第20話 日常2
舞札市にある大型ショッピングモール、『LUNA PORT』。
衣類、食料品、電化製品、フードコートと幅広い店が収まったこのモールは、学生には人気のスポットだ。
無論、すれ違っただけで他人をビビらせるオレは入ったことはない。
今日までは。
「あ!!伊坂君いた~!!」
「白上さん!」
警備員の人たちが『暴力団か?』『増援を・・・』などとヒソヒソと話しているのを尻目に、開店前から待ち構え、店が開いた瞬間ダッシュで入り口の見えやすい位置を確保していたオレ。
やってきた白上さんは早速オレを見つけてくれたようで、声を掛けながら駆け寄ってくる。
いつものようにこちらが不意打ちされるのではなく、今回はこちらが待ち構えるターン。
オレはどもらず、声を弾ませて白上さんに挨拶を返し・・・
「お前、入り口で出待ちは止めろよ・・・子供泣いてるぞ」
「伊坂、お前クマ出てるぞ。何時間前からいたんだよ」
「・・・そういや、お前らもいるんだったな」
「なんだと!?」
「伊坂のくせに生意気だぞ!!」
「うるせぇ!!」
白上さんに続いて入ってきたクラスメイトたちに割り込まれた。
(まあ、わかっちゃいたさ。白上さんは人気者だし、オレだけ誘うわけないって)
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大型連休の前、クラスで白上さんに遊びに誘われた時、オレは絶頂のまっただ中にいた。
そりゃそうだ。
憧れであり、恩人である白上さんと2人で遊びに行けるなど、一生分の運を使い切ったとしてもおかしくはないのだから。
『じゃあ、今週の休みにLUNA PORTに集合ね!みんなも来るから!』
『え?みんな?』
『みんな』という言葉を聞くまでは。
『あ、俺も行くから』
『僕も』
『私も~』
『・・・・・』
白上さんの声に呼応するように、次々と手を上げるクラスメイトたち。
先ほどまでとの落差に絶句するオレの肩を、ポンと誰かが叩く。
『伊坂、気持ちは分かるけどさ・・・白上さんがお前だけ誘うのはないから』
『何気に結構そういう所は悪女だよな、勘違いさせるの。まあ、元気出せよ』
『な、慰めなんていらねーよ!!』
やけに生暖かいクラスメイトの視線を受け、オレは自分の勘違いを察した。
同時に、穴があったら入りたいほどの羞恥に襲われ、こんな所にいられるかっ!!とばかりに席を立つ。
『おい伊坂。今からホームルームだぞ。どこ行くんだ、席つけ』
『・・・はい』
直後、ちょうど教室に入ってきた担任に注意され、オレはすぐに座るのだった。
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「で、いつから待ってたんだよ」
「あ~、2時間前だな。店開く前からスタンバってた」
「どんだけ楽しみにしてたんだよ、お前。ちょっと引くわ」
「うるせぇ!!」
やってきたクラスメイトに軽くからかわれながら、オレたちは歩く。
オレの口調は乱暴だが、その実、内心はそこまで荒れてない。
いや、むしろ楽しかったりする。
クラスメイトも、それを察しているのだろう。
白上さん含め、『あ~、またやってるよ』みたいな、恒例行事を見る目でオレたちを見ていた。
(白上さんと2人だけじゃなかったのは、残念といえば残念だけど、大勢でどこか出かけるなんて初めてだしな)
オレが今日、朝早くから準備をしていたのは、単に白上さんと遊べるのが楽しみだっただけではない。
これまで孤独だったオレにしてみれば、男であろうと友達とどこかに出かけることそのものが初めてなのだ。
だから、絶対に遅刻などしたくなかったのである。
「ねぇねぇ!!伊坂くんをイジるのはその辺にして、もう行こうよ!時間が勿体ないよ」
「そうそう!!男子たち、今日は荷物持ちしてもらうんだから、こんなところで体力使わないの!」
「うげ~、マジか」
「白上さんならともかく、お前らのは俺はごめんだぜ」
「なにを~!!」
わいわいと騒ぎつつも、オレたちは中に進むのだった。
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ゲームセンターにて。
「うおっ!?白上さんリズムゲーうまいな!!」
「すごいよ羽衣!!この店のレコード更新じゃん!!」
「えへへ、身体を動かすゲームは得意なんだよね!!」
リズムゲーで華麗なステップを見せ、オレたちクラスメイトどころか、他の一般客の注目すら集める白上さん。
オレはそんな白上さんを尻目に・・・
「くそっ!!また吸われた!!」
「伊坂、もう諦めろよ。そのクレーンにいくら吸い込まれたよ」
「しかも掴んでたその人形なんだよ。キモカワイイっていうかキモいだけなんだけど」
「うるせー!!オレもここまで来たら後に引けないんだよ!!あと、その人形は狙ってたやつじゃないっての!!」
オレは、10枚目の100円玉を投入しつつクレーンを操作する。
最初は、白上さんに可愛い人形でもプレゼントできたらと思って始めたのだが、これが難しい。
目当てのものを掴めないし、なぜかその隣にあったサングラスを掛けた上半身だけ屈強な豹の人形を取ってしまったりと、もう千円もつぎ込んでしまっている。
だが、ここまで来たからこそ引けないのだ。
「おしっ!!掴んだ!!」
「お、やるじゃん」
オレの執念が追いついたのか、クレーンは狙っていたぬいぐるみを掴む。
そのまま、オレは操作を続け、ぬいぐるみを出口まで持って行き、真上から落とし・・・
「あ・・・」
出口付近にあった、上半身だけ屈強で、下半身が貧弱な二足歩行の豹の人形にぶち当たり、ぬいぐるみは弾かれてしまった。
その代わり、豹の人形が落ちてくる。
「コレマジ?上半身に対して下半身が貧弱すぎだろ・・・」
「なあ、これいる?」
「いらねーよ、そんなの」
「・・・オレ、もうクレーンゲームはやらんわ」
オレは、変な人形を手にしつつ、そう誓うのだった。
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「わぁっ!!羽衣、かわいいよ、それ!!」
「え~?そうかな?私はあっちの帽子がいいかと思うんだけど」
「そ、そんなことないって!!いや、そっちも似合うと思うけど、今のやつもいいって!!」
「うわあ、伊坂君、羽衣のことになるといつもすごいね・・・」
「伊坂、鼻息抑えろ。ちょっと引かれてんぞ」
その次に寄ったのはいくつかある服屋兼アクセサリー店。
最初の内はオレにとってあまりにも縁がなかった世界だったので、突っ立って見ているだけだったのだが、白上さんが小物を物色し始めた辺りで、その品評会に付きっきりとなった。
スタイルのいい白上さんだから、どんなモノでも似合う。
オレにとっても眼福である。
「おい伊坂、これ付けてみてくれよ」
「あん?」
そこで、友達の1人がオレに何かを差し出してきた。
手に取ってみると、それはゴツいサングラスだった。
まあ、特に断る理由もないので、そのまま装着する。
「・・・どうだ?」
「・・・やべぇ、軽い気持ちで渡したけどマジ似合いすぎだ」
「ああ。どう見てもそのスジの人にしか見えねぇ」
「お前らなぁ・・・」
サングラスを付けたオレは相当キマッていたらしく、クラスメイト一同少しビビり気味であった。
だが、どこか面白がっている雰囲気もあり、そのままふざけ合う。
「おう、払うモン払わんとタマとったるでぇ・・・?」
「うわ、マジ迫力あるな」
「警察の前でやったらマジで職質からの逮捕じゃね?」
「あの・・・」
「ん?」
ふと、知らない声がしたので、そちらを向くと。
「あ、あの、当店は暴力団関係者の方は、その・・・」
「高校生です」
顔色の悪い店員さんが、店の入り口にいる警備員さんに目配せしながら近づいてきたので、すぐにグラサンは外した。
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そんなこんなで一騒ぎありつつ、他の店も見て回り、あっという間に時間は過ぎていった。
「うわ、伊坂、お前今度は何飲んでんだ?」
「コーヒーとオレンジジュース混ぜてみた!!見てみろよ」
「いや、その色はねーだろ」
「いけるいけるって・・・ゲボッ!?マズっ!?」
「だから言ったじゃねーかよ・・・残さず飲めよ~」
「あはは、伊坂くんはやっぱ面白いね~!」
色々と店に入ったり、またゲーセンに行って遊んだりしたので、昼食は少し遅くなってしまったが、目に付いたファミレスに入った。
オレは何気にファミレスも家族以外だと初めて来る。
友達の1人がドリンクバーでジュースを混ぜて飲んでいるのを見て、面白そうと思って挑戦したが、冒険しすぎたようだ。
コーヒーは単体で楽しむもんだな。
しかし・・・
「ふ~、ちょっとトイレ行ってくる」
「なんだ?さっきの奴で腹壊したか?」
「そんなんじゃねーよ!!」
少し催してきたので、トイレで用を足し、みんなの所に戻るべく歩く。
この店のトイレはテーブルからかなり離れたところにあり、道が少し入り組んでいた。
道は短いけど、迷わないようにしなければいけない。
歩きながら、オレは思った。
(こういうの、いいな・・・)
気心の知れた友達と、大勢で遊ぶ。
今まで経験したことがなかったが、なんというか、とても楽しい。
オレの知らなかったような遊びを、今日だけでもたくさん見せてもらえて、わくわくした。
これまで避けられてきたオレだし、クラス以外だとまだまだ怖がられているが、今みんなといればそれも気にならなかった。
いつもなら怖がられてしまうような場所でも、そういうことを気にしなくていいということそのものが、オレを楽にしてくれていたのだ。
「これなら、またみんなで来たいな。よく話す人と一緒に・・・」
実は、今日はクラスでもあまり話さない人も混じっていたのだが、オレたちの間にあった楽しげな空気のおかげか、すんなり話すことができたのだ。
次の機会があるのなら、もっと色んな人を、『友達』を誘って遊べれば、もっと・・・
--伊坂くんにも、伊坂くんの都合がありますよね。楽しんできてくださいね?
「・・・黒葉さん」
ふと、オレは黒葉さんのことを思い出した。
「黒葉さんには、悪いことしたかな・・・」
実は、オレが白上さんに誘われた日のお昼に、黒葉さんからもお誘いを受けたのだ。
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『い、伊坂くん!!連休なんですけど、連休明けにはテストがありますよね?』
『うん?』
それは、オカ研でお昼を食べている時だった。
南校舎に入る前からなんだかソワソワしていた黒葉さんだったが、弁当を広げて箸を付けようとした時に突然そんなことを言い出した。
確かに、うちの高校は連休明けにテストがある。
連休前に出される課題から出題されるのだが、課題の量がそこそこ多く、テストも少し難しいものになるのだ。
『ど、どうでしょう!?ワタシと、テスト勉強しませんか?宿題を片付けなきゃいけませんし!!』
『本当?それなら助かるよ。オレも結構気になってたから』
黒葉さんは頭がいい。
対してオレは・・・まあ、学年の平均くらいだ。
ただ、それはそれなりに勉強をしている上での話だ。
(オレの外見で頭まで悪いとか、完全に不良だからな・・・)
オレは生徒はもちろん、一部の教員にも避けられがちだ。
普通の一生徒として過ごしたいオレとしては、教員からの印象はよくしておきたいし、そのためにも授業はまじめに聞いているし、課題もしっかりこなしているのだが、それでもやっと並くらいなのである。
それを黒葉さんのサポートが受けられるなら、成績アップの一助となる見込みは大きい。
『わ、わかりました!!それじゃあ、お休みに入ったらすぐに・・・』
『あ、ちょっと待って』
『はい?』
なんだかオレ以上にノリ気な黒葉さんが続けようとした時、オレは朝に白上さんに誘われたことを思い出した。
『いや、実は先約があってさ。連休の一番最初は、クラスのみんなと遊びに行くことになってるんだ』
『・・・え?』
オレがそう言った瞬間、黒葉さんの雰囲気が変わった。
前髪で隠れて見にくいが、さっきまでキラキラと期待に輝いていた瞳から光が消え失せ、唖然とした表情になる。
それは、まさしく絶望と言うべき表情で。
『・・・黒葉さん?』
いきなりの変化に、オレは声を掛けて、そこで思い出した。
--ワタシに、伊坂くん以外で信じられる人なんていませんから
(黒葉さん、まだオレ以外と話せないのか・・・?)
前に、オレ以外で誰かをオカ研に誘ったらどうかと言ってみた時の黒葉さんが言った台詞。
あの時も、黒葉さんは今みたいになっていた。
この部屋で悪意にさらされた黒葉さんは、オレ以外の人間を信じることが難しくなってしまったのだ。
あれからしばらく経ったので、もう大丈夫なんじゃないかと気にしていなかったが、そんなこともなかったようだ。
黒葉さんからしたら、唯一信用できるオレが誘いを断り、自分には話せない他の人間と遊びに行くように見えているということだろうか。
(そうなると、黒葉さんの頼みを断るのも・・・いや、いつまでも、こんな状況が続くのもよくないよな)
オレとしては、黒葉さんと過ごすのは苦痛でも何でもない。
むしろ、一緒にいて心が休まるくらいだ。
なにせ、オレを怖がらず、オレの知りたいオカルト関係に詳しく、話も興味深くて面白い。なにより結構可愛い。
オレは白上さんが好きだが、黒葉さんのような女子に頼られているという現状は、一男子として悪い気はしない。
けど、いつまでもそんな不健全な関係が続くのは、黒葉さんのためにもならないだろう。
いきなり黒葉さんに他の人と関わってもらうのは厳しいだろうが、オレがいない状況には慣れてもらわなければならないだろう。
オレも、オレだけに使える時間が欲しいのは確かではあるし、今から白上さんやクラスの連中にキャンセルと言うのも悪い。
『ごめん、黒葉さん。でも、もうクラスのみんなとは約束しちゃったから、初日は行かなきゃいけないんだ』
『そう、なんですか・・・』
(なんて目をしてるんだよ、黒葉さん)
オレは心を鬼にしてそう言ったが、黒葉さんは相変わらず真っ黒な目のままだ。
っていうか、反応からしてオレの話を聞けていないのではないだろうか。
なんというか、罪悪感がすごい。
(ああ、もう。オレも甘いな)
『あ~、でも!!初日以外なら、毎日付き合えるよ』
『え?』
黒葉さんの目に、わずかに光が戻った。
オレは、黒葉さんと目を合わせて続ける。
『オレ、あんまり頭よくないから、テストだと毎回苦労してるんだ。休み中にあんまり遊びすぎるとマズいし、宿題も大変だから、残りの休みはずっと付き合える。いや、付き合ってくれるとこちらも助かるかな』
それは、オレの本音でもある。
交友関係が黒葉さんと白上さん含むクラスメイトしかないオレだ。
初日に遊んでしまえば、後はずっと黒葉さんといても差し支えはないだろう。
っていうか、オレだとそんなに遊んでたら宿題もテストもこなせなくなるから、本当にありがたいのだ。
『・・・嘘じゃないんだね。嫌々ってわけでもない』
『え?』
『いえ、わかりました。それでは、二日目からよろしくお願いしますね?』
まだまだ暗い瞳でオレをじっとみていた黒葉さんだが、小さく何かを呟くと、いつもの調子に戻った。
『ただ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?』
『え?うん』
内心、黒葉さんが元に戻って一安心していると、黒葉さんがオレの目をじっと見つめたまま問いかけてきた。
『クラスのみんなって言ってましたけど・・・何人で、男女比はどれくらいですか?』
『え~と、7人かな。男子がオレ入れて5人、女子が2人。もしかしたら増えるかもだけど』
『そうですか・・・女の子が2人、ですか』
『へ?うん』
--じ~
黒葉さんは、じっとオレの目を、いや、胸の辺りだろうか。
ともかく、オレをしばらくの間見つめていた。
『・・・なんの反応もなし、か。それに、周りに4人も男子がいれば』
『黒葉さん?』
『あ、ごめんなさい・・・あの、伊坂くん』
なんだか少し気になったので声を掛けると、黒葉さんはオレの胸から視線を外した。
そして、オレの目を見た。
『初日からご一緒できないのは残念です。でも、伊坂くんにも、伊坂くんの都合がありますよね・・・楽しんできてくださいね?』
『う、うん』
言葉そのものにおかしな点はない。
けど、その台詞を言った時の黒葉さんの目から、再び光が消えたような気がして、オレは少しビビりながら返事をしたのだった。
-----
「黒葉さんも誘えば良かったか?いや、さすがにそれはハードルが高いか・・・って、あれ?」
回想をしながら、歩いていたからだろう。
行きでみた覚えのない通路に、オレは入り込んでしまっていた。
人気もないし、もしかしたら、従業員用の場所かもしれない。
「やっべ。迷ったか?早くみんなのところに・・・」
「あ、いた!!」
もしかしたら迷ってしまったかもしれないと、少々焦るオレに、声がかかった。
「し、白上さん!?」
「いや~、伊坂くん、いきなり知らない通路に入っちゃうんだもん。ちょっと見失っちゃったよ」
「ご、ごめん」
声の主は、まさかの白上さん。
まさか、こんな迷ってる所をみられるとはツイてない・・・
「ん~、そうだな。伊坂くん」
「な、何?」
「せっかくだから、私と少し話してかない?」
「へ?」
間の抜けた返事をしながらも、オレは思った。
今日、オレは世界で一番幸運だと。
オレは、速攻で掌返しをかますのだった。
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