第15話 白上羽衣

 この世界には、私たちの知る常識では測れない現実がある。

 それを私こと、白上羽衣が知ったのは、つい最近のことだ。


「『月光閃ルナ・ブレイド』!!」

『グオオッ!?』


 私の握るナイフから光の刃が伸びて、『VI』という数字が顔に刻まれた怪物を切り裂く。

 持っているメダルをかざして盾にする怪物だったが、私の刃は防御を一切無視して怪物を真っ二つにした。


「え~と、あ、あった!!カードだ!!」


 怪物がいた場所に落ちていた『コインの6』と書かれたカードを拾い上げる。

 このカードは私の使える『魔法』を強化してくれる力がある。

 今回現れた怪物には使う必要もなかったが、前に倒した『死神』や、『隠者』のように強い相手と戦う際には頼りになるカードだ。

 そう、戦う。

 戦いなどという言葉は、現代日本人にとって縁の遠い言葉だろう。

 比喩表現や、スポーツでの試合をそう言うのならばともかく、武器を手に取って命のやりとりをするなど、まずありえないはずだ。

 だが、私は数少ない例外のようで、こうして日夜怪物と戦っている。

 なぜ、そんなことをするのか?その目的はただ一つ。


「これで、少しはこの街も平和に近づいたかな・・・」


 私が生まれ育った街。

 私の家族や友達がいるこの街のみんなを、守りたいからだ。



-----


 私は日本人だが、私の母方には外国人の血が混ざっているらしい。

 白上家がこの街に移り住んでかなりの年数が経っているようなのだが、家の物置にはよくわからない外国のモノがゴロゴロ転がっている。

 その日は、『お宝鑑定○』を見て、『もしかしたら家にも掘り出し物があるかも!!』と思い立ち、物置を物色していた。


「うわっ!?すっごい埃・・・って、Gまで!?」


 私の冒険心は、物置に入って三歩目ですでに萎えていた。

 私の家族はみんな私と似てズボラというかノリで適当に生きているところがあるので、年末の大掃除もかなりおざなりだ。

 当然、家の離れにある物置など手が入るはずもない。

 埃とカビ、そして虫の巣窟と化していた惨状を見て、私の心は決まった。


「うん。やっぱり人間堅実に生きないとね!!お宝で一山当てるなんて、フィクションだよ、フィクション」


 さっと踵を返し、私は物置から出ようとした。

 なにせ花も恥じらう女子高生。

 こんな汚い、くさい、キツイの3Kが揃った場所はあまりにも堪える。

 そのときだった。



--ココニ、来テ



--アソコニ、向カエ



「あれ?今、誰か・・・?」


 声が聞こえたような気がした。

 だが、誰もいない。

 

「気のせい・・・?でも、確かに聞こえた、いや、違う。それだけじゃない」


 おかしな感覚だった。

 どこかから声が聞こえたような気がしたのはそうだが、それとは別に、すぐ近くからも声を感じたのだ。

 耳から入ってきたのではなく、頭の中で直接響くような、自分の心の中から湧き上がるような思念を。


「えっと、こっち?」


 不思議と、私恐怖はなかった。

 埃まみれの物置の中を、灯りもなしに歩く。

 なぜか、どこに向かえばいいのかがはっきりしていた。


「・・・これ?」


 そうして、私は物置の隅にたどり着いた。

 そこには、古めかしい小箱が無造作に転がっているが、またしても奇妙なことが起きていた。


「光ってる・・・?」


 小箱は、まるで海賊の漫画に登場するような、木でできた宝箱のようだった。

 床に転がっている小箱は蓋が開きかけており、その隙間からぼんやりと光が漏れていたのだ。

 吸い寄せられるように小箱を手に取ると、小箱の蓋が開き、中から一枚のカードが落ちてくる。

 私は、そのカードを拾い上げた。


「何これ?『THE MOON』?月?これは・・・っ!?」


 不意に、再びあの感覚が蘇る。

 それとともに、猛烈な頭痛が襲いかかってきた。


(何これっ!?・・・『儀式』?『試練』?『怪異』?なんのことっ!?あぐぅっ!?)


 頭の中に、鋭い針で直接知識を刻みつけられているかのようだった。

 これまでおとぎ話でしか聞いたことのないような、非現実的な情報が洪水となって私の頭に流れ込んでくる。

 だから、私にはその『声』が何を言っているのか聞こえなかった。

 そう・・・



--アア、永カッタ



--ヨウヤク、我ガ本体ニアクセスデキタ



--分体ヲ吸収・・・『儀式』ヘノ干渉ハマダ難シイカ。ダガ、繋ガリハ保タレテイル



--力ガ足リナイ。集メナケレバナラナイ



--アア、嘆カワシイ。我ガ一族ハ、只人ニ落チブレタカ。目覚メルノニ時間ガカカッタノハソノセイカ



--隠レナケレバナラナイ。力ヲ集メナガラ。



--『試練』ヲ、『儀式』ヲ欺ク。ソノタメノ『力』ハ、モウ手ニイレテイル



--『月』ヨ。此度ノ儀式デモ役ニ立ッテモラウゾ。永キニ渡リ、我ガ分体ハオ前ノ中ニアッタ。オ前ノ力ハ、我ガ支配下ニアル



--『幻惑』、『欺瞞』、『秘密』。隠レ潜ミ、欺クコトコソ、我ガ領分。



--『試練』、『儀式』、『プレイヤー』。ソシテ・・・



『この『器』すらもな』



 『私』の口から零れた声すらも。



『精々役に立ってもらうぞ、我が子孫よ。前は『黒葉』の魔女に邪魔をされたが、今回はそうはいかん。必ず成し遂げて見せようぞ。必ず、この儀式を手中に収めてやろう』


 口が勝手に動くが、何を喋っているのかはわからない。

 

「う・・・」


 そうして、頭の中にあふれる情報の洪水に飲まれ、私は気を失った。



-----



「あれ?私、何してたんだっけ?」


 気がつくと、私は家の物置の床で寝ていた。


「うわっ!?埃だらけじゃん・・・って、これは?」


 ひどい有様になった服を必死で払っていると、何かがハラリと落ちた。

 私は、落ちたものを拾い上げ・・・


「っ!!そうだっ!!『儀式』!!」


 『THE MOON』のカードに触れた瞬間、すべてを思い出した。

 人間の持つ魔力によって生まれた『怪異』。

 この街で起きる、願いを叶えるおまじないが変貌した怪異による『儀式』。

 そして、その儀式に参加する『プレイヤー』の存在。


「このカードが、その証なんだよね」


 私は、カードをじっと見つめる。

 夜空に昇る月と、二匹の犬に一匹のザリガニ。

 その月が、鈍く輝いたように見えた。

 まるで、私を誘うように。


「・・・私が参加しなきゃ、他の人が選ばれる、か」


 儀式のルールを思い出す。

 2人のプレイヤーが選ばれ、22枚のカードを集めた方があらゆる願いを叶える資格を得る。

 そのために、現れる強大な力を持った怪異を倒さなければならない。

 つまり、ここで私が逃げれば、別の人間が戦わなければならなくなる。

 もし、それで私の両親が、友達が、先生が選ばれてしまったら?


「なら、やるしかないよね」


 そんなことになってしまったら、私は自分を許せなくなるに違いない。

 ならば、やることはただ一つ。


「私、白上羽衣は、この儀式のプレイヤーになる!!」


 口に出してそう宣言すると、カードが強く輝いた。



--・・・承認。人間ノプレイヤーガ確定。



--魔法使いノプレイヤー候補ヨリ拒否・・・他ノ該当者ナシ。強制参加措置ヲ実行。



 どこか遠くから声が聞こえたかと思えば、それはすぐに収まる。

 そして、カードがひときわ強い光を放ち、目の前が真っ白になった。


「きゃっ!?」


 そして、目を開けると・・・


「え?何、この格好・・・」


 私の服が、なんだかすごいファンシーな感じになっていた。

 白を基調にしたドレスなのだが、所々にフリルやリボンが付いていて、まるで日曜日の朝に放送している魔法少女のようだった。

 腰のベルトには大ぶりのナイフが差込まれていて、そこだけはかなり物騒だが。


「こ、こんな格好他の人に見られたら恥ずかしすぎる・・・って、普通の人には見えないんだったけ。いや、それよりも、これで」


 自分の格好を見て、私は頭の中にある知識が嘘ではないと確信できた。

 すなわち、それは私がプレイヤーになったということ。

 これから先、この街で起きる戦いに飛び込まなければならないということだ。


「でも、やるよ、私。みんなのために!!」


 自分がやらなければ、他の誰かが犠牲になる。

 いや、魔力が多めの人だったら、巻き込まれることもあるかもしれない。

 そして、自分にはそれをなんとかできるかもしれない力がある。

 ならば、やるしかないだろう。


「この街は、私が守る!!」


 薄暗く、埃だらけの物置の中だったけれど、私は力強く誓うのだった。



-----


「今日から新しいクラスか~」


 四月。

 儀式はまだ続いているが、私は高校二年生になった。

 夕方になると現れる、小アルカナと呼ばれている怪異と戦うようになってしばらく経つが、そんな非日常にも慣れてきたと思う。

 今のところ、私の『月光閃ルナ・ブレイド』がクリーンヒットすれば倒せてしまう敵ばかりだと言うのもあるし、私が元々運動が得意で、慣れるのが早かったのもあるだろうが。

 まあ、そんなことより、今は新しいクラスのことだ。


「新しいって言っても、知ってる友達結構いるし、楽しそうだな~。あ、あの席の人はどんな人だろ?」


 クラスが替わったが、前からの友達がそこそこいるし、彼らを経由して新しい友達もできそうだ。

 今のところ、みんないい人ばかりみたいだし、今年も楽しくなりそうである。

 気になるのは、少し離れた空いている席に座ることになる人だ。

 もうすぐホームルームだが、まだ来ていない。

 さて、このクラスのトリを飾るのはどんな人なのか。

 そのとき、ガラっと音を立てて、教室のドアが開いて、大柄な影が入ってきた。


(ヒっ!?)


 その人を見た瞬間、背筋が凍ったように冷えた。

 制服越しでもわかる、鍛えられた凶器のような肉体。

 そこにいるだけで息が詰まるような圧迫感。

 なにより、今まで何人の人間を殺してきたのかといいたくなるような、『死』を連想させる目。

 普段怪異と戦っているというのに、私は恐怖と嫌悪で動けなくなっていた。

 チラリと視線だけ動かして確認すると、周りの生徒も同じような感じだ。


「・・・・・」


 男子生徒はその鋭い目でクラスを見回すと、特に何の反応もすることなく空いている席に向かって歩き出した。


(こ、こっちに来る!?こ、来ないでっ!!)


 別に私に用があるワケではないだろう。

 ただ、彼の席に行くまでの通り道に私の席があるだけ。

 だというのに、私は恐怖でおかしくなりそうだった。

 頭の中に氷でも詰め込まれたかのように、意識が冷えていって・・・



--ホウ?コノ小僧・・・面白イ



『ねぇ、君』

「え?」


 気がつけば、私はその男子生徒に声を掛けていた。

 いつの間にか、私の中にあった恐怖と嫌悪はさっぱり消えていた。

 まるで、さっきまで感じていたそれらが、幻だったかのように。

 そうだ、思えば私らしくもない。

 ちょっと顔が怖いというだけで、人を避けようとするなんて。


『私、白上羽衣って言うの。これから同じクラスになるし、よろしくね?』


 だから、私は満面の笑みでその男子生徒、後に伊坂誠二という名前を聞くことになる男の子に挨拶をしたのだった。



--・・・・・


「あ!伊坂君!!消しゴム落ちたよ」

「伊坂君、今日はお弁当なんだね~」

「伊坂君、運動神経よさそうだよね。今度走ってるところ見せてよ!」


 それから、私はことあるごとに伊坂君に話しかけるようになった。

 そうして私が絡んでいくと、最初の内は怖がっていたクラスのみんなも、私と同じく恐怖が薄れたかのように伊坂君に関わっていくようになった。

 いつしか、伊坂君は暮らすに溶け込んでいた。

 まるで、最初にみんなを怖がらせていたのが嘘だったかのように。

 


-----



『魔法使イノプレイヤー並ビニ死神ガ目的ダガ・・・見ツケタ以上、戦ウノミ』

「強そうだね、君・・・!!」


 夕方の街の中。

 いつもの日課であるジョギングをしていた私の前に、その怪異は現れた。

 杖を持ち、馬に乗った男の姿をしているが、感じる威圧感は異形だった『死神』や『隠者』よりも上だった。

 杖と馬という特徴から、この怪異は『ワンドのナイト』に違いない。


「先手必勝!!『月光弾ルナ・バレット』!!」

『コンナ下位ノ魔法デ・・・『火砲イグニス・ブラスト』』


 まずは小手調べという訳でもないが、私が使ったのは一番弱い『バレット』。

 ワンドのナイトは呆れたかのような口調で持っている杖を振り、火の砲弾を撃ってきた。

 私の攻撃ごと爆破できるということだろうが、甘い。


「弾けてっ!!」

『ナニっ!?グっ!?』


 私が叫ぶと同時に、白い光の弾が弾けて小さな礫になって、火の砲弾を避けつつワンドのナイトに迫る。

 礫は鳥のように空中で軌道を変えてワンドのナイトに命中した。

 『バレット』の魔法は威力こそ最低だが、数を増やしたり、今のように分裂させたり、軌道をコントロールできたりと、かなり応用の利く魔法だ。

 顔に光の礫が当たって目がくらんだのか、ワンドのナイトの動きが止まる。


「隙アリっ!!『月光閃ルナ・ブレイド』!!」


 飛んできた火の砲撃を躱しつつ、ナイフを構えて突進する。

 

『舐メルナ!!『火壁イグニス・ウォール』!!』

「わわっ!?」


 しかし、目の前に炎の壁が現れたことで、急遽斜め前方に進路を変える。

 さすがにあんな炎の中に突っ込んでいく気にはなれない。

 だが、背後は取った。


「『月光砲ルナ・ブラスト』!!」

『グオッ!?』


 私の持つ最大火力が無防備な敵の背中に炸裂する。

 ワンドのナイトは落馬し、地面にゴロゴロと転がった。

 今こそチャンスだ。


「今度こそっ!!『月光閃ルナ・ブレイド』!!」


 私は自慢の俊足で一気に距離を詰め、ワンドのナイトに光の刃を突き立てようとして・・・


『『駿馬よエクウゥス』!!』

『ヒヒィィィィィン!!!!』

「きゃっ!?」


 背後から凄まじい勢いで迫ってきた馬に跳ね飛ばされそうになったところを、ギリギリで躱した。


『『火纏イグニス・ブースト』・・・人間ノプレイヤーダト侮っテイタガ、謝罪スル。コレヨリ本気デ相手ヲシテヤロウ』

「え?い、いつの間に!?」


 一瞬で、倒れていたはずのワンドのナイトは馬に乗っていた。

 手に持った杖を、私に突きつける。

 猛烈に、嫌な予感がした。


「『月光壁ルナ・ウォール』!!」

『『火呪イグニス・カース』、『二重・双火穿ビス・デュオ・イグニス・スラスト』!!』

「きゃああああっ!?」


 とっさに光の壁を張って、全力で後ろに向かってダッシュするも、幾ばくかも進まない内にワンドのナイトの魔法が当たり、壁が砕け散った。

 爆風で、身体が吹き飛ばされる。


『『双火穿デュオ・イグニス・スラスト』』

「くぅうう!!」


 壁は砕けたが、ワンドのナイトの魔法と相打ちになったようだったので、吹き飛ばされたモノのダメージはほとんどない。

 だから、急いでその場から起き上がって、飛んできた攻撃を避ける。


(は、速い!!)


 ワンドのナイトの魔法を目で追うことができなかった。

 避けることができたのは、杖を向ける方向から狙いを推測できたから。

 呪文を唱えるスピードと、魔法そのもののスピードが速すぎて、撃たれてからでは間に合わない。

 あの杖から目を離したら終わりだ。

 だから、私はワンドのナイトから目をそらさず、一挙一動を見逃さないように注意をする。


『チョコマカトヨク避ケル・・・『火閃イグニス・ブレイド』』

「っ!?ル、『月光閃ルナ・ブレイド』!!」


 遠距離からでは埒があかないと思ったのか、ワンドのナイトは接近戦を挑む気になったようだ。

 馬を軽く蹴って、私に向かって駆けだし、気がつけば炎の刃がすぐ近くまで迫っていた。

 持っていたナイフに光を纏わせて、なんとか受け止める。


『フンッ!!ヤアッ!!ソラァッ!!』

「うぐぅぅうううっ!?」

 

 一息の間に、三回炎の刃が振るわれる。

 私は半ば勘に従ってナイフで応戦するが、相手が馬の上から攻撃してくることもあって、反撃に移れない。

 いや、待て、この馬は。

 

『ヒヒィィィィィン!!!!』

岩壁ザクスム・ウォール

「がふっ!?」



--ガシャン



 炎の刃を捌ききったと思った直後、ワンドのナイトが乗る馬がタックルを仕掛けてきた。

 ワンドのナイトだけでなく、この馬のスピードも並外れていて、現れた岩の壁ごと、私は一瞬で吹き飛ばされた。


「ハッ、ハッ、ハッ・・・!!」

(コ、『コインの6』がなかったら死んでたかも・・・)


 変身した私の身体は、普段よりも相当頑丈になっているし、回復も早い。

 身体は痛むが、致命傷ではない。

 だがそれは、つい先日に倒した『コインの6』のカードが、私を守る岩の壁を自動的に展開してくれたからだ。

 私の足下に、力を使い切ったカードがボロボロと崩れていく。

 

(後、私が持ってる小アルカナのカードは10枚もない・・・あんな攻撃、何度も捌けない)


 小アルカナカードは自分に使えない魔法でも使えるようになるが、使い捨てだ。

 さっきのように自動防御に使えるとしても、それは手持ちのカードが尽きるまで。

 それまでに、ワンドのナイトを倒さなければならない。


(とにかく動きが速すぎて、攻撃を当てられないし避けられない!!大アルカナより強いじゃん!!)


 私はこれまでに『隠者』と『死神』を倒したことがある。

 だが、その二体よりもあのワンドのナイトは強い。


(一体、どうすれば・・・っていうか、あれ?)


 体勢を立て直し、ナイフを構えて起き上がった私だが、ワンドのナイトがいない。


「どこに行ったの・・・」

『ココダ』

「っ!?」


 反射的に後ろに向かってナイフを振り抜くが、光の刃は虚しく空を切る。

 代わりと言うかのように、炎の刃が真横から私にぶつけられた。


「あ、ぐ、うう・・・」

『鈍イ、鈍スギルゾ。人間』


 今度は持っていた『ワンドの5』が盾になってくれたが、『コインの6』ほどの防御力はなかったのか、ワンドのナイトの攻撃がとうとう届いた。

 ナイフを持っていた腕に冷たさすら感じる熱が走り、直後に痛みに変わる。


(ど、どうしよう、どうすれば・・・)


 痛みで意識が薄れ、目の前が白く明滅する。

 焦りで、思考が空回っていくのがわかる。

 そのまま、頭の中がどんどん冷たくなって・・・視界が黒く染まった。



-----



『武器ヲ最後マデ手放サナイカ。敵ナガラ見事』


 ワンドのナイトは、目の前でかろうじて立っている人間を称賛した。

 武器を手放さず、立ったままでいるのは、未だに諦めていない証拠。

 それすなわち、この儀式に並々ならぬ願いを掛けていると言うことだ。

 ワンドのナイトとしては、最後まで戦い抜くという気概があるというだけでも敬意を表するに値するが、儀式という怪異にとってもそれは喜ばしい。

 それだけの強い感情を喰らうことができるということなのだから。


『生キ恥ハ晒サセヌ。一息デ終ワラセテヤロウゾ』


 儀式の怪異より生み出された試練として、一体の騎士ナイトととして、ワンドのナイトは一太刀で勝負を決めるべく、炎の刃を振り上げた。

 そのときだった。


『『月光纏ルナ・ブースト』』

『ナニッ!?』


 それまで立っているのがやっとで、喋る力すら残っていなさそうな人間から、呪文が零れ出た。


『『ブースト』ダト!?何故、今マデ使ワナカッタ!?』


 『ブースト』そのものは、ワンドのナイトも使える。

 しかし、大アルカナの使う『ブースト』は、彼のような小アルカナとは次元が違う。

 大アルカナをそれたらしめる権能が解放されるからだ。

 ワンドのナイトとレベル4以下の大アルカナならば、ワンドのナイトの方が上だろうが、纏を使われれば一発でひっくり返る。


『イヤ、落チ着ケ。我ノ目的ハ情報収集ダ。例エココデ倒レテモ、本体ガ見テサエイレバ・・・』

『残念だが、ここでの戦いは私の『権能』によって記録には残らん。さっさと消えろ』

『ナ、ニ・・・?』


 すぐ耳元で声がしたかと思えば、視界が逆さまになった。

 そこに映るのは、首から上がない自分の身体と、馬の背にまたがった人間の姿。


(一瞬デ、首ヲ落トサレタ、ノカ?コノ、我ノ速サヲ、超エテナド、アリ、エヌ。マサ、カ・・・)


 自身に起きたことを理解しながら、ワンドのナイトは消滅した。



-----



『チッ。絵札とはいえ、小アルカナに苦戦するか』


 紅い結界の中で、白上羽衣は普段は浮かべないようなしかめっ面で毒づいた。


『所詮は人間か。儀式から隠れつつ弱い小アルカナを倒して、少しずつ力を蓄えるつもりだったが、これでは先が思いやられる。策を練らねばならん・・・そうだな』


 そこで、白上羽衣は、やはりこれまで作ったこともないような、歪んだ笑みを形作る。


『この器に懸想しているあの小僧、使えるかもしれんな。あの気配なら、餌になるだけの魔力はある。もしもプレイヤーならば・・・ククク!!』


 地面に落ちていた『ワンドのナイト』のカードを拾い上げながら、白上羽衣は、否、『白上羽衣の形をしたナニカ』は嗤う。


『小僧、この私が願いを叶えてやろう。この器を掌握するまでまだまだ力も時間も足りぬが、お膳立てくらいはしてやるとも。ククク、クハハハハハ!!!』

 

 すべてが紅く染まる世界の中。

 しばしの間、ひび割れたような笑い声が響くのだった。



-----



「ふぅ~、強かったぁ」


 私は、ワンドのナイトのカードを見ながら、一息ついた。

 そう、このワンドのナイトは強敵だった。

 凄まじいスピードで動くワンドのナイトは、こちらの攻撃が当たらず、向こうは好きなだけ撃って来れた。

 だが、いくら速くとも、『光』よりは遅かったのが敗因だ。


「『ブラスト』を思いっきり弾けさせて、閃光弾にする・・・私が光を扱えて良かったよ」


 私の属性は『光』。

 これによって、最初に『バレット』を喰らわせた時のように、ワンドのナイトの目をくらませたのだ。

 もしも私の属性が光ではなかったら、負けていただろう。

 

「でも、勝てたんだからヨシ!!このカードがあれば、また強いのが来てもすぐにはやられないよね」


 私はワンドのナイトのカードをポケットにしまう。

 あの素早さを使い捨てとはいえ使えるのならば、心強い武器になるのは間違いない。



--ピシリ



「あ、結界が壊れる」


 そのとき、ナニかがひび割れる音がした。

 見上げれば、紅い空に亀裂が入っている。

 怪異の結界が壊れかけているのだ。

 非日常が、日常に戻る。


「日常、か」


 ぽつりと、私は呟いた。

 これから、私は日常に戻る。戻ることができる。

 だが、今回のように強い敵が出てきたのならば、いつかは負けてしまう時も来てしまうかもしれない。

 あと何回、私は日常に戻れるだろうか。


「ダメダメ!!こんなこと考えてちゃ!!私らしくないよ」


 私は頭を振って、暗い想像を吹き飛ばす。

 ウジウジと先のことについて思い悩むなんて、ガラじゃない。

 何か、楽しいことを考え・・・


「伊坂君」


 フッと、頭の中にクラスメイトの顔が浮かんできた。

 顔が怖いけど、中身は普通の男の子。

 そういえば最近は、陸上部の見学に来てくれなくなったな。


「伊坂君に、会いたいな・・・」


 どうして伊坂君のことを思い浮かべたのかはわからない。

 けど、無性に伊坂君に会いたくなった。

 いや、会えるのだ。

 また明日、いつもの日常に戻れたのだから。

 そう思うだけで、心の中から暖かいモノがあふれてくる。


「うん!!元気出た!!明日、会えたらお話してみよっと!!」


 すっかり暗くなった街の中を、軽い足取りで走る。



--・・・・・



 空に昇る月が、私を嗤って笑っているような気がした。



-----


TIPS ナイト


小アルカナの絵札の一枚。

馬に乗り、鎧を着けた男の姿をしている。

権能は持たないが、動作や魔法のスピードを上げる『駿馬よエクウゥス』を使用できる。



-----


TIPS2 白上羽衣の好感度?


近寄りたくない。怖い。 -100%

???         +110%?



現在10%?

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