第14話 ソードのペイジ

『・・・データ不足。調査ヲ要スル』

『現在構成率20%。魔力リソースノ収集ニ注力』


 どことも知れない場所。

 この世に存在こそすれど、誰の手も届かぬ場所。

 そこで、無機質な声だけが響く。


『我ラノ存在意義・・・リソースガ足リズトモ、試練ヲ怠ルノハ許サレナイ』

『プレイヤーニ試練ヲ与エル』

『『魔術師』ノ傍ニイル『死神』ハイレギュラー。データ収集ヲ兼ネタ偵察部隊ヲ派遣スル』


 不意に、ひたすらに闇だけが広がる空間に、人影が現れる。

 剣を持った男と杖、杯、硬貨を身につけた三体の人影。

 そして、杖を携え、馬に乗る男。


『行ケ』

『『・・・・・!!』』


 暗闇に声が響くと、現れた者たちの姿は再びかき消えた。

 何もない場所に、静寂が戻る。


『構成率21%。対イレギュラーニ備エ、更ナルデータノ収集ヲ開始スル』


 何もないはずの暗闇の中。


『・・・・・』


 大きな建造物のシルエットが、一瞬現れて消えた。

 伊坂誠二と黒葉鶫が神社に到着して、しばらく経った後のことであった。


-----



『ドコニ、行ッタ・・・?』


 ソードのペイジは、三体の数札を引き連れて森の中を駆けていた。

 だが、その視界に黒い鎧は映らない。

 この儀式に出現する怪異は、顕現した際には前回の記憶を引き継ぐが、ソードのペイジたちは舞札神社周辺を訪れたことがなかったため、地形を知らないのだ。

 単純に、死神の身体能力が彼らを大きく上回っているのも大きいが。


『アノ魔女ニハ、見覚エガアル』


 ソードのペイジは記憶を、否、正確には記録を振り返る。

 以前に顕現した際に遭遇したプレイヤーだ。

 

『魔女ニツイテ、警戒スベキハ隠密能力』


 前回に試練として相対した際、あの魔女は決して正面から戦おうとしなかった。

 ひたすらに逃げ続け、怪異の顕現による魔力のロスが大きくなることで撤退せざるを得ない時間まで隠れ通したのだ。

 その際には連れていた『ワンドの4』を倒されてしまっている。

 戦闘能力の低さから、散開して索敵させていたのが裏目に出ていた形であったが、それでも下位の数札しか倒せていない以上、正面戦闘に持ち込めば倒すのは容易。

 ならば、今回は不意打ちを警戒して散開せず、隊列を保ったまま行動すべきと彼は考えていた。

 さらに、固まって行動することの必要性はもう一つある。


『イレギュラー、死神』


 『本体』より直々に警戒すべきイレギュラーと認識されている存在。

 儀式より力を奪い取り、人間の殻を捨て去った異形。

 配下も含めた自身の最大攻撃を放ってもなお、ウォールを破ることしかできず、ダメージを与えられなかった敵。

 直接相対したことで、その驚異をソードのペイジは理解できていた。


『仮ニ権能ヲ使用サレタ場合、我々ニ勝チ目ハナイ』


 何故か、今は権能を使う様子はないが、使われれば一方的に蹂躙されるだけだろう。

 逆に言えば、今のうちにこちらの最大威力の攻撃を当てられれば仕留められる。

 故に、彼らはペイジのバフが及ぶ範囲に留まって進行していた。

 幸いというべきか、今回は本体の命令により、死神の情報を得るために顕現時間には余裕がある。

 加えて、結界の広さは有限であり、どこまで逃げようが結局はループし続ける。

 魔女の隠密能力に頼ったとしても、時間切れになることはまずない。

 そう考えながら、死神が通ったと思しきルートを追跡する。


『・・・!!』


 ソードのペイジは、足を止めた。


『・・・コレハ』


 そこは、舞札神社からやや離れた山の中。

 伐採されたのか、いくつかの切り株を残して、何もない開けた場所だ。

 しかし、奇妙なモノがあった。


『魔力ノ気配・・・コノ草カ』


 今の時期は4月。

 植物が成長する時期ではあるものの、成長しきるにはまだまだかかる頃だ。

 しかし、この広場を囲うように、大人を覆い隠してしまうほどの背丈の草が生い茂っていた。


『罠カ?』


 開けた場所にいる自分たちを、草の壁に隠れて狙おうというのだろうか?

 あるいは、あの草は単なる陽動で、こちらが迷っている間に不意を打つつもりか。


『各自デ補イ、全方位ヲ見張レ』

『『『・・・・・』』』


 相手の意図はわからない。

 だが、ここで仕掛けてくるのは確実だ。

 そして、狙うのならば味方全員を強化する能力を持った自身を真っ先に標的とするはず。


『視界ヲ確保スル。攻撃用意』

双水大砲デュオ・アクア・カノン

双火大砲デュオ・イグニス・カノン

双岩大砲デュオ・サクスム・カノン

双風大砲デュオ・ヴェントス・カノン

 

 相手が奇襲を狙っているのなら、あの怪しい草ごと周囲を吹き飛ばす。

 木々が倒れ、濛々と砂煙が立ち上るが、風の砲撃によってすぐに吹き飛ばされ、後には先ほどよりも遙かに広い空き地ができた。


『・・・・・』


 しばらく、ソードのペイジは立ち止まって警戒を続ける。

 しかし、何も起こらない。


『ブラフカ・・・?』


 もしや、相手の意図はこちらの魔力切れか。

 確かに、レベル8以上の能力を使用した魔法は威力がある分消耗も激しい。

 死神と魔女は、わざと怪しげな場所を作り、魔法を無駄打ちさせて消費を強いるつもりなのか。


『ソレナラバ、無駄ダ』


 今回の顕現は、本体が進めている対イレギュラーの『災厄』を構築するためのデータ収集だ。

 今の本体に魔力の余裕はないが、必要経費として自分たちには魔力が供給され続けている。

 小アルカナである自分たちは大アルカナよりは弱いが、倒されたとしても復活できる。

 故に、最悪最終的に倒されるとしても、長く戦えるようにバックアップは万全なのだ。


『ココニ奴ラハイナイヨウダ・・・移動スル』


 そうして、引き続き標的を探すため、ソードのペイジたちは広場から立ち去ろうとする。

 その時だった。


火砲イグニス・ブラスト

『『『『っ!?』』』』


 ソードのペイジたちの足下が爆発した。


『コレハっ!!』


 レベル4の『ブラスト』は、爆弾に近い魔法だ。

 威力こそ『大砲カノン』に劣るが、術者の意思次第で時間差で爆発させることもできる。

 まるで地雷のように、この広場の入り口に仕掛け、自分たちが警戒を解く瞬間を待っていたのだろう。

 それだけの仕込みができる時間を、こちらは与えてしまっていた。


『総員、体勢ヲ立テ直セ!!威力ハ大シタコトハ・・・』


 『ブラスト』による奇襲こそ受けたが、それでもレベル4の魔法であり、威力はそこまででもない。

 火属性だったことから、死神ではなく魔女の仕掛けたモノだったのだろう。

 倒された者はおらず、ソードのペイジは本命の攻撃に備えて立て直しを図る。

 しかし、それは遅すぎた。


死穿デス・スラスト

『ガッ!?』

『チィっ!!』


 凄まじい速さで飛来した黒い閃光が、隣にいた『ワンドの8』の頭を吹き飛ばす。

 ただでさえ微妙な勝利の可能性を、これ以上減らされたらたまったモノではない。

 相手は権能すら見せていないのだ。

 

風壁ヴェントス・ウォール・・・』

火砲イグニス・ブラスト!!』

『グゥッ!?』

死穿デス・スラスト

『ガアッ!?』


 風の防御を構築するも、再び足下が爆発し、体勢が崩れる。

 そこに黒い閃光が走り、風の壁をぶち抜いてソードのペイジに突き刺さった。


『オノレ・・・』


 防御していたことで威力を削ることができていたのか、消滅させられることはなかった。

 だが、それは早いか遅いかの違いでしかないことに気付くのはすぐだった。


『『死閃デス・ブレイド』・・・後はお前だけだ』


 目の前に、黒い光を纏う大鎌を持った死神が立っていた。

 その足下では、腰から上がなくなった『カップの9』と『コインの10』が消滅していく。


『グっ!!舐メルナ!!『『風呪ヴェントス・カース』、『二重・双風穿ビス・デュオ・ヴェントス・スラスト』!!』


 ソードのペイジの能力である強化は、自身にも当然有効。

 そして、呪いによる耐性半減と威力増強。

 至近距離から放たれた風の奔流が、死神に迫る。


『フンッ!!』

『ナァッっ!?』


 そんなソードのペイジの渾身の一撃に、死神が行ったことはただ一つ。

 手に持った鎌を振るうだけだった。

 それだけで、風の奔流は切り払われる。

 それが、ソードのペイジが見た最後の光景だった。


『取り巻きさえいなきゃ、お前なんか怖くないんだよ』

『クソ・・・』


 本体から命じられたのは、情報の収集。

 しかし、結局は倒すどころか権能を使わせることすらできなかった。

 自身の不甲斐なさを嘆きながら、ソードのペイジは消滅した。



-----


 

『うまくいったな・・・』


 消えていくソードのペイジを見ながら、オレはそう呟いた。


『死神さ~ん!!』


 小アルカナたちに吹き飛ばされた範囲よりも、さらに遠くにいた魔女っ子がオレの方に走ってくる。

 しかし、足が遅いので、オレから近づいた方がいいだろう。


『やったよ。キミの作戦通りだ。こんなにあっさり決まるなんて思わなかった』

「はい!!死神さんが時間を稼いでくれたおかげ・・・ひゃあっ!?」

『おっと。大丈夫?』

「は、はい」

『そう、ならよかった』


 満面の笑みで駆け寄ってくるも、途中で足がもつれてコケそうになった魔女っ子を支える。

 ここ最近思うが、この子はちょっと走ると大抵コケるのだ。

 だから、オレが支えるのももう慣れたモノ。

 大丈夫そうだからもういいだろう。


「あ・・・」


 オレが手を離すと、なんだか残念そうな声を出す魔女っ子。

 なんだかんだ責任感の強い子だし、オレに助けられたのを不甲斐なく思ってるのだろうか。

 魔女っ子の考えた作戦通りにスマートに終わらせられたし、そのくらいはいいと思うのだが。


『植物を急成長させる魔法なんてあるんだ』

「もうちょっとくっついてても・・・って、はいっ!?あ、そのっ!!ワ、ワタシ、植物に働きかけるのは得意なんです!!これでも『黒葉』の・・ゴホンッ!!こ、これでも魔女ですからっ!!攻撃には使えないですけどね」

『いやいや、十分だよ。森の中だったら、キミを見つけるのはすごく難しいんじゃないかな』

「あはは・・・死神さんに会うまでは、この魔法も生命線でしたから。魔除けのお香と併せて、生やした茂みの中に隠れるようにしてたんですよ」


 この広場を囲うように茂っていた草。

 あれは魔女っ子の魔法で成長させたモノだ。

 本当にただの草で、魔法の効果は何もないが、魔法を掛けられた産物というのは一目でわかる。

 だから、あの小アルカナたちも無駄に警戒し、魔法を無駄打ちして、草を吹き飛ばしたことで安堵してしまったのである。

 そうして気が緩んだところを、小アルカナたちが警戒して立ち止まるであろう広場の入り口に仕掛けた地雷で攪乱し、そこをオレが強襲するというのが魔女っ子の考えた作戦だった。

 なお、もしも小アルカナが警戒せずに広場に入ってきたのなら、そこら中に仕掛けた大量の地雷で攻撃。

 この場所にたどり着けないなら、姿を見せておびき寄せるつもりだったらしい。

 よくもまあ、そんな風にいくつもの作戦を即席で考えられるものだ。

 まさしく、魔女と言ったところか。


「アカバもありがとね」

『クァ!!』


 バサッと近くの木に止まっていたアカバがやってきて、魔女っ子の杖に止まる。

 今回の作戦において観測手の役割を果たしてくれたのがアカバだ。

 オレたちが結界に閉じ込められのを察知して、すぐに自分も結界に飛び込み、小アルカナたちの居場所を探ってもらったり、魔女っ子の目を通して地雷を爆発させるタイミングを教えてくれた。

 魔女っ子が魔女なら、アカバも実に立派な使い魔である。


『お前、やっぱり頭いいんだな』

『カァッ!!!!』

『うおっ!?』

「こらっ!!アカバ!!」


 頭を撫でようとしたら大声で鳴かれた。

 相変わらず、オレには懐いてくれないようで若干ショックである。

 まあ、少しずつ慣れてもらえればいいか。


『しかし、小アルカナは雑魚だと思ってたけど、キミが言ったとおり油断できる相手じゃないね。アレより強いのもいるんだよね?え~と、ナイトとか、クイーンとか、キングだっけ?』

「はい。やはり、連携が厄介な相手でしたね。でも、単純な攻撃力で言えば、あのペイジが一番強いはずです。ナイト、クイーン、キングはそれぞれ異なる能力を持っているらしいですから・・・その分、組まれたら厳しくなりそうですが」

『あいつらを見るに、バフを重ねがけできてたからね。絵札が四枚揃って来るとかなったら、さすがにヤバいかな?』


 一発の魔法を16倍にする能力というだけでも厄介なのに、そこに後三種類も別のバフがかかるとなると、相当面倒だろう。

 単独でしか出現しないという大アルカナの方が楽なんじゃないだろうか?いや、権能によっては女帝のように攻撃が通用しなくなる奴もいるから、それ次第か。


「そうですね・・・ですが、対抗手段はこっちにだってありますよ」

『本当?』

「はい。えっと、さっき小アルカナたちが消滅した場所は・・・」


 おお。さすがは魔女っ子。

 やはりこんな時でもどうにかできる作戦があるようだ。

 魔女っ子は、さっきオレがソードのペイジたちを倒した所まで行くと、かがんで何かを拾い上げた。

 そのまま、オレに差し出してくる。


「はい、これを」

『これは・・・小アルカナのカード?』


 魔女っ子がオレに渡してきたのは、見慣れたタロットカード。

 『ワンドの8』、『カップの9』、『コインの10』、そして『ソードのペイジ』だった。


「小アルカナは、大アルカナの結果に具体的な肉付けをするカード。この儀式でも、それは同じなんです。このカードには、ワタシたちの魔法を強化する力があるんですよ。だから、これは死神さんが持っていてください」

『でも、魔法を強くするって言うなら、キミが持っていた方がいいんじゃ?』

「・・・ワタシだと、この四枚を全部使っても死神さんの『大砲カノン』と同じくらいの魔法を一発撃つのが関の山だと思いますよ?あんまり意味がないかと。それより、『ワタシの傍にいる』死神さんが強い魔法を撃てる方がいいと思います」

『う~ん・・・』


 強化に使えるカードとなれば、魔女っ子の安全が気になるオレとしては是非持っていて欲しいのだが、確かにオレの『死大砲』と同じくらいの攻撃一発分にしかならないとなると、確かに微妙だ。

 それなら、魔女っ子の言うように、今日のように行動を共にして、オレの魔法を強化する方が効率がいいような気がする。

 攻撃は最大の防御という言葉を、思い知らされたばかりであることだし。


『わかった。なら、ありがたくいただくよ』

「はい、どうぞ!!フフッ!!」


 オレがカードを受け取ると、魔女っ子は嬉しそうに笑うのだった。



-----



おまけ




(やっぱり伊坂くんは優しいな・・・ちょっと、ズルいことしちゃったかな)


 ワタシは、小アルカナのカードをしげしげと眺める伊坂くんを見ながら心の中で呟いた。

 さっきカードを渡したのは、伊坂くんに言ったことも理由の一つではあるが、本当は伊坂くんをそばに置いておきたいからだ。

 伊坂くんが、ワタシを強くしたいと思ってくれているのは、本人が言ってくれたように本当だろう。

 吊された男と女帝のカードを譲ってもらった時は、伊坂くんの気持ちに応えたいと思ったから受け取った。

 でも、不安になったのだ。


(でも、ワタシが強くなっちゃったら・・・伊坂くんはどうするの?)


 もし。

 もしも、伊坂くんの思うようにワタシが1人でも戦っていけるくらいに強くなったら。

 そのとき、伊坂くんはワタシの傍にいてくれるのだろうか?


(伊坂くんは優しい。でも、きっと、ワタシにだけ優しい人じゃない)


 伊坂くんは、もう1人のプレイヤーを知っているようだった。

 今はあまり気にしている素振りはないが、知っている相手ならば、傍で守ってあげたいと思うようになるかも知れない。


(それは・・・なんかイヤ)


 伊坂くんがもう1人のプレイヤーのことを話したときの感情の揺らぎから、深い関係ではないとわかっている。

 それでも、せっかく見つけたたった1人の同類が、自分から離れていくのは、想像するのも嫌だった。

 

(もう1人のプレイヤーが人間なら、お友達もいるんでしょ?だったら、ワタシから伊坂くんを取らないで)


 お昼に伊坂くんが遅れてきたときもそうだった。

 クラスの友達に付き合っていて遅れたと言われたとき、心がスッと冷えるのを感じた。

 もう1人のプレイヤーがどんな人間なのかは知らない。

 けど、ワタシと違って人間だというのならば、何より、あの優しい伊坂くんがすぐにでも助けに行かないのなら、ワタシよりずっとマシな状況にいるのは間違いない。

 ならば、少しくらい伊坂くんを独り占めしてもいいではないか。

 例えそれが、伊坂くんの願いを裏切る形になったとしても。


(ごめんね、伊坂くん)


 せめて、心の中だけでも、伊坂くんに謝る。

 それは、ただの自己満足でしかないかもしれない。

 でも、ワタシにはそのくらいしか・・・


『あ、そうだ。オレからいくつか提案があるんだけど』

「ごめんなさい・・・って、えっ!?な、なんですかっ!?」


 悶々と考え込んでいるところに話しかけられて、ワタシはびっくりしてしまった。

 でも、なんだろう?


『このカードはオレがもらっておくけど、やっぱりこの儀式は危険だ。だから、キミも強くなった方が絶対にいい。だから、大アルカナのカードは手に入ったらキミに渡すよ』

「それは・・・はい」


 さっきのワタシの提案は、一応の筋が通っていたし、実際に合理的であるから聞いてもらえた。

 けど、これは断れない。


(まあ・・・伊坂くんの気持ちに応えたいのも本当だし。足手まといにまではなりたくないし)


 伊坂くんの想いを裏切って、その上でワタシの傍に縛り付けることに、罪悪感がない訳がない。

 それに、さすがに足手まといになって伊坂くんに怪我をさせるようなことにはなって欲しくない。

 ならば、罪滅ぼしというワケではないが、ここはありがたく・・・


『それと、トレーニングしよっか』

「へ?」


 しかし、次の提案には、思わず変な声を出してしまった。


「あの?それはどういう・・・?」

『いや、最近ここに来る時に思うんだけどさ、キミ、もう少し体力を付けた方がいいと思うんだ。体力つけば、怪異との戦いも有利になるでしょ。まず、この辺を走ってみるとか』

「そ、それは・・・」


 正直嫌だ。

 いくら伊坂くんの提案でも、ワタシは自他共に認める運動音痴なのだ。

 体育の授業などなくなってしまえといつも思っている。

 しかし・・・


(い、伊坂くん、完全に善意で言ってる・・・)


 罪悪感だのなんだの考えていたところからの今だ。

 しかも、伊坂くんは本当にワタシの身を案じて提案してくれているのが見える。

 だが、頷きたくない。

 ワタシの運動音痴は筋金入りなのだ。

 走れば転び、ソフトボールを投げれば足下にバウンドさせ、泳げば溺れる。

 おばあちゃんが言っていたが、魔女の身体能力は人間とさほど変わらないらしいから、これは人間も魔女も関係なく、完全にワタシの才能がないせいである。

 当然、スポーツ全般は大嫌いだし、ワールドカップもメジャーリーグも勝手にやってろと思っているクチだ。

 

『あ・・・もしかして、身体が弱いとか?それならごめん!!無神経だった』

「え、あ、そのぉ・・・」

『いつも、ここに来るのもだいぶ辛そうだったもんね。ごめん、無理言って』


 ワタシの煮え切らない態度を見て、伊坂くんの中でワタシは病弱な女の子ということになってしまったらしい。

 薬を扱う魔女たるワタシは、毒は勿論病気にもかからないのだが。

 伊坂くんの感情が、見えにくいけども青色に染まる。

 青は悲しみの色。

 無神経なことを言ったと、後悔しているのだろう。


(うう、ざ、罪悪感が・・・!!)


 ワタシの胸の中で、チクチクと針で刺されたような痛みを感じる。

 伊坂くんにまったくの誤解でメンタルダメージを与えていることに、こちらまでダメージを受けているのだ。

 けど、やっぱり運動は・・・


『あはは、オレ本当にデリカシーないな。はぁ・・・』


 笑っているが、青色がどんどん濃くなり、藍色に近づいている。

 しかも、ため息までついている。

 それを見て、ワタシは・・・


「や、やりますっ!!」

『へ?で、でも、身体弱いんじゃ・・・?』

「こ、これでも学校は皆勤賞です!!病気になったことないのが自慢ですから!!最近運動不足だったから、ちょうどいいですよ!!アハハハハ!!」

『そ、そう?』


 もはやヤケクソだった。

 ただでさえ守ってもらっているのに、伊坂くんの願いを裏切って縛り付けようとしているのだ。

 ランニングくらい何だというのだ。

 こうして・・・


『ファイト~!!後、ここを三周ね~!!』

「は、はいぃ~!!」


 怪異が現れない時は、舞札神社の境内を伊坂くんとランニングするのが新たな日課になるのだった。

 伊坂くんと一緒にいられるのは嬉しいけど、運動嫌いのワタシにとっては苦行でしかない日々が幕を開け・・・


「あっ!!」

『おっと、危ない・・・大丈夫?』

「だ、大丈夫です!!で、でも、足がちょっと不安なので、もう少し支えててください・・・」

『うん、わかった。あ、ポカリもう一本水筒に詰めてきたから、飲む?』

「い、いただきます!!」


(お、思ってたより、これはいいかもしれない・・・)


 意外と長続きしそうだと、ワタシは思うのだった。



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TIPS 黒葉


霊薬の調合に長けた一族。

植物を操る術を代々受け継ぐ偉大なる森の守手であった。

現在は自然が消えつつあるのもあり、魔法使いとしては死に絶え、ほぼ一般人と変わらない。

黒葉鶫はその中で生まれた先祖帰り。

森林地形での戦闘に補正がかかるほか、毒、麻痺、昏睡、石化のような身体的な状態異常を無効化する。



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TIPS2 黒葉鶫の好感度


伊坂くんと過ごす何気ない日常 

一緒にお昼を食べて、部室でお話して、放課後も一緒にいる +5%

 


現在40%


例え異能にまみれた戦いがあったとしても、それは黒葉鶫がこれまで手にしたことのない温かな日常なのだ。

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