したから、家事もできていない。

 とりあえず、テーブルの上に置きっぱなしだったティーカップを回収して・・・


「・・・・・」


 そのとき、ワタシは気付いてしまった。


「こ、これ、伊坂くんが使ってた・・・」


 ワタシが持つお盆に乗るティーカップは二個。

 一つはワタシ、もう一つは伊坂くんが飲んだものだ。

 すなわち、伊坂くんが口を付けた・・・


「~~~~~~~~!!!!!!!!」


 ワタシは、奇声を上げながら部屋を飛び出し、キッチンまで駆け下りた。

 蛇口の水を全開にし、ティーカップを全力で洗う。

 そして、洗い終わった後のカップに水を入れ、頭から被った。


「はぁ~、はぁ~・・・あ、危なかった。あのままだったら、ワタシ、変態になってた・・・」


 ポタポタと頭から水が滴っているが、それでも顔が熱かった。

 だが、乙女としての一線は守った。

 いくら伊坂くんが魔術師、つまりはワタシを好きなのが分かっているとはいえ、伊坂くんの使ったカップを舐め回したら、もう女の子ではなくただの変態だ。


「うう、早く、早く舞札祭にならないかな。早くしてくれないと変態になっちゃうよ・・・」


 伊坂くんと結ばれれば、こんな変態的なことに手を染めるリスクを抱えなくて済む。

 なぜなら、伊坂くんが使った物なんかじゃなく、伊坂くん本人と大手を振って触れあえるのだから。

 きちんと、恋人という形で。


「えへへ・・・楽しみだな」


 ワタシは、そんな未来を思い浮かべ、自然とニヤけてしまうのだった。



-----



おまけ



「あの、伊坂くん。伊坂くんも、占いやってみませんか?」

「え?オレも?」

「はい。オカ研でタロットの勉強をしたときに、簡単な方法も教えましたよね。実際に練習してきちんとできていましたから、伊坂くんも舞札祭で占いをやってみるのはどうでしょう?ワタシ1人だけしかオカ研として活動していないというのも不自然ですし」

「あ~、それは確かに」


 出し物が決まった後、また勉強をしていたのだが、休憩としてお茶を飲んでいるときに黒葉さんがそう言ってきた。

 確かにその通りだろう。

 オレはオカ研の副部長だ。

 オレも黒葉さんの傍でお客にプレッシャーを与えないようにこっそりと控えていようと思っていたが、副部長がそれだけというのは格好が付かないだろう。

 一応、オレも黒葉さんが言うように簡単な占いならできるようになったし。


「オレも、黒葉さんが休むときに代わりにやらせてもらおうかな」

「じゃ、じゃあ!!伊坂くんもコスプレするべきですよね!!」

「え?」


 オレが受け入れると、黒葉さんがテンションが上がったようにまくし立ててきた。

 しかし、オレがコスプレか。

 ほんの数日前にあったことを思い出す。


「・・・グラサンとかはなしね。オレ、何度も暴力団員だと思われたくないから」

「え?暴力団員?」


 黒葉さんは顔にクエスチョンマークを浮かべている。

 まあ確かに、話のつながりが意味不明だろう。オレだってグラサンかけただけで暴力団員と勘違いされるなんてよくわからないのだから。


 「ともかく!!伊坂くん、マントとか大きな武器とか髑髏のアクセサリーとかすごく似合うと思うんです!!いや、でもここはガラッとイメージを変えて王子様の格好とかもアリかな?背が高くてダークスーツも似合いそう・・・あ、衣装の用意は任せてください!!お金には余裕がありますから!!」

「あ、あの?」


 黒葉さんは珍しく興奮したように熱っぽく喋り倒している。

 やっぱり女の子なだけあって着飾ることや着飾らせることには興味があるのだろうか。

 あと、この屋敷を見たときから思っていたが、黒葉さんの家はお金持ちらしい。


「しかし、オレが部活に入って占いね・・・どうなるか分からないもんだな」


 一年前のオレに話しても信じてくれないだろう。

 それくらい、ここ一ヶ月のオレは激動の日々を過ごしているのだ。日常でも非日常でも。


「でも、やっぱりオレに占いできるかな?」

「できますよ!!伊坂くんの先生として、そこは保証します」

「黒葉さん・・・ありがとう」


 勉強したとは言っても、不安ではある。

 しかし、いつの間にか落ち着きを取り戻していた黒葉さんは、そんなオレを認めてくれた。

 それだけで、不安が吹き飛んだから不思議だ。

 やはり、自分の勉強の成果を褒められるというのは、それだけの効果があるのだろう。

 魔女っ子にタロットのことを褒められた時も嬉しかったし。

 まあ、あのときは何故かタロットの先生である黒葉さんの話になってしまったのだが。


「もしかしたら、あの子も舞札祭に来てくれるかな」

「・・・あの子?」


 魔女っ子のことを思い出していると、黒葉さんが怪訝そうな顔でオレを見ていた。

 

「ああ、実はオレ、黒葉さん以外でもタロットのことに詳しい友達がいるんだよ。いや、友達っていうより『相棒』って言った方がいいかなぁ?」

「あ、相棒っ!?相棒・・・えへへ、いいなぁ」


 なんだ?なんか黒葉さんの様子がおかしい。

 まあ、最近はたまにこんな感じになるし、嬉しそうだから大丈夫か。


「? まあ、その子も黒葉さんみたいにオカルト関係に詳しいから、占いの館をやってるなんて聞いたら、来てくれるかもって思ったんだ。まあ、無理だとは思うけど」

「え?何でですか?」


 オレとしては来てくれたら嬉しいけど、まあ無理だろう。

 オレと魔女っ子は変身していないときのことは話さないようにしているし、そんな中で舞札祭のことを話したら、もしかしたら正体がバレてしまうかもしれない。

 もうオレとしては魔女っ子に正体がバレても大丈夫だとは思っているが、魔女っ子の方はそうじゃないかもしれないから、招待するのはナシだ。

 なにより・・・


「いや、その子、小学生だと思うからさ。知り合いの招待ナシで高校の文化祭はちょっと敷居が高いんじゃないかって」

「しょ、小学生っ!?」

「?」


 なんだ?黒葉さんがものすごいショックを受けたような顔をしている。

 さすがに、ここまで唖然とした表情は見たことないぞ。


「あの、黒葉さん?」

「ワ、ワタシ・・・」


 オレが恐る恐る声を掛けると、俯いていた黒葉さんがバッと顔を上げた。

 なぜか、両手を胸に当てている。

 そして、キッとオレを睨みながら、叫ぶように告げた。


「こ、これでもDはありますからっ!!」

「へ?ディー?」

「あ・・・」


 何の話だろう?

 不思議に思っていると、黒葉さんの顔が見る見る内に赤くなっていく。


「何のはな・・・」

「も、模試です!!この前の模試がD判定だったんです!!」

「へ?模試?D判定って、黒葉さんが?」


 なんでいきなり模試の話を?

 っていうか、黒葉さんでD判定って、一体どこの大学を目指しているのだろう。


「さ、さあ伊坂くん!!お勉強しましょう!!テストが待ってますよ!!」

「あ、うん。そうだね・・・」


 黒葉さんの謎の気迫に当てられ、オレは勉強を再開した。

 次第に黒葉さんも落ち着いたらしく、そこから勉強ははかどった。

 なぜか、黒葉さんは時折オレに向かって怒っているような、喜んでいるような、不安なような視線を向けてきたが。


(い、伊坂くん、まさかロ、ロリコンだったなんて。変身した時のワタシが好きって言ったのも、それなら・・・本当の小学生にしか興奮できないんだったらどうしよう!?それに、ワタシ胸はそこそこあるし・・・胸の大きい合法ロリで手を打ってくれるといいけど)


「黒葉さん?」

「い、伊坂くん!!ワタシ、多分これからも背は伸びませんから!!だから安心してください!!む、胸は分からないけど(ボソっ)」

「お、おう?」


 死神ではあっても神ならぬオレに、黒葉さんが何を考えているかなど、一生かけてもわかるまい。

 オレは、深くそう思ったのだった。



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TIPS 黒葉鶫の好感度



おばあちゃんのこと、思いやってくれてありがとう。    +5%

い、伊坂くんロリコンなのっ!?             -5%

で、でも伊坂くんならどんな好みでも受け入れるから!!  +5%



現在75%


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ハーメルン版でツキコの一人称についてアンケートやってるので、よかったらお願いします。


https://syosetu.org/novel/308682/

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