第22話 正義とツキコ

『死神の反応を感知』

『疑問。何故、魔術師カラ離レタ場所デ?』

『調査ノ必要アリ』

『好機。死神単独デノデータ採取ヲ行ウ』


 闇の中で、声がこだまする。

 儀式にとって、それは不可解だった。

 何故、魔術師はおろか、敵のいない場所で死神が出現したのか。

 だが、それは好機でもあった。

 これまで、魔術師と常に組んでいた死神が、単独で行動している。

 今ならば、討てるかもしれない。それでなくとも、データを採取できるだろう。


『『塔』への魔力リソースを一時切断』

『レベル7の大アルカナを生成』


 闇の中に、人影が浮かび上がる。

 影は、己以外に何もない闇を見回してから、忽然と消えた。


『コレヨリ、観測ヲ開始スル』


 その言葉を最後に、闇の中は静寂で満たされた。



-----


 ここに来たのは、偶然だった。

 白上さんから衝撃的なお誘いを受けて気絶したオレは、あろうことかその場で気絶し、その白上さんに運ばれるという、百年の恋も冷めるような醜態をさらしてしまった。

 

『し、白上さんはどこに行った!?』

『え~、知らん』

『なんか、外の空気吸ってくるって言ってたけど』

『外だな!?よしっ!!』

『あ、おい!!伊坂!!病み上がりなんだから無茶すんなって!!』

『行っちゃったね~。伊坂君、羽衣のことになると本当に猪突猛進というか・・・』


 後ろで何やら言う声が聞こえたが、オレはそのすべてをシャットアウト。

 とにかく、白上さんを見つけることだけを考えた。


(早く!!早く見つけて謝んないと!!)


 オレの頭の中はそれだけで一杯だった。

 白上さんからすれば、あの後夜祭に誘った男子が、直後に目の前で気絶したのである。

 それは、『お前なんかと行きたくねーよ!!』という意思表示にしか見えないのではないだろうか。


『うおおおおおおっ!?白上さんっ!!』

『か、館内を暴力団と思しき男が爆走中!!至急応援!!それと警察に連絡を!!』

『拳銃を持っている可能性がある!!このまま遮蔽物の多いエリアまで誘導を!!』

『そこのキミ!!止まりなさい!!人間の命は平等なんだ!!キミにそれを奪う権利なんてないんだぞ!!』


 なんか訳の分からないことを言ってくる人もいたが、オレはガン無視。

 とにかく、外に向かって階段を駆け下り・・・



--シン



『は?』


 唐突に、視界が紅く染まった。


『え?これ、怪異の結界、だよな・・・?』


 さすがのオレも、これには足を止めざるを得なかった。

 何気に、魔女っ子のいないところで怪異と出くわすのは久しぶりである。


『とりあえず・・・変身』


 すぐさま変身し、周囲を警戒する。

 この結界の中にいる以上、いつ襲われても不思議ではない。

 

『魔女っ子がいればな。オレ、索敵なんてできないし』


 今のオレは1人。

 普段から魔女っ子の知恵や作戦には頼り切りで感謝しているが、いざこんな場面になると、本当に魔女っ子は優秀だったのだと痛感する。

 相手がどこから来るかも分からず、どんな能力を持っているのかも、自分で分析しなければならないのだ。

 いや・・・


『オレ、1人・・・いや、違うだろ』


 そうだ。オレは何のために走ってきた。

 誰を探していた。


『白上さんっ!!』


 白上さんもプレイヤーだ。

 ならば、ここにいる怪異は白上さんを狙ってきたのかもしれない。

 オレは、今の身体で出せる全速力で廊下を走る。

 そして、紅く染まった玄関ホールに出た。

 そこにいたのは、白いドレスに身を包んだ、白上さん。


『し、白上さん、大丈夫っ!?』


 見たところ、白上さんに目立った怪我はない。

 怪異もいないし、もしかしたら白上さんが倒したのかもしれない。

 オレは、安堵しながらも白上さんに声を掛け・・・


『い、伊坂君・・・?』

(っ!?)


 白上さんが振り返り、オレに返事をした瞬間、寒気が走った。


(違う。『アレ』は白上さんじゃないっ!!)


 オレが感じたのは、猛烈な違和感。

 見た目はいつもの白上さんだ。

 そこは、このオレが見間違えるはずもない。

 だが、オレの中の何かが、さっきからしきりに警鐘を鳴らしている。



--生にしがみ付く者に、裁きを。



『い、伊坂君。その格好は・・・』


 白上さん。いや、『ソイツ』がオレに何か言ってきているが、聞く気にもなれなかった。

 オレは己の中にある衝動のまま、鎌を突きつける。


『誰だ、お前』

『・・・っ!?』


 オレの行動に驚き、目を見開くソイツ。

 だが、一瞬、その目に白上さんが浮かべないような冷たい光が宿ったのを、オレは見逃さなかった。


『な、何を言ってるの?私は・・・』

『白上さんの真似はやめろ。似てないんだよ。っていうか、この姿のオレと白上さんは初対面だろが。なんで知ってるんだよ?』

『ぐぅっ!?』


 鎌をさらに近づけると、ソイツは脂汗を流しながら押し黙った。

 白上さんのフリをするのを無駄だと悟ったのか、オレを憎らしげに睨んでくる。

 優しい白上さんなら絶対にしない表情を見て、オレは確信する。


『答えろ。お前は・・・』


 オレは、そのままソイツを問い詰めようとした。

 そのときだった。


『『風纏ヴェントス・ブースト』、『風閃ヴェントス・ブレイド』』

『っ!?『死閃デス・ブレイド』』

『なぁっ!?』


 魔法の詠唱と共に、暴風を纏った剣が振り払われた。

 オレは咄嗟に、突きつけていた鎌を魔法で強化し、受け止める。

 風と闇の刃はしばらく拮抗したが、やがて剣の持ち主が引き下がり、仕切り直しとなる。


(コイツ、強い!!)


 今まで、オレの『ブレイド』と打ち合えた奴はいなかった。

 だが、オレは不意打ちといえど、相手の『ブレイド』を防ぐことしかできなかったのだ。


『お前は・・・』

『・・・・・』


 オレの前に現れたのは、剣を持った女だった。

 冠を被り、紅いローブに身を包んでいるが、まっさきに目を引くのは手に持っている物だ。

 女の『左手』には剣、『右手』には天秤を掴んでいる。

 見た目は、大アルカナの『正義』にそっくりだ。

 ただし、オレの知っているタロットカードの正義とは、持っている物の位置が逆だが。


『・・・正義の逆位置』

『お前・・・っ!!』


 オレの後ろから呟く声が聞こえた。

 どさくさにまぎれ、白上さんのフリをしたソイツがオレの背後にまで逃げてきていた。

 どうやらオレを盾代わりにするつもりらしい。

 厄介なことに、挟み撃ちされてしまったようだ。


『あっちの強そうなのより、まずはお前から・・・』

『ま、待て待てっ!!私に敵対するつもりはないっ!!それに、この身体は白上羽衣のものだぞっ!!傷つける気かっ!?』

『チッ・・・』


 背後から攻撃されては面倒だと思い、すぐにバックステップして下がるが、ソイツは『前に出てたまるか!!』とばかりにオレの後ろに回り込もうとする。


『おい!!私はか弱い乙女だぞ!!前に立たせて恥ずかしくないのかっ!?』

『お前みたいに得体の知れない奴に背中任せられるわけねーだろ!!』

『白上羽衣が傷ついてもいいのかっ!?』

『お前、またっ!!・・・クソッ!!』


 オレの中の何かは、ソイツが白上さんでないと叫んでいる。

 だが、オレの白上さんを見続けてきた目は、その身体がソイツの言うとおり白上さんのものであると認めている。

 ならば、仕方がない。


『ちょっとでも変な動きしやがったら、ぶん殴って気絶させる。白上さんの身体で妙な真似はさせねぇ』

『・・・いいだろう。交渉成立だ』


 偉そうにオレの後ろでウンウンと頷くソイツを苛立たしく思うも、確かに白上さんの身体をあの大アルカナの前に立たせるのは抵抗がある。

 あまり追い詰めて、自傷されても困る。

 ひとまずソイツのことは置いておいて、前方の相手に集中することにする。


『・・・・・』


 オレたちがギャアギャアと騒いでいる間にも、相手は動いていなかった。

 ただ、右手に持った天秤を揺らしている。


『何してんだ?アイツ・・・』

『むっ!?マズい!!『月光弾ルナ・バレット』!!』

『あっ!!お前、何勝手に!!』


 オレが相手の行動を不審に思っていると、ソイツがいきなり光る弾丸を撃ち出した。

 突然何をするのかと思うも遅く、弾丸は正義にぶち当たるも・・・


『ルールヲ制定スル。『3mより離レタ場所カラノ攻撃ヲ禁ズル』』

『ぐうっ!?』

『お、おいっ!?』


 正義に当たったはずの弾丸が反転し、ソイツに跳ね返ってきた。

 短剣を構えて防御したようだが、苦悶の声を上げる。


『くそっ!!間に合わなかったか・・・』

『なんなんだよ、今の?お前の攻撃が跳ね返されたけど、あの反射があいつの権能なのか?』

『そんなわけがあるか!!お前本当に魔法使いか?正義の逆位置の意味くらいは知っているだろう!?』

『ば、馬鹿にすんなっ!!ちゃんと知ってるっての!!え~と、確か『不正』、『不平等』、『不均衡』だったか?』

『そうだ!!あの正義も、それに基づいた権能を使ってくる!!まず『ルール』を決め、こちらの行動を強制してくる。そして、そのルールを破るほど、さらに強力な制約が架される!!』

『・・・そういえば、そんな予想してたな』


 魔女っ子との対策で、正義が出てきた場合も考えてはいた。

 だが、白上さんのフリをしたソイツがいたせいで頭から吹き飛んでいたのである。

 そして、その予想によると。


『逆位置の正義なら、アイツ自身はそのルールに引っかからない可能性が高い、だったか』

『・・・そうだ。逆位置の奴の象徴は『不正』と『不公平』。こちらにのみ、厄介なルールを押しつける権能だ。最初の内は、それほど強力な縛りはできんよう・・・』

『・・・ルール違反ヲ確認。ルール追加。『3m以上カラ放ツ攻撃ノ回避ヲ禁ズル』『風穿ヴェントス・スラスト』』

『『はぁっ!?』』


 カタンと、正義の持つ天秤が傾いた。

 そして正義の告げた内容に唖然とすると同時に、オレたちめがけて暴風の奔流が迫る。

 咄嗟に飛び退こうとして、腕をソイツに掴まれた。


『よ、避けるなっ!!防げっ!!『月光壁ルナ・ウォール』!!』

『お、おう!!『死壁デス・ウォール』!!』


 ソイツが光の壁を造り出すのに合わせて、オレも防御魔法を展開した。

 暴風によって光の壁は数秒で吹き飛ばされたが、オレの魔法はしっかりと受け止める。

 だが、風が止むと同時に壁も消え去った。


『・・・ギリギリか』

『け、権能を解放した『穿スラスト』を『ウォール』で防ぎきった?お、お前、レベルはいくつなんだ?』

『あ?9だけど?』

『きゅ、9っ!?化け物ではないかっ!?』

『なんだと!?失礼な奴だな・・・っていうか、それどころじゃないだろ。アイツどうすんだよ』

『・・・・・』


 今度はオレたちがルールに則って行動したせいか、正義の顔は不満げだ。

 だが、こっちとしては面倒な状況である。


『こっちは、3mより遠いところからの攻撃ができないし、向こうの攻撃は避けられないか。なら近づけばいいが、アイツの『ブレイド』、強いんだよな』


 こちらは実質的に遠距離攻撃を封じられ、同時に相手の遠距離攻撃を必ず受けなければならない。

 だが、あの正義の『ブレイド』は、これまで大アルカナをたたき切ってきたオレの『ブレイド』と打ち合って見せた。

 自身の近接戦闘能力に自信があるからこそ、奴は遠距離攻撃をメタるルールを決めたのだろう。


『何を言っている?お前なら簡単なことだろう?お前の『権能』を解放すれば一発だ。フィジカルでなく、魔法や権能に頼る相手に、死神の権能は極めて有効なのだから。アイツも剣の腕は立つようだが、権能を解放したレベル9の攻撃を受けられる訳がない』


 オレが悩んでいると、ソイツが訝しげな顔で言ってきた。


『え?そうなの?』

『は?』


 オレの答えに、ソイツは口を開いたまま固まった。

 ・・・こうしてみると、白上さんの外見だけあってそんな表情でも絵になるな、コイツ。

 いや、それよりも。


『ど、どういうことだっ!!まさか、お前・・・』

『あ~、オレ、権能解放したことほとんどないんだよね。なんかヤバそうだったから。練習しようにも怪異の結界も都合良くないし。いや、どうしても追い詰められたら使うかもしんないけど・・・』

『だから制御できないのかっ!?つ、使うなよっ!?絶対に使うなよっ!?いいかっ!?私が、白上羽衣が死ぬぞっ!?』

『え、制御とかできんのか、アレ』

『お前、コレまでどうやって生き残ってきたんだっ!?』

『いや、なんていうか魔女・・・あ、いや、すごく頑張って?』

『馬鹿なのか!?いや、馬鹿だろう!?馬鹿だお前はっ!!・・・って、あ痛ぁっ!?』

『うるせぇ・・・あ、白上さんにデコピンしちまった』


 ギャーギャーと喧しく騒ぐソイツ。

 魔女っ子と協力して戦ってきたことは言わない方がいいと思ったのでごまかしたが、すごく頑張ったことは嘘じゃないのでなんかイラッときたからデコピンして黙らせるも、白上さんの身体にダメージを与えてしまった。


『『風穿ヴェントス・スラスト』』

『おい!また来たぞ!!『死壁デス・ウォール』』

『うう、痛い・・・『月光壁ルナ・ウォール』』


 オレたちが騒ぎあっていても、敵は待ってくれない。

 正義が再び魔法を放とうとしたため、オレたちは揃って防御魔法を使う。

 しかし・・・


『あれ?』


 魔法は、盾に当たらず、オレたちの横を通り過ぎていった。

 ずいぶんと甘い狙いである。


『なんだ?アイツ、近接はすごいけど、遠距離はダメなのか・・・?』

『いや、違う!!』


 不思議に思うオレに、ソイツは鋭い声を上げた。

 何事かと思い、ソイツを見るも、ソイツは正義を指さした。

 その瞬間、オレの耳に『カタン』という金属音が届く。


『ルール違反を確認。新たなルールを追加。『風属性魔法ノ威力ヲ二倍』』

『なっ!?なんでっ!?』

『奴の攻撃は私たちにも盾にも当たらなかった。すなわち、私たちは、奴の攻撃を避けた。そう解釈されたのだ』

『そんなんアリかよ・・・』

『アリなのだろうよ。『不正』、『誤った判断』が奴の象徴だぞ』


 まさか、そんな方法でルールを追加されるとは。

 こうなると、もう時間を掛けていられない。


『クソがぁっ!!』

『あ、おいお前っ!?』


 ソイツの制止する声を無視して、オレは正義に向かって駆け出した。



-----



(マズいことになった)


 私は内心でそう呟いた。

 正体がばれるだけでもマズいのに、まさかレベル7の大アルカナに襲撃されるとは。


(今の私のレベルは5。最大火力は『ブラスト』と、同威力の『ブレイド』とだが、アイツを一撃で仕留められるかと言えば怪しいな)


 私の権能は『月』による『幻惑』。

 それにより、私の存在を短時間の間だけ認識できなくすることができるし、私が倒した怪異は、『前回』で儀式に仕込んだ私の『分体』が干渉して、別の理由で消滅したということになる。

 しかし、強力な権能ではあるものの、これによって魔法の威力が上がるわけではない。

 そして、弱点もある。


(『姿の見えない何かがいる』。そう思われたら終わりだ。周囲一帯をなぎ払うような攻撃をされれば、対応できない。仕留め損なうのは許されない)


 詰まるところ、初見殺しなのだ。少なくとも、『今はまだ』。

 そうなると、この権能を切り札として使うのは心許ない。

 『本命』があり、そのサポートに使うべき場面だろう。

 そして、その本命は・・・


(伊坂誠二・・・)

『オラァ!!』

『フゥッ!!』


 目の前で切り結ぶ影を見る。


『『風閃ヴェントス・ブレイド』』

『『死閃デス・ブレイド』!!ぐぅっ!?』

『フフフフフ・・・!!』

『この野郎・・・!!』


(これは、マズいな・・・)


 レベル9の伊坂誠二は強力な存在だ。

 だが、白上羽衣がこの場にいることで権能が封じられており、一方で正義はルールによって強化を受けている上、ルールを破った私たちに対してさらに強化が施される。

 その結果、伊坂誠二の方が押されているように見える。

 それに、今はどういうわけか伊坂誠二の近接戦闘に付き合っているようだが、いつ気が変わって新しいルールを追加してくるか分からない。

 それで、伊坂誠二が倒されれば、私も終わりだ。

 例え、この場は時間切れになるまで隠れ通したとしても、またいつか正義と戦わねばならないのだ。

 この儀式を勝ち抜くのは極めて難しくなる。


(仕方がないか)


『私もヤキが回ったな・・・『月光纏ルナ・ブースト』』


 権能を解放する。

 しかし、伊坂誠二も正義も、私に気がついた様子はない。


(幻惑は有効か。ならば・・・)


 私は伊坂誠二の近くまで、正確には正義の傍にまで歩み寄った。

 激しく切り結ぶ2体の傍まで近づくのは難しいが、3mくらいまでなら。

 そして、私はチャンスを待った。


『このぉ!!』

『フフフっ!!』


(今だっ!!)


 2体が鍔迫り合いになった。

 伊坂誠二が押されているが、確かに両者の動きが止まる。

 その瞬間だけ、私は権能を解いた。


『『月砲ルナ・ブラスト』!!伊坂誠二!!』

『ナッ!?』

『っ!?なんだか知らないが・・・『死閃デス・ブレイド』!!』

『グアアアアアアアッ!?』


 私の月砲ルナ・ブラストを背中に受けて体勢が崩れた正義。

 そこに、伊坂誠二の鎌が押し込まれ、正義を切り裂いた。

 吹き飛ばされた正義が近くまで転がってきたが、その胸には大きな裂傷が刻まれており、一目で致命傷だとわかった。


『よしっ!!』


 こうなれば、もう放っておいても消滅するだろう。

 いや、万全を期すならば、さっさと倒すべきだ。


『私がとどめを刺してやる。『月光閃ルナ・ブレイド』』


 そして、私は横たわる正義の首めがけて短剣を振り下ろし・・・


『真剣勝負ヲ、汚スナァァアアアアアっ!!!『風閃ヴェントス・ブレイド』!!』

『なっ!?』


 寝転がったまま、最後の力を振り絞ったかのように、正義がその剣を振り抜いた。

 強化された正義の剣は、私の魔法をたやすく弾き、そのまま私の首に迫る。


『ひっ!?』


 私は、思わず目をつぶり・・・


『『死閃デス・ブレイド』・・・チート野郎が真剣勝負だのほざいてんじゃねぇよ』

『オ、オノレ・・・』

『お、お前・・・』


 目を開いた私の視界に映ったのは、私の前に立つ黒い鎧。

 そして、消えていく正義と、遠くに転がる剣。

 伊坂誠二の鎌が、正義の剣を弾き飛ばし、すぐさま正義にとどめを刺したのだ。


『私を、助けたのか・・・?』


 命が助かった安堵からか、無意識に言葉が零れた。

 私に過去の記憶はおぼろげにしかない。

 白上羽衣ならともかく、この私が命の危機に瀕したのは、実質的に今が初めてだったからだろう。


『あん?当たり前だろ。白上さんの命かかってんだぞ』

『そ、そうか。はは、そうだったな』


(そうだ。伊坂誠二は私を傷つけられない。私が白上羽衣の身体を使う限り)


 改めて、己の状況を理解する。

 そうだ。私はこの儀式において極めて有利な立ち位置にある。

 

(なにせ、コイツのレベルは9。それなら、ほぼすべての怪異を倒すことができるだろう。そうなれば、私は・・・)


 そうして、私の顔に笑みが浮かびかけ・・・


『っていうか、さすがに寝覚めが悪いわ。相手がお前でも』

『・・・へ?』


 思考が止まった。

 笑顔が浮かびかけた口が、パカッと開いた。

 そしてまたも、勝手に舌が動く。


『・・・どういう意味だ?』

『いや、確かにお前は気に入らないけどさ。さっき、オレを助けてくれたろ?だったら、白上さんじゃなくても、死なれんのは嫌だって思うだろ。なんかモヤっとするじゃん』

『・・・お前』


 そのとき、私は思った。


(コイツ、頭おかしいのか?)


 伊坂誠二は、私が白上羽衣の身体を乗っとっていることを知っている。

 その上で、私に死なれたら寝覚めが悪いという。


(どれだけお人好しなのだ、コイツは)


『あ?なんだその目』

『・・・別に。お前がこの儀式を勝ち抜けるか不安になっただけだ』

『ああっ!?・・・あ、そういや正義が来たせいでうやむやになっちまったが、結局お前は誰なんだよ?』


 私の呆れた視線に気づいたのか、元々の目的を思い出したからなのか、剣呑な空気を醸し出す伊坂誠二。

 だが、私はそれを怖いと思わなかった。

 伊坂誠二が白上羽衣を、いや・・・


(私を傷つけることはない。そんな気がする。一度手を出すのをためらった相手を、コイツは倒せまい)


 それがわかるくらいには、白上羽衣の目を通して伊坂誠二を見ていたのだから。

 だが・・・


(やはり、今正体がバレるのはよろしくない。私では、正攻法で伊坂誠二に勝つことはできないとわかった)


 だからといって、私に唯一残った願いを妨げかねない要素を無視はできなかった。

 それに、試したいこともある。

 私は、着ているスカートの裾をこっそりとつまんだ。

 内心で、伊坂誠二を嘲り嗤う。


(ククク、コイツも所詮男。時折、脚やら胸やらに気持ちの悪い視線を送っていたのは知っている。なら、それらしい素振りでも見せれば・・・)

 

『そうだな・・・私に名前はない。忘れた』

『あ?そうなのか?なら、お前これからツキコな』

『は?私の、名前?』


 それまで馬鹿にしていたことも忘れ、思わず、間抜けな声が出た。

 そんな私を前にして、伊坂誠二は何でもないように私を見るだけだ。


『ああ。オレはお前を白上さんだと絶対に認めない。白上さんの名前で呼ばない。なら、お前が白上さんじゃないって証拠に、別の名前がいるだろ。お前に名前がないならなおさら』

『・・・なぜ、ツキコなんだ?』

『お前、『月』のカード使うじゃん。だから月の子でツキコ』

『ツキ、コ・・・私は、ツキコなのか?』

『?』


 妙な感覚がした。

 それまでぼやけていた何かが輪郭を持ったような。

 己という存在に、『意味』を与えられたような。

 なんとも言えない高揚感が、満ちあふれて・・・


『おい?どうした?』

『っ!?』


 私の様子を訝しく思ったのか、伊坂誠二が近づく。

 その瞬間、私の中で何かが爆ぜたような気がした。


『く、来るなあっ!?』

 

 私は反射的に、思いっきり自分の手に力を込めて振り上げた。

 私の視界が、自分のスカートで埋まる。


『○×△□っ!!!!?』

『あ』


 直後、人語とは思えない叫びの後に、ガシャンという大きな音。

 気がつけば・・・


『う~ん・・・』


 伊坂誠二が、目の前で倒れていた。


『そういえば、コイツは白上羽衣に誘われただけで気絶していたな。ならば、こうなるのも当然か・・・見せるつもりまではなかったが、まさか全開にしてしまうとは』

 

 咄嗟の行動とはいえ、自分に呆れつつ、伊坂誠二の隣に腰を下ろし、伊坂誠二の兜に手を当てつつ呟く。

 なんにせよ、結果オーライだ。

 

『色仕掛けが有効とわかったのは、まあいいか。記憶の処理は・・・チッ、レベルが高い分厄介だな。まあ、ここであったことを忘れさせるくらいはできるか。ついでに、正義のカードも手に入ったことだし、良しとしよう』


 私は、当初の目的を果たすため、権能で伊坂誠二の記憶に干渉する。

 強い魔力を持っているためか、認識をねじ曲げたり、古い記憶から改ざんすることはできなかったが、この結界の中で起きたことを忘れさせることは可能だった。

 一連の処理を終え、私はフゥとため息をついた。


『まったく、今日はなんという日だ。もう1人のプレイヤーに正体がバレるわ、レベル7に襲われて死にかけるわ』


 零れたのは愚痴。

 長らく秘めてきた正体が初見でバレ、儀式の序盤のはずが高レベルの大アルカナに襲われ死にかけた。

 とんでもない厄日だったのだ。それも仕方ないだろう。

 だが。


『だが、久しぶり。本当に久しぶりだ。誰かと喋るのは。そして、初めてだったよ。名前を付けられるとは。しかも、『ツキコ』だのという安直極まりない名前を。どんなネーミングセンスをしているのやら、コイツは』

『・・・・・』


 『ツキコ』

 その名前を呟きながらも、飛び出すのは名付けた者に対する悪口。

 ついでに、ペシンと腹いせのように頭をはたいてやる。

 だが、どうしてか悪い気分はしなかったのだった。



-----



「はっ!?オレは」


 目を覚ますと、そこは白上さんと話していた椅子の上だった。

 慌てて周りを見回すも、誰もいない。


「あれ?オレ、どうしてここで寝てたんだ?確か白上さんを探しに・・・」

『む。起きたか。おっと』


 声が響いた。

 オレがその声を聞き間違えるはずもない。

 だが・・・


「白上、さん・・・?」

『起きたんだね、伊坂君』


 そこにいたのは、白上さん。

 だが、オレはどうにも違和感を覚えていた。


(なにか、何か白上さんのことで大事なことを忘れているような・・・?)


 その姿を見た瞬間から、何かが気になっていた。

 しかし、何を気にしていたのか思い出せない。

 オレは頭を抱えて考え込む。


『はい、これ』

「え?」


 何かを思い出そうとしたオレだったが、隣に誰かが座り込んだ衝撃に、中断せざるをなかった。

 目の前に突き出されたジュースを、ポカンと見つめる。


『伊坂君、すごい勢いで走って、転んで気絶してたんだよ。大変だったんだからね?お店の人をうまく誤魔化すの。『暴力団が入ってきた~』とかで大騒ぎだったんだから』

「ぼ、暴力団・・・あ」


 そして、オレは思い出した。

 自分が、どうして白上さんを探していたのか。

 それを思い出した瞬間、オレは即座に立ち上がり、床に土下座した。


「ご、ごめん!!白上さんっ!!」

『へ?』

「オレ、せっかく後夜祭に誘ってもらったのに、すごい失礼なことしちゃって・・・でも。オレは」


 オレは、全力で謝罪した。

 この際、後夜祭に行ける行けないはどうでもよかった。

 ただ、オレは謝りたくて・・・


『はぁ、本当にコイツは・・・私に謝りたいんだったら、まず土下座を止めてよ。暴力団員を土下座させてる女子高生なんて噂立てられるのなんて嫌だよ、私は』

「う、うん」


 白上さんに手を差し伸べられ、反射的に手を取って立ち上がる。

 そうして、白上さんはオレの目を見て続けた。


『嬉しかったんでしょ?』

「え?」

『私に誘われたのが嬉しくて、感極まって気絶しちゃった。違う?』

「あ、うん。そうだけど・・・信じてくれるの?」

『もう!!私、そんなに冷たく見える?だったら残念だな~』

「い、いや!!そういうわけじゃなくて!!」

『ふ~ん、ホントかな~?』


 ワタワタと手を振って言い訳するオレを見て、わざとらしくいじける素振りをしていた白上さんだったが、やがてクスリと笑った。


『分かるよ。私には』

「え?」

『伊坂君が、誘われたのを露骨に嫌がる人じゃないって。ちゃんと、嬉しく思ってくれる人だって。私はそれが分かるくらいには・・・』


 そこで、白上さんは言葉を切って、オレを見つめた。


『私はお前キミを見てたんだから』

「白上さん・・・」


 オレは、何も言えなかった。

 オレを見ながら微笑む白上さんが、どこか神秘的にすら見えて。

 そんなオレをからかうように、白上さんは視線を外し、踵を返した。


『さ。戻ろう?みんな心配してるよ?』

「あ、そうだね」


 確かに。

 トイレに行って、白上さんに背負われて戻り、そしてすぐに飛び出しては転んで気絶。

 そしてここで寝ていたと。

 いくらオレが『まあ伊坂だし』で流されるとはいえ、限度というものがあるだろう。

 オレは、慌てて白上さんの後を追い・・・


『伊坂君』

「っ!?」


 白上さんに、手を握られた。

 突然の接触に心臓が飛び出すのではないかと思うほど驚いていると、白上さんが、オレの顔を下からのぞき込んで、言った。


『今日は、本当に楽しかったよ?本当に、本当に、ありがとうね』


 

-----



おまけ




『う~ん・・・』

「いさ・・死神さん?どうしたんですか?」


 舞札神社の境内で、オレはさっきから必死に頭を振り絞っていた。

 そんなオレを、魔女っ子が不思議そうな目で見ている。


『いや、なんか、今日あったことで思い出せないことがあってさ』

「今日あったことで、ですか?」

『そう。いつもなら、その日にあったことなんて忘れないんだけど、オレ、今日走って転んで気絶しちゃってさ』

「ええっ!?一体何があったんですかっ!?」

『あ~、実は、そこの所も詳しくは覚えてないんだよね』


 魔女っ子が驚いているが、無理もない。

 オレもこれが他人の話だったら同じような反応をしていたことだろう。

 そして、オレの言葉に嘘はない。

 白上さんを探しに飛び出した辺りは、本当に必死で記憶が曖昧なのだ。

 だが、そこ以降の記憶に猛烈な違和感がある。

 違和感が強すぎて、こうして悩んでいる今は白上さんに後夜祭に誘われたうれしさが吹き飛んでしまうくらいに。

 どうしてここまで気になるかと言われれば・・・


『何か。何か、すごく勿体ないような気がする。ものすごく、ものすご~くイイものを見た気がするんだよね』

「・・・そうですか」


 曖昧な記憶。

 わずかに残っているのは、三角形の白い何か。

 一体それが何を示しているのか分からないが、思い出せないことがすごく勿体ない気がしてならな・・・


「・・・ふん!」

『うおっ!?ど、どうしたの・・・?』


 突然、鎧をペシンと叩かれた。

 下手人たる魔女っ子を見ると、珍しくそっぽを向いている。


「別に。ただ、なんかムカつきました」

『ええ・・・』


 それから、オレは魔女っ子の機嫌を取るために全力を尽くすことになった。

 そうこうしている内に、記憶の違和感も消えていったのだった。

 

 

-----


TIPS1 THE JUSTICE 正義



大アルカナの11番目。

椅子に座った中性的な人物が、右手に剣、左手に天秤を持っている絵が描かれている。


正位置では、公正、平等、客観的な判断、正当な評価や報酬。

逆位置では、不正、不平等、矛盾、公私混同、誤った判断。


作中では風属性の魔法を使用。


レベルは7。権能は『不平等なルールの強制』


ルールを制定し、そのルールに従わない限り相手はダメージを与えられなくなるが、正義自身はルールの強制を受けない。

さらに、ルールを破れば破るほど相手への罰が大きくなり、より厳しいルールを架すことができる他、正義の攻撃によって受けるダメージが大きくなる。

ルールの制定とルール違反の解釈は正義の主観であるが、たちの悪いことに正義自身は公正であると思い込んでおり、自身の戦いを公平な真剣勝負と捉えている。



あまりに厳しいルールは戦闘開始時には制定不可。

また、相手がどれだけルールを破ったとしても、儀式の怪異であるために、困難ではあっても、必ず『解法』は残さなければならない。

例えば、『3mより遠くからの攻撃は禁止』と制定した後に、『3m以内からの攻撃を禁止』することはできない。

作中で、遠距離攻撃のメタを重視し、近距離戦闘には縛りを架さなかったのは、剣術への自信とこの制約のためである。



-----



TIPS2 黒葉鶫の好感度



なんだか今日の伊坂くん、顔がいやらしいです!!  -5%



現在 70%



なお、自身に劣情を向けられた場合には好感度は低下しない。



-----



TIPS3 白上羽衣の好感度



関わりたくない。怖い。殺される  -100%



現在 -100%



白上羽衣は、ただの人間である。

『死』への恐怖を拭い去るには、あまりに彼女の感性は『普通』過ぎた。



-----


TIPS4 ツキコの好感度



まさか、私という個を認識されるとは。いつぶりだ?        +5%

この私が命を救われるとはな。どれだけお人好しなのだ、この男は。 +5%

ツキコ・・・私の、名前だと?                  +20%


現在 30%



名付けとは、魔術的に重要な意味を持つ。

始まりの魔女の残滓であったその存在は再定義された。

これまでの彼女が進む道と同じ道を歩むかどうかは、彼女次第。

だが、名付けられたのは、あくまで始まりの魔女の残滓の『片割れ』である。


-----


ヤンデレものなら、当て馬みたいなヒロインじゃつまらない。

本気で主人公を好きになるヒロインどうしで潰し合ってもらいたい。

なお、作中で一番かわいそうなのは白上さんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る