第21話 始まりの魔女

『皇帝、女教皇ニヨル戦闘データ解析・・・』

『死神ニ、権能ヲ使ウ様子ハ見ラレナイ』


 どこともしれない闇の中。

 声だけが響いていた。


『死神ハ、魔術師ガイル限リ、権能ヲ使用シナイ』

『シカシ、魔術師ノ知恵ガ死神ニ授ケラレテイルノハ、危険』

『女帝、皇帝、女教皇ノ三体ハ、スベテ魔術師ニ手ノ内ヲ見破ラレタ』

『魔術師単独ヲ狙ウノハ、有効。イツデモ始末ハ可能』


 先日、儀式は魔術師が1人でいるところを狙って、女教皇を差し向けた。

 結果、駆けつけた死神によって女教皇は破れたが、魔術師を倒すのはもう少しでできた。

 しかし、今までの戦闘から、死神は魔術師に従って行動しており、もしも魔術師を失った場合どんな行動に出るのか想定できない、逆に言えば、魔術師が生きている限り権能を使用しない可能性が高いことがわかっている。

 そこから導かれる最善手は・・・


『魔術師ヲ捕縛シ、人質トスルカ?』

『拒否スル。魔術師ハプレイヤー。プレイヤーニ与エルノハ、試練ノミ』


 儀式は、取るべき手段を決めかねていた。

 これまでのデータから、魔術師を人質にして、死神を倒すのが最も効率的であるという結論は出ている。

 だが、儀式に架せられた『ルール』が、プレイヤーを倒すのではなく利用するという方法を許さない。


『皇帝ト女教皇ノデータヨリ、死神ニ有効打ヲ与エラレタパターンヲ解析』

『死神ハ、魔術師ヲ庇ウノヲ最優先トスル』

『一部ノ権能ニヨル攻撃モ有効』


 死神に有効な攻撃が通ったのは、皇帝の不意打ちと自爆。

 そして、女教皇が魔術師にトドメを刺す前。

 また、女帝の『枯渇』や、女教皇の『潔癖』も効果があった。


『現在、構築ハ60%マデ完了』

『80%ヲ超エタ時点デ魔力リソースノ集中ヲ解除。戦術ノ確認ヲ行ウ』

『引キ続キ、魔力ノ収集ヲ行ウ』


 魔術師、月、死神の3人のプレイヤー。

 すでに倒された隠者、吊された男、女帝、皇帝、女教皇の5体。

 残る試練は14体。

 直に、試練はその半分に減り、中盤戦に突入する。



-----



「ん~、この時間だと、あんまり人いないんだね」

「そ、そうだね」


 LUNA PORTにある自販機とベンチが設置された目立たない一角に、オレと白上さんはいた。


「あ、伊坂くん、何か飲む?」

「え?あ、いや・・・」

「あ、ごめん。さっきまでドリンクバーで色々試してたもんね。じゃあいらないか」

「う、うん」


 どういうわけか、さっきまでいたファミレスを抜け出してここに来た白上さんだったが、オレとしては白上さんと2人だけという状況に緊張して、うまく返事ができている気がしなかった。


(なんで!?なんでオレ今こんなことになってんの!?)


 白上さんは、オレが憧れている人だ。

 それは、単に恋愛的な意味だけでなく、人間としてもだ。

 美人、頭脳明晰、スポーツ万能というだけでも凄まじいが、何よりも、オレのような避けられる見た目の奴にも分け隔てなく接してくれる、その優しさに、オレは誇張でなく尊敬の念を覚えている。

 白上さんはオレの世界を変えてくれたが、オレも、白上さんのように誰かを良い方向に変えてあげられる人でありたいと。

 黒葉さんや魔女っ子を助けようと思えたのも、その想いが下地になっているからだと、今では思う。

 そして今、そんな憧れの白上さんと2人きりだ。

 学校では、席が近くにあるからよく会話こそするが、完全に2人だけになるのは、あの脚をマッサージされた日くらいなのではないだろうか。

 おかげで、オレの内心はさっきから嵐の日の海のように大荒れである。


(な、何か、オレからも話さなきゃ!!)


 さっきから白上さんだけが話しかけ、オレはそれに対して『うん』だの『え?』だのといった返事しかできていない。

 白上さんからしてみれば、それは話を聞いているのか聞いていないのか分からなくなるように見えているのではないだろうか。


「み、みんなを放っておいてるけどいいのかな?」

「みんなのことなら大丈夫だよ~!!私、外の空気吸ってくるって言ったし。それに、伊坂くんなら何しても『まあ、伊坂君だし』で納得してくれるって」


 苦し紛れのように口を開いてみれば、思いもしなかった反撃が飛んできた。


「オレ、みんなからどう思われてんの!?っていうか、オレの考えてることわかんの!?」

「うん。伊坂君、結構表情に出るし。そういうとこ気にしそうな性格してるじゃん?みんなも、『かなり顔怖いし、挙動不審だけどいい奴』みたいに思ってるよ」

「ええ~・・・」


 クスクスと笑いながらそう言う白上さんに、オレは力の抜けた反応を返すことしかできず・・・


「緊張、解けた?」

「え?」

「伊坂君、すごくガチガチになってたみたいだったから、肩の力が抜けたらよかったよ」

「あ・・・」


 言われて、オレはだいぶ自然体になっていることに気がついた。


「その、ありがとう」

「どういたしまして。ふふ、伊坂君って外見は筋モノみたいだけど、根は本当にいい人だよね」

「す、筋モノ・・・」


 いや、今日だけでもだいぶヤクザと勘違いされたし、言われ慣れてはいるが、やっぱりオレって白上さんから見てもそう見えるのか。

 まあ、根がいい人だと思ってもらえているのは嬉しいが。


「実を言うとね、私、最初は伊坂君のこと、かなり怖かったんだよね」

「え、そうなの!?」


 それは、オレにとってかなりショックだった。

 人生で、両親以外で初めてオレに親しく接してくれたのが白上さんだったのだ。

 だから、てっきりオレは最初からオレの外見を気にしていないものだと思っていたのである。


「ちょっと伊坂君。話は最後まで聞くように。最初だけって言ったでしょ?」

「え?」


 顔に出ていたのか、白上さんはオレを窘めるように続けた。

 オレの目をしっかりと見ながら。

 それは、白上さんが他の人と話す時にいつも心がけていることだ。


「確かに初めてクラスで会った時はすごく怖かったよ?でもね、私、他人を外見だけで判断するのは嫌いなの。だから、あの時私は・・・私は?」

「?」


 白上さんの視線が、オレから逸れた。


「私、私は、なんで・・・」

「白上さん?」

「っ!?」


 何やら様子がおかしいと思い、心配になったオレは白上さんの顔をのぞき込む。

 オレの声に反応し、こちらを向いた白上さんの顔は、歪んでいた。

 それは、オレにとって見慣れた表情。


「ひっ!?」

「え?」


 オレの顔を見て、白上さんは怯えたように顔を引きつらせ、身をのけぞらせた。

 それは、これまで多くの人がやってきた、オレへの恐怖から来る行動。

 オレを救ってくれた白上さんが、オレの前で・・・



--チッ!!術が解けたか。



『・・・な~んてね』


 頭から血の気が引くような感覚を覚えた直後、白上さんはいつものような笑顔を浮かべて、姿勢を元に戻した。


『ごめんね?でも、最初はこれぐらい怖かったんだよ?それくらい、あの時の伊坂君は表情が堅かった。今みたいにね』

「あ。オレ、また・・・?」

『うん。私が『最初は怖かった』って言った時からまた固くなってたよ?悪趣味かもしれないけど、それを分かって欲しかったんだ」

「な、なんだ、マジでびっくりしたよ・・・」


 他の人にされていたなら関わるのを止めたいところだが、白上さんなら許せる。

 これも惚れた弱みという奴だろう。


『あはは、ごめんごめん・・・まあ、私が何を言いたかったかっていうと、最初から伊坂君のことが気になってた話。いい意味でも悪い意味でもね。だから私から声を掛けて、伊坂君がいい人だってわかったの。そのことを、伊坂君に話しておきたかったんだ。なんか、嘘を付いてるみたいだったから』

「それで、オレをここに呼んだの?」

『まあね。こんな話、あんまり他の人に聞かれたくないし・・・改めて、ごめんね?伊坂君。君のことを、最初怖い人だと思ってて。君は、本当は優しい人なのに』

「そ、そんなことない!!謝ることなんかじゃないよ!!」


 オレの心に溢れてきたのは、脳が溶けるほどの多幸感だった。

 

(し、白上さんが、オレのことをそんな風に思ってくれていたなんて・・・!!)


 仮にオレが白上さんの立場だったら、こんな風に謝れただろうか?

 いや、無理だっただろう。

 だって、わざわざ言う必要のないことだ。

 今、相手と仲良くできていたら、それでいいじゃないかと思うだろう。

 それを、こうして打ち明けてくれたのは、白上さんの優しさと誠実さ故に違いない。

 そして、それだけの気持ちをオレに向けてくれたのが、嬉しくてしょうがない。


「オレ、こんな外見だから、誰かに避けられるのには慣れていたつもりだったんだ。でも、やっぱり辛くて・・・そんな時に白上さんが声をかけてくれて、そこから段々他のみんなとも仲良くなれて。今、幸せなんだ。だから、どんな理由でも、白上さんがオレに構ってくれたことを、オレはすごく感謝してるし絶対に忘れない。改めて言わせて欲しい」


 オレは、椅子から立ち上がって、思いっきり頭を下げた。


「ありがとう、白上さん。オレを救ってくれて」

『伊坂君・・・』


 頭を下げているから表情は分からないが、白上さんは驚いたような声を出す。

 だが、次に驚いたのはオレだった。


『もう、頭を上げてよ』

「うわわっ!?」


 ピタッと冷たい感触が頬に触れたかと思うと、視界が一気に上を向いた。

 目に入ってくるのは、オレに向かって微笑む白上さん。

 一拍遅れて、白上さんがオレの頬を手で挟んで、持ち上げたのがわかった。


『まったく、私は謝りに来たのに、お礼を言われるとは思わなかったよ』

「そ、それは、ごめん」

『む!!謝らないの!!別に怒ってるワケじゃないんだから。むしろ、私は嬉しいんだよ?』

「え?」

『言ったでしょ?私、今は伊坂君がいい人だって知ってるって。そんな君に、そんな風に思ってもらってたんだって。それが嬉しいの』

(し、白上さん。オレと同じ・・・)


 白上さんが言葉にしてくれたのは、オレと同じ想い。

 まったく同じことを、オレたちは考えていたのだ。

 

『だから、そうだね。うん、謝りに来たつもりだったけど、伊坂君がそう言ってくれるのなら、私をこんな気持ちにしてくれたんだから・・・私も、ありがとう!!伊坂君』

「うん!!」


 そうして、オレたちは笑顔のまま、お礼を言い合ったのだった。



-----



『あ、そうだ伊坂君』

「ん?」


 みんなの所に戻る帰り道、並んで歩きながら、白上さんは思い出したように言った。


『私、さっきは伊坂君に謝りたいから呼んだんだけど、実はもう一つ理由があるんだ。お願いしたいことがあるの』

「お願いしたいこと?」


 なんだろう?

 オレとしては、白上さんからの頼みなら何だって引き受ける所存だが。


『うん。もうすぐ舞札祭でしょ?そこでなんだけど・・・』


 舞札祭。

 それは、舞札高校における文化祭だ。

 連休が明けて、梅雨に入る前にあるイベントなのだが、うちの高校はずいぶんと気合いを入れており、生徒からは修学旅行よりも人気がある。

 特に、後夜祭はイベントのクライマックスとして大盛り上がりであり、校庭で大きな篝火を囲って騒いだりフォークダンスしたりと、陽キャたちにとっては外せない催しだ。

 無論、一年生の時のオレは後夜祭が始まる前に帰宅していたが。

 噂では、そこでカップルになる男女が例年たくさんいるという、オレには縁のない都市伝説が・・・


『私と、後夜祭、出てくれないかな?勿論2人だけで』

「え?」


 瞬間、オレの脳はフリーズした。



-----



(まさか、そのまま気絶するとは・・・)


 あの後、気絶した伊坂誠二をおぶってファミレスに戻り、『張り切りすぎて疲れて寝てた』と言ってクラスメイトに預けた後、私は1人で歩いていた。

 それというのも、今の白上羽衣は不安定であったためだ。

 先ほどは伊坂誠二と接触するために私が表に出るのを続行したが、こんな状態の時に白上羽衣の知り合いと頭の軽い会話するのは面倒でしょうがない。

 ほとんど忘れかけているが、『生前』の私は、今の白上羽衣と同じ年頃でも、他人との交流にさして興味はなかったと思う。

 必要もないのに白上羽衣の真似事をするのは、ひどく億劫なのだ。


(・・・まだ、荒れているか)


 さきほど、白上羽衣に施した『術』が解けかけ、その精神が大きく乱れた。

 その原因は、過去の記憶との矛盾。

 白上羽衣の意識をほとんど残した状態で、初めて伊坂誠二に会った時のことを話させようと試み、そのときの精神的なショックがぶり返してしまったのだろう。

 なにせ・・・


(どれだけ伊坂誠二を恐れ、嫌悪しておるのだ、コイツは)


 白上羽衣は、伊坂誠二を恐れている。

 初めて見かけた際には、とても話しかけることなどできなかった。

 たまたま近くを通りかかった際、わずかに『死』を思わせる気配がしたため、興味を持った私が関わりを持たせたが、白上羽衣本人は視界に入れることすら厭ったはずだ。

 それは今でも変わらず、故にあの時、『自分から話しかけようとした』と言おうとした際に、その矛盾に気がつきかけたのだ。

 何故そこまで嫌悪しているかと言えば・・・


(先日に引き続き、今日も触れてみてわかった。伊坂誠二。アレは異常だ)


 かすかであるが、伊坂誠二からは魔力が漏れ出している。

 そして、その魔力はあまりにも『死』の気配が濃い。

 常人では、触れるどころか近づくことすら避けるほどに。

 アレに臆せずに関われるのは、ごく一部だけだろう。

 大きな魔力を持って自身を死の気配から守れるか、あるいは伊坂誠二の善性を理解し、決して敵対しないと確信している者だけだ。

 その身のうちに私という存在を宿しているとはいえ、白上羽衣自身は普通の人間だ。

 しかも、なまじ『光』に対して適性があるために、『死』という『闇』の属性を持つ伊坂誠二との相性は最悪。

 まず相容れない存在である。


(まあ、私には関係ない)


 私が対して影響を受けていないのは、白上羽衣という他人の肉体を殻にしていることと、伊坂誠二の性質を察しているからだ。

 伊坂誠二は、どう見ても白上羽衣に懸想している。

 そのため、敵対することはあり得ない。

 

(重要なのは、伊坂誠二の利用価値だ。アレは間違いなく魔法使いのプレイヤー・・・)


 あんな気配を放つ存在が、『儀式』と無関係であるはずがない。

 さきほど伊坂誠二を呼び出して一芝居打ったのも、伊坂誠二と深い関係になるためだ。

 儀式において、プレイヤーは2人。

 最終的に、プレイヤーどうしで戦うことになるが、それまでは生かしておくべきだ。

 しかも、明らかに伊坂誠二は白上羽衣に好意的なのだから、利用しない手はない。


(直前まで、私がプレイヤーであることは隠す。そして、魔法使いのプレイヤーである奴が大半のカードを集めたところで、仕掛けるべきか)


 儀式において、魔力を持つ魔法使いのプレイヤーは狙われやすい。

 そのため、この儀式の試練は、その実力次第だが、ほとんど伊坂誠二が倒すことになるだろう。

 そこを、狙う。

 そして、そのチャンスを最大限に活かすためには。


(精々、奴の望みを叶えてやるか。喜べ、伊坂誠二。なってやろう、お前の恋人に)


 伊坂誠二は、あの外見から信じられないほど純粋で善良だ。

 そんな伊坂誠二の恋人に自分が収まったのなら、彼は白上羽衣を守ろうとするだろう。

 白上羽衣が見た目だけなら魔力を持ち、怪異に狙われかねない存在だと偽装すればなおさら。

 そして、プレイヤーどうしで戦うコトになったとき、伊坂誠二が恋人となった存在に刃を向けることができるかといえば、それは否だろう。


(私は戦うことなく、終盤まで生き残ることができる。そして、伊坂誠二が私を傷つける可能性は低い。願いを叶えるのは、この私だ)


 願いを叶える儀式。

 私は、その『完成』に生涯のすべてを、否、死後のすべても捧げてきた。

 幾度も肉体を乗り換え、もはや今の私が『元の私』と同一かどうかも怪しい。

 だが、そんなことは問題ではない。

 

(儀式の完成。それこそが、『始まりの魔女』たる私の願い。それに比べれば、すべては些事だ)


 もはや崩れかけ、元の記憶も曖昧な私に残った唯一。

 それさえ叶えば、私がどうなろうが知ったことではない。


(懸念があるとすれば、この白上羽衣の拒絶反応と、伊坂誠二の実力か。白上羽衣の方はどうとでもなるが、伊坂誠二が弱かったのならば、プランを変える必要がある。どこかで力を見ておきたい所だが・・・む?)


 

--シン



 唐突に、視界が紅く染まった。


『これは・・・怪異の結界か』


 呟くと同時に、変身する。

 光の短剣を構え、気配を消しつつ周囲を警戒する。


(・・・大きな魔力は感じない。小アルカナか?狙いは、伊坂誠二か?)


 普段、私は『月』の権能を引き出し、自身を隠している。

 故に、私が狙われる可能性は低い。

 ならば伊坂誠二を目当てに来たのかとも思うが、それにしては結界内に感じる力が弱い。

 私が訝しげに思っていると・・・


「うわぁぁああっ!?」

『・・・なんだ?』


 男の悲鳴が聞こえてきた。

 気配を消したまま、悲鳴の元まで移動する。


『ヨコセ、魔力ヨコセ』

「な、なんなんだ、お前ぇええええっ!?」


 そこにいたのは、床に倒れ込んで喚く知らない中年と、顔に『Ⅱ』と描かれた、剣を持った人影。


(なるほど。魔力の採取か)


 この儀式が魔力を収集する手段の一つに、魔力を多く持った人間を結界に取り込み、取り込んだ人間から吸収するというものがある。

 目の前で行われているのはそれだろう。

 しかし、腑に落ちないことがある。


(この手段は、儀式の中盤から終盤で行われるはず。まさか、伊坂誠二はそこまで儀式を進めているのか?)


 儀式にとって、魔力を放出する人間は資源だ。

 やりようによっては生かしたまま魔力を奪い取ることも可能だが、儀式は極力人間傷つけることを避ける傾向にある。

 それをやるということは、そこまで追い詰められているということ。


(先日の、ワンドのナイトも、序盤で出現するには強いとは思ったが・・・いや、白上羽衣がレベル4の死神や隠者を倒してからそう時間は経っていない。ここ最近で、何か事情が変わったのか?)


『喰ウ』

「ぎゃあああああっ!?・・・うう」


 そうこうしている内に、『ソードの2』は男に剣をチクリと突き刺し、魔力を吸い取っていた。

 魔力を吸い取られた男は、すぐさま倒れ込むが、生きてはいるようだ。

 殺すほど魔力を吸っていないところから、まだそこまでするつもりはないことが窺える。

 そして、魔力を奪ったソードの2は、役目を終えたとばかりに、その輪郭を揺らがせ・・・


『逃がさん』

『ガッ!?』


 消えかけるその寸前、短剣が喉を貫いた。


『塵も積もれば山となる。せっかく魔力を奪った所悪いが、いただくぞ』

『グ、ガ・・・』


 ソードの2は、一枚のカードとなった。

 私は、それを拾い上げる。


『ソードの2。なるほど、ここ最近、街で妙なことが起きていると思ったが、低レベルの小アルカナを使った魔力の収集だったか』


 近頃、街で健康だったはずの人間が、突然衰弱するという事例が起きているのは知っていた。

 薄々察していたが、やはり儀式が関係していたのだ。


『低レベルのカードとはいえ、いざという時の盾くらいにはなる。ありがたくもらっていく』


 カードをポケットにしまい、私は立ち上がった。

 魔力収集に来た小アルカナを倒してしまったが、これが儀式に伝わることはない。

 私が白上羽衣の表層に出ている間、儀式は私の動きを感知できないのだ。

 後は、この結界が解けるのを待つだけ・・・


『し、白上さん、大丈夫っ!?』

『何っ!?』


 突如、声がした。

 私が振り向くと、そこにいたのは、禍々しい黒い鎧。


(アレは死神かっ!?カードがなかったから存在しているとは思っていたが、何故ここにっ!?小アルカナと大アルカナは同時に出現しない!!いや、待て、さっき私の名前を呼んだのは・・・)


 私は、半ば確信しながら、その名前を呼んだ。


『い、伊坂君・・・?』


 魔法使いのプレイヤー、伊坂誠二の名前を。


(ま、まずい、ここで私がプレイヤーだとバレるとはっ!!いや、待て、落ち着け。まだ敵対すると決まったワケではない。それに、いざとなれば記憶を・・・)


 私は、頭を高速で回転させる。

 何が最善なのか。

 どうすればここを切り抜けられるのかを。

 ひとまず、それを考える時間がいる。


『い、伊坂君。その格好は・・・』

(ひとまずは、惚ける。人間のプレイヤー故、私は魔法のことに知識はあっても実感がもてていないと思わせる。そうすれば、奴も攻撃はしてこな・・・)


 そうして、お茶を濁すためにしゃべり出した私。

 だが、その思惑を嘲笑うように。


『・・・誰だ、お前』

『・・・っ!?』


 漆黒の鎌が、私の首元に押し当てられた。


 


-----


TIPS 始まりの魔女


人間は魔力を持つが、大半は微々たる量しか持たない。

しかし、希に単独で魔力を消費して物理法則を超越した現象、すなわち『魔法』を起こすことができる魔法使いが出現した。

当時、彼らは散在しており、普通の人間から迫害されることも多々あった。

そんな中、魔法使いたちをまとめ上げた存在が、始まりの魔女である。

彼女は魔法使いのコミュニティを作り、魔法を体系化し、魔法使いが幸福に暮らせる世界を求めた。

また、普通の人間が力を持ちすぎることを恐れ、『儀式』への干渉を試みるも、失敗。

以後、肉体と精神が崩壊して魂だけの存在となり、子孫、正確には彼女と同じ血を持つ血族への憑依を繰り返し、願いの成就のために行動してきた。

しかし、幾度も憑依を繰り返すたびに魂は摩耗し、元々の願いどころかその名前すら忘却し、己がなせなかった儀式の完成のことしか記憶に残っていない。


終わりを認めず、生にしがみ付くようなその在り方から、『終わりのための始まり』を象徴する死神とは極めて相性が悪い。

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