第9話 女帝

「今日は、こんなところにしましょうか」

「うん。ありがとう、黒葉さん」


 それから、いくつかの大アルカナのカードについて説明を受けた。

 まあ、今日は初日なので、本当に一部だけだったが。

 

(・・・正直、この知識を活かすのは結構難しそうだけど)


 黒葉さんは初心者のオレを気遣って、大分優しく教えてくれたというのはわかる。

 しかし、大アルカナは正位置だけでも複数の意味があり、どんな能力を使ってくるのかという予想を立てるのは、かなり詳しくならないと難しそうだ。

 魔女っ子ならできるのかもしれないが。


「と、ところでなんですけど・・・」

「ん?」


 そんなことを考えていると、黒葉さんがためらいがちに声を掛けてきた。


「い、伊坂くんは、この後はどうする予定ですか?」

「この後?そりゃあ・・・」


 聞かれて、オレは少し考え込む。

 実を言うと、昨日の魔女っ子との話し合いを経て、予定を変えようと思っていたのだ。


(白上さんが戦ってるところに割って入って味方になろうと思ってたけど、魔女っ子がいるならやる必要がないんだよな)


 オレが昨日まで白上さんをストーキングしてたのは、事情を聞くのと、自分が味方だとわかってもらうためだった。

 しかし、魔女っ子と平和的に対話ができたことで、あらかたの事情はわかったし、白上さんにしたって、悪役丸出しなオレよりも、魔女っ子を介して話してもらった方が味方になれる確率は高いだろう。

 昨日はそこまでのことを話し合えていなかったから、まずはそこから。

 つまり、魔女っ子を探すところからになるのだが・・・


「あっ!!」

「伊坂くん?」

(あれ?オレ、昨日『またね』って言ったけど・・・魔女っ子と会う方法とか知らないぞ)


 致命的なポカに、オレは思わず声を上げてしまい、黒葉さんが訝しげな顔をする。


JINEジャインのID交換しとくんだったか?いや、そこから身バレしたらイヤだしな・・・けど、そうなったらどうやって)

「伊坂くん?伊坂く~ん?」


 黒葉さんがなおも呼びかけてくるが、そこに反応する余裕もなく、オレは魔女っ子とのコンタクト方法を模索する。


(こうなったら、やっぱり昨日と同じように白上さんをストーキングするか?怪異が襲ってきたら、魔女っ子も出てくるかも?いや、魔女っ子が先に襲われたらマズいな・・・考えてみたら、白上さんより魔女っ子の方が弱そうだし、危ないんじゃ・・・?)


 オレとしては、白上さんに好かれたいという下心もあるが、白上さんの味方になって、彼女を助けてあげたい。

 だが、昨日の戦いぶりを見る限り、魔女っ子を放っておくのはとんでもないことになりそうな気がしてならない。

 白上さんの味方になれたはいいが、魔女っ子に何かあったとしたら、後味が悪すぎる。

 そんな風に、オレが思索にふけっていると。


「もうっ!!伊坂くんっ!!」

「うわっ!?ご、ごめん、黒葉さん」


 黒葉さんが、思いっきり身を乗り出して、至近距離から名前を呼んできた。

 さすがに、ここまでされたら返事をしないわけにもいかない。

 っていうか、距離近いな。

 あんまりそうやって無遠慮に距離を縮めてくると、オレのような女子に縁のない男は勘違いしそうになるから、オレのためにも黒葉さんの安全のためにも控えていただきたい。


「もうっ!!無視はしないでくださいよ・・・伊坂くんに何か嫌われることしちゃったかと思いました」

「ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ。それで、どうしたの?」

「あの、もしも予定がなかったらなんですが、この街にある『噂』のスポットに行ってみてはどうでしょう?」

「『噂』?」


 これまた、唐突な話だ。

 しかし、今、この街で何か流行っている噂がるなど聞いたことがないが。


「噂といっても、ワタシみたいにオカルトに詳しい人しか知らないと思いますけどね」

「それで、どんな噂なの?」

「はい。伊坂くんは、郊外の方に『舞札神社』があるのを知っていますか?」

「舞札神社?いや、知らないな」

「かなり人気のない場所ですからね。知らなくても無理はないと思います。それで、ですね。最近、その辺りに『出る』って噂があるんです」

「出る?それって、まさか・・・幽霊?」


 思わせぶりな黒葉さんの口調。

 そこから連想されるのは怪談話だろう。

 幽霊が出るスポットともなれば、オカルト研究部としては放っておけないのかもしれないが、今は人命がかかっている可能性があるのだ。

 できれば、オレは遠慮願いたいのだが。


「いえ、幽霊じゃありません。出るって言われているのはですね・・・『魔女』です」

「えっ!?」


 しかし、『魔女』という単語は聞き逃せなかった。


「そ、その噂、詳しく聞かせてもらってもいい?」

「もちろんです!!えっと・・・」


 そうして黒葉さん曰く・・・


・ 町外れにある舞札神社に、夕方になると『魔女』としか思えない格好の人物が現れる。


・ 魔女は、見える人と見えない人がいる。


・ 時折、大きな物音がする。


 とのことだ。


(魔女。それに、見える人とそうじゃない人がいるっていうのは、魔女っ子の言ってたことと一致する。大きな物音がするっていうのは・・・もしかして怪異のことか?)


 単なる噂と切り捨てるには、引っかかる部分が多すぎる。

 これは、行ってみるべきだろう。


「うん。その噂、かなり興味あるな。案内をお願いしてもいい?」

「ごめんなさい。今日はワタシ、用事があって・・・でも、地図を書きますね」


 どうやら黒葉さんは行けないようだ。

 だが、もしも本当に魔女っ子や怪異がいるのなら、一般人である黒葉さんがいない方が好都合だ。


「はい。書けました」

「ありがとう。助かるよ」

「いえいえ」


 そうして、オレは黒葉さんから地図を受け取って、舞札神社に向かうのだった。


「・・・よしっ!!ワタシも急がなきゃっ!!」


 部室を出る間際、黒葉さんが何やら気合いを入れていたが、一体どんな用事があるのだろう。

 何があるのかは知らないが、黒葉さんが楽しそうならいいか。



-----



 数十分後、オレは舞札神社がある山の麓に来ていた。

 山と言ってもそう標高の高いものではなく、小学生が遠足で来る程度だが。

 周りには森しかなく、町外れにあるために子供が遊びに来ることもないようで、人気はない。

 

「なんか、えらく遠回りなルートだな。黒葉さんも行ったことないのかな?」


 到着したオレであるが、黒葉さんからもらった地図には、ずいぶん回り道をするルートが書かれていた。

 もし次来ることがあるなら、もう少し早く来れる道を通ろう。

 そして、石段を登り始めた時だった。



--シン



「っ!?マジか!!」


 世界が紅く染まると同時に、音が消えた。

 昨日と同じ、怪異が創り出す『結界』に入った感覚。


「いきなりかよ・・・なら」


 ここはもう、さっきまでいた日常ではなく、いつ命を失ってもおかしくない非日常。

 オレはポケットからカードを抜き取って、呟く。

 もう自分が人間ではないということに納得してしまったからか、昨日のような恐怖はなかった。


「変身」


 一瞬で、黒い全身鎧がオレを覆い尽くす。

 ボロボロのマントがはためき、右手には大鎌が収まっていた。


『よし、準備完了。しかし、黒葉さんの言ってた噂が本当だったとは・・・』


 正直、半信半疑どころか、当てがないからここに来るしかないという感じだったのだが。

 まさか、来て早々当たるとは思わなかった。

 そして、噂通りならば、ここには魔女っ子もいるはずだ。

 いや・・・


『さすがに、昨日の今日で襲われてるってのは、ないか』


 オレは昨日の会話を思い出す。

 魔女っ子には願いはなく、魔女だから儀式に巻き込まれたのだと。

 しかも、本人のあのオドオドした性格で、荒事を望むような子ではない。

 戦いも苦手のようだったし、一般人の黒葉さんでも知っているような噂の場所にわざわざ来ることなどないだろう。

 噂になったのだって、過去にたまたま来ていたときに怪異に襲われたとかそんなだろう。

 ならば、ここにいるのはオレだけと見るべき・・・


「ひぃぃぃぃぃぃぃんっ!!なんでホントにいるのぉぉぉおおおおおっ!?」

『って、もう襲われてんのかいっ!!』


 直後に聞こえてきた、覚えのある悲鳴の元に、オレは駆け出すのだった。



-----


 人外の脚力で石段を数段飛ばしで駆け上がり、寂れた境内に突入する。

 

『え?何があった・・・?』


 そこに広がっていたのは、幾本もの岩の柱。

 元々はだだっ広い境内だったのだろうが、今は所々から槍のような柱が生えている。

 さながら、外国にあるどこかの遺跡のようだ。

 と、そのようにオレが呆けていると。



--ドォンっ!!



『うおっ!?』


 急に地面が揺れたかと思えば、少し離れた場所に、新しい柱が生えてきた。

 生えてくるスピードは速く、真上にいたら串刺しだろう。

 そして、濛々と砂煙が立ちこめる中、タッタと軽い足音が聞こえてきた。


「ハァっ、ハァっ、ハァっ!!な、なんで、本当に、怪異が・・・」


 そして、昨日も聞いた声とともに、『魔女』としか言えない特徴的な格好をした女の子が目の前に駆け込んでくる。

 後ろを警戒しながら走ってくるその子は、前にいるオレに気付かず、そのままオレにぶつかって止まった。


「痛っ!?え?何・・・」

『やあ。昨日ぶり』

「ひんっ!?ひぁぁああああああっ!?」


 突然現れた障害物の正体を確認しようとした魔女っ子と目が合ったので、気さくに手を振るオレ。

 そして、オレを見るやいなや悲鳴を上げる魔女っ子。


「お、おばあちゃ~んっ!!!」

『いやっ!!オレだよオレ!!死神っ!!死神さんだからっ!!・・・って、『死閃デス・ブレイド』!!』

「ひゃあっ!?」


 そりゃあ、いくら昨日会ったとはいえ、いきなりこんな怖いのが現れたら慌てるのも無理はないと思いつつ、オレは魔女っ子の後ろにまで踏み込み、地面から斜めに生えてきた岩の柱を切り払う。

 

「え?あれ?ワタシを庇って・・・って、いさ、んんっ、コホンッ!!死神さんっ!?」

『あ、やっとわかってくれた?あと、今日は漏らしてない?』

「も、漏らしてませんっ!!そ、それにっ!!今日はちゃんとオムツ履いて・・・って、何を言わせるんですか!!」

『いや、キミが自爆しただけだよね。っていうか、履いてるんだ、オムツ』

「うぅぅううううっ!!」


 攻撃を庇ったことで、オレが死神だと気付いたのだろう。

 驚いた表情なのは変わらないが、恐怖が大分薄くなった感じがする。

 会話ができるようになったみたいだから、下半身の状況を確認するが、怒らせてしまったようだ。

 顔を紅くしながら、さっきまでとは違う涙目でスカートを押さえる魔女っ子。

 何気に、昨日みたいに錯乱されたら守りにくいから重要事項なのだけど。

 まあ、漏らしてないようならいいか。


『ごめんごめん。それで、状況を聞いてもいい?』

「今は追求しませんけど、後でお話がありますからね?・・・コホンッ!!今の状況ですが、大アルカナの怪異がいます。あれは恐らく、『女帝エンプレス』です」

『女帝?そいつは、今どこに・・・?』

「この岩の柱の向こうです。さっきから、本体は動かずに魔法で・・・っ!!また来ますっ!!」

『っと!!』


 魔女っ子が警告してから一秒足らず。

 地面が震え、また岩の柱が生えてきたので回避する。

 今度はオレを狙った攻撃のようだった。

 しかし、見えない所からチマチマと、鬱陶しい攻撃だな。

 

「女帝のいる位置は、いさ・・・死神さんから見て、斜め左です!!」

『わかった』


 オレが何をしようとしているのか感じ取ったのか、相手の位置を教えてくれる魔女っ子。

 オレはその指示に従い、斜め左に左手を向けた。


『『死大砲デス・カノン』!』


 オレの左手の平から撃ち出された黒い砲弾が、立ち並ぶ岩の柱を真正面から食い破って飛んでいくが・・・


『岩纏サクスム・ブースト』、『砂大砲アレーナ・カノン』』


 オレの放った死大砲は、飛んできた砂の塊とぶつかって消滅した。

 パラパラと細かい砂粒がこちらまで飛んでくる。


『っ!?』

「ブーストっ!?死神さん、気をつけてくださいっ!!『権能』が解放されました!!」

『権能?それって・・・』

「高レベルの大アルカナが持っている特殊能力です!!ブーストを使うことで使えるようになるんです!!」


 魔女っ子の言葉を聞き終えると同時に、岩の柱を破壊したことで巻き上がっていた砂煙が晴れた。

 オレたちの目に、『女帝』が現れる。


『ウウ・・・ワカイ、オンナ。オンナヲマモル、オトコ・・・ネタマシイ!!』


 目に入ってきたのは、一言で言い表すと、『宝石で飾り立てられた枯れ木』。

 大地から生える、ルビーのように紅くきらめく玉座には、色とりどりの宝石があしらわれた豪奢なドレスと王冠を纏った『女』が座っていた。

 いや、女物のドレスを着ているから女と思っただけで、女というのが当たっているのかはわからない。

 なにせ、ドレスを着ているというか、着られているのは、干からびたミミズのように黒い肌をした、痩せ細りすぎて顔立ちすらわからない骨と皮だけだったからだ。

 その手に持っている成金趣味のようなゴテゴテした杖と、玉座の脇に置かれた盾が光を放つ。

 

『ネタ、マシイっ!!『砂大砲』!!』

『『死大砲』!!』


 女帝から、再び砂の塊が飛んでくる。

 岩ならともかく、砂の塊など、死大砲で吹き飛ばせる・・・などとはオレも思っていない。

 なにせ、レベル9のオレの死大砲と相殺するような攻撃なのだから。

 だが、相殺できるなら防ぐことはできる。

 今のうちに、魔女っ子を遠くに逃がすべきだろう。


『キミ!!走れ・・・どうしたのっ!?』

「はぁ、はぁっ・・・ごめん、なさい。力が、抜けて・・・」


 魔女っ子を逃がそうとしたオレだったが、肝心の彼女が地面にへたり込んでいた。

 オレが見た限り、怪我はしていなかったし、まだ動けそうな気がしたのだが。


『力が抜ける?そういえば、オレもなんか身体が重い・・・』

『『砂砲アレーナ・ブラスト』』

『チッ!!』


 魔女っ子に言われて、オレも急に妙な気怠さが襲いかかってきたことに気付いた。

 同時に、地面が揺れたので急いで魔女っ子を抱えて飛び退くと、間歇泉のように砂の柱が立ち上るところだった。

 あの攻撃、確かオレも使える『ブラスト』だが、地面から撃つなんてできたのか。さっきまでの岩の柱も同じ魔法だろう。

 まるで地雷のようであるが、起きた変化はそれだけではない。


『なんだ?足下が、砂になってく?』


 さっきまで、ここは普通の地面だった。

 だが、今は一歩動くごとに足がどんどん沈みそうになる。

 まるで、周囲が砂漠になっていくかのようだ。


「強制的な、魔力の浪費、です・・・」

『キミ!!大丈夫!?』

「はい・・・多分ですが、こうやって抱えてもらって、地面から離れたから、だと思います」


 弱っているからか、オレに抱えられていることは気にしていないようだ。

 いや、オレに抱えてもらっている方がいいと言ったのか。


『アアアアアっ!!オトコニ、ダイジニ、サレテっ!!砂砲!!砂砲!!砂砲!!』

『だぁぁあああっ!!鬱陶しい!!これでも喰らえ!!『死穿デス・スラスト』!!』


 魔女っ子が女帝の能力を説明しようとする中、金切り声を上げながら柱を連発する女帝。

 どうにか不安定になりつつある足場で回避しながら、反撃の魔法を撃つ。

 オレが今使える魔法の中ではかなりの高威力の黒い光線は、真っ直ぐに女帝に突き進むが・・・


『アァァアアアアアアッ!!!』

『はぁっ!?』


 玉座に立てかけられた盾が輝く。

 するとオレの死穿は、女帝に近づくにつれてどんどん痩せ細り、女帝の元にたどり着くころにはほとんど消えてしまっていた。


『なんだよ、アレ』

「あれは、『浪費』を周囲一帯に押しつけているんだと思います。魔法からは魔力を、大地からは生命力を、ワタシたちからはその両方を」


 さっきよりは幾分か回復した様子の魔女っ子。

 どうやら、女帝の能力を見破っているようだ。


「あの女帝の権能は、あの様子から見るに逆位置由来です。そして、女帝の逆位置は『虚栄心』、『嫉妬』、『感情的』、『浪費』・・・正位置にある『大地の恵み』の逆こそが、あの女帝の力なんだと思います」

『大地の恵み・・・さっき、地面から離れたからって言ったのは、アイツの力が地面から来てるってこと?』

「恐らくは。けど、あくまで『浪費』ですから、あの女帝も長持ちは・・・ううっ!!」

『えっ!?』


 そのとき、回復した様子だった魔女っ子が苦しみだした。

 顔面は蒼白になり、汗が噴き出している。


『オトコ、オトコ、オトコォ!!ネタマシイィィイイイイ!!』

『テメェ・・・っ!!』


 見れば、椅子に座った女帝が、魔女っ子を睨み付けていた。

 魔女っ子に何かしているのは明白だ。



--吊された男なら、解放、無気力、被害者意識とか、自分を律する様子がないことを指します。



--女帝の逆位置は『虚栄心』、『嫉妬』、『感情的』、『浪費』


 

『あの吊された男が、怒れば怒るほど強くなったみたいに、テメェは嫉妬すれば嫉妬するほど強くなるってか。性根の腐った能力だな、オイ』


 さっきから、あの女帝は魔女っ子に猛烈な嫉妬を抱いているようだった。

 そして、嫉妬の対象になった者に、より強く権能が作用するといったところか。

 だが、それなら早くアイツをなんとかしないと、魔女っ子が危ない。


『けど、どうすれば・・・いや、オレも使えばいいのか?』


 魔女っ子は言っていた。

 あの女帝は、『ブースト』を使って権能を使えるようになったと。

 ならば、オレも同じように権能を解放すればいいのではないか?


『いや、やっぱりダメだ』


 しかし、オレはその案を打ち消した。


(多分だけど、オレの『権能』と女帝の『浪費』は、よく似てる。いや、オレの方が上だ)


 オレが初めて死神になって、魔法を試したとき。

 『ブースト』だって勿論使っている。

 そして、そのときの経験がオレに囁くのだ。



--ここでオレの権能を使えば、魔女っ子が死ぬ。



『けど、なら、どうしたら・・・』

「っ・・・・・」

『えっ!?』


 打つ手なし。万事休す。

 そうやってオレが取れる手を使いあぐねて焦っていると、魔女っ子が身じろぎした。

 これは、オレに何か伝えたいのか?


『ど、どうしたの!?』

「う、え」

『うえ?上?それが・・・っ!!そういうことかっ!!』


 弱々しく指を上に向け、『上』と囁く魔女っ子。

 最初は何を言っているのかわからなかったが、少しして答えを察した。

 さっきオレの質問に、魔女っ子は言っていたではないか。



--アイツの力が地面から来てるってこと?



--恐らくは



『なら、やることは決まった。お手本は・・・』

『砂砲!!砂砲!!砂砲!!』

『テメェが見せてくれたしなぁっ!!『死砲デス・ブラスト!!』』

『!?』


 オレは、自分の足下で、闇の砲撃を炸裂させる。

 当然、魔女っ子への影響を最小限にするため、威力は抑えて。

 しかし、それでもオレたち2人を空中に跳ね上げるには十分だった。

 そして、オレは魔女っ子と自分の推測が正しかったことを確かめる。


『やっぱり、上まで上がれば楽になった。なら、ここから撃てばどうだよ?『死穿デス・スラスト』!!』

砂大砲アレーナ・カノン!!』


 黒い光線と、砂の砲弾がぶつかり合う。

 レベル9のオレが放つ攻撃と、権能を解放した女帝の大砲。

 それらは、空中で消滅した。

 その様子を見て、枯れ木のように痩せ細った女帝の顔に、ひび割れたような笑みが浮かぶ。

 そして、もう一度魔法を放とうとするが・・・


『やらせるかよ!!ちょっと早いけど、ここから・・・って!!』

「『火砲イグニス・ブラスト』」

『ギィヤァアアアアアアっ!?』


 女帝の顔面に、炎の砲弾が突き刺さった。

 

『だ、大丈夫なの!?』

「まだだるいですけど、なんとか・・・そ、それよりっ!!」

『ああっ!!』


 オレの腕の中で、顔面蒼白のまま杖を構えていた魔女っ子。

 見るからに辛そうなのに、援護射撃をしてくれたのだ。

 その頑張りは、絶対に無駄にしない。


『これで終わりだ!!『死閃デス・ブレイド!!』

『オ、オノレェェェェエエエエエっ!!!』


 女帝の真上で、オレは片腕で持った大鎌に黒いオーラを纏わせる。

 そのまま、女帝の顔面を縦に真っ二つにした。


『っと!!』

「きゃっ!?」

 

 女帝を切り裂きながら、オレが地面に降り立つと、魔女っ子が驚いたように声を上げる。

 地面に完全に着く前に、軽く上に放り投げるようにしたのにびっくりしたのだろう。

 少しだけ二回目の空中浮遊を終えた魔女っ子は、再びオレの片腕に収まった。


『大丈夫?』

「は、はい。ちょっとびっくりしましたけど。女帝も消えたみたいですから」


 腕の中の魔女っ子を確認するが、顔色が元に戻りつつある。

 女帝のいた場所に目をやると、カードが一枚落ちていた。

 しっかり倒せたようで、一安心である。

 いや・・・


『あ、ごめん。抱えたままだった。降ろすね』

「え?あ・・・ちょ、ちょっと待ってください!!」

『?』


 女の子を抱えるとか、イケメン以外はセクハラで訴えられても文句は言えない。

 だから、問題もなさそうだし、すぐに降ろそうとしたら止められた。


「じ、実は、まだちょっと力が抜けたような感覚がするんです。もう少しだけ、このままでいてもらってもいいですか?」

『え、いや、別にキミがいいなら大丈夫だけど・・・後で、セクハラで訴えたりしない?』

「しませんよ!!ワタシのこと何だと思ってるんですか!!さっきも思いましたけど、いさ、んんっ!!死神さん、ちょっとデリカシーがないと思います!!」

『そ、それは・・・ごめん』

「え、あ・・・す、すみませんっ!!ワタシも言い過ぎました」

『いや、オレも変なこと言っちゃったのは事実だから・・・だから、おあいこってことでいい、かな?』

「も、勿論ですっ!!」

 

 『女子になんか言われたら、とりあえず合わせておくべき』

 それが、クラスの男子たちを見てオレが学んだ処世術だったが、すべての女子に当てはまるわけではないらしい。

 魔女っ子や、多分黒葉さんのような優しい子なら、もうちょっと余裕が持てるようだ。


『じゃあとりあえず、立てそうなら言ってね。降ろすから』

「わ、わかりました・・・」


 しかし、鎧越しとはいえ、女の子を抱えるというのは、オレのような女子に縁の遠い男子にはハードルの高い作業だ。


(だ、大丈夫だよな?鎧越しだし、汗臭くないよな?スメハラしてないよな?)


 さっきまでは緊急事態だったから気にならなかったが、改めて今の状況を認識すると、大分緊張しているのがわかる。

 だから、オレは魔女っ子のつぶやきに気がつけなかった。


「・・・嘘の噂でひどい目にあったと思ったけど、この嘘は役得、かな」

『?どこか痛む?』

「い、いえっ!!なんでもないですっ!!」

『そう?』


 そうして、オレはしばらくの間、魔女っ子を抱えて立っているのだった。



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TIPS1 THE EMPRESS 女帝


大アルカナの3番目。

豊かな麦畑の中で、豪奢なドレスを着た女性が玉座に座っている絵。



正位置では 繁栄、豊穣、母権、愛情、情熱、豊満など。大地母神を象徴するとされ、生命力にあふれる様を表す。

逆位置では、挫折、軽率、虚栄心、嫉妬、感情的、浪費、情緒不安定など。


作中では、土属性の魔法を使用。

レベルは6。権能は『嫉妬と浪費』。自分および相手の生命力と魔力にDOTダメージを与える。嫉妬している相手ほどダメージは大きくなる。

若さにあふれて容姿も整っている上に、死神というナイトに守られている鶫に強い嫉妬を抱いていた。

なお、権能はすべて大地を介して発動するため、地面から離れているほど効果が薄くなるほか、相手に浪費させた分を吸収することもできないので、権能の範囲外に出ればそのうち自滅する。



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TIPS2 ブラスト


レベル4の魔法。

威力・範囲だけ見るとレベル6の大砲カノンの下位互換。

しかし、爆弾に性質が近く、すぐ起爆せずに地雷のように使用したり、空中でとっさの足場にできるなど、応用性は高い。



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TIPS3 黒葉鶫の好感度(前話含む)



ワタシだけが伊坂くんのことを知ってる!! +5%

褒めてくれた。とても優しい人       +5%

やっぱりまだ怖い・・・          -5%

結構デリカシーがない?          -5%



現在25%

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